中古住宅市場を支える効率的な不動産仲介システムとは?

report
No. 5
日本再興戦略と不動産鑑定評価基準の
見直しにおける新たな動向
赤井 厚雄
早稲田大学国際不動産研究所・研究院客員教授、国土審議会不動産鑑定評価部会委員、ハイアス総研主席研究員
清水 千弘
麗澤大学経済学部教授
ハイアス総研フェロー
1. 中古住宅の取引システム
2. 日本の取引業務は劣っているのか?
中古住宅の取引においては、高い取引コストが存在
近年、わが国の不動産流通システムが非効率である
するために、金融市場に比較して効率性が著しく阻害さ
といった論をよく耳にします。また、そのサービス水準
れているという指摘がしばしばなされます。
が諸外国に比べ劣っているといった指摘も聞かれます。
確かに、住宅を投資の対象としてみたときには、金
融資産などと比較することで、その費用の大小を議論す
そこでまず、日本と米国の不動産流通システムを比較
してみましょう。
ることに意味があるかもしれません。しかし本来、住宅
不動産仲介業務は、売り手側からの依頼に基づく業
とはサービスを発生させるものであり、そのサービスの
務と、買い手の立場に立って行う業務に大別され、当然
程度を適切に評価していくことが求められる――そのよ
ながらその両者の業務内容・機能には差異があります。
うな資産であると言えるでしょう。つまり、投資財として
日本では、売り手とだけ媒介契約を結びます。一方、
の単なる評価だけでなく、住まうことから得られるサー
米国では、エージェントとして売り手・買い手の双方に
ビス水準を適切に評価するといった意味で、その取引
おいて、日本における宅地建物取引主任者にあたる宅
段階で一定の費用が発生するのは、自然なことでもあり
建業者(Realtor)が代理契約を結び、業務を遂行します。
ます。
※具体的な日本の媒介契約制度等の詳細については、Shimizu et al,(2004)
また、従来の住宅の取引に伴う費用に関する議論に
を、日米の比較については、清水ほか (2004) をご参照下さい。
は、厳密な調査に基づかず、単なる印象や伝聞による
不動産仲介業務としては、売り手または買い手の集
ものも少なくありません。ストックの時代に入り、不動産
客に始まり、税金や資金などを中心とする売却相談・
流通の重要度が増してきている昨今において、この点
購入相談などを行います。売り手側から依頼を受けた
についての事実を精査することは、今後の政策立案の
場合には、物件調査を実施し、募集価格に関する価格
適正化に向けて有意義な取組みだと考えます。
査定を行い、媒介契約を締結します。ここで、専属専
とりわけ、投資としての取引ではなく、住まうことを前
提とした住宅を取り引きしようとする場合に、どのような
取引システムが好ましいのかを議論・模索することは、
極めて重要なことです。
任媒介契約か、専任媒介契約か、あるいは一般媒介契
約のいずれかの形式を選択することになります。
適切な物件または買い手がみつかった場合には、売
り手と買い手の交渉を仲立ちすることになります。そし
本稿では、日米の不動産流通システムの相違と共通
て、交渉が成立した場合には、詳細な物件調査(イン
点を明らかにしたうえで、効率的な不動産流通の仕組
スペクション)
、契約締結・引渡へと進みます。また、ロー
みにむけての制度のあり方に関して私見を整理してみた
ンが必要な場合にはローン斡旋業務、業務終了後には、
いと思います。
アフターフォローが求められます。
MAR 2014 HyAS View vol.29
5
売り側仲介の業務工程 日米比較(図表1)
受注活動
売主側
1
業務
工程
2
集客
広告
顧客から
の紹介
●他業者か
らの紹介
●
●
作業
内容
受付・
売却相談
来場者カー
ド記入
●査定申込
依頼受ける
●希望条件
の確認
●
3
税金・資金
アドバイス
単純売却
か買い替
えか?
