海賊問題と国際社会:東南アジアとソマリアの海賊

第 4 回 IIST 国際情勢研究会
2009 年 10 月 16 日
「海賊問題と国際社会:東南アジアとソマリアの海賊問題から見た
非伝統的安全保障問題をめぐる国際協力の課題と展望」
佐藤 考一/さとう こういち
桜美林大学国際学部教授
1. 非伝統的安全保障問題の台頭
安全保障政策の焦点は時代ごとの要請、政策志向によって次第に変化してきた。ご存知の
ように、第二次大戦直後から冷戦期にかけては核戦力を背景とした軍事対決・国家間戦争中
心の伝統的安全保障観があった。その後、日本では 1970 年代末、大平内閣のとき、日本は軍
事的な貢献などはできない、より総合的に安全保障を考える必要があるということで、経済
や人的次元(人間の安全保障問題)を加えた総合安全保障というものが出てきた。この総合
安全保障の報告書が出たのは確か大平正芳総理が亡くなった後だったと思うが、日本はこの
ようなことをいっていた。
冷戦後になると、ヨーロッパでもそういうものの考え方が出てきた。CSCE/OSCE(欧州
安全保障協力会議/機構)に関する議論の中で、バスケットを分けて、安全保障問題以外に経済
や人的次元(人間の安全保障問題)のこともやっていたということがあった。そして、OSCE
で包括的安全保障という議論になった。一言だけいっておくと、東南アジア諸国連合
(ASEAN)側では、1970 年代前半から既に、総合安全保障に近いものの考え方、国民的強
靭性という言葉があり、総合的な安全保障を考え、人のメンタルな面、経済の面など様々な
問題を含めるという考え方が実はあった。
総合安全保障、あるいは comprehensive security が冷戦後に出てきた後、ポスト冷戦期に
は非伝統的安全保障問題が台頭してくる。特に先進国では、もう国家間戦争は考えにくい、
だからテロや海賊、麻薬の問題、感染症、環境問題までを含めた非伝統的安全保障問題なの
だ、とかなりいわれるようになった。これが実はまとめようがない、困った問題で、国家か
ら個人へ、そしてその対象分野も軍事のみからテロ、海賊、経済、食糧、保健衛生、環境、
政治的抑圧などに拡大している。そしてグローバリゼーションの進行による輸送や情報技術
の発展で、安全保障の対応が変化し、同時多発性ということにもなってきた。
当然、あまり広い範囲のものを取り込み過ぎ、逆にそのくくり方にどういう意味があるの
かということで批判がある。先進国では国家間戦争が考えにくくなってきたので、こういう
ものの考え方が出てきたのだが、ASEAN もこれを盛んに取り上げるようになってきている。
ASEAN は発展途上国で、国家間戦争が全く考えられない状態ではない。つい最近もタイと
カンボジア国境の寺院の領有をめぐり、両国の軍隊が衝突する事件があった。軍事安全保障
を中心にした国家間戦争のようなものの可能性が、完全になくなった訳ではない。
そういう ASEAN がこういうものに熱心になったことには、不思議なところがある。
ASEAN 事務局に、アセアン地域フォーラムの ARF ユニットというのがあり、そこの担当官
と時々話をするので、「なぜこのようなことばかり一生懸命やるのか」と聞いたところ、
1
「ASEAN は会議外交で全会一致制だ。そのため、皆がやろうと思っているもの以外はなか
なかやりにくい。国家間紛争や領土問題になると、必ず当事者からクレームがついてできな
くなる。しかし非伝統的安全保障問題であると、非常に具合がよい」ということだった。こ
のように嫌なものは避けて、できるものだけをやっているというあまり感心しない返事が返
ってきた。それが、ASEAN がこれに熱心になっている理由だ。今、非伝統的安全保障問題
について非常に広範な問題を取り上げていると申し上げたが、特徴は3つあり、これが 1 番
目の特徴だ。
2 番目に、伝統的安全保障分野と非伝統的安全保障分野に関して、対処する国家機関を見
