分離不安にあると思われる児童の遊戯療法過程

F 9‐01 教 育 相 談
分離不安にあると思われる児童の遊戯療法過程
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F 9− 01 教 育 相 談
自他を尊重する自己表現力の育成に関する一考察
倉敷市立倉敷東小学校 教諭
小 早 川 祐 子
研究の概要
本研究では,小学生を対象として,自分も相手も大切にした自己表現力(アサーティブな自己表現力)を育
成するために必要な3要素のうち,アサーティブな自己表現の仕方を身に付けることを目指した活動内容を考
えた。そして,小学校第5学年で実践した結果,児童が自分の自己表現に対する関心と理解を深め,アサーテ
ィブに自己表現をしていこうとする意欲を高めることができた。
キ ー ワ ー ド ア サ ー シ ョ ン , ア サ ー テ ィ ブ , 自 己 表 現 , 言 語 的 表 現 , ロ ー ル プ レ イ ン グ , 教 育 相 談
Ⅰ はじめに
今 ま で 担 任 し た 学 級 の 中 に は , う ま く 自 己 表 現 を
る。明
することができないために,望ましい人間関係を築
確であれば,相手に分かりやすく伝えることができ
くことができにくい児童がいた。そうした児童は,
ると考える。
自分の考えや気持ちを相手に分かるように表現でき
二 つ 目 は ,「 ア サ ー テ ィ ブ な 自 己 表 現 の 仕 方 を 身 に
なかったり,相手の気持ちを考えず一方的に表現し
付ける」ことである。伝え方によっては,自分や相
てしまったりしていることが多かった。
手を傷付けてしまう場合がある。アサーティブな自
そこで,自分も相手も大切にした自己表現の仕方を
己表現の仕方が身に付いていれば,自分も相手も気
体験的に学ぶ機会を設けることが必要ではないかと考
持ちのよい自己表現をすることができると考える。
え,本主題を設定した。
三 つ 目 は ,「 自 己 肯 定 感 を 高 め る 」 こ と で あ る 。 自
己 を 肯 定 的 に と ら え ,「 自 分 の 伝 え た い こ と は 伝 え て
いいんだ」という自信があれば,自分に素直に自己
Ⅱ 研究の目的
アサーティブな自己表現の仕方を身に付けるための
表現をすることができると考える。
以上,三つの要素を高めることが必要だと考えて
活動内容を考え,その効果を探る。
いるが,本研究では,二つ目の「アサーティブな自
己表現の仕方を身に付ける」ことを目指した。それ
Ⅲ 研究の内容
1 研究の基本的な考え方と活動計画
は,社会環境や家庭環境等の変化から,児童がより
(1) ア サ ー テ ィ ブ な 自 己 表 現 力
よい自己表現の仕方を学ぶ機会が少なくなっており,
日本にアサーション・トレーニングを取り入れ
で
あ
た 平 木 (1993) は ,「 ア サ ー テ ィ ブ と は , 自 分 も 相 手
1 考えや気持ちを明確にする
アサーティブな自己表現力
も大切にした自己表現」と述べている。私は,こ
の 考 え 方 を 参 考 に ,「 自 分 の 考 え や 気 持 ち を 素 直 に
しかも相手のことも考えて表現する力」をアサー
ティブな自己表現力と考えた。アサーティブな自
己 表 現 に は ,言 語 的 表 現 と 非 言 語 的 表 現 が あ る が ,
本研究では,言語的表現について研究を進めた。
(2) ア サ ー テ ィ ブ な 自 己 表 現 力 の 育 成 に 必 要 な 要 素
アサーティブな自己表現力を育成するには,三つ
の 要 素 が 必 要 だ と 考 え た ( 図 1 )。
2 アサーティブな自己表現の仕
方を身に付ける
ステップⅠ
3とおりの表現の仕方を知り,アサ
ーティブな自己表現のよさに気付く
ステップⅡ
アサーティブな自己表現の仕方が分
かり,表現意欲を高める
一 つ 目 は ,「 考 え や 気 持 ち を 明 確 に す る 」 こ と で
3 自己肯定感を高める
ある。自己表現をするためには,相手に伝えたい
自分の考えや気持ちが明確であることが必要であ
図1 アサーティブな自己表現力の育成に必要な要素
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−移行対象に視点を当てて−
阿哲郡神郷町立高瀬小学校 教諭
門 原 真 佐 子
研究の概要
本事例研究は,分離不安にあると思われる児童に対する遊戯療法過程を検討し,移行対象の変化と,対象児童
が母親から自立していく過程を探ったものである。考察では,ウィニコットの理論に基づいて,移行対象の役割
や意味するものを明らかにしていった。それにより,対象児童は,移行対象のぬいぐるみを使用しながら,乳幼
児期の再体験をしていたことが示唆された。
