神奈川県産業技術センター研究報告 No.20/2014 大気圧プラズマ CVD 法で作製した非晶質炭素膜の XPS 分析 機械・材料技術部 材料物性チーム 解析評価チーム 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 渡 畔 曽 鈴 邊 栁 我 木 敏 行 智栄子 雅 康 哲 也 ロール・ツゥ・ロール式大気圧プラズマ CVD 装置で作製した非晶質炭素膜の炭素 1s 結合状態を X 線光電子 分光法で測定した結果,この方法で作製した非晶質炭素膜には窒素が含まれており,炭素-窒素結合が膜密着性の 向上に寄与している可能性が示された. キーワード:非晶質炭素,薄膜,大気圧プラズマ,化学的気相蒸着(CVD),X 線光電子分光(XPS) C 1s 結合状態は,図 2 のアルバック・ファイ製 1 はじめに Versa Probe Ⅱ 型微小部 X 線光電子分光分析装置を 使用し,X 線源を Al Kα,光電子取り出し角を 45°, 当センターでは,ロール・ツゥ・ロール式大気圧プラ ズマ CVD (Chemical Vapor Deposition) 装置による大 およびプローブ径を φ 0.1 mm として測定した.C 1s 面積樹脂シートへの成膜技術について研究をしている. スペクトルの比較試料として,超高圧・高温下で炭素粉 この装置で作製した非晶質炭素膜(以下,APR-a-C 末から合成されたダイヤモンド結晶,高分子原料から合 膜)は,平板搬送式の小型大気圧プラズマ CVD 装置 成したグラファイト結晶,および PVD 法で作製した で作製した非晶質炭素膜(以下,APK-a-C 膜)よりも 水素フリー・ダイヤモンドライクカーボン膜(以下, 優れた密着性を示すため,産業展開が期待されている 1). ta-DLC 膜)を準備した. しかしながら,樹脂シートに被覆した非晶質炭素膜に ついては,膜が軽元素から構成されていること,膜厚が 基材フィルム 1 µm 程度であること,および実用基材が高分子シート プラズマ放電 C2H2 + N2 ガイドロール であることなどの理由から分析方法が限定され,その膜 プラズマヘッド 構造および炭素の結合状態に関する研究は殆ど見当たら ない. プラズマ 電源 そこで本研究では,X 線光電子分光(XPS)法によ り,これらの非晶質炭素膜の炭素 (以下,C) 1s 結合状 円筒電極(水冷) 態を測定し,産業応用上,重要視される膜密着性との関 係を調べることにした. 図 1 ロール・ツゥ・ロール式大気圧プラズマ CVD 装置 2 実験方法 APR-a-C 膜は,図 1 のロール・ツゥ・ロール式大 気圧プラズマ CVD 装置を使い,前報 2)と同じ放電条 件で,厚さ 50 µm のポリエチレンナフタレート上に被 覆した.APK-a-C 膜は慶應義塾大学の平板搬送式小型 大気圧プラズマ CVD 装置で作製した. 膜密着性は,エルコメーター社アドヒージョンテスタ ー 106 型を使い,プルオフ法で密着強度を測定した. 密着強度 Ad は,円筒治具の面積 S および臨界剥離荷 重 Lc から式 (1) を使って計算した 3). 図 2 X 線光電子分光装置 (1) 29 神奈川県産業技術センター研究報告 No.20/2014 3) 渡邊敏行,平子智章,鈴木哲也;神奈川県産業技術 3 実験結果および考察 センター研究報告,Vol.17,40 (2011). 非晶質炭素膜の XPS 広域スペクトルの結果を図 3 4) 森河和雄,三尾淳,仁平宣弘;東京都産業技術研究 に示す.APK-a-C 膜および APR-a-C 膜には炭素およ 所研究報告,4 (平成 13 年度). 5) 田原充;日本機械学会年次大会講演資料集,98 び酸素のほか,窒素が含まれることがわかった. 次に非晶質炭素膜および比較試料の C 1s スペクト (2008). ルを図 4 に示す.合成ダイヤモンド結晶の C 1s 結合 wtnb.112.spe 2 2 1.8 C 1s c/s c/s -N1s -O KLL -O KLL 0.6 0.4 1000 900 800 700 600 500 400 Binding Energy (eV) 300 200 -Si2s -Si2p -Si2s 0.2 0 1100 トと ta-DLC 膜のほぼ中間の値であった.