IMF における通貨金融システム局の発足について IMF 通貨金融システム局

IMF における通貨金融システム局の発足について
IMF 通貨金融システム局審議役
玉 川
雅 之
今般、5月1日より、IMF の金融為替局(Monetary & Exchange Affairs
Department、MAE)が組織変えをし、新たに通貨金融システム局(Monetary
& Financial Systems Department、 MFD)としてスタートすることになりま
した。
筆者は 2000 年 7 月より MAE に勤務しておりましたが、今回の MFD の発足
は、90年代とくにアジア金融危機以降、世界的にも高い関心事となった金融
セクター問題に対する IMF の対応変化の結果を象徴する出来事と思われますの
で、ここに紹介させて頂きたいと思います。
1
通貨金融システム局(MFD)の発足
通貨金融システム局は5月1日から発足することになりました。現在の金融
為替局のスタッフ(約200名)がそのまま引き継がれたので、当日に起こっ
たことは、局の名称変更でした。MFD では Monetary (通貨)は Exchange(為替)
を含むと整理され、新たに Financial と Systems が加わる事によって、MFD
は金融セクターあるいは金融システムに関する諸問題を取り扱う局であること
が明確にされました。
旧 MAE は、1992年にそれまでの中央銀行局が名前を変えて発足しました
が、90 年代に銀行の破綻等の金融危機問題が世界各国で勃発するなか、金融セ
クターのモニター、監督の強化、危機対応といった問題に関与することが多く
なり、人員も急増しました。主要国の関係当局、国際機関等の間で金融セクタ
ーの諸問題を協議する場となっている金融安定化フォーラムとの関係も強くな
り、そのもとで、金融の国際スタンダードの普及、マネーロンダリングやオフ
ショアファイナンシャルセンターの問題についても、審査・評価、技術支援と
いった実行部隊的な役割を果たすことになってきています。
このような中、従来のマクロ経済政策あるいは Monetary & Exchange
Rare Policy との関連に重きをおいた MAE という名前が実態に合わなくなる
ようになり(日本語においては Monetary Policy は金融政策と訳されている事
から金融為替局の名前が使われてきましたが、International Monetary Fund
が国際通貨基金であることからすると、実際には通貨為替局のほうがより正確
な訳ではなかったかと思います)、実態に合わせて名称を変え、様々な課題によ
り組織的、継続的に取り組んでいけるように、局内の編制変えを行なう事にな
ったものです。
この組織変更は、昨年以来の MAE の組織見直し作業の結論として実行される
ことになったものです。MFD が新しい局としてフル稼働するまでには、スタッ
フの再配置等を経て半年程度かかる見込みですが、これまでの議論の中で MFD
の主要な役割や課題などが明らかになってきつつあります。
以下、MAE のもとでの金融セクター問題への対応、FSM 発足に際しての議
論に触れつつ、FSM を通じて IMF が今後、金融セクター問題にどう関わって
いこうとしているかについて紹介させて頂きたいと思います。とくに今回幕を
閉じる MAE の歴史などを少し詳しく触れる事により、IMF の金融セクター問
題に関するオペレーションがどのように変化してきたかを説明させて頂きたい
と思います。
2 MAE と金融セクター問題
1)金融為替局(MAE)の起源
MAE は1992年 7 月に正式に発足しましたが、その起源は1965年にス
タートした中央銀行サービス部門(Central Banking Service)で、60 年頃に独
立したアフリカ等の新興国の中央銀行に対して、各国中央銀行との協力により
専門家を派遣するのが主要な役割でした。ルワンダ銀行の総裁を1965年か
ら71年につとめた服部正也さんは、IMF の長期専門家として派遣されました。
その著書「ルワンダ中央銀行総裁日記」
(中公新書)によると、服部さんは日本
銀行の渉外課長だった時に、1964年 9 月の IMF 東京総会で IMF から依頼
があったと書かれていますが、これが発足準備中の CBS だったそうです。(当
時はまだ Fiscal and Central Banking Group)。
1975 年から 80 年ごろにここにつとめた同僚の話によると、スタッフは10
数人程度で、数人のアドヴァイザーが長期専門家の派遣の仕事をやっていて、
