道路法による滞納処分について

道路法による滞納処分について
加藤
道路部
路政課
(〒 950-8801
和男
新潟市中央区美咲町 1-1-1 )
道路附属物等の損傷事故によって必要となった復旧工事に係る負担金債権(以下、「道路損傷債権」とい
う。)については、会計検査院や総務省行政評価局から適切な債権回収に向けた是正措置を求められている
ところである。指摘以降、本省及び整備局において、回収を実効化するための制度整備を順次進めた結果、
滞納処分の運用を開始できそうな段階まできている。しかしながら、現時点では、関係法令を適宜自在に適
用して滞納処分を即実行可能なスキルがあるとまでは言い難いことから、この考察を通じ、道路損傷債権の
滞納処分実施に係る実務上のハードルを明らかにし、その解決方法についても検討することとする。
1.はじめに
②是正要求に対する対応状況
a')管内の事務所に対し、平成22年1月6日付け
道路損傷債権の未納については、会計検査院の平
成20年度決算検査報告において、滞納処分の実施
で督促状の発行手続について、通知し周知を図っ
ている。
に関する具体的な要領等を早急に整備する等、債権
b')本省において滞納処分の実務要領が定められ、
回収に向けた是正措置を求められたところである。
各地整に通知された。(管内事務所には平成22
その要求に対し、道路法第73条第3項に『国税
年4月7日に通知)
滞納処分の例による』強制徴収が定められているこ
また、滞納処分を行うこととなる徴収職員の任命
と等から、それらを根拠法に本省及び整備局におい
要領を定め、同時に徴収職員も任命している。
て当該債権の回収を実効化する制度整備を、順次進
c')管内の事務所に対し、平成22年1月6日付け
めてきている、というのが現在までの状況である。
で、債権申出について通知し周知を図っている。
②のように、「適切な債権回収を実施できる体制
2.会計検査院平成20年度決算報告
を整備すべし」とした検査院の直接の是正要求に対
しては、全て対応済みであるが、取組みの本来の目
①是正措置要求(抜粋)
的は、当然ながら適切な債権の回収である。
a)各地方整備局等に対して、督促状による督促を法
債権回収の主要な手段である滞納処分の運用を始
令に基づき適宜実施するよう周知徹底すること。
めていない現在の状況は、とりあえず道具をひとと
b)滞納処分の実施方法や手続等に関する具体的な実
おり揃えた段階とも言える。
施要領等を整備して、これを各地方整備局等に対
し、周知徹底し、実施に向けた体制整備を図るよ
う指示すること。
3.国税徴収法
c)破産手続に伴う債権の申出の方法等に関する具体
的な実施要領等を整備して、これを各地方整備局
等に対し、周知徹底し、申出を適切に行うよう指
示すること。
1.で述べたとおり、道路法第73条第3項の
「国税滞納処分の例による」強制徴収の規定により、
道路損傷債権の滞納処分が行われることになるが、
その国税滞納処分の手続を定めた法律が、『国税徴
4.道路損傷債権の特徴
収法』である。
実務に際しては、徴収職員のみならず、道路損傷
では、道路損傷債権について、国税徴収法の企図
事務に係わる者が、この法律の趣旨を理解すること
するところを斟酌し、効率的な債権回収を主目的に、
が、債権を適切に回収するうえで重要と考えるので、
機械的に滞納処分に処すことは可能であろうか?
