手術療法により間質性肺炎が改善した 甲状腺髄様癌

21
山梨医科学誌 31(1),21 ∼ 26,2016
症例報告
手術療法により間質性肺炎が改善した
甲状腺髄様癌合併皮膚筋炎の 1 例
1)
1)
1)
1)
1)
1)
2)
1)
原 井 望 ,花 井 俊一朗 ,張 磨 則 之 ,久保寺 綾 子 ,
一 條 昌 志 ,古 屋 文 彦 ,志 村 浩 己 ,北 村 健一郎
1)山梨大学内科学講座第 3 教室,2)福島県立医科大学臨床検査医学講座
要 旨:症例は 59 歳の女性,主訴は発熱,咳嗽。入院 1 ヶ月前より発熱,咳嗽が出現した。爪囲
紅斑,Gottron 徴候,機械工の手,胸部単純 CT 検査で間質性肺炎を認め,皮膚筋炎と診断した。
筋力低下は認めず clinically amyopathic dermatomyositis(CADM)と考えた。悪性腫瘍の検索で
は甲状腺右葉に約 20 mm の結節があり,穿刺吸引細胞診で髄様癌と診断した。甲状腺癌術前に皮
膚筋炎,間質性肺炎の安定化が必要と考えプレドニゾロン(PSL)30 mg/ 日,シクロスポリン(CyA)
75 mg/ 日内服による治療を開始し,皮膚症状は速やかに改善した。しかし,間質性肺炎の改善は
乏しく,第 35 病日にメチルプレドニゾロン 1000 mg のパルス療法を施行したが,胸部 CT 所見に
変化はみられなかった。間質性肺炎の改善を期待し,第 101 病日に甲状腺全摘術,右 D2a リンパ
節郭清術を行った。術後は間質性肺炎の改善を認め,術後 1 ヶ月で胸部 CT の陰影は殆ど消失した。
現在,PSL 5 mg/ 日で皮膚筋炎,間質性肺炎は安定し,悪性腫瘍の再発もみられていない。
キーワード 皮膚筋炎,甲状腺髄様癌,間質性肺炎
緒 言
性腫瘍として甲状腺髄様癌はまれであり,悪性
腫瘍合併皮膚筋炎では,手術を含めた腫瘍の治
皮膚筋炎は間質性肺炎や悪性腫瘍を合併す
療が,皮膚筋炎や合併する間質性肺炎の改善に
ることがあり,これらの合併症が生命予後に
重要であることが示唆された。
1)
大きく影響する 。合併する悪性腫瘍は,胃癌
が約 26%,肺癌が約 20%と多く,その他,悪
性リンパ腫,乳癌などが報告されている
2, 3)
。
症例:59 歳,女性
主訴:発熱,咳嗽
皮膚筋炎の中でも筋力低下の乏しい clinically
既往歴・家族歴:特記すべきことなし
amyopathic dermatomyositis(CADM)に合併
現病歴:入院 1 ヶ月前より発熱,咳嗽が出現し
する間質性肺炎は,治療抵抗性で急速進行性の
たため近医を受診し,細菌性肺炎が疑われ,抗
4)
場合があり,予後不良である 。今回,我々は
菌薬治療が行われたが改善しなかった。胸部レ
CADM に間質性肺炎,甲状腺髄様癌を合併し,
ントゲンで間質性肺炎が疑われ,手指に紅斑が
甲状腺全摘術により間質性肺炎の著明な改善を
みられたことから膠原病精査のため当科に紹
認めた 1 例を経験した。皮膚筋炎に合併する悪
介,入院となった。
〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地
受付:2016 年 2 月 23 日
受理:2016 年 4 月 6 日
入院時現症:身長 148.7 cm,体重 45.1 kg,意
識清明,体温 37.2℃,脈拍 114/ 分・整,血圧
122/72 mmHg, SpO2 94%(room air),甲状腺
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原 井 望,他
表 1.入院時の血液検査所見
尿定性
免疫生化学
タンパク
(-)
AST
82 IU/L
潜血
(-)
ALT
46 IU/L
γ -GT
血算
10,280 / μ L
白血球
9,230 / μ L
好中球
21 IU/L
ANA
40x
homogeneous+speckled
RF
(-)
LD
364 IU/L
Anti-RNP Ab
(-)
BUN
11.9 mg/dl
Anti-Jo-1 Ab
(-)
リンパ球
600 / μ L
Cr
0.39 mg/dL
f-T3
1.78 pg/mL
単球
180 / μ L
CK
87 U/mL
f-T4
1.02 ng/dL
好酸球
0 / μL
aldolase
6.3 U/L (2.1-6.1)
