労働安全衛生法改正とリスクアセスメント

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2016 年 04 月 05 日
労働安全衛生法改正とリスクアセスメント
― その目的と基本的な考え方 ―
元・厚労省化学物質対策課
化学物質国際動向分析官
柳川 行雄
内容
いったい何をやればよいのか ...................................................................... 1
(1)専門家の不安 ....................................................................................... 1
(2)そもそもリスクアセスメントって何? 何のためにやるの? ............ 2
(3)それにしても・・・ ............................................................................. 3
2 リスクアセスメントの出発点 ...................................................................... 4
(1)事業場内に化学物質の専門家がいないのはやむを得ないことなのか .. 4
(2)リスクアセスメントの目的を明確にしよう ......................................... 5
3 結局何をやるべきか .................................................................................... 7
(1)化学物質のリスクアセスメントはひとつだけではない ....................... 7
(2)それぞれのタイプに必要なこと(簡潔な結論) .................................. 9
3 最初の疑問への回答 .................................................................................. 10
1
1
いったい何をやればよいのか
(1)専門家の不安
化学物質による労働災害防止のためのリスクアセスメントを義務付ける労働
1
安全衛生法(労安法)が、この6月に施行になる。ところが、この適切な推進に
不安を抱く専門家も多いようだ。その不安の理由というのは、おおよそ次の通り
である。
1
中小規模事業場を中心に、化学物質管理に関する知識を有する職員が不
足している。
2 日本国内に、化学物質のリスクアセスメントについてコンサルティング
ができる(企業外の)専門家が不足している。
3 そもそもリスクアセスメントとは何かについての正しい知識が普及して
いない。
実際のところは、1については中堅企業でさえやや不安があり、2についても
大都市圏を別にすれば「事実上存在していない」といってもよいほどである。
3については、最近では正しい知識の普及がかなり進んではきたものの、いま
だに「法律違反にならないためのリスクアセスメントの『公的』な手法」を追い
求めていると思われる事業者が少なくないことも事実なのである。ところが、多
くの場合、そのような事業者は「コンプライアンス」を重視する「まじめな」事
業者なのだ。
(2)そもそもリスクアセスメントって何?
何のためにやるの?
では、リスクアセスメントとはいったいなんだろうか。どうもリスクアセスメ
ントという言葉は、
「みんなが知っているが、実は具体的には何なのかは明確に
は分かっていない」用語のようだ。もっといえば、明確な定義はあるが、やや現
実と乖離しているため、誰もそれを気にしていない用語といってもよいかもし
れない。こんな言葉を使うから、一般の事業者は、何をしてよいかわからず不安
になっているという面も否定できないだろう。
考えてみれば、目的は労働災害の防止である。であれば、要は「あぶない」化
学物質を使用しているときに、それによって発生する恐れのある労働災害を防
止できれば、それでよいではないかという疑問があり得る。なぜ、わざわざリス
クアセスメントなどという、なんだかよく分からないことをしなければならな
いのだ?
つまり、なぜ、リスクをアセスメント(評価)しなければならないのかという
疑問だ。
「工業的に用いる化学物質を吸入すれば病気になるかもしれない」とは
誰にでも予測がつくことだろう。だったら、局所排気装置を設置するか、保護具
2
を用いて吸入しないようにすればよい。また、
「化学物質が肌につけば、危なそ
うだ」という漠然とした不安も誰でも抱くだろう。だとすれば、それ以上は何も
考えなくても、保護手袋などを着用すればよいではないか。なぜ、わざわざリス
クを「評価」する必要があるのだ?
これに対して、リスクアセスメントをしなければ、どのような労働災害が発生
するか分からないではないか、という反論があるかもしれない。本当にそうだろ
うか? リスクアセスメントをすると、それまでは予想できなかった労働災害
が予想できるようになるのだろうか?
