2011年12月1日ロイヤリング講義 講師:弁護士 大川 治先生 文責 坂本 佳代子 刑事弁護の実際 <自己紹介> まずは簡単な自己紹介から始めたいと思います。名前は大川治といい、大阪市内で弁護士 をやっています。皆さんと同窓で昭和 63 年大阪大学法学部に入学し、平成8年に弁護士登 録をしました。興味のある方はホームページを見ていただいたらいいのですが、大阪市内 に堂島法律事務所という法律事務所がありまして、東京と大阪に事務所があります。私は おおむね企業法務を担当しています。商取引だとか、会社に関する M&A、民事事件をあつ かっており 90 パーセント以上が民事事件であります。にもかかわらずここで刑事事件の話 をする理由は、弁護士になったとき最初は刑事弁護をやりたかったし、このことが弁護士 になったきっかけでもあったことです。弁護士になって 15 年になりますが以来ずっと関心 を持ち続けた分野である。無罪判決を得たこともあります。1 件は銀行の元頭取と元専務の 2 人が特別背任という罪を問われて起訴された事件があったのですが、それがクリーンに無 罪になりました。あとは窃盗事件で無罪判決を得たこともありまして、結果 15 年で 2 件の 無罪判決を勝ち取っており、もっと勝ち取っている弁護士もいますが、一般の弁護士と比 べるといい成果ではないかなと思います。そういう経験に基づきまして、今日のお話を進 めていきたいと思います。 0、 刑事司法における 3 つの衝撃! ここ数年の間に非常に刑事弁護ないし刑事司法をめぐる大きなショッキングな出来事 が起こったので、それを最初にご紹介したいと思います。 (1) 検察官による証拠改ざんの衝撃! 皆さんも報道等でご覧になったと思いますが、起訴する立場である検察官が証 拠を改ざんしていたという驚くべき事実が明らかになって、その事実を本人も 認めたので、今その検察官は刑務所にいます。厚生労働省に村木さんという局 長がいらっしゃって、この女性はキャリアウーマンの星といわれていました。 この人が実際に行われていた郵便不正を指示した首謀者だということで起訴さ れたのです。おととしに起訴されて、結果昨年の9月に無罪となりました。こ の事件を捜査したのは特捜部で、特捜部は東京地検と大阪地検に置かれ、通常 の捜査を行う警察が口を出しにくい人を被疑者とする一定事件の場合に活躍す る。たとえば政治家や高級官僚を被疑者とする場合などです。政治、大企業な どから独立する特捜部が捜査した事件として有名なのは、田中角栄元首相が被 疑者となったロッキード事件です。したがって、政治家から恐れられていまし た。特捜部が起訴すると有罪となるのが基本的には前提なのに、この厚生省の 事件では検察側が上告権を放棄するという前代未聞の出来事でありました。な ぜこのようなことが起こったかというと、この捜査を担当した検察官が証拠で あるフロッピーディスクのデータを改ざんして、その行為を上司であった特捜部 長・副部長が隠蔽していたということが問題となったのです。捜査機関が証拠 を改ざんし、都合のいいように供述調書を日常的に作成していたことが白日の もとに明らかになりました。裁判所は検察庁が提出した調書・証拠は信頼でき うるものとして扱うし、弁護士も検察側が物証として出してくるものには不正 が施されてはいないだろうと一応信頼していました。しかしそうではないこと が明らかになったのです。供述調書は取調べをする側が作成するもので、話し 言葉で作成される作文であることから、その中身を検察官の都合のいいように 作っているとは思っていましたから、この事件を知ったとき、ひとつめに私に は悲しいことに「やっぱりか…」という感想を抱いてしまいました。今回の出 来事は氷山の一角にすぎない、と思い悲しかったのです。今までにもおかしい と思ったことはあったけど、確信はありませんでした。検察庁に対する信頼が ガタガタと崩れた瞬間でした。不正が表に出てしまったことで慎重になって捜 査がやりづらくなり、検察庁が萎縮してしまい刑事司法が成り立たなくなる可 能性もあります。そうならないようにするのは、若い皆さんにかかっています。 (2) 足利事件の衝撃 無実の人間が自白して有罪となってしまったという衝撃があります。1990 年の 事件ですから、もう 20 年以上前のことです。栃木県に足利市というところが ありまして、そこで行方不明になった女の子が翌日河原で遺体で見つかりまし た。