ラヴァーズ =登場人物= ドン・ファン(ファン・テノーリオ) 検事 弁護士 花嫁(アンヘリカ) 修道女(ガブリエラ) 伯爵夫人(イザベル・ディ・オルガス) 娼婦(フローリカ) 姉(カロリーナ・テノーリオ) 花婿(ドン・カルロス) アンダルシアの騎士 歳若い乙女 セヴィージャの修道女 オルガス伯爵の夫人、中年 身寄りの無い娼婦 ドン・ファンより一歳年上の姉 アンヘリカの婚約者 【0 開廷】 ヴェールで顔を隠した検事が、舞台の中央に立つ。 (正義の法廷) 検事 時は満ち 時は来たれり 此処は一人の男を裁く 此処は名も無き法廷 稀代の華々しき恋の遍歴は 大いなる罪か否か? ここはドン・ファン・テノーリオを裁くための法廷である この世で生きる者よ 人の道を守り 正義の名のもとに 巡る星の如くあれ 永久(とわ)に続く始まりから とこしえに絶えぬ終わりまで 変わらぬ秩序を守れ 弁護士 根拠のない正義は崩してみせよう 真実は現実とも事実とも違う 私の手で作り出す 無罪を勝ち取ろう 検事 正義の名のもとに 正しき法のもとに 陪審員たちよ かの男を見定めよ 検事・弁護士 ここはドン・ファン・テノーリオを裁くための法廷である (合唱) 五人の女達 早く此処に来て いつまでも踊ろう あなたしか見えない あなたしか要らない 抱きしめて くちづけて 心溶かして ひとつになるまで 輪になり手を取り 足踏み踊ろう 赤く燃える炎が 夜空とこの身を焦がすまで 世界の終わりが来ても 瞳逸らさないで 私だけを見て 踊り続け 踊り続け 人生は素晴らしい 検事 カロリーナ 全員 検事 ドン・ファン 弁護士 ドン・ファン 修道女 伯爵夫人 ドン・ファン 娼婦 修道女 伯爵夫人 全員 検事 ドン・ファン 姉 ドン・ファン 検事 ドン・ファン 姉 弁護士 検事 (起訴状を読み上げる)被告人、ファン・テノーリオ。齢弱冠十三の頃より 既に、あまたの女性を言葉巧みに誘い、人々に知られる存在となっていた。 これまでに、被告人が愛を語り関係を持った女性の数は、証言に基づくとこ ろ一千と三人。その全ての女性に対し、言葉巧みに不当な関係を、直接的も しくは間接的に要求し、また一方的にその関係を断絶した。被告人は、あま たの女性達を惑わせ、大いなる苦しみを与え、又、女性達の誠実なる夫、婚 約者、恋人と幾たびも決闘を行い、それらを殺傷せしめた。これらの行為は、 決して認めることはできない。 社会の秩序を崩壊させる重大な罪である。 ファン・テノーリオに公正なる裁きを! ファン・テノーリオに公正なる裁きを! 被告人が多数の女達に精神的苦痛を与えた事実、これらは決して正当化でき るものではない。被告人の言動には、人として持つべき、社会的道徳観念の 欠損が認められる。これが罰せられるべき罪であることは、明白である。 ――被告人、起訴状の内容を認めますか? 私は何の罪も犯してはいない。 検察官、被告人は無罪を主張します。被告人が愛した全ての女性達は―― 釈明することなど何も無い!検事殿。一千と三人と言われましたが、そんな数字に 何の意味がある? 私はただ愛しただけ。皆を等しく、平等に愛した。 平等ですって? あきれた言い訳ね、それこそがあなたの罪なのに! どうして罪に問われる。私は愛に従い愛を惜しみなく、愛すべき女達に注いだだけ だ。分かるでしょう。すべての男女には、愛する権利がある。己の心の求めるまま に、いとおしいと思うがままに。 誰にでも? それは愛ではありません! 大きな罪よ! それは罪です! 静粛に!……(起訴状を開く)検察側の求刑は以下のとおりです。「被告人より、 生涯にわたって、自由な恋愛を剥奪する。…… どうやって? どうしたらそんな事ができる! ファン、結婚なさい。 結婚? 静粛に! 「被告人は裁判所によって選定された一人の女性と法的な婚姻関係を結 び、死が二人を分かつまでその女性と堅く付き、生活するものとする。」 結婚? それが一番重い罰よ、あなたにとって! 意義あり! あなた方は証人です。評決を下す立場ではありません。評決は全てが 公正に審議されたのち、権威あるこの法廷と陪審員により下されるべきです。 では検察側は、起訴状に従って最初の証人を召還します。 検事 花嫁 花嫁が法廷の中央へ進み出る。 虚偽の証言は偽証罪として罰せられる可能性があります。ご注意くださいますよう。 はい。必ず。真実を述べ、事実を隠さず、偽りを語らぬと、良心に賭けて誓います。 【Ⅰ 花嫁】 検事 花嫁 女性1 花嫁 女性2 女性3 女性1 花嫁 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン ではあなたの―― (検事の言葉を遮り)彼と初めて言葉を交わしたのは、親族の男性と私の結婚式の朝 です! 花嫁の回想。 女性達が花嫁の身支度を手伝ってやっている。頭には髪飾りとヴェール。 出来たわ。 ありがとう。 完璧。あなた本当に綺麗よ。 こんな素敵な花嫁を迎えられるなんて、カルロスは世界一の幸せ者ね。 お姫様、何か他に必要なものはある? いいえ、大丈夫。 女性達は、花嫁のヴェールを軽く直して、部屋から出てゆく。 子供のころ、毎晩夢に見ていたわ。 おとぎ話みたいな「めでたし、めでたし」の最後に、いつかに出会えると思ってた。 どれだけ蛙にキスをしても、ひとつも美しい王子様には変わらないと誰かが囁いた。 あれは幾つの時だったかしら? もう一度試してみたら? いつの間にか背後に立っていた一人の男。 