人類と生命のための健康な環境デザインの考察

富山国際大学地域学部紀要
第 7 巻 (2007.3)
生存のための環境デザインと環境汚染
−人類と生命のための健康な環境デザインの考察−
Environment Design for Health of All Lives
安藤
満
ANDO Mitsuru
はじめに
地球史のなかで人類が飛躍的に種個体群を増やしている「人類の時代」が続いている。農業の
発達は飢餓の不安を少なくし、化石燃料の利用は過密な工業化社会の形成を可能とし、急速な都
市化を促進した。この発展の流れは留まるところを知らないような勢いで継続している。無限と
考えられる現人類の優先種化は、しかし一方で全く万全という訳ではない。
確かに人類は現地球において、生態系の最上部を占める生物となっている。しかし人類の環境
改変作用は高度なため、人口の増加は必然的に自然環境の破壊へと繋がっている。農業も自然破
壊の側面を持っており、森林破壊は現在も進行し続けている。化石燃料の利用はエネルギー消費
を巨大化させ、人口の都市集中と産業活動による自然破壊はさらに顕著となり、その自然破壊作
用は現在も続いている。
人類は生態学的には、食物連鎖のピラミッド上の一次消費者から高次消費者を占める位置にあ
り、その種個体群は絶対的に生産者に依存している。人口増加に伴う食糧需要の増大は、穀物と
家畜を増やす農業の発明と発展に結びつき、食糧生産を支えるための人口増加を促し、循環的人
口急増が加速されてきた。
地下資源としての化石燃料の発見と採掘は、工業と農業への化石エネルギー利用を促し、工業
と農業の生産性を飛躍的に伸ばすことにより人口の爆発的増加を支えている。化石燃料の焼却は
有害な汚染物質発生につながるため、工場の集中する都市域においては大気汚染を引き起こす。
大気汚染由来の有害物質としては、産業革命の初期より慢性の呼吸器障害を引き起こす二酸化硫
黄や硫酸ミストが代表的なものである。近年は高温燃焼時やジーゼル排気ガス中に多く含まれる
二酸化窒素などのガス状の窒素酸化物汚染が顕著である。また光化学オキシダントは住民の多く
居住する都市郊外における汚染が著しい特徴を持っている。
都市の貧困の視点からは、近代的社会においてさえ工業化社会の不均衡な進展が格差社会の形
成を促進し、何時誰が社会的弱者化し都市貧困層化するか分からない不安な状況が生まれている。
その一方で消費需要の拡大が模索され、工業生産や農業生産を担う国際的メジャーは、日本にお
ける農業のように脆弱な産業の息の根を止める方向に進んでいる。近代社会全体が生産・貯蔵・
輸送に係わる化石エネルギーへの過度な依存を生んでおり、化石燃料への依存が拡大する螺旋サ
イクルを形成している。
環境デザインと自然保護
自然保護はこのような人類による意識下・無意識下の活動による自然破壊から、自然を守る意
味が込められている。自然保護は地球上に存在する多様な生物種にとっての生存環境を自然生態
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系として保全し、生物種と環境を調和させることを意味している。このため人類発展にとって必
ずしも快適な環境とはいえない自然保護も存在する。近年の諫早湾干拓は、干潟の多様な生物の
生命を犠牲にし、地域の人の経済生活安定を図るという側面を突き進めたものである。
環境デザイン(environment design)は、ミクロスケール、メゾスケール、マクロスケールの環
境を人類は勿論のこと生物の生存に最適な状態に保つことを模索する分野である。環境デザイン
の一側面でしかあり得ない景観デザイン(visual design)ではなく、生態学的視点に則り自然生態
系の保全と健全な環境を総合的に網羅していく必要がある。自然生態系は、生物多様性、植生学
的背景、進化的意味を内包しており、人為的環境は極力排除する努力が必要である。
ビオトープ(biotope)の概念は、多種の生物の存在する場所という意味があるが、公共事業化し
ているビオトープ事業の多くは人工的な側面が強い。本来は人類に傷つけられ痛んでいる自然と
環境に対する生態学的洞察と人類活動に対する謙虚な考察が必要とされる。環境修復の概念には、
自然生態系を保全する態度が必要であり、過去に幾度も試みられてきた
る
人為的に自然を改造す
発想は、今日まで重大な失敗をもたらしてきている。
化学物質による汚染と生命
現代社会の便利さと引き替えに、現在有害化学物質が身の回りに溢れている。農薬の他に日常
的に人体汚染を引き起こす有害化学物質としては昔から問題となってきた自然起源の化学物質の
他に、近代農業において農薬と共に多用されている肥料成分や、人が工場や家庭において利用し
てきた多数の合成化学物質がある。このため農薬のリスクに加え、これらの化学物質のリスクを
加味していく必要がある。
農業地域においては、化学肥料による地下水汚染が起こりやすいが、家畜糞尿による汚染も加
わってくる。特に硝酸性窒素や亜硝酸性窒素の汚染は深刻である。土壌中では肥料や糞尿の窒素
成分は、硝酸塩や亜硝酸塩として存在する。摂取された亜硝酸塩は血液のヘモグロビンと結合す
ると、メトヘモグロビンを形成し、酸素との可逆的結合能を失う。
化学肥料に依存した在来農法による農業地域と地下水汚染の危惧
このためメトヘモグロビンを多量に含む血液では、人体は酸素欠乏に陥り、深刻な例では重篤
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な中毒症状を示し、海外では死亡にまで至る事例が多く報告されている。このメトヘモグロビン
症状は、酸素欠乏状況であるチアノーゼを引き起こす。特に酸素欠乏に弱い新生児・乳児期にお
いては
ブルーベイビー症状(blue baby syndrome) の集団発生と死亡が観察されるため、公共
の上水源の水質管理に厳しいモニタリングが行われている。下図に示すように日本でも地下水の
硝酸性窒素や亜硝酸性窒素による汚染が年々進行している。硝酸態窒素肥料は田畑で大量に使用
されており、今後公共の上水源について厳重な監視と警戒が必要とされている。この意味からも、
化学肥料と農薬の大量使用に頼る慣性農業は見直す必要がある。
化学物質は先端科学の発展にともなって急速に増加しており、近年は毎日ほぼ 4 千種の新しい
化合物が合成され、総数はすでに 2100 万種を越えている。現在の生活のなかでは常に新しい物
質が利用され、製造工程や廃棄により環境中に放出されている。このため日本においては、とく
に危険性の高い物質については、
「特定化学物質の環境への排出量の把握など管理の改善の促進に
関する法律」
(PRTR法)により国と自治体が管理している。ダイオキシン、ベンゼン、ホルム
アルデヒドのように環境や健康への影響が危惧される化学物質は、第一種指定化学物質として登
録し、排出量と移動量を届け出ることとされている。
硝酸性窒素・亜硝酸性窒素濃度の環境基準超過井戸数の推移(棒グラフ■)
化学物質は人を含む生命に対して様々な毒性を示すため、多量に使用される現在の社会にお
いては厳重な管理を必要としている。毒性については後述するが、発ガン性、変異原性、慢性毒
性、吸入毒性、生殖毒性、アレルギー性(感作性)
、生態毒性についての懸念が広がっているため、
第一種指定化学物質の排出・移動に関しては法律で規制されている。2001 年度の排出・移動総量
は 537,053 トンに及ぶ。規制により段階的に削減されてきてはいるが大気中への排出が、年間
280,611 トンを占めている。有害廃棄物の埋め立ては 20,301 トン、公共用水への放出は 12,580
トンを占めている。
一方自然起源の有害物質としては、ある種の植物に含まれる種々のシアン化合物やアルカロイ
ド、フグ毒のテトロドトキシン、カビの生成する毒素であるアフラトキシン・オクラトキシン A・
ステリグマトシスチンなどの毒物がある。このような物質が食品中に存在すると、経口摂取によ
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る食中毒として問題になる。特にアフラトキシン B1 は肝臓に対する発ガン性が強力で、天然の
発癌物質としては最強の部類にある。アフラトキシンを産生するカビのアスペルギルス・フラブ
ス(Aspergillus flavus)は国内には殆ど生育していないが、海外では普通に存在するため、輸入食
品の汚染が問題となる。穀物、ココナツ、ナッツ類はアスペルギルス・フラブスが繁殖しないよ
うに、十分な管理と注意が必要となる。以下に示すように、アフラトキシンは発ガン性のみなら
ず毒性も強い。
1960 年夏、イギリスにおいて数ヶ月の間に 10 万羽以上の若い食肉用七面鳥が死亡した。その
原因を追求していく中で、ブラジルから輸入されピーナツミールに食中毒の原因があると判明し
た。ピーナツミールの中にアフラトキシンが含まれ、それにより中毒したことが明らかとなった。
人に対する毒性であるが、1974 年インド起こった集団中毒事例では、中毒した 397 名中 108 名
が亡くなっている。その時のアフラトキシンの暴露濃度は、体重kg当たり 55μg(55μg/kg)で
あった。1982 年にはケニヤでアフラトキシンの集団中毒事件が発生したが、その時のアフラトキ
シンの暴露濃度は 38μg/kg であったと予想されている。
アフラトキシン B1 は肝臓ガンのリスクが高いが、胃、腎、肺、皮膚、リンパ腺、副腎皮質、
唾液腺、脳、下垂体、乳腺、子宮、精巣等、様々な器官や組織に発ガン性を示す。輸入食品に依
存せざるを得ない現状では、細心の注意が必要なカビ毒といえる。
また食品に添加される化学物質の毒性も問題となる。一時期自動車の不凍液であるエチレング
リコールがブドウ酒に添加されていたことがあった。エチレングリコールは腎毒性があるが、甘
みがするため不用意に輸入ブドウ酒に添加されていたわけである。どれほどの人が中毒症状を起
こしたのか正確には調査されずに終わったが、非常に危険な状況であったと考えられる。
また食品に添加される化学物質の一種である食品添加物の中には、発ガン性を疑われる物質も
存在する。特に防腐剤・保存料は細菌の増殖を抑えるために食品に添加するものであるが、生物
毒性を示す化学物質であるため摂取量が多くなると人への毒性も危惧される。以前のことではあ
るが、食品添加物の防腐剤・保存料として広範に使用された AF-2 は発ガン性が認められたため
使用が禁止されたという事例も存在する。
ハムやソーセージなど肉製品に添加される食品添加物の亜硝酸は、防腐剤・保存料としてよく
使用されている。亜硝酸の中毒についてはメトヘモグロビン生成による毒性について先に述べた。
亜硝酸はその毒性に加え、生体内に存在する二級アミンと反応し、体内でニトロソアミンを生成
する。干物にはジメチルアミンが含まれることが多いため、亜硝酸と反応するとジメチルニトロ
ソアミンを生成する。ニトロソアミンは DNA のメチル化を行う顕著な発ガン物質である。野菜
や果物に含まれる種々の還元性物質や活性物質がニトロソアミンと反応し、生体内での発ガン性
を抑制していると考えられる。しかし亜硝酸の摂取過剰は慎む必要があり、この点からも防腐剤・
保存料の食品添加は控えなければならないと考えられる。
金属の中にも水銀、カドミウム、鉛などの重金属は工業的によく利用されるが、生物濃縮され
易く、生態系の汚染を通じて人体への高濃度蓄積を起こす。日本においてはこのような重金属に
よって公害病が発生し、有機水銀中毒によって第一水俣病と第二水俣病が、カドミウム中毒によ
ってイタイイタイ病が引き起こされた。
無機物による中毒としては、井戸水の汚染によるヒ素中毒、水と屋内大気汚染によるフッ素中
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毒、過剰の鉄やアルミニウムの摂取による中毒等、種々の中毒事例が報告されている。
大気汚染由来の有害物質としては、慢性の呼吸器障害を引き起こす二酸化硫黄や硫酸ミストを
はじめ、ジーゼル排気ガスに多く含まれる二酸化窒素などのガス状の窒素酸化物がある。二酸化
硫黄は主に気管支を傷害し、酸化窒素類は気管支から下気道に侵入し、肺実質細胞を傷害する。
大気化学反応により生成するオゾンをはじめとした光化学反応生成物や吸入性の微小粒子も、経
気道から侵入し呼吸器系疾患を発現する。ジーゼル車や燃焼排気ガスとして放出される吸入性粒
子に含まれる多環芳香族化合物の中には、ベンゾ(a)ピレンのように肺癌のリスクの高い物質
も多数存在する。燃焼に伴う排ガスを高濃度に吸入すると、これらの大気汚染物質により肺ガン
や心臓病のリスクが高くなる。
産業化・都市化による環境汚染
高度産業化社会の進展が招く産業の都市集中に伴い、世界中で都市化の進行は遍く促進されつ
つある。都市化の波は人口密度が既にピークを迎えている先進国だけではなく、現在発展中の途
上国においても加速しつつある。多くの途上国において荒廃する農村を離れ都市への人口流失が
進んでいる。これら多くの途上国の政府は農村への投資と都市への投資のバランスに苦慮してい
る。大都市への人口の集中が環境への配慮を無視して進行すると農村の荒廃と同時に都市の生活
環境の急激な悪化をもたす。既に世界の大都市の中にはスラム化や、上下水道施設をはじめとし
たインフラの遅れ、大気・水質の著しい環境汚染によって市民の健康が脅かされる状況が生じて
いる。
大気汚染
近年の日本における死因の動向では、癌による死亡が急激に増えていることが判る。どの先進
国のみならず途上国さえも癌による死亡の多さに苦悩しており、近年「我々は癌戦争に破れつつ
あるのではないだろうか?」と現状の癌対策への厳しい批判も聞かれるようになっている。
なかでも肺癌の増加が顕著で、喫煙が最大のリスク因子であるため、治療の困難さを考慮する
と禁煙に向けた厳しい対策が望まれる。後述するように、世界保健機関(WHO)は既に
Tobacco
Free Initiative”の行動指針の基、世界からタバコによる健康被害を無くす取り組みを推進している。
それに加えて都市部における肺癌の増加は著しく大気汚染質の関与が予想される。都市の大気汚
染の場合、発生源として寄与度の大きいものは自動車や工場、それに暖房等の燃焼による排気ガ
スである。
日本における大気汚染の歴史は古く、足尾や日立の金属精錬の際に発生した亜硫酸ガスは広範
な植物を枯死させる一方、勤労者と住民多数を慢性閉塞性肺疾患(COPD)で悩ました。このよう
な大気汚染の悲劇としてはドノラ、ミューズ渓谷の事件とロンドンスモッグが有名である。特に
ロンドンスモッグは被害が余りに大きかったために、先進国において大気汚染への関心を急速に
高めた。日本は同じ頃より高度経済成長期に入り、環境より成長が優先されていたため、工場排
煙が成長のシンボル化される状況であった。このため大気汚染によって多数の公害病患者が発生
した。対策の進んだ現在では想像できないが公害病患者が 10 万人を超えていた 1990 年 3 月時点
では、103,088 人の公害被害認定患者の 98 %以上(101,258 人)が大気汚染による患者であった。
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このため世論の公害反対の要求が非常に強く、公害の原因を引き起こしている企業において公
害防止のための施策と設備改善が集中的に行われた。多くの企業は生産設備に回す経費を公害対
策への設備投資に振り替え、苦慮しながら公害対策を実施してきた。その結果、下図の環境省の
モニタリング結果が示すように 1970 年代当初まで多数の公害病患者を出した亜硫酸ガス、硫酸
ミスト、粉じんによる公害が少なくなってきた。自動車交通の発達に伴い近年は、窒素酸化物、
光化学オキシダント、浮遊粉じんによる汚染が最も深刻なものとなっている。
二酸化硫黄(SO2)
大気汚染の原点とも言える汚染物質であり、世界中で多くの健康被害をもたらしてきた。現在
も開発途上国では多くの健康被害を生じている。先に述べたように国際的にも深刻な健康被害が
Meuse Valley, Donora, London において発生し二酸化硫黄の対策が強化された。日本においても
四日市、川崎等の工業地帯において、最も多くの公害病患者を苦しめた汚染物質である。
「公害健康被害の補償等に関する法律(公健法)」の制定と排出規制により、公害病患者の健康
被害を救済すると共に、企業に二酸化硫黄の排出量に応じた負担を求め、汚染レベルをコントロ
ールし、環境濃度の抑制に成功した。下図に環境省のモニタリング結果を示す。2004 年現在、一
般環境大気測定局も自動車排出ガス測定局も、1970 年、71 年の年平均汚染レベル 0.034 ppm、
0.036 ppm の約 1/10 の汚染レベルまで低下し、0.004 ppm になっている。
二酸化窒素(NO2)、一酸化窒素(NO)
下図の環境省のモニタリングによると、NO2、NO の大気汚染は一般環境大気測定局、自動車
排出ガス測定局において 1970 年 0.035 ppm、0..042 ppm から 2004 年 0.015 ppm、0.028 ppm
と改善しているが、自動車排出ガスの改善が十分でない。このため「自動車 NOx・PM 法」-自