●税金/資金
の相談
●税理士に
確認
●
価格査定
実査
取引事例
収集
●
●
弁護士・税 ●査定ソフ
理士
(有料) トウェア・
CMA
●ファイナン
シャルプラン ●MLS(事
ナー(有料) 例データ
ベース)
●モーゲージ
ブローカー
(有料)
●
例えば、
アメリカ
の場合
●HPの開設
ソフトウェ
アの利用
●
ITの活用
可能性
販売活動(売れなければ、繰り返すプロセス)
4
成約事例
データベー
スの利用
●査定ソフ
トウェア
の利用
●
5
物件調査
権利関係
法令関係
●周知の埋
蔵文化財
●道路関係
●設備施設等
●嫌悪施設等
●交通
●周辺環境
●建物調査
●
●
6
意見価格
の提示
売出価格
の決定
価格査定
票の作成
●取引事例
提示
●交渉
●
7
媒介契約
凍結
契約書の
作成
●契約締結
●
8
9
物件
情報化
指定流通
機構への
登録
不動産情
報項目/図
面作成
●
FAX/パソ
コンから
の登録
●
10
11
売却活動
店頭掲示
既顧客へ
の紹介
●業者への
紹介など
広告出稿
住宅情報
チラシ
●業者間チ
ラシ
●
●
●
●
12
13
売主への
営業報告
媒介契約に
伴う
●報告書の
作成
●報告
媒介期限
満了時の
更新
値下げ
提案
周辺取引
事例の収
集
●問合せ反
響の分析
●交渉
●
契約・引渡し手続き
14
更新の交渉
更新手続き
●
●
15
16
物件案内
結果報告
売却条件
の交渉・
合意
案内のアポ
インメント
●立会い
●結果報告
●
売却下限
の確認
●その他条
件の確認
●交渉
●
17
18
契約日時
等の案内
重要事項
説明書の
作成
双方のス
ケジュー
ル調整
●案内文書
作成、配布
●印鑑証明等
の必要書類
の確認
●
19
重要事項
説明書作
成
●
20
契約書の
作成
最新の現
地調査
●契約書の
作成
●付帯設備
等の確認
書作成
●仲介手数
料の領収書
●
21
重要事項
説明
説明
宅建主任
者が
契約
契約
仲介手数
料の受領
●領収書
●
●
●
●
受注活動
物件調査
データベー
スの利用
●地域デー
タベース
の活用
●
成約事例
データベー
スの利用
●査定ソフ
トウェア
の利用
物件調査データベース
とアプリケーションソフ
トの利用
●
物件調査
データベー
スとアプ
リケーショ
ンソフト
の利用
●
成約事例
データベー
スの利用
●査定ソフ
トウェア
の利用
●
作業
内容
8
9
10
11
12
13
集客
受付・
購入相談
税金・資金
アドバイス
物件情報
収集
物件の
選定
物件確認
紹介・
内覧促進
物件案内
売却条件
の交渉・
合意
契約日時
等の案内
重要事項
説明書・
契約書の
確認
契約
中間金
受け渡し
希望条件
の確認、
比較検討
●
元付け業
者への確
認
●物件調査/
実査
●
不動産資
料の整理
●周辺地図
準備
●セールスポ
イントの
整理、トー
クの準備
●
案内の
アポイン
メント
●立会い
●
購入条件 ●双方のス
の再確認
ケジュー
その他条
ル調整
件の確認
●資金繰りの確認 ●案内文書
●交渉
作成、
配布
●預り金の受
●印鑑証明等
領/売主側
への引渡し の必要書類
●借入金融機
の確認
関への打診
●
●
弁護士・税
理士
(有料)
●ファイナン
シャルプラ
ンナー
(有料)
●モーゲージ
ブローカー
(有料)
ITの活用
可能性
ソフトウェ
アの利用
●
契約
仲介手数
料の受領
●仲介手数
料の領収
書
●
●
金額の確
認/支払い
●領収書
●
インスペ
クション
(有料)
●タイトル
カンパニー
(有料)
データベー
スの共有/
REINS等
消費者の
需要予測・
管理ツー
ルの活用/
データベー
スの管理等
●
図表 1 に整理しているように、日米間の相違は、日
登記
実行
権利証
の返却
アフター
フォロー
領収書の
作成
●金額の確
認/支払い
●領収書
●
銀行への
連絡
●同時決済
の交渉
●
日程調整
(売主・買主・
両者銀行・
司法書士・
両者業者)
●金額の確
定
●必要書類
●
登記書類の準備
