世界遺産観光、絵画交流、そして水道パイプライン点検の旅 篠山ナマステ会 小 嶋 英 毅 今年のスタディツアーではPHD協会にご無理をお願いして、ツアーの一部に篠山ナマス テ会独自の企画・日程を認めていただきました。PHDの「まとめ」としては相応しくない とも思うのですが、今回はこの中の3点について簡単に報告させていただくことをご容赦下 さい。 その第一は、カトマンズ盆地にあるネパールの誇る世界遺産等の見学である。今回は会員 だけでなく一般市民、小中高校生にも参加を呼びかけ、広くネパールの文化、人々の生活に ふれていただく機会を提供したいと考えた。この企画には兵庫県立篠山東雲高校が積極的に 応えていただき、ツアー参加を希望する 平井くるみ さん(篠山東中出身)を推薦戴いた。篠 山市を中心に活動する私たちにとっては、世界の動向に関心を持ってこれからの篠山や日本 を担って立つ地元の若い人の参加が、本当に嬉しいことだった。 本会からのツアー参加は5名で平井くるみさんの他はみんな年配者であったが、彼女は厳 しい暑さの中、慣れない食事もうまくコントロールして体調管理を行い、、随分とハードな スケジュールではあったが全日程をこ なすことができた。 中でもセティディビ小学校とラダ・ クリシュナ小中学校の訪問、ガハテ村 の元PHD研修生パッサンさん宅での ホームスティなどでは親善大使として の役割も果たし、ツアーへの積極的な 参加姿勢からも、私は彼女がこのツア ーで多くの感動を心に刻んでくれたの ではないかと考えている。 ラダ・クリシュナ小中学校運営委員長に絵を手渡す平井くるみさん ツアー後、彼女とゆっくり話すこと はできていないのだが、その感動を篠山市民の皆さんにも是非語ってもらえるよう、その機 会を作りたいと考えている。 今回のツアーの第二の目的は、篠山市の児童生徒たちの描いた絵をネパールに持参し、マ ハデブスタンVDCのセティディビ小学校及びラダ・クリシュナ小中学校の児童生徒に篠山 の子どもたちの心を届けることだった。 この企画には篠山市教育委員会、国際理解センターも大いに賛同、ご後援をいただき、市 内15の小中特別支援学校からは篠山市や日々の生活を紹介するものを中心に96枚もの絵 画が寄せられた。中には、児童がネパールのことをよく知らないからと事前学習会に篠山ナ マステ会を招き、その後6年生児童全員が絵を描くといった取組みをされた学校もあった。 マハデブスタンVDCの2校では、夏休み中ではあったのだが児童生徒たちが登校してく れており、先生方は勿論のことそれぞれの学校運営委員長、村人たちも参加をいただいた。 私たちの日程の関係上十分な時間が取れず、多くの絵を披露するには場所も狭かったのだが、 -1- この交流は現地でも大いに歓迎を受けて、この後両校からは75枚の絵が私たちに託された。 この絵画による交流を事前にメールでSSSに呼びかけたのは6月に入ってからだったの で、今回私たちが持ち帰れる絵 がなくても構わない旨を両校に は伝えていた。それにも拘わら ず、このように多くの絵を篠山 市の子どもたちに持ち帰ること ができたことは、SSSや両校 関係者の交流に対する対応の姿 勢と共に、本当に嬉しいことだ った。 折角の心のこもったネパール の子どもたちの絵である、本会 持参した絵画もつセティディビ小学校児童 では9月に入ってから10日間 ほど篠山市民センターでこの展示会をもって、広く篠山市民の皆さんに公開していく計画で ある。また、ネパールへ届けた日本の絵を両校がどのように活用してくれるのか、このこと も気になる課題である。 後になってしまったが、篠山市の学校の先生方が、「自分の描いた絵が海を渡り、ネパー ルの子どもたちの眼に触れ、それが日本とネパールの友好の絆を深めていく」という夢を児 童生徒に語っていただき、積極的に応えていただいたことに心からの感謝を申し上げたい。 これからも、日本とネパールを結ぶ様々な形の交流活動を考え、お互いに学び合える関係 を創りあげたいと、念じている。 3つ目の大きな目的はセティディビ小学校の水道施設を点検することだった。 セティディビ小学校はガハテ村民の願いに応えて現地NGOのSSSがその建設・運営に 関わり、本会がその資金を支援してきた。2007年度からはコミュニティスクールとして の認可を受けて運営がなされているのだが、多くの課題を抱えている。その一つに、水の問 題がある。 当初、セティディビ小学校には水道がなかったので、SSSが学校や村民の願いを受けて 2006年に完成させ、併せてガハテ村内7箇所の共同水道にもこの水を引いた。これによ って学校トイレの数も大幅に増やすことができた。篠山ナマステ会はこの水道敷設を資金面 で支援した。然るに、2~3年ほど前からこの水道が使えないという深刻な事態が生まれて いたのである。 SSSや教員等学校関係者とも何回かの会議を持ったのだが、当初村で設置したという水 道運営の組織、メインテナンス等にかかる責任の所在、学校水道が使えなくなった原因等が どうもはっきりしない。水の問題は、子どもたちの健康管理上から言っても、学校運営の根 幹に関わる重大問題である。今回のツアーで、私たちは水源及びそこから学校までの1.5キ ロの通水施設(パイプライン)を踏査することにし、SSSにも事前にこのことを伝えていた。 7月31日、この踏査のパイロットはラム・サラン・バンダリ先生、他に、同行してくれ たのは元研修生パッサンさん、村人1人、勿論通訳のギリ氏も。私たちは山の中腹に細々と -2- 続く道なき小径を水源目指して歩いた。