キ ー ワ ー ド 分 離 不 安 , 遊 戯 療 法 , 移 行 対 象 , ウ ィ ニ コ ッ ト , holding, 教 育 相 談
Ⅰ はじめに
最 近 ,「 子 ど も の 気 持 ち が 分 か ら な い 」 と い う 声 が
Ⅳ 事例の概要
聞 か れ る よ う に な っ た 。 私 は ,「 子 ど も の 気 持 ち が 分
以 下 に , 30 回 の 遊 戯 療 法 過 程 を 提 示 す る 。 な お ,
かる」ためには,子どもの内的世界に起こっている心
提示した事例はプライバシーに配慮し,本質を損なわ
の動きやその流れを理解することが大切だと考える。
ない程度に改変してある。
遊戯療法を進めるとき,子どもと援助者がつくり出
1 主 訴
していく世界をどう理解するかによって,援助の仕方
家 で は 明 る く 元 気 だ が , 学 校 に な じ め な い 。( 母
も 変 わ っ て く る と 思 わ れ る 。岡 山 県 教 育 セ ン タ ー で は ,
親
アクスラインの8原則に基づいた技法と援助者の在り
からの訴え)
方に関する研究が重ねられてきた。しかし,遊びや移
2 対象児童
行対象がもつ象徴的な意味を考え,子どもの自立の過
小 学 校 3 年 生 女 児 A 子 ( 以 下 「 A 子 」 と い う 。)
程を検討した研究は報告されていない。
3 家族構成
私は,児童へのかかわり方や技法はスーパーヴィジ
祖母 父親 母親 A子 弟(小1 不登校)
ョン(心理療法の専門家による継続的指導)により研
4 来談経緯
さんを積みながら,本研究では,分離不安にあると思
第2学年のとき,担任の紹介で岡山県教育センタ
われる児童の遊戯療法過程を通して,子どもの内的世
ーに来所する。A子と弟にはそれぞれ遊戯療法を
界に起こっている心の動きを探っていきたいと考えた。
実施し,並行して相談員が母親面接を行う。前任
なお,移行対象とは,ある時期の幼児が,肌身離さ
者の異動に伴い,第3学年4月より 1 年契約で引
ず持ち歩いている毛布,ぬいぐるみなどのことで,こ
き継ぐ。
れらは,情緒発達において母親からの自立を示す,重
5 生育歴
要な役割をもっている。
A 子 の 母 親 自 身 ,「 母 親 ( A 子 の 祖 母 ) か ら か ま
ってもらえず,母親の愛情をあまり感じることが
Ⅱ 研究の目的
なかった」と言う。その体験から母親は,A子を
遊戯療法過程を通して,移行対象の役割や意味を明
大 事 に 育 て よ う と 考 え て い た が ,「 祖 母 が A 子 を 甘
らかにし,分離不安にあると思われる児童が母親から
やかすのでいらいらして,A子を抱くことができ
自立していく過程を探る。
ず,いつも冷たい態度で接してきた」と言う。A
子は幼稚園入園時より,母親から離れることがで
Ⅲ 研究の方法
きず2か月で退園する。小学校入学当初から登校
私が行った遊戯療法の事例を研究素材とする。ウィ
を渋り,第1学年の後半からは登校していない。
ニコットの理論に基づき,移行対象の変化に視点を当
第3学年になっても母親から離れられない。
て て ,対 象 児 童 が 母 親 か ら 自 立 し て い く 過 程 を 検 討 ・
6 事例の理解と方針
考察する。
母親は,祖母から自分が得られなかった愛情を受
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しっと
け る A 子 に 対 し て , 姉 妹 の 関 係 に 起 こ る 嫉妬に 似
て,自作の絵本をTに読ませ,一人でパソコンをする。そばに 行
た感情を抱き,A子を見離そうとする心の動きが
って話し掛けると「そうじゃない。違う」と強い 口 調 で 怒る。何か
あったと思われる。そのため,A子の心には,母
に怒っている感じがする。
親に見捨てられるのではないかという不安があり,
母親から離れることができないと考えられる。ま
#5 A子は,遊具を探し回る。そして,好きなぬいぐるみを取り
出し,一番気に入った犬のぬいぐるみを選び「くんちゃん」と名
付ける。そして,ベッドにするために,トランポリンをTに準備させ
た,母親は「弟には愛情を感じ,弟は抱くことが
る。A子は「くんちゃん,いつも来たときは抱っこしてあげよう」と
できた」と言う。A子は,弟に母親を取られてし
話し掛け,丸いトランポリンの 外 枠 に 入 れ る。退出する直前,
「く
かっとう
ま う の で は な い か と い う 不 安( 兄 弟 葛 藤 )も 感 じ ,
んちゃんしまうとき,そこ(プレイルームの入り口)に置い といて」と
分離不安傾向になり不登校の状態になっていると
言って出て行く。
新学期になり,担任とのつながりが少ないので,母親もA子も