驚いて声をあげようとした花嫁の唇を、男は指で軽く塞ぐ。 あなたは誰? あなたの結婚式に参列する、ただの一人の男です、お嬢さん。最後にもう一度だけ 試してみたらいかがですか? この哀れな蛙に口づけを。 でも、あなたは、あなたは私なんかが魔法を解く必要ないわ。立派な方。 では、このままで。魔法が解ければ、物語は終わりだからね。「いつまでもいつま でも、二人は幸せにくらしましたとさ。」…その幸せがどんなものだったのか、僕 らには知る由もない。 そうね。私が知ることが出来るのは、たぶん平凡で、他愛のない暮らしかしら。料 理をして、掃除をして、家事に明け暮れて、そのうち子供が生まれて―― それは、平凡でも、愛の溢れた人生かい? 分からないわ。 どうして? 私がカルロスと結婚するのは、父や母が望むからだもの。 これが私の物語の結末になるのよ。 「めでたしめでたし」のおとぎ話の結末よりも、幸せな人生があるとしたら? た とえば、この瞬間に感じる愛は? その君の瞳の色、なめらかな指先、細い髪、ば 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 (ひばり) ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ら色の柔らかな頬、ひとつひとつ認めてゆく度に、あなたは花開いてゆく… ありっこないわ。 どうして? だって私は森の中で育てられたお姫様じゃないし、何の取り柄もないし、王子様が 見初めてくれるような美人でもないもの。 君は自分のことが何も見えていない だって、私に何が―― まだ知らない世界が君の中にある。私がその世界の目を覚ましたら? これは、夢なの? いいや、違う。私が君の眠りを覚ましたんだ。 あなたは、誰? ファン・テノーリオ。おいで、僕のお姫様――(花嫁にキスをする)いばらの森の 眠りから、目を覚まして、本当の君の姿をごらん。 本当の私……? ◆美しい朝 太陽の光に包まれ そよ風は木立を揺らし 甘い香りの花々が 赤く咲き誇る ◆これこそ世界 青空に眩しく抱かれ ひばりは天へと羽ばたく 誰も行く手を阻めない 澄んだその瞳 たとえ翼を切られても 囚われても 何一つかわらぬ その気高さは たとえ籠に閉じ込められても 奪えない 自由を知る心までは 美しい魂は ★世界が変わった 私を取り巻く世界が 光る七色にきらめく 自由に溢れる 甘く香り空に昇るように生まれ変わる ばら色に頬を染めて 花のように愛らしい君 ★私の手を取る あなたの指先から ドン・ファン ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 花嫁 検事 花嫁 検事 何を私に注いだの 昨日の私が はるか遠く蜃気楼のように消えていくわ 咲き誇る君 今こそ 穢れない翼を開いて 鳥籠から飛び出そう ドン・ファンは花嫁の手を取る。 花嫁はヴェールを髪からすべり落として、ドン・ファンに抱かれる。 ひとつに重なる二人の姿。 これが本当のあなただ。 連れて行って! 私を連れて、ここから逃げ出して! 君の望むままに! 約束して、私を絶対に離さないで! 場面は法廷に戻る。 初めて目を開いて世界を見たわ。そうしてあっという間に知ったのよ。私はもてあ そばれただけなのね? あなたが私に植え付けた熱い光は、あまりにも鮮やかに私 の胸に焼き付いているわ。でもそれだけ。他にあなたがくれたのは、嘘ばかりよ。 幸せなんて、くれなかった。私の永遠の愛に、真心に、彼は裏切りで答えたのです。 以上でよろしいですか? はい。十分でしょう、彼の罪を告発するには! 花嫁はきびすを返し、席に戻る。 次の証人を召喚します。 修道女が一歩進み出る。 【Ⅱ 修道女】 検事 お名前を。 修道女 はい、ガブリエラと申します。セヴィージャの修道院で暮らしております。彼は幼 い頃から、とても美しい目をしていました。日曜日になると、両親と姉のカロリー ナと一緒に教会にやって来て、私はいつも母のドレスの陰から、そっと彼を見つめ ていたものでした。彼は完璧でした。礼儀正しく振る舞い、美しい声で歌い、みん なから褒められていました。 修道院の御堂に、修道女達の祈りの声が重なり合って聞こえる。 (パタノスター) 尼僧達 天にまします我らの父よ 罪深きわが身を赦し給え 愛は忍耐を知り 愛は親切であり 妬まず恨まず 不義を喜ばぬ 真実を喜び すべてを信じ 正義を望む 修道女の回想。少女時代の修道女と、母。 修道女(少女) ねえお母様、あの子はだれ? 母 テノーリオ家の息子さんよ。 少女 あの子はもう、お祈りを覚えたかしら? 母 とっくに覚えているわ、利発な子で有名よ。 少女 じゃあ、お母様、聞いて。私も覚えたわ。 修道女 天にまします我らの父よ あなたの御名が崇められますように あなたの王国が来ますように 我らを誘惑から引き離し 邪悪なものから救いたまえ 尼僧達 天にまします我らの父よ 罪深きわが身を赦し給え 修道女 母 修道女 修道女 ドン・ファン 修道女 ドン・ファン 修道女 ドン・ファン 修道女 ドン・ファン 修道女 ドン・ファン 修道女 だけどある夏、私の父が他界して、遺産は兄達に与えられ、母は私にこう言いまし た。 あなたは教会にお行きなさい。女は結婚相手を選べないものなのよ。それが神様の 定めた決まりなの。大丈夫、昔から誰よりも熱心に教会に通ってたあなたなら、き っと神様のいい花嫁になれるわ。 本当は違う。私はあの横顔を追いかけていただけでした。