全書籍電子化計画と著作権保護期間の行方

全書籍電子化計画と著作権保護期間の行方
2006 年 01 月 01 日 青空文庫 富田倫生
http://www.aozora.gr.jp/
、下村湖人「次郎物語 第一部」、 くらませてゐるではないか。人間は変りはしない。たゞ
坂口安吾「風博士」
、下村千明「泥の雨」
、相馬黒光「一
豊島与志雄「夢」
人間へ戻つてきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女
商人として」(相馬愛蔵との共著)を公開する。
も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐこと
彼等はともに、1945(昭和 20)年の敗戦を経て、戦
によつて人を救ふことはできない。人間は生き、人間
後の混乱期を生き、1955(昭和 30)年に没した。そ
は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救ふ便利な近道
こから、まる 50 年を過ぎて迎える、今日ははじめて
はない。」とする「堕落論」。昨日まで、精神の梁とし
の元旦。著作権法の定めにより、本日から彼等の作品
てきた倫理や徳目の瓦解を経験した日本人の多くが、
は、自由に公開し、複製できる、公有のものとなった。 ここではじめて安吾に共振したということなのだろ
う。生きて、堕ちて、堕ちきることも出来ず、やがて
敗戦の翌年に発表した「堕落論」で、焼け跡、闇市の
何かにすがらざるを得なくなる、それが人というもの
オピニオン・リーダーとなった坂口安吾は、太平洋戦
との見切りは、幅広い共感を得て、彼を人気作家へと
争が始まってまもない、1942(昭和 17)年 2 月に発
押し上げた。
表した「日本文化私観」ですでに、
「京都の寺や奈良
安吾の作品が今なお備える力は、今日を目指して進め
の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては
困るのだ。我々に大切なのは「生活の必要」だけで、 られた、青空文庫におけるファイル作成作業にも、よ
く現れていると思う。彼の「作家別作品リスト」に目
古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡
びない限り、我々の独自性は健康なのである。」と、 を通して欲しい。すでに校了となり、公開を待ってい
戦後につながる論説の筋を示している。
る作品、校正中、校正待ちまで到達した作品は、合わ
きれいごと殺しの精神は、本来、彼にあった。
せて 300 近くに及んでいる。
真珠湾攻撃に特殊潜航艇で参加し、
「軍神」とされた
下村湖人「次郎物語」全 5 巻の入力は、すでにお一人
九人に対するオマージュとして書かれた「真珠」でも、 の手によって完了し、別のお一人によって、校正が進
生きることの足許から人の実相をみきわめようとする
んでいる。本日の「第一部」に続いて、明後日には「第
精神は、否応なくわき上がってくる「神」への敬意と
二部」の公開を予定している。
のあいだで、緊張をはらみながら、そこにある。
小説家、翻訳家として、数多くの作品を残した豊島与
そして、「戦争は終わつた。特攻隊の勇士はすでに闇
志雄に関しても、幅広い取り組みが進んでいる。公開
屋となり、未亡人はすでに新たな面影によつて胸をふ
はまず、エッセーから。
1
坂口、下村、豊島で予定していた本日の公開分に、下
の延長は、その発展の道筋をふさいでしまう。
村千明を加えることができたのは、入力にあたられた
ことは、本の世界に留まらない。インターネットを利
林幸雄さんの尽力による。掘り起こしにあたられてい
用して、これから発展していくだろう、音楽やラジオ、
る若杉鳥子夫妻と親交があったことから、林さんは、 テレビ番組、映画など、音声、映像関係のアーカイヴィ
ングの可能性も縮む。
間もなく著作権の切れる下村千明を青空文庫にと、思
い立たれた由。
加えて、相馬黒光、相馬愛蔵「一商人として」も、校
そんな著作権保護期間の延長を、誰が、どんなメリッ
正ご担当の尽力によって、ぎりぎりのタイミングで間
トがあるとして、進めようとしているのか。
に合った。
そこを見きわめた上で、反対の意思を示そうと、青空
文庫呼びかけ人は「著作権保護期間の 70 年延長に反
公有となった作品を、利用可能なファイルに仕立てる
