東アジアにおける港湾経済研究の動向

関東学院大学文学部 紀要 第103号(2004)
東アジアにおける港湾経済研究の動向
―2004年の中国海洋大学における国際学術大会を中心に―
小 林 照 夫
要 旨:
本稿は中国海洋大学で開かれた国際学術大会の研究動向を中心に資料として
まとめたものである。これまで、東アジアにおける港湾経済研究は、日本港湾
経済学会が主導で展開されてきた。しかし、ここ数年の動向をみると、韓国、
中国の目覚しい港湾の発展を反映してか、中国・韓国の港湾経済研究の隆盛に
は目を見張るものがある。そうした両国における研究の一端をこの度の国際学
術大会で窺がいみることができた。
韓国の港湾研究は、経済発展型の港湾総合力の再編であり、同じ港湾総合力
と称しても、釜山、光陽両港を中心とした東アジア物流拠点としてのハブポー
ト論が中心になる。そのためには韓国では「港湾元気論」の堅持が最重要課題
であり、韓国が主導とする東アジア物流論がその根底をなしている。中国では、
国の特殊事情、社会主義体制下の市場経済という問題もあって、港湾経済研究
の課題は必然的に中国的経済発展に対応可能な港湾建設に主眼が置かれている
ために、大港湾の管理・運営、大型コンテナ船と連動した埠頭づくりとその管
理・運営、フリー・トレイド・ゾーンを含む中国の経済体制に即した港づくり
が中心になっている。
キーワード:
日本の港湾研究、東アジアの港、スーパー中枢港湾、京浜港、ハブポート
これまで、東アジアにおける港湾経済研究は、日本港湾経済学会の主導
で展開されてきた。しかし、ここ数年の動向をみると、韓国、中国の目覚
しい港湾の発展を反映してか、中国・韓国の港湾経済研究の隆盛には目を
見張るものがある。
英誌『コンテナリゼーション・インターナショナル』
(CI)がまとめた世
界主要港の2003年の「コンテナ取扱量ランキング」(上位30港)をみると、
香港(2010万TEU推計)が首位、2 位シンガポール(1810万TEU)、3 位上
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東アジアにおける港湾経済研究の動向
海(1061万TEU)の順になっている。その他アジアの主要港湾としては、4
位深 (中国)
、5 位釜山(韓国)
、6 位高雄(台湾)と続き、いわゆる「大
中華圏」の港が上位 6 港のうち 5 港を占めている。全体からみると、中国
貿易の拡大が海上の荷動きを牽引した形になり、新しい物流の構図をつく
りあげたといえる。日本の港では、東京(328TEU)が前年比の21%増で17
位に位置し、横浜(246万8555TEU推計)が28位で、神戸・名古屋はランキ
ング外になっている。
中国の特殊事情、社会主義体制下の市場経済という問題もあって、港湾
経済研究の課題は必然的に中国的経済発展に対応可能な港湾建設に主眼が
置かれているために、大港湾の管理・運営、大型コンテナ船と連動した埠
頭づくりとその管理・運営、フリー・トレイド・ゾーンを含む中国の経済
体制に即した港づくりが中心になっている。その結果、中国では港湾のソ
フト面の研究領域ともいうべき港湾の経済学的研究(広義の社会科学の研
究)が独立した学問領域として成立しているわけではなく、土木面を含む
ハードの領域が重なり合う形での研究が中心をなしている。そうした意味
でも、必然的に中国での港湾研究の領域とその対象は日本や韓国のそれと
は異なりをみる。だからといって日本と韓国の港湾研究の課題が同じだと
いうわけではない。
日本の港湾研究は、ポスト高度経済成長を意識し、重厚長大型産業から
軽薄短小型産業の転換、社会資本投資型港湾から都市の活性化問題を含む
港湾総合力としての見直しが前提になっている。それは港湾本来の物流に
特化した港湾問題ではなく、社会資本の投下対象物を是認してきた「国の
営造物思想」を根本的に断ち切り、既存の港湾を見直すなかでの港湾その
ものを物質文化、制度文化、精神文化等の総合的空間として、同時に、港
湾が有する港湾力、都市活性化のパワー(観光関連機能や工業関連機能等)
を総合的にどう組み直していくかにある。そうした今日の日本の港湾研究
は、港湾の発展論的視点に立つ韓国や中国の研究の潮流からみれば、両国