いや、それ以前の問題として、そもそも予測もできなかったような労働災害が
いったいどれだけ起こっているというのだ。ごく一部の大規模災害を除けば、ほ
とんどの災害は、起こるべくして起こっているのではなかろうか。であれば、リ
スクをアセスメントするなどという「難しいこと」をしなくても、起こるべくし
て起こるような災害をきちんと予見して、適切な対策をとればよいことではな
いか。SDS を見れば、
(さして親切ではないにせよ)どのように取り扱うべきか
は書いてあるのだ。
このような疑問への回答は、とりあえず後に回そう。
(3)それにしても・・・
我が国は、昨日や今日になって「化学物質」を使い始めた新興国ではないだろ
う。化学物質を労働者に扱わせておきながら、それによって職業性疾病の発生や
爆発・火災のおそれがあるのではないか、自分の会社のやりかたで事故が起きな
いのだろうかと、事業者が何も考えてこなかったとでもいうのだろうか。
多くの=つまり全部だということではないが=事業場では、現に考えていた
はずである。であれば、そのこと自体がリスクアセスメントになると考えればよ
いのではないかという疑問が起きるのではなかろうか。
それとも考えてはいたが、それらは非科学的で合理性のないものだったとで
もいうのだろうか。もちろん、そのようなことはあり得ない。
では、なぜリスクアセスメントを義務付ける法律改正がこれほどまでに、専門
家や事業者を不安がらせるのだろうか。本稿では、そこのところを切り下げて考
えてみたい。
3
2
リスクアセスメントの出発点
(1)事業場内に化学物質の専門家がいないのはやむを得ないことなのか
「化学物質のことはよく分からない。SDS を見ても何が書いてあるのか判ら
ない。」
これは、少なくない事業場の安全衛生担当者からよく聞く言葉である。確かに、
大学で化学を専攻でもしていない限り、よく分からないのは仕方がないことだ
ともいえる。
しかしである。職場で化学物質を安全に扱うための知識と、
「化学の知識」は
それほど重なり合わない。そもそも労働者に命じて化学物質を扱わせる以上、事
故が起きる可能性は否定できない。そして、いったん事故が起きれば、その化学
物質にどんな危険有害性があるか、まったく何も知りませんでしたではすまな
いのである。とりわけ製造元から SDS が渡されていた場合、そこに一定の危険
有害性があることが記述されていれば(いるだろうが)、事業者に SDS の内容
が全く理解できなかったからといって、免責されたりはしないのである。
化学のことがよく分からないからといって、化学物質を安全に取り扱う方法
まで分かりませんでしたということはできないのである。
とりわけ、重大な労働災害が発生すれば、企業の損失もまた重大となる。昔と
違って、労働者も労災補償だけでは納得しなくなっている。それはすべての損害
を補償するものではないからだ。場合によっては企業の存続を揺るがすほどの
賠償請求をされることがある。その訴訟のコストだけでもかなりのものになる
のだ。
また、かつては化学物質による労働災害の発生によって事業者が刑事上の責
任を問われるのは、ほとんどの場合、安衛法違反に限られていたが、SDS の普
及により事業者の過失が問われやすくなれば、業務上過失致死傷による立件が
増えることもあり得ないことではなくなる。SDS によって、容易にその危険有
害性を知り得たにもかかわらず、事故を起こしたことによって、過失が問われや
すくなるからだ。
また、最近では WEB を通して、企業の悪い情報が拡散することによる損害も
ある。今でも、学生が就職をするにあたって、希望先の企業を SNS によって調
べることは常識になっているが、今後、重要な取引をしようとする企業もその相
4
手先の企業について WEB で調べるのが普通になる時代がくるかもしれない。
複数の企業のいずれかと取引をしようというときに、化学物質の知識もなくて
いつ事故を起こすかわからないような企業を選ぶことには、誰でも躊躇をする
だろう。
すなわち、一定の危険・有害性のある化学物質を用いるのであれば、少なくと
も SDS の内容くらいは理解できるようにしておかなければならないということ
だ。それも、たんなる表面的な意味だけではなく、その労働災害に与える意味を
理解することが必要なのだ。
例えば、SDS には沸点が記載されている。沸点の意味は誰でも知っているだ
ろう。水は 100 度になると沸騰する。しかし、職場の化学物質管理で必要なの
は、沸点が低ければ作業空間中に出てきやすいので吸入ばく露に注意する必要
があること、沸点が高ければ蒸発しにくいので皮膚に付着した場合は経皮ばく
露に注意する必要があることなどの知識なのだ。
そして、この程度の知識は、様々な公的・私的機関が行う有償・無償の研修会
に職員を参加させることで得ることができる。ある程度のコストは必要だが、で
きないことではないのだ。