動車から排出される NOx・PM の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法-東京、神
奈川、埼玉、千葉、愛知、三重、大阪、兵庫-により今後緩やかながらも改善が期待される。
一方北陸のように規制から外れる地域については、大気汚染が現状のまま推移するか、もしく
は大気汚染が進む恐れさえも指摘されている。上記大都市圏周辺では規制に適合した大型車が走
行することとされている。適合しない大型車は排気ガス浄化装置を装着することとされている。
しかし排気ガス浄化装置を付けることもなく周辺地域に転売される大型車が出る恐れも指摘され
ている。
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浮遊粒子状物質(SPM)
1974 年一般局 0.058 ppm、自動車排出ガス測定局 0.162 ppm であったが、近年緩やかな改善
傾向にあり、2004 年現在一般局 0.025 ppm、自動車排出ガス測定局 0.31ppm となっている。
光化学オキシダント
全国的に汚染レベルは高く、環境基準(一時間値が 0.06 ppm 以下)達成局数は一般局、自動
車排出ガス測定局両方で2局(0.2%)と、依然として全国的に低い水準となっている。光化学オ
キシダントの高濃度域は、自動車交通の発展に伴い広がっており、近年は都市周辺域までの広域
汚染が進んでいる。
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一酸化炭素濃度(CO)
一酸化炭素濃度は 1970 年一般環境大気測定局 2.8 ppm、自動車排出ガス測定局 4.4 ppm に比
べ、2004 年現在 0.4ppm、0.6 ppm と著しく改善してきている。これは主に自動車排出ガスの規
制によるものである。
有害化学物質
日々技術革新の華々しい今日、人類による多数の化学物質の大規模な生産や人為的発生にとも
ない、生物毒性のある各種の化学物質が環境中に常在する状況が生じている。このため、さまざ
まな野性生物種の生存にとって危機的状況も生まれ、この現状が継続すると人類の生存にとって
も危険な状態になりつつある。現状は多数の化学物質への人の慢性的暴露が避けられず、その状
況が今後ますます進行することが予想される。このため後述するように多数の化学物質過敏症の
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人々が苦しむ環境を作っている。これら化学物質の中には、ベンゼンやクロロホルム等、発ガン
性が明確であり現在使用を禁止されているが、以前は溶剤として多用されてきた化学物質も存在
する。また地球規模の汚染を引き起こし、人に対する発ガン性がはっきりしている有機塩素系化
合物も多数残留している。環境汚染を起こしている有機塩素系化合物には、農薬のDDT、BH
Cに始まり、熱媒体のPCB、IC工場やドライクリーニングで用いられ深刻な環境汚染を起こ
しているトリクロロエチレン類、除草剤に不純物質として含まれ、現在焼却場等での生成が危惧
されている猛毒のダイオキシン、ダイベンゾフランと数多く存在する。
有害化学物質は、呼吸器を通じて侵入する場合(経気道暴露)
、食事や飲料水に含まれ消化管を
通して体内に吸収される場合(経口暴露)、そして皮膚吸収によって体内に侵入する場合(経皮暴
露)の 3 通りの経路がある。先にPRTR法について述べたが、現代の工業化社会は、排気や排
水処理を常に厳しくチェックしない限り、深刻な環境汚染が引き起こされ、人体は多数の有害化
学物質に常に曝されることとなる。以下に環境省のモニタリング結果による有害化学物質の環境
中濃度を示す。
環境基準が設定されている物質(4物質)2004 年度(環境省)
物質名
地点数 環境基準 平均値
濃度範囲
超過割合
ベンゼン
418
5.5[7.8] % 1.8 µg/m3 0.44∼5.0 µg/m3
トリクロロエチレン
361
0[ 0 ] %
0.93 µg/m3 0.0030∼22 µg/m3
テトラクロロエチレン 374
0[ 0 ] %
0.38 µg/m3 0.0078∼10 µg/m3
370
0[ 0 ] %
2.6 µg/m3 0.19∼66
ジクロロメタン
µg/m3
(注)環境基準超過割合の[ ]値は 2003 年度の数値
環境中の有害大気汚染物質による健康リスクの低減を図るための指針となる数値(指針値)
が設定されている物質(4物質) 2004 年度(環境省)
物質名
地点数 指針値
平均値
濃度範囲
0.00075∼1.3µg/m3
超過割合
344
0[ 0 ] %
0.11 µg/m3
塩化ビニルモノマー 350
0[ 0 ] %
0.083µg/m3 0.0031∼3.3µg/m3
水銀及びその化合物 267
0[ 0 ] %
2.3 ngHg/m3 0.94∼4.6 ngHg/m3
アクリロニトリル
ニッケル化合物
280
1.8[2.6] % 5.9 ngNi/m3 0.69∼38
(注)指針値超過割合の[ ]値は 2003 年度の数値
-9-
ngNi/m3
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モニタリングを行った物質の発がん性の評価、評価値(環境省)
物質名
IARC(国際がん 評価値等(単位:μg/m3)
研究機関)の
EPA10−5 WHO 欧州 大気環境基準等
発がん性評価
アクリロニトリル
2B
0.1
0.5
アセトアルデヒド
2B
5
-
塩化ビニルモノマー
1
2.3
10
クロロホルム
2B
0.4
-
-
酸化エチレン
1
-
-
-
1,2−ジクロロエタン
2B
0.4
700
ジクロロメタン
2B
20
3000
テトラクロロエチレン
2A
-
250
トリクロロエチレン
2A
-
23
1,3−ブタジエン
2A
0.3
-
ベンゼン
1
1.3∼4.5 1.7
ベンゾ[a]ピレン
2A
-
0.00011 ※1,2 -
ホルムアルデヒド
1
0.8
100
水銀及びその化合物
3
-
1
ニッケル化合物
1
0.04
※a
0.02
※b
ヒ素及びその化合物
2
※1,3
※
10
※1,3
※
-
※3
※4
150
※2
200
※1,2
200
3
※1,2
-
※4
0.04
※2
0.025
※1
0.025
1
0.002
0.0067
ベリリウム及びその化合物 1
0.004
-
マンガン及びその化合物
-
-
0.15
六価クロム化合物
1
0.0008
0.00025 ※1 -
※1,2
※
※
-
※2
-
○「IARC の発がん性評価」についてのガイドライン
1
人に対して発がん性を示す物質
2
人に対して発がん性を示す可能性のある物質
2A
可能性の高い(probably)物質
2B
可能性の低い(possibly)物質
3
人に対して発がん性を評価するには十分な証拠が得られていない物質
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○ 「評価値等」について
・
「EPA10−5」の欄は、米国環境保護庁が設定したユニットリスクに基づく 10−5リスクレベ
ル換算値
※a
ニッケル精錬所からの煤じんに対して
※b
2硫化3ニッケル(Ni3S2)に対して
・「WHO 欧州」の欄は、WHO欧州地域事務局のガイドライン値
※1
ユニットリスクの 10−5レベル換算値
※2
WHO欧州地域事務局の 1996 年の改定ガイドライン値
※3
WHO欧州地域事務局の 1996 年の改訂の際に再評価が行われなかったが 1987 年の
ガイドラインにある物質
※4
ジクロロメタンは 24 時間平均値、ホルムアルデヒドは 30 分平均値であり、これ以
外のユニットリスクで示されない物質は年平均値を示す。
タバコ−WHO の
Tobacco Free Initiative
タバコ煙の中には多種の多環芳香族化合物やニトロ化多環芳香族化合物等の発ガン物質や変異
原が非常に高い濃度で存在する。このため喫煙者だけでなく同居している家族の発ガンリスクを
上げることが知られている。高い濃度のタバコ煙に曝される肺の細胞の障害は著しく、肺ガンの
リスクは異常に高くなる。世界保健機関(WHO)やアメリカ環境保護庁(USEPA)の喫煙による肺ガ
ンリスクによると、肺ガン患者の約 90%が喫煙によると予想されている。
WHO では喫煙は死因の第二位を占め現在毎年 500 万人が死亡しているが、このまま推移する
と現在の喫煙者の半数、約 6 億 5000 万人の人がタバコが原因で死亡するとしている。WHO は
タバコが予防できる最大の単一要因による死亡原因となっているとして Tobacco Free Initiative
を、全世界で強力に推進している。タバコは発ガンのリスクが顕著であるが、慢性閉塞性肺疾患
(COPD)とそれによる死亡の寄与も大きい。
野生生物・愛玩動物(犬・猫)への深刻な影響
自然生態系への被害を起こしやすいのは農薬であるが、農薬多用の現代、農薬による被害は野
生生物にも及ぶ。近年北海道では特別天然記念物タンチョウが殺虫剤農薬フェンチオンによる中
毒で死ぬ被害が出ている。死亡したタンチョウの身体から、高濃度のフェンチオンを検出したこ
とから、フェンチオン散布により弱った昆虫を直接摂取したことによる被害と考えられている。
ペットブームで愛玩動物と暮らしている家族も多い。しかし愛玩動物にとっても危険きわまり
ない状況が生じている。犬を散歩に連れて行く人も多いが、犬は胃腸の調整のため良く道ばたや
野原の草を食べる。殺虫剤や除草剤が散布してある草を食べた場合、農薬中毒の症状を発症する。
許し難いことであるが、意識的に殺虫剤等を散布した餌を撒き、鳥や犬猫に被害を及ぼす悪質な
事例も散見される。
クマリン系殺鼠剤(ワーファリン warfarin)は抗凝血性を示す農薬である。殺鼠剤としての特徴
- 11 -
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から哺乳類への毒性が強い。犬や猫は一粒で死ぬほどの毒性(3mg/kg)を示す。毒餌として使用
されるため、餌と勘違いして食す場合が多い。多くの犬や猫が犠牲になっていると考えられる。
毒性の強い殺虫剤、除草剤、クマリン系殺鼠剤を適切に規制し、田畑が野生の鳥や犬猫にも危険
な現状は早急に改める必要がある。
野菜や果実の生産拠点となっているハウスでは、農閑期にハウス内に入り込んだ犬の死亡事故
が起こることがある。ハウス内土壌消毒のために散布された土壌燻蒸剤による被害である。ハウ
スでは連作障害の予防と雑草対策のために、土壌消毒は欠かせない。散布される土壌薫蒸剤は毒
性の比較的強いものが使用されている。無色無臭の土壌消毒剤の場合、人の嗅覚に比べ数千倍の
感度を持つ犬でさえもその危険を察知できないことを示している。現代の効率化優先の農業には
一歩間違うと生命への危険が満ちあふれている。
人口増加を支えるために食糧の増産を維持しながら発展してきた人類であるが、その食糧の安
全性も確かなものではない。輸入に頼る以上予想されることではあるが、現在輸入野菜に許容濃
度を超える殺虫剤クロルピリフォスやディルドリンが検出され、市場での回収や輸入停止が起こ
っている。隣接する中国本土から野菜を移送している香港では、既に高濃度の農薬に汚染された
野菜による健康被害が頻発し、それ以降汚染野菜を「毒菜」と呼んで、食品の生産と流通に監視
の目を光らせている。日本国内の農作業においても使用の許可されていない農薬が散布され、農
産物の出荷停止が起こっている。農薬の高濃度混入は農業生産現場での安全管理体制が整わない
限り、将来ともなくなることのない非常に深刻な問題である。
遺伝子組み換え作物(GM 作物)
豆腐、納豆、味噌といった主食の一部を成す大豆の安全性にも不安がある。大豆の大生産地で
あるアメリカ合衆国では、遺伝子組み換え(GM)大豆の栽培が盛んである。日本の耕地に比べ
千倍ほどもある広大な大豆畑では、害虫の駆除には多量の殺虫剤農薬を必要としている。経費的
に考えても殺虫剤成分を合成・含有する GM 大豆を植える方が農家にとって有益なわけである。
米国における GM 作物の導入は、産官学一体となって促進されている。
遺伝子組み換えの手法は比較的簡単ともいえる。アグロバクテリウム(Agrobacterium
tumefaciens)は、自然界において植物に寄生する土壌細菌であるが、寄生の際細菌遺伝子の一
部を植物の遺伝子に組み込み増殖する。自然に遺伝子を組み込むアグロバクテリウムの利用は、
遺伝子組み換えの手法として広く用いられている。その他に遺伝子をコーティングした弾を打ち
出す遺伝子銃を用いる方法、電気パルスをかける方法、ポリエチレングリコールを用いる方法と
様々である。これらの中でアグロバクテリウムを用いる方法が最もソフトな方法といえる。遺伝
子操作は多種の動植物において行われ、バイオテクノロジー分野において非常に有用な成果をも
たらしている手法である。しかし遺伝子組み換え作物は食糧として常食するため食の安全性面、
野生生物への影響、導入遺伝子の拡散等が危惧されている。
GM 農作物の栽培はアグリビジネスのモンサントの宣伝もあり、米国以外の国、南米のブラジ
ル、アルゼンチンやアジアへと広がっている。食品中には余分な有害物は出来るだけ排除しなけ
ればならない。
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国際農村医学会において、GM 大豆の有用性を説明する米国アイオワ州の担当官
現在顕著になっている石油ピークは輸送コストの上昇を招くため、二重の意味で主食の大豆は
自給すべき時期に来ていると考えられる。米国の農地面積は広大で、日本と異なり 1,000ha 規模
の農地も普通に存在する。そのため耕作には大型の農業機械が欠かせないが、それでも耕作には
多くの日数を要している。農薬散布に要する時間と経費は、米国の農家にとって大きな負担とな
っている。殺虫蛋白質を合成する GM 大豆を植え付けるのは、そのような背景がある。
Bt 剤
細菌の一種(バチルスチューリンゲンシス:Bacillus thuringiensis
Bt と略称)は、1901 年日本
においてカイコに対する壊滅的被害を与えた時、昆虫に病原性を持つ細菌として発見された経緯
を持つ。日本においてはカイコへの病原性の故に農薬としての登録に長い期間を要したが、現在
は微生物農薬 Bt 剤として登録されている。Bt は芽胞形成時に、昆虫の幼虫に対する病原性蛋白
質であるδ―エンドトキシンを産生する。昆虫の幼虫の中腸の消化液はアルカリ性を示すため、
アルカリ性下で蛋白分解酵素により加水分解され、毒性のある蛋白質断片を生成する。この蛋白
質断片は中腸細胞膜の受容体と結合し、細胞の浸透圧の異常を起こし細胞の壊死をもたらす。昆
虫の幼虫は摂食不能で餓死する。Bt は菌株により産生されるδ―エンドトキシンが異なるため、
多くの害虫に対する殺虫効果のある Bt 剤が開発されている。
人を始め哺乳類の胃は酸性のため、Bt の産生する蛋白質は胃においてペプシン等で分解される。
このため哺乳類についての毒性は少ないとされているが、長期摂取の状況については今後とも検
証が必要と考えられる。
Bt由来殺虫蛋白質を合成する GM 作物(Bt 作物)
「Bt が合成するδ―エンドトキシン蛋白質を作物自身が合成したら殺虫効果が高まるのではな
いか?」という構想の下に遺伝子操作が実施された。Bt のδ―エンドトキシン合成の遺伝子を植
物の遺伝子に組み込んだ作物が市場に供給されてきた。代表的 GM 作物の登場である。Bt のδ
―エンドトキシン合成の遺伝子を組み込んだ GM 作物は大豆だけではなく、トウモロコシ、ジャ
ガイモ、綿花等、様々な作物に広がっている。
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GM 大豆を植え付けた広大な農地−殺虫剤の散布に苦労する広い耕地面積
米国の多くの農家自身もモンサントの宣伝を信じ、バッタ等の害虫による被害が GM 大豆によ
って守られ、農薬散布の経費が抑えられることを望んでいる。大豆を直接摂取する日本人とは、
GM 大豆の見方が完全に食い違っている。
除草剤耐性 GM 作物(ラウンドアップレディー作物)
GM 作物は様々な可能性と危険性を備えながら、これからも導入が模索されていくと考えられ
る。農薬に耐性の性質を示す遺伝子を組み込み、農薬の利用を容易にする作物も作り出されてい
る。グリフォサート除草剤(商品名ラウンドアップ)は多種の雑草に除草効果を示す非選択性除
草剤である。グリフォサートは植物の芳香族アミノ酸の合成酵素を阻害する比較的毒性の低い農
薬である。アグロバクテリウムを利用し、この除草剤に対する耐性の遺伝子を組み込むことによ
り作り出したラウンドアップ除草剤に耐性のラウンドアップレディー作物も、大豆(ラウンドア
ップレディーダイズ)、食用油用のカノーラ、綿(ラウンドアップレディーコットン)等が開発さ
れ市販されている。
除草剤グルフォシネートに対する耐性作物は、グルフォシネートを不活性化する細菌の遺伝子
を導入した作物である。多くの耐性穀物が開発されているが、グルフォシネート耐性トウモロコ
シや菜種が市販されている。今後さらに多くの GM 作物が開発され市販されていくものと考えら
れる。