さらにこれ 100 0 0 1100 1000 900 800 700 600 500 400 Binding Energy (eV) 結合,C-O 結合および COO- 結合に加えて,窒素が炭 d) APK-a-C a) Diamond -炭素結合については APK-a-C 膜より APR-a-C 膜 100 0 C-C C-O のピーク面積が増加していた(図 4 d),e)). COO- C-N 図 5 に APK-a-C 膜および APR-a-C 膜の密着性試 1.6 200 p 素と結合していることを示すピークがみられたが,窒素 N/mm2 300 図 3 非晶質炭素膜の XPS 広域スペクトル らをピーク分離計算したところ,いずれの膜にも C-C 験の結果を示す.密着強度はそれぞれ,1.1 C 1s 1 0.8 0.5 eV で有意な差がなく,合成ダイヤモンド/グラファイ N 1s O 1s 1.2 N 1s 1 の値は 284.7 eV であり,APR-a-C 膜の値は 284.6 wtnb.211.spe 1.4 -O1s 1.5 素膜については,APK-a-C 膜の C 1s 結合エネルギー 4 b) APR-a-C 1.6 O 1s れらより約 1.0 eV 高かった(図 4 a) - c)).非晶質炭 x 10 -Si2p 284.3 eV であり,ta-DLC 膜は 285.3 eV であり,こ -C1s a) APK-a-C -C1s 4 -N1s x 10 -O1s 2.5 -O KLL -O KLL エネルギーは 284.2 eV,グラファイト結晶の値は O=C-N p e) APR-a-C b) Graphite N/mm2, であった.試験後の試料状態は, APK-a- C-N C-C O=C-N C 膜では膜 / 基材界面でその大部分が剥離したが, COO- APR-a-C 膜では,殆どの部分で接着剤 / 円筒治具界 C-O 298 面で破壊が生じていた(図 6).密着強度および剥離 c) ta-DLC 296 294 292 290 288 286 Binding Energy (eV) 284 282 280 278 状態の結果を合わせると APR-a-C 膜が APK-a-C 膜 より密着性に優れると判断できる. 真空プロセスによる DLC コーティングにおいては, 298 298 窒素添加により膜の内部応力が緩和することが報告され ており 296 296 294 294 292 292 290 288 286 290 288 286 Binding Energy (eV) 284 284 282 282 280 280 278 278 図 4 比較試料および非晶質炭素膜の C 1s スペクトル 4-5) ,膜中により多くの窒素-炭素結合を含む APR-a-C 膜では,APK-a-C 膜よりも膜応力が緩和さ れ,その結果として密着強度が高くなったと考えられる. 密着強度 Ad / N・mm-2 2.5 4 まとめ ロール・ツゥ・ロール式大気圧プラズマ CVD 装置 で作製した非晶質炭素膜には窒素が含まれ,炭素-窒素 結合が密着性向上に寄与している可能性があることがわ 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 APK-a-C かった.今後,大気圧プラズマ CVD 法の産業応用を APR-a-C 図 5 非晶質炭素膜の密着強度 目指し,非晶質炭素膜の特性改善を進めていく. b) APR-a-C 膜 a) APK-a-C 膜 文献 基材 1) 鈴木哲也,登坂万結,平子智章ほか;NEW DIAMOND,29,35 (2013). 基材 2) 渡邊敏行,畔栁智栄子,平子智章,鈴木哲也;神奈 膜 膜 接着剤 図 6 密着性試験による剥離状態 川県産業技術センター研究報告,Vol.18,21 (2012). 30
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