スタッフは時々技術指導のために出張したり、ペーパーを書いていたそうです。
CBS は 1980 年に中央銀行局
(Central Banking Department)となりましたが、
局とはいっても課のない小さな局で、仕事も組織も余り変わらなかったそうで
す。その後, 1986 年には Economics Division. という最初の課が出来、さらに
Monetary Operation と Financial Sector の2つの課になり、MAE になる前
には30人程度の部局になっていました。
2)発足当時の MAE
MAE は現在の IMF の筆頭局ともいえる PDR(Policy Development and
Review Department 政策企画審査局)の創設と同時に発足しました。
基本的なアイデアは名前のとおりで、マクロ経済政策の主要分野である
Monetary and Exchange Rate Policy (金融・為替レート政策)がキーコンセ
プトで、その制度的、実務的側面について、地域担当局(Area Departments)
をバックアップしつつ、調査(research)やペーパーへのコメント(review)
を充実させるということでした。同時に PDR の前身であった ETR(Exchange
and Trade Relation 為替貿易関係局)から為替、資本規制制度に関するモニタ
ー、データベース的役割をする Exchange Regime and Market Operation 課が
MAE に移りました。発足当初のスタッフは80人で、課についてはこの為替関
連課に加え、銀行監督、金融政策オペレーション、中央銀行一般、調査、審査
を担当する6課編成でした。
しかしながら、発足当時の MAE を忙しくしたのは、むしろ91年のソ連邦崩
壊、市場経済移行にともなう、旧共産圏の中央銀行の建て直し、近代化であり、
各国中央銀行に助言ミッション(advisory mission)が多数派遣され、OECD
などの先進国の中央銀行関係者が専門家として技術支援(Technical Assistance、
TA)に派遣されました。その意味では、中央銀行局の名前の方が実態をよく表し
ていたかもしれません。
3) 銀行監督 と IMF
最近においては MAE で最も活動が活発な分野の1つは銀行監督になってい
ますが、IMF にとっては、銀行監督は最近まで本来業務とは考えられておらず、
MAE が銀行監督を扱ったのは、たまたま顧客である中央銀行が銀行監督も行っ
ていたからというのが経緯だったようです。IMF にとってはマクロ経済あるい
は Fiscal, Monetary and Exchange Rate Policy が主要な対象で、銀行監督につ
いては90年代の前半は、金融政策の波及過程にある銀行、決済システム、短
期金融市場などはそれが健全に機能するよう IMF や中央銀行が関与するといっ
た考え方のなかで位置付けられていました。
実際に途上国の金融セクター整備の分野で80年代から実績をあげたのは世
界銀行の方でした。例えば現在の香港先物取引委員会(SFC)のシェーン長官は、
当時の世銀における銀行問題担当のスタープレーヤーだったそうです。なお、
世銀は基本的に融資機関ですから、金融関係インフラ(決済システムや取引所
等)に対する融資や、金融セクターに関する政策を改善する事を融資実行の条
件に盛り込んだ金融セクターローン(貸したお金は政府に入り、必ずしも金融
セクターには使われません)等の手法で、各国の金融セクター整備についての
助言も行なってきました。
他方、当時の MAE の銀行監督課にいた人の話によると、IMF 内では、銀行
監督は世銀の仕事ではないかと言われ、同課は常に存亡の瀬戸際にあったそう
です。旧ソ連等においても銀行の破綻処理が重要になってくる中において、MAE
内部では先進国や振興途上市場国の銀行危機の問題についても、細々と研究を
進めたそうです。その中から、マクロ経済にとっての金融セクターの重要性に
ついての論理付けや、その全体の健全性を確保する必要性を論じる理事会ペー
パーなどが発表されていきました。
4) アジア金融危機と金融セクター
金融セクターの健全性がグローバルな問題として注目されたのは、1997 年の
アジア金融危機以降のことだと思います。当時の MAE の担当者によると、これ
まで議論、勉強し、旧ソ連で経験を積んできた事が急にトップアジェンダにな
ったというような状況だったそうで、急遽、タイ、インドネシア、韓国などで
の危機対応にスタッフや専門家を派遣し、にわかに仕事が忙しくなったそうで
す。