対する」と題したそらもよう記事をまとめて昨年の元
ことで、「作者の死後 50 年で著作権を切る」という、 旦に掲載し、トップページに延長反対のロゴを掲げた。
著作権法が用意した仕組みに生命を吹き込んで下さっ
昨年 11 月に刊行された、野口英司さん編著の「イン
た皆さんに、心からのお礼を、あらためて申し上げた
ターネット図書館 青空文庫」(はる書房)でも、反
い。
対を訴えた。
【著作権保護期間を巡る「国際的動向」
】
日本の著作権法は、権利の保護期間を、作品が生み出
されたときから作者の死後 50 年までと定めている。
この間、作品の複製やインターネットでの公開は、権
利を持つ者の許諾がなければ行えない。だが、保護期
間を過ぎれば、このしばりはなくなる。
野口英司編著
「インターネット図書館 青空文庫」
この規定の背後には、ある期間を過ぎた段階では、複
DVD 付き(はる書房刊)
製物を安く作ったり、自由に公開できるようにして、
よりたやすく作品に触れられるようにした方がよい、 こうした中で検討を加えてきた、保護期間延長を支持
する論拠の中でも、今後もっとも強く押し出されると
とする考え方がある。
ならばと、私たちは「公有作品の樹」を社会に育て、 思われるのが、「国際間の制度の調和」である。
四方にのびた枝先に、電子ファイルに仕立てた作品を
置こうと志した。
1993 年 10 月、EU は域内各国でばらつきがあった著
その結果、昨日までに 5000 作品を、青空文庫という
作権制度をならす決定を行い、保護期間については、
樹に実らせることができた。
最も長い国に合わせて、70 年とする方針を打ち出し
た。
そんな活動を進める中で知ったのが、保護期間を作者
この EU の動きを受けて、アメリカは 1998 年に著作
の死後 70 年まで延ばそうとする動きだ。
権制度の改正に踏み切った。それまで、個人の著作物
70 年となれば、たとえば今日公開できた坂口安吾の
は死後 50 年まで、法人のそれは公表後 75 年(もし
著作権切れは、20 年先に遠のく。青空文庫という樹
くは創作後 100 年のどちらか短い方)とされてきたが、
のたたずまいは、ずいぶん寂しいものになるだろう。
それぞれが 20 年延長された。
細るのはもちろん、青空文庫に留まらない。国立国会
以降、アメリカは世界の各国に向けて、保護期間延長
図書館は、所蔵する明治期の刊行図書を画像ファイル
の圧力をかけ始めた。
で公開する、「近代デジタルライブラリー」プロジェ
日本に対しても、然り。
クトを進めている。これを大正期、昭和期へと拡張で
2001(平成 13)年 6 月、小泉内閣総理大臣とブッ
きれば、利用価値はさらに高まるはずだが、保護期間
シュ大統領は、「規制改革及び競争政策イニシアティ
2
ブ」を設置し、以来、両国は、双方に改善を求める点
つかの切り口で、取り扱っている書籍に対して検索が
について年次改革要望書を交わし、
交渉を重ねている。
かけられた。だが、書籍の中味である本文にまでは、
米国政府の要望書には 2002(平成 14)年以来、「一
検索の手はのびなかった。一方、例えば青空文庫な
般的な著作物については著作者の死後 70 年、また生
ら、トップページの Google 窓に適当な言葉を入れて、
存期間に関係のない保護期間に関しては著作物発表後
収録作品の本文に対して検索をかけられる。こうした
95 年という、現在の世界的傾向と整合性を保つよう」
機能を、取り扱っている書籍に対して提供するのが、
日本の著作権保護期間を延長するという主張が一貫し
Search Inside the Book だった。
て盛り込まれている。
実際にキーワードを入れて検索してみると、その言葉
2005(平成 17)年 11 月 2 日付の、
「日米間の「規
が使われている作品が、当該箇所の前後数行を含む引
制改革及び競争政策イニシアティブ」に関する日米両
用付きで、リストアップされる。さらに、このリスト
首脳への第四回報告書」には、
「II.情報技術(IT)」
からのクリックで、ページのスキャン画像を開き、前
の「B.知的財産権保護の強化」の中で、
「日本国政
後 2 ページずつ、都合 5 ページを参照できる。
(同様
府は、著作権保護期間延長について、国際的な動向や
のサービスは、2005(平成 17)年 11 月から「なか見!
