論点 みんなで考え よう 法人化のメリットとは ※写真はイメージです。 古くて新しい言葉でもある「農業経営の法人化」 関や取引先からの信用が増す。 ――規模拡大や雇用の進展、共同経営化や集落営 ○経営発展の可能性の拡大 農の組織化などに伴い、最近また注目されている。 ・幅広い人材(従業員)の確保により、経 行政や関係機関も法人化を推進するために、各種 営の多角化など事業展開の可能性が広がり、 の支援策を用意している。 経営の発展が期待できる。 農 水 省 の 調 査 に よ る と、 平 成 24 年 1 月 1 日 現 ○農業従事者の福利厚生面の充実 在 の 全 国 の 農 業 生 産 法 人 数 は 1 万 2817 法 人 で、 ・社会保険、労働保険の適用による従事者 そ の う ち 畜 産 は 2464 法 人(19 %) で あ る〔 ※ の福利の増進。 北海道は 2770 法人で、そのうち酪農は 516 法人 ・労働時間等の就業規則の整備、給与制の (18.6%)〕。 そうした農業経営の法人化のメリットは、どこ にあるのか? みんなで考えよう。 実施等による就業条件の明確化。 ○経営継承の円滑化 ・農家の後継者でなくても、構成員や従業 員のなかから、意欲ある有能な後継者を確 農場法人化のメリットとは 農業生産法人の形態には、会社と農事組合法人 保することが可能。 ⒉ 地域農業としてのメリット などがある。前者は会社法、後者は農協法を根拠 ○新規就農の受け皿 とする。会社の最近の主流は株式会社、合同会社 ・農業法人に就農することにより、初期負 (LLC)などであり、従来からあった有限会社は 担がなく経営能力、農業技術を習得できる。 2006 年の法改正で廃止された(「有限会社」の用 語は残った)。 農水省は、そうした農業経営の法人化のメリッ トを、以下のようにまとめている。 ⒊ 制度面でのメリット ○税制 ・役員報酬を給与所得とすることによる節 税(役員報酬は法人税において損金算入が ⒈ 経営上のメリット 可能。また、所得税において役員が受け取っ ○経営管理能力の向上 た報酬は給与所得控除の対象となる)。 ・経営責任に対する自覚を促し、経営者と ・欠損金の 7 年間繰越控除(個人は 3 年間)。 しての意識改革を促進。 ○融資限度額の拡大 ・ 家計と経営が分離され、経営管理が徹底(ド ・農業経営基盤強化資金(スーパー L 資金) ンブリ勘定からの脱却)。 の貸付限度額:個人 1.5 億円、法人 5 億円(従 ○対外信用力の向上 業員数、売上額に応じて 10 億円の特例)。 ・財務諸表の作成の義務化により、金融機 49 13.4 論点 みんなで考え よう 以前は節税対策、 今は人材確保のためにも いう。例えば、長男が数年前に帰ってきて就農し、 その後、次男も帰ってきて就農した場合だ。その 際、2 人の後継者がいるなかで、個人経営の場合 酪農の場合、上記のメリットのなかで、実際に は、どうやって経営継承するかというのは悩まし 求められているもの(ニーズ)としては、はたし い。しかし法人経営であれば、長男は代表取締役 て何が多いのか? 一次産業に重点を置いて北海 社長、次男は代表取締役専務として、比較的スムー 道を中心に展開している、税理士法人オーレンス ズに事業継承することができる。 税務事務所(本社/中標津町)の社員税理士であ る福田直紀氏に聞いた。 同氏によると、農業経営の法人化に求められて いるニーズというのは、この 5 年くらいで変わっ 選択肢が広がることが 法人化のメリット このように、「選択肢が広がることが法人化の てきているという。なお、そのニーズを見る場合、 メリットだ」と福田氏は言う。さらに、「節税対 一戸一法人の場合と、共同経営や TMR センター 策を主体に考えているならば、規模や売上金額が のような複数戸による経営の法人化とは、明確に 小さければ、それほど効果は大きくない場合もあ 分けなければならないとのこと。 るが、雇用対策、事業継承対策、対外信用力の向 一戸一法人の場合のニーズについて見てみる 上、金融対策などの目的を重ねるならば、規模や と、もともとは、節税対策の色合いが強かった。 売上金額の大小は関係ない」と言う。そして、 「法 ゆえに、以前は、経営規模や売上金額の大小で法 人化のメリットを享受するには、目的の置き方次 人化する・しないを考えられていた傾向があった 第であり、その際、それぞれの経営体が向かうべ という。 き、5 年後、10 年後のイメージに沿って目的を考 しかし近年は、人材確保のために法人化する経 えていかなければならない」と語る。 営者が多い傾向にあるという。コンビニエンス・ なお冒頭に掲げた、“経営管理能力の向上”と ストアなどで売られている一般求人誌でも、一次 いうメリットについては、「そのきっかけにはな 産業からの人材募集が増えている現在、「求人情 りやすいとはいえるが、法人にしたから必ずしも 報を見て、もし“株式会社○○牧場”と“○○牧 享受できるとはいえない。あくまで、法人化を活 場”(個人経営)があれば、やはり前者のほうに 用して能力を向上させていこうという意識を本人 応募は集まる傾向にある」と福田氏は言う。 が持っていなければ、そちらには進まない」との こと。 