感謝特性尺度邦訳版の信頼性および妥当性の検討

感謝特性尺度邦訳版の信頼性および妥当性の検討 1) 2) 3) 4)
白木優馬(名古屋大学大学院教育発達科学研究科)
五十嵐祐(名古屋大学大学院教育発達科学研究科)
本研究の目的は、感謝特性尺度(GQ-6; McCullough, Emmons, Tsang, 2002)の邦訳版を作成し、その信頼性、
妥当性を検討することであった。大学生 216 名(男性 44 名、女性 172 名)を対象に調査を行い、探索的因子分析およ
び確認的因子分析を行った結果、感謝特性尺度邦訳版は 1 因子 5 項目によって構成されることが明らかとなった。また、
I-T 相関および係数を算出したところ、尺度は十分な内的整合性を持つことが示された。また、尺度得点は、外向性、
促進焦点、一般的信頼感、心理的負債感と有意な正の関連を示し、感謝特性尺度邦訳版の基準関連妥当性が確認
された。
キーワード:感謝、パーソナリティ特性、尺度作成、妥当性、信頼性
問題
情を喚起させた後、別の実験者(サクラ B)が、その個
本研究の目的は McCullough, Emmons, & Tsang,
人に対して別の実験の参加を依頼するという場面を設
(2002)によって開発された、感謝の感じやすさを測定
定した。その結果、向社会的行動の行為者であるサク
する尺度である 、GQ-6(The Gratitude Question-
ラ A への感謝感情を喚起された個人は、サクラ A とは
naire-Six Item Form)の邦訳版を作成し、その信頼性、
全く関係のない第三者であるサクラ B の実験参加の依
妥当性を検証することである。
頼に対しても、協力的に振る舞うことが明らかになった。
誰かからプレゼントをもらう、助けてもらうといった、
同様に、感謝を感じた他者から感謝の表出
利他的、向社会的な行為を受けるとき、日常生活の
(e.g., ”Thank you”)を受けた個人も、感謝表出をした
様々な場面で、我々は“感謝”(gratitude)と呼ばれる
者や、それ以外の第三者に対して向社会的に振る舞う
感情を経験する(蔵永・樋口,2011a)。McCullough,
ことが実証されている(Grant & Gino, 2010)。
Kilpatrick, Emmons, & Larson(2001)は感謝に関
以上の知見を統合すると、ある個人(行為者)が別の
する先行研究のレビューを通じて、感謝を“他者の道
個人に好意的に振る舞うと、好意を受けた個人(被行
徳的行為に対する情動的反応”と定義した上で、感謝
為者)は感謝感情が喚起され、その後、行為者や第三
には 3 つの機能が備わっていると主張した。具体的に
者に対して向社会的に振る舞うことになる。また他方で、
は、(1)他者の道徳的な行為によって利益がもたらされ
被行為者が行為者に感謝を表出した場合、被行為者
たことに対する認知的反応としての“道徳的バロメータ
から感謝の表出を受けた行為者も、その後、被行為者
ー機能”、(2)感謝を経験した個人の道徳的行いを促進
や第三者に対して向社会的に振る舞うことになる。
する“道徳的動機機能”、そして、(3)感謝を表出された
Nowak & Roch(2006)は、シミュレーションによって上
個人の道徳的行いを促進する“道徳強化機能”である。
記のプロセスを検討し、向社会的な行為が社会的に伝
McCullough et al.(2001)以降の研究は、特に“道
播する可能性を明らかにしている。つまり、感謝は道
徳的動機機能”と“道徳強化機能”について実証的な検
徳的行為の行為者と被行為者双方の向社会的な行為
討を行ってきた。例えば、Tsang(2006)は、ある他者の
を促進する機能をもつといえる。
好意によって個人が利益を得た場合、個人はその他
さらに、感謝には、道徳的行為の行為者と被行為者
者に対する感謝を示すために、お返しとなる援助行動
の関係性を形成・維持・改善する効果もある。例えば、
を進んで行うことを示した。また、この効果は単なるポ
それほど親しくはない他者に対する信頼感は、その他
ジティブな気分に還元されないことも示されている。こ
者の道徳的行為に感謝することで高まる(Dunn &
の研究は、感謝が行為者への向社会的な返報を促進
Schweitzer, 2005)。こうして高まった信頼感は、親しく
するという、二者間での感謝の効果を示すものである。
はない他者との関係形成に寄与すると考えられる。こ
一方、三者間での感謝の効果を示す知見もある。
