第 14 回国際消費者法学会 (シドニー大会)報告

現代消費者法№20/2013.9
論説・解説
第 14 回国際消費者法学会
(シドニー大会)報告
弁護士・東京経済大学教授
桜
井
健
夫
1 大会概要
(1)基本データ
2013 年 7 月 2 日、3 日、4 日、第 14 回国際消費者法学会が開催された。開催場所は、オ
ーストラリア・シドニー市のシドニー大学(university of Sydney, Camperdown)である。
参加者は、世界 20 の国と地域から 110 名程度で、そのうちオーストラリアからの参加が半
分弱であった。日本からの参加者は、筆者の他、齋藤雅弘弁護士など総勢4名であった。
参加者の出身国は、日本、インドネシア、マレーシア、スリランカ、インド、ネパール、
台湾、マカオ、英国、ベルギー、オランダ、デンマーク、フィンランド、南アフリカ、タ
ンザニア、米国、ブラジル、アルゼンチン、ニュージーランド、オーストラリアである。
(2)国際消費者法学会とは
国際消費者法学会(以下IACL)は、消費者問題と消費者法に関して討論・研究する
学会である。2年ごとに世界各地持ち回りで開催されており、最近では、クアラルンプー
ル、ヘルシンキ、オークランド、アテネ、リマ、ケープタウン、ハイデラバード、ロンド
ンと回り、2013年7月の第14回はシドニーで開催された。
筆者は、ロンドンのブリュネル大学で開かれた第13回大会に参加して、多くの参加者
が積極的にプレゼンテーションをしていたことに刺激を受け、今回は単に参加するだけで
なくプレゼンテーションもすることにした。この内容も含め、シドニー大会の概要をお伝
えしたい。
(3)テーマと進め方
今回のテーマは「DIVERSITY」
。これは、
「消費者、商品・サービス、規制アプローチの
多様性」、すなわち、保護を必要とする消費者の多様性、商品とサービスの多様性、規制ア
プローチの多様性を内容とするものである。このテーマで 2012 年夏から 2013 年 1 月まで
発表要旨(abstracts)を募集し、2013 年 2 月に審査し、審査通過者に同年 4 月 26 日まで
に論文全文の提出を求めた。大会での発表では、パワーポイントによる準備を求め、1 週間
前までに送信するか、当日自分で準備してくるよう要請された。
1
2 初日(7月2日)
(1)午前
プログラムは全体会と分科会の組合せである。
初日の 7 月 2 日は全体会からスタートした。午前9時から主催者を代表してシドニー大
学副学長とシドニー大学のゲイル・ピアソンIACL副理事長(豪)があいさつした。次
に、ソチ・ラチャガンIACL理事長(マレーシア)が、
「金融サービス」という題で、支
払い、借入れ、貯蓄、投資、破産と多岐にわたる金融サービスの切り口で 1 時間のプレゼ
ンテーションをおこない、この分野では透明性・公正な扱い・効果的な補償が重要である
という結論を述べた。引き続き全体会では、スティーブン・レアーズオーストラリア連邦
裁判所判事が「契約の自由と消費者の権利のバランスを作り出す」という題で講演した。
ティー・ブレイクをはさみ、オーストラリア規制当局(競争・消費者委員会、証券投資
委員会等)から 5 人のパネリストが各分野の規制について報告し、質疑応答では、差止、
刑罰、クラスアクションのうちどの方法が効果的か、倫理に規制効果があるのか、などに
ついて議論された。この過程で、オーストラリアと同様に、インドネシアにもクラスアク
ション制度があることが紹介された。
(2)不公正条項
初日午後は、
「消費者」分科会、
「商品(製品)
」分科会、「規制」分科会の 3 つに分かれ
て開かれた。筆者はここでは「規制(REGULATION)」分科会に参加したので、その発表
を紹介する。この日午後前半の「規制」分科会のテーマは「不公正条項」(Unfair contract
terms)であった。南アフリカ、ベルギー、英国、ニュージーランドから発表者が登場した。
南アフリカ大学(南アフリカ)のフィリップ・ストゥープ氏は「契約法における公正規
制の哲学的文脈」と題して、公正の意味内容については自由からのアプローチと公正から
のアプローチがあり、近年前者に対する批判が台頭して、公正の全面適用が南アフリカ消
費者保護法で実現するなど(2008 年)
、「契約の自由」から「契約の公正」への変化がある
ことを指摘した。
ルーバン大学(ベルギー)のピーター・ブリュレッツ氏は「契約対象と価格の決定-消
費者法の観点からの柔軟性」と題して、消費者契約法では、消費者保護のために契約の柔
軟性を制限し業者に片面的義務を課しているが、柔軟性の制限は消費者の利益となるばか
