講義シラバス

2008年度前期「解析学要論1」
常微分方程式
理学部数理学科3年
担当:内藤久資
【講義のイントロダクションに代えて】
● 微分方程式とは
17世紀にニュートン (Issac Newton, 1642-1727) は, 物体の運動を理解する手法として微積分法を開発し
た. ニュートンの運動学では, 運動する物体の加速度は物体に働く力に比例(比例定数をその物体の「質量」
と呼ぶ)するという, 「ニュートンの運動方程式」によって物体の運動が決定される. 空間内に一つの座標
系を決め, 各時刻での物体の位置を関数として表したとき, 物体の加速度をあらわす関数は, 位置の関数を時
間によって2階微分することによって得ることができる. したがって, 「ニュートンの運動方程式」は, 「位
置の関数の2階微分と物体に働く力の関数が比例する」という, 関数の間の関係式に他ならない. 物体に働
く力の関数が既知であるとき, 位置の関数を知るためには, その2階微分を含む関数の間の方程式を解くこ
とになり, 今日で言う「微分方程式」の典型例になっている. このように, 微分方程式はニュートンによる
微積分法の開発と同時に始まり, それ以降の解析学の主要なテーマとなってきた.
17世紀から18世紀にかけては, 種々の微分方程式をどのように解くかという研究が盛んに行われ, 種々
の自然現象を微分方程式として表し, その解を記述する努力が進められてきた. しかし, 19世紀になると,
微分方程式の解を書き下すという意味では「微分方程式は必ずしも解くことができない」ことがわかり, 微
分方程式の解を書き下すことなく解の性質を探る(微分方程式の定性的な理論)研究が発展していく.
このように自然科学や工学を扱う上で, 現象を数学的に記述する方法として微分方程式は欠かすことの出
来ない数学として用いられてきた. 19世紀には, 物体の運動は「ニュートンの運動方程式」を用いて, 「あ
る時刻での全ての物質の力学的状態と力を知ることができれば, その先の任意の時刻での状態も完全に決定
される」という, 決定論的な世界観(「ラプラスの悪魔」と呼ばれる考え方)が提示されるなど, 少なくとも
19世紀までは, 微分方程式は全ての自然現象を決定づける言葉であると信じられてきた. このような世界
観は量子力学における不確定性原理の出現によって崩壊し, 現在では, ミクロなレベルでの自然現象などは,
必ずしも微分方程式という言葉で記述されてはいないことが知られている. しかし, 21世紀の現在であっ
ても, マクロな自然現象・社会現象を記述するための数学として, 微分方程式は重要な位置を占めている.
一方で, 数学の発展の中で微分方程式はどのように位置づけられるのであろうか. 有史以来, 我々人類に
とって最も重要な出来事の一つとして「数の発見」があげられる. 紀元前に発見された「数」の概念は, 現
在で言うところの自然数または整数であったのだが, 長い数学の歴史の中で, 「数の概念」は「方程式の解」
として拡張されてきた. すなわち, 整数係数の1次方程式を解くために有理数が発見され, 2次方程式を解
くために「複素数」が導入された. このように, 方程式から数の概念の拡張が行われてきたように, 微分方
程式は, 新しい関数を定義するものとして捉えることができる.
初等的な関数の例として, 多項式関数・有理関数・初等超越関数などをあげることができるが, 単振り子
Id: resume.tex,v 1.6 2008-04-12 00:02:10+09 naito Exp
2008年度前期・解析学要論1
2
の運動をニュートンの運動方程式として記述すると, その微分方程式の解をこれら初等関数の範囲では書き
下すことができない. そのため, 単振り子の運動をあらわす微分方程式の解として, 「楕円関数」と呼ばれ
る新たな関数を定義することができる. また, 熱の伝わり方を表す方程式として「熱方程式」と呼ばれる偏
微分方程式が知られているが, フーリエ (Jean-Baptiste-Joseph Fourier, 1768-1830) は, 熱方程式の解を記述す
るために, 今日「フーリエの方法」と呼ばれる方法によって解の構成を行った. フーリエの方法で用いられ
た関数は, 古典的に良く知られている三角関数と指数関数であったが, フーリエの方法を通じて三角関数・
指数関数がもつ「直交性」と呼ばれる性質が発見され, 「直交関数系」という新しい概念の発見につながっ
ていった. このように, 数学の発展の中でも微分方程式が演じた役割は大きく, 今日では単に解析学にとど
まらず, 代数学・幾何学に対しても大きな影響をおよぼしている.