その特徴を列挙してみる。
その考察には、道路損傷債権の持つ特徴について、
実務上の課題を考慮しつつ、把握していく必要があ
①「手続法」であること。
る。
条文どおりの運用をする限り、適法な処分。
①予見可能性及びその認知度
②国税の優先権(§8)
国税は通常、財に対して課されるものであり、ま
全ての公課や債権に先立って徴収する。
た「税」の存在も広く認知されていて、所得の一
なお、道路損傷債権は道路法第73条第3項にて
部を将来納付に充てたり、消費時にも税相当分を
国税及び地方税に次ぐと規定されている。
見込んだ行動をするのが一般的であるため、事前
に予見及び周知されているといえる。
③自力執行権
それに対し、道路損傷債務は、「加害者による弁
一般債権と異なり、司法機関(裁判所等)を介さ
償」的な性質を有するといえ、事前に予見するこ
ず自ら執行可能な権限を有する。
との困難な突発的に発生する債務と言える。加え
自力執行のフローは下図のとおり。
て、道路を損傷した原因者が、その費用を負担す
るという制度(概念)について、理解できていな
国税債権の回収手続【自力執行】
( ※参考 一般債権の回収手続 )
納期限
納期限
督 促
債務者名義取得
準とは言い難い。
債務者
強制執行の申立
差押え
換 価
配 当
滞
納
処
分
い者も少なからずおり、周知の面でも国税と同水
②債務発生原因たる事実の認定(確認)
差押え
様式(2)
年
換 価
裁判所
国土交通省 北陸地方整備局長
〒
〔損傷行為者〕
配 当
住
月
日
殿
-
所
(ふりがな)
完 結
氏
名
職
業
印
生年月日
年
月
日
電話番号
道路損傷現認・負担書
下記のとおり、道路を損傷したことに相違ありません。
本件損傷に伴う道路の復旧に要する費用は、下記の費用負担者が負担します。
記
④国税優先権の一定制限(§49)
1.年月日
2.場
年
所
一般国道
月
号
日
県
時
分頃
市郡
地先
3.損傷物件名及び数量
】
4.損傷原因【該当する方に レ 印を付けて下さい 。
□ ハンドル等操作の誤り □わき見 □速度違反
⑤滞納処分にあたっての第三者保護(§49)
④⑤にて、一定の私権保護を図っている。
5.自動車等の種類番号
いう強力な権能を付与しているのは、国家財政の根
幹を支える国税収入を破綻させず、かつその効率的
回収を技術的に担保することが目的である。
□その他(
)
番号
6.費用負担者【該当する方に レ 印を付けて下さい 。
】
□本 人
□雇用者(行為者が業務中) □親権者(行為者が20歳未満)など
〒
上記のように、国税に対し、一定の私権の保護を
図りつつも、他債権に先立つ優先権と自力執行権と
種類
住
所
氏
名
-
電話番号
印
□続 柄:
□担当者:
※雇用者の場合は、氏名欄に会社名・役職名・代表者名を記入して下さい。
7.任意対物保険【該当する方に レ 印を付けて下さい 。
】
□有り
□無し
保険会社名
電話番号
】
8.損傷現場発生品(損傷した鉄くず等)
【該当する方に レ 印を付けて下さい 。
□引き取りを希望しません。
□引き取りを希望します。ただし、指定期限経過後は、処分されても異議ありません。
交通事故等による道路損傷行為があった場合、道
撤去を指導したうえで、状況によっては行政代執
路管理者は、原因者等必要な事項を調査のうえ、
行法に基づく代執行を行い、道路管理者で撤去す
道路損傷状況を把握しなければならない。
る、といった手段もありえる。
一般的に、損傷状況調査の過程において、原因者
それに対し、道路損傷については、道路管理者が
から前頁の『道路損傷現認・負担書(以下「現認
既に復旧を完了させており、滞納処分を課す以外
書」という。)』を徴取するが、それは必ずしも損
に、未納者への対抗手段(何らかの権力行為の発
傷事実認定の必要条件ではない。原因者が何らか
動)として取り得る手段がない。
の理由により、現認書を提出しない場合であって
も、因果関係が明らかならば事実としている。
故に、この現認書の徴取は、事実認定の必要条件
5.滞納処分実施への課題
として行われているのではなく、復旧に要する費
用の負担や、発生品の処分について、予め原因者
道路損傷債権の滞納処分は、自力執行による強力
に認知させることにより、その後の債権回収に至
な権力の発動を伴う事務である。その強さゆえに、
る手続きを、スムーズたらしめることを企図して
その処分や手続きに対して、訴えを提起されること
いるものである。
は、十分予想される。
なお、現認書徴取の完全な代替物までの機能はな
債権回収の最終手段ともいえる滞納処分に際し、
いが、「事故証明書」をそれを補完する資料の一
徴収職員が過度に萎縮することの無いよう、前段
つとする場合もある。
階の各業務において、為すべきことやクリアして
おくべき課題を考えてみたい。
③第三者の介在による当事者意識の欠落
ほとんどの道路損傷債権は、交通事故に起因して
①「何故復旧費用を負担するのか」の説明
いる。そのため、自動車保険の物損事故対応サー