りではないという問題意識から、消費者契約における対象と価格の決定についての検討を
報告した。
エクセター大学(英国)のジェイムズ・デブニー氏、モントフォート大学(英国)のメ
ル・ケニー氏は「法委員会 2012 年発表とヨーロッパ化された不公正条項法の可変幾何学」
と題して、不公正条項のうち事業者からの追加請求を許容する条項が、1993 年不公正条項
指令(UTD)
、1999 年消費者契約における不公正条項規制(UTCCR)との関係で、中心条
項と位置づけられて無効となるのか、周辺条項と評価されて有効となるのかについて、判
例を踏まえた検討結果を報告した。
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オークランド大学(ニュージーランド)のアレクサンドラ・シムズ氏は「ニュージーラ
ンドとオーストラリアの不公正条項」と題して、不公正条項規制がないニュージーランド
の消費者法について、それを見直した結果、不公正条項規制の導入を主張する消費者省と
反対する産業界の対立が発生し、特別委員会が、オーストラリア消費者法の不公正条項規
制を参考にして導入することを支持したことを報告し、さらに、オーストラリア消費者法
の不公正条項規制自体も消費者保護の観点からは不十分であり裁判所の関与が必要である
ことを指摘した。
(3)個人情報の収集と保護
ティー・ブレイク後の「規制」分科会のテーマは「個人情報の収集と保護」であった。
オーストラリア、インドネシア、米国から発表者が登場した。
ボンド大学(豪)のサラ・スミス氏は「データ漏えい通知義務法とそのオーストラリア
とカナダの業界・消費者に対する衝撃」と題して、米国やEUのように、オーストラリア
とカナダでも、データ漏えいがあった場合に当局への通知を義務付ける法律が検討されて
おり、賛否両論があるところ、そのような法律がオーストラリアやカナダでも望ましいか
を検討し、合理的な水準の情報保護の仕組みを備えているかを問題とする「手続きモデル」
による規制を提唱した。
インドネシア消費者機構(インドネシア)のスダーヤトゥモ氏は「インドネシアの個人
情報保護問題」と題して、インドネシアでもデジタル化された個人情報の保護が問題とな
っており、金融分野、電子商取引分野などで限定的な情報保護法があるものの、個人情報
保護の一般法がないので早急に制定することが必要であると結論づけ、合わせて、企業の
自主規制、消費者教育、保護システムを作る技術的基盤などが必要であると提言した。
SMUデッドマン・スクールオブロー(米国)のマリー・スペクター氏は「消費者リポ
ートの理解:改善調査の表現から」と題して、米国において、信用情報機関に蓄積されて
いる自分の信用情報を請求した人の39%が誤りを発見し、そのうち50%は容易に訂正
できなかったという事実を前提に、ロースクールのクリニック・プロジェクトで、学生弁
護士に個人の情報の誤りを訂正する手続を手伝わせ、訂正されるまでに要する期間、結果
などの情報を集めた結果を報告した。
3 2日目(7月3日)
(1)全体会
2 日目は、午前9時から全体会が開催され、オーストラリアのオンブズマン関係者が制度
と運用の実情を紹介し、質疑応答が行われた。金融オンブズマン、エネルギーと水のオン
ブズマン(サウスウェールズ州)
、電気通信産業オンブズマンの3つである。いずれも、独
立性を重視し、各分野の紛争解決機関として定着しているようである。
(2)貸付・保険モデル:地域、素人、ペイデイ
3
ティー・ブレイクをはさんで、前日同様、
「消費者」分科会、
「商品(製品)
」分科会、
「規
制」分科会の 3 つに分かれた。筆者はここでは「消費者(CONSUMER)」分科会に参加した
ので、その発表を紹介する。この日午前の「消費者」分科会のテーマは「貸付・保険モデ
ル:地域、素人、ペイデイ」であった。オーストラリア、英国、南アフリカから発表者が
登場した。
グリフィス・ロースクール(豪)のテレーズ・ウィルソン氏は「羊の皮をかぶった狼か
ら羊を区別する:地域開発金融組織を末端の与信業者を含まないものと定義する」と題し
て、従来の地域開発金融組織と末端の搾取的与信業者の中間に位置すべき代替的な信用供
与者の範囲を検討した。
エクセター大学(英国)のオンヤカ・オスジ氏は「オンライン・ピア・トゥ・ピア貸付
‐原理、規制と消費者保護」と題して、オンラインによる素人対素人(pear to pear)の貸
付(lending)(P2PL)の規制と消費者保護について報告した。英国では、プラットフォ