それなのに。貴方の周り には、いくら時が流れてもいつも美しい女達がいたのに。恋や未来や自由も、みん な、あの夏が私から取り上げてしまいました。そうやって修道院でひっそりと生き ていたのに、彼と再会したのも、また教会のお堂でした。彼は祭壇の前に、静かに 立っていました。 御堂に、ひとりの男の姿がある。背後から修道女は声をかける。 お祈りにいらっしゃいましたの? いいえ。 では罪の告白を? 罪の告白? それが今の私に相応しいのだろうか。 主の家の扉は常に開かれていますわ。足を運ぶ者を拒むことは決してありません。 心に苦難を抱えておいででしたら、いつでもお聞きします。 それなら、貴方に聞いて頂こう。 わたくしで宜しいのですか? あなたが良い。……ある女性が、自ら命を絶ったのです。 なぜです? 彼女が私を愛していたからだ。自分の命をなげうつほどに。 それで貴方は、ご自分を責めておいでなのですね? ご安心なされまし。貴方がご 自身を見つめ、過ちがあればそれを悔やみ、そのお方の死を悼むなら、真実の愛は 必ずや貴方を赦すことでしょう。 ドン・ファン 何を悔やめばいいと言うんだ? 何が間違っていると? 彼女は、私を自分のもの にしたいと言った。誰かのもの? 愛しているという言葉と同時に、私を縛るの か? 修道女 さまよえる魂のお方。そうね、貴方にはお分かりにならないかもしれませんわ。貴 方はお望み通りのご夫人の愛を得られますもの。 ドン・ファン なぜ… 修道女 まだ少年の頃から、あなたはあらゆる女達の心を捕らえて放さなかった。近所の娘 達、妻達、あなたの家庭教師、親族。みんなあなたを目で追い掛けていた。 ドン・ファン シスター、あなたは 修道女 私は誰でもないわ! 私は貴方を羨んでいるだけです。小さなガブリエラの事なん て、覚えてらっしゃらないでしょう? ドン・ファン ガブリエラ? 修道女 自ら命を絶った貴方の恋人は、貴方に悔い改める機会を差し上げたんですわ。お気 付きなさいませ、貴方の愛は形を改めるべきなのです。目の前にある誠実な愛に、 何故応えて差し上げられなかったの。 ドン・ファン 私が誠実ではないと言うのか? なぜ? 私はいつでも私の総てを愛に捧げて来 た! 修道女 総ての全ての女達にあなたの全てを捧げるのですか? 真実はひとつだけですわ。 ドン・ファン 私は心から彼女を愛し、全てを与えた。ガブリエラ、君にも分かるだろう? 修道女 覚えてもいらっしゃらないのに、私の名前を口になさらないで。 ドン・ファン 覚えている。美しい天使になった。君はもう、教会のベンチに下を向いて座って母 親の陰で、お祈りを唱えていた小さなガブリエラじゃない。 修道女 本当に私の事を? ドン・ファン 穢れない美しい翼のガブリエラ。 修道女 私は、何だったのかしら。あの頃、貴方が私にそう言ってくれたら良かった。 ドン・ファン なぜ、今では駄目なんだ? 修道女 私は主にお仕えするために此処にいるの。美しさなんて私にはもう関係のないこと よ。 ドン・ファン いや、君は永遠に変わらない。 修道女 嘘よ。 ドン・ファン 愛しい瞳の私の天使。 修道女 私は神の家に生きているの。あなたと私は違う世界の住人なのよ。 ドン・ファン 違う。君はここにいる。私の手の触れる場所にいる。 ドン・ファンの腕に抱かれる修道女。 (私を泣かせてください) 修道女 温かい手のひらに涙がこぼれた 目を閉じて暗闇のなか あなたの腕にすべてをあずけた ◆天にまします偉大なる父よ あなたに背く愛に身を任せたけど つかの間の夢まぼろしでした 主の家の扉をくぐったあの日に誓ったのに あなたに私を捧げると 主よあなたに今 何もかもお返しします 私を泣かせて下さい 彼の罪と私の罪に ◆天からすべてご覧のわが主よ どうして与えたもうたのでしょう おろかな私に自由なんて どうか奪いたまえ 偽りの愛も温もりも ただ忘れるべき過ち そして代わりに導いてください 誠の愛へ私を 検事 修道女 エルマナ・ガブリエラ、他に述べる事はありますか? いいえ。 法廷の中央から退く修道女。 入れ替わって、そこに三番目の証人が進み出る。真っ直ぐ立った娼婦。 【Ⅲ 娼婦】 娼婦 女1 女2 娼婦 女3 娼婦 女2 女3 娼婦 女3 娼婦 女3 女3 あたしの名前はフローリカ。あたしは由緒あるお家の生まれでもないし、まともな 親もいない。だからあたしは、あたしの女を使って、日銭を稼いで暮らしてたんだ。 街角の女達。 おいでよ、お兄さんがた、寂しくない? 可愛がってよ。 今夜は一緒に連れてって。何度でもあたしをいかせてよ。値段はお安くしとくから。 いらっしゃい、旦那さん。あたしを天国に連れてって。 そこへやってきた別の娼婦が、フローリカにつかみかかる。 見つけたよ! この泥棒女! 離せよ! あたしがあんたの何を盗ったっていうんだ! およしよ! こいつがあたしのお客盗んだんだ! てめえみたいなババアの客なんて、死に損ないのジジイばっかりだろ。誰が盗るか よ! ドブネズミが何言ってんだい、生意気に! 文句があるならその男にでも喧嘩ふっかけな。それ以上言ったら殺すよ。 何だって? フローリカとその娼婦と、止めようとしたほかの女達とが混ざり、もみ合 いになる。悲鳴があがる。 見ると、フローリカの手には短いナイフ。 ちぇっ、覚えておいで! 去っていく女。他の娼婦達も、喧嘩を避けるように姿を消す。 一人取り残されて、力尽きたようにひとけの無い街角に腰を下ろす娼婦。 空を見上げ、小さな声で歌い始める。 (ナーサリー・ライム) 娼婦 かわいい女の子がいましたとさ おでこに巻き毛がありましたとさ 若者に恋をしましたとさ 二人は愛を誓いましたとさ ドン・ファン 遠い昔の恋の歌 勿忘草(わすれなぐさ)も色褪せた… 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン いつの間にか、娼婦の隣に一人の男の姿。 男は、自分のマントを娼婦の肩にかけてやる。 ありがとう、お兄さん。あったかい。どうしたの? こんな時間に。 ただの通りすがりです。 もう今日は店じまいだよ? 素通りできなかっただけさ。 ……いつから見てたの? 男は答えない。 ごめんね。あたしたちみたいなクズの喧嘩なんて、汚らしいだけだよ。 あれえ? お兄さんも誰かのヒモ? ええ? だってさ、いい服着てるのにこんな時間にあたしの隣に座ってるなんてさ。どっか の奥様のご機嫌損ねて、ケツ蹴り飛ばされて窓から追い出された? それとも旦那 に見つかった? そういう事にしておいてくれ。 (くすくすと笑って)冗談だよ。あーあ、あたしが奥様だったら、あんたみたいな いい男、誰にもやらない。毎日毎日、愛してるって耳元で言ってあげる。そうゆう 女は嫌い? 大好き。 ほんと? お返しに、僕からも。(娼婦の耳元でささやくように)可愛いよ。愛してる。 笑い声を立てる娼婦。 あたしの名前、フローリカっていうんだ。 ファン・テノーリオ。 娼婦は立ち上がる。マントを脱いで。 あたし帰るね。これ、ありがと。 男は立ち上がり、マントをもう一度、娼婦の肩にかける。 送るよ。 どうして? このまま君と別れるのは、あまりに惜しい。 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 ドン・ファン 娼婦 娼婦 ドン・ファン いいんだよ、あたしなんか。見てたでしょ? あたしもあのババアと一緒だもん。 ここ最近のあたしの客、根性腐った男ばっかだった。だけど、そいつらをあのババ アと取り合ってるんだもん。あたしはただの、男の道具だよ。あたしにきれいな所 なんて、ひとつもないよ。 いいや。君は綺麗だよ。愚かな奴らには言わせておけばいいさ。 「きれい」。いい言葉だね。あたしとは正反対。 フローリカ、人間の美しさは宝石とは違う。世の中には、まがい物の宝石みたいな 連中もいるけれど、奴らには見えないだけさ、君の美しさは。君が本物だから。 本気? 本気だよ。君の瞳の奥に見えるよ。きらきら光る君が。 じゃあ、毎日可愛いって言ってもらえるような、すてきな奥様にもなれるかな? なれるさ。 うれしい。男の人にそんな事、言ってもらったの、初めてだ。 信じられない。今までの男は、どうして君を心から愛さずにいられたんだろう? 立ち上がり、娼婦はマントをドン・ファンに差し出す。 じゃあ、このお礼はあたしの部屋でさせて。 娼婦はドン・ファンを見つめ、キスをする。 お金を貰うつもりなんてないからね、絶対に。その代わり、もう一度だけ言って― ― 何度でも言おう、僕の声が続く限り。綺麗だ。愛しいフローリカ―― (朝焼けの空に消えた) 娼婦 どうしてかな? こんなのも運命っていうのかな あなたに出会った たったの一晩 あたしがどこか変わった 毎晩男の人に夢を見せるの 十三からこの商売 王様の許可証も持ってる 天国まで行ってらっしゃい それで一時間十五ペセタ お得でしょ? だけど自分では 絶対夢なんか見ないよ 夢から醒めるのが嫌いだから あたしは夢の外からささやくの 愛してる 一晩だけの愛 明日もあさっても 夜明けにはみんな消えてく 文句ある? あたしも生きてかなきゃならないんだから 本当は男なんて大っ嫌い あんたは最低の男 あたしを変えて何処かへ消えた 朝焼けの空 あたしだけ夢の中 叶わない心 甘い苦しみだけ残して あたしはまた独りよ 検事 次の証人は前にお進み下さい。 【Ⅳ 伯爵夫人】 検事 あなたの名は? 伯爵夫人 イザベル・デ・オルガス。夫はオルガス伯爵です。 検事 あなたと被告人との関係は? 伯爵夫人 社交界のパーティで、出会いました。彼は礼儀作法に長け、何でもそつなくこなし、 博識で、私の夫の友人となりました。裕福な家同士の付き合いは、退屈な社交辞令 の飛び交うものである事がほとんどです。でも、彼に向けられる褒め言葉は、社交 辞令ではありませんでした。そして、最初は気づけませんでしたけれど、彼自身が 放つ一言一言も、他のうわべだけのお付き合いの人々の言葉とは、どこか違ってい たように思えました。 検事 あなたの夫はどんな人物ですか? 伯爵夫人 格式ばかりの家に生まれた一人息子で、洗練された暮らしをしていました。結婚し たのは、もう二十年以上も前になります。私は婚礼の日まで、夫の顔を知りません でした。あの家に妻としている事だけが、私の存在する意義だった。そう気が付い てしまったのは、あの男が現れたからです。初めて会った時は、ただの魅力的な青 年だと思っていたのに、私を既に捕らえていたなんて。 メイドが夫人に声をかける。 オルテンシア 奥様。ドン・ファン・テノーリオ様がお見えになっています。 伯爵夫人 まあ、お通しして、オルテンシア。 ドン・ファンを部屋に案内するメイド。 ドン・ファン ご機嫌麗しゅう、オルガス夫人。 伯爵夫人 まぁ、ドン・ファン。ごめんなさいね、折角いらして下さったのに。夫は今日はず っと留守なのよ。 ドン・ファン 謝られることはありません。