とは異なる座標軸の中での議論であり、理論の構築ということになる。
特に、韓国の場合は、経済発展型の港湾総合力の再編であり、同じ港湾
総合力と称しても、釜山、光陽両港を中心とした東アジア物流拠点として
のハブポート論が中心になる。そのためには韓国では「港湾元気論」の堅
持が最重要課題であり、韓国が主導とする東アジア物流論がその根底をな
す。そのことは最近の韓国港湾経済学会の研究動向からも明らかである。
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そうした韓国の港湾研究の動向を受けとめて、韓国港湾経済学会は、日本
と中国の港湾経済関係の研究者に呼びかけ、東アジアにおける物流問題を
課題におき、韓・中・日三国の国際学術大会を計画した。それが本稿で紹
介する中国海洋大学で開催された国際学術大会である
小林には、2004年 1 月、主管である韓国港湾経済学会(事務局:韓国昌
原大学校)から打診はあったが、正式な招聘状は2004年 8 月のはじめに送
られてきた。その間のタイムラグは、中国での会場問題(会場として予定
されていた青島の中国海洋大学は中国の重点大学の一つで、2004年に開校
80周年行事が開催されることもあって、記念行事として港湾の国際学術大
会を組み入れるかどうかの問題)で調整が必要になり、正式決定までに多
くの時間を要したことによる。忘れていたころに届いた招聘状には、国際
学術大会のテーマは“Port Development in East Asia & World Trade”と記
載されていた。テーマはともかくとして、レジュメを 9 月30日必着という
ことには、時間の余裕がないので少し驚きを覚えた。しかし、日本への招聘
先が神奈川大学の三村眞人氏と小林の 2 人ということでもあり、また、宿
泊や渡航費の一部を用意するという「韓国港湾経済学会のゲスト・スピー
カー」でもあったので、小林としては準備期間が少なかったが招聘を受け
入れることにした。
そのころ、日本の港湾は「スーパー中枢港湾問題」が話題になっていたの
で、話題性のある「スーパー中枢港湾問題」
(京浜港:東京・横浜、伊勢湾
港:名古屋・四日市、阪神港:神戸・大阪)と、見直しが迫られている他
の重要港湾問題を両極とする日本の港湾の現状と課題について報告を行う
ことにした。
日本の経済の動向とともに日本の港の機能も移り変わりをみせている。
ここ30∼40年ほどの間でも、石油危機を招き、貿易摩擦が発生すると、日
本の産業構造自体が変換を余儀なくされ、いわゆる重厚長大型産業から軽
薄短小型産業への移行は、港湾の形態と臨海部のあり方を変えた。そして、
その状況の中に成熟した社会の下での港湾問題が包含され、物流の量的問
題とは別の視点で、日本の港湾のあるべき姿を模索しなければならない現
実にも直面した。
ところが、成熟した社会の下での港湾問題に座標をシフトさせても、貿
易大国日本においては、物流拠点としての港湾問題は影を潜めることはな
く、港湾機能論は港湾経営論として常に重要な課題になっている。そうし
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た現実の中で、港湾活性化論の方策として、国の威信をかけたスーパー中
枢港湾が構築されてきた。しかし、港湾活性化論一つをとっても、必ずしも
一枚岩ではなく、現実問題として、スーパー中枢港湾とは別立ての港湾活
性化論が浮上している。それは、これまで社会資本を投入し、ある程度の
港湾整備(ある程度のコンテナ埠頭の整備)を実現した重要港湾において、
物流拠点としての港湾の再考とは異なる角度から港湾の特性を全面に押し
出し、地域社会と港湾の新しい結びつきを模索する港湾管理者としての自
治体が現われはじめたことによって、説明される。こうした現実を踏まえ
て、小林は国際学術大会で問題提起をすることにした。それをテーマ化す
ると「両極化する日本の港―その現実と課題―」ということになる。その
報告の骨子は次の通りである。
Polar Opposite Regions of Japanese Ports
:Reality and Problems
This report consists of the following points.