ると、国家間戦争のように軍隊が対処するものと、気候変動問題のように環境問題の専門家
が対処するもののように、対極に位置するものがあるのだが、そういうものばかりではない。
テロリストや分離主義者が起こす安全保障問題などというのは、本来は警察組織が対処する
問題だが、アクターの装備や構成員数によっては軍隊の対処が必要になる。対処する国家組
織から見ると、治安維持と国防のグレーゾーンに属するものが多い。そして非伝統的安全保
障の問題であっても、例えば鳥インフルエンザなど感染症は何でもそうで、これはお医者さ
んの仕事になるのだが、鳥インフルエンザのウイルスに汚染された鶏舎の消毒などでは自衛
隊が出動した例もある。
非伝統的安全保障問題という括りは、国軍同士の戦闘行為、いわゆる国家間戦争以外の全
てが含まれると考えるべきなのである。そして、軍隊が関与することが非常に多いといえる
だろう。実は今年 2 月に防衛研究所の一般研修で重症急性呼吸器症候群(SARS)の話をし
たところ、自衛官の関心が非常に高かった。自衛官には医務官がおり、そういう方も相当出
ておられ、そういうときに自衛隊がどういう対処をするか、これはワクチンを運ぶとかにな
るのだが、あとは人の往来を止めるなどの問題についても自衛隊の関与があり得るというこ
とで非常に関心が高かった。
3 番目の特徴だが、処方箋を見ると、非伝統的安全保障問題の多くは越境性の問題で、か
つ問題を起こす当事者が、一国の政府ではなく問題が発生した当初は犯人がわからないとい
うケースが多い。この報告で扱う海賊についてもテロについても、SARS についても同様だ。
その分野の専門家の集団である、知識共同体による情報集積のためのフォーカル・ポイント、
あるいはコンタクト・ポイントのようなものを組織化する、1 ヵ所にまとめるということだ。
そして国際協力のためには、政治家が議論しなくてはいけないので、ASEAN がやっている
ような会議外交と知識共同体(epistemic community)
、専門家集団による対応が必要になる。
そういう意味では、SARS もテロも海賊も処方箋には共通点があるといえるだろう。
そして知識共同体・専門家集団とはどういうことかというと、知識共同体は特定の分野の
規範、原理、因果関係に関する心情および知識の妥当性に関する基準を共有する専門家のネ
ットワークということになっている。海賊問題については、国際商工会議所国際海事局(IMB)
やアジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の関係者がそうであり、拡大解釈が許されるな
らアジア海上保安機関長官級会合に参加する各国の海上保安機関全体(一部軍人を含む)も
これに含まれる。ただソマリア海域の場合などは連携の乏しい場合もあり、各国の海軍が直
接関与してくる。これを共同体というのは少しおこがましいと思うので、専門家集団という
言葉を付け加えた。
2
2. 海賊の定義と海賊事件の実態把握の困難性
ここから、実際の具体的な海賊の話に入る。海賊の定義では、国連海洋法条約の定義があ
る。公海上の略奪、暴力、拘束行為、こういったものを海賊行為という。そして各沿岸国の
法制下の水域のものは、同様の行為であっても武装強盗と分けている。国連海洋法条約はこ
のようにいっている。しかし被害者側から見ると、どれも同じだ。国際商工会議所国際海事
局は、piracy and armed robbery という形で、2 つを 1 つにまとめている。こちらの定義に
従うことにする。
ちなみに冗談でない話だが、インドネシアは国内に海賊はいないと宣言している。国内に
若干の武装強盗はいるがささいな問題で、海賊はいないとしている。そしてマラッカ海峡も
国際海峡ではなく、中央で区切って「半分は我が国の領海だ」
、
「
(公海でないから)海賊はい