あなたに一目お会い出来ただけでも馬をとばして来た 甲斐があります。 伯爵夫人 相変わらずお上手ね。 ドン・ファン 絵を描かれていたのですか? 伯爵夫人 ええ。そうよ。退屈でも殿方の狩りにご一緒するわけにはいかないでしょう? 綺 麗なものを絵にしていると心が落ち着くの。 ドン・ファン 分かります。そのものの魅力を自分の手でとらえてゆくのは、さぞかし素晴らしい ことでしょう。 伯爵夫人 そうだわ。ひとつ不躾なお願いをしても宜しいかしら? ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 なんでしょう? 今度、あなたの絵をかかせて頂けない? 描き上げた絵を貴方に貰って頂けたらも っと嬉しいわ。 勿論喜んで。私でよろしければ是非。 嬉しいわ。ありがとう 伯爵夫人 彼は私の申し出を受け、退屈なこの家に何度も足を運びました。私はゆっくりと筆 を進めました。この時間が終わらないようにと願っていたのでしょうか。彼の存在 が、女達にとって裏切りそのものであるとは夢にも思わずに。 絵を描き始めて、どれくらいになるんです? 二十年。結婚してからよ。ずっと。 絵を描くのが好きなんですね。 そうね。でも本当は… 何か、お気に障る事を言いましたか? いいえ。なんでもないわ。本当は、絵を描くのなんて、好きでも何でもないの。 それでは、どうして? 他にする事が無いだけよ。絵なら、主人も文句を言わないし。他にする事といった ら、散歩と読書と、あとはお茶と、どうでもいいお喋りくらいしかないんですもの。 そんな風に仰ることはありませんよ。あなたの絵は十二分に素晴らしい。ただの暇 つぶしとは到底思えない。あなたの本質が描かれている。 やさしいのね。 本当の事ですよ。 有難う。ああ、もっと若い頃に、あなたみたいな人に出会えていたら良かった。あ ら、それでも遅かったかしら。私ね、生まれる前から夫とは許嫁だったのよ。十八 で結婚するまで、顔も知らなかったけれど。 何かに気づいたドン・ファン。立って、伯爵夫人に近づき、ドレスの襟を ほどく。夫人は、はっとしてドン・ファンの手を押さえる。 やめて。 痣があるのが見えました。 お願い。忘れて頂戴。 どうして。 いいのよ。気にしないで。 失礼ですが、あなたはもしかして―― ドン・ファンは夫人のドレスの袖をたくし上げようとし、夫人はそれに気 づいて止めようとする。 やめて、何を―― ドン・ファン、夫人の唇をキスでふさぐ。 そして、ドレスの袖に隠れていた腕をあらわにする。 痣と傷だらけじゃありませんか。何てことだ。 もう、いいでしょう。 これは、伯爵がなさった事ですか? 私がいけないのよ。 あなたの何がいけないっていうんだ? 仕方ないのよ。ねえ、もうやめて。 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 ドン・ファン 伯爵夫人 やめません。 忘れて。お願いだから! 伯爵夫人を強く抱きしめるドン・ファン。 見逃せなんて、無理だ。あなたがこれほど傷つけられているのに。 私よりも、あなたにはもっと相応しい、若くて綺麗な子がたくさんいるわ。優しく してあげるなら、そういう子にしなさい。 あなたこそ、優しさを受けるのに相応しい人ですよ。 ありがとう。 再び唇を重ねる二人。 (永遠の一秒) 伯爵夫人 ◆このまま時が止まればいいのに ドン・ファン ◆ここにいるのは二人だけだから 伯爵夫人 温かなあなたの腕に包まれて 今 これが 本当の愛なの ドン・ファン 愛されて結ばれる幸せを 伯爵夫人 激しさよりもやわらかく心をほどく愛しさを 抱きしめる人生の喜び ドン・ファン ひとつに溶け合い 伯爵夫人 初めて感じるわ ここに私がいることを ★誰のものでもないわ 私の真実の愛 それだけに従う 心の声が聞こえる あなたの手を取り 身を任せ踊りましょう 何もかも忘れて 生まれてきた喜びを 全身で受け止めて ★誰にも邪魔できない 私とあなただけの 世界がここにある 心重ね抱き合って ◆このまま時が止まればいいのに ドン・ファン ◆ここにいるのは二人だけだから 伯爵夫人 初めて陽だまりに包まれたようなこの気持ちを あなたに捧げるわ ドン・ファン、伯爵夫人 愛してる あなたを メイド 伯爵夫人 メイド メイド 伯爵夫人 メイド 伯爵夫人 メイド 伯爵夫人 メイド 伯爵夫人 検事 伯爵夫人 検事 その二人に見えない、一人の娘の姿。 手にはナイフ。折り畳んだ紙をポケットに詰め込んでいる。 娘はナイフを自分の胸に突き刺し、崩れる。悲鳴が響く。 奥様! イザベル様! どうしたの? オルテンシアが! 他の使用人と共に駆けつけ、倒れている娘を見て、息をのむ伯爵夫人。 オルテンシア! どうして? メイドは、すでに息はない。 あたしの所為だわ。 どういう意味なの、ルイーサ。 この子、ファン様と……。 なんですって? やめとけってあたし言ったんです! あの方は他に恋人がいらっしゃるんだから って! でもオルテンシアは、そんなの嘘だって言って、確かめるって街まで行っ たんです! 拙い字で綴られたそのメイドの娘の遺書には、ドン・ファンに他にも何人も恋人が いたと書かれていました。 最後にお聞きします。あなたは何故、この法廷に立ったのですか? この男に、何をどう思えばいいのか、どう受け止めれば良いのか、私には分かりま せん。苦しすぎて悲しすぎて、思い出として触れる事もできません。だから、裁き を! あなた方の手で、彼の行いに相応しい裁きを与えてください! 