しかしながら、このような状況ですから、金融危機に対応する IMF の体制も
十分といえるものではなかったと思われます。とくにインドネシアについては、
経営破たんしつつある銀行への対応について、銀行を閉じる場合の預金の支払
い保証や承継方法などについて、具体的な対応が詰められないままに監督当局
である中央銀行が銀行の業務停止に踏み切ってしまった事や、その際に IMF を
も含めた関係者が十分な議論や適切な助言を行なえなかったことが、危機を深
刻化させてしまった要因として反省されています。このことが IMF にとっても、
金融セクター問題についてのオペレーションを見直していく上での重要な契機
となったのではないかと思います。
また、IMF の緊急融資や世界銀行等の金融セクターローンについても、融資
実行の条件として、施策の変更について延々と交渉しなければいけないという
スキームの性格そのものが、危機を乗り切るため緊急対応策やより具体的な助
言を求めている各国の財務省や中央銀行等のニーズにうまく対応できないこと
が明らかになり、その後、融資条件の簡素化や金融セクター問題に関する助言
型 TA(技術支援)の活用が進む事になりました。
5)バーゼル銀行監督コアプリンシプル等の採択
国内金融セクターの健全性強化の必要性は、アジア危機の勃発以前から強く
認識されてきており、とくに 1996 年のリヨンサミットコミュニケに国内金融セ
クターの強化が盛り込まれたことは重要な進展でした。
この成果の1つが、1997年9月のバーゼル銀行監督委員会における健全
な 銀 行 監 督 の 基 本 原 則 ( Basel Core Principles for Effective Banking
Supervision)の採択です。当時の関係者から話を聞いたところ、もともとバー
ゼル委員会にとっては先進国の銀行の自己資本問題等が中心的課題であり、途
上国も含めた銀行監督の健全性問題について積極的な役割を果たす事について
は乗り気ではなかったそうです。むしろ IMF の調査局のある幹部が銀行健全性
原則を確立することを提唱してその実現に尽力し、バーゼル委員会の作業にお
いても、MAE も含めた IMF のスタッフがアイデアを出し、素案の作成にも関
わったそうです。その後 IOSCO(国際証券監督者機構)でも Objectives and
Principles of Securities Regulation が採択され、さらに新たに設立した IAIS(国
際保険監督者連合)も保険の Core Principles を採択し、また IMF 自身も Code
of Good Practices on Transparency in Monetary and Financial Policies を創
設しました。その他、決済システム(CPSS)、コーポレートガバナンス(OECD)
等、スタンダード&コードブームが到来する事となりました。
これらは G7等により国際的な標準あるいはベストプラクティスとして認知
されるようになり、その遵守あるいは実施が慫慂され、金融セクターの健全化
を推進する上での推進力となっていきました。この中において、G7あるいは金
融安定化フォーラム(Financial Stability Forum、1999年発足、事務局
バーゼル)から IMF に対して、途上国におけるスタンダード&コード普及の推
進役、担い手となるように期待が寄せられ、理事会の支持を受けて新たな業務
として加わるようになってきました。
6) 金融セクター審査プログラム(FSAP)の導入
金融セクター問題の適確な把握が重要課題になるなか、99年からは、IMF
が世界銀行と共同で、世界各国の金融セクターの現状や問題点を体系的に把握
し、継続的にモニターするための金融セクター審査プログラム(Financial
Sector Assessment Program FSAP)がスタートしました。
この FSAP は参加希望国に世銀との共同ミッション(先進国では IMF 単独)
を派遣する形で実施されます。ミッションには、世界各国の金融規制当局や中
央銀行の専門家にも参加してもらい、銀行、証券、保険等のスタンダード&コ
ードの実施状況につき審査レポートを作成するともに、その国の金融規制監督
の現状、問題点の評価を行ない、各国の金融セクターの概観、脆弱性、改善の
臨まれる事項などについてのメインレポートを書き、IMF、世銀の両理事会に
報告するというのが作業の概要です。FSAP ミッションは毎年20カ国以上の
国に派遣され、FSAP が始まると、多くの MAE 職員がその作業に投入される事