ないのだ」といっている。そういうことをいわれると困るのだが。アジア海上保安機関長官
級会合を今年はインドネシアでやったが、共同声明では、piracy という言葉が草案には入っ
ていたのだが、インドネシア側に全て消されたそうだ。出席していた海上保安官の方が「非
常識だ」と怒っていたが、国連海洋法条約を自分たちの都合がよいように解釈している。マ
ラッカ海峡も、国際海峡ではないというすごい解釈だ。しかし被害者の立場に立てば、どち
らも同じだ。
また海賊事件の実態把握は、非常に難しい。まず実数と届出数は別で、IMB のレポートか
らとった統計を見ると、レポートを出している当事者が私の古い友達なので聞いたところ、
「起こっている事件の半分以上は把握していると思うが、それ以上は無理だ」ということだ
った。これはどういうことかというと、まず海賊とはハイジャックをするようなものよりも、
圧倒的にコソ泥が多い。港の外に錨を降ろして錨泊している、沖待ちの状態のときに乗って
くるケースが多い。船の備品、乗組員の金品が盗まれた、コンテナの鍵を 1 つ壊されたなど
といった事件が非常に多い。大体、見つかって海へ飛び込んで逃げてしまう。
それでもいちいち届けると、最寄りの海上保安機関が来て現場検証をしなくてはならず、
航程が遅れ、非常に面倒だ。損害があった場合、荷主には連絡するが届けない。そして届け
ると問題が生じる場合が他にもある。船の安全装備がしっかりしていなかった、船員の素性
が怪しいなど、そうするとまた捕まる。密輸をやっているなどという場合には絶対に届けな
いだろうし、そういうこともあって、なかなか届けない。航程が遅れて荷主から LC(信用状)
の期間の延期が出来ないと文句をいわれる、などの問題が起こらないようにする方が先だ。
そして届け出があった場合も、便宜地籍船の問題がある。IMB の統計は皆そうなのだが、船
籍国で出ている。日本の、例えば日本財団などが出しているのは、日本の船会社の船が出て
いる(便宜置籍船が含まれる)
。そうすると、統計にずれが大きく出てくる。日本の船会社の
船は、日本船籍は非常に少ない。いったい日本船籍の船はどのくらいあるのかだが、2006 年
の統計を私は見たことがあるが、何と 95 隻しかない。1970 年代には 1700∼1800 隻ほどあ
ったが、今はほとんど便宜地籍船だ。さらに問題があるのは、海上保安庁も IMB の地理区分
に従っているため、地理的な東南アジアの区分とずれることだ。海上保安レポートの発表会
で質問をして確認したのだが、IMB の地理的区分、東南アジアの区分は独特で、ベトナムと
パプア・ニューギニアは入っていない。したがって我々がいう東南アジア全体の統計をとろ
うと思うと、それをカウントし直さなければいけない。
3
被害金額についても非常に問題が多く、IMB は「関知していない」
、
「知らない」といって
いる。実際の被害金額というのはいくつか問題があり、統計をとった場合に、かなり前の統
計だが、日本関係の船舶の被害の平均が、1 隻当たり 3 千数百万という数字が出たことがあ
る。それは先ほど申したように、ほとんどは 10 万円以下の被害で、1 隻か 2 隻がハイジャッ
クされて本当はそちらが巨額になっているという形だ。これに対し、昨年のソマリアの場合
は 1 隻当たり、大体、日本円にすると 1 億円ぐらいで、これはほとんどハイジャックなので、
まさにそのままの数字だ。
さらにもう 1 つの問題として、表面に出てこない被害金額がある。身代金や何かの交渉は
全て水面下で船主と海賊がやっているので、ハイジャックした場合には、海賊は必ず船の書
類を押さえる。そして水面下で船主に連絡をする。数年前に韋駄天という日本のタグボート
がマラッカ海峡でやられたことがあるが、このときも水面下で交渉した。そして結局いくら
払ったのかもわからない。したがって、被害金額の把握も非常に難しい。統計も、非常に大