もちろん、その研修会の内容がそのコストに見合うものかどうかは、きちんと
評価するべきだ。参加させたということがアリバイになっているようでは意味
がない。参加した職員が、求める知識を得られたかどうかは確認しなければなら
ないし、適切な知識を与えてくれるよい研修会を選ばなければならない。役にも
立たない研修会への参加にコストをかける必要はないのだ。
(2)リスクアセスメントの目的を明確にしよう
さて、リスクアセスメントとは何かである。
この質問に答えるためには、まずリスクアセスメントの目的は何かを明確に
しなければならない。
筆者は、以前、ある企業の安全衛生計画で、リスクアセスメントを「労働災害
の防止」のための実施事項ではなく「労働者の意識改善」のための実施事項に位
置付けているものを見たことがある。唖然としたが、おそらくリスクアセスメン
トによって労働災害を防止できるとは本気で思っていないのであろう。事実、そ
の他の資料を見る限り、その企業では、マニュアルに従ってかなり形式的なリス
クアセスメントが行われているように感じられた。
5
実際にその企業の担当者にお会いしたわけではないので、資料から得た印象
だけなのだが、
「いつでも、誰がやっても、同じ効果が出るように」という意図
のもとにマニュアル化したとしか思えないのだ。
しかしである。リスクアセスメントはファストフード店のマニュアルとはわ
けが違うのである。ファストフード店であれば、作業内容はお客様に飲食物を提
供するという定型的な作業であるから、マニュアル化が可能であるし、また効果
的でもある。
しかし、リスクアセスメントには、一定の知識が必要なのである。すなわち労
働災害の発生を予見するための知識である。福井県の膀胱がんの事案では、2016
年3月時点での調査結果によれば、保護手袋の洗浄によって手袋の内側に付着
した化学物質によって経皮ばく露したことが判明している。このようなことは
知識がなければ、事前に予見することはできない。また、筆者はある中堅企業で、
有機溶剤(法定のものではない)を使用する作業で、保護マスクとして N95 の
マスクを使用しているケースを見たことがある。その企業は安全衛生に大きな
熱意を持ってはいたが、N95 では有機溶剤には何の役にも立たない。
マニュアル化は重要ではあるが、それだけでは役には立たないのである。担当
者が、労働災害のリスク評価のために必要な知識を持っていなければ、そもそも
リスクセスメントをしても、形だけに終わってしまい、実施する意味がないとい
ってよい。
【いかにして職員に必要な知識を習得させるか】
専門知識を得る方法は、社内外の専門家の活用であっても、社員の研修会へ
の参加でも良い。一定のコストはかかるが、方法はあるのだ。もちろん、その
専門家から得る知識や研修会の内容が「リスクアセスメントのマニュアル化
のためのもの」だけでは、なんの役にも立たないことはいうまでもない。
だが、職員が専門知識を得るようにするために、本当に必要なことは、研修
会への参加などだけではなく、企業がその知識を正しく評価して、必要な知識
を活用することであることはいうまでもない。たんに、いくつかの研修会に参
加した者は能力があるとみなすような制度では、職員のやる気をなくしてし
まう。本当の意味で企業が求める知識があるかどうかを正しく評価し、その能
力を活用するなら(もちろん人事・処遇面での対応も必要となる)、放ってお
いても職員は専門知識を得るようになるのだ。
6
少なくない事業場の安全衛生担当者は、とにかく安衛法が改正されたのだか
ら、コンプライアンスの観点からリスクアセスメントを行わなければならない
と考えているように見える。
そして、
「誰でもできるようにマニュアル化しよう。マニュアル化しておけば
とにかくリスクアセスメントはできる」と思っているようにさえ見えるのだ。お
そらくそのような企業の担当者は、
「こんなやり方でもないとできませんよ」と
担当者は言うのではないだろうか。
しかし、それでは、暗闇で何かを落としたにも拘らず、こちらの方が探しやす
いからと言って少し離れた街灯の下でそれを探すのと同じことである。
「明るい
ところでないと探せませんよ」というわけだ。
分かり切ったことではあるが、まず以下の2点を理解するところを出発点に
する必要がある。
・ リスクアセスメントの目的は、労働災害の防止である。従って、労働災害
発生のリスクを適切に予測でき、防止のための方法を立てることができる
ようにできなければリスクアセスメントをする意味はない。
・ この目的のためには、一定の知識が必要であり、知識を活用するためには
コストが必要である。
ということである。この点、危険予知訓練(KY)とは全く異なるのである。
3
結局何をやるべきか
(1)化学物質のリスクアセスメントはひとつだけではない
これに対する答えは次のようなことだ。
●