考えられる。
こうした理解に基づいて,主に①A子が安全感を
得られるよう信頼関係を築く,②A子の不安から起
不 安 が 大きい。A子は「学校へ行きたくない」と言い,母親はそ
れに腹が立ち,A子をひどくしかった。
#6 入室するなり,入り口のくんちゃんを見つけ「あっ」とうれし
こる確認行動や攻撃性をありのままに受容する,と
そうに叫ぶ。プールに 行き,A子は流れる水にこわごわと足をつ
いう二つの援助方針を立てた。
け「冷たあい。水が散るのが嫌だ」と言って足を蛇口に近づけた
り離したりする。A子が水遊びに挑戦しているように感じる。
Ⅴ 事 例 の 経 過
#7 まず,入り口のくんちゃんを見つける。それから,プールに
遊戯療法は,ほぼ週 1 回 50 分 の ペ ースで行った。使用する
行く。プールに浮かんだごみを取っていたTを見ながら,少しず
部 屋 は,第1・第2プレイルームをA子と弟が話し合って決めた。
つ 両 膝 ま で 入 れ る。Tに水着を持って来るように念を押す。本
事 例 の 経 過 は,A 子 の 自 立 の 過 程 に 伴 い,大きく 四 つ の 時 期
格 的 に 水 遊 びをする気になっていると感じる。
に分けた。以下,私をTという。Tの言葉を〈〉
,A子の言葉を「」
,
#8 入り口のくんちゃんを 見 付 け,トランポリンの 枠 に 入 れる。
母 親 面 接 からの 情 報 を 点 線 枠 で,回数を #で 表 す。
プールに行き,A子はゆっくりと両足をつけて,
「入れたあ」とうれ
第1期 基本的安全感を確認する時期
しそうに言う。帰る時
「今 度 絶 対 水 着よ。忘れんなよ」と厳しく言
《#1∼#10:X年4月∼X年6月》
う。Tは
〈 大丈夫,忘れないから〉という気持ちでうなずく。
#1 自 己 紹 介 が 終 わり,プレイルームに向かうが,母親のそば
#9 新しい水 着 を 着 て 来 所 す る。くんちゃんを探して木 馬 の
を離れようとしない。Tが〈今日は何をして遊ぼうか?〉と声掛け
上 に 置く。プールに行き,Tに「まねするんよ」と言って水の中に
をすると,自分から 部 屋 に 入り遊具を選ぶ。パソコンをしていた
少しずつ体を沈めていく。今度は「飛び込んで」と命令する。T
A子が, 一 画 面 が 終 了 すると 突 然「 今 度 は 海 が 見 え るよ。でも
は ,A 子 の 突 然 の 要 求 に 驚くが,A子の顔を見ると,その表 情 に
まだ行ったことがない」と言う。Tは,まだ見たことのない海へA
は「飛び込んでほしい」という気持ちが感じられ,Tは足から飛
子と共に行ってみたくなり,
〈A子ちゃん行ってみようか〉と誘うと
び 込 む。すると,A子も続けて 飛 び 込 ん で 来る。そして,二人で
こた
「うん」と応える。A子がキーを一生 懸 命 に 探して押す。難しいと
また少しずつ 入っていく。突然A子が「あんた,もっと入って」と
ころは「お姉さん」と言ってTにさせ,ついにゴール す る。
「お姉さ
命 令 する。Tは,A子に試されていると感じながら,少しずつ 入
んとこんなに 仲 良くなれると思ってなかった」とはきはき言う。
〈お
っていく。
〈この辺?〉と聞くと笑って「まだ」と言う。もう少し入って
姉さんも仲 良くなれてうれしい〉と応える。手紙を交換する。
「この辺?」と聞くと「まだ」と言う。どんどん入っていく。首の辺り
おねえさんへ いっしゅうかんくらいまえからきょういくセンター
まで沈んだとき,A子は「もう,いい」ときっぱりと言う。
のおねえさんどんなひとになるのかな?っておもってたんだけど,
# 10 Tのそばにべったり近付いて遊ぶ。かっこうの鳴き声を 聞
きょうはあさからドキドキでした。はやくいきたくて,はやくいってこ
くと「かっこうは,赤ちゃんのとき自分の親に育ててもらわなかっ
このちかくの公園であそんでからいきました。
た。それ に 他 の 卵 を 落としたからかわいそう」と言う。そして,赤
#2 A子は,猫についての自 作 の 絵 本 を 持 ち 込 み ,Tに「早く
ちゃんのとき,母親が目をつり上げてA子を殴っていたと話をす
読んで」と命令する。TがA子に話し掛けるとまた,
「早く読んで」
る。A子の心の 傷の 深さを感じながら聞く。
と命令し,Tに読ませる。A子は,#1の後『ちょうのフワリの冒険』
第2期 自 分 に 自 信 をもつ 時 期
(蝶が 誕 生して花 畑 を 冒 険し, 最 後 に 友 達 の 蝶と出会えたとい
《#11∼# 16:X年 7 月∼X年 10 月》
う内容)という絵本を作りTに読ませる。手紙を交換する。
# 11 A子は,小さくてかわいい動 物 の いる『かわい い 世 界』と
おねえさんへ おねえさんとずっとあそびたいな♥ず っといっし
動
ょがいいな♥っていっつもおもったよ!