のことを示唆する研究として、Algoe, Haidt, & Ga-
Bartlett & DeSteno(2006)は、実験に参加した個人
ble(2008)は、新入生と先輩との関係形成に感謝感情
の感情を操作して、ある他者(サクラA)に対する感謝感
が与える影響を検討した。縦断調査の結果、先輩に対
して新入生が抱く感謝感情は、一ヵ月後の両者の関係
強さには、特性レベルでの個人差があることが指摘さ
性に対して正の影響を与えていた。すなわち、親密な
れている。感謝感情の抱きやすさを示す感謝特性を測
関係が形成される前段階にある二者は、お互いの道
定する尺度としては、GQ-6(McCullough et al., 2002)
徳的行為に対して感謝の感情を抱くことで信頼感が高
や GRAT(Gratitude Resentment and Appreciation
まり、その後の関係形成が促されていくと考えられる。
Test; Watkins, Woodward, Stone, & Kolts, 2003)が
このように、感謝が二者間の関係性に与える正の影響
あり、海外の感謝研究では、GQ-6 が用いられることが
は、親密な関係においても同様にみられ、パートナー
多い。先行研究では、GQ-6 得点の高い個人が、低い
が互いに感謝を感じ、その感情を表出することで、そ
個人に比べて、道徳的行為の行為者のコストや、被行
の後の関係満足がもたらされることが示されている
為者にとっての価値、行為者の利他的な意図などを高
(e.g., Algoe, Gable, & Maisel, 2010; Lambert,
く評価し、その結果、感謝感情をより抱きやすいことが
Clark, Durtschi, Fincham, & Graham, 2010)。以
示されている(Wood, Maltby, Stewart, Linley, &
上の知見は、向社会的行動の促進や、関係性の形成・
Joseph, 2008)。感謝感情に基づく向社会的行動の循
維持・改善といった、二者間、三者間レベルでの相互
環的なプロセスを促進するためには、感謝が喚起され
作用における感謝の効果を示唆するものである。
る状況についての検討に加えて、個人要因としての感
一方、感謝を感じることの個人レベルでの効用とし
謝特性の影響を考慮することが重要である。
て は 、 well-being の 改 善 が あ る 。 Emmons &
そこで本研究では、感謝特性尺度 GQ-6 の邦訳版を
McCullough(2003)は、感謝介入の効果を検証するた
作成し、尺度の信頼性および妥当性を検証することを
め、成人の実験参加者に、一週間にわたって指定され
目的とする。本邦における感謝研究の多くは、感謝が
た内容に関する日記をつけるよう求めた。その結果、
喚起される状況や、状況に対する認知的評価に関する
単に日記をつけた場合や、イライラした出来事を記録
ものである(e.g., 蔵永・樋口, 2011b)。しかし、感謝は状
した場合と比較して、日常的に感じた感謝を記録した
況要因だけではなく、感謝感情の抱きやすさという特性
場合は、実験参加者の心理的な well-being が向上し
レベルの要因によっても影響を受ける。したがって、感
ていた。また、小学生を対象に同様の介入を行った実
謝特性を測定する代表的な尺度の邦訳版を作成し、そ
験でも、他の群と比較して、感謝を記録するよう求めた
の信頼性と妥当性を明らかにすることは、本邦における
群において、学校での経験に対する肯定的な評価が
感謝研究の今後の発展のためにも重要な意味をもつで
高まっていた(Froh, Sefick, & Emmons, 2007)。これ
あろう。
らの知見は、感謝介入が well-being の改善に有益な
感謝特性尺度の妥当性の検証は、海外の先行研究
効果をもたらすことを示すものであり、近年は感謝介入
の知見に沿って行う。具体的には、Big Five の各下位
のもつ臨床的な意義についても検討が行われている
尺度、負債感特性、自尊心、制御焦点、一般的信頼感
(Wood, Froh, & Geraghty, 2010)。
との基準関連妥当性を検討する。先行研究では、感謝
以上のように、感謝は向社会的行動を伝播させ、道
特性が外向性、協調性、誠実性、開放性と正の相関を
徳的行為の行為者と被行為者の関係性を良好にし、個
持ち、神経症傾向と負の相関を持つことが示されている
人の well-being を高めるというプロセスを通じて、幸福