1940年代, フォン・ノイマン (John von Neumann, 1903-1957) によってコンピュータの開発が行われた
が, 当初のコンピュータ開発の動機は, それまで手計算で行われてきた「砲弾の弾道計算」や「原爆の爆発の
様子のシミュレーション」という, 微分方程式の解を数値的に計算することを目的としていた. コンピュー
タの開発以前は, 様々な現象の解析を行う際に, 現象を「線形モデル」または「線形システム」と呼ばれる
極めて単純なモデルに置き換えることにより, 「線形微分方程式」に帰着させ, 解を明示的に書き下すこと
により計算を行ったり, 莫大な時間をかけて計算尺などのアナログ計算機を用いて微分方程式の解(正しく
は「近似解」)を求めていた. コンピュータの開発により, 解を明示的に書き下すことができない微分方程
式であっても, 数値計算により, 微分方程式の解を求めることが可能になる. 現在のコンピュータの発展は,
より複雑な(非線型な)微分方程式の解を, より高い精度で, より高速に計算したいという欲求によって支
えられてきたと言っても過言ではない. もちろん, 非線形微分方程式は, 数学の対象としてそれ自身極めて
興味深いものであり, 今日に至るまで盛んに研究が行われている.
一方では, 「微分方程式の数値解析」は「微分方程式の差分化」という新しい(ある意味では古い)数学
を発展させ, 微分方程式と差分方程式の差異に関わる研究も呼び起こしている. (いろいろな社会現象のモ
デルとしての微分方程式は, 元来は差分方程式として与えられるものであるが, 差分方程式の「連続近似」
としての微分方程式のよってモデル化されているのが現状である.)現在では, コンピュータの発展(高速
化・記憶領域の大容量化・アルゴリズムの開発など)に伴って, 極めて非線形度の高い微分方程式に対して
も, その高精度な近似解を数値的に得ることが可能となっているが, その基礎となるのは線形微分方程式の
理論とその数値解析であり, コンピュータ計算によって得られた「近似解」が本当に近似解となっているか
否かまたは近似解の精度がどの程度かを保証することが必要不可欠である. このように, 微分方程式の各種
の理論(解の存在定理, 一意性定理, 定性的理論)は, 数値計算で得られた「近似解」の正当性を保証する理
論という側面を持つことを忘れてはならない.
● 講義の目的と内容
上に述べたような, 微分方程式の数学上の発展と役割に重点を置き, 単に微分方程式を解くだけでなく, 自
然現象・社会現象のモデルをもとに, 微分方程式の表す数学的な意味や現象を探ることを目的としたい. ま
た, 微分方程式がもたらした数学的な発展に関しても言及したいと考えている.
このような目的のためには, 古典的に良く知られた微分方程式を解くことにより, 微分方程式の解とその
性質が微分方程式とどのように関係しているかを理解することが必要である. そのため, 各種の微分方程式
の解法を解説した後, それらの表す自然現象・社会現象に言及し, 具体的にどのようなモデルに応用されて
いるかを解説する.
Id: resume.tex,v 1.6 2008-04-12 00:02:10+09 naito Exp
2008年度前期・解析学要論1
3
▼ 必要な予備知識
2年次までの微積分及び線形代数の履修を前提とするが, 高校までの数学を越える内容については, その
都度簡単に復習する.
▼ 授業予定
以下の予定で講義を行う. しかし, これは「現在での予定」であって, 授業の進度によっては変更があり
うる. 授業予定日は以下の 13 回の予定.
04/15, 04/22, 05/13, 05/20, 05/27, 06/03, 06/10, 06/17, 06/24, 07/01, 07/08, 07/15, 07/22
このうち1回は中間試験(6月第1週あたり. 詳細は未定)を予定しているが, 他の 3 年科目の中間試験の
日程を考慮する. また, 期末試験は 7 月 29 日を予定している. 授業進度によっては, 中間試験を行なう日に
も講義を行なうかもしれない.
▼ 授業内容
【イントロダクション】
• 常微分方程式とは
• 常微分方程式の解とは
• 応用例
【1階常微分方程式の解法】
• 変数分離形
• 単独1階線型常微分方程式
• 変数分離形に帰着できる場合
• 単独1階線型に帰着できる場合
• 完全形と積分因子
• 級数による解法
• 計算機による数値解法
• 連立1階線型常微分方程式
【常微分方程式の理論】
• 初期値問題の解の存在定理
• 初期値問題の解の一意性
• 初期値問題の解の比較定理
• 解の延長可能性
• 解の独立性
【2階常微分方程式】
• 2階定数係数線型常微分方程式の解法
• 2階定数係数線型常微分方程式の解の安定性
【応用およびその他】
• 変分問題・力学系
• 物理・工学・その他への応用
Id: resume.tex,v 1.6 2008-04-12 00:02:10+09 naito Exp
2008年度前期・解析学要論1
4
● 成績評価の方法
• 成績の評価(単位・及び成績)は, 2回行う試験の結果をもとに判定する.
