GEnxエンジンの開発動向 民間航空機業界は中国・インド等の新興市場

(公財)航空機国際共同開発促進基金
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GEnxエンジンの開発動向
民間航空機業界は中国・インド等の新興市場の隆盛、世界的な好況に支えられて、好調な受
注を続け、活況を呈している。 2005 年はボーイング、エアバスの両社が 1,000 機を越える受注を
獲得した。 2006 年もボーイングは 2 年連続の 1,000 機超を受注し、エアバスもボーイングには及
ばなかったものの、好調な受注状況を維持している。 そのような状況下で開発が進められてい
るボーイング 787 に対する需要も極めて、旺盛である。 その搭載エンジンとなる General Electric
社(以下、GE 社と記す)の GEnx の開発プログラムは、ボーイング 787 搭載型の-1B の 2007 年
内の型式承認取得に向けて、山場を迎えている。 更に、GEnx はボーイング 747 の派生型であ
る 747-8 の搭載エンジンに選定された-2B の開発にも着手した。
本稿ではその GEnx について、概要をまとめることで、最新のエンジン技術動向を知る助けとし
て頂きたい。
図1.1 GEnx エンジン カット・ビュー
3)
GE 社は 2005 年 5 月に革新的な対環境性能を顧客と社会に提供するプログラムとして、
「Ecomagination」を導入した。 GEnx は同プログラムの一翼を担う最新の民間航空機用エンジン
である。 GE 社によれば、GEnx は対環境性能の優位性とエンジン・オペレータのコスト低減とい
う二つのゴールを定め、顧客価値を最大化するという今日的な課題を克服する。 その対環境効
果は旧世代の同クラスのエンジンが使用され続けたならば排出することになるであろう温室効果
ガスの量をこの先 20 年で約 7,700 万 ton 削減することに相当するとされている。
GEnx は、中距離および長距離のルートで運行されている広胴型ジェット機の主力エンジンの
一つである CF6-80C2 エンジンの市場をカバーするようにデザインされている。 GEnx を
CF6-80C2 に比較した場合の優位性を列挙すると、以下のようになる。
・ SFC *1 の 15%削減 → 運行距離/ペイ・ロードの増大
・ EGT *2 を制限値内に維持する期間の 35%延長
・ 部品点数の 30%削減
・ 機体から取り下ろしせず、運行される時間の 30%延長
・
騒音レベルの 50%低減
GEnx の信頼性(Dispatch Reliability)は 99.98%以上、IFSDR *3 は 0.003 未満という、高信頼性
を有することが期待される。 13 台のエンジンによる開発試験運転プログラムにより、エア・ライン
での実際の運用開始までに、-1B は 15,000 サイクル、-2B は 20,000 サイクルを超える試験運転
実績を積み、運用開始と同時に、330 分の ETOPS 飛行 *4 を可能とする計画となっている。
(注 1)
*1 : Specific Fuel Consumption ; 燃料消費量率
*2 : Exit Gas Temperature ; 排気ガス温度
*3 : In Flight Shut Down Rate ; 1,000 フライト時間当たりのエンジン停止事故発生率
*4 : Extended Twin Operations ; 双発ジェット機による長時間の洋上飛行
GEnx プログラムには RSP *5 として、日本からは石川島播磨重工業(以下、IHI と記す)*6、イタリ
アの Avio 社、スウェーデンの Volvo Aero 社、およびベルギーの Techspace Aero 社が参画して
いる。 夫々の RSP は以下のエンジン要素の設計と製造に責任も持つ。
■ IH I : 低圧タービン回転部品、 高圧圧縮器翼、 ファン・ミッド・シャフト
■ Avio : ギヤ・ボックス、 低圧タービン静止部品、 潤滑油システム
■ Volvo Aero : タービン・リア・フレーム、 ファン・ハブ・フレーム、 低圧圧縮器スプール、 フ
ァン・リア・ケース、 高圧圧縮機ローター・フロント・シール
■ Techspace Aero : 低圧圧縮機アセンブリ、 ファンディスク
(注2)
*5 : Risk and Revenue Sharing Partner ; 開発費の一部を負担し、その割合に応じてエン
ジンの販売収入から収益を得るプログラムの参加会社
*6 : IHI は経済産業省の支援を受け、日本航空機エンジン協会の下、同プログラムに参加する
GEnx の各モデルの諸元を以下にまとめる。
型式
-1B54
-1B64
-1B70
-2B67
(搭載機)
(B787-3)
(B787-8)
(B787-9)
(B747-8)
推力 (Lbs, Take-Off)
53,200
63,800
69,800
66,500
ファン直径(Inch)/翼枚数
バイパス比(Take-Off/Climb)
111.1/18
*7
9.6/9.0
圧縮機段数 (LP/HP)*8
全体圧力比(Take-Off/Climb)
9.3/8.8
35.6/47.7
40.7/49.3
8.0/7.4
3/10
43.5/51.4