(McCullough et al., 2003)。さらに、他者から親切を受
な社会の形成に重要な役割を果たすと考えられる。こ
けた個人は、自身に対する敬意を感じ、自尊心が高ま
のようなプロセスの社会的な循環を促進するためには、
る可能性も示唆されている(McCullough et al, 2002)。
個人が、いつ、どのような要因によって感謝を感じるか
本邦においても、感謝特性尺度得点の高い個人は、同
を明らかにすることが重要である。
様の傾向を示すことが予測される。
先行研究はこの点について、感謝が喚起される状況
相互独立的な文化である、北米の大学生を対象とし
に対する認知的評価に焦点を当てて検討を行ってきた。
た調査では、感謝特性と、援助を受けた時にお返しの
Tesser, Gatewood, & Driver(1968)は、道徳的行為の
義務を感じやすい程度である負債感特性との間に、安
被行為者が抱く感謝感情が、 (1) 行為者のコストが高
定した負の相関が示されている(e.g., Mathews &
く、 (2) 被行為者にとって価値があり、 (3) 行為者が
Green, 2010; Mathews & Shook, 2013)。しかしなが
被行為者のためを想って行動したと認知されるほど、強
ら、相互協調的な文化においては、他者からの好意に
く喚起されると指摘している。本邦における質問紙調査
対して負債感を感じやすく(Shen, Wan, & Wyer Jr,
でも、これらの要因に関する認知が、感謝の喚起に重
2011)、特に日本では、他者の好意に対して、感謝と同
要であることが示されている (蔵永・樋口, 2011b)。
時に、申し訳なさや負債感を感じやすい(e.g., 池田,
その一方で、個人が特定の状況で感じる感謝感情の
2006; 蔵永・樋口,2011a; Wangman, 2005)。したが
って、本研究では、北米の知見とは対照的に、日本に
おいては感謝特性と負債感特性の間には正の相関が
18 項目 6 件法)への回答を求めた。
自尊心 自尊感情尺度(山本・松井・山成, 1982; 10
項目 5 件法)への回答を求めた。
みられると予測する。
また、本研究では、感謝特性との直接的な関連が示
制御焦点 促進焦点、予防焦点の強さを測定するた
されているこれらの変数に加えて、制御焦点および一
めに、PPFS 邦訳版尺度(尾崎・唐沢, 2011; 18 項目 7
般的信頼との関連についても検討する。先行研究では、
件法から、利得接近志向(促進焦点)8 項目、損失回避
過去に受けた向社会的行動を回顧する際、利益追求の
志向(予防焦点)8 項目を抽出し、回答を求めた。
モードである促進焦点を活性化させることで感謝が喚
一般的信頼感 他者一般に対する信頼感を測定す
起され、損失回避のモードである予防焦点を活性化さ
るために、一般的信頼感尺度 (山岸・小見山, 1995; 6
せることで負債感が喚起されることが示されている
項目 5 件法) への回答を求めた。
(Mathews & Shook, 2013)。したがって、感謝特性は
促進焦点的傾向と正の関連を示す一方、予防焦点的傾
向とは関連を示さないことが予測される。また、あまり親
しくない他者の道徳的な行為に対して感謝を抱くことで、
結果
因子構造および信頼性の検討
感謝特性尺度邦訳版の因子構造を確認するために、
その人物に対する信頼が高まるという知見(Dunn &
6 項目に対して探索的因子分析(最尤法)を行った。そ
Schweitzer, 2005) に基づくと、感謝特性の高い個人
の結果、固有値の減衰状況(3.077, 1.097, 0.626,
は、他者に対して感謝を感じる機会が多く、一般的な他
0.530)および因子の解釈可能性から、1 因子解が妥当
者全般に対しての信頼感が高い可能性がある。本研究
であると判断した。その後、因子数を1に固定して同様
ではこれらの予測に基づいて、感謝特性尺度邦訳版の
に因子分析を行ったところ、項目 6(「誰かに対して、ま
基準関連妥当性に関する検討を行う。
たは何かに対して感謝を感じるのは、時間がしばらく
たってからだ」)の因子負荷量が.40 未満であった。そ
方法
調査対象者
のため、この項目を除外した 5 項目による因子分析を
再度実施した結果、第 1 因子に対する 5 項目すべて
2013 年 10 月から 11 月にかけて、愛知県内の大学
の因子負荷量が.40 以上であることが示された。最終
生 216 名(男性 44 名、女性 172 名)を対象に質問紙調