登記関連費用の確認
●残金領収書作成
●固定資産税/管理
費等の清算書作成
●仲介手数料領収
書作成
●引渡確認書作成
●権利証の確認
●
●
各書類の 【司法書士の業務】 ●不具合の
署名捺印と
確認など
関係者へ引
き渡し
●鍵の引渡し
●仲介手数
料受領
●
業務支援
ツールの
開発
●
米国式には、それぞれの専門家が介在することにより、
14
借入金の
申込
融資申込書
の作成
●銀行への申
込み
●融資実行日
の確認
●
モーゲージ
ブローカー
(有料)
●
15
引渡し日の
案内
アフターサービス
16
17
18
19
20
残金決済・
引渡しの準備
残金決済・
引渡し
登記
実行権
権利証の
返却
アフター
フォロー
●日程調整
●登記書類の準備
●登記関連費用の確認
(売主・買
●
主・両者銀 ●残金領収書作成
固定資産税/管理
行・司法書
費等の清算書作成
士・両者業 ●仲介手数料領
収書作成
者)
●引渡確認書作成
●金額の確定
●権利証の確認
●必要書類
※上記は主に売主
側業者との確認
各書類の 【司法書士の業務】
署名捺印と
関係者へ
引き渡し
●鍵の引渡
し
●仲介手数
料受領
●
不具合の
確認など
●
(物件価格比)
(万円)
201
3.1% 200
180
160
140
120
1.5% 100
80
60
40
20
0
仲介
会社
0
0
20
エスクロー(有料)
●
ローンシミュ
レーター等
の活用
●
40
60
80
1.5% 100
120
140
160
180
3.1% 200
220
240
260
280
4.6% 300
320
340
360
(万円)
買 主(計 406 万円)
売 主(計 207 万円)
201
99.3
61
税金
45.4
0
銀行等 エスクロー
会社 その他
0
6
仲介
会社
税金
0
0
エスクロー その他
会社
14
59
44
58
90
買 主(計 164 万円)
356
売 主(計 672 万円)
図表 3 は、6,500 万円程度の戸建て住宅を仲介した
支払う事務手数料のみであるのに対して、日本では、税
本では、すべての業務を宅地建物取引主任者が担って
売り手・買い手ともに、日本より高い仲介サービスを享
場合の、両国での売り手と買い手の費用を比較・整理
として公的部門に納めるほかに、銀行や司法書士、保
いるのに対して、米国では、税務相談は税理士が、価
受できるというメリットがあるわけです。
したものです。
険会社等にも支払うことになります。その他、登記に関
格査定は評価システムと合わせて場合によっては不動
産鑑定士が関わり、物件調査はインスペクターが、そし
て、決済業務はエスクローが担当するなど、高度に分
業化が行われているという点にあります。
6
最新の現
地調査
●重要事項
説明書/契
約書/その
他書類の
確認
●
●
●
残金決済・
引渡し
アメリカ ︵計836万円︶
指定流通
機構から
●他業者の
情報から
●住宅情報
から
●業者間チ
ラシから
●
●
●HPの開設
残金決済・
引渡しの準備
●
契約・引渡し 手続き 7
例えば、
アメリカ
の場合
引渡し日
の案内
中古住宅(6,500万円)の売買に伴う費用負担 日米比較(図表3)
6
税金/資金
の相談
●税理士に
確認
中間金
受け渡し
物件調査データベース
とアプリケーションソフ
トの利用
●
5
●
29
借入金
返済の
申込
※買主側の作業は、契約
成立後に実施される。
販売活動(売れなければ、繰り返すプロセス)
来場者カー
ド記入
●査定申込
依頼受ける
●希望条件
の確認
28
売主自身が
TDS作成
白蟻レポー
ト作成
4
●
27
●
3
広告
顧客から
の紹介
●他業者か
らの紹介
26
●
2
●
25
●
1
●
24
日本︵計613万円︶
業務
工程
23
エスクロー
(買主側によるイン
スペクション・タイ
トルインシュアラン
ス・サーベイヤー)
買い側仲介の業務工程 日米比較(図表2)
買主側
アフターサービス
22
HyAS View vol.29 MAR 2014
3. 米国の費用は高いのか?