きな数字と小さな数字があり本当のところはよくわからない。いくつか挙げると、世界経済
に与える損害として、5 億米ドルから 10 億米ドルという数字を出した人がいるが、国際戦略
研究所(IISS)のアデルフィペーパーに出ていた数字によれば、1 年間に 250 億米ドルとい
うことで、どれを信じればよいのかわからないところがある。
3. 海賊事件の多発水域、海賊対策
次に海賊事件の多発水域だが、東南アジアで圧倒的に多いのは海域が広く警備船艇の足り
ないインドネシアの海域で、かつてはマラッカ海峡が多かったのだが最近は減少している。
マラッカで襲われているのは、かつてはスマトラとマレー半島の間が多かったが、最近はフ
ィリップチャネルからドリアン海峡に至るシンガポール海峡の部分で、ここは海峡が曲がっ
ていて浅瀬が多く、通れる航路が限られている。あとシンガポール島も、ビンタン島とシン
ガポール島の間、ドリアン海峡のマレー半島の一部、インドネシアのカリムン島との間に沈
船があって、通るのは非常に危ない。したがって、ここでスピードを落とさざるを得ないの
で、よく襲われている。ただマラッカ海峡も、最近はかなり警備が厳しくなってきたので、
海賊がこちらから東側の、南シナ海へ移動している。ビンタン島と、より北のジョホールと
アナンバス諸島を囲む三角形の水域、この辺りの海域でよくやられている。東南アジアはそ
ちらが多いということだ。世界全体では、ソマリア海賊の出没するアデン湾が多い。アデン
湾を含めたソマリアで 111 件あり、東南アジアでは昨年は 65 件しかなかった。世界全体で昨
年は 293 件なので、ソマリア海域がいかに多いかがわかる。
次にどういう船が襲われているかだが、船種の統計を見ると、東南アジアではバラ積貨物
船が多い。あとケミカル・タンカーやコンテナがやられている。東南アジアはこういう感じ
だが、南西アジアやアフリカへ行くと、バラ積み貨物船、あるいはケミカル・タンカーがや
られているケースが多い。IMB の担当者に聞くと、特にこの種の船を狙っているというよう
な、ケースはあまりないという。沖待ちの場合、止まっている船で襲いやすいものを襲うと
いうことだ。襲いやすい船とはどういうものかというと、舷が低い、海面から甲板までの高
さが低い船だ。1 メートルくらいの高さなら飛び移る、あとは梯子をかけるか、ロープをか
けて上がってくるという。
4
バラ積み船が襲われた例が多いのは結局、梱包せずに鉱石や穀物をそのまま船倉に開ける
ので、かなりの重量を積めるので、舷がすごく下がる。これでやられるケースが多い。あと
はタグボートがやられているケースがあり、航行中に襲われるケースが多い。これは荷物を
積んだ伝馬船を引っ張り、遅くなるためだ。一昔前は、特定の船種が狙われたケースもあっ
た。アロンドラ・レインボー号の事件をご存知の方もいらっしゃると思うが、アルミのイン
ゴットを積んでいた。いわゆる高価なものを積んでいる特定の船がやられたケースがある。
余談だがアロンドラ・レインボー号事件のときは、IMB の海賊情報センターがあちこちへ船
の写真を転送したりして、最後はインドの海軍が捕まえてくれた。昔はそういうシンジケー
ト型の海賊がかなりいたが、今はそういうものは減り、東南アジアの場合はむしろコソ泥が
多い。そして襲撃時の船の状態は、錨泊中が多い。一方、ソマリアでは航行中にやられるケ
ースが多い。
被害品額は東南アジアでは、1 件当たり平均すると 3 千数百万ドルだ。実際は日本円にす
るなら、数十万円以下と何億円という風に分かれるのだろうが。あとソマリアは船ごとやら
れるケースが多い。海賊事件の犯行形態を見ると、東南アジアは小グループで窃盗中心だが、
ソマリアでは組織化されている。トロール船など大きな母船に小型のボートを積んで乗って
いるケースが多く、そのボートをたくさん使って襲撃する。船外機をいくつもつけ、スピー
ドがかなり出る。