直接の法律の規定は道路法第58条であるが、制
ビスとして、原因者が加入している保険会社等に、
度を理解していない者に対し、「道路法第58条
手続の一切を任せてしまう結果、当事者意識が極
に~という規定があるから。」といった適用法令
めて希薄になる例が見受けられる。
の羅列による説明は慎むべきで、そもそもそれは
納付までスムーズに手続が完結すると思われてい
『説明』ではない。
た事案が、その交通事故に自己過失割合があり、
「ある行為が無ければ本来生じることのない費用
保険外負担が伴うと判明した途端に、「この負担
を、道路管理者が負担することは、道路利用者全
金額は高い。納得できない」という主張をはじめ
体の観点からは公平性に反する(訳:あなたが起
る原因者もいる。
こした交通事故で壊したガードレールを、どうし
てその事故に無関係の道路利用者全体で負担しな
④負担命令(債権発生)までの期間
道路損傷発生から負担命令通知までに、長期間が
くちゃいけないの?おかしくない?)」というこ
とをきちんと伝えて、はじめて『説明』になる。
経過してしまうと、原因者の加害意識が希薄にな
り、「役所から突然、請求書を送りつけられた。」
といった被害者的な反応が顕著に増える。
②不誠実な損傷原因者への対応
一部の滞納者については、対応のスタート時点か
ら不誠実な態度で臨んでくることがある。
⑤未納への対抗手段が滞納処分以外にないこと
そのような者の手続について、事務が滞ることが
例えば、道路占用料であれば、道路法71条第1
比較的多いので、実務上の注意点を三点ほど挙げ
項の監督処分により占用許可を取り消し、物件の
てみたい。
a)不作為とみなされるような期間をつくらない
納入告知書を送付することになるが、それは事務
例えば、提出されるか不明確な現認書を、催促も
所経理課等の経理部署で行われる。それに伴う負
せずに待つような状態をいう。
担金納付等についての債務者からの質疑も、通常、
道路管理者は「書類提出を待っていた」と主張し
経理課で応対している。
ても、損傷原因者から「道路管理者から何の説明
経理課引継ぎ前に、既に拗れている事案について、
も連絡もなかった」と道路管理者の職務怠慢、手
経理課がその経緯を予め把握していないと、損傷
続放置の主張を以て切り返される。
原因者からのクレーム電話等の際に、適切な初期
b)現認書提出はの絶対必要条件ではない。
損傷者であることは明らかであるのに、現認書提
対応ができなくなるので、担当部署間のこまめな
情報交換が重要である。
出を明確に拒んでいるような者については、現認
書の徴取には拘泥しなくてもよい。(不誠実な者
⑥事務手続についてのより詳細なルールづくり
に対して、損傷を被った道路管理者が頭を垂れて
滞納処分マニュアルは一応整備されたが、徴収職
提出してもらうようなものではない。)
員の裁量範囲は、実はかなり大きい。国税局(税
接触回数を重ね、いかにその原因者が不誠実であ
務署)のような、当該事務に係る職務実績や人材
るかを、対応記録(臨戸、電話、郵便等)に分か
の蓄積が少ない国交省では、徴収職員の現地での
りやすく残しておくことも重要。
裁量範囲を予め限定しておくことであるとか、何
c)対応する体制の検討
人体制のチームで調査や差押えを実施するのかと
不誠実な滞納者とのやりとりは、それ自体精神的
いった、より具体的で詳細なルールを決めておく
な苦痛を伴うこともあり、それが事務停滞の遠因
ことが必要だろう。
になる場合もあるので、特定の職員にストレスが
また、最大の懸案といえるかもしれないが、滞納
集中しないよう情報を共有化し、チームで対応す
処分を行う債権の取捨についても、一定の基準作
る等の体制づくりも有用である。
りが必要である。
③道路法22条ではなく、58条で処理する理由に
ついての説明
6.おわりに
道路管理者が復旧工事を自ら行う理由について、
「品質管理や施工管理能力等の理由により、58
これまでに、道路損傷債権の滞納処分の課題とし
条で処理することを原則としている」ことをしっ
て提起した事を、ひと言で簡潔に表現するとすれば、
かり伝える。
『できることを速やかに。できないことで悩まない。』
である。
④負担命令金額内訳
費用負担命令書には内訳書が添付され、、工種・
単位・数量等、工事の内訳が記載される。
道路損傷債権の回収事務は、相手が存在する事務
であり、しかもそれが民間の一個人の場合が多い。
そのことを強く認識しておけば、こちらの思惑と
それらについて、予め原因者に尋ねられても解説
は異なる展開になることも予想の範囲内となり、そ
できるようにしておくことや、必要に応じて官側
のための準備を事前に整えておくことも可能とな
で積算したものを準備しておく等、金額の妥当性
る。その辺りの事情を勘案して、日々の業務にあた
を説明できるよう努める必要がある。
ることもまた重要であろう。
⑤経理課への対応状況の引継ぎ
負担命令通知と同時に、債権が発生して原因者に
参考文献
山本茂編著:図解国税徴収法