ームと呼ばれるP2PL仲介業者が登場し、規制に混乱をもたらしているという。このプ
ラットフォームを使うと、普通の人同士が、国境を越えて貸したり借りたりすることがで
きるので、貸し手としての消費者、借り手としての消費者が登場することになる。
オックスフォード大学(英国)のジョディ・ガードナー氏は「英国における消費者信用
-債務者プロファイルの進展」と題して、給与担保金融(ペイデイ・ローン)業者から借
りる英国の債務者像を、業界で働く人たちへのインタビューをするなどして調査検討した
結果、債務者となるに至る6パターンを見出し、危険な状態にあるグループを切り出すこ
とができたと報告した。
ヨハネスブルグ大学(南アフリカ)のダリーン・ミラード氏は「マイクロ保険と消費者
保護:マイクロ保険法の原則は他の保険契約に適用されるか?」と題して、収入の少ない
人も入れる保険であるマイクロ保険の制度が南アフリカで構築されようとしており、それ
が普通の保険より保険契約者に有利にできており、収入の少ない人以外も入れるものであ
れば、この機会に、普通の保険にも、マイクロ保険の原則を適用して商品を改良したらど
うかと提言した。
(3)ACL適用の新しい開拓者:学生、ソーシャルメディア、オンライン
午後からは、3つの分科会のうち「商品(PRODUCT)
」分科会に参加したので、その概
要を報告する。この日午後の「商品」分科会のテーマは「ACL適用の新しい開拓者:学
生、ソーシャルメディア、オンライン」であった。ACLとは 2011 年 1 月から施行されて
いる Australian Consumer Law のことであり、オーストラリアから発表者が登場した。
ボンド大学(豪)のテオドラ・ムエネゴハ氏(タンザニアから在外研究中)は「ⅰネッ
トワーク、ⅰブログ、ⅰバイ、私は保護されるべきか?
ソーシャル・ネットワークとブ
ログにおける電子消費者保護」と題して、個人が売り手にも買い手にもなる電子取引や、
SNSやブログを利用した電子商取引について、ACLが適用されるのか、それで十分か
などを検討して報告した。
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シドニー大学ビジネススクール(豪)のパティ・カムボニアス氏は「高等教育における
消費者保護:学生とオーストラリアの消費者法」と題して、大学教育が大衆化、商業化し
た実態を踏まえて、教育サービスの消費者としての学生に対し、ACLの不公正条項規制
の適用を検討した。
クイーンズランド大学(豪)のアルサーフ・マースーフ氏は「偽物、注意!
オースト
ラリア消費者法のオンライン環境への拡張の挑戦」と題して、ネット取引で偽造商品を販
売させないようにプロバイダーを包括的に規制する法律はない状況で、ACLの条項がど
のように適用されるかを検討し、グーグル対オーストラリア競争・消費者委員会事件(グ
ーグルのクリック課金広告サービスで第三者が虚偽広告を出して消費者を欺いた場合、グ
ーグルに消費者をミスリードした責任があるかが争われた事件)にも焦点を当てた報告を
した。
(4)ACL:
規制者の仕事
その後、ティー・タイムをはさんだ全体会では、オーストラリア消費者法の規制担当者
による座談会が行われた。ビクトリア州、タスマニア州、ニューサウスウェールズ州の規
制担当者による実務的な報告であった。
4 3日目(7月4日)
(1)ファイナンシャル・アドバイスとファイナンシャル・ロー
3日目は、朝から3つの分科会に分かれて開催され、筆者は自分自身のプレゼンテーシ
ョンが予定されていた「商品」分科会に参加した。朝の商品分科会のテーマは「ファイナ
ンシャル・アドバイスとファイナンシャル・ロー」であった。9時からの報告予定者が現
れず、9時20分からの予定であった筆者が最初にプレゼンテーションすることとなった。
筆者のプレゼンテーションは、
「日本におけるデリバティブ商品の新しい販売勧誘ルール
とその評価」と題して、デリバティブ・セットと仕組商品が、そのリスクと構造を理解し
ない一般投資者に大量に勧誘販売されて大きな被害を出している日本の実情を伝え、ヨー
ロッパや東アジアでも類似の被害が発生していることを紹介した後、日本では被害発生を
受けた政省令等の改正を経たのちも、仕組債について不招請の勧誘を禁止していないなど
不十分な点があることを指摘したものである。
インドネシアの参加者から、同国ではデリバティブ商品は売られなかったという紹介と
ともに、デリバティブ・セット事件の紛争解決の中心となった全国銀行協会について、A
DRとしての位置づけの観点から質問があった。公的な組織なのか、中立性が保てるのか、