権利者・利用者間の利益の均衡を含む様々な関連要因
検索」の名称で、Amazon ジャパンでも始まっている。
)
を考慮しつつ検討を続け、2007 年度までに著作権保
提供されている機能から推測すれば、Search Inside
護期間の在り方について結論を得る。米国政府は、音
the Book は、いわゆる「透明テキスト」と呼ばれる、
声録音を含むすべての著作物について保護期間を延長
新しいタイプの OCR 技術を利用しているものと思わ
することが世界的な傾向であると認識しており、日本
れる。
国政府は、この点についての米国政府の懸念を認識す
従来の OCR では、本のページのスキャン画像から認
る。」と、今後のスケジュールを含めた対処方針が明
識された文字情報は、別個のテキスト・ファイルとし
示されている。
て切り出される。それに対して透明テキストでは、認
識されたテキストが、対応するスキャン画像に重ね合
日本における、著作権保護期間延長の動きの背景には、
わせて、配置される。いわば、ページ画像の上に透明
娯楽産業や音楽産業の利益を代表した、アメリカ政府
なフィルムを重ね、そこに対応するテキストを、透明
の意向がある。締め切りとして設定された 2007 年度
な文字で配置したかのような形となる。この透明テキ
いっぱいまでに、この構図が変化することは、おそら
ストに対して検索をかけ、ヒットした文字をハイライ
くないだろう。
トさせれば、スキャン画像の文字が検索でひっかかっ
だが、2005 年末にアメリカに現れた、本の電子化を
たような効果を生み出せる。
巡る大きな動きは、保護期間延長を各国に迫る張本人
の足許で、「延長こそが善」とする図式が変化するの
この Amazon の動きに、検索の Google がすばやく対
ではないかとの予感を抱かせる。
抗策を打ち出した。
長くなるが、この場で、アメリカにおける変化の兆し
Search Inside the Book 発表の二ヶ月後には、
「Google
について、紹介しておきたい。
Print」と名付けた同様のサービスの試行を開始し、翌
2004 年 10 月には、正式なスタートにこぎ着けた。
【企業間競争とオープン・ライブラリー構想】
電子化の手法は、Amazon 同様、透明テキストをプラ
スしたスキャニング画像だった。検索結果の表示ペー
IT 業界の主だった企業が、本の電子化をめぐって
ジには、オンライン書店へのリンクが添えらており、
角 突 き 合 わ す 状 況 を 生 む き っ か け を 作 っ た の は、
Search Inside the Book と同じく、Google Print も、
Amazon だ。
商品として現役の、書籍の販売促進に貢献するという
2003 年 10 月、Amazon は 自 社 の サ イ ト で 販 売 す
枠組みで設計されていた。
る書籍の本文に対して検索をかけられる、
「Search
Inside the Book」と名付けたサービスを発表した。
Amazon が先行し、Google があとを追ったここまで
それまでも Amazon では、著者名、作品名等、いく
のサービスは、基本的に、出版社側との協力の下に進
3
めるという性格のものだった。
せるという課題を、企業の成長戦略に組み込もうとし
だが、Google は続いて、そこから一歩踏み込んだ。
た。
2004 年 12 月、同社は、アメリカの主要な図書館と提
この Google のプロジェクトの行方は、著者、出版社
携し、各館の所蔵図書を電子化する、
「Google Print
側の提訴があって不透明である。
Library」の発表を行った。
だが、本の網羅的な電子化によって、書籍とインター
プロジェクトに加わるのは、ニューヨーク公立図書館
ネットの世界を連携させることに、IT 企業の成長の伸
と、オックスフォード大学、ハーバード大学、スタン
び代を見いだそうとする Google の企業戦略はやはり、
フォード大学、ミシガン大学の各大学図書館、計 5 館。 大きな衝撃力をもっていたということなのだろう。残
このうち、スタンフォード大学とミシガン大学は、所
された業界の大手企業と、アーカイヴィングの分野で
蔵図書のほぼ全てに相当する、それぞれ 800 万冊と
革新的な試みを行ってきた組織の連携による、新たな
700 万冊を電子化。ハーバード大学は、まず 4 万冊に
提案が飛び出してきた。
限定して取り組む。オックスフォード大学は、1900
Yahoo は、非営利組織の Internet Archive と連携し
年以前に刊行された図書に限定。ニューヨーク公立図
て、著作権の切れた書籍のスキャニングを軸とした、
書館は、著作権保護の対象となっていない、痛みやす
大規模なアーカイヴィング・プロジェクト、「Open
いものから取り組んで行くと、各館で作業方針は異