1 .First / trends of postwar Japanese harbor society
2 .Super nucleus harbor design
3 .Actions of super nucleus harbor and future problems / assuming an
action of Keihin Port
4 .An example of a city having a port on the Sea of Japan Coast / as a subject of an economic / cultural area
5 .Lastly / assuming division of harbor functions
Japanese ports have been stagnant year after year. This condition affects
Japanese manufacturing, and competition in the international market of
products because in demand deteriorates. It is a result of the following
three points:(1)Because a lack of government planning and the construction of a container wharf, ports container increased, and Japanese
ports became stagnant:(2)Japanese ports lost a market principle
because the government did not think about the cost of harbor
distribution:
(3)on the other hand, with the government taking a protection policy of coastal vessels, the ports ware in an even worse situation.
The Ministry of Land, Infrastructure and Transport understood this reality and planned the super nucleus harbor design based on a market princi― ―
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ple. It held the committee meeting for super nucleus harbors in October,
2002. In December, it held the second committee meeting and made a
standard of the choice of super nucleus harbors. Based on that standard, it
invited public participation in choosing a harbor manager. Depending on
the appeal, seven harbors(Tokyo, Kawasaki, Yokohama, Nagoya,
Yokkaichi, Kitakyushu and Fukuoka)and one group(Kobe and Osaka)
applied. In May, 2004, the evaluation result for each port of the Super
Nucleus Harbor Choice Committee was reported. And on July 23, Keihin
Port(Tokyo and Yokohama), Isewan(Nagoya and Yokkaichi)and
Hansin Port(Osaka and Kobe)were authorized in super nucleus harbor.
Three ports authorized in super nucleus harbor were imposed on some
topics such as 30% reduction of harbor cost, reduction of lead time, shortening of the customs / quarantine time and simplification of an administration procedure, etc. However, the problem of harbor cost reduction is not
easy to consider even if I try to take up the subject of labor costs.
Another trend of Japanese ports is the practical use of ports as a general
culture domain, as well as the issue of distribution. The first one is in relation to Shimonoseki Port and Pusan Port, and Shimonoseki Port takes
Pusan Port into consideration to develop dose not concern a symbiosis theory in relation to sharks and suckfish. This development dose not concern
of a uniform large port theory of a specially important harbor; and there is
also matter of harbor administration, including a cultural area design. Port
building become museums, as in the case of Sakai Port, and the port
becomes an information center, regarding of an economic / cultural
exchange in Tottori Prefecture.
The policies of Shimonoseki and Sakai are new trials to plan activation of
a communities through ports assuming an economic / cultural design.
Super nucleus harbors accepting, ports lead to the diametric opposition of
Japanese harbors, in this sense.
ま た 、 小 林 の 報 告 に つ い て は 、 Proceedings of 2004 International
Conference Co-Celebrating the 20th Anniversary of the Korea Port Economic
Association and 80th Anniversary of Ocean University of Chinaの論文集
“World Trade and ASIA Port Development”(全435頁)の中に掲載されて
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東アジアにおける港湾経済研究の動向
いる。小林の報告は129頁から151頁に掲載され、それは、日本文のほか、
英文要旨、韓国語訳からなる。
国際学術大会は2004年10月22日∼23日の 2 日間にわたって開催され、6
の分科会に分かれ発表が行われた。
大会のスケジュール、テーマと発表者については次の通りである。
10月22日16:00∼18:50(Session¿∼SessionÃ)
SESSION ¿ Session Chair:Kim Joong Shik(Chung-Ang Univ.)
Improvement in the Northeast Asia Logistics Hub Policy
Choi Seok Beom(Chung-Ang Univ.)
, Lee Yong Keun(Chung-Ang Univ.)
The Devices to Strengthen the Competitiveness of the Port of Busan to the
Change of Logistics Environment in North-East Asia
Bae Byung Tae(Korea Port Training Institute)
A Study on Changing of Management of Container Port Point to Changing of
International P. D. Environment
Park Chang Sik(Kosin Univ)Kim Cheong Yeul(Tongmyong Univ. of
Information Technology)
A Study on the Yellow Sea Trade between Korea and China in Ancient Times
Kang Yong Soo(Changwon National Univ.)
