電気自動車用電装部品について

電気自動車用電装部品について
-ハーネスシステムから見たその特徴と課題-
村上
一仁
住友電装株式会社鈴鹿研究所
(〒513-8631三重県鈴鹿市三日市町字中之池1820)
1.緒言
電気自動車(EV)に用いられる電装システムは従来の内燃機関に用いられる基本電
源が12Vの直流系で構成されているのと異なり,代表的に288Vの直流系に加え,
交流が用いられる事より多くの新しい技術要素が求められる.
これらに対応するために電装系が備えている特徴と課題について述べる.
尚,ハイブリッド車(HV)に関してはハーネス系から見た場合,EVとは要素技術
に於いて基本的に共通性が高いので,本講では明確に区別していない.
他の要因として,国際間の標準化に関する課題が及ぼす影響についても述べる.
2.EVの電源の特徴
これまで公表されているEV用の電池の諸元を従来の普通乗用車と比較し 表1に示す.
表1.電池性能の主な諸元
EV用電池
種類
鉛硫酸,ニッケル水素,リチウム
普通乗用車用電池
鉛硫酸
総電圧
(V)
108~345
容量
(AH)
58~180
100
10~24
1~2
電池個数(個/台)
12
3.EVのハーネスシステムの概要
図1にEVの高電圧系の配線システムとそれに必要とされる主な部品の概要を示す.
電源が高電圧であることより,充電表示モニター,電池状態モニター,漏電セン サー,
安全プラグ等,安全性については多くの配慮がなされている.安全確保のためには,これら
直接目につくものの他に,個々の部品設計の段階で多くの安全確保のための配慮もなされて
いる.それらについては代表的なものについて個々の部品の説明の中で述べる.筆者の経験
の偏りからハーネスシステムからの視点で述べることを御容赦頂きたい.
図1.EV内高圧配線系統と主な電装部品
4.主な電装部品の内容
EVに用いられる主な電装部品についてその概要を述べる.以下に述べる内容は各部品の
代表的な要素,数値を述べている.その内いくつかは標準化途上にあり,今後も日本電動車
両協会(JEVA),The
Society of Automotive Engineers(SAE),The Electric
Power Research Institute(EPRI), National Fire Protection Association,Underwriters Laboratories(UL)等の機関の活動を通じて標準化されたり,各自動車メーカ
独自の規格が設定されるものと考えられる.
4-1.電線,ケーブル類
(1)高電圧シールドケーブル
①電力用シールドケーブル
電池~インバーター~モーターを接続するための電線としては使用環境が-40℃~
120℃(通電時)と厳しい事から耐熱性を備えた絶縁並びにシース材料が要求される.
電気的性能も耐電圧2500V×1min.(40mm2以上の導体断面積の場合),
絶縁抵抗>20MΩ・kmと厳しいものがある.
そのため絶縁材料には架橋ポリエチレンが用い
られる.
更には,これらの回路からは強力な電磁ノイズ
が発生することから,厳しいシールド特性が要
求され,これに対応するために編組シールドが
施されることになる.
図2.高圧シールドケーブル
表2.EV用高電圧シールドケーブルとガソリン車バッテリーケーブルの比較
EV用
ガソリン車バッテリー用
導体構成
(例:38mm2)
コア部曲げ反発力
耐熱温度
耐電圧
18N
45N
架橋ポリエチレン:120 ℃
PVC:80 ℃
2500V × 1min.
所用体積固有抵抗
1000V × 1min.
4.6×10^14Ω・mm以上
10^9Ω・mm以上
②信号用シールドケーブル
厳しいラジオノイズ環境に対処するため編組線
による2重シールドを施している。これによりお
よそ40dBのシールド効果を持たせている.
図3.信号用シールドケーブル
(2)バスバー類
①電池間接続用配線材料
電池間を接続する様な狭ピッチの接続部分には
編組線を導体に用いることで電池の充電,放電に
伴う温度変化がもたらす電極間距離の変動に起因
する熱ストレスを逃がしやすくしている.
防水構造を備え,被水時の漏電を防止している.
個々の電極の電位測定のためのリード線が備わ
っており,個々の電池の状態をモニターしやすく
している.