襲撃時の船舶の状態だが、東南アジアの場合はすぐに港に入れず、大体沖で待っているの
で、そのときにやられる。港に入ってからやられることは、あまりない。たまにタンジュン・
プリオクなどインドネシアの港でやられることがあるが、インドネシアの港は何というか、
港というのは普通、警備が厳しくなかなか入れないのだが、私が少し前に遊びに行ったとき
には誰にも止められないで船の荷役をしている現場までずっと行けて、どうなっているのか
と思った。このように割とゆるいところがあるが、シンガポールやマレーシアなどの港は厳
しい。そしてあとは航行中だが、東南アジアの場合、錨泊中が数では一番多く 50%強、航行
中は少し少なく 40%強ぐらいだ。一方、ソマリアでは航行中にやられているケースが多い。
また海賊の武器については、東南アジアでは破壊力が小さいものが多く、棒を持っている、
あるいはナイフを持っている、銃器を持っていたケースは 16.9%に過ぎない。一方、ソマリ
ア海域の場合、銃器をもっているのは 92.4%で、中には対戦車用のロケット・ランチャーな
どが入っているケースがあり、非常に危ない。
こういう連中に対してどのように対策をとるかだが、IMB が各国の船会社に勧めているや
り方、それから日本財団でも勧めているが、
「海賊発見のための設備を備えなさい」というこ
とだ。
「レーダーをつけなさい」
、
「モニター・テレビをつけなさい」
、
「海賊監視員を配備しな
さい」
、
「照明機器を使いなさい」、
「投光機を使いなさい」といっている。レーダーというの
は、奇異に聞こえるかもしれない。
「レーダーはついているじゃないか」と思うが、実は貨物
船の場合、大体そうなのだが、レーダーがついているとマストの後ろに、荷役、荷扱いのた
めの構造物が必ずあるので、そこの部分はレーダー波が遮られ、船尾の下の部分が映らない。
小さい船が船尾につくと見えなくなるので、海賊船はこれを利用して船尾から襲ってくる。
そこで「小さなヨット用のレーダーを船尾にもう 1 基つけなさい」といっているようだ。
また海賊が入ってきてしまう状況になった場合、進入を阻止しなければいけないので、圧
力ホース、照明をつけ、ホースで海賊船に水を流している様子を見せる、また港に入ったと
5
きには甲板に犬を放しておく、進入防止の網を張る、トランシーバーを海賊監視員に持たせ
る、人声のテープを甲板に流す、案山子を立たせるなどの話がある。案山子は、昼間は無理
だが、夜ならヘルメットをかぶせて立たせておくと人影があるように見える。マラッカ海峡
でこれを大真面目にやっていた船があり、結構それなりに役に立つものなのだと思う。そし
て乗組員の訓練、コミュニケーション強化がある。
ここまでは大体、どこでもやっていることで、次の対策は特にソマリア海域の問題になる
のだが、日本人の船員はこういう安全保障の問題にあまり遭遇したことがないので、訓練が
必要だ。また今は外国人の船員が多いので、コミュニケーションを強化しなくてはいけない。
どのくらい外国人の船員が多いのかというと、なかなか統計がないが、2003 年の時点で日本
郵船では、船員の 89%が外国人だった。ほとんどがフィリピンの方だそうだ。クアラルンプ
ールでたまたま会った船員に、
「日本ではこういう風にして、フィリピンの人が乗っているの
だ」といったら、その人がいうにはマレーシアの船も実は外国人を雇っており、船長は大体、
インドネシア人かパキスタン人だという。要するに、
「マレーシア人でも高い」ということを
いっていた。そして海賊が侵入してしまった場合にどうするかだが、操舵室や、船室を施錠
して立てこもり無線で救助を呼びなさい、といっている。過去にそういうことをやって助か
ったケースがある。2008 年 12 月 17 日にソマリア沖で、スピードボートに乗った 9 名の海
賊が進入した中南米のセントビンセント船籍の船で、これは実は中国の船だった。中国交通