Content Alliance(OCA)
」を組織した。
なっていた。だが、保護対象のものも排除しないとし
プ ロ ジ ェ ク ト を 牽 引 し、 統 括 す る 役 割 は、 世 界 中
ていた点が、出版社や著者側の警戒感を刺激した。
の 主 要 な ウ ェ ッ ブ・ ペ ー ジ を 時 間 軸 に そ っ て 保 存
寄せられた疑問や批判に対して Google 側は、著作権
し、「昔の姿」を参照できるようにする、「Wayback
で保護されたものについては、検索キーワードを含む
Machine」 の Internet Archive が 担 う。 作 成 さ れ た
前後のほんの数行のみを表示するのであり、これはア
ファイルを蓄積するほか、Internet Archive は、各分
メリカの著作権制度で認められている、フェアー・ユー
野でのデジタル化の支援を行う。Yahoo は電子化され
スに相当すると主張した。しかし、保護期間にある著
た素材のインデックスづくりを担当し、カリフォルニ
作物の全体をスキャニングし、サーバーに置くという
ア大学が選定した、アメリカ文学の書籍の電子化を財
行為がそもそも、権利を侵害するものだとの反発を抑
政支援する。Adobe と HP は、デジタル化に際して
えることはできなかった。
用いるソフトウェアの支援を行う。カナダのトロント
2005 年 8 月、Google はスキャニング作業を 3 ヶ月間
大学と出版社の O'Reilly は、書籍素材の提供を行う。
停止し、この間に申し入れのあった著者、出版社の書
Prelinger Archives と英国立公文書館は、映像の素材
籍はプロジェクトの対象から外すという対応策を示し
を提供する。
た。
こうした役割分担のもとプロジェクトを進めようとす
だが、こうした妥協案でも事態は沈静化せず、この
間進められてきた交渉でも合意がまとまらないまま、 る OCA は、2005 年 10 月 25 日、旗揚げの発表イベ
同月には、会員 8000 人を擁する米作家協会所属が、 ントを催した。
Google に対する著作権侵害の訴えに踏み切った。さ
会場では、プロジェクトに向けて Internet Archive が
らに 10 月には、米出版者協会が、同様に提訴した。
用意した、スキャニング用装置のデモが行われた。グー
11 月初頭、Google は停止していたスキャニング作業
テンベルクによって活字印刷技術が取りまとめられる
を再開し、プロジェクトの名称を、Google Print から
まで、ヨーロッパにおける本作りはもっぱら、写字生
「Google Book Search」へと変更した。
(scribe)による手書きによっていた。ここから、スク
ライブと名付けられたシステムは、布に囲われた小さ
Amazon が先鞭を付けた、
「本を電子化し、中味にま
な暗室のような仕立てで、中には本を置くV字型の架
で検索の手をのばそう」とする試みを、Google は大
台がしつらえてあり、同じくV字型のガラスのおさえ
きく拡張しようと試みた。
が上下して、本を固定する仕組みになっている。ここ
書籍の販売促進という枠を越えて、これまで書籍の中
に照明をあて、左右から斜めに紙面を狙う 2 台のカメ
に蓄えられてきた知識や表現全体に、検索の網をかぶ
ラで、ページの画像を得る。ページめくりは、装置に
4
張り付いているオペレーターが行い、ペダルを踏んで
あり方を模索していくという。
シャッターを切る。これで、ページあたり 10 セント
のコストでスキャニングが可能になるというふれこみ
IT 産業界の主要なメンバーを集めていることに加え
だ。スクライブでは、人がめくれば、本を傷める可能
て、OCA で特徴的なのは、この試みが、人を得てい
性が低くなる点が強調されているが、この装置の開発
ることだ。
に協力した Kirtas Technology はすでに、ページめく
Internet Archive の設立者、ブルースター・カールで
りも自動化した、スキャニング・ロボットとでも呼び
ある。
たくなるシステムを開発し、販売している。
マサチューセッツ工科大学で、マーヴィン・ミンスキー
やダニエル・ヒリスに師事して人工知能学を学んだ彼
は、1983 年、並列処理スーパーコンピューターの開
発を目指したヒリスの Thinking Machines の設立に
加わった。同社に 6 年間籍をおいてから、1989 年に
独立して、インターネットを利用したはじめての出版
システムと称する、WAIS(Wide Area Information
Server)の開発会社を起こした。これを 1995 年にア
Kirtas のスキャニング
メリカン・オンラインに売却し、1996 年には、ウェッ
ロボット写真
ブページへのアクセス・ランキングを得る技術の、
Alexa Internet を 設 立 し た。(1999 年 に は、 同 社 も