物たちが戦ったり殺し合ったりする『怖い 世 界』の二つの 箱庭を
#3 A子は自 分 の 名 前 を 書き,その 意 味 を 説 明 す る。次にT
作る。A子とTは双子の人形を使って ,二 つ の 世 界 に 遊 び に 行
の名前を書いてその意味を聞く。そして,お互いの名前を丸で
く。A子は「ここは,何 万 円もするところです。入り口を作りましょ
囲 み,線で結んで「はい,つながった」と言う。
う」と言って,入り口と二つの世 界をつなぐ橋を架ける。その後,
#4 A子は「これ」と遊具を指差して,全部Tに持たせる。そし
A子が住むための家をおもちゃ棚から探し始める。なかなか 見
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付 からないので,Tは心配しながら見守る。建物を全部出して
りする。Tが勝つと悔しそうな顔をして,何度も対戦する。
探 す が,A 子がぴったり入れる家は見付からなかった。
母親は,宗 教 を 通していろいろな人とかかわることに生きがい
# 12 プールに行き,Tに「水を掛けてあげる。もっと低くなって」
を感じている。A子は,
「学校の先 生 に 放 課 後 会 い た い」と登校
と命令する。
「今度は頭。低くなって。まだまだ」と言って,Tをプ
の意欲を見せた。しかし,母親はA子の不登校を受け入れてせ
ールに入れようとする。Tに少しだけ水を掛けて終わる。
っかく自分の気持ちが安定したのに,A子が登 校 す ることでま
# 13 一 学 期 最 後 の プレイ。Tが 両 手 一 杯 に 遊 具 を 抱 え て い
た 不 安 定 に なるのを恐れ, 積 極 的 に 手 助 けしようと思わない。
ると,部 屋 の 入り口を開けてくれる。爪にはるシールを持ってき
# 19 予定より遅れて来所。弟が部屋を決めかね,プレイが始
て,それをA子とTの 親 指 の 爪 に はる。ぬれた指をふくためのハ
まらない。弟が母親から離れないのでA子も離れられなくなる。
ンカチをTに貸してくれる。思いやりのあるA子を感じる。突然A
母 親 に 甘 える弟と,それを気 遣う母親を見てA子はますますい
子が,
「9月まで待てない。また来たい」と夏休みになる不安を訴
らいらし,弟をけり始める。Tは〈A子ちゃん,B君(弟)に決めて
える。Tが 説 明 すると納 得し,時間が迫っていたので,あわてて
もらえんと遊べんよな〉とA子の気持ちを援護した応答に心掛け
折り紙でパックンを作り, 相 談 し て 机 の 中 の 一 番 奥 に 隠 す。
(夏
る。A子が「いいかげんにしろ」と弟を激しくけり始める。
〈B君,ど
休 み)
うする?A子ちゃん遊べないって〉と声を掛けても 弟 は 無 言。A
# 14 1か月ぶりにA子と会う。隠していたパックンを確かめ「あ
子が「お母さんどいて,こんなん甘えとるわ!」
「お母さんいつもじゃ
っ,あった」とうれしそうにする。キーボードで『かえるの歌』をTと
ったら,怒っとるじゃろ。頭から角が生えとるのに」
「やっぱりお母
初 め て 連 弾し,A子が満足するまで何度も弾く。
さんはB君の方がかわいいんじゃわ。B君のこと怒らんもん」と怒
この 夏 休 み はA子も弟も戸外で友達と元気よく遊び,母親も
りを爆発させる。もう一度Tがプレイルームへ誘うと,中に入って
のんびりと過ごした。このころ母親はある 宗 教 団 体 に 入 信 する。
きてかぎを掛けてしまう。
〈いらいらして腹が立ったね〉と言うと,A
# 15 くんちゃんを見つけ,
「ここにいろ」と命令してトランポリンの
子は穏やかな顔になる。それからA子は棚にあるレジスターを選
枠 に 入 れる。Tにも手伝わせ,A子がかわいいと思うぬいぐるみ
び,五百円玉を出したり入れたりして中の仕組みを調べる。
だけを選んで枠に入れ,トランポリンを囲んでしまう。
# 16 トランポリンを広げ,
「どんどん入れていこう。でも,かわいい
母親は,A子の言ったことは頭では分かっているが,弟の方を
のだけよ」と言う。まず,くんちゃんを 選 ん で 枠 に 入 れ る。Tにも
かばってしまう。どうしようもない。
手 伝 わ せ,かわいいと思うぬいぐるみを選んでどんどん枠に入
# 20 すんなり遊びに入る。持ち込んだおもちゃを出し,Tに仕
れてトランポリンを囲んでしまう。Tに 一 番 か わ い い ぬ いぐるみ
組 みを教える。A子はTの顔のすぐ近くで話をする。甘えてくる
(犬)を選ばせ,マッキーと名 付 け,A子が気に入ったぬいぐる
A子を感じながら聞く。
み(アライグマ)にはラリーと名付ける。そして,かわいいものに 囲
# 21 はさみがないので,TはA子に断って取りに 行 く。A子は
まれたトランポリンの中にごろん
ラリーとマッキーを探し出す。
「ラリーという名前を使ったから,ラ
と寝 転 ぶ。A 子 はラリーを 抱 い
ディーにしよう」と言って 名 前 を 変 える。今度はテープが要ると
て,自分の思うようにラリーの手
言うので,Tは部 屋 から取りに 出る。折り紙を要求するが,ない
足をくっ付け,Tに「ほら見て」と
ので取ってくる。折り紙をはった絵 本 やラディーが遊ぶ池を作る。