建設集団総公司の重量物運搬船で、これは機械などを積んでいる船、日本語でいうと振華、
中国語でチェンフォアという船だった。この乗組員 30 人が船室を施錠し、4 時間甲板を海賊
がうろついている状態のまま、IMB の海賊情報センターに救助を求め続けた。IMB 側は、軍
艦のコールナンバーを大体知っている。そして軍艦に連絡したところ、その船の近辺にマレ
ーシアの軍艦がいたため、ヘリコプターをすぐによこしてヘリコプターと軍艦で海賊を追い
散らした。しかし IMB の担当者によれば、これは非常にラッキーな例だといい、そういうこ
とが間に合わないケースが多い。世界ナンバー2 のスーパータンカー、シリウス・スター、こ
れは満載排水量が 31.8 万トンあるといい、戦艦大和の 5 倍くらいの船なのだが、スーパータ
ンカーというのは乗員が少ないため、わずか 16 分で海賊に制圧されてしまった。この事件は
かなり有名になったので、とにかく海賊が乗り移ったことがわかったらすぐに船室に閉じこ
もれ、と一生懸命教えている。
あとは民間軍事会社の武装警備員を雇用することがあり、マラッカ海峡とソマリアではこ
れを商売にしている連中がいる。しかし民間軍事会社を雇うこと、武装した警備員を雇うこ
と自体が多くの国では違法行為で、これはほとんど薦めていない。マラッカ海峡の事例で、
日本の船を、警護したという民間軍事会社がある。この会社の社長に会ったことがあるが、
「日本の船は武器を持って乗れないはずだがどうやったのか」と尋ねたところ、武装した高
速艇をつけて伴走する形で守ったらしい。武装警備員が乗ってよいという国もあるので、そ
ういう国の場合は乗っているという。ちなみに民間の船舶に武器を持ち込むことが良いのか
悪いのかだが、多くの国では禁止されている。日本の海上保安庁の海上保安官 4、5 人にしつ
こく聞いたのだが、港に入った時点での船舶の武器所有はほとんどないといっていた。
少し古い統計だが、1996 年の立ち入り検査の統計でも、7 万 6600 件立ち入ったところ、
銃器の不法所持は 17 件しかなかったという。これは 0.02%で、ほとんどないということだ。
ただ 1 人だけ、私が話を聞いた海上保安官の方で、武器を持っていたケースに遭遇したこと
6
があるといっていた。それはパキスタンの貨物船が入港時に申告してきたということだ。
「武
器の所有を認めてほしい」といってきたので、税関の人と一緒に行って状況を見たら、金庫
に入れてちゃんと管理していたという。金庫に入れて鍵をかけてもらい、封印をして「日本
の港にいる間は絶対に開けないでください」ということで認めたという。パキスタンの船に
とっては、日本の港が危ないのではなく、自国の港の方が危ない。したがって、そのときに
銃をもって警備をするのだそうだ。
それから海賊保険をかけたらどうか、という話もあると思うが、海賊保険というのはほと
んど戦争保険で、これについていったいいくらぐらいのお金をかけてどのくらいの船が守れ
るのか、具体的なことを船会社の人や IMB のスタッフや海上保安官などに聞いたが、きちん
としたお答えはいただけなかった。これには理由がある。ある保険会社が 1999 年に見積もっ
た例で 1 つだけ私が知っている例があるが、船の建造がいつなのかなど、そういうところか
ら調べなければいけないのだそうだ。99 年の建造の 2 万 5000 トンの貨物船の見積もりの場
合で、年間 37 万 200 円という見積もりがあった。ただこれは船だけで、乗組員が死傷した
場合や積荷が損害を受けた場合は別扱いだ。これを安いと見るか、高いと見るかだ。ちなみ
に危険海域を航行している船で、海上保険をかけている船はほとんどないという。そういう
現状があるようだ。船舶としてできることはこのぐらいだ。
4. 国際協力による海賊対策