化学物質による労働災害に限らず、ほとんどの労働災害について、リスク
アセスメントを行う上でもっとも重要なことは、リスクの大きさを見積も
ることではなく、起こるべくして起こる災害を予測することなのだ。すなわ
ち、スイスチーズがどのように並ぶと向こう側まで穴が突き抜けるかを予
想することである。これは「シナリオ抽出」と呼ばれる。
● ただし、これには例外が2つある。ひとつは、予測が困難でかつ大規模な
災害であり、もうひとつは吸引ばく露による慢性中毒である。
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ただ、その理由は、まったく異なっている。予測が困難で大規模な災害は、
まさに「起こるべくして起こる」とは言い難い面があるからだ。すなわち「シ
ナリオ抽出」が専門家でなければできないからである。一方、吸入ばく露に
よる慢性中毒は、シナリオは(突発的な事故によらない)日常的な作業によ
る慢性ばく露に決まっているのでシナリオ抽出がそれほど難しくないこと
によるのである。
すなわち、化学物質のリスクアセスメントには、少なくともシナリオ抽出とリス
クの見積もりという段階が必要であり、その手法によって大きく異なることか
ら、少なくとも以下の3種に分類して考えるべきなのだ。
シナリオ抽出
(危険有害性の特定)
【タイプⅠ】
・ 予測が困難な大規
模災害(アクシデント
性の災害)
【タイプⅡ】
・ 日常的な吸入ばく
露による慢性中毒
【タイプⅢ】
・ 比較的予測が容易
なアクシデントによ
る爆発・火災災害や急
性中毒
・ 日常的な経皮ばく
露による慢性中毒
リスクの見積もり
リスクの抽出は、専門家
が、様々な状況を想定し
て判断する。場合によっ
てはコンピュータによ
るシミュレーションも
必要
リスクの判定には、専門
的な判断が必要だが、リ
スクを見積もるまでも
なく対策を取るべき場
合が多い
シナリオは「日常的な吸
入ばく露」である。
許容ばく露量と実際の
ばく露量を比較するこ
とにより、ほぼ定型的に
実施が可能
以下の者の協力によっ
て、どのようなアクシデ
ントが起こり得るかや、
どのような経皮ばく露
の可能性があるかを判
断する。
・ 現場をよく知って
いる管理監督者と労
働者
以下の者の協力によっ
て、結果の重大性と発生
の可能性から判断する。
・ 現場をよく知って
いる管理監督者と労
働者
・ 化学物質管理の専
門家
8
・
化学物質管理の専
門家
ところが、解説書によって、化学物質のリスクアセスメントを「リスクの見積
もり」のことであるかのように述べているものや、日常的な吸入ばく露による慢
性中毒を対象にしたものであるかのように記されているために、混乱が起きる
のである。
なお、タイプⅠ、Ⅱ、Ⅲの分類は柳川のオリジナルである。
(2)それぞれのタイプに必要なこと(簡潔な結論)
化学物質のリスクアセスメントは、結局は以下のような考え方で進めるしか
ない。
【タイプⅠへの対応】設備の専門家によるべきもの
タイプⅠについては、シナリオ抽出については、対象となる化学物質を扱う
設備の専門家によるべきものであって、具体的なリスクアセスメントの実施
内容となると産業保健や労働災害の専門家の口を出せるような領域の問題で
はない。すなわち、そもそも中小の事業者が直接行うようなものではないので
ある。
リスクの見積もりについても、可能性については設備の専門家が、結果の重
大性については毒性学や化学の専門家によるべきもので、これも通常の事業
者が直接行えるようなものではない。ただ、リスクの大きさの見積もりなど行
うまでもなく対策を取るべきケースがほとんどではあろう。
なお、もちろん、安衛法上、リスクアセスメントを行う義務が事業者にない
などと言っているわけではない。専門家に依頼することにより実施すべきと
言っているのである。
【タイプⅡへの対応】様々なツールが使用可能
実を言えば、冒頭の専門家の不安は、ほぼタイプⅡについてのものである。
なぜなら、これまで産業保健の専門家のリスクアセスメントについての関心
は、タイプⅡにあったからである。
ただ、このタイプはシナリオ抽出の必要性がほとんどなく、リスクの判定も
定型的にできるため、気中濃度の測定によって可能であるし、また様々な簡易
的なツールも開発されている。
ところが、このツールもまったく知識がなければ、現実には使えるようなも
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のではない。そこに不安があるというわけだ。
これは、事業場内で化学物質の知識のある者か安全衛生の担当者に教育を
行うしかない。その上で、以下のような方法によることが考えられる。
・ まず、簡易的なツールを用いてリスクのスクリーニングを行う
・ その結果、リスクのレベルに問題があると判断される場合には、気中濃度
の測定、個人ばく露濃度の測定、生物学的モニタリングなどによるリスクの