申立人が払う費用は高いのかなどである。英国の参加者からは、銀行が高齢者の預金者に
ノックイン投資信託を勧誘して販売したことについて、英国では銀行がそんなひどいこと
をすることは考えられない、日本では本当に銀行がそんなひどいことをしたのか、という
質問があった。
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資本市場監視委員会(インドネシア)のジャディ・マヌルング氏は「金融サービス機構
法下のインドネシア証券市場における投資者保護の規制枠組み」と題して、2011 年に成立
した同法により証券市場において投資者が保護される枠組みを解説した。
(2)情報と曖昧化:ファイナンス、集合訴訟
この後、
「商品」分科会は「情報と曖昧化:ファイナンス」というテーマで発表が行われ、
終了と同時に拍手喝采が沸き起こった、ラバル大学(カナダ)のセルジュ・カブラン氏の
「B to C契約における同意の意思表示の新方式」と題したプレゼンテーションが印象に残
った。
オンラインでの契約の成立過程を検討したもので、サイバースペースでの申込みの形を整
理紹介したのち、オンラインでの承諾の意思表示は言葉を使わず単にクリックするだけの
ものがほとんどとなっていることを確認し、そこでは、クリックする前に契約書を読む機
会があるか、という合理的告知の問題だけではなく、契約書が共通条項とその取引特有の
条項からなっている場合などに契約書全体を読むのにスクロールやハイパーリンクをたど
る必要がどの程度あるか、という合理的アクセスの問題も重要であることを、判例の紹介
と合わせて指摘した。デル・コンピューターのサイトで契約条項にたどり着くまでの様子
を紹介した動画が秀逸で、リンクを 6 回たどってようやく契約条項に到達する経過がトル
コ行進曲をバックに流された。IACL は英語とフランス語で行う学会であり、ケベックのカ
ブラン氏は、フランス語でプレゼンテーションをする準備をしたが前日に考え直して急遽
準備したとして、プレゼンテーションは英語で行われた。
午後に参加した「規制」分科会では「集合訴訟」というテーマで、インドネシア、フィ
ンランド、南アフリカ、ブラジルから報告が続いたが、字数の関係から内容の紹介は省略
する。
5 大会運営について
シドニー大会の運営は大変行きとどいていた。参加者には、発表要旨と一部の論文が直
前にネット上で見ることができるようになったし、大会中はゲストとしてワイファイが自
由に使える環境が提供された。大会終盤には、要望に応えて参加者名簿がメール添付で送
信された。運営者は、大会終了後、プレゼンターからPPTデータをPDFにしたものを
集めており、近日中に参加者に公開されるものと思われる。
参加者の交流にも十分な配慮がなされていた。会場建物の 1 階で、連日、午前、午後に
ティー・ブレイクで飲み物と軽食が準備され、そこで昼食も提供され、参加者が自由に交
流する場となっていた。初日の夜には、簡単なつまみとアルコールを用意したウエルカム・
レセプションが大学内のニコルソン博物館で開かれた。場所がニコルソン博物館と記載さ
れていたので博物館の上階のホールかと思ったら、博物館そのものが会場であった。ミイ
ラや古代陶器に囲まれてビールを傾け談笑する機会はそうはない。2日目夜は、シドニー
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大学の顔ともいえるグレイトホールでコンフェランス・ディナーが開催された。そこでも
大変興味深いプレゼンテーションが用意されていた。
オーストラリア国営放送(ABC)が毎週放送している消費者番組「ザ・チェックアウト」
の一部を流し、それに解説を加えたプレゼンテーションである。この番組は、消費者問題
を、消費者の視点でコミカルな映像の形にして紹介するものである。会場ではサプリメン
トを批判した映像などが流され、多くの笑いと拍手を得ていた。問題の取り上げ方が大胆
であるため、3 月放送のこの番組で名指しで批判されたとして、大手サプリメント会社の関
係者が、番組を放送した ABC や制作者たちにかかわった人たちに対して名誉毀損訴訟を提
起しており、話題の番組である。
最後に、時期が7月はじめと日本の大学関係者には参加しづらい時期であったためか、
日本からの参加者が少なかったのが残念である。場所は未定であるが、2年後には多くの
方が参加して消費者法に関する情報を発信し、世界の研究者や実務家と交流することを期
待したい。
(さくらい たけお)
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