では国際協力をするとすれば、どういう対策があるのか。1999 年の日本・ASEAN 首脳会
議で小渕恵三総理が提案された海賊対策国際会議が 2000∼04 年まであり、これがアジア海
上保安機関長官級会合に 04 年から統合されて、続いている。そして 2 番目に、2001 年の
ASEAN+3 非公式首脳会議で小泉純一郎総理が提案され、2006 年 11 月に ReCAAP、アジア
海賊対策地域協力協定の海賊情報共有センターが設立された。各国 1 ヵ所のフォーカル・ポ
イントを設定し、連絡をネットワーク化する。そして最初に申し上げたように海賊事件に関
する情報は IMB が一番持っているのだが、それでも 50%ぐらいかということだ。政府関係
と IMB の両方のデータを入れた ReCAAP のレポートが 2 種類あり、こちらでより精緻なも
のをつくるということで両者の協力関係が今、できている。ちなみに ReCAAP の今の事務局
長は伊藤嘉章氏(外務省より出向)で、日本人がリーダーシップをとっている。
こういう形で連絡ネットワーク化をし、
「どこかの国で海賊に襲われたら誰に連絡しなさ
い」ということに関する事務の連絡系統をつくっている。そしてマラッカ海峡だが、マレー
シアとインドネシア、シンガポールが共同パトロールをしている。これは各国が自分の水域
内を同時にパトロールするということだ。インドネシア海軍は単独でもパトロールをしてい
る。またマラッカ 3 国にタイを含めた 4 ヵ国で、水域の上を飛行機でパトロールするという
ことも今やっている。日本の海上保安庁は、各国の国内の海上保安機関の統合を手伝ってい
る。海上保安機関の統合などというと驚くかもしれないが、日本でも海上保安機関で船を持
っていて、海のことにかかわっている役所はかなりある。海上保安庁の巡視船の観閲式に行
くと出てくるが、海上自衛隊と海上保安庁、警視庁、水産庁、そして消防庁も船を持ってい
て、それぞれ船を出している。日本の場合は大体、防衛上の問題になったときは自衛隊、そ
れ以外はほとんど全て、海上保安庁に連絡する。北朝鮮の不審船なども大体見つけるのは水
7
産庁の船で、すぐに海保に連絡してくれるといっていた。
日本にはこのようなチームワークがあるが、東南アジアにはそれが全然ない。マレーシア
では 9 つの役所が海上保安にかかわっている。これは海軍、空軍、海上警察、税関、海事局、
漁業局、入国管理局、環境局、海事法令執行調整センターという 9 つだ。これではだめだと
いうことで、日本の海上保安庁をモデルに、これを 1 つにまとめる海上法令執行庁というの
を 2005 年からつくった。大体のものはまとまってきたのだが、マレーシアの場合、海上法令
執行庁の長官は、海軍の大将で、海上防衛の腕利きの方でやっているのだが、海上警察だけ
が抵抗しているそうで船を未だに渡さない、といっていた。しかしマレーシアはおそらく東
南アジアの海上保安機関の形成のモデルになるのだろうと思う。今のナジブ首相は以前、国
防相だったことがあり、そのときには海上法令執行庁の設立に尽力した。したがって、首相
の肝いりのプロジェクトになっている。
これに対して問題が多いのは、インドネシアだ。マレーシアは 9 つといったが、インドネ
シアでは 12 の機関がかかわっている。海軍や海上警察などさまざまなところがかかわり、な
かなかうまくいかない。海上治安調整機関(BAKORKAMLA)というのをつくったが、あく
までも調整機関で、指導する権限はない。そして各機関がばらばらになりそうだ。ここに予
算をつけ、その予算がほしくて皆がむらがってくる状況になっているようだ。ただ予算が継
続的にきちんとつくようになれば、そこがイニシアティブをとれるのではないかというのが
インドネシアの大統領の期待のようだ。法律ではなく、大統領令でできた機関だ。インドネ
シアの場合、マラッカ海峡は主に海軍が、ジャワ島周辺海域は海上警察が警備で力を持って