電池モジュール間等の比較的長い距離の接続
の目的には導体部分を大容量の電線で置き換えた
構造のものが用いられる.防水構造,電位測定用
リード線等については短距離用のものと同じ機能
を備えている.(図4.)
図4.電池間バスバー(定150A)
上:短距離用
下:長距離用
②機器内配線バスバー
パワーユニット内の接続には板材をプレス加工
したものが用いられる事がある.
パワーモジュール全体が電磁シールドされた
筐体に納められることより,導体自身には特に
電磁シールドや防水構造は施されていない.
絶縁樹脂塗装により絶縁性を備えている.
成型品であることと,端子部分にプレスナット
を備えていることから,組立作業性がよい.
図5.機器内配線バスバー
4-2.高電圧防水シールドコネクタ
EVのハーネスシステムの多くはモーターやインバーターといった発熱機器に接続される
と同時に,従来型車両のエンジンルームにあたる雨水などの浸入する過酷な環境に曝される
事になる.そのために,防水性,耐熱性等,耐環境性が強く求められる.
加えて,高電圧,大電流を扱うことから,インバーター,モータースイッチ類等からの
電磁気的なノイズの問題は従来型車輌に比べてより重要である.
これらの問題を解決しながら如何に小型・軽量化,コスト低減をして行くかが大き課題
である.
(1)大電流用高電圧防水シールドコネクタ
バッテリー~インバーター~モーター等の大電
流高電圧を要する高負荷の部分に用いられる.
耐電圧特性としては2000V,電流容量とし
ては常用100A程度を必要とする.
ノイズ遮蔽特性として10kHz~1GHzの
帯域に於いて40dB以上を必要とする.そのた
め金属シェル等の特殊な遮蔽構造を採用している.
図6.大電流用高圧防水シールド
コネクタ(定格100A)
防水性能としては200kPa以上を必要とし,そのため,ゴム製Oリング等による
防水構造を採用している.
金属端子としては従来,ルーバーを用いて接触
を安定化させたピン/スリーブ構造が多用されて
きたが,大きさ,価格などの端点より図6に紹介
するようなプレス端子を提案している.
シールド用の編組線との接触の安定性等が重要
な技術ポイントである.
(2)小電流用高圧防水シールドコネクタ
エアコンなど補機用に用いられるもので,耐
図7.小電流用高圧防水シールド
コネクタ(定格30A)
電圧特性としては大電流用と同じく2000V,電流容量としては常用15A程度を必
要とする. ノイズ遮蔽特性,防水性能とも大電流用と同様の特性が要求されている.
4-3.電流遮断装置
EVに於いてはこれまで述べてきたように,所用電力が大きいことから,電流遮断は安
全性,機能確保のため通常の自動車よりも一層重要な意味を持つことになる.
(1)システムメインリレー
電池に最も近接した位置に置かれ,電池電源のON-OFF制御に用いられる.
小型化を目的に水素の高い熱拡散性を利用した封入式接点を用いたものが開発されている.
150A-400Vクラスのものが従来のコンタクタに比べ容積で約1/4,重量で約
1/2で実現されている.
(2)安全プラグ
メイン電源が遮断されている状況に於いても,自動車の補修,事故時の 乗員及び救出
作業をする人の安全を確保するために電源を上流で遮断する.呼称は自動車メーカーに
より異なる.(セーフティープラグ,サービスディスコネクト等)
方式としては引き抜き式とレバー式がありそれぞれの特徴は次のような点にある.
引き抜き式:回路を遮断したことが目視的に確認できる.
レバー式
:操作空間が少なくて済み,多極化も容易である.
それぞれにヒューズ内蔵を内蔵したものと,別体型のものが可能である.
図8.安全プラグ(左:引き抜き式,右:レバー式)
(3)高電圧ヒューズ
これまでEV用として特別に用意されたヒュー
ズはなく,従来の大容量のものが便宜的に用いら
れている.現在SAEにおいて標準化作業が進め
られている.
標準化作業は高電圧補機用と駆動系用とに分け
られて進んでいる.
補機用では50~600VDCに対し80Aま
でを対象としている.