言って, 無 邪 気 に 遊 ぶ。そして
「今日からラリーをかわいがろう。
くんちゃん,バイバイ」と言って
別 れを告げる。
第4期 holdingを 確 認 す る 時 期
《#22∼# 30:X年 10 月 ∼X+1 年 2 月》
トランポリンを囲むぬいぐるみたち
中央左がラリー,右がマッキー(再現)
# 22 メロディーが流れる絵 本 が 気 に 入り,曲に合わせてラディ
母親は,二学期になり,3人で過ごすことが多く,いらいらする。
ーとマッキーで 遊 ぶ。
『どんぐりころころ』の曲に 合 わ せ て,ラディ
A子が弟に対して冷たい態度をとるので,母親が理由を聞くと,
ーが転がって池に落ちる。A子が「どじょうになって」というので,
「お母さんもA子に 同じようにしている」と抗議する。A子の気 持
マッキーは急いで助けに行く。助けた後,ラディーはマッキーの
ちは分かっているが,つい言ってしまう。母親は,宗教のおかげ
背 中 に 乗って一 緒 に 遊 ぶ。
で心が落ち着き,A子の不登校を認められるようになってきた。
# 23 遅れて来所する。ラディーとマッキーでハンバーガーをむ
第3期 内 面 が 充 実 し, 自 立 を 始 め る 時 期
しゃむしゃ食べた後,
「カラオケダンス」に行く。
『どんぐりころころ』
《#17∼# 21:X年 9 月∼X年 10 月》
でラディーは 何 度も池にはまり,マッキーはその度に助ける。お
# 17 ラリーを抱きながら,飼っている猫たち(二匹とも捨て猫)
もちゃを 一 緒 に 買 い に 行き,A子はその中の電話を取って,親
がじゃれてなめ合ったりおっぱいを飲んだりする話をしていたA
友 に 遊 び の 誘 いをするが,
「遠いので行けない」と断られる。手 紙
子が,突然ラリーを床に弾ませるように投げ付ける。しばらくする
を交換する。内容は,ラディーのプロフィール。
「友達はマッキー」
,
と,また抱いてTにラリーを見せる。今度はラリーのための家を 作
表に「かどはらマッキーへ」と書いてある。
る。積み木を全部並べ,玄関,遊ぶ部屋,休む部屋を作る。
弟は行かないと言ったが,A子が希望したので来所した。母
# 18 輪 投 げ を 始 める。A子は輪を手早く同じ数に分けたこと
親 は, 宗 教 へ 強く心が傾き,それが心の救いだと考えている。
を「速いじゃろう」と得意げに言う。
「天使の輪攻撃」と言って輪を
母親から連絡があり, 母 親 が 体 調 不 良 の た め 来 談 できない。
投 げ たり,Tに 高 い 声 や 低 い 声 で ジャンケンするように言ったり
次 回 は,子どもが希望したときに 電 話 で 連 絡 する。
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約 1 か 月 後,相 談 員 が 連 絡 する。母親も,
「A子が来 所 を 希
ながりを実感し,私を援助者として信頼できる人だ
望したので,ちょうど連絡しようと思っていた」と言う。
と認めた結果と思われた。また,#4では,今まで
# 24 ラディーとマッキーを連れて遊ぶ。
『どんぐりころころ』でラデ
にない怒りの口調を私にぶつけることで,私がA子
ィーはやはり転がり,Tは助けに行く。折り紙で猫を折って,相
だれ
談して 誰 にも見付けられないようにと,机の後ろに隠す。
# 25 隠していた折り紙を確認する。A子とTはラディーとマッキ
の怒りの感情を受け入れる存在であるということを
確認したと思われた。つまり,プレイルームと私が
ーのための 布 団 を 作り,二 人 で 眠る。A子はマッキー のために
holding す る 「 場 」 と 「 人 」 で あ り 得 る こ と を 確 認 し
朝 食 を 作る。 二 人 で 食 べ た 後, 遊 び に 出 掛 ける。終 了 時 刻 に
たのだろう。
なると,A子は作ったものを「秘密よ」と言って棚の後ろに隠す。
ウ ィ ニ コ ッ ト ( 1960 ) は ,「 幼 児 は 最 初 母 親 に 全 て
# 26 隠していた 布 団 や お 皿 などを確 認 する。A子が「今日は
を 依 存 し , そ の と き 適 切 な holding( 抱 え る こ と ) と
特 別 な 日。ラディーとマッキーでクリスマス会をしよう」と提案する。
部 屋 を 飾り,折り紙でツリーや 三 角 帽 を 作る。ラディーとマッキ
ーは踊りながら『きらきら星』を歌う。
「これ,全部隠しておいて。今
いう環境がなければ情緒の発達は達成されない」と
ゆだ
述べている。温かな家庭という「場」と,すべてを 委
ねても抱えてくれる母親という「人」により,子ど
度 は 新 年 の お 祝 い 会よ」と言って出ていく。 (冬休み)
# 27 入 室 するなり,隠していたもの 確 認 する。新 年 の お 祝 い
つる
もは基本的安全感を獲得し,情緒が発達していくの
会だからと,Tに鶴 をいくつも折らせる。
「いつまで,遊べる?」とT
である。
との別れの日について聞く。鶴を部屋に飾り,鶴で飾ったトラン
こ の と き , holding さ れ る 「 場 」 と 「 人 」 を 得 た A 子