ス ク ラ イ ブ と 並 ん で デ モ の 目 玉 と な っ た の が、 Amazon に売却。)
Internet Archive がこれまで進めてきた、インター
同じく 1996 年に、非営利の組織として彼が起こした
ネット・ブックモービルの試みだ。小型のバンに両面
のが、Internet Archive である。
印刷対応のレーザープリンター、裁断機、製本機と 「図書館は、社会の文化的所産を蓄積し、公開するた
ラップトップ・コンピューター、インターネット接続
めに存在する。もし図書館が、デジタル技術の時代に
用のパラボラアンテナを積んだブックモービルでは、 おいても教育と学問に貢献し続けようとするなら、そ
求められる本をその場で安く作って、渡しきりにして
の機能をデジタルの世界に拡張していくことは不可欠
しまう。これまで、アメリカ国内やエジプト、インド、 である。」
ウガンダで試験的に運用してきたブックモービルと、 その役割を担うとして設立された Internet Archive
OCA で今後作りためられていくページ画像データを
は、映像や音声、テキストの収蔵、公開に加えて、
組み合わせれば、届きにくいところに本を届ける、豊
富なメニューを備えた新しい仕組みが生み出せるだろ
うという発想だ。
イベントの開催に合わせて、IT 業界のもう一人の大
物からも、OCA への参加表明があった。マイクロソ
フトは、書籍の中味を検索対象とする「MSN Book
Search」と名付けた機能を、同社の検索サービスであ
る MSN Search に追加すると発表し、あわせて OCA
に加わることを明らかにした。声明によれば、MSN
Book Search ではまず、著作権で保護されていない書
籍を対象とし、Internet Archive と協力してデジタル
化したものを用いて、2006 年中にも試行サービスを
開始する。さらにその後は、著作権で保護されたもの
にも対象を広げることを目指すが、その際はあくまで
権利を尊重し、情報提供側との合意に基づいて機能の
ブルースター・カールのネットモービル
5
Wayback Machine の提供でも、大きな役割を果たし
らない保証はない。
てきた。
た だ し、Amazon が 先 鞭 を つ け た 動 き は、OCA の
形成にまではつながった。ブルースター・カールは、
OCA の 中 核 と な る Internet Archive に は ブ ル ー ス
Google にも参加を呼びかけているようで、著作権訴
ター・カールという人がいて、彼には、デジタル時代
訟を抱えた同社が舵を切り直し、協力関係の輪がより
の文化的所産を包括的に蓄積し、自由なアクセスを保
大きく広がる可能性もなくはない。
証していこうとする、確乎たる信念がある。
ス ク ラ イ ブ の 開 発 に 協 力 し た Kirtas Technology、
また、さまざまな考え方やアイディアを受け入れ、大
Google のプロジェクトで使われている装置の開発元
きな構想の枠の中に位置づけようとする柔軟性も、こ
である 4DigitalBooks 等によって、スキャニング作業
の人物にはある。大学や図書館、
非営利の組織などを、
の効率は、根こそぎの電子化にも耐えられるレベルま
企業と連携させる度量と、才覚も、備えているように
で上がっている。
みえる。
視点を引いて長めの時間軸で見渡せば、インターネッ
Internet Archive は、OCA の 成 果 を 公 開 す る イ ン
トという基盤や記憶装置の大容量化、スキャニング・
ターネット図書館のイメージを伝える場として、
「The
ロボットなど、書籍をデジタルの世界に組み入れる準
Open Library」と名付けたページを開いている。そ
備は整ってきている。
こでは、プロジェクトの中でスキャンされた本をすで
この延長上に IT 産業界には、「長い著作権保護期間を
に何冊か参照できるが、ブルースター・カール名義で
望まない」勢力が、組織的な背景を備えて育って行く
まとめられた「The Open Library」と題した小冊子も、
だろうと、私には思える。
公開されている。
「人類が刊行してきた全ての書籍を、世界中のあらゆ
ブルースター・カールと、映像分野のアーカイブ活動
る人が参照できる夢の図書館に向けて、我々は一歩を
にたずさわる Prelinger Archives の創設者で、OCA
踏みだそうとしている。
」と謳うこの本には、目的達
にも参加しているリック・プレリンジャーは共同で、
成に向けた作業方針や要素技術が説明されている。ス
著作権制度の変更は憲法違反だとする訴訟を起こし
クライブ、ブックモービル、加えて、マサチューセッ
た。
ツ工科大学メディアラボが中心となって、発展途上国