遺伝子組み換え作物の歴史と課題―人類の将来の運命を決める選択
遺伝子組み換え作物(GM 作物:genetically modified crop または genetically engineered crop)
は 1994 年カルジーン社(Calgene)が、長く新鮮さを保つトマト(商標−香りを保つもの−フレーバ
ー・セーバー:The Flavor Saver)を開発し販売したことに始まる。以後 GM 作物は、大豆、エ
ンドウ豆、トウモロコシ、小麦、菜種、ジャガイモ、ピーナツ、クルミ、サトウ大根、レタス、
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タマネギ、コショウと拡がってきた。食用作物以外にも、綿花やタバコにも GM 作物が
農民が大豆のバッタによる被害を示し GM 大豆の有用性を説明
栽培されている。市販されている GM 作物の多くは、前に述べた Bt(バチルスチューリンゲン
シス)の産生する殺虫蛋白質を作物の遺伝子に導入した作物である(Bt コーン、Bt 大豆、Bt ト
ウモロコシ、Bt ポテト、Bt 綿花)。
一般の Bt 剤は殺虫剤農薬であるため散布する必要があるが、遺伝子組み換えを行って Bt 剤を
自ら合成する作物には、散布する必要がなく、作物を食害する昆虫は、摂食により死亡すること
となる。前に述べたように人には無毒とされているが、多数の人が不要な蛋白質を取り込むこと
になるため、アレルギー反応を起こす人が出る可能性が危惧される。
現実に大豆に遺伝子操作を施し、ブラジルナッツの遺伝子を導入する試みが、現在デュポン
(Dupont)の子会社となっている企業で試みられたことがある。ブラジルナッツには大豆に不足す
る必アミノ酸であるメチオニンが豊富に含まれているのが理由である。しかしブラジルナッツの
蛋白質の一部は重大な健康障害となる激しいアレルギー反応を起こす。遺伝子操作された大豆蛋
白質にもブラジルナッツの蛋白質のもつアレルギー反応がみられた。幸いにも市販前にこのこと
が判明し、この遺伝子操作大豆は市場に出回ることはなかった。遺伝子操作による新しい作物に
は、このような生命への危険性がいつも内在する可能性があることを深く認識していく必要があ
る。
除草剤のラウンドアップに抵抗性の遺伝子を導入された作物(ラウンドアップレディ)は、除草
剤耐性が前提となっているため、農薬暴露が増える可能性がある。殺虫剤、除草剤に続いて、遺
伝子組み換えにより殺菌剤を合成するGM作物も出てきている。ついには殺虫剤と殺菌剤を合成
し、除草剤に耐性のスーパー作物も現実になると考えられる。
図に示すように 1999 年時点では、遺伝子組み換え作物はその大部分(74%)が米国であった。
その後巨大企業アグリビジネスの積極的な売り込みにより、世界中に広がり続けている。2004
年には GM 作物は、米国の作付け面積の 59%、アルゼンチンの 20%、カナダの 6%、ブラジルの
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6%、中国の 5%、パラグアイの 2%、インドの 1%、南アフリカの 1%を占めるまでになっている。
現在でも米国の普及は目覚しく、全世界の GM 作物の作付面積の半分以上を占めている。今後さ
らに世界中に拡がっていくと考えられる。
1999 年時点での世界における GM 作物作付け面積(米国が世界の 74%)
2004 年時点での世界における GM 作物作付け面積(米国が世界の6割)
GM 作物面積
1%
1%
2%
6% 5%
6%
59%
20%
米国
アルゼンチン
カナダ
ブラジル
中国
パラグアイ
インド
南アフリカ
このように様々な機能を持った GM 作物の増加は、将来の食生活と環境に対する大きな不安と
なっていくと考えられる。モンサント(Monsanto)、シンジェンタ(Syngenta)、ノバルティス
(Novartis Seed)、アベンティス(Aventis Crop Science)、ベイヤー(Bayer Crop Science)の巨大
アグリビジネス各社は、GM 作物の特許取得にしのぎを削っており、種子の購入により巨額の資
金が入る仕組みが出来上がっている。
一方食料の乏しい開発途上国は、種子購入資金の不足のため GM 作物の栽培が出来ない事態が
起こっている。インドにおいては GM 綿花を導入したために、収穫が不安定化し苦境に陥いる農
家が多数出るという GM 作物特有の不安定さもある。バイオエタノールやバイオディーゼルへの
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利用を含め GM 作物の拡大に対して食の安全性と生存権をいかに確保するかは、人類の将来を決
める上で世界史的視点が必要とされる重要な課題といえる。
ベトナム戦争によるダイオキシン汚染
ダイオキシンは発ガン性等の慢性毒性の強い化合物で、環境汚染に最大限の努力を必要として
いる。除草剤 2,4,5-T は、その合成過程でダイオキシンを副成する。ベトナム戦争の時、ジャン
グルに潜むゲリラ(ベトコン)に手を焼いた米軍は、除草剤 2,4,5-T を含むオレンジ剤(Agent
Orange)とよばれる枯れ葉剤の大規模な空中散布を実施した。ダイオキシンは急性毒性も強いが、
慢性毒性の発癌性や変異原性が強いため、暴露した多くのベトナムの人々が悲惨な被害を被った。
ベトナムでは二重胎児を始め重度の奇形が多数発生し、ダイオキシン暴露との関連が深いと推察
されている。二重胎児のベトちゃん・ドクちゃんはホーチミン市のツーヅー病院の医師と度々日
本を訪れ、分離手術に成功した。その後グエン・ドクさんは就職し、2006 年には家庭を築くまで
回復している。当然のことながらベトナム従軍米兵のダイオキシンへの高濃度暴露もあったと予
想されている。退役米兵の健康被害や子供の奇形発生も報告されているが、アメリカ政府は公式
にはダイオキシンによる障害を認めていない。しかしオレンジ剤を製造した農薬製造会社は、退
役米兵集団訴訟に際し1億8千万ドル(約 220 億円)の巨額の賠償金を支払っている。
過去のダイオキシンの源は焼却炉ではなく農薬
このように現在のダイオキシン汚染は後述する焼却場での生成の他に、実は農薬からの汚染が
存在した。CNP 農薬は 1996 年、PCP 農薬は 1990 年、PCNB 農薬は 2002 年登録失効している
が、それまでは CNP 剤と PCP 剤は水田の除草剤として、また PCNB 剤は畑の土壌消毒剤とし
て広く使用されてきた。農薬中ダイオキシンの含量は、濃度の高い PCP 剤や CNP 剤では、
7,500,000pg-TEQ/g や 13,000,000pg-TEQ/g という信じられない高濃度になっている。当然河川
や沿岸域の汚染に繋がるため、そこに生育する魚類の汚染を通した人の汚染が心配される事態に
なっている。
除草剤 2,4,5-T による暴露については、その不純物であるダイオキシンの混入が注目されてい
るが、2,4,5-T それ自体も発癌性を持っている。2,4,5-T 暴露者は暴露しない人にくらべ、悪性軟
部組織腫瘍(肉腫)の相対リスクが 3.9∼6.8 倍、胃ガン 6.0∼7.7 倍、肺癌 2.05 倍、リンパ腫 4.8
倍、癌全体で 2.3 倍高くなっている。この結果は 2,4,5-T 暴露が、癌や異常出産の発生増加に関
与していることを示唆している。スウェーデンでは、フェノキシ化合物に暴露していた肉腫患者
を診察したところ、フェニキシ酸やクロロフェノール剤の暴露が肉腫発生にとって 6 倍高いリス
クがあることが判明した。PCDDやPCDFを不純物として含まないフェノキシ酸(2,4-Dや
MCPA)の暴露でも、肉腫や悪性リンパ腫のリスクを高めることが判明している。2,4,5-T を含
むフェノキシ系除草剤が使用されている地域の家畜は、小腸癌発生率がフェノキシ系除草剤の暴
露(散布)レベルの上昇に応じて有意に増加すると報告されており、人の発癌リスク上注意が必
要とされている。
ダイオキシン含有農薬の河川・飲料水汚染
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水溶性の農薬の場合水に対する溶解性が高いため、河川や地下水に溶解し、飲料水汚染や
魚介類汚染に結びつく。散布により生じた自然生態系の農薬汚染は、飲料水や魚類等の農薬
汚染によって直接的もしくは食物連鎖を通じて間接的に人体汚染を引き起こす。千曲川の水
は、飲料水に、淡水魚の養殖に、水田のかんがい用水にとその利用範囲は広く、生活に密着
した河川である。
日本農村医学研究所の浅沼信治らが 1982 年千曲川の農薬汚染について、地下水、飲料水、
淡水魚のウグイ(Tribolodon)について調査した。ウグイは水のきれいなところから比較的
汚れたところまで分布している魚であり、河川の上流から下流までの農薬汚染の指標とする
のに適当な分析対象と考えられる。分析の対象としたジフェニールエーテル系除草剤CNP
は水田の除草剤として、1965 年に製造を開始し、1972 年∼1975 年には純粋な農薬成分だ
けで年生産量 6,000 トンにも達した農薬で、その後減少傾向にはあるが生産過程で、ダイオ
キシン異性体を副成することが知られている。現在農薬登録は抹消している。
千曲川沿いの地下水、飲料水、ウグイの農薬 CNP 汚染
田畑から流出したCNP農薬は、食物連鎖によってウグイなど魚類の体内に生物濃縮され
るが、その濃縮係数は高くウグイにはかなりのCNPが残留している。魚の内臓と白身では、
農薬に汚染された食物が取り込まれる内臓の方が、白身に比べほぼ10倍高くCNPに汚染
されている。ウグイ中のCNP汚染は、千曲川では汚染源の少ない上流の魚の汚染は少なく、
水田の多い下流において農薬汚染は急激に上昇している。千曲川と犀川の合流地点から下流
の信濃川にかけて、河川の水量が増加するとともに希釈され再び減少している。
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地表水の河川の農薬汚染は飲料水の汚染へと結び付き易いと予想されるが、水道水中のC
NP含有量は、16か所中6か所に 1.1∼5.1 ppt 検出されている。地下水利用の井戸は、1
7か所中6か所に検出され、その中の1か所は周囲を水田に囲まれ、地下水位が2∼3mと
浅く、水田に水を張ると水位が変動するという環境にあった。この井戸ではCNP剤の散布
時期に 1,048 ppt と他の井戸の 1,000 倍近い高濃度のCNP汚染が認められた。同じ井戸に
ついて秋に追跡調査した結果は、CNP農薬を散布しない時期を反映して、1∼3 ppt に顕
著に減少している。
CNPはダイオキシン異性体を含むため、ダイオキシン汚染源でもあり、日本の河川や沿
岸域のダイオキシン汚染に寄与していると推定されている。このため癌の発生との関連性も
指摘され、現在農薬登録が抹消されている。上記調査は、水田に除草剤として散布されたC
NPについてのものであるが、ゴルフ場建設により地域住民の飲料水の水源となる河川に、
さらに新たな農薬汚染が負荷されないよう充分な規制が必要とされ、「ゴルフ場で使用され
る農薬による水質汚濁の防止に係わる暫定指導基準」が環境庁により作成されている。
農薬工場の事故による健康被害
第二次世界大戦中に秘密裏に合成・使用された農薬は、戦後食糧の大増産のため世界中で
使用されるようになった。それに伴い世界各地で多彩な農薬中毒事故が多発するようになっ
ている。特に農薬合成工場の事故は、周辺住民に深刻な被害をもたらしている。
インドのボパール(人口 90 万の都市)で起こった惨劇はこの典型といえる事故である。
この事故はユニオンカーバイト社のインド支店の工場で、1984 年 12 月 2 日夜間から 3 日に
かけて殺虫剤メチルカーバイト系農薬の合成工程中のパイプが破壊したために発生した。原
料の致死性のガス−メチルイソシアネートが風に乗って住宅地に流れ出し、多くの子供を含
む 3,800 人余が死亡、中毒患者 5 万人∼7 万人(公式報告では several thousands)という大
惨事を引き起こしたものである。被害者の救済と健康回復には多くの日数を要した惨劇であ
る。
またイタリアのセベソにおける農薬工場の事故によるダイオキシン汚染も深刻な被害を
起こしている。これらの事故を含め、農薬工場の事故は、被害の大きさからして無視できな
い。
表1
農林水産省 2004 年4月公表資料−農薬中ダイオキシン濃度
このように農薬類による汚染は見えないところで拡がってきている。その一方農薬は現代文明
社会を支える上でなくてはならない化学物質として、20 世紀半ば以降世界中で遍く使用されてき
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ている。よほどの注意を払って無農薬食品を選定しない限り、われわれが日常口にする食品の中
で農薬に曝されていない物は皆無に等しいと考えてよい。農薬はその開発理念の中に、殺病害虫
や除草の目的を持っているため、本来生物毒性を備えている。われわれ人間も進化の過程で、遺
伝子DNAや酵素蛋白に見られるように、病害虫と生物として共通の素材より成り立っている。
農薬のヒトへの毒性は、ある意味で当然予想されることである。多量の農薬を使用する必要性の
多くは、農業生産を安定化させ収穫を確実なものとし巨大化した人口を養うためと、市場経済化
を普遍化させ世界的に食糧の生産競争と輸出競争を煽ることが根底にある。
人口の急増と都市環境の劣化
ことの重大さから度々人口問題を取り上げてきているが、人類の増加はエネルギー危機を間近
に控えた現時点でも止まっていない。産業革命以来急増してきた人口は第二次世界大戦後の世界
規模の産業化の進展に伴い、1950 年の 25 億人から 40 億人増え 2006 年の世界人口は 65 億人を
数え、かつその 80%は開発途上国に居住している。途上国を中心に今後人口はさらに増え続け、
2025 年には世界人口は中位推計で 83 億人を数え、しかも 85%は開発途上国に居住すると予想さ
れている。一方でエイズの感染拡大はアフリカにおいて平均寿命の短縮をもたらしており、一時
的ではあるが人口増加を抑制すると予想されている。しかし長期的には人口増加は継続するため、
食糧確保のための農業化学物質特に農薬の多用が心配されている。
イギリスに端を発した産業革命により、農村と都市の発展が劇的に変化した。農村は過疎化し、
都市は過密化する流れを産業革命が引き起こした。この流れは現在途上国において起こっており、
人類史の中で 250 年間続いている。都市には都市貧民層が形成され、劣悪な住宅環境下でスラム
を形成してきた。スラムの環境汚染は著しく、感染症の流行が継続した。
経済の発展が一般市民の生活向上へと進んできたのは、第二次世界大戦後のことである。利潤
のみを思考する経済活動によって環境、自然生態系、健康への影響が予測できないほど深刻化し
てきた時期でもある。この時期食糧の増産、環境衛生設備の普及、予防医学と医療の発達に基づ
く人口の急増と社会の発展を支えた物質的背景は、地球の遺産といえる地下資源、化石燃料(石
油・石炭)の消費である。
人間活動による化石燃料の消費と合成化学物質による環境と人体への影響として最も深刻なも
のは、農業を含む生産過程、エネルギー消費、流通、廃棄過程において発生する環境汚染である。
今日に至るまで燃焼時に発生する一次大気汚染質とその後の大気化学反応による二次大気汚染質
による環境の汚染が、世界規模で引き起こされている。これら大気汚染の典型として後述するダ
イオキシン汚染が、この十数年来世界的に問題とされてきた。深刻な大気汚染の多くは発生源が
局所的に集中し、かつ大気中における半減期が比較的短いため、環境汚染と健康被害抑制のため
の予防と対策は、環境に対する社会的意識の成熟により、民主主義下においては実現可能である。
人間活動による環境と社会への影響としては、都市と農村の格差が際だっている。エネルギー
と資源循環において、産業革命以前までは都市と農村は比較的バランスを保ちながら展開してき
たが、経済の急発展によりエネルギー消費と環境汚染の著しい都市と、生活と健康条件の厳しい
農村が、開発途上国を中心に世界各地で出現している。この現象は現在急成長と破綻を繰り返し
続けているアジアの途上国において特に顕著で、都市と農村の発展のテンポは極端に異なり、近
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代化と富を代表する大都市に対して、前近代的で貧しさを残す農村が好対照を為している。この
ため近年の人口の急増は同時に、農村社会の生活基盤の低下による離村と、都市への過度の人口
集中を伴っている。都市と農村の共生の模索は、都市集中によるエネルギーの過剰消費と環境汚
染の悪化を防止していく上からも、重要な課題である。
先の論文において述べてきたが、人間活動による化石燃料の消費と化学物質による環境と気候
への影響として、自然に常在するガス成分である二酸化炭素(CO2)の増加に由来する気候変
動と成層圏オゾンの減少がある。CO2は、生物が呼吸により常に放出する正常なガス成分であ
り、進化的スケールの変動とは別の意味で、地球規模では長い間、植物の光合成による吸収と呼