その衣服に精液が付着していたので、1 年 3 ヶ月後に DNA 鑑定が行われ まして、当時の DNA 鑑定はいい加減なものでしたが、菅家さんが捜査線上に 浮上したのです。彼の自宅前のゴミ箱から収集された、女児の衣服に残された 体液と DNA 鑑定で一致するものが発見され、そこで参考人として取調べを受 け、DNA 鑑定の結果を突きつけられた彼は犯行を自白しました。この自白に基 づいて捜査が行われ、最高裁まで進み、彼は一審の段階で無罪を主張しました が受け入れられませんでした。弁護側も2審の段階から彼から採取した DNA を鑑定したところ結果が一致しなかったので、 DNA が一致していない主張しま したが退けられました。この足利事件の最高裁判決は判例百選に掲載されてい て、はじめて DNA 鑑定の効力を認めた判決とされていました。しかし、その 鑑定結果が間違っていたという最大の皮肉があるのですが、最高裁はどうする のでしょうか。これで再審請求が認められ、弁護側は再び DNA が一致しない と主張しました。東京高裁が重い腰をあげ、DNA の再鑑定をしようということ になり、2009 年 5 月 8 日に DNA が全くの不一致だとわかったのです。菅家さ んが犯人である可能性はゼロということになりました。全くの無罪である人間 が有罪となり、服役していたのです。再審請求がされて再審無罪が確定する以 前に菅家さんは釈放されたのですが、こんなことはめったにありません。前代 未聞の出来事です。これまでも冤罪が再審で無罪になるということは事実とし てあったのですが、今回の場合、完全に無実の人が自白をした点で質が異なり ます。全く何もしていない人間が自白をするという実例になったのです。こう いうことがあることを想定しておかないと、間違った裁判をしてしまうことに なります。 (3) 裁判員裁判の衝撃 刑事裁判に素人が参加することであります。今や普通に行われており、報道で もあるとおり無罪もちらほら出ています。今年の 11 月 16 日には、裁判員裁判 は憲法に違反しないという最高裁判例がでています。 今も申し上げたように、検察官が証拠改ざんをするような出来事が起こりうる、このこ とが今後検察庁の捜査手法をどう見るかということに影響を与えます。もうひとつは犯行 をやってもいない人間が自白した、それに基づいて捜査をし、有罪にして服役させ、17 年 間の自由を奪ってしまった、そういったことを国家が行ってしまったのです。冤罪という のは国家が犯す最大の過ちのひとつなのですが、なぜ最大かというと無実の人間に苦痛を 与えたということはもちろんのこと、真犯人を逃してしまっているのです。裁判員裁判は 今までプロが行ってきた分野に素人が参加するので、裁判のあり方を大きく変えていくこ とになるでしょう。裁判員裁判には批判もありましたが、最高裁が合憲判決を出しました ので、今後裁判員裁判を導入してよかったと思える社会になると僕は思っています。 1.刑事弁護はなぜ必要か? ここ 20 年ほど、不景気になってから凶悪犯罪が増えました。神戸の殺傷事件や池田小学 校で多数の児童が殺傷されるなど、枚挙に暇がありません。弁護士がよく聞かれる素朴な 疑問は「なぜ、悪い人の弁護をするのですか?」、 「被害者や遺族が気の毒だと思わないの ですか?良心が痛まないのですか?」「どうして、そんな荒唐無稽な主張をして世間をバカ にするのですか?」であります。一方、ここのところ無罪事件は続出しています。例えば、 鹿児島志布志事件では選挙法違反で 12 人が捕まりましたが、全員が無罪となりました。北 方事件という殺人事件では地裁、高裁ともに無罪判決を出しています。足利事件の前の段 階でショッキングだったのは富山氷見事件です。この事件はある男性が強姦の容疑で捕ま り、結果有罪となり服役することになりました。しかしその後真犯人が見つかりました。 足利事件のインパクトに押し流されてしまった感もありますが、こちらも重要な事件です。 今後も再審請求が認められたり、裁判員裁判で無罪にされたりするケースが増えるであろ うと考えます。 (1) 弁護士が取り扱う業務分野 民事、家事、商事、倒産、知的財産権など幅広く全ジャンル取り扱い可能です。弁 護士は民事事件では「代理人」、刑事事件では「弁護人」と呼ばれます。「弁護」士 である以上、刑事事件に取り組むのは当然のように思われますが、実際に全くやら ない弁護士もいます。 (2) テレビドラマなどで見かける弁護士像現実のギャップ テレビでは一日中自ら捜査してかっこいいですよね。でも実際は時間に限りがある し、独自の権利が無いので捜査することもできないのです。またドラマティックな 法廷劇など起こらず、地道な過程で行われます。 (3) 重大事件と弁護士 時として、弁護活動は批判されることがあります。たとえば、オウム真理教事件、 神戸連続殺傷事件、和歌山毒カレー事件、池田小事件、光市母子殺害事件などの被 疑者弁護の活動などであります。テレビで弁護活動に疑問を感じたら、弁護士会に 懲戒請求をすればよいという発言があったことをきっかけに懲戒請求の嵐が起こり ました。仕事としてやっているにも関わらず、弁護士の弁護活動が一般市民からの 攻撃に曝される時代がきています。攻撃例として、カミソリが送付されてきたり、 顧問先から契約を解除されたり、ネット荒らしにあったりすると聞いたことがあり ます。 「なぜ、あんな悪いやつの弁護をするのですか」という素朴な問いに対して答 えなくてはいけないのか、弁護士は黒を白と言いくるめる「悪しき隣人」なのでし ょうか。 (4) 無罪率の異常な低さ 刑事事件の弁護は 100 件やって 1 件無罪になるかならないかです。検察官の起訴便 宜主義であるから、弁護士になったとしても、冤罪・無罪事件には一生に一回出会 えるかどうかです。99.8 パーセント有罪でありますから、一件も無罪判決を勝ち取 ったことのない弁護士もたくさんいるのです。実際に争われた事件数にすると有罪 率は少し下がりますが、それでも無罪になる確率はかなり低いと言えます。一般の 人からは悪者扱いされ、なおかつなかなか無罪は勝ち取れない、そんな中で一生情 熱を持ち続けることができるのでしょうか。 (5) 誰でも、刑事事件の被疑者になる可能性はある 刑事弁護活動を素朴な感情で批判的に議論するのは自由であるけれども、誰でも被 疑者になりうるということは、弁護士を批判する一般市民に欠落している視点です。 犯罪はやろうと思ってやった人だけが犯すものではなく、悪意がなくてうっかりが 原因で引き起こしても犯罪は犯罪だから、いつでも誰でも刑事事件の被疑者になり うるのです。考えないといけないことは、攻撃する側にのみ立脚して刑事裁判制度 を構築しようとするとどうなるかということであります。 (6) 小規模な事件から大事件まで 大事件や無実の事件だけが重要ということではなく、事件の規模に関わらず刑事事 件は重要さに差はありません。どんな刑事事件であっても、積み重ねが大切である し、日常的な事件の積み重ねから信頼されうる刑事事件が実現できるのです。裁判 員裁判についても同じ事が言えます。 (7) 刑事弁護人は何のために必要なのか 日本の法律では、有罪という判決が確定するまでは、無罪推定が働きます。だからこ そ被疑者には弁護士がついて弁護活動を行うのです。いわば、弁護士の弁護活動は憲 法の要請なのです。歴史的に刑事訴訟は弾圧の道具として用いられてきました。社会 が閉塞し、多様な価値観を認めにくい風潮になっているときがもっとも危険です。日 本はバブル崩壊までは有頂天で、バブル崩壊後のこの 20 年間停滞しています。 ① 世界中の人間を敵に回しても、誰か一人は味方がいなくてはなりません。その味方 こそが刑事弁護人であり、依頼者の利益を最大限に保護することこそが、刑事弁護 人の使命であります。無罪の人を無罪にするのは当たり前で、有罪の人を弁護する のが刑事弁護の心髄です。放置してしまえば本来の罪より重い刑罰に科される可能 性があるから、有罪の人を弁護しなくてはならないのです。 ② 弁護の余地が存在しない被疑者・被告人はいない ③ 逮捕・勾留・捜索押収という政府の実行行使に対し、弁護人は六法と弁論とペンの 力で平和的に戦いを挑むことができます。しかし、決して屈することはありません。 政府の実行行使とは警察・検察庁が主となる“人権の制約”で、弁護士はそれに対 して議論と説得を尽くして救済を図ります。一見非力な手段に見えますが、ときに は政府に打ち勝つことも可能であるのです。 今後も刑事弁護の必要性に変わりはありませんし、変わることがあってはならないの です。 2、捜査段階と弁護士の役割 (1) 刑事事件のスタート 「逮捕」 「友達が居酒屋で喧嘩して、警察に連れて行かれて帰ってこないのですが、どう したらいいですか?」といった、事務所にかかってくる一本の電話から始まること が多いです。