になり、局のオペレーションが大きく変貌していく事になりました。
7)マネーロンダリング対策、オフショアファイナンシャルセンター問題
また、金融セクターの健全性には、金融システムが犯罪目的に濫用されること
を防止することも含まることについての認識が高まるにつれ、金融安定化フォ
ーラム(FSF)や G7 でもマネーロンダリング対策(AML)、オフショアファイ
ナンシャルセンター(OFC)の問題が重要課題として取り上げられるようにな
りましたが、IMF においても、2001年から、各国の AML について現状把
握、審査、さらには改善のため技術支援を行なうことになりました。オフショ
アファイナンシャルセンターについても、FSF の取り上げた50カ国(地域)
について MAE がミッションを組成して、現状把握、評価、改善勧告を行なう作
業が行なわれています。
このような中、MAE の組織も拡大することになり、99年以降、1)金融危
機対応、預金保険、2)FSAP の企画調整、3)コード&スタンダード関連問
題、4)AML、OFC、5)技術支援の事務管理等を担当する課が新たに設立さ
れ、11課体制になりました。また局内の人員も200人近くになりました。
MAE の組織見直し論
90年代における金融分野における環境変化や国際的行政需要の拡大に対応
して、MAE は当初の設立構想や機構組織が予定していなかった形で急速に拡大
しました。とくに FSAP や AML、OFC などの仕事は IMF にとっても全く新た
な挑戦でもありました。私はこれらの仕事がスタートしていく過程にたまたま
遭遇しましたが、やはりどこでも新規事業には生みの苦しみは避けられないよ
うに思います。FSAP を含めて、モデルが固まっていくまでの間の試行錯誤の
連続、残業時間や出張日数の増大、連絡調整過程の複雑化などに直面し、また
幾つかの既存業務については十分に手が廻らなくなる事態も生じ、各職員も多
大なストレスを背負いつつ、いろいろと議論し、なんとか繕いながら駆け抜け
てきた感じでした。
このような中で、MAE の業務、組織運営を今日的な視点から再検討する必要
が IMF 内外の各方面から認識され、昨年 3 月に、専務理事の下に外部専門家も
交えた検討グループ(Review Group)が設けられることになりました。同検
討グループは MAE の幹部、スタッフ、他の部局および幾つかの大蔵省や中央銀
行関係者等からのヒアリングを経て、業務の拡大の中で生じて問題点や改善策
について幅広い議論を行ない、11月に専務理事に報告を提出しました。これ
に対しては、MAE にコメントが求められ、これらを受けて、専務理事の下で作
業グループ(Task Force)が編成されて、新しい組織の編成、運営のあり方に
ついての基本方針を提言し、専務理事に了承されました。この基本方針のもと
で、さらにより詳細な組織の編成や役割、運営方法についての具体案を MAE が
事務局になって立案し、調整作業を経て、専務理事が最終的に決定を行なうこ
とで、新しい局の組織体制が固まりました。
検討チームのレポートや作業チームの原案などは、2月にはインターネット
3
で IMF 全職員に配布されました。名前が最終的に決まったの4月のことです。
同レポートは一般公開資料ではないので紹介は控えさせて頂きますが、両レ
ポートからは、見直し作業の中では、IMF は今後金融セクターの問題について、
金融危機対応といったマクロ経済に関連の深い問題に純化して対応していくべ
きか、金融セクター問題をやや広めにとらえて正面から取り組むべきかといっ
た基本的問題についても様々な議論や提言が行なわれた事がうかがわれます。
結果としては、各国の財務大臣や中央銀行総裁等にとってマクロ経済とともに
重要な問題である金融セクター問題への対応について、IMF はより積極的に貢
献していく方向が選択されたと思います。
このような IMF の金融セクターにおける役割については、実は、ケーラー専
務理事が就任以来の発言の中でたびたび明確にされ、理事会などの議論の中で
も多くの国の支持を得られているものです。例えば2001年に昨年発行され
た IMF のパンフレットには、IMF の基本マンデートについて「マクロ経済と金
融セクター問題」(Macroeconomics and Financial Sector Issues)と紹介され
ています。
通貨金融システム局という名前の採用は、このような IMF の変化を象徴する
ものであり、
「IMF は本来マクロ経済の監視や国際収支危機対応のための機関で
はないか」、「エコノミストの集団なので法や制度問題は取り扱わ(え)ないの