TSH
好塩基球
0 / μL
KL-6
648 IU/mL
Anti-Tg Ab
448x104 / μ L
C3
101 mg/dL
Anti-TPO Ab
15.9 IU/mL
12.5 g / dL
C4
34 mg/dL
CEA
14.0 ng/mL (0-5.0)
赤血球
ヘモグロビン
ヘマトクリット
血小板
0.72 μ IU/mL
1,286 IU/mL
38.9%
CH50
59.2 U/mL
NSE
34.6 ng/mL (0-16.3)
220,000 / μ L
CRP
0.48 mg/dL
PCT
9.48 ng/mL
Ab, antibody; ALT, alanine aminotransferase; ANA, anti-nuclear antibody; AST, aspartate aminotransferase; BUN, blood
urea nitrogen; CEA, carcinoembryonic antigen; CK, creatine kinase; Cr, creatinine; CRP, c-reactive protein; γ -GT, gammaglutamyltransferase; LD, lactate dehydrogenase; NSE, neuron-specific enolase; PCT, procalcitonin; RF, rheumatoid factor;
Tg, thyroglobulin; TPO, thyroperoxidase; TSH, thyroid stimulating hormone.
右葉に硬く,可動性不良な約 20 mm の結節を
甲状腺超音波検査(図 2B,2C):甲状腺右葉
触知し,両下肺に fine crackles を聴取した。両
に 23 × 18 × 17 mm の境界明瞭な低エコー結
手 指 に は, 爪 囲 紅 斑,Gottron 徴 候, 機 械 工
節を認め,内部に微細石灰化が存在し,血流は
の手を認めた。徒手筋力テストは僧帽筋(R/
豊富であった。
L)5/5,三角筋 5/5,上腕二頭筋 5/5,上腕三頭
臨床経過:Bohan and Peter の皮膚筋炎診断基
筋 5/5,腕橈骨筋 5/5,腸腰筋 5/5,大
四頭筋
準(1975 年)では,筋原性酵素の上昇,針筋
屈筋 5/5,前脛骨筋 5/5,腓腹筋 5/5
電図の筋原性変化,皮膚症状の 3 項目を満た
5/5,大
であった。
し,probable であった。皮膚筋炎に典型的な
血 液 検 査 所 見( 表 1): 血 清 CK の 上 昇 は な
皮膚症状があり,筋力低下を認めないことから
かったが,血清アルドラーゼは軽度上昇してい
CADM と診断した。悪性腫瘍の検索では,甲
た。 ま た,KL-6 の 上 昇 を 認 め た。f-T3,f-T4
状腺右葉に超音波検査,造影 CT 検査で結節を
は正常であったが,抗サイログロブリン抗体,
認め,穿刺吸引細胞診により甲状腺髄様癌と診
CEA,NSE,プロカルシトニンが上昇していた。
断した。頸部リンパ節への転移がみられ,臨
胸部単純写真(図 1A):両側下肺野にスリガラ
床病期は cT2N1bM0 stage IV A であった。多
ス影を認めた。
発性内分泌腫瘍症(MEN: multiple endocrine
頸部・胸腹骨盤部造影 CT 検査(図 1B,2A):
neoplasia)の可能性を検討した。褐色細胞腫
甲状腺右葉に約 20 mm の結節を認め,右鎖骨
や副甲状腺機能亢進症,粘膜下神経腫の合併
上窩に約 10 mm の腫大リンパ節を認めた。両
はなく,RET 遺伝子(exon8, 10, 11, 13-16)の
肺下葉にスリガラス影や浸潤影が非区域性に分
変異は認めなかった。甲状腺癌の手術に先立
布し,非特異性間質性肺炎(NSIP: nonspecific
ち,皮膚筋炎,間質性肺炎の安定化が必要と
interstitial pneumonia)と診断した。
考え,薬物療法を開始した。PSL 30 mg/ 日,
23
甲状腺髄様癌を合併した皮膚筋炎
図 1.(A)入院時胸部単純写真では両側下肺野にスリガラス影を認める.(B)胸部単
純 CT 検査第 3 病日,
(C)第 45 病日,
(D)第 130 病日.間質性肺炎の改善を認
める.