これを聞いた段階で傷害罪の疑いで逮捕される可能性があるな、と瞬 時に考えます。基本は逮捕からスタートするのですが、逮捕後検察官送致(その後、 勾留決定)までに 48 時間あります。この時間のことは「ヨンパチ」と呼ばれます が、実際逮捕されてから 48 時間以内に弁護士がどれだけのことができるかで、そ の後の動きに大きな違いが生じます。例えば、被害者のある場合でしたら、被害者 側と示談ができ、家族などから身元引受人の証明書をとりつけて警察に持ち込むこ とができれば、その場で不起訴になるわけではありませんが、勾留されることなく 在宅で取調べを受けることができるようになる可能性があります。 (2) 勾留 最大 20 日間の身体拘束 勾留されるのとされないのとでは雲泥の差があり、48 時間の間にどれだけのこと ができるかということが弁護士の腕の見せ所となります。しかしながら、問題は短 時間で逮捕から勾留決定の間に弁護士が関与できるチャンスがどれだけあるかとい うことです。弁護士が早い段階で見つかった場合はよいのですが、弁護士を知らな かった人や当番弁護士制度を使っていいかわからなかったという人には残念ながら 関与できません。したがってゴールデンタイムである 48 時間以内に釈放されるこ とが難しくなります。どうして勾留の有無が雲泥の差になるかというと、想像して みてください。最初は 10 日間勾留されるのですが、勾留は延長できるので、最大 20 日身体拘束されることになるのです。まず、自分の家だと思う場所から 20 日間 離れて暮らすと想定すると、出張先の狭いホテルで 20 日間暮らすと考えるだけで もいやになると思います。それが留置所ならなおさらだと思います。まず留置所に 入ると素っ裸にされ、肛門まで調べられます。その時点で人間の尊厳がガラガラと 崩れてしまうのです。その状態で留置所に入れられ、様々な人々と同じ場所に閉じ 込められます。電話も使わしてもらえない、面会が制限される、食べ物は警察が用 意するもの、この状態で 20 日間過ごすのです。トイレも見える場所にあり、プラ イバシーはありません。外に出られるのは取調室に行く間と、事件を起こした場所 に連れて行かれて手錠に腰縄をされ実況見分を受ける間だけです。やったことの以 上の不利益をこの段階でこうむることがあります。ですから、有罪であろうとなか ろうと最初の山場は勾留させないことです。勾留前の段階で検察官と交渉したり、 勾留状というものは裁判官が発付するのですが、裁判官と面談したりしてこの人を 勾留する理由は何か、勾留理由はないじゃないかという攻防を行います。勾留の恐 いところは、本当の趣旨である逃げないように、または証拠を隠さないように閉じ 込められるということだけでなく、しかし実際には勾留状態を利用して取調べが行 われるということでです。本当は取り調べをする為に勾留するのです。取調室は警 察署内の刑事課の中にあります。取調室の多くは窓がありません。僕はある事件の 参考人として取り調べを受けたことがありますが、嫌な感じでした。鍵をかけられ、 弁護士である僕でさえ心理的圧迫を感じたのだから、普通の人なら「お前がやった のだろう。 」という立場で取り調べを受けるわけですからもっと苦しいものであると 思います。取り調べは毎日何度かの休憩、飲食時間を挟んで一日中行われるのに、 弁護士の接見は毎日行ったとしても一日一時間程度なので、合計で 20 時間ほどに しかなりません。それだけの時間警察の人と一緒にいると、被疑者は警察の方に親 しみを感じてしまうことがあります。恐ろしいのは、一般の人たちの中には警察と 検察庁の違いが分かってない人が多いことです。弁護士の仕事内容もわかってない 人がいる。ですから、親しみを感じてしまった警察の吹き込んだことを鵜呑みにし てしまうこともあります。結果的に警察が取り調べ調書を作る際に協力してしまう ことになります。ちょっとニュアンスが違う場合も容認してしまうことさえあり、 これを読んだ第三者はその通りだと思ってしまうのです。警察の作成した調書に基 づいて事実認定が行われるわけですから、事実と違う調書を作られてしまうと取り 返しがつかないのです。現在弁護士会は、取り調べが密室で行われることが問題で あるとし、全過程の録音やビデオ撮影をするなど取り調べの全面可視化を主張して います。しかし、警察・検察庁はなかなか及び腰であります。