内径20ミリ程度のパイプラインはこの小径に添っ て埋設されている。途中でバンダリ先生は何カ所かのチェックポイント(パイプのジョイント 部分)で水が来ていることを確認しながら案内を続けてくれた。 1時間ほど歩くと水源に到達 した。水源はこの辺では数少な い残された森の中にあった。小 さな谷を高さ1㍍、幅2㍍ほど のコンクリートでせき止め、更 に両サイドも同様のコンクリー トで囲って水が溜まるようにな っており、コンクリート板で蓋 がしてあった。一緒に歩いた渡 辺氏が谷まで降りて子細に点検 をする。バンダリ先生は蟹が穴 パイプの通水を点検するラム・サラン・バンダリ先生 を開けるので漏水することがあ ると話す。雨季には水量があるが、乾季になると水を溜めることは容易ではなさそうである。 ただ、この森は水源として有望と見えて、別の組織による水源が学校の水源より少し下の方 に新たに造られようとしていた。 この水源の点検の後、再びパイプラインをたどって学校近くの貯水タンクまで戻った。バ ンダリ先生はタンクの蓋を取って中を見せてくれた。パイプからは水がしっかりと出ており、 タンク内は満水である。水源から貯水タンクまでは十分に通水していたのだ。昨年のガハテ 村での連絡会議以降の1年の間にメインテナンスが実施されていることも分かった。SSS はこの事実を把握できていたのだろうか? 何故学校まで水が来なかったのか? 理由ははっきりした。ガハテ村が学校の近くを通る 新しい道路を造った時、貯水タンクから学校までの間のパイプが切断されていたのである。 その現場も確認できた。 政府補助金がガハテ村におりたとき、村はその資金で村内に新たに道路をつくった。開発 には車の通れる道路が不可欠だ、との認識からだったと聞く。不思議である、パイプ切断の 責任は誰がとるのだろう? また、その道路は、道幅はあるのだがむき出しの地肌が雨水で 深く削られ、 現状では人が歩くのがやっとである。この道路の補修は誰がするのだろう? 二 次災害の心配はないか? そんなことも暑くて疲れぼんやりしている頭の中をよぎったのだ った。 探査から2日後、バンダリ先生がSSS事務所にきて、学校の職員(サブコタ校長、バンダ リ先生、校務員ヒララル・タマンさん)が切断されたパイプを補修した旨の報告を受けた。通 水チェックは未だできていないとのことだったが、私たちが帰国後サブコタ校長からメール が届き、通水したことの報告とともに、学校の水道蛇口から勢いよく出る水を子どもたちが 嬉しそうに飲んでいる写真が添えられていた。 この学校水道の問題はこの地域の諸課題を象徴している。 セティディビ小学校の運営も含めて、この地域にはここ数年の間に多くの課題が山積する -3- ようになった。 その背景にある大きな問題は共和国の根幹となる憲法が未だ制定されておらず、地方行政 の首長を選出する選挙もここ10年実施されていないということだ。以前からのしっかりし た自治組織があるところはよいのだが、それができていない地域ではその地域内のことであ っても自分に直接の関わりがない場合には関心も薄れ、最小の行政単位であるワード(ガハテ 村の場合、No.6)内の意向もうまくまとまらない、まとめられる力を持った責任者が不在な のである。 そして、地域行政が十分に機能しない分、必要な諸情報は村人たちが所属する政党の組織 からもたらされているという。現在のネパール国政上の政治色が地域社会にまで浸透しつつ あるようだ。 またこの地域では、これまで開発に関わってきたSSS、カトマンズにあるガハテ村出身 の若者グループ(Gahate-Kathumandu Tamang Sewa Samuha)や、協同組合組織も含めた元PH D研修生を中心とするグループ、セティディビ小学校教職員及び学校運営委員会等が地域の 発展を願って行政の隙間を埋める活動を続けているが、これらの諸組織間の意思疎通、連携 が十分にとれているとは言い難い。例えば、学校に水が来なくなっているのに2年余りにわ たって放置されていたこと、今回の水道施設点検にSSSの関係者が同行しなかったこと、 切断された水道パイプを補修したのが セ小教職員であったことなどはこのこ とを物語っていよう。 ネパールで外国人が支援・交流活動 をする場合、現地の責任ある組織との 連携なくして、ことは進まない。ガハ テ村でその力を持っている組織はSS Sである。本会は学校建設・運営、水 道敷設、奨学金、ツアーも含めた諸交 セティディビ小学校長 サブコタさんのご家族と 流、情報収集等は全てSSSと連携し ながら進めてきた。然るに、このSS Sがここ2~3年ガハテ村の諸課題の対応にやや及び腰となっているきらいがある。このよ うな姿勢変化の背景には諸々のことが関係していると思われるが、SSSに替わり得る組織 は現在も他にはないのだ。 学校水道にかかる問題への対応を通して、この地域における篠山ナマステ会の活動につい て、連携するカウンターパートと改めて双方の意思疎通をはかると共に、その活動の方法や 内容についてはしっかりとした情報収集に努めながら進めなければならない、との思いを強 くしている。 後になりましたが、初日のバサナで持たれたネパールNGOサグーン:カマル氏の講義に は参加の機会が得られ、ツアー参加の皆さまと共に、ネパールの現状やNGOの活動等につ いて多くを学ぶことができましたことに心からのお礼を申し上げます。 -4-
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