図 2.(A)頸部造影 CT 検査では甲状腺右葉に 20 mm 大の結節を認める.
(B, C)甲状腺超音波検査では内
部に微細石灰化を伴う血流豊富な 23 × 17 × 18 mm の結節を認める.
CyA 75 mg/ 日の投与により皮膚症状は速やか
性腫瘍の治療により皮膚筋炎の改善を認める
に改善したが,間質性肺炎の改善は乏しく,第
ことがあるため
35 病日にメチルプレドニゾロン 1000 mg × 3
術,右 D2a リンパ節郭清術を行った。甲状腺
日間のパルス療法を施行した(図 3)。ステロ
の病理組織所見(図 4)では,多角形∼紡錘形
イドパルス療法後も胸部 CT の間質性肺炎像に
の腫瘍細胞が,充実性濾胞構造を形成しながら
変化はみられなかった(図 1C)。合併する悪
増殖していた。間質にアミロイド沈着を認め,
2, 5)
,第 101 病日に甲状腺全摘
24
原 井 望,他
図 3.臨床経過
図 4. 甲状腺病理組織学的所見.腫瘍細胞の増殖を認める.
(A)HE 染色,(B)TTF-1 染色は陽性,
(C)カルシトニン染色は陽性,(D)サイログロブリン染色は陰性.
一部で石灰化がみられた。免疫染色は TTF-1
癌と診断した。
(thyroid transcription factor-1)染色,カルシ
術後経過(図 3):術後に間質性肺炎の増悪は
トニン染色が陽性だった。以上より甲状腺髄様
なく,1 ヶ月後の胸部 CT 検査で陰影はほとん
25
甲状腺髄様癌を合併した皮膚筋炎
ど消失した(図 1D)。術後,PSL は 25 mg/ 日
や,手術侵襲や全身麻酔による間質性肺炎増悪
を継続し,約 3 週毎に PSL 2.5 mg/ 日ずつ減量
のリスク
していった。PSL 15 mg/ 日以降は,PSL 1 mg/
ングは慎重に検討されるべきである。
日 ず つ 減 量 し て い き, 術 後 1 年 2 ヶ 月 後 に
悪性腫瘍は,皮膚筋炎の約 30%に合併し
PSL 5 mg/ 日まで減量した。CyA は 75 mg/ 日
腫瘍合併皮膚筋炎は,筋症状より皮膚症状が強
を継続し,術後 1 年 4 ヶ月後に CyA 50 mg/ 日
くみられることがある 。また,皮膚筋炎の診
へ減量し,術後 1 年半後に中止した。3 年を経
断から 1 年以内に悪性腫瘍が診断されることが
過した現在では,PSL 5 mg/ 日のみで病状は安
多く
定し,癌の再発はみられていない。
移を認める。本邦の報告では,悪性腫瘍の内訳
2)
も考慮し,悪性腫瘍の治療タイミ
10)
,
2)
11)
,診断時には 1/3 の症例ですでに遠隔転
は胃癌 26%,肺癌 20%,悪性リンパ腫 12%,
3)
乳癌 10%である 。甲状腺癌の合併は少なく,
考 察
2)
1 ∼ 5%と報告されている 。医学中央雑誌や
皮膚筋炎の中でも典型的な皮膚症状を 6 ヶ
PubMed で「皮膚筋炎」,
「甲状腺癌」のキーワー
月以上認め,筋力低下がなく,筋原性酵素,
ドから検索をする限り,皮膚筋炎に合併する甲
針筋電図,筋 MRI,筋生検などで筋炎所見を
状腺癌の組織型の多くは乳頭癌で,髄様癌の報
認 め な い も の を amyopathic dermatomyositis
告は見当たらなかった。悪性腫瘍合併皮膚筋炎
(ADM),筋力低下がないが筋炎所見を認める