か」、「セクター問題、構造問題や開発問題に関係すべきか」、「なぜコード・ス
タンダードの普及やマネーロンダリング問題に関与するのか」といった長年の
問題について明確な答えを出したものだとも考えられます。
MFD の組織と役割
新しい通貨金融システム局の下での組織編成は、多岐にわたってきた旧 MAE
の仕事を機能別に整理し、1)金融システムモニタリング、2)金融規制監督、
3)中央銀行・市場インフラ、4)技術支援の4つの機能グループを形成して、
その相互作用がなるべく円滑に行なわれることにより、MFD として IMF 全体
の仕事により貢献していくことを目指したものです。各機能グループは局次長
級の幹部が統括し、さらに局長の下には別途、予算、人事、組織運営などを統
括する次長が設けられることになりました。
以下、各ウィングの役割を紹介し、実際に IMF において通貨金融システムに
関する仕事がどのように行なわれるかについて説明させて頂きたいと思います。
4
1) 金融システムモニタリング
金融システムモニタリングは FSAP の企画、実施を担当するとともに、マク
ロ経済のモニタリングや国際収支危機の際のプログラム交渉などを担当する地
域局をサポートして、IMF 全体としての各国金融セクターの健全性、安定性な
どについてのモニタリングを充実させることがその役割です。新しいウィング
の下では、金融システムモニタリング政策課及び第1一3課の4つの課が設置
されることになりました。
IMF は基本的な業務として、加盟国各国に毎年スタッフのチームを派遣し、
各国の経済の現況と問題について、継続的なモニター、各国当局との対話を行
なっており、(4条コンサルテーションと言われています)、政策提言を伴うレ
ポートが理事会にも報告されていますが、FSAP は、この金融セクター版とい
ったイメージです。
99年に FSAP がスタートして以来、これまでに約80カ国にミッションが
派遣されました。途上国だけでなく OECD 諸国等の先進国もこのプログラムに
参加しており、G7についてもこれまでにカナダ、英国、ドイツ、日本が協力し、
日本については昨年ミッションが派遣され、理事会の議論を経て、本年の 4 条
コンサルテーションの結果とともに、近くレポートが公表される予定です。
ミッションの派遣は4条コンサルテーションのように定期的(原則毎年)に
は行なえないものの、なるべく多くの国の金融セクターについて現況を適確に
把握し、金融危機の未然防止や途上国に対する技術支援に役立てることを目指
しています。
一国の金融セクターの全体像やその問題点を把握しようとすることは、なか
なか困難な作業ではありますが、幾つかの模範例が創出されて行くなかから、
金融セクターの全体について記述を行なうための基本的なコンセプト、効率的
な審査実施方法や、レポートの共通形式等がようやく固まってきたように思え
ます。
新しいウィングの下では、従来よりも若干件数を絞りつつ、年間20件弱の
FSAP が実施される見込みですが、実施方法についてもコード・スタンダード
の審査などをフルセットで行なうか、例えばその国で比較的発達している銀行
保険等のセクターに焦点をあてたものものにするかなどについて、各国の金融
セクターの状況に応じてより柔軟に対応していく事になる予定です。
また、一回目の FSAP が行なわれた国について、その後の進展状況を把握す
るために小規模なミッションの派遣したり、MFD のスタッフを地域局のミッシ
ョンに同行させ、金融セクターに関する問題点の把握につとめたりすることに
より、世界各国の金融セクターの問題について、IMF としての鳥瞰図を形成, ア
ップデートし、各国当局との意見交換、対話をより活発にしていく方向が検討
されています。これらの金融セクターモニタリング活動を通じて、早い時点で
問題が認識される事により、危機防止等に役立つ対応がなされていくととも、
仮に危機的な事態が生じた場合にも、より迅速、適切な対応がとれるようにな
ることが期待されます。
また FSAP の結果は、各国の同意を得て IMF のウェッブサイト上にも公開
されるケースが多くなっています。各国の金融セクターの問題についての共通
データ‐ベースを提供することによりその透明性の向上に寄与するとともに、
途上国についての金融分野における技術支援においても、問題意識が共有され
各ドナー間の連絡協調がより円滑になっていくことにより、実施体制が改善、
強化されていくことが期待されます。
2)金融規制監督および中央銀行・市場インフラ
金融規制監督と中央銀行・市場インフラの両ウィングは、それぞれ3つの課
で編成されます。両ウィングには金融セクターの諸問題に関する各専門家を多