• 2回の試験の評価の比率は 中間試験 40 %, 期末試験 60 % とする.
• 授業時間内演習については, 各問題の解答者(ただし, 正しい解答をした場合にのみ)に 1 点から 5
点を加算する. 演習の解答による加算点は 10 点を上限とする.
• 2回の試験の合計点を 100 点に換算し, 授業内演習の加算点を合計した 110 点満点に対して以下の評
価を行う.
優 85 点以上.
良 70 点以上 85 点未満.
可 50 点以上 70 点未満.
• 以上のもの以外の要素(出席及びレポート)は成績の判断材料とはしない.
• 追試験は一切行わない.
▼ 試験・レポートの注意事項
• 試験時には学生証を持参し, 机の上に提示すること.
• 試験時はいかなる理由があっても, 携帯電話などの通信機器の持ち込みを禁止する.
• 他人のレポートを写したことが発覚した場合には, 写した本人及び, 元のレポートを書いた学生も, 成
績を「不可」とする.
● 授業の進め方と注意
▼ 講義の進め方
通常は, 講義を 90 分〜 120 分程度(きりが良いところまで)行い, 10 分〜 15 分程度の休憩の後に演習を
行う.
▼ 演習について
1. 授業内演習は, 毎回数問程度を「講義のおしまい」に提示する. 30 〜 45 分程度で各自で解答を作成
し, 黒板に解答を書き, 解説をしてもらう.
2. 授業内演習のうち数問は, その時間内には解説を行なわないこともある. そのような問題については,
翌週に解答をしてもよい.
3. 授業内演習の解答例は, 後日まとめて(少なくとも試験前には)配布する予定である. (問題によって
は解答例を掲載しないものもある)
4. なお, 演習問題を解くことは, 単に計算をするのではなく, 日本語を交えて, 「他人が読んで意味のわ
かる解答」を書くこと, または「他人が聞いて意味の分かる説明」説明をすることを意味することに
注意して欲しい.
▼ 注意事項
• 授業が始まって最初のうちは, わりと簡単な内容となる可能性がある. そこで手を抜いてしまうと,
「気が付くとわからなくなっている」という状況に陥るので, 簡単だと思っても手を抜かないこと.
Id: resume.tex,v 1.6 2008-04-12 00:02:10+09 naito Exp
2008年度前期・解析学要論1
5
• 微分方程式の授業は, 意外と計算が多い可能性がある. 計算は必ず自分の手で行うこと.
今時は, その気になればコンピュータにやらせることも可能な計算が多く出てくるが, コンピュータ
に計算をやらせると, 自分では全く理解できなくなる.
• 可能であれば, 毎回「前回の講義のレジュメ」を配布する. レジュメが手にはいるからといって, ノー
トをとらなくていいとは言っていない. 講義ノートは, 「板書のコピー」ではなく, 板書をもとに, 各自
が理解した内容を記録するものであるので, 各自が「自分の講義ノート」をつくる努力をして欲しい.
• 講義中は携帯電話などの通信機器の利用は認めない.
● 勉強の方法
高校で「二次方程式」を学習したときのことを思い出そう. 教科書には「二次方程式の解の公式」があ
げられているが, この公式を利用するだけでは, 二次方程式を理解したとは言えない. さらに, 三次方程式に
なると, 解の公式は述べられてはいない. この時, どのように二次方程式や三次方程式を理解しただろうか?
方程式の解は「対応する関数のグラフと x-軸との交点の座標」と理解することによって, 方程式の解を幾
何学的に捉えることが可能になり, 二次方程式への理解が深まった経験を思い出して欲しい.
同様に, 微分方程式の勉強でも, 単に解法を覚える・解法に習熟するだけでは微分方程式を理解したとは
言えない. 微分方程式の表す数学的意味・数学的現象に目を向け, 多角的な視点で微分方程式を理解するこ
とが必要となる. さらに, 微分方程式の表す自然現象や社会現象に目を向けることにより, 違った視点が得
られる可能性も高い. このような視点で微分方程式を理解するためには, 解を得る前に, 微分方程式の表す
数学的意味を(可能ならば)図に書き, 解を求め, その解の挙動を(可能ならば)図に書き, 両者を比較する
と言った作業も必要になるだろう.