的に選定された項目と因子負荷量を Table 1 に示す。
査を実施した。平均年齢は男性 19.2 歳(SD = 1.21)、
次に、構造方程式モデリングによる確認的因子分析
女性 19.4 歳(SD = 1.06) であった。
を行った。5 項目 1 因子モデルの適合度指標のうち、
質問紙の構成
RMSEA が高い値を示したが、他の適合度指標の値
感謝特性 GQ-6 (McCullough et al., 2002) の邦
を考慮し(2(5) = 18.7, p = .002, AGFI = .906, CFI
訳である感謝特性尺度邦訳版を作成して用いた。この
= .968, RMSEA = .114, AIC = 38.7)、データに対す
尺度は 6 項目からなり、利他的な行為を受けた時に感
る 1 因子モデルのあてはまりは妥当であると判断した。
謝を感じやすい程度を測定する尺度である。邦訳の手
次に、感謝特性尺度邦訳版の信頼性を確認するため
順としては、第一著者が日本語訳を行った後、英語圏
に、I-T 相関を算出した。その結果、感謝特性尺度邦
への留学経験がある大学院生が日本語訳の適切性を
訳版 5 項目のすべてにおいて、当該項目を除いた 4
判断し、項目の内容的整合性を確認した。調査の実施
項目の合計得点との間に、強い正の相関が見られた
の際には、原版の尺度に即して、「以下のそれぞれの
(rs = .57-.76, p < .01)。また、クロンバックの信頼性
項目について、あなた自身にどのくらいあてはまるか
係数は  = .84 であった。
を 1 から 7 の間で回答してください」という教示のもと、
以上の結果から、原版と異なり、感謝特性尺度邦訳
7 件法(1. 全く当てはまらない~7. 非常に当てはまる)
版は 1 因子5 項目によって構成されることが示された。
で回答を求めた。
また、尺度には十分な内的整合性のあることが確認さ
パーソナリティ特性 Big Five 理論に基づくパーソ
ナリティ特性の 5 次元を測定するため、TIPI-J(小塩・
れた。
感謝特性尺度邦訳版の妥当性検討
阿部・カトローニ, 2012; 10 項目 7 件法)への回答を求
邦訳版感謝特性尺度の基準関連妥当性を検討する
めた。この尺度では、外向性、協調性、誠実性、神経
ため、感謝特性尺度邦訳版 5 項目の合計点を感謝特
症傾向、開放性をそれぞれ 2 項目で測定している。
性得点(M = 5.66, SD = 0.90)として、既存の心理尺度
負債感特性 利他的な行為を受けた際の負債感の
との相関係数を求めた(Table 2)。その結果、感謝特性
感じやすさを測定するため、IS-18(相川・吉森, 1995;
得点は、外向性、負債感特性、利得接近志向、一般的
Table 1 感謝特性尺度に対する探索的因子分析の結果
項目
F1
h2
M
SD
1
私が今までに感謝したことのすべてを数えようとしたら、きりがないだろう。
.88
.77
5.81
1.23
2
私の人生には感謝すべきことが多い。
.83
.69
5.74
1.08
3
※世の中には、感謝すべきことは多くはない。
.67
.45
5.56
1.15
4
私は広くたくさんの人々に感謝している。
.63
.39
5.35
1.23
5
年を取るにつれて、自分の人生で出会った人々や出来事、
境遇に対して、もっと感謝できると気付くようになるだろう。
.57
.33
5.79
1.07
注) ※は逆転項目を表す。
Table 2 感謝特性尺度邦訳版の基準関連妥当性の検討
尺度名
M
SD
α
感謝特性得点との
相関係数(r )
外向性
3.91
1.45
.76
.18 **
協調性
4.78
1.03
.36
.09
誠実性
3.32
1.17
.59
.13
神経症傾向
4.48
1.15
.41
.01
開放性
3.92
1.16
.50
.05
負債感特性
4.22
.50
.79
.36
自尊心
3.04
.67
.85
.10
利得接近志向
4.62
.88
.82
.37
損失回避志向
4.56
.93
.81
.04
一般的信頼
3.08
.71
.81
.24 **
**
**
**p < .01
信頼感と、弱~中程度の有意な正の相関を示して
本研究では、データに対するモデルの適合度を考
いた。一方で、感謝特性得点は、開放性、神経症傾向、
慮して、感謝特性尺度邦訳版を 1 因子 5 項目で構成
損失回避志向と有意な相関を示さなかった。以上の結