これは変えていかな くてはいけないことです。先ほど毎日一時間の接見があると言いましたが、その接 見さえも制限されることがあります。本人が犯行を否定しているケースでは、警察 官が接見時間を指定してくることがあります。接見時間を指定されてしまうと、そ の時間は都合がつかないことがあり、その時間に面会できないということになりま す。そういうわけですからいかに接見するかいうことも重要になります。また、刑 事訴訟法第 81 条に接見禁止の制度があり、弁護士は接見できるが家族は接見を禁 止されうることがあります。犯行を否認して争っている事件だったら、ほぼ適用さ れます。知り合いと会えないため、直接刑事事件に関係なくても弁護士が被疑者の 代わりにペットのえさやりに行ったり、ATMで現金の引き出しを行ったり、被疑 者が会社経営者の場合は会社の経営に関する重大事項の伝達を行ったりするという こともよく聞きます。これはとても大変なことですが、これが現実です。勾留期間 中に弁護士が何をするかということですが、テレビドラマと違って、弁護士には情 報が入ってきません。警察側はたくさんの情報を集めて蓄積しながら、聞き込み報 告等を完成させていく。Nシステム、防犯カメラで信じられないスピードでどんど ん特定を行っていきます。一方弁護士は、その事件に関して初めて会う被疑者とそ の近くの家族などの説明しか情報がありません。警察がどのような証拠を持ってい るかなど見ることはできません。このような状態で何ができるというのでしょうか。 このように情報量に圧倒的な差がついている中で智恵を巡らします。警察はハイテ ク機器など物理的な力を行使してくるのに対して、情報が足りない分、弁護士は智 恵を働かして目撃証言などを想定して対応していきます。そうして、警察、検察官 と交渉したり、勾留期間中に相手方と示談交渉を行ったり、告訴・告発を取り下げ てもらったりして、何とか勾留期間中に不起訴にもっていく努力をします。途中、 勾留に対抗する手段としていわば不服申し立てである準抗告などの手段がいくつか あるのですが、これらはほとんど対抗力がありません。不服申し立てをして勾留状 態が覆ったのは、私の経験でいうと過去 3 件くらいしかなくこれでも多いほうだと 思います。ぜんぜん覆らないのが普通なのです。国選弁護人制度について、過去に は起訴されてから国がお金を出して弁護士をつけてくれていたが、今は一定の事案 について捕まった段階で国選弁護人をつけられるようになりましたので、弁護人な しで捜査が行われていたころとは状況が変わってくると思います。 (3)捜索・押収手続き 捜査段階で行われる重大な人権侵害なのですが、捜査令状をもって、いきなり突然 に住居にガサ入れに来ます。経験例としては、朝の 7 時に警察が家に訪れ、主人を 連れて行き、そのままガサ入れが始まるといった感じです。そして奥さん、息子さ ん、娘さんの部屋までどんどんガサ入れが進んでいきます。知り合いの弁護士に電 話をしようと電話した段階では終了しているといった具合です。日本では、ガサ入 れとか逮捕の瞬間に立ち会うことは非常に難しいです。なので、この場合弁護士は 捜索・押収手続きに違法があれば、事後的に争うという形をとります。こうやって 捕まえて、閉じ込めて、その後証拠が集まったら、検察官は起訴しようとします。 つまり正式裁判にかけようとするのです。起訴されるのとされないのとでは大違い で、起訴されて有罪判決になると、前科者になってしまいますし、判決の中身によ っては服役しなければなりません。一方不起訴処分になりますと、前科ではなくな ります。 3、公判段階と弁護士 (1)起訴後、弁護士が入手できる資料は? 閉じ込められる段階まできますと、次の弁護活動は起訴されないようにすることで す。示談交渉をしたり、検察官と交渉して、ここで事実上の取引をしたりすること があります。罰金も前科になりますが、裁判で有罪になって服役するよりはよほど いいのです。また、起訴された場合公判の前に保釈請求行います。逮捕されてから ずっと閉じ込められている人を解放するために先ほどのような交渉を行いますが、 それでも功を奏しなかった場合に、起訴された段階で保釈請求を行います。簡単に 言いますと、身代金を裁判所に納めて身体を解放してもらう手続きです。最低15 0万円です。かなり高額になることがあり、用意が困難でありますが、用意してで も外に出たいのが人間の心理です。