吸による放出のバランスの上で安定してきた。ハワイのマウナロアにおける観測の結果、CO2
濃度の増加が報告された 1960 年代以来、大気中CO2の蓄積現象について、地球規模の炭素循環
の異常の面から議論が展開されてきた。しかしながらこの時以来長い間、CO2濃度の上昇は、
植物の光合成によるCO2固定の促進をもたらし、吸収の増加が放出の増加を補い新たなバラン
スがもたらされるとの予測が主流をなしていた。その後の観測の結果はこの予測を大きく外れ大
気中CO2の蓄積は加速し、その温室効果による地球温暖化が危惧される現状に至っている。
このような環境の激変の中で、人の移動による都市化の波は世界的に急進展しており、農村の
過疎化の一方、大都市域における巨大なエネルギー消費と環境汚染の発生は、さらなるエネルギ
ーの過剰消費を招くといった悪循環が形成されつつある。都市居住人口の巨大化は、地球温暖化
に加え都市のヒートアイランド現象を加速し、夏の猛暑の頻発を招いている。
幼児から高齢者、病気療養者まで含む都市の多様な住民への長期間の猛暑のストレスは、生理
的順化能の高い作業者への一時的な高温ストレスと異なり、その人口規模の大きさと期間の長さ
において、著しく重要な影響を与えつつある。このような猛暑のストレスは、直接もしくは運動
負荷が加わることにより、重症の高体温症(熱中症)の発生に結びつく危険性が強い。急性の熱
中症に加え、全身の生理機能、免疫系や細胞機能の変調による健康障害についても、疫学的事例
と発生機構についての実験から予測されている。
このような地球環境の大規模な人為的撹乱は、これまで人類が経験したこともない速さと規模
で進行しており、人類の生存自体を脅かすと予想されている。成層圏オゾンの枯渇、気候の温暖
化、地球規模の環境汚染のいずれも、21世紀には人類のみではなく動植物の生育する地球の全
生態系に顕著な影響を及ぼすと予想されている。
環境問題に対しては、自治体、政府、国連機関とNGO(市民組織)が、環境汚染と気候変化
に対する全世界的な取り組みについて、科学的検討を進めている。広範な人為的環境の撹乱は、
将来の世代にまで負荷を背負わせてゆくため、どのような生体影響に結び付くのかを確定し、そ
の影響を最低限に抑える最適な行動をとる必要がある。
自然を圧迫する食糧生産と地球の人口
ローマクラブ報告「成長の限界(Limit of Growth)」により、地球生態系が人類を養いうる容量
にも超えられない限度があることが知られてから、四半世紀が経つ。様々な運動にもかかわらず、
その後も人類は賢明に対処し地球生態系の過度な酷使を防いだとはいえず、自然の状況はその時
にくらべてもさらに悪化している。
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前に述べたように国連の世界人口推計によると、世界人口は 2006 年現在 65 億人を超え、今後
さらに増加している。人類のこのような膨張は地球の生態系が耐える限界を超えつつあり、途上
国を中心に食糧増産のための農地拡大により自然破壊が進み、動植物種の絶滅が急増し多様性が
失われ、人類の発展が他の生物の生存を危険に曝している。人類の発展に目標を絞ったさまざま
な農業技術の展開--「食糧増産のための農業生産性の向上と機械化」、「農業化学物質と農薬の利
用」、「遺伝子操作農作物の利用拡大」、「石油エネルギーに依存した農業の近代化」--は、現代農
業を象徴する標語となっている。しかし自然環境の劣化・荒廃が進む今、人間活動によりさらに
環境破壊と人体汚染を深刻化させていくこの道が、はたして正しい方向なのかについて議論して
いく必要がある。
先に述べたように、エネルギー資源の根幹を成す石油は、2004 年前後に生産量のピークを迎え、
今後世界的な石油資源利用を巡って、さらに熾烈な競争が起こることが予想されている。イラク
戦争はその始まりといわれている。すでに資源的に余力のない水資源についても、その重要な一
翼を担う地下水の水位低下が世界各地で進んでいる。農作物は水資源の申し子であり、水資源の
枯渇は重大である。耕地拡大についても過度の耕作と放牧による地力低下により、食糧を必要と
している地域においてさえ、農業生産の停滞と土壌劣化が広がっている。悲観的な見解ではある
が、世界人口は地球が供給できる自然資源と地下資源の利用可能量を超えて増加しつつあるので
はないかと考えられる。
これからも当分は増えていく世代を考えた時、最善の対応策は無いことを理解した上で「今の
私たち世代は、どのような生き方を選択するのがより賢明な道か?」について、検討する時期に
来ていると考えられる。
人口の急増、過放牧、農地の表土流失と塩分析出、森林伐採、大気汚染と酸性雨により、世界
的規模で耕地の砂漠化が進行し、干ばつと洪水等の自然災害が多発している。その一方、急速な
世界人口の増加と南北の経済格差の拡大により、アフリカとアジアの一部をはじめ食糧危機が継
続すると予想されている。このため食品衛生に配慮した食糧の生産が必要であると考えられるが、
限られた耕作面積と多彩な気候下で多収穫品種を栽培して行くため、農薬を使わず耕作するのは
かなりの困難が伴う。その一方でアメリカ合衆国やECをはじめ先進国においては、生態系の保
全と食品の安全性追求のため有機農業法が施行されており、日本においても未だ不十分ながら取
り組みが進められている。
産直運動が盛んになってきているが、大部分の一般消費者にとってはスーパー等での購入が中
心となっている。スーパーの中には産直作物を配置しているところもあるが、多くは市場からの
購入となっている。現在我々が日常摂取する食品は単作大規模生産が中心であり、自然環境下と
作物内における農薬の分解を考慮し、や輸入農産物が中心であり、食品衛生法に基づく残留基準
や環境庁告示に基づく残留基準を超える農薬残留量が見いだされる事例さえ報告されている。こ
のような状況を改善していくためには、現在の農作物生産や流通システムを含む全面的な再検討
が欠かせない。消費者運動にみられるように、農薬残留のない安全な食品供給を生産段階から追
求する努力が必要である。
また生産に携わる側も、農薬の省力効果だけを考えるのではなく、安全な農作物生産すなわち、
環境や健康に配慮した「安全性の高い農薬」を「安全散布で、少なく使う」という農薬使用のあ
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富山国際大学地域学部紀要
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り方が必要とされる。
農薬散布後の野菜付着農薬の分解、溶出による減少
市場原理、世界貿易機関(WTO)協定と食糧自給
世界的に貿易を拡大し、多くの貿易品目について各国の規制を制限し市場原理を導入するため
に、世界貿易機関(WTO)が設立された。WTO は農産物を含む多数の項目について加盟国に新た
な協定の締結を義務づけている。とくに農産物輸入については「農業に関する協定」と「衛生植
物検疫措置の適用に関する協定」が大きな影響を持っている。多岐にわたる貿易に関する国家間
のさまざまな障壁を取り除く意味で世界貿易機関(WTO)の果たす役割は大きいが、少しでも欠乏
すれば直ぐさま餓死が問題となる農産物に関しては、世界貿易の面からだけの議論は無理と考え
られる。
また輸入食料の安全性に関する検疫措置に関しても、コーデックス委員会(CAC)により、
「食品
中に残留する農薬や添加物などの国際基準への従属」が義務づけられている。農薬に関しては、
農産物の保全が優先する食料輸出国と消費者の安全が優先する輸入国で、残留農薬に関する規制
の論理がまったく異なってくる。農産物の輸出国の論理で世界貿易の促進を図る WTO 協定は、
国民の食品に対する安全性の指向とまったく対立する概念で、農薬の規制が困難な輸入食品の安
全性について、今後とも大きな問題を含んでいる。
この意味でも、国家間の様々な障壁と世界貿易機関(WTO)の制約により、農薬使用の規制
が困難な輸入食品の安全性をめぐる議論が、国民の安全志向の進展につれ、今後とも大きな問題
となる。繰り返し述べるように「低毒性農薬が多くなった」と語られるときの「低毒性」は急性
毒性だけに通じる呼び方であり、亜急性・慢性毒性まで考慮すると「低毒性」という呼び名は正
確ではない。農薬は生理活性物質の常として、本質的に副作用や毒性を示すため、常に環境と健
康への影響を吟味し、最新の毒性学の研究手法を適用し、今後とも安全性とリスクを把握してい
く必要がある。
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富山国際大学地域学部紀要
第 7 巻 (2007.3)
新たなダイオキシン汚染
増大する一方の都市ゴミ、一般廃棄物や産業廃棄物は、工場、会社や家庭で廃棄される大量の
プラスチックと塩化物を含む。ダイオキシンは、一般焼却場や産業廃棄物焼却場で焼却される際
に、比較的低温での焼却(800 ℃以下での焼却)や飛灰捕集(200℃から 300 ℃での焼却飛灰の
捕集)の際に生成する。その生成の際には、まずプラスチックと塩素から、鉄や銅等の金属触媒
下でダイオキシン前駆物質(プレダイオキシン)が形成され、ダイオキシンの形成へとつながる
と予想されている。このため、ダイオキシン発生防止には、
(1)塩化物(塩化ビニール、塩類)を燃焼させない
(2)800 ℃以上の高温、1000∼1200 ℃で燃焼させる
(3)飛灰粉塵の捕集を低温(200℃以下)で効率よく行う
(4)鉄や銅等の金属成分を除く
等が考えられる。この中で最も現実的なものは、分別収集の徹底による塩化ビニール製品の回収
とゴミの高温燃焼である。
ゴミ焼却に関しては、最近ダイオキシンの生成を防止するより進んだシステムも実用化されつ
つある。生活環境の保全、有機農業の促進、ゴミ焼却時のエネルギー消費の抑制の面から、分別
収集の徹底とゴミの減量化、コンポスト化は最も優れた方法の一つと考えられる。
残留性化学物質の環境汚染
安定した農業生産と省力化の追求は、世界各地における殺虫剤・殺菌剤・除草剤等の合成農薬
と合成化学肥料の使用の急増をもたらしている。合成化学肥料については、1994年の国連食
糧農業機関(FAO)の統計で、世界全体で既に1億1千万トンを超えていると推定されている。
合成農薬については、世界保健機構(WHO)と国連環境計画(UNEP)の調査では、198
5年に世界中で使用された総量は300万トンに達しているが、近年中国を始め途上国を中心に
農薬使用が10年で倍加する勢いで急増している。このように膨大に使用される農薬は、散布域
からの飛散や拡散によって広域汚染を引き起こす。全世界あらゆる所、大西洋や太平洋の洋上の
大気にも農薬が検出されている。
空中散布等による広域散布が汎用されたために、これら農薬による環境汚染は国境を超えて地
球的規模に広がっていったものと考えられる。このような農薬の地球規模の汚染が将来どのよう
に推移していくか、現在国際的にも重大な関心が払われつつある。DDTの使用が禁止されてか
ら16年になるアメリカ五大湖周辺において、新たなDDT汚染が起こっていることが判明した。
その発生源はDDTを現在も使っている中央アメリカと推定され、散布された農薬が大気中を何
千キロと移動し、全く散布を行っていない国を汚染していくこととなる。
日本ではヘリコプターを用いた空中散布は、主に松喰い虫の防除や水田の病害虫防除のため行
われているが、農薬散布後の飛散等にともなう一般大気中の農薬汚染が心配されている。実際に
散布地区周辺の住宅地域において、一般大気が散布後もかなりの時間農薬微粒子によって汚染さ
れているのが観測される。また通常の散布においても、近年散布頻度の増大に対応して大型散布
車等を用いた農薬散布の機械化・広域化が進行しつつあり、このような地上散布の際も、散布さ
れた農薬は家屋内に侵入したり、拡散によって広範な環境汚染を引き起こし、ヒトの長期間慢性
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暴露を引き起こす原因となる。
地球規模汚染
状況が最悪化しないように度々指摘し続けてきたが、現在人類による多数の化学物質の大規模
な生産や人為的発生にともない、生物毒性のある各種の化学物質が環境中に常在する状況が生じ
ている。この為、一部においては、自然の生態系を構成する様々な生物種の生存にとって危機的
状況も生まれている。この現状が継続すると人類の生存にとっても危機的になりうる。現在、多
数の化学物質への経気道、経口及び経皮などを通じた人の慢性的暴露が避けられない事態になり
つつあり、この状況は今後ますます進行することが予想される。その一方、化学物質への人の暴
露の実態とそのリスクの評価についての毒性学的究明は未解決のまま残されている。散布域から
の飛散や拡散によって広域汚染を引き起こし、広範な環境中において検出される農薬はその典型
的な例と考えられる。
現在行われているような大量な合成農薬の使用は、第二次世界大戦の中でマラリア予防のため
のハマダラカ(Anopheles 属のカ)の防除やノミ・ダニ等の衛生害虫防除用に始まった。当時既
にDDTやBHC(国際的にはHCHと称す)等の農薬が野外において大規模に使用され、また
人や家屋内への散布が頻繁に行われた。後ほどふれるように、マラリアは人類の歴史が始まって
以来今日に至るまで熱帯・亜熱帯地方で最大の伝染病である。1990 年の WHO 報告によると2
億7千万人の患者が発生している。WHO は 2002 年には 112 万人の死亡があったと報告してい
る。マラリアが蔓延している国への旅行には、現在もなお充分な注意が必要といえる。DDTは
この意味で数億の生命を救ったといってもよい。その他の害虫に対してもDDTは有効で、ノミ
やダニ等の家屋内の衛生害虫の防除にも多用された。戦後日本ではDDTを頭や背中に直接散布
した時期さえある。またDDTは残効性のある殺虫剤として、農薬用にも広範に使用された。特
にマラリア予防等に果たした役割が非常に大きかったために、DDTの殺虫効果を最初に見いだ
した Muller はノーベル賞を授けられている。その後新しい農薬が次々と合成され農薬万能時代
が出現した。
安定した農業生産と省力化の追求は、殺虫剤・殺菌剤・除草剤等の合成農薬の使用の急増をも
たらした。DDTやBHC等、環境中において難分解性の残留性農薬は先進工業国においてさえ、
戦後20数年に渡り使用されてきた。発展途上国においても工業化の進行にともない暫時合成農
薬の使用が増大してきた。これら残留性農薬は残効性があるため、現在でもなお熱帯地方で汎用
されており、その使用は全世界に広がっている。
DDTは先ほど述べたように、熱帯・亜熱帯地方においては現在もなくてはならない農薬であ
る。最近の調査によると、DDTの使用が禁止されてから16年になるアメリカ五大湖周辺にお
いて、新たなDDT汚染が現在でも起こっていることが判明した。その発生源はDDTを使って
いる中央アメリカと推定されている。散布された農薬が大気中を何千キロと移動し、全く散布を
行っていない国を汚染していることになる。DDTやBHCが使用されているインドで行われた
調査では、都市大気中に高濃度のDDTやBHCが検出され、住民はその中で生活している実態
が明らかになっている。さらに大気のDDTやBHCの汚染は遠くインド洋からアラビア海まで
広がっている。環大西洋において行われた調査でも、DDTやクロルデン等の有機塩素系農薬が
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全域において検出されている。同様な汚染状況の報告はユーラシア大陸、地中海、太平洋等で行
われており、現在世界各地において調査研究が進められている。この様に地球規模の環境汚染へ
と広がった有機塩素系系農薬の汚染は最終的には生物汚染へと引き継がれている。農薬汚染は国
境を越えて地球規模に広がっていたわけである。全世界あらゆる所、大西洋や太平洋の洋上の大
気にもDDTが検出されている。空中散布等による広域散布が汎用されたために、これら農薬に
よる環境汚染は国境を超えて地球的規模に広がっていったものと考えられる。このような農薬の
地球規模の汚染が将来どのように推移していくか、今後農薬の地球規模汚染の長期予測を行う必
要がある。
生活環境の汚染
残留毒性のある化学物質の規制強化にともない、環境中における半減期の短い農薬が開発され
てきたが、それら農薬による環境汚染の研究も進展しつつある。空中散布が良く行われるアメリ
カにおいては、散布後の農薬の飛散について詳しい調査が行われている。日本ではヘリコプター
を用いた空中散布は、主に松喰い虫の防除や水田の病害虫防除のため行われている。現在耕作地
での空中散布は200万haを越えるため、農薬散布後の飛散等にともなう一般大気中の農薬汚
染が懸念されている。実際に散布地区周辺の住宅地域において、一般大気が散布後もかなりの時
間農薬微粒子によって汚染されているのが観測される。空中散布はこのように周辺の地区の一般
大気の農薬汚染を引き起こす。通常の散布においても、近年散布頻度の増大に対応して大型散布
車の導入等が行われ、農薬散布の機械化・広域化が進行しつつある。この傾向は野菜や果樹等の
大産地において近年特に著しい。このような大規模な地上散布の際も、散布された農薬は家屋内