ポリンの 中 へ 寝 転 ぶ。ラディーは,
『どんぐりころころ』で転がり,マ
は,母親との関係において十分得られなかった基本
ッキーは助けて一緒に遊ぶ。作ったものを隠すように言う。
# 28 隠したものを 確 認 する。段を利用して,それぞれの部屋
を作った後,お 風 呂 を 作り,ラディーとマッキーで 一 緒 に 入る。
的安全感を獲得し直す過程を歩み始めたと考えられ
た。
ラディーは, お 風 呂 の 中 でも転がって逆さまになり,マッキーは
そ の 後 ( # 6 ∼ # 9 ), A 子 は , く ん ち ゃ ん の 存 在
助 け 上 げる。退室するとき,作ったものを隠すように言う。
を確かめた後,水に入るプレイに挑戦した。このプ
# 29 隠したものを 確 認 する。積み木で部屋を半分に仕切りラ
レイには,二つの意味があると考えられる。
ディーとマッキーの部屋を作る。トイレを作る。作ったものを隠す
一つめは,A子の攻撃感情である。A子は私に命
ように言って退室する。
令口調で水に入らせ,自分の思い通りに私を動かそ
#30 隠したものを確認する。くんちゃんを探し,すっぽり入る布
団を作る。
「私たちの家を作ろう」と言って,今まで作 ったものをプ
レイルームに置き,台所を作る。
「後少しででき上がる」と言う。作
うとした。私は,A子の激しい口調やプールに沈め
ようとする行動に攻撃感情を感じ,その攻撃感情は
次第に強く表現されているように思われた。A子の
ったものを隠すように言って退室する。
この攻撃感情の表出は,私が信頼できる「人」であ
Ⅵ 考 察
るという初期の確認段階を経て,これから自立して
子 ど も は 「holding さ れ る 環 境 」 を 土 台 と し て , 移 行
対象を使用しながら母親からの自立を図っていく。A
子が母親から自立していく過程とA子が使用した移行
対象の役割や意味とを各期ごとに考察していく。
いこうとする自分を私がしっかりと支えてくれるか
どうかをさらに確認しているのだと思われた。それ
だけA子の不安は強く,基本的安全感の獲得が十分
なされていないのであろう。
第 1 期 基 本 的 安 全 感 を 確 認 す る 時 期( # 1 ∼# 1 0 )
二つめは,プールに入るという現象がもつ象徴的な
−A子を見守るくんちゃん−
意味である。A子が怖々と水に入っていく様子から,
遊戯療法を開始して間もなく,A子は「まだ行っ
た こ と が な い 」「 早 く 読 ん で 」 と 言 い , 私 の 反 応 を 確
か め た 。 こ れ は ,「 ど ん な ひ と に な る の か な ? 」 と 手
紙にも書いているように援助者が変わったことによ
る不安な気持ちの表れだと思われた。また,手紙に
「ずっといっしょがいい」と書き,私への強い依存
欲求を表現した。私は,A子の不安や依存欲求に巻
き込まれそうになる自分を感じながら,有りのまま
のA子を受容するように心掛けた。#3で,A子が
「はい,つながった」と言ったのは,私との心のつ
水に対して恐怖心をもっており,プールに入ることは
A子にとっての「挑戦」と感じられた。遊戯療法にお
いて子どもが水に入ることには,乳幼児期の母子関係
に関連した象徴的な意味があるという。プールに入る
こ と に つ い て ウ ィ ニ コ ッ ト ( 1962 ) は ,「 母 親 が 幼 児
もくよく
に 沐浴 を さ せ る 世 話 と 結 び 付 い た も の で あ る 」 と 述
べている。したがって,このときの私は,A子の沐浴
の世話をする母親の役割をしていたと考えられる。そ
して,A子はプレイに入る前,必ず入り口のくんちゃ
んを確認したことから,A子はくんちゃんから自信を
−140−
もらい,くんちゃんに見守られながらプールへ入るこ
る子どもを思わせた。つまり,A子はくんちゃんやか
とに挑戦していったように思われた。
わ い い ぬ い ぐ る み に 囲 ま れ て holding さ れ る 体 験 を し
こ の 期 の く ん ち ゃ ん は ,A 子 が holding さ れ る「 場 」
たのであろう。そして,まるで母親から自立するよう
と「人」を得た象徴として登場したのであろう。A子
に,かわいがっていたくんちゃんに「バイバイ」と言
がくんちゃんをプレイルーム全体を見渡せる場所に置
っ て 別 れ を 告 げ た の は , holding に よ っ て 肯 定 的 な 自
いたのは,ここが自分の情緒の発達を促す場であり続
己を採り入れ,自信を得たからだろうと思われる。
け て ほ し い と い う ,無 意 識 の 願 い の 表 れ と も 思 わ れ た 。
ま た ,# 16 で A 子 は ,私 に ぬ い ぐ る み を 選 ば せ ,
「マ
さらに,水に挑戦するプレイ以後は,くんちゃんはA
ッキー」と名前を付けた。これは,マッキーと遊ぶこ
子が水を克服する過程を見守る母親の役割として存在
とで私とのかかわりを間接的にし,私からの自立を図
したと考えられる。
ろうとしているのだろうと思われた。
