自動車技術会での発表を更新しました。

58-20085059
自動車の旋回中心に関する実験研究 *
-交通事故解析に使用できる実用的データの取得を目的とした新しい計測手法による
旋回中心位置に関する実験研究-
種田 克典
仲丸
1)
伴能 2)
Experimental research of the vehicle turning center
- Experimental research of the vehicle turning center by using the new measurement method
to acquire practical data for traffic accident analysis -
Taneda Katsunori
1)
Nakamaru Tomoyoshi
A traffic accident analysis needs various practical data. The left turn or right turn accident analysis always questions the location
of the vehicle turning center. When driving at the lowest speed, the vehicle turning center is on the rear axle line, which has been
proved by the Ackerman geometry; however, no actual data has been found in the past.
Therefore, we used the new GPS
measurement method to measure the actual vehicle turning center location.
Key Words: Safety, Accident analysis, vehicle turning center,GPS measurement method
1.は じ め に
自動車交通事故における係争の場では,自動車安全の専門
家としての意見,すなわち工学鑑定が重要な意味を持つ.交
⑬
位置と旋回速度の関係を実際に測定し,実用的データを得る
ための検討を行ったものである.
2. 交通事故解析鑑定における自動車特性実用データ
通事故の解析鑑定を行う上で種々の実用的な車両特性データが
自動車使用において不幸にも交通事故の当事者になってし
必要となるが,公表されているものが少なく実際に使用でき
まった場合,刑事事件の被告として刑事裁判を受けることが
るものは限られている.乗用車のデータに比べトラックや二
ある.また,刑事裁判とは別に被害補償等に関し民事裁判の
輪車のデータは特に少ない.そのため古いデータや事故当事
当事者となる場合がある.係争においては,法律家が中心と
車両とは車種の異なる余り正確とは言えないデータにたよら
なって交通事故の内容を吟味し主張し判断が行われる.しか
ざるを得ない現状である.筆者等は,これらのデータの不足
しながら,通常法律家の方々は文系出身の方が多く自動車衝
を補うために順次対応する実験を行い,データの入手と公開
突現象や車両の運動などの理工系分野の知識に十分でない場
に努めている.
合が多く,
自動車安全の専門家としての意見の聴取すなわち,
右左折時の巻き込み事故や接触事故の解析鑑定では,自動
工学鑑定が行われる.実施された工学鑑定が全て採用される
車の挙動を図上で再現して検証する.このとき旋回中心の位
わけではないが,工学鑑定の内容によっては判断の方向は大
置をどのように取るかによって車両の姿勢が変わるため結果
きく変わることがある.刑事裁判においては刑期が大幅に変
が異なってくる.旋回中心は,大舵角域の極低速走行ではタ
わったり,ときには「冤罪」ではないかと考えられるような
イヤの横滑りを生じないため,後軸の延長線上に存在するア
例も発生している.また,民事裁判においては被害者家族へ
ッカーマンジオメトリーが成り立つと言われている.また,
の補償が十分になされない結果や逆に当事者への莫大な賠償
通常の旋回では車輌の速度により横滑りを生じるので,アッ
請求になる場合もある.交通事故の工学鑑定には,二つの大
カーマンジオメトリーには必ずしも従わず,旋回中心は後軸
きな問題がある.一つは工学鑑定人の資質である.工学鑑定
線上より前になると言われている.しかしながら,従来の実
人には,基本的な次の3つの知識経験が要求される.
験計測方法では計測が困難であったため実際に旋回中心の位
(1)実際の交通事故の現場の知識.
置がどのように変わるかなどの報告データは無かった.
(2)運動力学,材料力学,人間工学などの理工系の基礎知識.
本研究では,GPSを用いた計測器により旋回時の旋回中心
(3)衝突実験を含む自動車安全工学の知識.
現在,工学鑑定人には,工学系大学,警察,損害保険,自
*2008 年 5 月 21 日自動車技術会春期学術講演会にて発表
動車メーカー等々各種の分野の出身者がいるが上記3つの知
1)
自動車交通事故解析科学研究所(305-0821つくば市春日2-23-5)
識経験をそろって有している者は必ずしも多くない.これに
下館自動車学校(309-1115 筑西市蓮沼 1534 番地 2)
関しては,NPO法人「交通事故鑑定士認定協会」が鑑定士の
2)
資質の向上を進めているが時間を要するであろう.
されているように前方に移動することは一般的に知られてい
次に,問題としてあげられるのが鑑定を行う上で必要な
る.しかしながら,これらの移動量はタイヤやサスペンショ
種々の実用的な車両特性データの不足である.もともと公表
ン特性等の種々の因子により変わるため後軸の延長線上にあ
されている自動車特性データの多くが最大特性を現すものが
ると見なせる速度の範囲や,旋回速度の変化に対する変動量
多い.例えば,自動車の加速性能を現すデータとしてとして
のデータなど具体的数値が示されたものはない.