に侵入したり、拡散によって広範な環境汚染を引き起こし、長期間慢性暴露を引き起こす原因と
なる。このように散布によって地上に広く撒かれた農薬は、気化したり砂塵とともに再飛散して、
大気汚染を引き起こす。このようにして大気中に存在する農薬は先に述べたように、環太平洋諸
国、環大西洋諸国、環インド洋諸国から各大洋の大気まで汚染することになる。
本来農薬は日常の食品である農作物の安定した生産のため使用されている。そのため食品に残
留した際の安全性や、人の健康に与える慢性影響については、科学的かつ総合的なリスク評価が
必要である。国際化の中で南北格差や食糧問題を含め、健康と農薬の関連について別の機会に総
合的に検討したい。特に近年食卓に直結しつつある輸入農産物は、貯蔵中や輸送中に農薬処理を
行うポストハーベスト処理が避けられず、このため農薬残留の著しい食品もあり今後早急な対応
を必要としている。
このように汎用される農薬による環境汚染を最初に警告したのは、レーチェルカーソン女史
(R.Carson)で、その著書『Silent Spring (沈黙の春)』は、農薬の大量散布による環境汚染の
ために春になっても鳥のさえずりが聞かれなくなり、人の健康も犯されていく実態を告発した人
類生存のための警鐘の書である。カーソン女史の自然保護の思想は全世界に波及し、化学物質・
農薬万能の考えを一変させた。1960 年当時は農薬をキャンプや魚釣りのために水源地の水に混ぜ
るといった無謀なことが行われていた時代だから、この本は人類の危機を救ったのではないかと
さえいってよい。その後アメリカや日本を始めとした先進国において、環境や人体の汚染を引き
起こすDDT、BHCやディルドリン等の残留性農薬の使用が禁止された(1971 年農薬取締法改
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富山国際大学地域学部紀要
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正)。ところが、現在の化学物質や農薬汚染の状況はそれ以上の様相を呈してきつつある。
水資源の汚染
「雨は天の恵み」といわれてきたが、現在降雨の中に様々な化学物質が見いだされており、特
に酸性雨や農薬汚染は大きな問題とされてきている。農薬が地球上いたるところで、大気中から
検出されるようになった現在予想されていたこととはいえ、農薬は予想以上に雨の中に凝集し易
いことが判明している。一般に散布された地域から拡散等によって大気中を遠方へ移送された農
薬は、降雨とともに地上に降下する(「農薬雨」
)。
農薬雨についてはいくつかの原則が判っている。
農薬の極性から予想される以上にエアロゾルに捕集され易く、農薬を使う季節に特に高濃度に含
まれ、降り始めの雨に特に高濃度の農薬が検出される等である。
雨の中の農薬汚染に対しては、世界各地で非常な関心を払って研究している。その理由は降雨
まで農薬で汚染されていることが判明した現在、水資源の汚染はより深刻なのではないかとの危
倶からである。実際に降雨中には多種類の農薬が検出されており、雨は既に複合汚染の状況にな
っていることが明きらかになりつつある。雨が農薬で汚染されるようになれば、当然、川や湖の
汚染が進み地下水の汚染も起こってくる。その結果は人間まで至り、飲料水が農薬で汚染されて
いく危険性が非常に高くなってくる。地下水や飲料水の汚染が現実に報告されており、この点に
ついての研究が早急に進められる必要がある。それに加えて、このように地球環境が農薬に遍く
汚染される状態が将来に渡り続くとした際、人類の生存にとってどれほどのリスクとなるかにつ
いて予測が必要となる。
生物濃縮機構による汚染
地球規模の環境汚染へと広がった難分解性化学物質(POP)の汚染は、生物濃縮機構を通じ
て最終的には生物汚染へと引き継がれていく。生物濃縮機構は個体差と種差の大きな過程で、
実際の野生生物や人を対象にした調査以外に予測するのはかなり困難である。実験的には生
物の化学物質や農薬摂取量と代謝能を測定し、理論式を適用しながら蓄積量を予測する。実
際には野生生物や人の摂食過程と環境(水・土壌)を通じた化学物質や農薬の取り込み量は
時々刻々に変化する。日常摂取する魚介類、肉類、野菜、果実の化学物質汚染状況も変化が
大きい。
上図は残留性の強い難分解性化学物質PCB、HCB、DDT類(DDE)の人体汚染の
状況である。食品を通じた食物連鎖により母体血や胎盤が汚染されている。深刻な事態は新
生児の臍帯血も汚染されていることである。母体から胎盤を通じて胎児まで汚染が進んでい
ることを示している。農家の農薬使用状況を調査すると、生産者の農薬使用状況は様々であ
る。農薬を全く使用しない無農薬・有機栽培農家から省農薬農家、普通量の農薬を使用して
いる大多数の農家、時には使用の禁止された農薬を使用して社会問題になる農家まである。
このような現状のため野菜や果実中の農薬含量には大きな差が出てくる。公表された資料か
ら、その現状が理解できる。
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母体の胎盤、母体血の難分解性化学物質による汚染と新生児臍帯血の汚染
公表された野菜や果実中の農薬含量
平成 14 年度
検査数
910,989件
うち基準値を超えた割合
は、0.03%
検査対象農薬数
320農薬
農薬検出数
3,282件(0.36%)
国産品
868件(0.44%)
基準値を超えた数
110件(0.03%)
国産品
27件(0.02%)
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輸入品
2,414 件(0.34%)
輸入品
83 件(0.03%)
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さらに私達の身体に備わった解毒機構が様々な環境汚染物質を分解し、毒性発現を予防す
る活性を備えている。この解毒機構は男女差が著しい一方、年齢差も顕著である。またその
人の食生活や健康状態に依存した個人差も大きく、この意味で化学物質への感受性は個人毎
に異なる。このため個人毎に化学物質の代謝排泄速度も異なってくる。毒性が強く現れる人
は、化学物質の許容濃度以下でも毒性が発現することとなる。
化学物質過敏症とアレルギー
極微量の環境中化学物質や農薬による過敏症やアレルギーの発現が今問題になっている。
動物実験では影響検出の困難な極低濃度の化学物質や農薬に、過敏症やアレルギー症状を示
す超高感受性者の問題である。超高感受性者の存在は以前から指摘されていたが、過敏症や
アレルギー症状を含め実験的に証明することが非常に難しいとされてきた。そのため多くの
人が心因的な原因として対処され、抜本的対策が取られずにきた経緯がある。過敏症やアレ
ルギーの成立には各人の遺伝的背景と成長経過における暴露経験の双方が問題となるため
である。
遺伝的背景は一卵性双生児の兄弟姉妹の人を除いて、誰一人同じ人はいない。成長過程を
経ると、ほとんど同じ経験を過ごした人はいないといえる。このため遺伝的背景と成長過程
の双方が影響する過敏症やアレルギーの問題は、予測が非常に困難な分野である。
動物を用いて実験的に証明する場合も、高感受性の遺伝的特性を持った動物を使用し、高
濃度の化学物質により影響を検出している。現実の濃度域で影響検出するのは、動物の個体
数が多くなり過ぎて科学的に検証困難な面がある。例えば千人に一人の人が超高感受性を持
っている場合、有意差を検証するには一万人以上の人を対象にした調査が必要であるが、動
物についてそのような膨大な数を用い実験するのは事実上不可能といえる。
このように感受性まで含めて、化学物質の毒性発現の個人差を予測することは、非常に困
難である。この超高感受性の化学物質過敏症の現象の本体は、臭覚を司る神経系が複雑な脳
内の反応系を活性化し、脳各部に過敏な反応を引き起こすと指摘されている。ストレス反応
の生理学的背景である脳内ホルモンも変化する可能性が指摘されている。このため脳の生理
的反応の遺伝的背景の個体差に加え、個人毎の化学物質への暴露経歴が、身体に長期間記憶
される可能性を示している。
今後さらに研究と調査を進め、化学物質過敏症の被害を出さないための努力が必要とされ
る。
野生生物生存への脅威
生物が分解することの難しい難分解性化学物質と農薬を中心に、汚染は国境を越えて地球
規模に広がっている。人跡未踏の場所を含む全世界あらゆる所、大西洋や太平洋の洋上の大
気にもPCBやDDTが検出されている。空中散布等の広域散布が汎用されたために、これ
ら化学物質や農薬による環境汚染は国境を超えて地球的規模に広がっていったものである。
環境汚染を起こした化学物質や農薬は、自然界に生息する様々な野生生物の生存を脅かす。
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自然界は多様な生命のネットワークで構成されているため、ネットワークの一部が消滅する
と大きな影響が見られるようになる。野生状態では絶滅した日本のトキ(野生絶滅種)や、
湿地の消失につれ近い将来絶滅の危険性が高いとされる国際保護鳥のクロツラヘラサギ(絶
滅危惧種 1A)は、その典型的な例である。絶滅の原因は、環境の変化や病気と様々である
が、最近は農薬等の化学物質と人為的な生物の移入が原因となっている。生物種が絶滅する
ことは、将来の地球における生物進化の芽を絶つことになる。
知的生命として生物種の保護法を知っている人間が、大規模な生物種絶滅を行っている現
状は、許されることではない。多数の絶滅種や絶滅危惧種が、レッドデータブックにレッド
リストとして記載されている。日本においても、ほ乳類のオキナワオオコウモリやエゾオオ
カミは絶滅したし、ツシマヤマネコやニホンカワウソは絶滅危惧種IAである。鳥類ではト
キは野生絶滅であり、キタタキは既に絶滅し、コウノトリやカンムリワシも絶滅危惧種IA
になっている。淡水魚のクニマスは絶滅し、サンショウウオの仲間は、絶滅か絶滅危惧種で
ある。植物さえもランの仲間は、絶滅、野生絶滅、絶滅危惧種IAになっている。
生存環境の消失に加え、農薬の過剰使用と広域汚染、越境汚染、さらに地球規模汚染が、
野生生物や絶滅危惧種の生存にどのように係わっているのか、長期の影響予測を行う必要が
ある。
一般大気の化学物質汚染
難分解性化学物質や農薬の環境汚染と内分泌攪乱作用が明らかになるにつれ、使用の制限
と国際的な規制強化が行われるようになった。それに伴い環境中における分解性が速く、半
減期の短い化学物質や農薬の開発が促進されてきたが、そのような化合物による環境汚染も
知られるようになった。
広大な農地を控える米国においては、空中散布が良く行われるが、散布後の農薬の飛散に
ついて詳しい調査が行われている。日本でヘリコプターやラジコンヘリコプターを用いた空
中散布は、主に松喰い虫の防除や水田の病害虫防除のため行われている。日本において現在
耕作地での空中散布は 200 万 ha を越えるため、農薬散布後の飛散等にともなう一般大気中
の農薬汚染が懸念されている。
下図に示すように、実際に空中散布地区周辺の住宅地において調査したところ、生活環境
中の一般大気が散布後もかなりの時間農薬微粒子によって汚染されているのが観測される。
空中散布はこのように周辺の地区の生活環境の農薬汚染を引き起こす。
通常の散布においても、近年散布頻度の増大に対応して大型散布車の導入等が行われ、農
薬散布の機械化・広域化が進行しつつある。この傾向は野菜や果樹等の大産地において近年
特に著しいものがある。このような大規模な地上散布の際も、散布された農薬は家屋内に侵
入し拡散によって広範な環境汚染を引き起こし、長期間広域環境が汚染される原因となる。
また散布によって地上に広く撒かれた農薬は、気化し砂塵とともに再飛散して、大気の再汚
染を引き起こす。大気中を広く汚染した農薬は先に述べたように、環太平洋、環大西洋、環
インド洋から、南氷洋、北氷洋の大気まで汚染している。
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スミチオン空中散布2時間∼8時間後の住宅地における大気中浮遊粒子状農薬
の汚染状況
空中散布による水汚染
化学物質広域汚染の影響の実例として、低毒性農薬の空中散布による被害事例を検討してみ
る。空中散布される農薬フサライド(ラブサイド)は、動物への毒性が低く(ラット、マウス
LD50:10,000mg/kg 以上)魚毒性も低い(鯉の LC50:320ppm 以上)農薬とされている。しかし空
中散布が行われた際に、養鯉業者が被害を訴えた。空中散布の際、業者に事前に十分連絡をしな
いなど、多くの問題を抱えた空中散布であった。農薬は低毒性でも魚毒性があるため、養殖場域
を散布域から除外する予防処置が必要な訳であるが、実際は養鯉池に散布された。
一般に魚毒性の試験にはコイとミジンコを用いる。半数致死濃度(LC50)の高い比較的安全な
農薬をA類(コイで LC50 が 10ppm 以上)、比較的危険な農薬をB類(コイで LC50 が 0.5ppm か
ら 10ppm の間)、魚毒性の強い農薬をC類(LC50 が 0.5ppm 以下)に分類されている。
空中散布される農薬(商品名ラブサイドフロアブル)は確かに魚毒性が低いA類であるが、農
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薬原体に加え、添加物が入っているため、毒性が強くなることがある。農薬検査の際は、農薬原
体については検査しているが、いろんな添加物を入れた全農薬製剤についてまで検査することは
無理なため、書類審査になる。現実は農薬製剤を散布するため、添加物を加味した農薬の影響を
みる必要がある。実際、ラブサイドとラブサイドフロアブルの毒性データが異なってきて問題に
なった。また農薬の水生生物への毒性の場合半数致死濃度(LC50)で示されるが、養鯉場では鯉
の 10%が死亡しても大きな被害になるため、この点も改良が必要である。
この空中散布による鯉の被害に際し、農薬会社は「コイに対する魚毒性について」の見解を発
表している。その内容は「水深1m、面積 10a の池には 1000 トンの水が入る。この池を(鯉の
半数以上が死亡する)580ppm 濃度にするには 580L のラブサイドトレポンゾル17が必要とな
る。云々」と述べている。
一見科学的な反論であるが、間違いが多い。実際は、
「散布されたラブサイド農薬は、水溶性が
低く水に混ざりにくいため、散布後池の水の表面に高濃度の農薬が存在する状況になる。」
「習性
的に表面に出て泳ぐ鯉は高濃度の農薬に曝されることになるため、鯉の稚魚に被害が広がる。
」
「空
中散布後に生存している鯉も本能的に深みに避難し、しばらく隠れて見えなくなる。」このように、
散布後の農薬の影響は、発生してからの原因究明はなかなか困難になるため、予め空中散布後の
農薬の環境汚染については、詳細な経過実験と、養殖魚を用いた現地での比較実験を行う必要が
ある。
化学物質や農薬の自然生態系汚染
今まで化学物質や農薬は日常使用されるものであり、安定した生産や生活のため使用され
るものであると説明されてきた。当然の結果として水や食品に残留した際の安全性や、人や
生物に及ぼす慢性影響については、科学的かつ多面的な危険性(リスク)評価が必要となる。
農薬の場合食糧供給の国際化の中、南北格差や食糧問題を含め、健康と農薬の関連について
検討する必要がある。先に述べたように、近年食材の主流を占めつつある輸入農産物は、貯
蔵中や輸送中の農薬処理(ポストハーベスト処理)が避けられず、このため農薬残留の著し
い食品もあり今後早急な対応を必要としている。
現在降雨の中には様々な化学物質が含まれており、チェリノブイリ原発事故の際の放射性
物質汚染、大気汚染に由来する酸性雨、化学物質や農薬汚染は重大な問題である。化学物質
や農薬が多量に使用され、地球上いたるところの大気から検出されるようになった現在、こ
れら化学物質は予想以上に雨の中に凝集し易いことが判明している。一般に散布された農場
から蒸発・拡散によって大気中を遠方へ移送された農薬は、降雨とともに地上に降下する。
水に溶けにくい脂溶性農薬の場合でも、化学的性質から予想される以上に大気中の水蒸気
(エアロゾル)に捕集され易いこと、農薬を使う季節に特に高濃度に含まれること、降り始
めの雨に特に高濃度の農薬が検出されること等が知られている。
雨の中の化学物質や農薬汚染に対しては、世界各地で非常な関心が払われている。降雨ま
で化学物質や農薬で汚染されていることが判明した以上、水資源の汚染はより深刻なのでは
ないかとの危倶があるからである。実際に降雨中には多種類の化学物質や農薬が検出されて
おり、雨は既に複合汚染の状況になっていることが明らかになりつつある。雨が化学物質や
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農薬で汚染されるようになれば、当然、川や湖の汚染が進み地下水の汚染も起こる。最終的
には食物連鎖を通じて人間まで至るが、日常飲む飲料水も化学物質や農薬で汚染されていく
危険性が非常に高くなっている。
終戦後 58 年経た今も、日本軍が製造し終戦後地下に不法に埋められた毒ガス(有機ヒ素
剤)で、地下水や飲料水が汚染され中国と日本で健康被害が起こっている。このように地下