図9.高圧ヒューズボックス
(定格150A)
また,駆動系用としては50~600V(DC),100A~450Aについての検
討が進められている.
高圧の直流回路に於いてはアークによりヒューズの遮断が困難になりやすいので,ア
ークを切れやすくするための消弧剤を配合したものが用意されている.
また,ハーネスシステムからはヒューズの遮断特性と電線の発煙との関わりが重要に
なる.
4-4.充電用機器
EVに於いては充電システムは必須であるがハイブリッド車や燃料電池自動車に於いて
は必ずしも必須ではない.但し,現時点ではハイブリッド車に於いても何らかの充電シス
テムを備えたものがある.
本稿に於いては主に純EVに焦点を当てて述べる.
尚,充電システムは大きく分けて地上(インフラストラクチャー)側と車載側に分けら
れる.
また,システムの分類はその充電容量(充電速度),地上側と車載側との電気的接続方
式(接触式=コンダクティブ,非接触式=インダクティブ)等によって多岐に亘る.
同じ方式でも,その物理的な形状の差により互換性のない種々のものが提案されている.
現在,給油に要する時間に匹敵する時間内に大容量の充電を行うことを目安に,安全性,
経済性などの観点から評価が進められており,日本ではJEVA,米国ではSAEが中心
になり,標準化に向けての作業が進められている.
一方,市場における充電の形態は多用であり.どのような充電システムが最適化につい
ても議論のあるところである.
(1)EV充電システム(コネクタ)に関する標準化の状況
米国に於いてはSAE,日本に於いては日本電動車両協会が中心的にその標準化に向
けて作業をしている.SAEではインダクティブ充電方式についてパドルタイプのもの
が標準化された.また,日本電動車両協会においては急速充電用コンダクティブ方式が
標準化された.しかし,その他については未だ標準化の作業の途上にある.
表3.充電システムの容量によるクラス分け
充電レベル
公称電圧(V)
電流(A)
電力(kw)
Level1
120
12
1.44
Level2
208~240
32
6.66~7.68
Level3
600
400
208~600
~400
備
考
家庭用/ポータブ
ル用
240 急速充電:J1772
25~240
急速充電:J1773
充電のために許容される時間は充電を必要とする場合によって様々であるが,如何
に待ち時間少なく充電出来るかが重要な課題となっている.事実上,通常のガソリンス
タンドにおける給油時間を尺度に語られることが多い.しかしながら,実際の電池性能,
給電システムの性能などにより種々の制約が生じているのが実態である.
いくつかの実際にあり得る充電の形態を例示すると,
家庭充電の場合数時間:夜間電力を利用し,小容量の充電システムを用る.
充電スタンドの場合数分から十数分:スタンドなどの急速充電システムを用いる.
業務用に多数の車輌に同時に充電する場合十数分から1時間:専用の充電システム
を用いる.
走行中に充電を必要とする緊急充電の場合:スタンドまでたどり着くための充電:
どこの家庭からでも給電を受けられるための携帯用オンボード充電システム.
一日の電力需要変動と充電形態による充電時間帯の関係は図10に示すようになる.
図10.電力需要変動と充電時間帯の関係(Battelle研究所パンフレットより)
(2)インダクティブ充電方式とコンダクティブ充電方式の特徴比較
それぞれの特長を表4に要約する.現時点では何れの方式も決定的なものではない.
最終的には安全性と経済性から市場の判断により優劣が決すると言える.
表4. インダクティブ充電方式とコンダクティブ充電方式の特徴比較
方式
長所
短所
インダクティブ
コンダクティブ
非接触式であるため,本質的に安全
接触式であるため,感電防止への配慮
性を保証しやすい.
が必要.
高周波を用いるため充電システムが
システム構成が簡単.
複雑になると同時に,システム間の
互換性への配慮が必要.
(3)インダクティブ充電方式
SAE
J1773に規定されている方式を図11に示す.
商用電源からの入力を約100MHzの高周波に変換し,トランス(コネクタ)を介
して車載側のシステムに供給する.車載側
では高周波を整流し,電池に供給する.
電池の充電状態は常にモニターされ,
無線通信システムにより給電側に制御信
号が送られ,適切な制御が行われる.