することが妥当であると判断した。原版である GQ-6 か
果は、本研究の予測を概ね支持するものであった。
ら削除された項目 6(「誰かに対して、または何かに対
して感謝を感じるのは、時間がしばらくたってからだ」)
考察
は、感謝を感じる頻度を測定するものであった。他の
本研究の目的は、GQ-6 に基づく感謝特性尺度邦
項目に比べて、この項目の因子負荷量が低かった理
訳版を作成し、その信頼性、妥当性を検討することで
由としては、北米と東アジアの文化差の影響が考えら
あった。因子分析の結果、1 因子6 項目からなる原版と
れる。実際、GQ-6 の中国語版では、本研究と同一の 5
異なり、感謝特性尺度邦訳版は、1 因子 5 項目によっ
項目による 1 因子構造が確認されている(Chen, Chen,
て構成されることが明らかとなった。また、I-T 相関およ
Kee, & Tsai, 2009)。小さな贈物に対する反応を、相
び α 係数を算出した結果、感謝特性尺度邦訳版は高
互協調的な文化である東アジア(香港)と、相互独立的
い内的整合性を持つことが示された。さらに、相関分
な文化である北米(カナダ)で比較した実験(Shen et
析の結果、感謝特性尺度邦訳版は一定の基準関連妥
al., 2011)では、東アジアの実験参加者は自身の存在
当性を有していた。以上のことから、本研究で作成した
を他者との関係の中に位置づけるため、北米の実験
感謝特性尺度邦訳版は、十分な信頼性、妥当性を持
参加者よりも、返報の義務、つまり負債感を感じやすい
つことが示された。
ことが示された。これらの知見に基づくと、日本を含む
相互協調的な文化では、個人が他者から好意を受け
また、本研究では、感謝特性得点と負債感特性との
た際に、はじめに負債感が喚起され、その後に感謝を
間に正の相関がみられた。この結果は、日本において
感じるという可能性が考えられる。そのため、日本人は、
は、他者からの好意を受けた際、感謝と同時に負債感
感謝特性が高くともすぐに感謝を感じるわけではない
を感じやすいという先行研究(Wangman, 2005)の知
のかもしれない。したがって、こうした日本人の特徴が、
見を再現しており、感謝特性尺度邦訳版の一定の妥
結果としてこの項目(「誰かに対して、または何かに対
当性を示しているといえる。同様に、感謝特性得点と
して感謝を感じるのは、時間がしばらくたってからだ」)
利得接近志向、一般的信頼感との間にも、有意な正の
と他の項目との相関を低めた可能性がある。この解釈
相関が見られた。先行研究(Mathews & Shook,
の妥当性については、文化比較をすることによって今
2013)では、促進焦点の活性化によって、状態レベル
後検討されることが望まれる。また、原版では、項目 6
での感謝が喚起されることが示されている。本研究の
は逆転項目として設定されていた。本研究ではこの項
知見は、状態レベルだけでなく、特性レベルでも感謝
目と他の項目との相関が低く、逆転項目としてとらえら
特性と促進焦点との関連が示されたという点で重要な
れていなかった可能性もある。さらに、本研究は一時
意義がある。
点のみの横断調査であるため、二時点以上の調査に
一方、原版では、親切のように感謝を喚起する他者
よって、感謝特性尺度邦訳版の再検査信頼性を検討
の行為が、親切を受けた被行為者の自身に対する敬
することも今後の課題である。
意を喚起し、自尊心や他の心理的健康を高める可能
感謝特性尺度邦訳版の基準関連妥当性に関しては、
性が示唆されていた(McCullough et al., 2002)。しか
感謝特定得点と、Big Five の下位尺度である外向性、
し、本研究では感謝特性得点と自尊心との間に明確な
誠実性との正の相関がみられるという予測が支持され
関連は示されなかった。今後は、他の well-beingの指
た。原版である GQ-6 については、外向性が高い個人
標を用いて、感謝を経験することが全般的な心理的健
ほどポジティブな感情を経験しやすいため、感謝とい
康を高めることにつながるかどうかを実証していくこと
うポジティブな感情も同様に感じやすいという予測が
が重要であろう。
なされ、この予測を支持する結果が得られている
(McCullough et al., 2002)。感謝特性尺度邦訳版の
引用文献
知見は原版と同様の傾向を示しており、本尺度が一定
相川 充・吉森 護 (1995). 心理的負債感尺度の作成の試
の妥当性をもつことを示すものである。
み 社会心理学研究, 11, 63-72.
