第 3 章 難分解性有機物質(難分解性 COD)について 3-1 はじめに 本章ではまず,水質汚濁指標である BOD と COD の違いについて説明する。その後,本研 究における難分解性 COD の定義と下水道で用いられている同物質の定義との違いや,北湖 における発生源別汚濁有機物質の GPC-TC パターンの類似性について記述し,最後に北湖に おける難分解性 COD の構造と特性について述べる。 3-2 水質汚濁指標 BOD と COD について 化学的酸素要求量(COD:Chemical Oxygen Demand)とは,特に湖沼や内湾など,閉鎖系 水域において用いられる水質汚濁指標のひとつである。単位は[mg/l](ミリグラム・パー リットル) 。水中の有機物を酸化剤である過マンガン酸カリウムで酸化させたときの同酸化 剤の消費量を酸素量に換算した値である。この値が大きいほど水中の有機性汚濁物質濃度 は高い。また,用いる酸化剤によって表記が変わり,過マンガン酸カリウムを用いる場合 は CODMn となる(日本では,過マンガン酸カリウムを使用する方法が一般的である)が,逆 に欧米では重クロム酸カリウムを使用する測定方法がほとんどである。 一方,生物化学的酸素要求量(BOD:Biochemical Oxygen Demand)とは,好気性バクテ リアが有機物を酸化分解するために消費した酸素量によって,水中の汚濁物質量を表した ものである。単位は[mg/l]。通常,20℃の水温で 5 日間に試水中から消費される酸素量か ら算出する。ちなみに,測定にかかる期間が 5 日間であるのは,この指標が考案されたイ ギリスで,首都ロンドンを流れるテームズ川に流れ込んだ汚水が,河口にまで到達する時 間がおよそ 5 日間だったからであると言われている。 COD と BOD はともに水中の有機汚濁指標であるが,上述したように測定原理が異なってお り,BOD 濃度測定では検出されないような物質が COD 濃度測定では検出される場合もあり得 る。このような場合,その物質は過マンガン酸カリウムで酸化されうる有機物であるが, “生 物にとって”は 難分解性であると考えることができる。本研究の研究対象としている琵琶 湖北湖における難分解性 COD はこうした物質である。 9 3-3 難分解性 COD の定義 3-3-1 本研究における難分解性 COD の定義について 本研究においては,使用するデータのほとんどが滋賀県の調査によるものであるこ とから,難分解性 COD の定義としては,滋賀県琵琶湖環境部環境政策課のものをその まま使用する。難分解性有機物質は平成 9 年度に滋賀県環境政策課によって行われた 「各発生源由来有機物の生物分解調査概要」のなかで, 「90 日間生物分解されても全有機炭素量(D-TOC)が 70∼92%,あるいは D-COD が 88 ∼100%残存するような,生物にとって難分解性の物質」 と定義されている。 3-3-2 下水道における「難分解性有機物質」の定義について 1) ここでは比較のために下水道における難分解性有機物質の定義について述べる。下 水道においては一般に廃水中に生物易分解性の有機物と生物難分解性の有機物が混入 した状態で存在するため,廃水中に含まれる有機汚濁物を易分解性有機物と難分解性 有機物に分けて考えることが困難だとされている。 したがって,一連の生分解試験の示す値の範囲によって,その廃水全体を易分解で あるか難分解であるかの分類を行なう。下水道における汚濁有機物の分類方法をまと めたものが以下の表 3-1 である。 10 下水道における難分解性有機物,易分解性有機物の各生分解性指標の値 1) 表 3-1 難分解性 1 次反応係数 [1/day] 底e 易分解性 0.01 以下 0.1 以上 備考 両方で明確に異なる 易分解性成分では BOD 分解率が 40%以上ならば,そ BOD 分解率 5%以下 40%以上 の値によって生分解性の大小は異ならないが,難分 解のものは値が小さいほど,より難分解性である BOD/CODMn 0.1 以下 0.5 以上 難分解性有機物でかつ CODMn 試験で測定できにくい ものについてはこの比から判断できない 易分解であっても CODMn 試験で測定できにくい物質 CODMn 除去率 30%以下 80%以上 では低除去率に,逆に難分解でも吸着あるいは凝集 しやすい物質では除去率が大きくなる つまり,下水道における難分解性あるいは易分解性とは,廃水全体としての生物分 解性を表す言葉であり,本研究が対象とする「溶存フミン物質」のように湖水中に含 まれるある特定の生物難分解性物質を指すものではない。