結構です。席へお戻りください。それでは、最後の証人を召還します。 【Ⅴ 姉 】 ドン・ファン 姉 検事 姉 検事 姉 検事 姉 検事 姉 法廷の中央に立つ、ひとりの女。 カロリーナ。 ファン、私は、あなたを告発するわ。 あなたの名は? カロリーナ・テノーリオ。被告人の、姉です。 あなたはあなたは何故、彼を告発するのですか? 彼の明白な罪を知っているからです。そして、彼のその罪に最初に気づいたのも、 私だからです。 それは、どんな罪ですか? 彼が今まで、言葉巧みに、星の数ほどの女達と関係を結んできた事です。 それは、いつからですか? 被告人が十三歳の時からです。そして私は十四でした。私たちはアンダルシアの裕 福な旧家に生まれました。広い領地と多くの使用人がいて、何不自由ない環境で育 ちました。 家庭教師 ドン・ファン 姉 家庭教師 駆け出す。 少年 姉 少年 姉 少年 姉 少年 姉 少年 姉 少年 姉 少年 姉 姉 姉 少年 姉 少年 初めまして。貴方がカロリーナお嬢様ですわね。そしてファン坊ちゃま。 初めまして? あなたはだあれ? 今日からこのお屋敷であなたがたの家庭教師を勤めさせて頂きます。噂どおり、賢 そうなお二人ですこと。 家庭教師が見つめているのは、少年一人。 少年時代のドン・ファンと姉。 姉はスカートを持ち上げ家庭教師に小さくお辞儀をして、弟の手を取って どうしたの? なんでもないわ。 それならいいけど。 あーあ。いいな。あたしも将来あんな風になれたらいいのに。 何のこと? だから、新しい先生よ、本当に綺麗なんだもの。 カロリーナは十分美人だよ。 そんなことないよ。 カロリーナはどうして自分のことをそういう風に言うのかな。僕は、カロリーナは 本当に綺麗だと思うよ。 うそばっかり。 嘘じゃないよ。 弟の首に抱きつく姉。少年は姉の頬に、小さなキス。 あたしをきれいだなんて言ってくれるのは、ファンだけだわ。 父様も母様も、あなたばっかり褒める。 大丈夫。カロリーナの良いところは、僕が知ってるから。 ありがと。ねえ、ファン。ずっとあたしのそばにいてね。 ねえ見てた? この前の日曜日。教会で、痩せっぽちの小さい女の子が、お母さん の陰からファンをじいっと見てたのよ。あんな子がファンのお嫁さんになりたいと か思ってたら笑っちゃうわね。ファンは優しいから、そんなこと言わないかもしれ ないけど。大人になったらファンとあたしで二人で―― 家庭教師の姿。胸に抱いていた本を取り落とし、少年と見つめあう。 家庭教師は、かがんで本を拾おうとしたドン・ファンの手をやわらかく止 める。 視線を交わし、二人はキスを交わす。何度も。 ――嘘吐き! 二人を引き離す姉。 先生に憧れたあたしが馬鹿だったわ。あんたなんかうちに来なければ良かった! 出て行って! 出てってよ! カロリーナ。どうして泣いてるの? ファン、さっきここで先生と何してたの? あたしの側にいるって言ったでしょ? あたしを綺麗だって言うなら、ちゃんとあたしを見て、誰にも見つからないよう に!――ああ、もうあたし何を言ってるの? 分からないよ カロリーナ、君は笑ったところが一番綺麗だよ。だから泣かないで。君は綺麗だよ。 姉 少年 検事 姉 ドン・ファン 姉 検事 姉 ドン・ファン 姉 検事 姉 検事 姉 ドン・ファン 姉 自信を持ってよ。君を離さない。僕が君にあげられるものは全部あげるよ。だから 笑って。 小鳥のように姉の唇にくちづける少年。でもそのキスは、既に子供のそれ ではなく。 ファン、ほんとにファンなの? 僕は僕だよ。どうしたら笑ってくれる? カロリーナ? 場面は法廷に戻る。 証人カロリーナ・テノーリオに尋ねます。被告人は、あなたとの関係をどう認識し ていましたか? 彼の主張する、純粋な愛です。彼には罪の意識などかけらもありませんでした。で も、私はあなたの罪深さを思い知らされた。 カロリーナ、どうして君は自分の愛を否定するんだ? 愛ですって? 甘えないで。 あなたは何故、被告人との恋愛関係に合意したのですか? 私は、合意など、していません。 馬鹿なことを! どうして分からないの? あなたは私の弟で、私はあなたの姉なのよ。彼は私を褒 め上げておだてて、思い通りに私を手に入れたんです。でも、今になって私に棄て られるなんて、彼のプライドが許さないから、愛だなんて言葉を使うのよ。 それではあなたは、被告人に対してあなた自身の見解を伝えましたか? あなたか ら二人の関係を解消する事を提案したのですか? 行動で示しました。私は別の男性と結婚して、夫と一緒に外国へ移ることにしまし た。 それを知った時、被告人はどう反応しましたか? 彼は、どうしてだと私に問い詰めました。 カロリーナ! それでは君も他の奴らと同じだ。自分自身から目を逸らして! くだらないこと言わないで! 他の奴らと同じですって? (永遠にさようなら) 姉 ◆あなたには分からない 永遠に分からないわ 許されない嘘と 許される愛の違いが どこに幸せがあるのよ あなたの愛なんて 苦しみの海で溺れて 息ができない 私に触らないで ◆あなたにもしちっぽけな 人の心があるなら もう二度と誰も 苦しめないと約束して 世界中にたった一人の人に巡り会って 愛して永遠を誓って 幸せになる 検事 姉 検事 それが真実の愛 私は振り返らないわ 二度と会うこともないでしょう 遠い場所で新しい人生を あの人と二人で始めるの いいわね これでお別れよ 証人、以上でよろしいですか? 私から申し上げる事はここまでです。 