誇りある美しいまちをめざして ~タイディ・タウンコンテスト アイルランド

調査
誇りある美しいまちを目指して
∼タイディ・タウンコンテスト アイルランド事例調査∼
(財)
静岡総合研究機構 主任研究員 谷
澤 智 秀
人口減少社会に突入した今日、少子高齢化の進展による様々な課題がある中で、各地方自治体では、
定住・交流人口を増加させようと、地域資源を活用した魅力あるまちづくりなど様々な活動に取り組ん
でいる。しかし、地域資源が乏しい新興住宅地では、郷土への愛着やコミュニティ意識の希薄さから、
活発なまちづくり活動が行われていない。本稿では、アイルランドの住環境の「美」を通じて、各地域
の市町村をはじめ国全体に活力と繁栄をもたらした「タイディ・タウン運動」(美しいまちづくり運動)
の取組事例を調査し、各地方自治体における同運動の展開の可能性について考察する。
っくりと時間をかけて、特定の地域資源を発見し、
はじめに
その地域資源に焦点を当てたまちづくりを進めてい
我が国は、本格的な人口減少社会に突入した。今
くことは、困難を極めるとともに、時間的余裕がな
後、更に少子高齢化が進展することにより、高齢者
いのが現状である。このため、地域らしさを探すの
福祉ニーズは増加する一方で、生産労働人口が減少
ではなく、地域住民ができることから取り組み、自
することから、雇用減による生産活動の低迷、税収
分たちのまちを創り上げていくことが求められている。
の減少、社会保障の負担の増加など、地方自治体を
本稿では、住環境の「美」を通じて、市町村をは
取り巻く環境は、厳しさを増している。
じめとして、国全体に活力と繁栄をもたらしたアイ
各地方自治体では、人口減少社会の生き残りを賭
ルランドの美しいまちづくり運動(タイディ・タウ
けて、郷土の歴史的遺産や温泉など特徴ある地域資
ンコンテスト。以下「タイディ・タウン運動」とい
源を活用したまちづくり活動を展開し、地域の活性
う)の取組事例を調査し、同運動が50年以上の長き
化を図り、定住・交流人口を増加させようとしてい
にわたり継続している要因を分析し、今後の地方自
る。しかし、地域資源が乏しく、郷土への愛着やコ
治体での同運動の展開の可能性について考察する。
ミュニティ意識が希薄といわれる新興住宅地やベッ
トタウン化した地域では、どのようなまちづくりが
考えられるのだろうか。
タイディ・タウン運動とは
タイディ1・タウン運動(タイディとは「美しい」
そもそも、「まちづくり」とは、生活の質の向上
という意味)とは、アイルランド全土の地域コミュ
を図るために、地域の人々が力を合わせて環境の改
ニティ(以下「市町村」という)を対象とした国家
善に取り組むことであり、地域住民が主体となって
コンテストであり、毎年、最も美しいまちに対して、
より豊かな生活を実現する活動である。特有の地域
表彰と賞金を授与する取組である。
資源を活用する方策もあるが、必ずしも地域特有の
このタイディ・タウン運動は、1958年に市民グル
地域資源を探し出し、活用しなければならないもの
ではない。しかしながら、少子高齢化の進展は年を
追うごとに加速していく。特に新興住宅地では、じ
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1タイディとは、本来、「きちんとした」「整頓された」という意
味。ここではそれらを総称する意味で「美しい」と表現。
誇りある美しいまちを目指して
ープの発意で始められた。当初は、経済的にじり貧
くの特別賞が用意されている。これらコンテストの
状態にあったアイルランド経済の外貨収入を増やす
国家賞、特別賞などの賞金やトロフィーは、民間企
ため、海外からの観光客を獲得することを目的にし
業や他の省庁などの寄付金で賄われている。
た「ゴミ拾い活動」であった。その後、重点を観光
表彰式は、毎年10月から11月にかけて行われ、テ
から環境へと移行し、1995年に主管省庁も観光省か
レビ中継される中、大々的に行われる。また、優勝
ら環境を所管する省に移管された。現在は、環境・
した市町村へは大統領が訪問するなど、優勝者の栄
遺産・地方自治省が主催し、同省内にあるタイデ
誉を国全体で褒めたたえるのである。
ィ・タウン本部が実際の運営にあたっている。
表1
表彰のカテゴリー
第1回の参加者数は、52の市町村であったが、今
では毎年700以上の市町村が参加している(2010年
は764市町村が参加)。アイルランドの市町村の数は、
約3,000あるが、そのうち、約1,200の市町村がタイ
ディ・タウン運動に登録している。
このタイディ・タウン運動の目的は、「市町村の
環境と生活の質の向上」である。具体的には、「誰