深く侵入した化学物質は、なかなか分解されない。化学物質や農薬も地上や表土に存在する
うちに分解しないと、地下深く浸透した後は分解が難しくなる。地下水の汚染は大変心配で
あるが、既に化学肥料による広域汚染が現実に報告されており、将来の健康影響も心配され
る。地下水や飲料水の化学物質や農薬汚染はさらに深刻な事態であり、この点についての調
査と研究が早急に進められる必要がある。それに加えて、地球全体が化学物質や農薬に遍く
汚染される状態が将来に渡り続く場合、地球に生息する生物全体の生存にとって、どれほど
のリスクとなるかについて予測が必要となる。
食品汚染の生体影響
食品汚染には食品その自体の劣化によるもの、病原微生物汚染によるもの、有害化学物質の汚
染によるもの等がある。戦前は日本でも微生物による食品汚染は大きな問題であったが、環境衛
生の発達がそのような微生物汚染を急減させた。ところが近年の食品の微生物汚染が再び頻発し
つつある。病原性大腸菌O−157は、1996 年大発生し、感染者数が1万人を超え(有症者 9,451
名、無症者 669 名)入院患者数 1,810 名、死者 12 名を出す大惨事となった。1997 年も入院患者
715 名を出し、死者も 3 名に上っている。2000 年以降も感染は収まる気配を見せていない。
海外ではイギリスに端を発した狂牛病(牛海綿状脳症)が大発生し、その原因としては、スタ
ンレー・プルシナー(Stanley Prusiner)によって発見されていたプリオン蛋白の一種−病原体で
ある異常プリオン蛋白が突き止められていた。狂牛病は、スクレイピーに感染していた羊の内蔵
のプリオンが牛に感染して広がったものです。症状が人のクロイツフェルト・ヤコブ病と類似し
ており、プリオンが種を越えて感染するため、感染が疑われている。このためイギリスでは、4
00万頭の牛の焼却処分が行われた。なおクロイツフェルト・ヤコブ病に関しては、脳硬膜移植
を受けた日本人に多発し、医療行為が原因の医原病として問題となっている。この点に関しては、
先の論文で詳述している。
さらにコレラや赤痢等の消化器系伝染病による食品汚染も頻発し、なかでも 1989 年には近年
最悪の95名のコレラ患者が発生しているが、このうち60名は輸入食品がコレラ菌に汚染され
ていたため発病している。今後微生物汚染に対する警戒を強める必要があるが、現在から将来に
かけて、食品汚染の中で最も深刻なものは、有害化学物質や農薬による汚染と考えられる。以下
に化学物質や農薬汚染による生体影響について詳細に検討する。
健康影響評価
化学物質や農薬利用技術の発展の反面、生活環境が多数の化学物質や農薬によって汚染されて
いる日本の現状は、人の慢性暴露が深刻な状況になりつつあることを示している。特に耕地面積
当り世界一といえる農薬使用の状況から考えて、農薬の慢性暴露による健康への影響について検
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討する必要がある。国際的には、これまで食料増産やマラリアなどの熱帯病などの対策のため、
発展途上国における中毒の多発にもかかわらず、農薬の使用に比較的寛大な考えが強かった。近
年のアメリカにおける大規模な農薬中毒事件は、発展途上国のみではなく、先進国においても農
薬汚染によって莫大な人的被害が生じることを世界中に示した。化学物質や農薬による健康への
影響についての研究は未だ十分ではない。
現在日本における農薬による死亡の原因としては、自殺が大部分を占めるが、事故による死亡
もかなりの数に上る。農薬散布時や直後は皮膚接触や吸入などによって中毒が発生する。農薬散
布に携わる人の健康障害を検討してみると、中毒患者数そのものは減少してきているが、いまだ
誤用を含めた死亡は多い。農薬の種類別事故死者数を検討してみると、事故死はパラコート系の
除草剤が最も多く、ついで殺虫剤による死亡が多いことがわかる。日本とほぼ同じ面積の農業生
産の活発なアメリカ合衆国のカリフォルニア州では、パラチオン等の強毒性農薬が使用されてい
るため、1987年現在2193件の中毒事故が発生しているが、死亡者は報告されていない。
農薬散布が専門家によって散布されているためと考えられるが、日本の死亡の多さから考えると
対照的である。
現在、国際的にも環境汚染と農薬中毒の多発を考慮し、農薬利用拡大の考えから農薬の規制強
化の方向へ進みつつある。WHOとUNEPの報告からも、食品の農薬汚染が原因で大規模な中
毒や死亡事故が起こっており、世界各地で多くの死者が出ている。これらの中毒事例の中で残留
毒性の強いヘキサクロルベンゼン(HCB)や有機水銀農薬の中毒事件、最近アメリカにおいて
発生した強毒性殺虫剤アルディカーブ散布による大規模な食中毒が著名である。
化学物質や農薬への暴露経路
化学物質や農薬の人体への侵入には、皮膚からの吸収、呼吸器からの吸入、食品汚染を通じた
経口摂取があり、侵入経路別に毒性に差があるため、暴露経路も重要となる。化学物質による環
境汚染としては、PCB、ダイオキシン、HCB 汚染が顕著である。PCB は食用油の精製工程の熱
媒体として利用され、細管から食用油に PCB が混入し、カネミ油症事件を引き起こした。慢性
毒性の顕著な化学物質の食品製造過程への使用は禁止しなければならないことを警告した事件で
ある。
農薬による環境汚染としては航空機による空中散布が有名であるが、広範に行われている地上
散布も環境汚染を引き起こす。野菜や果樹等の大産地において、近年散布頻度の増大に対応して
大型散布車の導入等が行われ、農薬散布の機械化・広域化が進行しつつある。写真は農薬散布の
光景を示したものであるが、このような散布時に、散布農薬の皮膚接触や、農薬汚染を起こした
大気の吸入によって中毒が発症する。同時に散布された農薬は拡散によって広範な環境汚染を引
き起こし、長期間慢性暴露を引き起こす原因となる。日常接する機会の多い農薬について、以下
にその毒性を検討してみる。
農薬の毒性
農薬による死亡の実態をみると自殺が大部分を占めるとはいうものの、間違って飲んでしまっ
たという誤用を含め散布中の事故死も多い。農薬による事故死の例も、最近はパラコート系除草
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剤による場合が最も多く、ついで殺虫剤による死亡が多い。このような農薬中毒死の例は農薬の
急性中毒といわれる。農薬の毒性はこの他により穏やかに起こる亜急性・慢性毒性があり、亜急
性・慢性毒性は最近とくに注目されている毒性で、神経への毒性・蓄積による毒性・発癌性・催
奇形成・出産障害等の毒性がある。
現在農薬の毒性は急性から慢性毒性をいかに防ぐかという方向へ急速に変わりつつある。急性
毒性は農薬の種類により予測が可能であるが、慢性毒性はほとんど予測が不可能といえるが、現
在の日本は農薬の慢性暴露の状況であり、農薬の慢性的影響を調べることは差し迫った問題であ
る。
急性毒性
急性毒性は散布作業中や散布直後の圃場等で、農薬への暴露が多い際に問題となる毒性で、実
験動物の半数が死亡する濃度−半数致死量(LD50)でその毒性を表す。半数致死量(LD50)の実験は、
動物愛護の精神に反する面があり、現在はこのような動物実験は行われない。半数致死量(LD50)
は、その値が小さいほど急性毒性が強いことを示している。
(1)毒物;半数致死量(LD50)が動物体重 1kg 当り 30mg 以下の農薬
以前パラチオン、TEPPという猛毒の農薬があったが、1971 年以降「農薬取締法」によって、
使用禁止され、現在日本において散布等で使用される農薬には毒物はほとんど用いられていない。
除草剤のパラコート液剤は呼吸器障害が強く、死亡率が高いため特定毒物に指定されていたが、
余りに死亡する人が多いため農薬としての登録が行われなくなった。
一方、近年の農産物輸入の増加にともなうポストハーベスト処理農薬として代表的な毒物は、
穀物貯蔵倉庫や船倉内のくん蒸殺虫剤として用いられる特定毒物のリン化アルミニュウム剤や青
酸ガス等である。ちなみに毒物のUSEPAの表示は
Danger-Poison(危険−毒物) である。
下図に示すように、死の象徴であるドクロ印が実際使用される農薬の容器にラベルすることが義
務づけられている。日本でも事故を防ぐため必要な処置と考えられる。
(2)劇物;半数致死量(LD50)が 300mg/kg 以下の農薬
現在よく使用されている農薬の中にも例えばメチダチオン(スプラサイド)、DDVPやメソミ
ル(ランネート)のように劇物に指定されている毒性のかなり強い農薬がある。
近年の農産物輸入にともない劇物に指定された農薬がポストハーベスト処理剤として広範に使
用されている。その代表的な例は、穀物貯蔵倉庫や船倉内のくん蒸殺虫剤として用いられる臭化
メチルで、わずかに(1.1%)水に溶けるため、作物への残留が臭化米等として問題になる。臭化メ
チルはまた激しい皮膚障害を起こす農薬として知られている。臭化メチルは無色無臭のため、く
ん蒸したハウスに入って事故に会う事例が起こっている。
クロルピクリンも貯蔵穀物のくん蒸殺虫・殺菌や土壌殺菌に広範に用いられているくん蒸剤で
ある。毒ガスとして用いられた経緯もあり、その臓器毒性は強く空気中濃度が 2 mg/リットル で致
死する。劇物についてはUSEPAでは warning(警告)表示するよう義務づけており、市販農
薬は warning 表示している。
アメリカ合衆国における空中散布用農薬(容器にドクロマークの付いた農薬も存在)
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と
空
(3)普通物;
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中
散
布
用
複
葉
機
毒物及び劇物以外の毒性を示す農薬
この分類から普通物に指定された農薬は毒性が強くないが、本来毒性を持っている。普通物と
いう言い方は科学的に正しい用い方ではなく、
「低毒性物質」などの表示の方がより適切と考えら
れる。USEPAでは caution(注意)表示するよう義務づけており、該当する農薬には caution
表示している。ただしクマリン系農薬は毒性が強く、普通物としての扱いは正しくないと考えら
れる。毒性からすると毒物や劇物に相当する毒性があるため、毒物や劇物扱いにして愛玩動物や
人の健康被害を予防する必要がある。
亜急性・慢性毒性
亜急性・慢性毒性は、長期的に体内に化学物質や農薬を取り続けたために、最初可逆的な生理
反応であったものが不可逆的な反応へと進み、標的器官にいろいろな障害が出てくる毒性を指す。
最近急性毒性の弱い農薬が多くなった反面、その長期間にわたる吸収による亜急性や慢性の毒性
が心配されるようになってきている。
神経障害
有機リン系とかカーバメイト系の殺虫剤は急性に神経伝達に関与する酵素、コリンエステラー
ゼを阻害する場合が多いが、有機リン剤の中には長期間神経機能の異常を伴う遅発性の神経毒性
を持つものがある。
急性毒性が低くコリンエステラ−ゼ阻害作用の弱い有機リン剤のなかでも、レプトホスのように
遅発性の神経毒性を示すものが報告されている。カ−バメイト系殺虫剤カーバリル
27mg(500mg/kg)飲み込んだ事例では、軸索末梢の神経障害が出現し、手と足が弱まり一人で座
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れなくなり、その中毒症状は9ケ月間続いたと報告されている。
また以前日本でも種子消毒に使用されていた有機水銀剤の中には、中枢神経系に一生涯にわた
る障害を起こす農薬が含まれており、種子用穀物を誤って食用に転用し食べてしまった際には大
惨事が起こっている。
1971 年から 72 年にかけて、イラクにおいて誤ってメチル水銀剤で処理した小麦を食べて、多
数の人が水銀中毒にかかり亡くなった例がある。この場合種子消毒剤として毒性の強いメチル水
銀農薬を使った種麦がメキシコから輸入され、それを誤ってパン製造に使用して非常に悲惨な事
態を生じたもので、約 6,500 名の有機水銀中毒患者が出て、 460 名程が死亡したと報告されて
いる。
種子消毒剤として用いられたメチル水銀は水俣病の原因物質と同じもので、症状としてはハン
ターラッセル症候群といわれる両側性求心性視野狭窄、失調、構音障害の他難聴等が出現してお
り、中枢神経系、特に小脳細胞の脱落・壊死がみられる。
蓄積毒性
農薬の長期間の蓄積による毒性は典型的な慢性毒性といえるすが、DDT、BHC、ヘキサクロル
ベンゼン (HCB)、ディルドリン等の有機塩素系農薬にみられる。これらの農薬は急性毒性はさほ
ど強くありませんが、慢性的に体内の脂肪等に蓄積されてゆき、そのことによって肝臓障害等を
引き起こす。1971 年の「農薬取締法」改正以来販売禁止や使用規制が行われているが、残留性が
強いため今だに広範な環境汚染を引き起こし、現在も全ての日本人の体内より検出される。PCBs
PCDFs や PCDDs を含めこれら有機塩素系化合物は、胎盤や母乳を通じて母体より胎児・新生児
へ移行するため、次の世代への影響が最も懸念されている。
有機塩素系の農薬が蓄積した、人は主に脂肪織に農薬の沈着が認められ、副腎皮質や内分泌器
官に萎縮が起こり、リンパ系や胸腺にも萎縮が現れ、IgMの低下と免疫抑制が起こると予想さ
れている。肝細胞や、心筋細胞および腎の近位尿細管上皮の脂肪変性が起こり、中枢の大脳皮質
や小脳にある神経細胞に変性が認められる。有機塩素系の農薬に暴露した実験動物で比較的発生
率が高い腫瘍としては、肝細胞癌、副甲状腺腫、褐色細胞腫等がある。
ヘキサクロルベンゼン (HCB)は広範な環境汚染を引き起こしている化学物質である。以前は殺
菌剤として使用されていた農薬で、大規模なヘキサクロルベンゼン (HCB)中毒についてのトルコ
の報告を示す。ヘキサクロルベンゼン(HCB)中毒は 1955 年から 1959 年にかけて、10%の HCB
含有の殺菌剤(Chlorable and Surmesam)で殺菌された種子用小麦を摂取した人達の間で、発生し
た。3,000 名から 5,000 名の晩発性皮膚ポルフィリン症の患者が発生し、患者の死亡率は 10%に
上り、患者の 90 %は 16 才以下の子供、また患者多発地区の2ヶ月以下の乳児については 95 %
もの死亡率が観察された。患者は体重減少、甲状腺肥大、リンパ節肥大、光過敏性等の症状を示
した。
最近の日本人における HCB の汚染状況を調査すると、HCB はすべての人に残留しています。
母乳の汚染状況を検討すると、人胎盤中および母乳中 HCB 濃度は母親の血中濃度に比例して増
え、胎児さい帯血中の HCB 濃度は母親の胎盤中 HCB 濃度に比例して増加する。このことは胎
盤とさい帯血間に働く関門が HCB には機能しないことを示唆しており、母親から胎児への
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HCB の移行による毒性が強く出る恐れがあり、トルコのHCB中毒で乳児の死亡が高かったの
はこのことを物語っている。恐らく自然流産も異常に多かったと考えらる。
日本において市販されている農薬の PCNB 剤および PCP 剤中に HCB の混入が認めら、日本
人における HCB の人体汚染の一部は農薬の PCNB 剤および PCP 剤に由来し、直接もしくは二
次的な食品汚染による経口摂取により人の蓄積が引き起こされると結論される。
遺伝子毒性
農薬の化学構造からその遺伝毒性を評価する方法、CASE プログラムによって、下に示すよう
な種々の生物細胞を用いて農薬の遺伝毒性の解析が行われている。①サルモネラ菌ヒスチジン要
求性復帰突然変異(SAL)
②リンパ腫によるチミジンキナーゼ遺伝子突然変異(L5T)
③大腸菌( polA+
polA-株 )によるDNA修復試験(REP)
④枯草菌( rec+ rec-株 )によるDNA修復試験(REW)
⑤イースト菌の有糸分裂(体細胞分裂)(YE3)
⑥各種の動物の組織培養細胞を用いた遺伝子突然変異
そのようなやり方で、現在個々の農薬について、その遺伝子への作用と化学構造との関係を調
べていっています。そして農薬を遺伝子の障害性から、以下の3つの群に分類している。
(1)「遺伝子障害の著しい農薬」:ほとんどの試験で遺伝子に作用する最も遺伝子傷害作用が著
しい農薬
有機リン系殺虫剤としてはアセフェート、ディメトン、モノクロトホス、トリクロルホン、フ
タルイミド等
殺菌剤のなかではキャプタン、フォルペット、チオカーバメート
除草剤としてはダイアレート、サルファレート、トリアレート
(2)「遺伝子障害が認められる農薬」:試験のいくつかで遺伝子への作用が明らかな農薬
(3)
「遺伝子障害の認められない農薬」
:遺伝子障害は起こさないと予想される農薬(試験した農
薬の 46%)
遺伝子障害の指標の一つとなっている検査法に、相同染色体である姉妹染色体交換頻度(SCE)
がある。染色体異常の検査として、姉妹染色体交換頻度(SCE)を花卉栽培の人について調べた結
果、慢性症状ありの発端者(6.45±1,19)と慢性症状無しの発端者(5.47±1.03)の比較では、
有症状群の SCE 頻度が有意に高い結果が得られている。花卉栽培では農薬の使用頻度が多く、