SESSION À Session Chair:Park Byong Hong
(The Korea Development Institute for the West-South Coast)
Logistics Environments in Port
Mimura Masato(Kanagawa Univ.)
On the Consideration of Logistics Network Establishment and Evaluation
between Korea and China Using AHP Method
Yeo Ki Tae(Woo Suk Univ.), Park Chang Ho(Incheon Development
Institute)Seo Su Wan(Incheon Free Economy Zone Authority)Jung Jae
Hong(Jinhae City Hall)
Polar Opposite Region of Japanese Ports:Reality and Problems
Teruo Kobayashi(Kanto Gakuin Univ.)
Economic Integration and the Changes in Logistics Circumstances in
Northeast Asia
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Park Byong Hong(the Korea Development Institute for the West-South
Coast)
SESSION Á Session Chair:Jun Il Soo(Incheon Univ.)
Identification of Barriers in the Coastal Cargo Shipping:Focused on
Shipper’
s Aspects
Ahn Seung Bum(Incheon Univ.) Lim Kwang Soo(Ministry of Maritime
Affairs and Fisheries) Kang Sung Gon(Incheon Univ.)
A Study on the Development of SaeManKuem in the Yellow-Sea Economic
ERA
Kim Duk Soo(Kunsan Univ.)
The Development Device of Gwangyang Port Gwangyang Bay in Accordance
with its Free Economic Zone
Jang Heung Hoon(Sunchon National Univ.)
Estimating Container Traffic for Incheon Port by Stated Preference
Technique
Jun Il Soo( Incheon Univ.) Kim Hye Jin( Incheon Univ.) Kim Jun
(Incheon Univ.)
SESSION Â Session Chair:Chair:Kim Jeong Su(Dong-A Univ.)
An Effective Use of Hinterland in New Busan-Jinhae Port
Kim Jeong Sun(Dong-A Univ.)Shin Ge Seon(Dong-A Univ.)
The Plan of Logistics System Building:The Region Behind Po-Hang New
Port
Lee In Geun(Pohang 1 College)
Approaches to the Development of Gwangyang Bay Free Economic Zones
Bang Hee Seok(Chung Ang Univ.)Kim Seung Chul(Chung Ang Univ.)
Kim Tae Woo(Chung Ang Univ.)
The Collaborated Development Devices of Hub Port & Free Economic Zone
Kong Duk Am(Changwon National Univ.)
SESSION Ã Session Chair:Park Ro Kyung(Chosun Univ.)
The Effects of Logistics Competence in Korea Overseas Shipping Industry
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東アジアにおける港湾経済研究の動向
Park Yeung Kurn(Cangwon National Univ.)
The Future Prospect for Northeast Asia’
s Economic Cooperation to the
Global Human Resource
Nam Geum Sik(Mokwon Univ.) Song Jae Ha(Mokwon Univ.)
A Study on China Distri Complex Area of Mokpo FTA
Kang Kyoung Hoon(Mokpo National Univ.)
A Measurement Way of Competition Power of Container Port:AHP and
DEA Approach
Park Ro Kyung(Chosun Univ.)
10月23日 9:00∼12:00 セレモニーをはじめ以下の報告が行なわれた。
Research on the Evaluation Indicators of International Competitiveness of
Port Logistics Industry
Sun Zaidong(Qindao Univ.)
The Internatinal Competition Ability Comparson of Qinddao with Other
Major Inland Ports
Liu Shuyan(Qingdao Univ.)
The Competitive Strategy Analysis of Qingdao Port in Northeast Asia
Yuan Xiaoli(Qingdao Univ.)
報告のテーマから読みとれるように、今回の国際学術大会は、韓国の港
湾経済学者の研究が主流を占め、物流・港湾発展論を中心とした「港湾元
気論」が全体を占めていた。感想を一言でいえば、今日の日本の港湾研究
課題とは必ずしも同次元のものではない。その意味では、東アジアという
領域を前提にしての港湾研究の難しさが提起された大会でもある。
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