事業継承対策としてのメリットも そして、「あらゆる面で“経営上の選択肢が広 がる”というのが法人化であり、その意識を誤ら さらに近年は、事業承継対策の一環として法人 ないようにすることが一番の注意点である。逆に 化を検討するケースも増加傾向にあるという。法 いえば、法人にす 人経営と個人経営とでは継承方法は違う。法人経 ると選択肢が広が 営の事業継承においては、背景には後継者教育や るから、経営管理 環境整備などがあるにせよ、役員変更の登記をし の意識を、むしろ て株を渡すといった、比較的簡単な事務で済む。 高めていかなけれ しかし個人経営の経営継承においては、牛・建物・ ばならないという 機械・農地などの財産の名義を変えるにあたり、 ことだ」と付け加 それぞれを贈与するのか、売るのか、貸すのかと いった方法を選択していかなければならない。こ れらは、けっこう面倒な事務が伴う。 さらに、兄弟で農場を継承する場合も有効だと 13.4 50 税理士法人オーレンス税務事務 所の社員税理士である福田直紀 氏。 「 “経営上の選択肢が広がる” というのが法人化だ」 と言う えてくれた。 複数戸による法人化は、 後で“もめごと”にならないように ケース 2 農業を経営として把握するために ~茨城県/有限会社B 牧場の場合~ もう一つの形態である共同経営や TMR セン 茨城県 B 牧場は搾乳牛 45 頭で家族労力。10 年 ターのような複数戸による経営の法人化について 以上前に法人化した。きっかけは酪農経営と家計 は、そこでも選択肢が広がることは同様だ。しか を分けたかったから。「計数管理を常に意識して し複数戸が関わるので、役割や責任を、設立する いれば、このくらいの規模なら、どちらも年間の までにきちんと取り決めておくことが極めて重要 納税額は同じくらいだろうが、自分の性格として、 だという。そうしないと、後から“もめごと”に 農業を経営として把握していたいから」というの なる恐れがあるからだ。 が一番の理由だった。 「株主としての、役員としての、取引先としての、 「所得税は超過累進課税で計算されるため、利 労働力提供者としての、また債務保証としての役 益を得れば得るほど税金がかかる。それに対し、 割や責任があるが、それらが明確に区分されない 法人税率は常に一定だから、ある水準の所得を超 まま時が経過してしまうと、後からの整理・修復 えた場合、法人のほうが有利といわれる。しかし は容易ではなくなる。各戸のいろいろな立場が重 役員報酬を高くして、会社の利益を少なくすると なっているなかで、それらを明確にし、将来のあ 役員の所得税が高くなるし、逆に役員報酬を抑え るべきビジョンを皆で考えていかなければならな て、会社の利益を高めると法人税額が高くなる。 いという理解が一番大事だ」と福田氏は言う。 うちの規模では、結局は同じことだ」と語る。 ケース 1 福利厚生もきちんとしなければ ~北海道/有限会社 A 牧場の場合~ 北海道の有限会社 A 牧場は現在、経産牛 200 頭、 むしろ法人化のメリットは別にあるという。一 つは、毎月の会計処理を税理士に依頼することで、 営農上の数字(収支や減価償却など)の流れが客 観的に見えること。二つ目は、それによって経営内 未経産牛 140 頭を飼養し、労働力は本人、中国か 容や投資の可否が予測でき、計画的に対応できる らの実習生 2 人、搾乳パート 1 人。12 年前に法人 ことである。その一例として、 細断型ロールベーラー 化した。その目的は、一番目が税制面でのメリッ の導入があった。初期投資の金額と、ロール1 個当 トを、二番目が人材確保のメリットを享受するこ たり経費、償却期間、ha 当たりの収量・作業時間、 とを目的としたという。 自分の営農予定年限などとのバランスを試算したう 一番目については、「(親から)経営を移譲され えで、自信を持って導入のゴーサインを出した。 る前に法人化したことでメリットはあったし、法 結果として、バンカーおよび地下式サイロ詰め・ 人化してからは、赤字の持越しで有利性があるな 鎮圧・給与時の取出し作業がなくなった。 どのメリットを感じている」とのこと。 B 牧場は、「大規模牧場だけでなく、中規模牧 しかし、二番目については、なかなか実現でき 場でも法人化するほうが、数字を客観視しやすい なかったという。その理由は、社会保険などの福 から良いと思う。ただし、何を目的に法人化する 利厚生の整備面にあった。「きちんと整備しなけ かは各経営によって違うから、そこを明確にして ればならないことはわかっていたが、そうすると から、実務は専門家と相談すること。大事なのは 当然、会社の負担は大きくなるから…」と A さん。 大局観だ」と言う。 「でも、いずれは整備しなければならないことな ので、前向きに取り組んだ。実際に今は、そうし なければ公の場には募集を出せないし、外国人実 習生も、実習の継続ができないようになってきて いる」と言う。 この記事の内容に対する“あなたのご意見”を募集してい ます。本名での掲載を差し控えたい方はペンネームで OK です。ただし採用の場合、記念品をお送りいたしますので、 ご住所・お名前は明記してください。投稿先は以下です。 デーリィ・ジャパン社 FAX 03-3235-1736 E-mail:[email protected] 51 13.4
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