H26年度前期 金沢星稜大学経済学部 経済学史a 第5回 古典派貨幣理論 2014.05.16 Fri. 担当:瀬尾 崇(金沢大学) Ⅰ.歴史的背景 ⑴ イギリス vs. フランス 1789年 バスティーユ牢獄の襲撃(フランス革命) …原因:ルイ16世による国民議会(←三部会:聖職者・貴族・平民) の弾圧 …結果:封建的特権の廃止,フランス人権宣言 1791年 立法議会:×フイヤン派 vs. ○ジロンド派 →オーストリアに宣戦布告 1792年 国民公会による第一共和制 …ジャコバン派(ロベスピエールら)による恐怖政治 ★フランスの対外侵攻に対して第1回対仏大同盟(英首相ピット) 1795年 総裁政府のもとでの社会安定から秩序を回復するため軍隊への期待がUP …ナポレオン登場 ★エジプト遠征に対して第2回対仏大同盟(英・露・墺) 1799年 ナポレオンがクーデタによって統領政府を設立 …第一帝政:イギリスとの講和,「ナポレオン法典」制定 1805年 フランスの強大化を恐れて第3回対仏大同盟 …大陸封鎖令(イギリスとの通商禁止) 1812年 ロシア遠征で大敗,翌年ライプチヒの戦いで破れてエルバ島へ …復位するも1815年のワーテルローの戦いで破れてセントヘレナへ ⑵ 「価格革命」(16世紀) ・発端:アメリカ大陸からの銀の大量流入で銀価格が下落=物価上昇 ・結果:①金貨と結びついた紙幣を使う「金本位制」 ②銀行券を独占的に発行する「中央銀行」 ★最初にこのシステムを作ったのがイギリス ⑶ 穀物法論争 ・原因:ナポレオンによる大陸封鎖令によって,イギリスで穀物価格が急上 昇し,国内での穀物増産が進展 …ナポレオンのロシア遠征失敗で,穀物輸入が再開される見通し →「一定価格以下での穀物輸入を制限する」法律を導入(1825年) ・賛成派マルサス vs. 反対派リカード ①マルサス:高穀価によって保障された農業所得(ほとんど地代)は, 工業への有効需要となることによって経済を潤すはず。 ②リカード:自由貿易による低穀価は,安いパンと低い賃金をもたらし, 高利潤を可能にする。さらに高利潤は資本蓄積を促進し,経済の 繁栄を生む。 ・結末:自由貿易の推進(マルサスが主張を修正してリカードの勝利) Ⅱ.イングランド銀行の設立と発展 ⑴ 中世ヨーロッパの「利子」 ・旧約聖書:「利子=罪悪」 …異教徒からの利子取り立ては○,同胞からの取り立ては× …利子とは神の与えてくれた時間を盗むものだから罪だ! →獲得したものは教会(神の代理人)に返すべきだ! ★利子率=現在財と将来財の価格差+リスク・プレミアム+時間選好率 × ○ ? ⑵ イングランド銀行の生い立ち ・設立:1649年 ・目的:ルイ14世の拡張政策に対抗するための戦費調達 ・方法:「捺印手形」という利子付き証券を発行して政府に融資する。 …信用度が高まった手形は,安全資産として広く通用 ★信用の源泉 …金貨の準備を十分に保有し,いつでも銀行券を金貨と交換できる用意 があったこと ★歴史的意義 …中央銀行という制度を世界に普及させたこと ⑶ イングランド銀行の危機 ・vs. フランス(1790年代) …戦争継続のための軍資金を反フランス連合国に送金 …フランスによる侵攻の噂,物価上昇,凶作によって金融危機が発生 →安全資産である金の需要増加によって,銀行システム外へ金が流 出する恐れ ・金兌換停止(1797年:銀行制限法)=金本位制停止 …ポンド安+貨幣発行額増大(イングランド銀行頭取の判断に依存) ★「地金論争」が発生! →金兌換停止の原因究明・金本位制への復帰の是非 ・金兌換再開(1821年)=金本位制復帰 ⑷ イングランド銀行の発展 1826年 地方支店の設置が許可 1833年 イングランド銀行券に法貨としての地位を付与 ★1844年 ピール銀行条例:銀行券の独占的な発行権を付与 Ⅲ.金本位制 ⑴ 金本位制とは何か? ・金と貨幣価値を「平価」によって結びつける制度 …「純金1トロイオンス=3ポンド17シリング9ペンス」 ・金銀の相対価値(金銀比価):「金:銀=1:15.21」(ニュートン比価) …英国造幣局長官ニュートンが決定 →銀の評価が低すぎたため,しだいに金が基軸通貨へ(大物理学 者の観察ミス!) →金貨のデザイン・重量・品位を固定(ソブリン金貨) ・異なる通貨間の交換比率 …固定相場制:通貨間の比価を固定する。 …変動相場制:自由に通貨を交換させて,落ち着くところで決まる。 ⑵ 金融政策の必要性 ・好景気で国内の消費や投資の意欲が高まると輸入が増える。 …「金為替」(金貨に交換可能な証券)の差額分は金で決済 →「金現送」の増加=中央銀行の金準備の減少 ★金準備をいかに守るか?! ・解決策:金利(お金の利子率)を引き上げること ⑶ アダム・スミスとの関連 ・金本位制のもとで中央銀行が金準備を守るように行動すれば,経済の 「自然の」進行速度は維持される。 …金準備が安全装置・自動安定装置の作用(=見えざる手) ★条件:人びとが市場で取引される商品の質を自分の価値観に照らして信念 をもって評価し,値段をつけること …モノと違って,現在と将来の価値の差額である利子,その割合である 利子率は確かめることができない。 →だから,金本位制は不安定(周期的恐慌)の連続 ・成長する経済における利子率 …自然利子率はプラス ★「モノの利子率」と「お金の利子率」の区別! ①モノの利子率=自然利子率 →技術的状況や人口動態などで決まるので,政府や中央銀行は 操作できない。 ②お金の利子率=名目利子率 →中央銀行は貨幣を独占的に供給するのでコントロールできる。 Ⅲ.貨幣・信用制度をめぐる古典派理論 ⑴ スミスの理論に対する不満 ・経済政策問題を分析するために必要な分析用具を備えていなかった。 ・貨幣の役割:「財を流通させること」だけ …「価値の貯蔵手段」としての機能を無視 ⑵ 当時の信用システム ・統一性をもった秩序も,責任ある中央銀行による保護もなかった。 ・小さな財政的に脆弱な主体が,お互いに結合した信用の連鎖を突き壊し てしまう危険性を常に内包していた。 …イングランド銀行の地金準備が豊富かつ輸出が活発だったため,危 機を切り抜けた。 ⑶ 新しい貨幣理論の展開 ・H. ソーントン(シティの銀行家,下院議員) …『紙券信用論』(1802年) …主張 ①「最後の貸し手」である中央銀行が動揺しないことが重要 ②事情に通じた金融機関であれば,信用政策を確実な「取引必要 額」にあわせることによって公益に資することが可能 ⑷ 地金論争(第一段階) ・対立軸:地金派(リカード,ソーントン) vs. 反地金派(銀行界) …リカード「金価格について」(1809年),地金委員会報告(1810年) ①地金派:インフレの原因はイングランド銀行による貨幣の超過供給 →イングランド銀行は早急に銀行券を金で買い戻すべき →イングランド銀行の責任 ①自然利子率と乖離しないように市場金利を決める責任 ②金への逃避が起きても断固として資金供給を続行する責任 ②反地金派:戦費調達の需要に対して受動的に資金供給しただけ。 信用度の高い借り手にだけ貸し付けているかぎり,過剰発 行の危険性はない。 ・結末:イングランド銀行改革+金本位制復帰(地金派の勝利) …金本位制に代わるよりよい制度がなかった。 →デフレ効果を最小限に食い止める意味で旧平価と同水準で復帰 →金本位制の欠陥:金の価値が変動すると通貨価値も連動すること …物価安定に責任をもつ国立銀行の設置を主張 →しかし,イングランド銀行が正式に国有化したのは1946年 ⑸ 地金論争(第二段階) ・対立軸:通貨学派(リカード派) vs. 銀行学派(ソーントン派) ①通貨学派 …紙幣と金属貨幣(混合貨幣)を成り行きに任せず,重大なあらゆ る点において操作すべきである。 ②銀行学派 …兌換可能性を前提にするなら,過剰発行は自然な市場諸力の作用 を通じてすみやかに清算される。 …取引必要額と,物価や為替レートに影響をおよぼす短期的な貨幣 的要因との双方に,信用政策を適合させる自由裁量をイングラン ド銀行に付与すれば,貨幣的な安定性をもっともうまく保証でき る。 ★貨幣政策の最優先課題を,貨幣価値の安定性維持という点で共通,安定性 を脅かす危機を回避するときの設定すべきルールの特定という点で対立 ・結末:ピール銀行条例の制定(1844年)=通貨学派の勝利 …この後70年間にわたって,イギリスだけでなく世界にとっても,貨幣 的に安定した時期が到来
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