判定を行う。
・ それでも問題がある場合には専門家と相談して対策をとる。
【タイプⅢへの対応】王道はない
タイプⅢのリスクアセスメントは、産業保健の専門家がこれまで、あまり注
目してこなかった分野である。どちらかといえば、産業安全の分野の専門家が
得意としてきた分野である。しかし、このタイプの労働災害のリスクアセスメ
ントはきわめて難しく、かつあまり研究の進んでいない分野である。
シナリオ抽出は、結局は、管理監督者や労働者への安全衛生教育、KYT 訓
練、ヒヤリハット事例や災害時例の収集などといった地道な方法によって、彼
らの能力を向上してゆくしかない。また、社外の専門家の活用も重要であろ
う。
リスクの見積もりはさらに困難である。抽出したシナリオについて、結果の
重大性はまだしも、可能性などそう簡単には判らないからだ。中災防では、数
人の人間が話し合って、「全員が納得できる最悪の状況」を採用するとしてい
るが、これが妥当な結論が出るのかもしれない
【タイプⅢへの社会全体の課題】
また、社会全体の取組として、社外の専門家の育成といったことも重要にな
ってくるが、そのためには企業が労働災害防止のために専門家に適正な費用
を支払うということが必要だと認識しなければ難しいとは思う。
さらに、マトリックス法のマトリクスの研究(経産省の R-MAP のようなも
の)など、リスクの見積もりのためのツールの開発も必要になってこよう。
3
最初の疑問への回答
ここまできて、初めて最初の疑問への回答が出てくる。
すなわち、リスクアセスメントの(隠された本当の)意義は、先ほどの3つの
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タイプごとに、次のように考えるべきなのである。
タイプⅠの意義は、専門家によって様々な事態を想定し、そのような事態によ
って災害が発生しないかを考えてみることである。いうならば、想定外の事態を
想定してみることに意義があるのである。
例えば、福島第一についていえば、過去の記録にある津波(過去の記録にある
以上、想定外とはいえないが)の発生という事態を想定し、海水の高さがその津
波による高さになったときに何が起きるかを考えてみれば防げた可能性がある
というのが、(今になってみれば)分かるであろう。
タイプⅡの意義は、まさに災害の発生を予測することにある。慢性毒性による
災害というのは、結果が現れるのが数十年後になるため、しばしば十分な注意を
怠りがちになるものなのだ。発生してしまうと、なぜあのときに対策をとらなか
ったのかということになる。
「今」を「あのとき」にしないことにこそ意義があ
るのだ。そして、実際に事件が発生してしまうと、それによる被害のコストはリ
スクアセスメントのコストよりもはるかに大きくなるのである。
タイプⅢの意義は、起こるべくして起きる災害の発生をきちんと想定して対
策をとることにあり、リスクの判定の目的は、対策をとるコストの優先度を決め
るためと言ってもよい。
リスクアセスメントの意義は、まさにこのようなことにあるのだ。そして、そ
のためのコストは企業の健全な発展にとって必要なことである。
また、専門的な知識の不足についても、以下のように考えるべきである。
タイプⅠについては、関係する企業で育成していく必要がある。また、事業者
も専門家の意見に耳を貸す必要がある。
事業者は、専門家の意見を聞くときには、あれはない、これはないという、思
い込みから自由になることである。
「あっては困ることだからない」と考えるこ
とはばかげているが、過去、そのように考えることによって、国家の存続を危う
くするようなことまであったことも事実である。第二次世界大戦でドイツに攻
め込まれたときのスターリンがそうであったし、カサンドラの警告に耳を貸さ
ずにギリシャに滅ぼされたトロイの人々もそうであった。少なくない企業にお
いても、そのような考え方から、深刻な問題を発生させたことも事実である。
タイプⅡについてはそれほど難しくはない。厚労省版のコントロールバンデ
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ィングの他、ECETOC の TRA、BAuA の EMKG 等の他、柳川のこのサイトで
も EXCEL で動くボックスモデルを公開している。化学物質によっては気中濃
度の測定を行うことも可能であり、これが最も確実である。
タイプⅢについては、シナリオ抽出にもリスクの見積もりにも知識と経験が
必要となるが、これも実際に運用しながら、社員の教育を行ってゆくべきであろ
う。
この資料は「実務家のための産業保健のサイト」に掲示されています。よろしけ
ればサイトの方にもご訪問ください。
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