第 2 期 自 分 に 自 信 を も つ 時 期( # 1 1 ∼# 1 6 )
この期のくんちゃんは,A子に自信を与える母親の
−A子に自信を与える母親くんちゃん−
役割をした。そして,A子が新しい移行対象をラリー
この期の三つの象徴的なプレイを考察する。
にし,私にマッキーを与えたことは,A子が自立の方
一つめは,A子が箱庭で『かわいい世界』と『怖い
向へ歩みを進めることをうかがわせた。
世 界 』 を 作 り , 橋 で つ な い だ こ と で あ る 。『 か わ い い
第 3 期 内 面 が 充 実 し ,自 立 を 始 め る 時 期( # 1 7 ∼# 2 1 )
世界』とは,楽しいこと・愉快なことなどA子が受け
−A子の依存と攻撃を受け入れるラリー−
入 れ る こ と が で き る 肯 定 的 な こ と の 象 徴 で あ り ,『 怖
この期のA子は二つのプレイを通して,さらに内面
い世界』とは,母親から見捨てられそうになる不安・
を充実させていったと思われた。
学校への不安など受け入れにくい否定的なことの象徴
一つめは,ラリーのための家作りのプレイである。
であると思われる。
飼い猫の話をしていたA子は,突然抱いていたラリー
子どもは,発達過程において,不快や不安など否定
を床に投げ付けた。捨てられていた猫たちが仲良くす
的なものを排除して,快や安心など肯定的なもののみ
る姿に,自分の母子関係を重ね合わせたのだろう。愛
を採り入れる時期があり,やがて,否定的なものも肯
情で結ばれた猫たちに比べ,母親に自分の気持ちを十
定的なものもどちらも採り入れる時期がくるという。
分受け入れてもらえないA子はその怒りをラリーに向
A子が『かわいい世界』と『怖い世界』を橋でつな
けたと思われる。そうかと思うと,またラリーを抱い
いだことは,肯定的なものと否定的なものとをつない
てかわいがり甘えている。こうして,A子はラリーに
で一つの世界として受け入れようとしたことの表れだ
依存と攻撃を表出していった。A子はそのラリーのた
と考えられる。
めに家を作り,部屋を仕切った。これは家というA子
二つめは,夏休みをはさんで, A子と私とで作っ
の内面に,いろいろな感情を受け入れるスペースを作
たものを隠し,それを確認するというプレイをしたこ
っ て ,内 面 を 豊 か に し て い っ た も の と 思 わ れ た 。ま た ,
と で あ る 。 こ の プ レ イ に は , holding さ れ た 「 場 」 と
ラ リ ー と 自 分 が 住 む 家 を 創 造 し た こ と で , # 11 で 見
「人」が連続してるということを確認する意味があっ
付けられなかった家=安心できる場を得たのであろう
たと考えられる。つまり,夏休み前にA子が「また来
と思われた。
た い 」 と 言 っ た の は , 40 日 間 プ レ イ で き な い こ と で
二 つ め は ,輪 投 げ の プ レ イ で あ る 。こ れ ま で A 子 は ,
自 分 が holding さ れ る 「 場 」 や 「 人 」 が な く な っ て し
私に支える・見守るという母親的な役割をとらせてき
まうのではないかという不安を感じたからであろう。
た が , # 18 で は , 私 と 友 達 の よ う に 対 等 な 関 係 で 遊
ウ ィ ニ コ ッ ト ( 1960 ) は 「 holding が 連 続 さ れ る こ と
んだ。このことから,A子は「お母さんがいなくても
により,子どもはこの世に存在してよいという安心感
大 丈 夫 」「 自 分 で 考 え て 遊 べ る 」 と い う 自 信 を も ち つ
を 得 る 」と 述 べ て い る 。A 子 は こ う し て ,「 場 」と「 人 」
つあるように思われた。
の 連 続 性 を 確 認 し ,安 心 感 を 得 よ う と し た と 思 わ れ た 。
こうして,内面が充実していったA子は,現実場面
三 つ め は ,# 15 ・ 16 で ,A 子 が く ん ち ゃ ん を 始 め ,
でも「学校の先生に会いたい」と母親に話した。この
たくさんのかわいいぬいぐるみでトランポリンを囲み,
こ と は , # 11 で ,『 か わ い い 世 界 』 と 『 怖 い 世 界 』 を
その中に寝転んだことである。トランポリンのベッド
つないだことと深く関連しており,A子の母親からの
の中で無邪気に遊ぶ姿は,母親の愛情を受けて抱かれ
自立が促進されたことの表れでもあると思われた。
−141−
一般に母親から自立しようとするとき,子どもは楽
ず隠して,それを確認してからプレイに入るという行
しさと同時に不安も感じるようになる。その不安を解
動 を 繰 り 返 し た 。 こ の こ と は , A 子 が holding さ れ る
消するために,母親に再び依存するが,以前のように
「場」が連続していることを確認するためだと思われ
一体感をもって過ごせないために,母親との間に葛藤
た。そして,毎回ラディーとマッキーを選んでプレイ
が生じてくる。したがって,この時期の母親は,子ど