それでは、多くの専門家が関わる米国の取引費用は
日本と比べ高いのでしょうか。
流通に伴うコストとしては、仲介手数料等の売買契約
するコスト、保有や補修に関するコストなども必要です。
に関する費用があり、これは仲介会社に対して支払われ
まず全体のコストを比較します。日本では、6,500 万
ます。ローン借り入れに関するコストとしては、各種手
円の中古住宅の取引に伴う流通コストが 613 万円(買
数料が該当します。これについては、米国では銀行に
主 406 万円+売主 207 万円)であるのに対して、米
MAR 2014 HyAS View vol.29
7
国では 836 万円(買主 164 万円+売主 672 万円)と、
因として、「物件調査」があげられます。しかし、物件
日本の約 1.4 倍になります。
情報を整備・蓄積していくことは、長期的には、追加情
次にその内訳に着目すると、 買主側では、 米国が
報の収集コストを下げ、市場の透明性を高めることに寄
164 万円であるのに対して日本は 406 万円と日本の方
与します。加えて、リスクを含む取引費用の軽減にもつ
が高いのに対して、売主側においては、日本の 207 万
ながります。
円に対して米国が 672 万円と 3 倍以上の水準です。ま
正確な情報を市場で蓄積し、流通させるという観点に
た、費目別に比較すると、仲介手数料は、米国では売
立てば、物件調査を宅建業者だけに依存している現在
主のみが支払う(356 万円)のに対し、日本では、売主・
の状況は、不十分であると言わざるを得ません。
買主それぞれが、同額を負担することになります(計
402 万円)
。
インスペクションなどを普及させていくためには、売り
手・買い手・仲介業者の責任を明確にしていく必要が
契約締結 ・ 引渡し業務の範疇に入るエスクローのコス
あります。すべての責任を重要事項説明書の中に盛り
トも含めて比べた場合、日本は、 買主 ・ 売主合計で
込み、仲介業者に押しつけている状態では、買い手が
402 万 円と不 変であるのに対して、 米 国は 1.6 倍の
インスペクションを実施するモチベーションが生まれま
659 万円と、
日本を大きく上回る水準になります。つまり、
せん。
仲介業務の機能に着目すれば、日本の仲介手数料はか
なり安いと言うことができます。
さらに日本の流通コストを高めている要因は税金にあ
り、
米国の2倍の水準にあることは特筆すべきことでしょう。
ここまでの比較をまとめると――全体の取引費用は米
この点から見れば、その不動産について、最も情報
を持っていると考えられる売り手に対し、商品として不
動産を市場に出す上での義務として、自らのコスト(時
間も含む)により、商品の性能に係る情報の提示を義
務づける可能性は検討に値します。
国の方が高い。しかし、日本では買い手の負担が高い
不動産市場には、多くの専門家と呼ばれる主体が存
という特徴がある。米国では、インスペクションやエス
在します。効率的な不動産流通市場を整備していくため
クローなどの費用負担を買い手がしているものの、日本
には、それらの専門家が協業していく制度を構築してい
ではそのような負担はない。しかし、日本では、不動産
くことが急務であると考えます。
取得税、登録免許税、印紙代などの負担が大きい――
ということになります。
4. 効率的な不動産流通システムへの課題
中古住宅の流通を活性化させていくことは、ストック
化時代を迎えるなかで、優先すべき政策課題であること
は、疑う余地はありません。
近年においては、しばしば米国の中古住宅の流通シ
ステムの事例が紹介されますが、米国では日本の 1.4
倍の費用が発生しているという点は認識しておくべきで
しょう。より高いサービスを受けようとすれば、売り手も
しくは買い手は、その分高い費用負担を求められます。
とりわけ、わが国の不動産流通コストを高めている大
きな要因は流通関連税であること、特に買い手側への
流通関連税が著しく高く設定されています。むやみに米
国の仕組みを模範にすることには慎重であるべきです
が、この事実は念頭に置いておくべきでしょう。
また、米国において仲介に係る費用を高めている一
8
HyAS View vol.29 MAR 2014
【参考文献】
・清水千弘(2012)「既存住宅流通市場と住宅連鎖」、日本不動産学会
誌 Vol.101 pp.89-95.
・清 水千弘・西村清彦・浅見泰司(2004)「不動産流通システムのコ
スト構造」住宅土地経済 第51巻(2004年冬季号) pp.28-37.
・Shimizu, C., K. G. Nishimura and Y. Asami (2004), “Search and
Vacancy Costs in the Tokyo housing market: Attempt to measure
social costs of imperfect information,”Regional and Urban
Development Studies , Vol.16, No.3, 210-230.