3.サブプライム問題前史 --1980年代から2000年代へ-- 注意:「3.2 金融危機の諸段階」は省略します。講義では議論 しません。 1 3.1 投資銀行の黄昏 2007年6~8月に顕在化したサブプライム・ローン問題は、アメリ カの投資銀行に大きな打撃を与えた。 ・ 米第5位のベアー・スターンズ:2008年3月に破綻。JPモルガ ン・チェース(銀行)に吸収。 ・ 米第4位のリーマン・ブラザーズ:2008年9月15日に破産。 ・ 同日に、米3位のメリル・リンチ:バンク・オブ・アメリカの傘下 に入る。 ・ 米1位のゴールドマン・サックスと米2位のモルガン・スタンレ ーは、銀行持株会社化することを決定。(銀行持株会社になるこ とによって、FRB(連邦準備制度理事会)の監督下に入り、自己 資本規制等を受ける。) 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 2 「投資銀行」とは、顧客企業の有価証券発行による資本市場からの資本 調達をサポートし、合併・買収(M&A)などの財務戦略でのアドバイスを行 う金融機関。個人向け業務(個人などから預金を元手に企業に融資を行 う「商業銀行」業務)は行わない。 ・ 投資銀行業務 ①引受業務(証券の分売のために、証券発行者から証券を購入する ことや、発行者のために証券の分売を引き受けること。) ②M&A仲介業務(企業におけるM&Aの必要性を探り出し、買収対 象や売却先の選定、価格設定、交渉、契約書類作成のための助言、 資金のアレンジ等を行う。) ③トレーディング業務(投資銀行自体が当事者となって証券の売買を 行う。) 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 3 グラス・スティーガル法(1933年銀行法) 銀行業務と証券業務とが分離され、それぞれを商業銀行と投資銀行と が担うことを規定。また、連邦準備制度加盟銀行が、証券会社を系列に 置くこと、それらの役員の兼務を禁止した。 また、銀行は州を越えて営業をしてはいけないことも規定。 しかし、1980年代以降の金融の規制緩和の進行によって、銀証(銀行 業と証券業)分離の規定は次第に緩和されていった。 1999年11月12日のグラム・リーチ・ブライリー法(1999年金融近代化法 ):銀行持株会社による他の金融機関の所有を禁止する条項を廃止。グ ラス・スティーガル法以来の、銀行・証券・保険の垣根が取り払われる。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 4 3.2 金融危機の諸段階 ヌーリエル・ルービニ(Nouriel Roubini)は、(今回の)金融危 機が進行する局面を12の段階に分ける。 • 第1段階:住宅価格の下落局面。米国の住宅価格は、2007年2月時点 でピーク時から20~30%下落した。 • 第2段階:安易な貸付行動のツケが回る局面。頭金なし、所得証明なし などの安易なローン(NINJA(No Income, No Job and No Asset)ロー ン)が、サブプライムローン問題を深刻化させた。 • 第3段階:デフォルト(ローン返済停止)が一般の消費者金融にも波及す る局面。クレジットカード、自動車ローン、学資ローンなどにもデフォルト が多発する。 • 第4段階:モノライン会社(デフォルトした企業の社債などの支払い補償 に限定した保険会社)の資金繰り悪化の局面。 • 第5段階:商業施設への波及局面。商業施設の新規建設停止。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 5 第6段階:中小の銀行が破綻。 第7段階:レバレッジによる損失の巨額化が表面化する局面。 第8段階:実物経済への危機の波及。 第9段階:「闇(陰)の銀行システム(Shadow Banking System)」が崩壊 する局面。闇の金融機関とは、すべてを秘密にし、活動内容を表に出さ ない金融機関。これらは、活動の自由を得るべく、金融監督当局の監視 を嫌う。経営危機に瀕しても当局の庇護を受けないという約束事で、闇 の金融機関は、活動内容を極力秘密にする。この意味で、これらは「プ ライベート」なものであり、このプライベート組織(投資銀行やヘッジファン ドなど)は、この段階で破綻する。 • 第10段階:ニューヨーク株式が大暴落する局面。世界の株式市場の大 混乱。金融市場のパニック。 • 第11段階:金融市場から流動性が枯渇する局面。中央銀行による大量 の短期資金散布もほとんど効果がないことが知られるようになる。 • 第12段階:恐慌の発現。損失の連鎖、資本の毀損、極度の信用収縮、 強制的な企業整理、資産の投げ売りなどが連鎖する。そして、世界恐慌 へ。 • • • • 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 6 ルービニは、2009年に入り、金融危機は第10段階を過ぎ、 第11段階に入ったと診断。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 7 3.3 サブプライム問題前史 (1)1980年代:サブプライム・レンダーの登場 1980年代の金融の規制緩和によって、金融機関が相手に しない低所得者に資金を貸すサブプライム・レンダーが、中 古車ローン提供者として登場。 