「0-400mに要する時間」があるが,これはプロのドラ
また,理論的解析に寄らず,実際に旋回実験によりデータ
イバーが最大性能を引き出した場合のデータである.自動車
を得るには従来の計測方法では困難であったこともこの理由
交通事故では,一時停止の有無の判断として発進加速の状態
となっている.
が問題となるが,この場合は一般の運転者が市街地の走行状
態でどのように加速するかのデータが重要なわけで,前述の
「0-400m」は参考にはなるが,最良のデータとは言え
ない.もともと,交通事故鑑定に必要なデータは,
「普通の
人の」
「普通の運転」と言った曖昧な要素を含んでいるため
データの定義が困難であり,自動車メーカーや自動車研究所
において関連するデータを有していたとしても責任上公表で
きないと言う性格を有しているのである.また,前述裁判に
携わる法律家に理解してもらえる平易な内容であることが要
求されるのも難しい点である.従って,鑑定に用いるための
実用的なデータが非常に少ないのである.そのため古いデー
タや当該事故に余り的確に当てはめられるとは言い難いデー
タにたよらざるをえないのが現状である.
Fig. 1 Explanation concerning the location of the
vehicle’s turning center and Ackerman geometry(1)
筆者等は,不足するデータを補うために順次対応する実験
を行いデータの入手と公開に努めている.前述のように,こ
れら事故鑑定に必要なデータは,曖昧な要素を含んでいるた
め,その定義を厳密にし,確度の高いデータを得るには多く
の時間と手間を要する.当然のことながら,筆者等の小さな
組織と資金力では困難である.但し,全く無いデータで判断
するよりは,60点でよいから何らかの参考になるデータを
得て,それを基に判断することは意義が高いものであると考
え,ゆっくりではあるが進めている.
本報告の「旋回中心と速度」に関する実験研究も,上記の
公開されていない実用的データの一つである.
3.自動車の旋回中心
図1は,近藤政市著:基礎自動車工学前記編213頁(1965年
初版)に記載の旋回中心に関する説明図である(同著の図9.
1).最新の自動車技術ハンドブック基礎理論編にも同様の記載が
されている.すなわち『極低速円旋回において,タイヤに横
滑り角が発生しない純幾何学的関係をアッカーマンジオメト
リといい,内輪舵角は外輪舵角より大きくなる.そのときの
舵角をアッカーマン実舵角という.極低速時の旋回性能は,
力学的には,遠心力= 0 または進行速度= 0 の旋回に当る.
各車輪は横すべりしない仮定のもとに,すなわち,後輪の進
行方向は後輪面と一致することより,旋回の中心は後輪面へ
の垂線すなわち後車軸の延長線上になければならぬ.
』とし
ている.また実際の旋回では,横滑りはどのタイヤにも生じ
るので,旋回中心は,図 2(基礎自動車工学215頁図9.4)に示
Fig. 2 The location of the vehicle’s turning center
when usual turning speed(1)
4.実験方法
実験車に,乗用車(ホンダオデッセー,ABA-RB1平成 17 年
式,前後輪 ダブルウィッシュボーン,全長=4765,全幅=1800,
全高=1550,WB=2830) と中型トラック( 日野レンジャー
KK-GD1JJDA,平成 12 年式,前後輪リジットリーフスプリン
グ,全長=7560,全幅=2250,全高=2450,WB=4350)の2車種
を用いて旋回実験を行いデータ取得した.旋回時の事故で問
題となるのは大型の車両であるが,最初に乗用車による実験
を行い,計測方法や解析方法の確認を行った.これは,(1)
車輌が扱いやすいこと,(2)狭い実験場でも安全に実験が可
能なことによるものである.次に,中型トラックによる実験
を行った.図3は,実験方法の概要と解析の考え方を示したも
Fig.4 Measuring instrument and personal computer
ので,以下の手順で実施した.
①実験車上の2点にアンテナ設置し,設置位置を測定する.
②実験車は,旋回半径と速度組み合わせ旋回運動をさせる.
旋回半径 : 最小,10,15 m,速度により無理のない半径
旋回速度 : 極低速,10,15,20,30 km/h ,発進加速
③GPSを利用したVGVS-SPC5速度距離計測器により走行中の前
後アンテナ位置の地上座標が100Hzで順次計測される.
④計測終了とともに2点の移動量から,車両姿勢角に対する2
点の接線方位が,即ち進路角が得られる.
⑤実験後の処理において,前後2点の進路角により,旋回中
心軸位置からの前後の2点までの距離,旋回半径,旋回中心
位置およびが車両の後軸から旋回中心軸迄の距離を得る.