の治療は確立されていないが,悪性腫瘍の治療
ものを hypomyopathic dermatomyositis
(HDM)
により皮膚症状や間質性肺炎などが改善した
と 定 義 し,ADM と HDM を あ わ せ た も の を
報告もある
6)
2, 5)
。ステロイドパルス療法や大量
CADM と定義している 。しかし,実際には
ガンマグロブリン療法に治療抵抗性の皮膚筋炎
無治療で 6 ヶ月経過観察を行う例は少なく,6 ヶ
が,甲状腺癌の手術により皮膚症状が改善した
月未満でも臨床的に CADM と診断することも
例や
多い。
癌切除を施行し,急速進行性間質性肺炎が改善
6)
12, 13)
,胃癌を合併した CADM に対して胃
14)
CADM は皮膚筋炎の約 10 ∼ 20%を占める 。
した例もある
間質性肺炎は CADM の約 15%に合併し,急性
によって間質性肺炎が増悪することもあり ,
増悪する急速進行性間質性肺炎により致死的な
手術のタイミングは慎重に判断する必要があ
経過をたどる例も少なくない
6–8)
。したがって,
。一方で手術侵襲や全身麻酔
2)
る。先述したように,悪性腫瘍が皮膚筋炎の診
CADM に伴う間質性肺炎は早期の治療介入が
断から 1 年以内に診断されることが多く,腫瘍
必要である。加えて,副腎皮質ステロイド剤に
の治療により皮膚筋炎の症状が改善する報告が
よる感染症やミオパチーなど副作用の回避,生
多く認められることから両者には何らかの関連
命予後の改善を目的に早期からシクロホスファ
があると考えられ,皮膚筋炎は腫瘍随伴症候群
ミド,シクロスポリン,タクロリムスなどの免
として認識されている。本例は甲状腺癌,間質
9)
疫抑制剤の併用が推奨されている 。しかし,
性肺炎を合併した CADM であり,間質性肺炎
悪性腫瘍を合併する例では,皮膚筋炎や随伴す
の急性増悪を懸念し,早期の治療介入が必要と
る間質性肺炎が薬物療法に抵抗性を示す例も存
考えた。PSL,CyA による薬物療法を行ったが,
在する。その場合,合併する悪性腫瘍の治療に
間質性肺炎の改善には乏しかった。間質性肺炎
より皮膚筋炎や間質性肺炎の改善が認められる
の改善を期待し,甲状腺全摘術を施行したとこ
可能性があることから,手術を含めた悪性腫瘍
ろ,間質性肺炎の著明な改善を認めた。慢性甲
治療もこれらに対する治療選択肢として考える
状腺炎と間質性肺炎の関連については,これま
必要がある。しかし,副腎皮質ステロイド剤や
で検討されたことはない。本例は,抗 Tg 抗体
免疫抑制剤による感染症などの周術期合併症
1286 IU/mL と陽性で,慢性甲状腺炎を合併し
26
原 井 望,他
ていたことが示唆されるが,術前の甲状腺機能
は正常であり,甲状腺エコー上も非癌部の炎症
性変化は軽度である。活動性のある甲状腺炎の
存在は否定的であり,非癌部の甲状腺組織が間
質性肺炎の増悪因子であった可能性は低いと考
えられた。本例のように,悪性腫瘍合併皮膚筋
炎は,薬物療法に抵抗性のことがあるため,手
術療法も一つの選択肢となりうる。また,皮膚
筋炎に合併する悪性腫瘍として甲状腺癌も念頭
におき,積極的な甲状腺超音波検査や穿刺吸引
細胞診が重要である。
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