もが、住みたい、訪れたいと思う魅力あるまち」を
目指すものである。
タイディ・タウン運動に参加するためには、地元
の行政や企業、団体等と連携したタイディ・タウン
タイディ・タウン運動の特徴(成功要因)
委員会(以下「委員会」という)を組織しなければ
タイディ・タウン運動が、50年以上も続いている
ならない。毎年5月頃、応募用紙に、まちづくり計
要因について、環境・遺産・地方自治省をはじめ、
画書(3年∼5年)、地図、関係書類、写真等を添
実際に活動している2つの委員会に対するヒアリン
えて応募する。
グ調査等を行った結果、同運動の特徴として、次の
審査は、書類選考による一次審査と審査員の実地
8つが挙げられる。なお、この特徴こそが成功の要
調査による二次審査の2段階で行われる。審査項目
因となるものである。
の10項目(400点満点)により評価を行い、9月に
(1) 目的の明確化と共有
評価結果を公表する。
先述したが、このタイディ・タウン運動の目的は、
賞(Award)は、人口規模で8つに分類されたカ
「市町村の環境と生活の質の向上」であり、
「誰もが、
テゴリーを、表1のように、「村」「小さな町」「大
住みたい、訪れたい、働きたいと思う魅力あるまち」
きな町」「都市」の4つのグループに分け、それぞ
を目指すものである。この目的を達成するために、
れのグループの最優秀団体に「国家賞」(National
「何をするのか」ということが、「タイディ・タウン
Award Winner)として、賞金5,000ユーロと永年ト
ハンドブック(Tidy Towns Hand book)」(以下
ロフィーを授与する。そして、「国家賞」を授与さ
「ハンドブック」という)で明確に示されている。
れた4つの団体の中から、優勝者が決定され、「最
このハンドブックは、タイディ・タウン運動のバイ
も美しいまち」の称号と賞金10,000ユーロ、永年ト
ブルであり、同運動の目的、基本的な活動の進め方
ロフィー及び額が授与される。国家賞以外にも、金
や考え方などが、具体的かつ詳細に記され、活動す
賞・銀賞をはじめ、努力賞、景観賞、森林賞など多
るすべての市町村が目的と手段を共有している。
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調査
図1
求める水準項目と評価基準
出典:「Tidy Towns Handbook」及びTidy Towns Unitへのヒアリング調査
を基に筆者が作成
(2) 目的を反映した評価基準と公正な審査
評価基準は、目的を達成するための求める水準項
目を反映した基準となっている(図1)
。
ランティアである。委員会は、合議制の組織である
が、行政や議会のような公権力は有していない。
しかし、この委員会は、地域を代表する立場であ
シンプルな評価基準で、どの地域でも共通する事
り、計画の主導権を持ち、地域における他のボラン
項を基準としているが、それぞれの地域の歴史や文
ティア活動団体、行政、学校、企業などをつなぐ地
化、地理的要件などの独自性を生かした取組ができ
域のコーディネーターとしての役割と地域の人材育
る仕組みとなっている。また、ハンドブックに「審
成を行う役割を担っている。
査の視点」が明確に示されており、審査員はその視
点を基に、提出された計画書等と実地調査によって
審査を行い、その評価結果を公開している。
(4) アイデアを創出させるコンテスト形式
タイディ・タウン運動は、市町村が競争し、その
審査は、建築家、生物学者、環境省のOBなどの
努力に対して「賞」と「賞金」を与える場を提供す
専門家による審査員24名を、それぞれに担当地区を
る手段である。他の同規模の市町村と「美しさ」を
定めて、抜き打ちで行う。また、審査員の担当地区
競争させることによって、地域のアイデアを創出さ
は3年を限度として、ローテーションで随時変更す
せ、地域の住環境の質を向上させる仕掛けとなって
るとともに、当該審査の対象となる市町村には、審
おり、国全体の生活の質が向上することへとつなが
査員名を明かさないなど、審査の公正性を維持して
っている。また、コンテスト形式の採用は、優秀者
いる。
に対して、「賞」と「賞金」を授与し、「褒める」こ
とによって、モチベーションを維持させるなど、参
(3) 住民主体の中間支援組織の設置
加市町村のインセンティブにも寄与している。
タイディ・タウン運動に参加するためには、委員
会の設置が義務付けられている。その委員は、様々
な職業を経験した人などで構成され、すべて無償ボ
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(5) 民間資金の活用