く配置し、また各国の専門家とのネットワークを形成することにより、IMF と
して様々な問題についての適確かつ統一の取れたアドバイスを行なっていく役
割を担います。
金融規制監督ウィングは、銀行をはじめとする金融機関の規制、監督問題を
担当する課(Financial Supervision and Regulation Division)と、破綻金融機
関の処理などの危機対応や預金保険を担当する課(Systemic Issues Division)と、
マネーロンダリング、オフショアファイナンシャルセンター問題等を担当する
課(Financial Market Integrity Division)により構成されます。FSAP を通じて
各国から IMF に助言を求められることが多くなってきた、保険監督やその他の
ノンバンク金融機関の問題もこのウィングが担当する事になります。
中央銀行・市場インフラインフラウィングは、金融政策の実施および外国為
替 市 場へ の介入等の問題を担当 する課(Monetary and Forex Operations
Division)と、為替、資本流出入の規制、管理や、国の債務や外貨準備の管理等
の問題を担当する課(Exchange Regime and Debt and Reserve Management
Division)と、決済、会計制度、中央銀行、市場等の金融インフラを担当する課
(Financial Infrastructure Division)により構成されます。金融機関の規制監督
と直接関わらない、中央銀行や資本規制等に関する業務をカバーし、国債管理、
外貨準備管理、為替・資金・国債市場の機能の円滑化など、最近国際的にも活
発に議論されている分野にも対応していくことになります。紛争などで疲弊し
た国における中央銀行の再建を助けるといった仕事も、このウィングの担当に
なります。
これらの部門については、各国の金融監督当局や中央銀行の勤務経験者を職
員として採用し、また、各国当局の幹部職員を人事交流などで招聘することが
増えてきており、ファイナンシャルセクターエキスパートという肩書きの人が
増えています。今回、両ウィングの責任者にも、それぞれ銀行監督機関(米 OCC)
および中央銀行(仏中銀)の元幹部職員が任命されました。
両ウィングの職員には、金融セクター問題について専門的かつ適切な助言を
行なえることが期待されていますが、それぞれ数十名程度のウィングで全ての
金融セクター問題をカバーすることは到底できるものではなく、各国の制度や
実例について、その経験を比較してそこから学べるようにし、また各国にいる
専門家との間でネットワークを形成して意見交換し、彼らの見解を集約しつつ、
局内でも議論し、MFD としての見解を形成していくことが重要になります。と
くに各国の銀行法・主要規則及び各国中央銀行法についてはすでにデータ‐ベ
ースが構築されており、各国からの照会にも応じられるようになっています。
また、両ウィングの職員は、各人の専門性や得意分野などに応じて、FSAP
や助言 TA ミッションに参加するとともに、バーゼル委員会など各国監督機関や
中央銀行の共同作業を行なうフォーラムにオブザーバーとして参加し、金融セ
クター問題の最先端の議論をフォローアップしたり、MFD としてこれらの作業
に側面から貢献していくことになります。
3)技術支援(TA)
IMF の他のいわゆる国際開発金融機関と大きく異なる特徴として、各国の経
済状況を継続的にモニタリングする機能と共に、財務省、中央銀行の関連する
いわゆる財政金融分野において、加盟各国に対する技術支援(TA)を組織だっ
て行なう体制を整えていることがあげられます。
この TA は、IMF の職員を中心メンバーとする技術支援あるいは助言ミッシ
ョンを各国に派遣することと、各国の財務省や中央銀行、金融監督当局の協力、
推薦などを得て、特定分野の専門家を各国に短期(1週間から3ヶ月程度)あ
るいは長期(半年から2‐3年)派遣することが基本的な仕事です。
JICA の専門家派遣の財政金融分野における国際版といったイメージですが、
ご紹介したように、これらは約40年前に、独立したばかりのアフリカ諸国に
中央銀行総裁や財務大臣顧問を派遣するといった活動から始まり、長期専門家
の派遣が中心だった時期を経て、金融危機対応を含むより個別の分野における
助言ミッションや短期専門家の派遣に発展していったものです。
IMF としては、各国の財務省、中央銀行、金融監督当局等と様々なチャンネ
ルでコンタクトし、各国のかかえる問題の理解に努めています。要請を受けて、