この点が,難分解性有機物 に関する下水道における考え方と,本研究における考え方との違いである。 3-4 難分解性 COD の構造 3-4-1 琵琶湖北湖流域における発生源別有機汚濁物質の特質 琵琶湖北湖流域における発生源別の有機汚濁物質の特徴については,平成 9 年度(1997 年度)に滋賀県環境政策課が行った調査 2)がある。この調査は,下水道処理水と農村下水 道処理水,農業排水,工場排水,琵琶湖湖水の各種試水を暗条件における 90 日間の回転 培養実験にかけたものである。この調査の結果は以下の通り。 ①すべての試水において,溶存有機物の残存率はきわめて高い。溶存性 COD(D-COD)で 88%∼100%の残存率である。このことから,試水中の有機物のほとんどは生物難分解 性であると考えられる。 ②ゲル浸透クロマトグラム(GPC-TC)のパターンから見たこれら試水の特性は,図 3-1 に示すように,各試水ともピーク時間を含め,きわめて類似しており,これら試水中 の有機物はほぼ同一の有機物であると推測される。 11 ③90 日間分解後の各試水の GPC-TC パターンは,河川や琵琶湖北湖のそれと極めて類似し ており,各発生源由来の有機物が河川を通じて琵琶湖に流入し,湖水中に蓄積されて いる可能性が高い。 以上のことから,琵琶湖北湖水中における有機物は琵琶湖に流入する汚濁の発生源の 有機物とほぼ同一の物質であり,また,それらは生物難分解性であると推測される。 図 3-1 発生源別・各試廃水中の有機物の GPC-TC パターン変化 図 3-1 が滋賀県環境政策課が行なったゲル浸透クロマトグラムの結果である。図は, 下水道処理水と農村下水道処理水,農業排水,工業廃水について,暗条件 90 日間回転 培養実験の前後の GPC-TC パターンと,河川水(野洲川) ,北湖湖水の GPC-TC パターン を示している。図からもわかるように,全ての試水の GPC-TC パターンが 70 分前後と 12 120 分前後に共通した 2 つのピークを持っており,非常によく似ている。クロマトグラ ムについては,巻末“付録-Appendix 1.クロマトグラムについて”にて詳細を記述し ている。 3-4-2 難分解性 COD の構造 今井ら 3)によれば,琵琶湖北湖水中の難分解性 COD の主要な成分は,フミン物質(フ ミン酸,フルボ酸)によく似た構造を持つ物質である。琵琶湖北湖・彦根沖で採取し たサンプルを分析した同実験によれば,この物質の“平均的な”化学式は C35H50O18 , 分子量は 758。この物質の分子モデルおよび構造を示したのが図 3-2 である。 図 3-2 琵琶北湖水中における難分解性 COD の主要成分の分子構造 3) 特徴として,ひとつのベンゼン環,多数の脂肪族鎖や糖鎖フラグメントからなって いるが,ベンゼン環数およびカルボニル基が少なく,脂肪族鎖数が多いなど水成フミ ン物質の特徴を持っている。この物質は,きわめて生物難分解性の物質であり,浄水 過程において塩素と反応し,発ガン性物質“トリハロメタン”を形成する前駆物質で あることから,削減に向けた対策が急がれている。 1) 建設省都市局下水道部:下水中の難分解性有機物に関する調査報告書, (1986) 2) 滋賀県琵琶湖環境部環境政策課:各発生源由来有機物の生物分解調査実験, (1997) 3) 今井章雄・福島武彦・松重一夫・井上隆信・石橋敏昌:琵琶湖湖水および流入河川水中 の溶存有機物の分画, pp.53-68 ,陸水学雑誌 59,(1998) 13
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