そのため作業者の農薬の暴露濃度が高いことを示している。暴露防止の徹底により健康影響の予
防対策が必要なことを示している。
発癌性
現在使われている農薬の発ガン性評価は、アメリカ国立癌研究所(NCI)、アメリカ環境保護
庁(USEPA)、国際癌研究機関(IARC)等によって行われている。農薬の発ガン性の評価
には種々の段階があるが、IARCでは、
(Ⅰ)「ヒトの発ガンを起こす確度の高い農薬」
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富山国際大学地域学部紀要
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(Ⅱ)「ヒトに発ガン性を示す可能性のある農薬」
(Ⅲ)「発ガン性の評価の下せない農薬」
の三段階に分類している。
これに対してUSEPAではさらに詳細な検討を行い発ガン性の有無を以下のような五段階に
分類している。
(A)ヒトの発ガン物質:その物質への暴露と発ガンとの関係が疫学調査研究から充分に証明さ
れている物質。
(B)ヒトの発ガン物質である確度の高い物質:動物実験で発ガン性が充分に証明されている物
質。このグループは疫学調査による証明によってさらに以下の二群に分ける。
(B1)一部疫学調査によって証明されている物質。
(B2)疫学調査による証明が不充分か全くない物質。
(C)ヒトの発ガン物質である可能性のある物質:ヒトでの証明はないが、ある種の動物に発ガ
ン性が証明された物質。
(D)ヒトの発ガン性について評価できない物質:発ガン性についてのヒトにおける調査や動物
実験が不充分か全くない物質
(E)ヒトの発ガン物質でない物質:適切な疫学調査や少なくとも二種類の動物実験で発ガン性
を証明できない物質。ただし、このグループは証明の可能な状況下で発ガン性が否定されたもの
であり、どのような状況下でも発ガン物質ではないということを意味するものではない。
アメリカ国内で使用されている農薬について、詳しい検討がなされている。その結果によると、
ヒトに対する発ガン性がUSEPAの分類で(A)から(C)の段階にあることが証明された農
薬が、52種も使用されていることが明らかになっている。現に日本で使用されている農薬のな
かにも発ガン性が証明されたものも多くある。アメリカではこれら発ガン性のある農薬をどのよ
うに扱うのか、現在議論が行われている。
また有機塩素系化合物や有機塩素系農薬は発癌性が証明されているものがかなりあり、α−、
β−、γ- BHC では、α−BHC の発癌性が証明され、他の異性体についても発癌の促進作用が
あることが報告されている。
DDE は DDT の主要代謝物で、DDT の代謝に並行して体内への残留が増えます。このため現在
人体中にも多く含まれており、排泄は 2 コンパートメントモデルで表されるが、半減期が長く残
留性が強い。 DDT の発癌性が報告されているが、ハムスターを用いた実験では DDE の発癌性
の方がはるかに強く、DDE が DDT の最終発癌物質であるとの報告が出されている。
ヘキサクロルベンゼン(HCB)は既に報告したように大規模な食中毒事件を引き起こす一方、広範
な環境汚染を起こしている有機塩素系化合物である。 HCB の毒性はポルフィリン蓄積によるポ
ルフィリアと発癌性に分けられ、HCB を給餌されたラットではウロポルフィリノーゲン脱炭酸
酵素(UD)活性はほとんどなくなり、ポルフィリンの蓄積がみられる。また HCB 給餌群ではγグルタミルトランスペプチダーゼの組織化学的染色像から腫瘍性結節が明瞭に観察され、HCB
給餌により雌ラットに特に多くの肉腫が発生する。
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催奇形成と繁殖毒性
殺菌剤ベノミルはチュブリンと特異的な結合しチュブリンの重合と微小管形成を阻害し、菌の
分裂と成長を止める作用があるため、哺乳動物の成獣への毒性は低いが胎児異常への影響は大き
く、奇形発生頻度が高くなると考えられる。
ベノミルを給餌すると、胎仔吸収と奇形が起こり、頭蓋と脳の異常、目・顔面・内臓・唇・尾の
奇形等全身性奇形も多発する。さらに脳水腫、脳炎、脳髄炎、髄膜炎、無脳症、脳梁形成不全、
周辺脳室崩壊、周辺脳室増成や著しい脳水腫を起こす。ベノミルには抗チュブリン作用があり微
小管の形成を阻害するため、有糸分裂と胎仔中での細胞移動が阻害されるためこのような奇形が
引き起こされる。
ベトナム戦争の際の枯葉作戦の時使用された除草剤 2,4,5-T には、2,3,7,8-四塩化ダイオキシン
が混入し、重度奇形と癌の多発が報告されている。その後イタリアのセベソでダイオキシン汚染
が起こり、現在は世界各地で除草剤 2,4,5-T 製造工場付近の土壌や廃棄物置き場のダイオキシン
汚染が問題になっている。
10 年前まで 2,4,5-T、ヘキサクロロフェン、ペンタクロロフェノールを製造していた工場の汚
染土壌についての調査では、土壌 1kg あたり 2,050 μg の 2,3,7,8-TCDD を含め、全部で 18mg
のダイオキシンやダイベンゾフランを含んでいることが判明した。さらにある金属スクラップ場
の土壌もダイオキシンで汚染されており、土壌 1kg あたり 230 μg の 2,3,7,8-TCDD を含んでい
た。これら汚染土壌の繁殖への影響をチェックしたところ、母獣の死亡がみられ、胎仔出産が影
響され、出生胎仔数が減少し、発情周期が乱れ、繁殖毒性が強いことが判明している。
有機リン剤およびカーバメイト剤の毒性
人を含め哺乳類においては、神経−筋接合、自律神経節前ニュ−ロン、副交感神経節後ニュ−
ロンのシナップス部ではアセチルコリンが伝達物質として作用し、大多数の交感神経節後ニュ−
ロンのシナップス部ではノルアドレナリンが伝達物質です。シナップス部の伝達物質としてはこ
の他にγ−アミノ酪酸,グリシン等多彩な物質が知られてきている。アセチルコリンは哺乳類は
勿論、昆虫でも重要な伝達物質でシナップス前膜から放出され、シナップス後膜にあるアセチル
コリン受容体と結合し、後膜を構成する神経に信号を伝える。アセチルコリンは刺激を伝達した
らすぐに分解される性質のもので、なんらかの原因でアセチルコリンが分解されずに蓄積すると
神経が刺激を受け続けることになり、副交感神経系の緊張状態が続き、呼吸困難や心臓・血管系
の機能の抑制等が引き起こされる。アセチルコリンを分解する酵素が、アセチルコリンエステラ
ーゼで、アセチルコリンを酢酸とコリンに分解することによりその生理活性を失わせる。
殺虫剤の有機リン剤やカーバメイト剤は体内に侵入すると、それ自体もしくは代謝活性化され
た後、アセチルコリンエステラーゼのエステルサイトと結合し、アセチルコリンと酵素との結合
を不可逆的にもしくは可逆的に阻害する。図に示すように蓄積したアセチルコリンによってアセ
チルコリン受容体が飽和され、交感神経系が緊張し有機リン中毒の症状が出現し、心臓・血管系
の抑制、縮瞳、消化吸収の活発化、唾液腺の分泌過多等が起こり、中毒のひどい時は呼吸困難に
より死亡する。このようなひどい中毒の際は PAM(2-ピリジン 2-アルドオキシメチルアイオダイ
ド)やアトロピンの併用療法を行なう。PAM は有機リン剤とアセチルコリンエステラーゼとの結
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合を切断し、酵素のエステルサイトの活性を回復させ、アトロピンはアセチルコリンとアセチル
コリン受容体の結合を遮断し、副交感神経の緊張状態を低下させる。このように有機リン剤やカ
ーバメイト剤の毒性はアセチルコリンエステラーゼの阻害によって発現する。有機リン剤内服に
よる自殺例のように、内服量が農薬の LD50 を超えている場合は、非常に激しい中毒症状が発現
し、アセチルコリンエステラーゼの活性がほとんど無くなる。このような際は胃洗浄、血液透析
による農薬の除去のうえ、各種の治療法が施されるが、現在の農薬の多くは解毒に有効な特効薬
がないため、急性中毒時の治療を困難にしている。
有機リン系農薬アセフェートによる血清コリンエステラーゼ活性阻害を、酵素カイネティック
から検討すると、コリンエステラ−ゼ活性が農薬の濃度に比例して阻害されることが判明してい
る。コリンエステラ−ゼは、単量体が多数立体的に結合したポリマーの構造を持っており、その
組成は生物種によって種々でありこの事が有機リン剤に対する感受性の差をもたらす原因の一つ
となっている。組織化学的研究も生化学的知見とよく一致する病像を示し、パラチオン、マラチ
オン、スミチオン、ホスベル等いずれも、暴露された動物の神経系の刺激伝達の経路(シナップ
ス、髄鞘等)に形態的な変化が認められ、特に、ホスベル、ダ−ズバン等でみられる遅発性毒性
については、脱髄性変化が認められる。
パラコート剤の毒性
パラコ−ト剤は中毒事例の多い農薬で、アメリカにおいては空中散布されているほか、日本に
おいても地上散布が広範に行われ、広域汚染を起こし易い農薬使用になっている。除草剤のパラ
コートは植物の光合成系Ⅰによって還元され、生じたパラコートラジカルが酸素分子と反応しス
ーパーオキサイドアニオンから過酸化水素を生成し(O2→O2-→H2O2:)、葉緑体を破壊する
ことによって除草作用を発現する。このためすぐに予測されることであるが、身体に入ったパラ
コートは人を始めとして哺乳類の体内で還元されて、生じたパラコートラジカルは同様にスーパ
ーオキサイドアニオン生成へと進む。この反応は連鎖反応的に進むため、生じたラジカルが生体
の機能高分子であるタンパク質や遺伝子の核酸と反応し、細胞や組織の壊死を引き起こし障害の
原因となる。パラコ−トの尿中排泄は速やかですが、腎糸球体の機能低下が起こり易くなり、パ
ラコ−ト高濃度投与群では著しいパラコ−ト排泄の低下がみられる。腎の排泄はパラコ−ト排泄
の重要な部分であるため、中毒の際の腎機能の保護が救命の鍵となるが、パラコート多量摂取の
場合、腎障害をきたし、パラコートの排泄自体を非常に困難なものにする。パラコ−ト中毒の際
は最も特徴的な影響は肺に現れ、ポリアミン輸送系を通じて、肺細胞中に活発に蓄積される。そ
の速度は遅いが、摂取後 5∼7hr に peak に達するため処置を困難にしている。肺の浮腫と出血が
起こり、肺胞上皮の壊死を起こし、口腔や食道の潰瘍形成、腎臓の近位尿細管の壊死、肝細胞の
壊死、副腎皮質の壊死、脳の出血と浮腫等も起こす。これらの障害が治療により回復しても肺の
機能は徐々に低下し、
「パラコート肺」と呼ばれる肺実質の繊維化を起こし死亡する。その組織学
的病像を肺繊維症と称している。
初期変化として、肺では毛細血管の変性にともない肺胞壁から浸出と出血があり、分泌上皮、
呼吸上皮とも脱落が著明で、肺胞ではこのため無気肺となり大食細胞や繊維芽細胞の増殖が強く
なる。肺胞上皮の再生像(クララ細胞の増殖)はほとんど認められない。大量暴露後は経時的に
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繊維の増生が強くなり、肺繊維症へ進展する。肝や腎の近位尿細管上皮、消化管粘膜にも同様な
壊死性の変化が現れる。
ラジカル毒性
二臭化エチレン(EDB)は殺菌剤としてポストハーベスト処理に広範に用いられてきたが、
その他石油の鉛スカベンジャーとして用いられる。EDBはミクロゾームでブロモアセトアルデ
ハイド等に代謝され、代謝物は脂質過酸化反応を引き起こす一方、肝細胞の蛋白と結合し、肝障
害を引き起こす。さらにEDBやその代謝物はグルタチオントランスフェラーゼによってグルタ
チオンと抱合し、尿中や胆汁中に排泄される。
1987年までポストハーベスト処理や土壌くん蒸剤としてアメリカや日本で広範に使用され
たEDBによる健康障害が報告されている。ハワイでパパイヤくん蒸のため平均5年間EDBに
暴露している作業者46名について、EDBの長期暴露による精子への影響についての調査が行
われた。口元付近の気中EDB濃度は88ppb、最高は262ppbで、EDB暴露者は精子
数や運動性のある精子の割合が減少し、ある種の精子の形態異常の増加がみられた。結果はOS
HA(労働安全衛生局)の基準(20ppm)より、400倍以上低いNIOSH(労働安全衛
生研究所)の勧告基準(45ppb)に近いレベルで、EDBが作業者の生殖機能損傷のリスク
を高めることを示唆している。
MBやEDBは無色無臭で気化し易いため、急性中毒を起こす例も知られており、MBとED
Bに関しては死亡事例も報告されている。その後EDBは発癌性が証明されたため現在農薬とし
ての使用は禁止されているが、アメリカでは土壌汚染がひどく上水源の汚染防止に腐心している。
EDBはこれまで非常に優れたくん蒸剤として、ポストハーベスト処理や土壌くん蒸に使用さ
れてきた。EDBに発癌性が証明されたため、農薬としての登録が抹消され、現在ポストハーベ
スト処理はMBに大きく依存している。
ダイコート剤は活性酸素を生成し、生体に酸化的ストレスを引き起こし、脂質過酸化を促進す
る。活性酸素の生成や過酸化脂質の代謝のため、生体中の NADH や NADPH の消耗をもたらし、
その回復に際してグルコースの消費を促進する。
塩素系殺虫剤リンデン(γ−BHC)は肝臓の周辺細胞の脂肪蓄積を促し、チトクローム P-450
の誘導と脂質過酸化を促進すると同時に、抗酸化系酵素スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)
とカタラーゼ活性を低下させる。ヘキサクロルベンゼン(HCB)はウロポルフィリノゲン脱炭酸酵
素の活性部位を阻害し、晩発性皮膚ポルフィリン症(porphyria cutanea tarda)を起こすことで知
られているが、その作用は鉄分摂取によって差があり、鉄分の過剰摂取の際は毒性発現が著しい
ことが知られている。HCB はまた脂質過酸化を促進するが、その作用は鉄分摂取によって著し
く左右され、鉄欠乏では脂質過酸化は全く促進されず、鉄分過剰摂取で著しい促進がみられる。
さらに、脂質過酸化と並行してタンパク質の架橋による変性、高分子化がみられる。
スプラサイド(methidathion)はフロ−ダスト剤としてハウス内で使用されている有機リン殺虫
剤で、10μm以下の微粉剤のためハウス内に長く滞留し、容易に吸入される。吸入された農薬粒
子は肺胞上皮細胞の障害を引き起こし、さらに血流によって全身に運ばれる。スプラサイドは肝
臓で代謝されるが、その際肝細胞の変性を引き起こし、肝臓において脂質過酸化を促進する。こ
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のため生体膜の変性が起こり、血清中 GOT, LDH 活性の上昇が著しく肝機能が著しく障害される。
呼吸阻害
生体は必要なエネルギーを主に細胞質の解糖系と、それに引き続いてミトコンドリアのクエン
酸回路において高エネルギーリン酸 ATP のかたちで生成する。酸化的リン酸化反応による ATP
産生に働く酵素系は、電子伝達系(呼吸鎖)と呼ばれるが、除草剤の PCP・DNBP 等は脱共役
剤として働き、クエン酸の酸化が ATP 生成に結び付かない。このため ATP の不足が起こりこれ
を補うため、解糖が盛んになるが、エネルギーの生成に結び付かないため無駄に代謝を高め、体
力が減退し、急激な体重減少をきたし、著しいときは虚脱で死亡する。
アセフェート剤はミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)酵素の一つであるチトクロームcオ
キシダーゼと結合し、その活性を阻害する。このためクエン酸回路の酸化能が低下し、酸化的リ
ン酸化による ATP 生成が抑制される。古くから呼吸毒として著名なシアンもチトクロームcオ
キシダーゼの阻害剤で、このためシアンガスによる薫蒸中は充分な注意が必要とされる。
ピレスロイド系殺虫剤の毒性
ピレスロイド系殺虫剤は作用スペクトルの広い殺虫剤で、光安定性が充分な化合物が発見され
た 1970 年代半ばより、広範な構造のものが使用されるようになってきた。多くのピレスロイド
は哺乳類にとって強力な神経毒で、その毒性はDDTと同じく神経の Na+イオンチャンネルに作
用し、膜電位の回復を遅らせることにより発現する。中枢神経系の毒性は、けいれん型症状(タ
イプⅠ型症状)と流ゼンを伴ったコレオアテトーゼ型症状(タイプⅡ型症状)に分けられ、ピレ
スロイド系殺虫剤による差が大きい。
ピレスロイド系殺虫剤が免疫反応に及ぼす影響は大きく、シペルメトリンは体液性免疫反応や
細胞性免疫反応において、免疫反応の低下させ免疫毒性を示す。
ピレスロイド系殺虫剤は皮膚
反応性をもち、その症状は「刺痛」や「灼熱感」といった感覚を伴った刺激で、デルタメトリン
とシペルメトリンの皮膚刺激性が強い。
生体の適応機能と防御系
食品汚染や環境汚染を起こした有毒化学物質は、経口、経皮、経気道を通じて体内へ侵入し、
一部代謝を受けながら、感受性の最も高い器官・組織、例えばパラコート剤の肺・有機リン剤や
メチル水銀剤の脳・有機塩素剤の肝臓等の標的器官へ達し、障害を与える。全身暴露量(exposure)
もしくは標的器官の暴露量(dose)と、それによる生体の反応(response)の間には一定の関係が認め