微分方程式の授業は, 数理学科に進学して, はじめて「数学の応用」に触れる場面でもある. 具体的には,
物理現象のモデル化, 社会現象のモデル化が中心となると思われる. 学生諸君の中には, 「物理はキライ」と
か, 「社会現象なんて興味がわかない」と言った人も多いかもしれない. しかし, 数学を計算と論理だけで
理解することは極めて困難であり, 各自の頭の中に何らかのイメージを作り出すことが, 数学を理解するた
めの方法の一つである. これらのモデルを考えることは, 頭の中のイメージを作るための助けになる. また,
実社会で数学がどのように利用されているかの一つの側面を見ることは, 卒業後に数学を学んだことを生
かす方法を身につけることでもある. このような意味で, 積極的に「数学の応用」に興味を向けてもらいた
い. もし, 「物理なんてキライだし, わからない」という人がいれば, 「この際だから物理も勉強するか」と
いう気持ちになって欲しい.
● オフィスアワーなど
担当教官に質問がある場合には, オフィスアワー(毎週金曜日 15:00 から 16:00)を利用して頂きたい. し
かし, 緊急の会議等が多いため, オフィスアワーの時間帯であっても不在となることもあるので, 注意して欲
しい. なお, 以下の URL に「講義の WEB ページ」を作る. 休講, 授業予定, レジュメ等を掲載するので参照
して欲しい.
http://www.math.nagoya-u.ac.jp/˜naito/lecture/
● 参考文献
常微分方程式の文献は莫大な量が存在している. その中でも, 今回の講義に関係が深いものをあげるにと
どめる.
Id: resume.tex,v 1.6 2008-04-12 00:02:10+09 naito Exp
2008年度前期・解析学要論1
6
▼ コースデザインに記載したもの
1 M. Braun. 微分方程式(上・下), シュプリンガー・フェアラーク東京, 2001.
上巻:3990円(税込) ISBN-10:4431708111, ISBN-13:978-4431708117.
下巻:3990円(税込) ISBN-10:443170812X, ISBN-13:978-4431708124.
上巻 (Amazon.co.jp)
上巻 (honya-town.co.jp)
下巻 (Amazon.co.jp)
下巻 (honya-twon.co.jp)
2 柳田英二, 栄伸一郎, 常微分方程式論, 朝倉書店, 2002.
3390円(税込), ISBN-10:4254115873, ISBN-13:978-4254115871
(Amazon.co.jp)
(honya-town.co.jp)
3 高桑昇一郎, 微分方程式と変分法, 共立出版, 2003.
2625円(税込)ISBN-10:4320017420, ISBN-13:978-4320017429.
(Amazon.co.jp)
(honya-town.co.jp)
Id: resume.tex,v 1.6 2008-04-12 00:02:10+09 naito Exp
2008年度前期・解析学要論1
7
▼ その他易しいと考えられるもの
4 F. Ayres, Jr, 微分方程式, マグロウヒル大学演習シリーズ, オーム社, 1995.
(現在の価格不明), ISBN-10:4274130118, ISBN-13:978-4274130113
古くからある有名な演習書. 解説も丁寧で, 問題数も多い. 問題として微分方程式の応用例が多くあげ
られている. (ただし, 現在品切状態かもしれない)
(Amazon.co.jp)
(honya-town.co.jp)
▼ ある程度難解なもの
5 M.W.Hirsch, S.Smale, R.L.Deveney, 力学系入門 −微分方程式からカオスまで−, 共立出版, 2007.
6615円(税込), ISBN-10:4320018478, ISBN-13:978-4320018471
原題は「線形代数と常微分方程式」である. 常微分方程式の定性的な理論を目標にした, 極めて有名
な本. ボリュームが多いが, 見掛けほど難しい内容ではない.
(Amazon.co.jp)
(honya-town.co.jp)
6 高橋陽一郎, 力学と微分方程式, 岩波書店, 現代数学への入門, 2004,
2730円(税込), ISBN-10:400006875X, ISBN-13:978-4000068758
常微分方程式を力学を例にとり一通り解説してある. それほどボリュームが多くない. 見掛けほど易
しくはない.
(Amazon.co.jp)
(honya-town.co.jp)
Id: resume.tex,v 1.6 2008-04-12 00:02:10+09 naito Exp