では、続いて被告人ドン・ファンに対する殺人容疑の証人を召喚します。 姉は自席へ戻る。 (愛と夢の違い) 弁護士 愛と名づけられた 何もかも身勝手な夢 己の望みを思い描いて それが叶わぬと知った時 女は男を裏切りと呼んで告発した この法廷に意味などあるのか 愛と名づけた過去の夢を裁いて その先に何が生まれるというのか 【Ⅵ 殺人・傷害容疑】 検事 証人はこちらへ。 ドン・カルロスが現れる。 花嫁 カルロス! ドン・カルロス また会えたな、由緒正しき愛の騎士殿、いいや、盗っ人ドン・ファン・テノーリオ! ドン・ファン お前は! (黄泉からの告発) ドン・カルロス 私の名誉を奪った卑劣な男 復讐を遂げる時が来た あの日彼女と共に 永遠の愛を誓うはずだったのに 清らかな愛の婚礼をお前が汚した ドン・ファン 汚れなど無い 何も恥じる事は無い どうか私を赦して もしもあの日に戻れたら ああ神様 今度こそ間違いは犯さないわ ドン・ファン 間違ってなんかいない 花嫁 どうして苦しまなければいけないの ドン・ファン あの時感じた美しい愛は本物だ ドン・カルロス お前に愛などあるものか 女達 口先だけのたわごと 恥を知りなさい 全員 罪は裁きを受ける それが正しい道なのだから ドン・カルロス 正々堂々と勝負せよ、ドン・ファン・テノーリオ! ドン・ファン 望むところだ、ドン・カルロス! 私は逃げも隠れもしない! ドン・カルロスはサーベルをドン・ファンに投げる。 対峙する男達。 花嫁 (対決) ドン・カルロス さあ これで最後だ お前が愛と呼ぶ悪魔のざれ言を 正義の剣で砕いてやる 私に恥を着せて 彼女を汚したお前 この時を待っていた 卑怯卑劣な行いには 命をもって償え 花嫁 酷い 怖いわ どうして愛が悪夢に変わるの こんなはずじゃなかった 嘘よ 今は見えない別の何処かに 本当の愛が私を待ってる 本物の翼さえあればそこへ行けるのに ドン・カルロス 馬鹿な 目を覚ませ ドン・ファン 翼はもうそこにある 君の背中に ドン・カルロス 黙れ蛇め 君は騙されてる 花嫁 もしもあの日に戻れたら 今度こそ ドン・ファン 君に捧げよう 我が命 男達 愛と名誉のため戦おう ドン・カルロスは対決の末、ドン・ファンのサーベルに貫かれて倒れる。 ドン・カルロスの姿は消える。 検事 【Ⅶ 閉廷】 弁護士 伯爵夫人 修道女 姉 (争論) 弁護士 娼婦 姉 修道女 弁護士 検事 弁護士 伯爵夫人 弁護士 女達 検事 弁護士 検事 以上で検察側の証人喚問を終わります。 では、証人に対する反対尋問を請求します。しかしその前に、陪審の皆様と証人と 検察のあなた方を含め皆さんに、真実と事実は別物だという事をご理解頂きたい。 ここは法廷です。天秤に乗せられるのは事実のみ。証人席の皆さん、貴女方の主張 する真実は幻にすぎない。 何ですって! 幻? 少なくとも事実はひとつ明らかにされたわ。彼に殺されたドン・カルロスは? 貴女方の証言は主観的で 事実とは呼べない 事実だけが証拠に成り得る ひどい でもドン・カルロスを殺したのは 間違いない事実よ 正当防衛 しかし国の律法で決闘は禁じられている 認められない 決闘を申し出たのはドン・カルロス そんな言い訳を 身を守る権利は誰にでもある 彼は有罪よ 静粛に! 「すべての女は美しさを持っている それらは賛美されるべきである」 これが彼の真実 彼は美しいと感じるものを 美しいと述べただけ 嘘も偽りも無く 心のままに その結果 多くの女達に苦痛を与えた 決して正当化できない もしこの世の人が誰もかも 思いのままに振る舞い傷付け合えば 世界は破綻する 彼は自らを律するべきだった 弁護士 検事 弁護士 検事 弁護士 検事 弁護士 姉 女達 花嫁 弁護士 女達 矛盾している 彼を欲望の塊だと言うのですか 彼は一度たりとも 一方的に関係を要求した事は無い すべて相手と合意の上 そして次々と女達を棄てた 婚姻関係を結んでもいない 棄てたなど罪には問えない しかし被告人の振る舞いが 人々に苦痛を背負わせたのは 疑う余地の無い事実 証人の皆さんはそれぞれ 個人的あるいは社会的な問題を抱えていた ドンナ・フローリカ あなたは心のなかで 愛と温もりに飢えていた オルガス伯爵夫人 あなたは夫からの暴力から 逃げ道を求めた 意義あり 被告人の罪を消し去ることはできない そうでしょうか エルマナ・ガブリエラ 少女の頃は親に縛られ 大人になっても修道院の中で あなたは自由な恋に憧れた そしてドンナ・カロリーナ・テノーリオ 両親に認められたい 愛されたいという願いが 満たされない代わりに 残る唯一の肉親である弟に 愛を求めた ひどい 言葉巧みに騙されたのよ 愛を求めるのがどうしていけないの あなたもです 身勝手なメルヘンを夢見ていただけ 残酷すぎる 弁護士 女達 花嫁 検事 姉 伯爵夫人 ドン・ファン 花嫁 姉 修道女 弁護士 検事 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 事実でしょう でも貴女方は 何もかもの責任を被告人にかぶせている 自分の心の痛みから逃れようとして それくらいで彼の罪は消えない でも私には彼が分かる 必ず私の元へ きっと 静粛に―― きゃああ! あなた、何してるの! 君は―― 動かないで! 騒然とし、次の瞬間、静まり返る法廷。 その中央で、花嫁が短銃をドン・ファンにつきつけていた。 何するつもり? あなた、そんな物を隠してたのね? 