した。ラディーとマッキーは,一緒に眠り,一緒に食
もに対して十分に励ましたり援助したりする一貫性の
事 を し , 特 別 な 時 を 過 ご し た ( # 25 ・ 26)。 こ れ は ,
あるかかわりが必要となる。
A子の「お母さん,私と一緒にいて」という願いを象
しかし,このころA子の母親は,宗教へと心が傾い
徴する遊びであると思われた。こうしてA子はプレイ
ていた。さらに,母親は学校に関心を示し始めたA子
の中で,母親役の私と共に休養と栄養をとっていき,
に対して援助をしなかったため,結局A子の願いはか
再び自立に向かうための心のエネルギーを補給してい
なえられなかった。自分に関心を向けてくれない母親
ったと思われる。
に直面し,今まで築いてきたA子の自信は揺らぎ,ま
新年になりA子は折り鶴で飾ったトランポリンのベ
すます不安を感じるようになったと考えられる。そし
ッ ド に 寝 転 ん だ 。こ れ は ,holding さ れ る「 場 」と「 人 」
て , # 19 で 弟 ば か り を か わ い が る 母 親 の 言 動 が 引 き
がいつまでも続くようにというA子の祈りの表れとも
金になり,ラリーに向けていた攻撃性は,直接母親に
思われた。また,私とA子の部屋の仕切りを次第には
表 出 さ れ た 。 そ し て ,「 本 当 に 私 の こ と を 思 っ て く れ
っきりとさせてきたことから,私からの自立を徐々に
ているのかしら?」と母親の愛情を調べて確かめたい
図っているように思われた。そして,今まで使用した
という気持ちが,仕組みを調べる遊びになって表れた
ぬいぐるみとA子と私が住める家作りをして,プレイ
と考えられた。また,私にプレイルームにないものば
の終結へと向かって準備を進めていると考えられた。
かりを要求したことも,母親の愛情を求める気持ちの
この期は,母親の来談意欲の低下やキャンセルによ
表れだと思われた。
り,A子が母親から自立していこうとする流れを変え
この期のラリーは,A子の依存と攻撃を直接受け入
る 働 き が 起 き た 。こ こ で の ラ デ ィ ー は A 子 自 身 で あ り ,
れる身近な母親としての役割を担い,A子の内面は充
マ ッ キ ー は , # 23 で A 子 が 言 う よ う に ,「 と も だ ち 」
実していった。しかし,A子の思いとは掛け離れた言
としてA子を助けていたが,キャンセル後からは,A
動をとる母親に,A子の不安が再びかき立てられてし
子を助ける母親の役割を担っていたと思われる。そし
まい,より一層愛情のある母親を求めてラリーからラ
て , A 子 は holding を 確 認 し な が ら , 再 び 自 立 に 向 け
ディーへと改名したのだと思われる。
ての歩みを進めていると考えられる。
第 4 期 h o l d i n g を 確 認 す る 時 期( # 2 2 ∼ # 3 0 )
−A 子 の 危 機 を 乗 り 越 え る た め の ラ デ ィ ー と マ ッ キ ー−
Ⅶ おわりに
このころ母親も弟も来談意欲が低下し,A子は基本
A子は,遊戯療法を通して,乳幼児期に不十分だっ
的 安 全 感 を 得 て い た holding の 「 場 」 と 「 人 」 を 失 う
た基本的安全感の獲得や肯定的な自己の採り入れを再
のではないかという危機的な状況におかれた。それに
体 験 し ,母 親 か ら の 自 立 を 図 っ て い っ た 。そ の 過 程 は ,
よりA子は,強い不安に駆られ,何度も基本的安全感
移行対象であるぬいぐるみを使い分けたことや,プー
の確認をするようになった。
ル・トランポリンなどの遊びの中に象徴的に表れてい
そ れ は ,『 ど ん ぐ り こ ろ こ ろ 』 で , こ ろ こ ろ と 落 ち
た。
ていくラディーが,マッキーに助けられるというプレ
学校教育の日常においても,子どもの遊びや持ち物
イに象徴された。助けられたラディーは安心してマッ
には,子どもが語るメッセージや世界があり,その象
キ ー の 背 中 で 遊 ん だ 。 こ の こ と か ら , A 子 は holding
徴的な意味を考えることで,より「子どもの気持ちが
す る「 人 」の 存 在 を 確 認 し よ う と し た の だ と 思 わ れ た 。
分かる」であろう。そして,そのためには援助者(教
また,キャンセルの後,A子は私と作ったものを必
師)の感受性をさらに磨くことが必要だと思われた。
○主な引用・参考文献
1) D.W. ウ ィ ニ コ ッ ト ( 1960 ): 親 と 幼 児 の 関 係 に 関 す る 理 論 ,牛 島 定 信 訳 ( 1977), 情 緒 発 達 の 精 神 分 析 理 論 ,
岩 崎 術 出 版 社 ,32− 56
−142−
2) D.W. ウ ィ ニ コ ッ ト ( 1962 ): 子 ど も の 情 緒 発 達 に お け る 自 我 の 統 合 , 牛 島 定 信 訳 ( 1977), 情 緒 発 達 の 精 神
分 析 理 論 ,岩 崎 術 出 版 社 ,57− 78
−143−