タイディ・タウンコンテスト自体の運営資金は、
誇りある美しいまちを目指して
環境・遺産・地方自治省の公金と民間企業等の寄付
組が行われている。
金で運営されている。経費配分としては、全体経費
の3分の1を公金で、残りの3分の2を民間企業の
寄付金等で賄っている。その中で最大のスポンサー
(8) 効果的なマネジメントサイクル
タイディ・タウン運動は、調査(Research)−計画
であるスーパーバリュー(Super Valu)は、運営費
(Plan)−実行(Do)−評価(Check)−改善(Action)
と賞金を合わせて全体経費の約3分の2を負担して
のマネジメントサイクルを繰り返す制度設計になっ
いる。またスーパーバリューは、各地域への花苗の
ている。特に、評価については、応募したすべての
配布や作業道具を提供するなど、地域の活動にも貢
市町村に対する、得点と評価レポート(評価結果)
献している。スーパーバリューは、大手スーパーマ
が公表される。この評価は、第三者視点による評価
ーケットであり、こうした国や地域への貢献により、
で、減点方式ではなく、相手に「気付き」を与え、
知名度、信頼度が高まり、店舗の全国展開を行うな
次への改善につながる評価内容となっている。
ど、国とスポンサー企業の双方にとってメリットが
あるWIN−WINの関係が築かれている。
一方、地域の委員会では、地元の企業等からの寄
各委員会では、この評価結果を踏まえ、次回に向
けた改善を図り、活動の質を向上させる制度設計と
なっている。
付金や計画内容をEUや国の補助事業等とうまく融
合させて資金調達を行い、また地元の自治体を説得
して、当該自治体の事業計画に、委員会の事業活動
を盛り込むなど、様々な手段で資金を調達している。
「最も美しいまち」受賞した町に見る成果
(1) メイヨー県・ウェストポート(カテゴリーE)
ウェストポートは、アイルランド北西部のメイヨ
ー県の港町である(人口約5,500人)
。
(6) 次世代に向けた人材育成
町の中心部には、ジョージア朝様式の建築物が並
タイディ・タウン運動では、若者を巻き込むこと
び、近年は観光地として観光客が増えている観光都
を推奨している。国では、小・中学校の学校単位で
市である。タイディ・タウン運動には、1958年の当
「グリーンフラックコンテスト」という環境活動に
初から参加しており、2001年、2006年、2008年に
対する取組のコンテストを実施し、学校教育を通じ
て環境への関心を高める施策を展開している。また
「最も美しいまち」を受賞している。
ウェストポートのタイディ・タウン運動の特徴
地域の各委員会では、地元の小・中学校と連携し、
は、「コンテストを手段として、行政、商工会、漁
生徒自身が「何をしたらよいのか」「何ができるの
業関係団体など地域が一体となって、町の主産業の
か」を、ゴミ拾いや草刈りなどの環境活動の実践を
活性化を図る取組」である。
通じた環境教育の中で教え、郷土愛を育み、まちの
将来を担う人材の育成に取り組んでいる。
この町の主産業は、観光業である。このため、町
では「観光業の活性化」という明確な目標がある。
コンテストは、この目標を達成するための一つの
(7) 徹底したPR
手段となっている。この町がコンテストで「最も美
コンテストの優秀団体は、国営テレビでの特番や
しいまち」の称号を得るということは、町の「誇り」
新聞、ラジオなどのあらゆるマスメディアを通じて、
だけではなく、主産業である観光業の活性化に直結
栄誉をたたえられる。要するに、国を挙げて「褒め
するということである(図2)
。
る」のである。こうしたことから、他のEU諸国へ
タイディ・タウン運動の効果としては、交流・定
も紹介され、コンテスト自体の価値をより高める取
住人口の増加である。特に観光シーズン中は、毎日、
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約7,000人の観光客が滞在し、町の活性化に寄与して
いることである。
エニスのタイディ・タウン運動の特徴は、「コンテ
ストを手段として、郷土愛を育み、環境活動を通じ
て地域のコミュニティの活性化を図る取組」である。
図2
ウェストポートでの活動のロジックモデル
この町では、町の遺産を守り続けながら、住環境
を向上させ、コミュニティの再生・活性化を図るこ
とを重点に置いている。コンテストは、勝つための
ものではなく、自分たちの活動がコミュニティの再
生・活性化に寄与しているのかを測るための手段と
して位置付けている。また、環境保護や遺産保護は、
教育が最も必要であるとの認識から学校と連携し
て、地域の環境活動として体験型のプログラムを導