ですから、起訴されたら間髪をいれずに保釈請 求を行うのが、弁護人の捜査段階における弁護活動の最後のステップであります。 不起訴の場合でもしなければいけないことがあります。一旦逮捕されて勾留されて しまうと、社会的に逮捕された人という烙印が押されてしまいます。この場合、名 誉挽回のための努力が必要で、不起訴証明というものがもらえますが、これをもっ て勤め先に行き「自分は不起訴になったから、このまま働かせてください。 」という ようなことを弁護活動の一環として行っています。 公判というのは、結局起訴されたケースにおいて裁判所で裁判を行うということ です。大きく分けると二つあり、否認事件と自白事件があります。自白事件の典型 例は職務質問において、覚せい剤の所持が発覚しその後使用も発覚した場合は逃れ ようがありません。覚せい剤の場合は必ず起訴されます。その理由は示談のしよう がないし、外の世界に出すと再びやってしまうからです。公判段階にも手続きはた くさんありますが、イメージを持っていただくためにまずは起訴状について話しま しょう。起訴状は簡単な書式からなり、裁判の一回目が始まる前に弁護士が入手で きるのはまずはこの起訴状です。そして、検察官が証拠を開示してくれます。ただ し、検察官が立証に使おうとする証拠に限りますので、それ以外の重要な証拠は隠 されているというケースが現にあります。再審無罪になったような事件は後から重 要な証拠が出てきたということが多いのです。ですから、弁護側はまだまだ隠され ている証拠があると思った場合は、公判になってから証拠開示命令の申し立てを行 ったりする。この開示される証拠を閲覧にいきコピーするのですが、量が多いため コピー代はかなり高くつきます。公判前整理手続きという制度が裁判員制度に先立 って導入されるようになりました。これは公判が始まる前までに争点を整理する手 続きなので、ずいぶん以前と変わりました。たとえば殺人事件の場合、公判前整理 手続きが必ず課されるのですが、ここで出てくる証拠にはかなり価値があります。 ですが、公判前整理手続きが使えない場合は、検察官の開示した証拠しか見られな いのです。起訴されて係属する裁判所が決まれば、裁判所から連絡してきます。 (3)公判期日の手続き 公判期日は裁判所が決め、期日はいつにするか尋ねられるので、時には前科の執行 猶予が残っている被告人の場合は、裁判を引き延ばすために裁判所と交渉して調整 することがあります。裁判所も事情がわかっているので応じてくれます。公判手続 きとしては、被告人と公判日時を決めたり、記録を検討したり、弁論をどのように 進めるかを考えたりします。犯行を認めている事件の場合は示談交渉を進めたりし ます。刑事事件は内容次第では、記録がロッカーいっぱいになることもあり、大変 です。中身を見てびっくりする場合もあります。実際の経験があるのは、接見時に は犯行を否認していた被告が、調書では自白していたという場合があります。色々 小説より奇なりなことが本当に起きます。否認事件の場合は事前準備を丹念にやり ます。今までの弁護人は法廷において書面を読んでいたのですが、これからの弁護 人は、直接訴えるために相手の目をみて説得していかないといけません。裁判員裁 判になると、書面を読んだだけでは、短時間に裁判員に伝わらないですから。口頭 で訴えて、説得することが本当に必要です。公判の流れとしては、まず冒頭手続き があり、検察官が罪状や証拠を提示したあとに、弁護側が反論して進んでいきます。 争いがない場合には情状証人を連れてきて、情状立証を行います。争いがある場合 は、異議の応酬となることが現実にあります。そして判決が出されます。 (4)判決 刑事弁護にやりがいがあるかということですが、15 年間色々やってきて思うことは 今の時代が、刑事弁護にとって厳しい時代であることは間違いないです。しかし、 裁判員裁判が始まり、検察庁が証拠を隠すような組織であることがわかり、また自 白していても無実である人がいることがわかりましたので、まだまだやりがいはあ ると思います。皆さんの中で弁護士になる人は刑事弁護にやりがいがあるというこ とを知っていただいて、検察官・裁判官になる人も、弁護士がこういうスピリット でやっているということを心の隅に留めていただいておきたいと思います。
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