44.7/52.4
アニュラー
2/7
表1.1 GEnxの諸元
(注3)
9.1/8.6
4/10
燃焼器
タービン段数 (HP/LP)
104.2/18
2/6
2)
*7 : Take-Off ; 離陸時 、 Climb ; 上昇時
*8 : LP ; Low Pressure 低圧系 、 HP ; High Pressure 高圧系
GEnx の各モデルは共通のコア・エンジン*9 使用する。 モデル間の主たる差異はファン直径と
-1B ではエンジン抽気システムがなく、2 機のスターター・ジェネレーター*10 が装備されることであ
る。
(注4)
*9 : 高圧圧縮機、燃焼器、高圧タービンからなるエンジンの主要部位。 高温・高圧の厳しい
環境で運用されるため、モデル間の共通化は、開発・運用実績の蓄積を早め、信頼性を高
めることができる等のメリットがある
*10 : ボーイング 787 では従来、使用されてきた機体への動力等を供給するためのエンジン抽
気は用いず、それらの動力を全て電化した。 このため、-1B は 2 機のスターター・ジェネレ
ーターを配して機体に電力を供給するシステムとなっている
-1B エンジンの開発運転試験は 2006 年 3 月に初回運転テストが行われ、同初回運転で型式
推力を超える 76,900lb (標準大気状態換算の修正値で 80,500lb)をデモンストレートすることに
成功し、-2B エンジンのテストも 2007 年にスタート予定である。
図1.2 GEnx-1B 開発運転試験
2)
GEnx は対環境性能に加えて、市場の既存エンジンから得られた教訓、顧客からの要望を反
映し、性能、信頼性、耐久性、保守性、および推力増強のポテンシャルに重点を置いたエンジン
設計を行い、ライフサイクルコスト最小化と最高レベルの信頼性を目指しているという。 GEnx は
2 年超の市場での運用実績から、その優秀性が立証されている GE90-115B の設計・システムを
ベースとして、更にそれを発展させた以下のような機構・機能を導入している :
・ 第三世代の複合材ファン動翼
・ 史上初の複合材ファン・ケース
・ 第二世代の 3 次元空力設計翼
・ 最新の低公害燃焼器
・ 反転高圧/低圧タービン
・ 最新の高度なエンジン運用状態診断システム
更にエンジン部品の寿命を伸ばすために新合金/コーティングや最新の冷却技術を導入して
いる。 エンジン全体効率の向上、部品点数削減、構造安定性を高い完成度で実現するために、
実績が豊富な高圧系/低圧系 2 軸設計、360°高圧圧縮機ケーシング等の構造も GE90 から継
承して、採用している。 以下、夫々の要素毎にその特徴を述べることにする。
1)ファン
空力設計技術/冷却技術や高温材料の進歩に伴い、最新の民間航空機エンジンではコア・エ
ンジンはサイズが縮小され、軽量化に寄与しているが、より大きな推進効率を獲得するために更
に高いバイパス比が必要となったファンは大径化されて、重量はむしろ増大の傾向にある。 この
対策として、GEnx では複合材による軽量化が積極的に図られている。
ファン動翼には GE90 で導入された耐衝撃損傷性を向上するための翼前縁のチタン・カバー
付きの第三世代複合材マトリックスによる FRP(Fiber Reinforced Plastics)翼を採用している。 同
時に同翼は最新の 3 次元空力設計技術を用いたフォワード・スウェプト翼型を採用し、空力性能
を最適化している。 ファン動翼枚数は GE90-115B の 22 枚、CF6-80C2 の 36 枚に対して、18 と
いう大幅な削減を実現し、重量削減と部品数削減(=維持コストの削減)に寄与している。
GE90-115B のファン動翼の実績では 800 万のフライト時間の運用でも取り下ろされたのはわずか
3 枚であり、GEnx でも事実上、メンテナンスフリーに近い整備性が期待される。
リア・ファンケースには史上初の FRP ケーシングが採用される見込みである。 同ケースはファ
イバー織物を積層した複合材によって構成される。 同 FRP ケースは金属ケースの約半分の比
重であることで軽量化を実現しながら、ファン動翼飛散時の十分なコンテイメント性を確保し、ダメ
ージ、疲労、腐食に対してより優れた性能を持つことを可能にする。 重量軽減に関して言えば、
同複合材ケースによる効果は1エンジン当たり、約 340Lb に相当すると GE 社は述べている。 更
に、エンジンのインスタレーション部品(エンジンを機体に装着するためのハードウェア)に対する
効果を考慮すれば、更にその重量低減効果は大きくなり、双発ジェット機の場合、800Lbs を越え
るメリットがあるとされている。 その重量低減効果はSFC、そしてペイ・ロード/運行可能距離の
改善をもたらすことになる。
図1.3 GEnx エンジン – 複合材ファン・ブレードとファン・ケース –
4)
エンジン騒音の低減は多くの場合、ファンでの改善にかかっている。 GEnx の高バイパス比設
計(=低ファン・スピード)とファン動翼の翼枚数の削減は騒音低減に大きな効果をもたらすことが
期待される。 更に、NASA の QTD2*11プログラムで得られた実績を導入する等により、結果とし
て FAA の FAR36*12 ステージ 3 とステージ 4 の騒音要件に対して、GEnx はマージンを持って、
要求を満足することが可能となる。