入し、郷土に愛着を持ち、町の将来を担う人材の育
成に力を入れている(図3)
。
タイディ・タウン運動の効果としては、コミュニ
ティが活性化され、青少年の非行件数や犯罪が大幅
に減少したこと。また町がきれいになったことによ
出典:ウェストポートタイディ・タウン委員会へのヒア
リング調査を基に筆者が作成
り、企業が進出し、町の郊外では定住者が増加した
ことである。
図3
エニスでの活動のロジックモデル
ボランティアにより、きれいに植栽された道路脇の花壇
(2) クレア県・エニス(カテゴリーG)
エニスは、アイルランド南西部にあるクレア県の
県都である(人口約25,000人)
。13世紀創建のエニス
修道院に起源し、18世紀以降商業と工業で栄えた。
毎年5月にフレアヌーアという伝統音楽祭が開催さ
れるなど歴史ある町である。
タイディ・タウン運動には、1995年から参加して
おり、2005年に「最も美しい町」を受賞している。
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出典:エニスタイディ・タウン委員会へのヒアリング調
査を基に筆者が作成
誇りある美しいまちを目指して
ちを創り上げるとともに、住民が地域への誇りと愛
着を持ち、コミュニティが再生されるのである。
これは、地域資源が乏しい新興住宅地に限らず、
どの地域でも共通した取組が可能であると考える。
各地方自治体の総合計画では、
「住んでよし、訪れ
てよし」という将来像を掲げるところが多い。しか
し、その将来像を達成するための政策や施策が、行
街路樹とモニュメントにより、きれいに整備された交差点
政の縦割的思考とあいまって、複数の施策や分野に
分割され、結果的に、住民には「具体的には、何が
タイディ・タウン運動の課題
どうなるのか」ということが見えにくくなっている。
これまで、タイディ・タウン運動の成功の要因や
こうしたことから、目的が明確で、その経過や結
実際の活動による効果等について述べてきたが、い
果が誰にでも見えるタイディ・タウン運動のような
くつかの課題も存在する。
仕掛けは、将来像の実現に向けた有効な手段である。
1つは、スポンサーの確保である。タイディ・タ
施策を個々で実施する「点」ではなく、「生活の質
ウンコンテストの運営資金は、その大半を民間企業
の向上」という目的の下に、「点」で行われている
等の寄付に頼っている現状がある。民間資金は、景
施策を「線」でつなげ、総合的な「面」としてのま
気に左右されるものであり、特に最大のスポンサー
ちづくりを行うことができるコンテストの開催は、
であるスーパーバリューがスポンサーを降りるよう
有効な仕掛けであると考える。
なことになれば、コンテスト自体がなくなるおそれ
がある。また各自治体でも、不況の影響から、活動
終わりに
資金の調達が困難となり、活動が低迷するおそれが
エニスのタイディ・タウン委員会で、まちづくり
ある。そのため、継続的かつ安定的な資金調達の方
に必要なことは、「Plan:計画」「Pride:誇り」そ
法を検討する必要がある。
して「Persevering:粘り強さ」の3つであること
2つ目は、参加市町村の数である。参加市町村は、
年々増加し、現在では750を超える市町村が参加して
を教えられた。まちづくりは、時間がかかる。まさ
に「ローマは一日にして成らず」である。
いる。しかし、アイルランド国内には、約3,000の市
まちづくりは、明確な目的を掲げ、住民自らが「で
町村があり、参加市町村は、全体の4分の1に留ま
きること」から一歩一歩進めていくことが大事であ
っている。国全体の底上げをしていくためには、参
り、徐々にステップアップしていくことが望まれる。
加市町村をさらに増やす方策を検討する必要がある。
地方自治体におけるタイディ・タウン
コンテストの導入の可能性
タイディ・タウン運動は、日本で行われている多
くのまちづくり活動と共通している。それは、地域
(やざわ ともひで)
参考文献
太田正美(2009)
『美しいまちづくり』東京図書出版会
国土交通省都市・地域整備局(2006)『美しいまち
づくり基本構想策定調査報告書』,PP.11−14.
住民が主体であることである。タイディ・タウン運
Tidy Towns Unit(2010)
『Tidy Towns Handbook』
動では、住環境の「美」を通じて、地域住民が主体
特定非営利法人日本都市計画家協会北海道支部(2003)
となって、行政、企業等と連携して、自分たちのま
『Tidy Towns Handbook』タイディタウン運動研究会
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