現在SAEにて標準化された方式によ
るコネクタは図12上段に示す形状をし
ており,車載側の所用スペースが大きく,
同時に,コネクタ部分での発熱が大きい
ためLevel2を越えると水冷機構を
必要とする.そのため筆者らはEVS-
14にて図12下段に示すような同軸型
のコネクタを提案した.
図11.インダクティブ充電方式ブロック図
図12.インダクティブ充電コネクタ
上段:SAE規格による
下段:住友提唱案による
左
右
:地上側
:車載側
(4)コンダクティブ充電方式
SAEにおいては同方式についての標準化は現在作業中である.
一方,JEVAにおいてはLevel2,3のコネクタが標準化された.
図13にコンダクティブ充電システム構成を示す.
図13.コンダクティブ充電システム構成(JEVA第5回インフラ分科会資料)
商用電源からの電力を漏電ブレーカーを介して車輌側に供給,整流し,電池を充電す
る.充電状態の情報は充電コネクタ内の配線により給電側に送られる.
コンダクティブタイプは電極を接触させて給電することから,接触部分の安全性と信
頼性において電極の露出防止,防水対策,接地電極の形状,漏電ブレーカーの設置等,
いくつかの対策を必要としている.
図14にJEVAの標準タイプの充電コネクタと,より小型化を図った筆者らの充電
コネクタを示す.
図14.コンダクティブタイプ充電コネクタ(左:JEVA標準型
右:住友製)
5.EVの電装系が抱える諸課題
5-1.コスト低減
現状におけるEV用電装部品は大きい,重い,高価,互換性に欠ける等の諸問題を今後
改善されるべき課題として抱えている.
これらは一つは「卵とニワトリ」の要素,すなわち「普及しないから高価になる」の連
鎖の中にあり,これを断ち切る必要がある.そのための技術革新を必要としている.
他の一つは「ベータかVHSか」の要素,すなわち「同じ目的に対し互換性のないシス
テムが独立に提供されている」様相がある.これらは業界が一つに纏まる必要を示唆して
いるが各社間の競争,自動車の事業環境の国際性(標準化をすることが合理的か?),独
占禁止法上の問題性を意識するならば一本化を図るのは容易ではない.
5-2.小型・軽量化
今後,各設計要件を最適化し,信頼性を確保しながらより軽量化を図る事が必要である.
例えば,電線被覆材料やコネクタの耐熱性の向上に合わせ,ヒューズ特性とのマッチング
を執りながら小型軽量化を図ることなどが考えられる.
5-3.国情の違いによる給電方式についての考え方の違い.
アメリカの自動車と日本の自動車の違い,ライフスタイルの違い,EV普及についての
動機,対象マーケットの違いなど考え方にはいくつかの違いがある.
米国に置いては都市部における環境問題(光化学スモック等)が重要視され,その対策
としてカリフォルニア州,ニューヨーク州,マサチューセッツ州,バージニア州等が給電
ステーション建設の推進を図っている.そのため州政府等の業務用車輌を纏めて扱うとい
うスタイルになり,大容量の急速充電が必須になる.
一般に,車輌サイズの大きい米国においてはそれだけ大型の電池と,急速充電のシステ
ムが必要となる.そのためLevel3の充電についての根強い拘りがある.
一方,日本に於いては環境問題と同時にエネルギー問題が重要視され,例えば夜間電力
の活用による電力需要のピークカットが強く意識されている.現在,国内各地に設置され
ているエコステーションがその例である.
6.あとがき
環境問題,エネルギー問題を解決する有力な手段としてEV,HV,代替燃料車,燃料
電池車の普及が叫ばれて久しいが,漸く近年になってそれらの実現が期待できる状況にな
ってきた.充電方式に見られる標準化の困難さなど解決すべき問題は多く,また,技術的
にも社会的にも不確定な要素が多いが,政策的な導入を含め,量と実績の蓄積により,よ
り安価で信頼性の高い社会システムへとつながって行くものと考える.
電装システムを構成する各部品についても一層の小型化,高信頼性化,低コスト化が進
むものと考える.そのためには世界規模での技術の進歩に合わせた標準化の見直しなど弾
力的な取り組みが必要であると考える.