後アンテナ
前アンテナ
後アンテナ軌跡
後前接線方位゜
後進路角=β
前接線方位゜
前進路角=α
前アンテナ軌跡
L1
L2
車両姿勢方位゜
Fig.5 Measurement of installation position of
GPS antenna
後車軸から旋回中心軸までの距離
22 90
204 0
後進路角=β
580
11 30
アンテナ位置
前進路角=α
L1=R・tan α
L2=Rtan β
A
L=L1+L2=R(tan α+ tanβ )
R=L/(tan α+ tanβ )
旋回中心軸
R=旋回半径
910
2840
1040
旋回中心
Fig. 3 Outline of experiment and data analysis
5. 車載計測装置
計測装置は「2アンテナ式GVS速度距離計・VGVS-SPC5,車
2840
1040
実測値
4790
速の精度 ±0.1 km/h 以内」を使用した. 図4に車載状況
を示す.図5は,トラックに取り付けたアンテナの車上の位
置を測定している状況である.図6,図7に乗用車とトラック
の寸法とアンテナの取り付け位置を示す.
Fig.6 Installation position of the front antenna and
rear antenna in the passenger car.
Fig.7 Installation position of the front antenna
and rear antenna in the truck.
6. 実験結果
図 8 にトラックによる実験の状況を示す.表1は,実験
結果の纏めたものである.図9に,実験結果の波形の1例を
示す.実験条件は.乗用車・極低速・最大舵角である.実験
結果は, 前外輪位置の半径で6.7 m , 速度は1.67km/h,旋回
中心軸の位置は後軸より-0.44mの位置である.図 10 は,同
結果を事故解析ソフト[TANEDAS]を用いて読み込み図示し
たものである.半径 R=6.7 m , の円がきれいに描かれてい
おり,旋回中心軸と後車軸がほぼ一致しているのがわかる.
全体的に見ると,
乗用車もトラックも旋回中心軸の位置は,
車速30km/h以下の速度では概ね後軸上に有ると考えても良さ
そうである.すなわち,市街地での旋回時の事故を図上で再
現するときは後軸の延長線上に旋回中心があるものとして解
析しても良いと言える.
7.おわりに
今回の実験研究により
(1)乗用車とトラックの旋回中心に関する実用データが取得
された.
(2)新しい計測器により従来困難であった実験計測が簡便に
出来ることがわかった.
今回取得したデータは,乗用車・トラックともそれぞれ僅
か1車種のデータであり,幼稚なデータとも言えるが実用的
なデータとして役に立つものと考えている.今後もいろいろ
な範囲に広げていきたいと考えている.
参考文献
1)近藤政市「基礎自動車工学前記編」養賢堂
2)自動車技術会編「自動車技術ハンドブック基礎理論編」
Fig.8 Sequential photographs of experiment scenery
Table.1 Test results
目標設定値
計測結果
(4)
旋回中心 前外輪旋回
半径R (m)
半径(m)
(7)
(3)
TEST
No
乗
用
車
ッ
中
型
ト
ラ
ク
速度
半径 (m)
No1-1-1 極低速
最小
No1-2-1 極低速
10
11.60
No1-4-2 10km/h
10
11.26
No1-5-1 20km/h
10
10.94
No1-9-1 30km/h
15
16.24
No2-1-1 極低速
最小
4.35
No2-3-1 10km/h
最小
4.46
No2-4-1 5km/h
任意
6.76
(1)
11.88
(2)
No2-5-1 10km/h
任意
11.13
No2-6-1 20km/h
任意
11.37
(5)
L1 (m)
8.07
12.72
12.35
12.05
17.21
6.72
6.78
13.45
12.63
12.92
L(m)
(6)
L2 (m)
(8)
V (km/h)
1.75
0.54
1.81
0.48
1.63
0.66
1.67
0.62
1.38
0.91
4.594
1.539
4.551
1.582
4.599
1.534
4.291
1.842
4.490
1.643
-0.044
-0.095
0.079
0.038
0.326
0.039
0.082
0.034
0.342
0.143
1.67
2.95
9.43
16.92
27.59
4.426
14.228
6.831
12.986
19.974
(1)最小 : 最大実舵角による最小旋回半径
(5)L1 (m) : 前アンテナから旋回中心軸迄の距離
(2)任意 : 運転者に無理のない半径
(6)L2 (m) : 後アンテナから旋回中心軸迄の距離
(3)半径R (m) : 旋回中心軸上の車両中心位置の旋回半径
(7)L(m) : 後車軸から旋回中心軸迄の距離
(4)前外輪旋回半径(m) : 前外側輪における車両旋回半径
(8) V(km/h) : 前アンテナ位置の速度 (km/h)
No1-1-1 極低速・最大舵角
12
②
前外輪旋回半径 (m)
10
(m) 8
6
① (GPS 前)S peed (km/h)
②前外輪旋回半径( m)
4
(km/ h)
③後軸からの旋回中心軸までの距離(m)
① (GPS 前)Spee d (km /h)
2
③後軸からの旋回中心軸までの距離( m)
(m)
0
10
20
30
40
50
60
t ime (sec)
-2
Fig.9 Example of passenger vehicle test data(the lowest speed with the large steering angle)
70
6.7m
6.6m
Test No1-1-1 R=5.4 m V=極低速
Fig.10 Example of sequence drawing of passenger vehicle test result.
(the lowest speed with the large steering angle)