かつてのアメリカの制度では、著作権の保護を受ける
の子どもたちにとどけるために準備を進めている 100
ためには登録の必要があり、28 年の保護期間を終え
ドル・ラップトップも、OCA の成果を参照する電子
た後、さらに更新手続きをとった場合に限って、もう
本リーダーとの位置づけで紹介されている。
28 年間、延長することができた。
そうした独自の仕組みから、アメリカは、著作権の取
得に登録を要しない、国際的な基盤となっているベル
ヌ条約にそった制度に移行した。その時点で、これま
でなら著作権の保護から早めに外れていた多くの作品
が、作者の死後 50 年いっぱいまで、無条件で守り続
けられることになった。そこからさらに、保護期間が
20 年延長されたことで、社会の共有物として利用で
きる作品の多くに、手出しができない状況が生まれた
ことが、訴えのポイントとされた。
2005 年 11 月、提訴は却下されたが、彼等は上訴して
MIT メディアラボが開発する 100 ドルラップトップ
なお、争うという。
新しいテーマを巡って、IT 企業が大きな構想を競っ
【新しい波とこれからの青空文庫】
て示し合いながら、結局は実質的な成果を生み出せな
かった例は、何度も見てきた。書籍の世界と、
インター
アメリカは、著作権保護期間の 70 年延長をはじめと
ネットの世界をつなぐという今回の一件にも、そうな
6
して、日本に知的財産権保護の強化を、一方的に迫る
そのまま見直しなく貼り込んだレベルで、アルファ
だけの存在だろうか。
ベットに関してはそれでもかなりの精度があるもの
そんなことはない。
の、書体変更や図版、数式、汚れ、折り目などが引
コンピューター・プログラムの共用の文化を育て、著
き金となって、大きめの乱れが生じている。日本の
作物のフェアー・ユースの幅を広くとり、文化的所産
Amazon で始まった「なか見!検索」の透明テキスト
を権利で囲い込まないことに可能性を見いだそうと
は、OCR 誤植が満載の状況だ。スキャニングと、信
する人たちを多く抱えるのも、彼の国の社会である。 頼性のあるテキストの作成のあいだには、なすべきこ
Internet Archive の Wayback Machine や Google
とが大きく残されており、とりわけ漢字と二種類の仮
Print Library といった、著作権侵害のグレーゾーンに
名を併用する日本語では、課題が大きいことが痛感さ
大胆に踏み込んでいく提案は、アメリカでならばこそ
れる。
生まれえたものであろう。
スキャニングの効率なら、機械化によって大幅に改善
そのアメリカに、長い著作権保護期間を望まない企業
できるが、そこから得たテキストの質を高めるには、
勢力が、本の電子化を手がかりとして育ちつつある。
まだまだかなりの間、人の「心を込めた作業」が求め
OCA が事実、成果をあげれば、インターネット時代
られ続けるはずだ。
のオープン・ライブラリーの作品を、なぜこれほど古
著者とその作品への敬意から発した試みにはやはり、
いものに限定するのかとの声は、厚みを持ったハーモ
存在価値がある。
ニーをなし始めるに違いない。
願わくば、トップダウン型、ボトムアップ型の試みが、
2007 年度末という、日本における延長論議の締め切
呼応し、連携しあって、文化所産を広く分かち合う仕
りには、こうした潮目の変化の影響は、及ばないだろ
組みが育っていきますように。
う。
私たちは、私たち自身で、延長の圧力に対峙して行く
しかない。
だが、
「大道は我にあり」との確信は、何がこようとも、
何があろうとも、腹に呑み続けていて間違いないと思
う。
リック・プレリンジャーとボイジャーが制作した「忘
アメリカに現れた、トップダウン型の本の電子化の試
れられたフィルム」CD-ROM 1996 年。ここに収
みは、似通った提案を、世界の各国に生むだろう。
録された映像のすべては Internet Archive で無
料で公開されることになった。
そうなっていくことは、基本的には望ましいことと思
う。
これまで私たちが積み上げてきた多少の成果を、大き
な構造の中にも位置づけてもらえるよう、包括的なイ
ンデックスの作成にあたって、どのような書誌情報が
求められるか、ファイルの仕立てはどうあるべきかを
学び、検討を加えていきたい。
ただ、青空文庫のような草の根の試みが役割を終えた
とは、まだまだいえないのではないかと考える。
我々が提供ファイルの形式として選んでいるテキスト
には、さまざまなコンピューター処理が可能という、
大きなメリットがある。
Amazon や Google、Internet Archive な ど で、 ペ ー
ジ画像に添えられている透明テキストは、決して十
分な質を備えたものではない。OCR をかけたものを、
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