問題解決に貢献できそうな専門家を選定して、その派遣交渉、契約を行ない、
また助言活動が各国の実情に即し、妥当で論理一貫したものになるよう、専門
家の活動をバックアップしたり、IMF 内部においても議論して見解を固めたり、
また様々な照会に対して、先例や各国の具体例などを紹介するといった活動を
行なっています。
財政金融分野ですから、技術といっても、現に生じている問題をどうやった
ら 適 切 に 解決できるかについ て、先進国 や他国での経験や国際的な best
practice をベースにした助言を行なう事が中心になります。助言ですから、例え
ば融資の際の条件といった、履行を強制、あるいは強く慫慂するメカニズムは
ありません。また、複雑な財政金融の諸問題に唯一絶対の正解があるわけでは
なく、IMF や専門家はその時々の助言がベストと言えるようなものになること
に力を注ぎ、それを受けて各国の財務大臣や中央銀行総裁に判断、選択をして
いただくことが重要になります。
MAE においては、昨事務年度には世界各国に約 120 件の助言ミッションが派
遣されました。専門家については、2000名以上の専門家が登録されており、、
約50名の長期専門家各国に滞在するとともに、約300件の短期専門家派遣
が行われました。分野については、金融監督関係では、中心を占める銀行監督
とともに、預金保険、破綻処理、保険監督、AML 体制整備も増えてきています。
金融システムの問題は制度問題に帰着することが多いことから法務局(Legal
Department)と共同で行なう金融関連法制度の整備、改善も重要な分野になっ
ています。通貨為替インフラ分野では、金融政策立案過程、マネーマーケット、
外為市場の整備とオペレーション、決済システム整備などがニーズの多い分野
で、また金融システムのインフラとして会計、ディスクロージャーも、中央銀
行、銀行監督に関して TA を実施することがよくあります。また金融システムに
おける国債市場の重要性から、国債発行・管理や国債市場の整備に関する TA も
最近のメニューに加わってきました。
IMF の TA は要請を受けてから専門家や助言ミッションを派遣するまでの事
務手続きが短期間で行なえる事が強みであり、危機的な状況が発生し緊急対応
が求められた場合には、専門家に翌日の飛行機に乗ってもらうこともあります。
MAE においては、各地域を担当して、各国に対する TA 活動の立案、執行を
総括する地域マネージャーが設けられていましたが、MFD においては TA の執
行、管理体制が大幅に強化されることになり、TA ウィングには、次長級の総括
責任者のもとに、7人の地域マネージャー(Area TA Chief)が率いる地域担当チ
ームと、契約などの具体的執行、管理、経理などを担う事務スタッフグループ
が配置されることになりました。
(ちなみに私は地域マネージャーの1人として、
同僚と2人でアジア太平洋地域を担当しています。)
また、IMF の提供できる TA の規模には、予算的にも、質的管理の観点から
も限界があり、世界銀行やアジア開発銀行等の技術支援提供能力、体制をもつ
他の機関に、それぞれの特性に応じて、積極的な役割を担ってもらうための連
絡、調整も重要な仕事になっています。
5
おわりに
私は90年代の前半は、OECD 代表部で金融資本市場委員会などに参加し、
97-8年のアジア金融危機の当時は、証券局、金融企画局で国際問題担当の
仕事していましたが、その間、IMF はエコノミストの集団で、マクロ経済政策
関する分野を担当し、金融セクターについては、中央銀行の金融政策運営や決
済制度にだけ関わっているものだと思っていました。IMF が Monetary and
Financial Policy の透明性に関するコードを提案した際には、どうして金融監督
の分野に IMF が関係しているのかと議論した覚えがあります。
アジア金融危機の際における IMF の対応については、厳しい批判も含めて
様々な議論が行なわれてきました。当時の IMF は金融セクターの問題について
は十分に対応できる体制をもっていなかったと思われますが、IMF は失敗ある
いは批判から学んだのか、その後の変化は著しいものでした。
最近の国際金融システムの変化に対応して、各国の財務省や中央銀行だけで
なく、IMF も試行錯誤を繰り返しつつ大きな変化をとげつつあること、あるい
はワシントンコンセンサス(?)も変わりつつある事の1つの例として、この
話をとりあげさせて頂きました。
(本稿は財務省の広報誌ファイナンスの2003年 6 月号に寄稿した原稿を
若干加筆したものです。)