また、高圧圧縮機に異物が吸い込まれて生じる翼の損傷と浸食の問題は重要な問題であるが、
GEnx ではファン・スピナの形状の最適化や主流に含まれる細かな粒子を VBV*13 から遠心力で
バイパス流に追い出すことによりその改善を図っている。
(注5)
*11 : Quiet Technology Demonstrator 2 ; GEnx ではその実績を用いて、主流出口、並びに
ファン流出口にシェブロン・ノズルと呼ばれる騒音低減機構を採用している
*12 : 米国連邦航空局、 FAR はその規定
*13 : バイパス・ブリード・ドア ; 主流空気をバイパス流(ファン流)に抽気する機構
2)高圧圧縮機
最大の特徴の一つは 23:1 という史上、最も高い圧力比であるが、更に次世代 3 次元空力設計
翼によって耐ストール性の向上が図られている。 また、運用中に EGT の低減、低 SFC の回復の
ために適用される水洗機構が機体搭載状態でのメンテナンス性の向上のためにエンジンに内蔵
されているのも、その特徴の一つである。
構造的には 1、2、5 段の計 3 段に翼根部の磨耗による問題のないブリスク構造*14 を採用したこ
と、粉末冶金合金ディスクを後段に採用することで LLP*15 の制限寿命の向上を図ったこと、動翼
のチップ・ラビング*16 による性能劣化の少ないアブレダブル・シュラウド*17 を採用していること等も
その特徴である。
(注6)
*14 : Blisk ; 翼(Blade)とディスク(Disk)の一体構造
*15 : Life Limited Part ; 寿命制限部品
*16 : 動翼先端と静止部とのこすれ
*17 : チップ・ラビングによる動翼先端の磨耗を低減するためにこすれ部に削れ易いコーティン
グを用いた構造物
3)燃焼器
Tech56 プログラム*18 で開発された TAPS*19 燃焼器が導入される。 TAPS の採用により、GEnx
は CAEP 4*20 の排出規制に要する条件を 50%以上のマージンを確保して満足することが可能に
なるとされている。 TAPS では、高圧圧縮機からのエアは燃料ノズル内に隣接して配置された 2
つの高エネルギー・スワラを通して生成される渦により均質、かつ希薄な燃料混合気となって燃
焼室内に取り込まれる。 一般に高温燃焼状態を長時間、持続すると、酸素と窒素の反応により
高濃度の NOx(窒素酸化物)が燃焼過程で生成されるが、TAPS では希薄混合気が低温で燃焼
されるため、NOx の生成が低減されると共に、HC(不完全燃焼炭化水素)の排出が削減される。
また、ピーク温度の分布不均一が約 400°F 低減されるため、燃焼器ライナーとタービン・コン
ポーネントの寿命を延長することも可能になる。
(注7) *18 : GE 社と SNECMA 社との共同プログラムである CFM56 の事業会社である CFM
International 社の技術開発プログラム
*19 : Twin Annular Pre-Swirl
*20 : ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)航空機環境保全
委員会(CAEP : Committee on Aviation Environmental Protection)
4)タービン
高圧タービンでは実績の豊富な N5*21 素材と最新の TBC*22 を用いた 3 次元空力設計翼を採
用している。 最新の冷却技術を用いて、損失の低減による改善性能を図ると共に、耐酸化性
の改善も図られている。 高圧タービン・ディスクには次世代粉末冶金を使用し、耐久性の向
上が図られる。 更に、最新の動翼先端のクリアランス制御技術で SFC の改善が行われる。
低圧タービンは高圧タービンと反転させることによる SFC 改善が図られる。 低圧タービ
ン翼には超高リフト 3 次元空力設計が採用され、部品点数の削減と重量軽減を行う。 更に、
重量軽減のために、全 7 段の最終 2 段にはチタン・アルミナイド製のブレードが用いられると
されている。
(注8)
*21 : GE 社の単結晶鋳造材料の商標名
*22 : Thermal Barrier Coating ; 熱遮蔽コーティング
5)運用状態診断システム
GEnx エンジンは以下を含む高度な診断能力を有している:
*燃料系トレンド・モニタリングと故障分離機能
*ベアリングの劣化モニタリング
*潤滑油フィルタの交換時期予測
*スタータ/点火装置の劣化モニタリング
*振動モニタリング
GE90 での実績に基づいて、この診断システムを運用することにより、メンテナンス・コストの削
減が期待される。
GEnx は以上のような様々を最新の機構・機能を取り入れて、対環境性の改善、エア・ラインで
の維持コストの最小化という現代的なニーズを最適化する次世代を代表するエンジンの一つとな
ることが期待される。
《参考文献》
1) Jane‘s Aero-Engines Issue 20-2006、P613-615
2) Engine Yearbook 2007、P9-12
3) Engine Yearbook 2006、P2-7
4) Aviation Week & Space Technology、April 17、P48-52
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