他方で、先行研究では、感謝特性得点と協調性、誠
Algoe, S. B., Gable, S. L., & Maisel, N. C. (2010). It's
実性、開放性との間に正の相関が、神経症傾向との間
the little things: Everyday gratitude as a booster
に負の相関があることが示されていた。それにもかか
shot for romantic relationships. Personal Rela-
わらず、本研究ではこれらの結果は再現されなかった。
tionships, 17, 217-233.
その原因としては、相関の希薄化の影響が考えられる。
Algoe, S. B., Haidt, J. & Gable, S. L. (2008). Beyond
本研究では、回答者の負担を考慮し、TIPI-J を用い
reciprocity: Gratitude and relationships in every
て Big Five の下位尺度を測定した。TIPI-J は、多様
life. Emotion, 8, 425-429.
な側面を含む各下位尺度の構成概念を 2 項目で測定
Bartlett, M.Y., & DeSteno, D. (2006). Gratitude and
することを目的とするため、内的整合性を示す係数
prosocial behavior: Helping when it costs you.
の値は低くなる傾向がある(小塩他, 2012)。補助的な
Psychological Science, 17, 319-325.
分析として、相関係数の希薄化の修正を行った結果、
Chen, L. H., Chen, M. Y., Kee, Y. H., & Tsai, Y. M.
感謝特性得点と協調性 (r = .13, p < .10)、誠実性 (r
(2009). Validation of the Gratitude Questionnaire
= . 18, p < .05) との相関が確認されたが、今後は、よ
(GQ) in Taiwanese undergraduate students.
り多くの項目で Big Five を測定する他の尺度(e.g., 和
Journal of Happiness Studies, 10, 655-664.
田, 1996)を用いて、本尺度の妥当性を検討することが
Dunn, J. R., & Schweitzer, M. E. (2005). Feeling and
必要であろう。ただし、開放性と神経症傾向に関して
believing: The influence of emotion on trust.
は、原版を作成した McCullough et al.(2002)におい
Journal of Personality and Social Psychology, 88,
ても、感謝特性との相関がみられる場合とみられない
736-748.
場合があり、結果が安定していない。したがって、感謝
Emmons, R. A., & McCullough, M. E. (2003). Count-
特性とこれら 2 つのパーソナリティ特性との関連につ
ing blessings versus burdens: An experimental
いては、慎重に議論する必要がある。
investigation
of
gratitude
and
subjective
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1) 本研究の一部は、名古屋大学教育発達科学研究科五
十嵐祐研究室のプロジェクトの一環として実施された
ものです。調査にご協力いただいた皆様に御礼を申
し上げます。
2) 原著者の Michael E. McCullough 教授(University
of Miami)には、本研究の実施にあたり、尺度邦訳の
許可を頂きました。記して感謝いたします。
3) 分析に際し、石井秀宗先生(名古屋大学大学院教育
発達科学研究科)にご助言を賜りました。記して感謝
申し上げます。
4) 尺度の邦訳にあたり、服部壮一郎さん(名古屋大学大
学院教育発達科学研究科)にご協力いただきました。
Development of the Japanese version of the trait gratitude scale
Yuma SHIRAKI (Graduate School of Education and Human Development, Nagoya University)
Tasuku IGARASHI (Graduate School of Education and Human Development, Nagoya University)
This study developed the Japanese version of the Gratitude Questionnaire (GQ-6; McCullough et al., 2002) and
examined its reliability and criterion-related validity. A total of 216 undergraduates (44 men, 172 women) completed
a questionnaire. The findings of exploratory and confirmatory factor analysis showed that the scale was composed
of one factor with five items. The Item–Total correlations and the Cronbach's alpha coefficient indicated acceptable
reliability of the scale. The score of the scale was positively correlated with extraversion, promotion-focus orientation, general trust, and indebtedness. This result suggests criterion-related validity of the Japanese version of
Gratitude Questionnaire.
Keywords: gratitude, personality, scale development, reliability and validity.