ここで開発されたビジネスの手法が、90年代、2000年代に 継承された。 ①ジャンク債の成功:マイケル・ミケルソンのビジネス・モデル ミケルソンは、80年代にサンベルト地域に進出したベンチャ ー企業に着目。かれは、これらの企業を選別し、リスクを低 めるために、異種の企業、多数の企業に投資を分散させた( 「分散投資」の投資手法)。また、時に合併を進め、そのため の資金も提供した。こうした資金を調達するために発行され たのが、高利回り、ハイリスク債券である「ジャンク債」。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 8 • そのビジネス・モデルの2つの特徴 1)リスク回避のための分散投資(これ以前の投資手法は、 投資対象の本来の価値を推計し、それ以下の市場価格の 投資対象を買い、価値以上の市場価格をつけているものを 売るという「バリュー投資」)。バリュー投資から分散投資へ が、その後の機関投資家の投資手法となる。 2)投資対象となる企業に関する綿密な調査。 ②略奪的(他人を食い物にする)中古車ローン提供者の登場 過去にローン返済が滞ったり、クレジットカードでの購入で 過去に傷のある人の弱みにつけ込んで、中古車自動車ロー ンを高利で提供する業者が、サブプライム・レンダー。 (ここで重要なのは、販売されるのが中古車だということ。中 古車の適正価格は一般の人には不明確。これが利用され、 適正価格よりも高い値段でローンが組まれる。) 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 9 • 「ノンリコース・ローン」:借りた金が返済できなければ、担保、 この場合には自動車を返済すれば、それ以上追求されること がない。 したがって、この種の業者は、リスクの高い顧客に対してはロ ーンが返済されることを当初から予定していない。途中回収で 成り立つように、中古車価格を高く設定し、それなりの金利を つける。 サブプライム住宅ローンに引き継がれるのは、次の2つの制 度化。 1)顧客データの整備。顧客データが蓄積されることによって、 顧客のリスクの程度が把握できるようになった。 2)債券の証券化という資金調達方法の制度化。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 10 (2)1990年代:サブプライム住宅ローンの成功 《ローレンス・コスのビジネスモデルの6つの特徴》 1)顧客の対象:サブプライム中古車レンダーが対象としたよ りも所得水準が高く、過去のカード歴から通常の住宅ローン は受けられないが、リスクの低い人に絞る。 2)住宅ローンの申し込みが行われると、即座に決定できる 体制を構築。顧客の信用度に応じて金利差をつける。 3)金利は通常よりも2~3%高い。 4)期間は30年。85%を融資する。 5)低所得者層が買える安い住宅を提供。価格は通常の6割 から2分の1程度。 6)融資金を調達するためのローン債権の証券化。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 11 このビジネス・モデルは、90年代に順調に発展。 このローンも、サブプライム中古車ローンと同様に、ノンリコ ースローン。しかし、サブプライム住宅ローンの延滞率は、 プライム住宅ローンの延滞率とほとんど変わらず、低い水準 であった。 このような90年代の成功は、それがすき間産業として大手 の競争にさらされなかったからである。 (3)2000年代:ウォール街の参入と略奪的ローンへの変質 《ウォール街の参入》 ①投資銀行・リーマン・ブラザーズの参入 住宅ローン会社が行ったローンを買い集め、これを証券化し て、販売する。 金融派生商品としての新たな債券担保証券(CDO)。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 12 この種の証券(CDO)を売るためにとられたリーマンによる 保証行為である債務破綻補填証券(CDS)の発行。 ②保険会社AIGの参入 AIGは、住宅ローン提供会社に対し、借入金比率80%以上 のローンに対して保険を提供。この保険をかけていれば、万 一の場合には貸し手に損害を保証するというもの。 《略奪的ローンへの変質》 サブプライム住宅ローンの普及に伴って、適正な顧客層が 減少。住宅ローン提供会社は、経営維持のために、より低 い所得層を対象とせざるをえなくなった。 結果として、80年代にサブプライム・レンダーが中古車販売 でとった手段が再登場。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007 13 参考文献 マイケル・ミケルソンやローレンス・コスを、詳細に取り上げ た文献はほとんどない。 例外として、久原正治『金融イノベーター群像』シグマベイキ ャピタル、1999年がある。その第2章(「ジャンク債の帝王マ イケル・ミケルソン」)と第3章(「サブプライムレンダーの雄ロ ーレンス・M・コス」)を参照。 九州大学UIプロジェクト Kyudai Taro,2007
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