止めなさい! 裁きを与えるのはお前ではない! 静粛に! 黙って! どうしてそんな事を。 答えが見つかるまでは動かないわ。 何の答えだ。 どうして私を愛してると言ったの。 君をいとおしいと思ったからだ。 嘘吐き。 嘘じゃない。 でも、あなたが愛してたのは、私だけじゃなかったわ。 だから私を殺すのか。 違うわ。私があなたを殺すんじゃない。あなたは戻ってくるの。本当の愛へ。 (カタストロフへの階段) 花嫁 ずっと待ってたわ あなたにもう一度会える日を ドン・ファン 私の腕の中で 君は美しく目覚めた 花嫁 あなたの言葉を信じたわ なんて馬鹿な私 ドン・ファン 花嫁 検事・弁護士 花嫁 弁護士 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 女達 検事 弁護士 花嫁 つぼみが開くように赤く燃えて 命を賭けて生きる愛こそ人生 そんなあなたの人生は 私を裏切ったのよ だから やめなさい ここは法廷 彼に裁きを与えるのは お前ではない 法律に何が分かるの この痛みも苦しみも涙も あなたにはわからない 愛という大儀の下に 幾多の心から鮮血がほとばしり そして再び過去を血で洗い流すのか 真実の君の姿をご覧 目に見えるものを捨てて その奥にひそむ本当の姿を 愚かな人々は見ようとしない 自分すら欺いて ただの言い訳だわ 豪華な衣装も宝石も 身に着けたところで君自身ではない 本当の美しさは 君の中に 私の中に何を見つけたの 私の何を愛したというの 私には見える どうして他の女も愛せるの 愛じゃない 身勝手な欲望よ 罪を犯した者には 正当な裁きを 何が正当なのか 愛と名づけた感情を苦しみを痛みを 誰が裁くべきなのか もうどこにも逃げられないわ ここであなたが決めるのよ ただひとつの未来を! 弁護士 この法廷で未来は見つかるのか 神は人の魂に愛を植えつけ 人は愛を育てて憎しみを産んだ 憐れみを忘れた我らが どうして過ちを責められよう 何を求めるべきか 赦しこそ光ではないのか 終わらぬ輪廻に ただひとつ残された答えは (いとしいその名を) 花嫁 これで最後よ ひとつだけ聞かせて 私の名前を覚えてる? ドン・ファン 名前に意味なんてない 見た目の姿も名前も 本当の君じゃない 花嫁 誤魔化さないで 私は私 他の誰でもない 愛してたというのなら 私の名前を呼んで ドン・ファン 私が愛したのは君の魂だ 言葉も姿かたちも超えた先に見える真実 女達 誤魔化さないで ひとつだけ聞かせて 私の名前を覚えているの? 愛してたというのなら 私の名前を呼んで 花嫁 私の名前を―― 検事 アンヘリカ! 花嫁 検事 花嫁 固まる花嫁。検事を振り返る。 どうして? どうしてなの? あなたが私の名前を? 私はずっと彼を見ていた。 まさか。 検事はヴェールを払う。 伯爵夫人 検事 ます。 伯爵夫人 娼婦 修道女 すね? 検事 修道女 検事 花嫁 ドン・ファン 花嫁 ドン・ファン 花嫁 検事 花嫁 検事 花嫁 伯爵夫人 検事 花嫁 (ループ) 弁護士 ああ! オルテンシア! あの日からずっと、私は彼を見ていた。 オルガス伯爵夫人、あなたが私の遺書を証拠として提出して下さって、嬉しく思い オルテンシア…そんな。あなたがどうして? ああ、あんたもそうだったんだ。彼に棄てられた女。 彼への強い思い? 彼の罪の深さを告発したい一念で、あなたはここに現れたんで 彼を告発するために。 被害者が裁く側に回る事は、人の律法では許されない。だからあなたは名前を伏せ てここにいたのね? そう、終わらぬ法廷で永遠に彼を裁き続ける為に。 まさか、あなたに邪魔されるとは思ってなかった。でも、あなたには何も渡さない。 アンヘリカ! もう遅いわ! あなたが私を愛してたと言うのなら―― 君に、身も心も捧げよう―― 花嫁へ一歩、歩み寄るドン・ファン。 その瞬間、花嫁は引き金を引く。 法廷の中央で、ドン・ファンは床に崩れ、息絶える。 駆け寄ろうとする女達と弁護士。 来ないで! 花嫁は自分の頭に銃口を向ける。 静止する法廷の人々。 一瞬の空白の後、検事が素早く花嫁の背後から短銃を掴む。 それだけは赦されない。 やめて… お前を彼と共に逝かせはしない。 放して! オルテンシア! オルガス夫人、ごきげんよう―― 被告人の死亡が確認された為、これにて一時閉廷とします。評決は次の法廷へ先送 りされます。――では皆様、またお会いしましょう。 嫌ぁーっ! 検事は花嫁と共に、姿を消す。 お前も棄てられた女 そして私も同じです 私もまた彼に出会い ひと時の愛に溺れた それでも私は彼を弁護する 彼の為でなく私の為に 永遠に続くこの法廷で 此処にいるのは皆 彼に人生を狂わされた者 同じ苦しみを彼に与えたいと願う でもそれが正義なのか 黄泉へと誘う破滅の心 愛と名づけた過去の夢を裁いて その先に何が生まれるというのか 終わらぬ輪廻に ただひとつ残された答えは (合唱・リプライズ) 五人の女達 早く此処に来て いつまでも踊ろう あなたしか見えない あなたしか要らない 抱きしめて くちづけて 心溶かして ひとつになるまで 輪になり手を取り 足踏み踊ろう 赤く燃える炎が 夜空とこの身を焦がすまで 世界の終わりが来ても 瞳逸らさないで 私だけを見て 踊り続け 踊り続け 人生は素晴らしい 《幕》 (初演:2005年9月、改稿:2008年11月)
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