られ、その関係は暴露量−影響関係(dose-response relationship)として表現される。有機リン系
農薬がコリンエステラーゼ活性を阻害する際も、両者の間には暴露量−影響関係が存在し、酵素
活性が暴露量に比例して阻害される。環境汚染物や農薬による酵素活性の誘導についても暴露量
−影響関係が認められ、PCB,DDT やその代謝物 DDE による薬物代謝酵素の誘導期間も、
PCB,DDE 等の投与量に比例して酵素誘導が増強する。
さらに慢性毒性として深刻なリスクを
与える発ガン性にしても、暴露量が第一義的に重要である。アフラトキシンB1 は自然起源の食
品汚染の中では最も肝癌のリスクの高い有毒物質である。アフラトキシンB1 は輸入食品に時に
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見いだされるカビ毒であるが、その発ガン性は自然物の中では最も強く、動物実験の結果では、
暴露量−影響関係が明確で、生涯暴露量に比例した肝癌の発生がみられる。このように食品汚染
や環境汚染を起こしている有毒物質に対する生体反応は暴露量−影響関係を示すため、健康障害
防止の上からは、全身暴露量(exposure)を減らすことが第一義的に重要となる。
生体の暴露防止機構
食品汚染や環境汚染を通じて体内に侵入した汚染物質は、標的臓器に侵入すると毒性を発現す
る。生体はこのため、標的臓器の暴露を防止するための種々の機構を備えている。呼吸器を通じ
た経気道暴露は、副鼻腔や気管、気管支の繊毛細胞等の機能によって、10μm以上の粒径の粒
子は肺胞まで到達できない。このため、日常生活の中で暴露する大気汚染質のかなりの部分は、
生体へ侵入を防止される。食品汚染による経口暴露の際も、多くの汚染物質は消化管において分
解・代謝されたり、小腸での吸収を抑えられたりして、標的臓器への侵入を防止される。
生体の代謝・解毒機構
呼吸器や腸管から吸収され体内に侵入した汚染物質は、血流によって肝臓に運ばれ、肝細胞の
ミクロゾームにある薬物代謝系酵素によって、代謝活性化や代謝解毒化を受け排泄される。
PCB,DDT 等の脂溶性の汚染物質は体内の各器官・組織の間で動的平衡状態にあり、2 コンパー
トメントモデルに従って体外に排泄される。この代謝・解毒に中心的役割を示す酵素はチトクロ
ームの一種で、その還元型の一酸化炭素との結合のピークが450nmにあるため、チトクロー
ム P-450 と命名されている。この酵素はNADPHとNADHからの電子と酸素一分子を用いて、
脂溶性化合物を水酸化体やエポキサイド体へ変換するミクロソームの電子伝達系の酸化酵素であ
る。
このようにして水酸化等の代謝を受けた脂溶性化合物は、さらにグルクロン酸や硫酸抱合を受
け、より水溶性を増した化合物として腎糸球体を濾過され、尿中に排泄される。DDT の一部は
DDE のように脂溶性を増した化合物へと代謝されるため、その際は胆汁から糞便中へ排泄され
るが、この場合腸官で再吸収されるため(腸−肝循環)、体内濃度の減少が少なく、残留毒性が問
題となる。
先に触れたが、脂溶性の汚染物の中には薬物代謝系酵素特にチトクローム P-450 の誘導を行う
化合物がある。PCB,DDE,HCB 等の残留毒性のある化合物は特に誘導能が高く、誘導によって活
性代謝物生成が促進し、これら汚染物質の毒性が増強したり、逆に代謝・解毒が促進され汚染に
対する耐性が増したりする。このように薬物代謝系酵素は脂溶性物質の代謝にとって非常に重要
な機能をもっており、その活性の低下は、種々の汚染物質に対する感受性を高め重篤な症状をも
たらす危険性がある。このため胎児を含め乳幼児や肝機能に異常のある人は、食品汚染や環境汚
染等への抵抗性が非常に弱く、感受性が高いことが知られている。
過酸化障害に対する防御機構
食品中に含まれる不飽和脂肪酸は、空気下では酸素と結合し脂質過酸化物を生成する。脂質過
酸化物は生体において、急性毒性から老化や発ガン性に至る慢性毒性まで種々の毒性を発現する。
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広く使用されている除草剤パラコートは、生体内においてス−パ−オキサイドアニオン(O2-)を生
じ、活性酸素種を生成することにより毒性を発現する。また HCB やスプラサイド等は肝臓の脂
質過酸化を促進し、リン脂質の膜構造を崩壊させることにより、細胞や組織の壊死を引き起こす。
その一方、生体内にはスーパーオキサイドアニオン、過酸化脂質および過酸化水素を活発に代謝・
解毒化する酵素が存在する。スーパーオキサイドディスムターゼ (SOD)、グルタチオンペルオキ
シダーゼ(GSH-P)、グルタチオントランスフェラーゼ(GSH-T)、カタラーゼである。
生体の防御系の機能と食品汚染や環境汚染による毒性発現との関係は非常に微妙なバランスの
上に成り立っている。汚染物の暴露量が生体の防御系の処理能力を上回り、標的臓器への汚染物
質の侵入量が増えると毒性が発現する。逆に、生体防御系の機能が低下しても汚染物質の処理能
力が弱まるため、毒性は増強する。肝機能に異常のある人が、通常毒性が発現しない低濃度の食
品汚染や環境汚染によって、中毒が現れるのはこのためである。
食品成分による生体防御
生体の防御機構は遺伝的素因により大きく異なるため、現人類の中でも人種差が著しい。先に
述べたように、紫外線Bは皮膚癌発症の原因となるが、メラニン色素は皮膚癌発生に対しする一
種の防御機構と考えられる。メラニン合成能は遺伝的素因に左右され、いわゆる白人(コーカソ
イド)は合成能が弱く、そのため紫外線Bによる皮膚癌の発生が著しく多い。これに対し黒人(ニ
グロイド)はメラニン合成能に優れ、紫外線Bの皮膚癌発症に対して非常に強い抵抗性を示す。
日本人をはじめ黄色人種(モンゴロイド)はこの中間に位置する。
三大栄養素と生体防御
このような遺伝的素因に加えて、日常的な食品の栄養摂取状況によって、遺伝子発現による酵
素の合成能は著しく左右される。栄養摂取状況の悪い状況では、素材としてのアミノ酸の欠乏を
招き、酵素蛋白の合成が著しく低下する。このため食品汚染や環境汚染を起こしている汚染物質
に対する代謝酵素の活性は著しく変化し、一般にタンパク質摂取量の低い人は代謝酵素の活性が
低く、汚染物質の代謝・解毒能が弱い。低栄養下では汚染物の毒性が強く発現するのはこのため
である。
脂肪摂取が増加すると、不飽和脂肪酸の過酸化による障害を受け易くなると予想される。この
ため脂肪摂取量の増加に伴う癌発症率の増加や、脂肪摂取量と汚染物質の代謝について研究が進
められている。その結果脂肪摂取の増大は、乳ガン等の癌の発生率を上昇させるという予測がな
されている。不飽和脂肪酸より生成される過酸化脂質は薬物代謝系酵素を破壊し、その活性を著
しく低下させる。過酸化脂質生成を促進する種々の食品汚染物質や環境汚染物質は、薬物代謝系
酵素の活性を阻害することにより、他の汚染物質の代謝・解毒を阻害し、毒性を増強すると考え
られる。
ビタミンE,ビタミンC,カロチノイド色素
食品中に含まれる微量の栄養素の中に、食品や環境汚染による毒性発現を抑制する物質が存在
する。現在その作用機序が判明している代表的なビタミンやプロビタミンについて述べる。ビタ
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ミンやプロビタミンをはじめ微量栄養素はその多くが植物由来であり、生体防御作用の機能をも
つ微量成分を解明していくことは学問的にも重要である。
生物の中で従属栄養の動物界は独立栄養の植物界に大きく依存しており、両者の間には非常に
微妙な相互関係が存在する。食品としての栄養素はその中で最も重要なものであるが、現在まで
に明確になっている栄養素の機能以外に、生命維持にとって非常に大切な多くの機能が不明のま
ま置かれている。植物界と動物界の相互関係を無数に存在する微量栄養素を中心に研究していく
食用植物学の分野は、ヒトを含めた動物の生存、成長、生殖、老化の生命活動の根幹に関わって
いると予想される。さらに進化的背景を明らかにしていく上でも重要な科学的知見を与え、現在
膨大な量失われつつある遺伝資源の保護の重要さに対する科学的礎となると予想される。以下に
いくつかの例を示す。
ビタミンD
化学物質の重金属カドミウムに汚染された穀物や飲料水の長期暴露によって、富山県婦中町、
大沢野町(いずれも現富山市)、富山市等何か所の地域でイタイイタイ病が発生した。カドミウム
の慢性毒性発現の機序は、腎臓によるビタミンD(カルシフェロール)の水酸化活性(1,25−ヒ
ドロキシビタミンD)酵素を阻害し、活性ビタミンDの生成が抑制され、Caの代謝に関与する
蛋白質の合成とCaの吸収が阻害されるためである。カドミウムは同時に腎臓の尿細管の再吸収
能を傷害するため、タンパク質やCaをはじめとした無機物が尿中に失われる。このため骨軟化
症が発生し、患者は全身の骨折に苦しめられる。科学的に予想されるように、この治療に有効と
されるのがビタミンDもしくは活性ビタミンDの大量投与療法である。
ビタミンE
植物由来のビタミEは脂質過酸化反応にともなって生成するフリーラジカルと反応してこれを
消去する脂溶性の天然化合物として最も重要である。酸素ラジカル生成や脂質過酸化等によって、
生体膜のリン脂質は連鎖反応的に障害を受ける。ビタミンEは生体膜のリン脂質中に存在し、生
じたラジカルと反応し、α−トコフェロキシラジカルやα−トコフェロールキノンを生じ、ラジ
カル毒性から生体膜を保護する。このためビタミンEの欠乏はラジカルよる毒性を増強し、赤血
球の溶血や不妊、胎児吸収等の障害が発生する。ビタミンEが過酸化脂質やラジカルと反応後生
成するα−トコフェロキシラジカルは、次に述べるビタミンCによってビタミンEに再生される
ためビタミンE欠乏症は比較的起こり難い。
ビタミンC
ビタミンC(アスコルビン酸)の欠乏は、壊血病を引き起こすため古くからビタミン研究の手
がかりを与えた。アスコルビン酸の合成が出来ない動物はヒト、サル、モルモット、ゾウ、熱帯
の鳥類など極一部に限られている。アスコルビン酸は水溶性のラジカル捕捉剤として最も重要な
もので、ラジカルを還元する一方、アスコルビン酸自身はアスコルビン酸ラジカル(モノデヒド
ロアスコルビン酸)を経て、デヒドロアスコルビン酸へと酸化される。先に述べたようにアスコ
ルビン酸はα−トコフェロキシラジカルを再還元し、ビタミンEの再生に働く。
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NADH,NADPHによる再生
生じたモノデヒドロアスコルビン酸は、NAD(P)Hを電子供与体とするモノデヒドロアス
コルビン酸還元酵素によってアスコルビン酸へ還元される。デヒドロアスコルビン酸も還元型グ
ルタチオン(GSH)を電子供与体とするデヒドロアスコルビン酸還元酵素によってアスコルビ
ン酸へと還元され、酸化型グルタチオン(GSSG)を生成する。酸化型グルタチオン(GSS
G)はNADPHを電子供与体とするグルタチオン還元酵素によって、還元型グルタチオンへと
再生される。
NADHやNADPHの酸化によって生じたNAD+やNADP+は、解糖系やクエン酸回路、
脂肪酸のβ酸化に共役し、NADHやNADPHを生成する。このように生体内の抗酸化系のア
スコルビン酸、ビタミンE、グルタチオンは、生体の酸化−還元系に組み込まれている。代謝・
解毒系酵素のチトクローム P-450 も電子供与体としてNADHやNADPHを必要としている。
グルタチオンペルオキシダーゼやグルタチオントランスフェラーゼは、食品や生体内で生じた
過酸化水素や脂質過酸化物の代謝・解毒系の酵素として重要であるが、いずれも電子供与体とし
て還元型グルタチオンを必要とする。このように食品汚染や環境汚染に対する防御系の多くの酵
素反応は、生体の酸化−還元系の反応の一貫として行われている。このため生体防御系酵素の活
性変動、補酵素NADH、NADPHの産生速度、抗酸化系物質ビタミンE、ビタミンC、セレ
ニューム(グルタチオンペルオキシダーゼの必須遷移金属:Se)の摂取量等は、食品汚染や環境
汚染による中毒、酸素ラジカルや脂質過酸化による毒性発現に大きく影響する。
その他の有用食品成分
ここでは触れなかったが、植物成分の中には非常に多くの生理活性物質が存在する。アルカロ
イドの中には医薬品として有用なものが少なくない。カロチノイドは植物の生成する重要な色素
の一種であるが、β−カロチン等が動物に取り込まれると小腸、腎、肝等においてビタミンAに
転換される。ビタミンAは肝臓に蓄積され、レチノール結合蛋白によって標的臓器に輸送され、
例えば視覚物質ロドプシンの構成要素となる。ビタミンA欠乏は夜盲症等を引き起こすが、ビタ
ミンAの過剰は胎児奇形等の深刻な障害を与える。このためβ−カロチンはプロビタミンAとし
て重要に重要な生理的意義を持ち、ラジカルに対する天然の抗酸化剤として、また抗腫瘍性も注
目され活発な研究が行われている。またフラボノイドも近年その抗酸化作用が注目されている。
結論
食品や環境中の汚染物質の暴露量と急性・慢性毒性との間、また生体の代謝・解毒能と毒性発
現との間には密接な関連がある。これまでの結論を要約すると、
(1) 毒性には急性毒性から慢性毒性まで種々のタイプの毒性があり、最近は発癌性を初め慢性毒
性の評価が重要になってきている。このため毒性評価は、最新の科学的知見に基づき総合的に行
うことによって、汚染物質暴露に伴う健康影響評価(リスク評価)が正確なものとなる。
(2) 食品汚染や環境汚染の影響の検討も、呼吸器系障害や中枢神経系の障害のような比較的特異
性の高い中毒についてだけではなく、脂質過酸化的障害や呼吸鎖酵素の阻害のような非特異的な
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毒性についての検討を行い、暴露による健康影響を詳細に検討することが欠かせない。
(3) 食品汚染や環境汚染による毒性発現は代謝・解毒能との関連で決まるため、日常的な栄養摂
取や健康状況によって、その毒性は著しく左右される。食事中の蛋白含量の差や脂肪摂取量の違
いは毒性発現に著しく影響する。
(4) 豊富なビタミンや有用成分を含んだ野菜や果物の摂取が、中毒に対する予防上効果があるこ
とが知られている。植物には多くの生体防御系物質が含まれており、貴重な遺伝資源を保護し、
その生理生化学的機能を研究していく食用食物学が重要となっている。
(5) 地球環境変化による耕地の砂漠化、干ばつ、洪水等の自然災害が多発する一方、急速な人口
の増加と南北の格差により、国際的には熱帯林の破壊や食糧危機が予想されている。このため遺
伝資源の保護と食糧の安定した生産が必要であると考えられ、限られた耕作面積と多彩な気候下
で多収穫品種を栽培して行く耕作を努力していく必要がある。
(6) 現在アメリカ合衆国やECをはじめ先進国においては有機農業法が施行され、汚染の無い食
糧生産が進みつつあり、日本においてもこの取り組みが必要とされる。日常摂取する食品は、単
作大規模生産や輸入農産物が中心であり、食品衛生法に基づく残留基準や環境庁告示に基づく残
留基準を超える食品の農薬汚染が見いだされる。このような状況は早急に改善して必要があるが、
このためには環境や健康に配慮した食糧生産が不可欠である。
(7) 自動車排ガス、産業廃棄物、散布農薬など多数の有毒有機汚染物質の発生源が存在する。日
本を含め多数の国で、地球規模の食品や環境汚染が進行し、農場においては、殺虫剤、除草剤、
殺菌剤といった農薬が、頻繁に散布されている。現在、このような汚染物質による中毒予防のた
め、食品汚染や環境汚染への暴露と健康リスクに関して、世界中で研究が進行している。
(8) 大気や自然生態系において、農薬をはじめ高い濃度の有毒化学物質が検出されるため、多く
の国でその健康影響に強い関心が寄せられている。ここでは食品や環境中に見いだされる汚染物
質とその健康リスクについて要約し、体内の防御機構と有用食物成分との関連についても検討し
た。食品汚染や環境汚染を起こしている汚染物質は、生理活性や毒性を示す可能性が強いため、
将来に渡り常に環境と健康への影響を吟味し、最新の毒性学の研究手法を適用し、今後とも食品
と環境の安全とリスク評価を行っていく必要がある。
引用文献
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2)上杉康彦、上路雅子、腰岡政二(編):最新農薬データーブック.ソフトサイエンス社(1997)
3)藤原邦達、本谷
勳(監修):よくわかる農薬問題一問一答.
合同出版(1985).
4)若月俊一、松島松翠、安藤
満(編著):農薬の毒性と健康影響.公害研究センター(1989).
5)若月俊一、住井すゑ、安藤
満:
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1, 2, 3
食品汚染.労働旬報社(1989).
Edward R. Laws, Jr.:
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Academic Press, New York, (1991).
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