いる。そして何か問題が起きたときには、全ての機関が全力を挙げて解決にあたるとしてい
る。互いに協力をどのくらいするかということについては、非常に曖昧なままだ。こういう
苦しいところもある。ただフィリピンとベトナムはコースト・ガードを今、軍から分離して
おり、ベトナムでは今年 10 月から分離、それまでハイフォンの海軍基地に海上警察の司令部
があったのだが、今はハノイへ移したそうだ。少しずつ海上保安機関を分離し、法執行と国
防を分けることを一生懸命やり始めた。
2008 年 10 月、12 月にソマリアの海賊に関する国連決議、ソマリア沖の公海上、そして領
海でも、海賊を退治しなさい、各国の軍艦が出てきてくださいという決議が挙がった。この
場合、ソマリアは破綻国家なのでそういう決議が挙がり、どこの国も反対しなかった。ソマ
リアはそれで非常に深刻な状況になってきている。2008 年の欧州連合(EU)
、アメリカ、イ
ンド、中国の海軍に続き、日本も 2009 年の 3 月から海上自衛隊員、海上保安官を 2 隻の護
衛艦で派遣した。実際の任務で初めて、海上保安庁と海上自衛隊が協力した。訓練や観艦式
は一緒に行ってきたが、実際の任務では初めてで、400 人の自衛官と 8 人の海上保安官が一
緒に行動している。そして海上自衛隊の特殊部隊、特別警備隊の隊員が 5 人ずつ、2 隻の船
に分かれて乗っている。こういうことが始まった。そしてイエメン、ケニア、タンザニアに
ReCAAP 海賊情報共有センターをモデルにして、海賊情報共有センターをつくろう、ジブチ
に訓練センターを設置し、アジアでやって成功を収めつつある海賊対策の、国際会議と知識
共同体の協力をもっと大きな形でアフリカに持ち込もうということを今、各国が国連の指導
の下で始めている。
8
5. 今後の課題と展望
次に、課題と展望だが、一生懸命やっているのだが問題がない訳ではない。特に東南アジ
アでは海上保安機関の統合で未だに足を引っ張る組織があり非常に問題視されている。そし
てアデン湾を含むソマリア海域の商船を護衛する各国の軍艦はやはり不足している。IMB の
海賊情報センターの担当者は、
「船は多ければ多いほどよい」
、
「今はとても足りない」といっ
ている。日本の護送方式では、アデン湾の東西の入り口、どちらかで待っていて、ある程度、
船団を組んでもらい、それを 2 隻の護衛艦で頭としんがりについて護送するというやり方だ。
この 900 キロの海域を 4 日で往復する、片道 2 日ぐらいでやっている。ただこれでやると、
最初に申し上げたように航程が遅れるのを嫌がる船はどんどん行ってしまい、なかなかいう
ことを聞かないそうだ。したがって全ての船を守ることはできない。大体、年間 2000 隻の日
本関係船舶が通るといわれ、今まで守ってきた船の数の平均からいうとおそらく 18.9%、つ
まり 20%を割るぐらいしか護衛出来ないという。もう少し商船が航程を、護衛の日程に合わ
せてくれればもっと守れるのだが、それでも 3、4 割ははずれてしまうということだ。
これに対し、EU はゾーン・ディフェンスで、軍艦が動く海域を決め、そこで各国の船を
展開してもらい、その間をグループをつくって船は進んでくれということになっている。見
えなくても、無線で近くにいる船が救助に向かうというやり方だ。ただこれも、多い場合で
も軍艦が 20 隻とかそのくらいの数、ということなのでなかなか全ての商船を救うことはでき
ないという。
2 つ目の課題だが、海賊の攻撃に「応戦」してよいものか、正当性をどう確保するか、破
壊力の大きすぎる火器は使えないなど、いろいろな問題がある。海賊への対処は、基本は警
察官職務執行法なので、攻撃はできない。向こうから攻撃されたときに、正当防衛に近い形
で応じなければいけない。そして商船を追尾している場合も、海賊対処法ができたが、まず
海賊の船の前の海面を撃って、止まらない場合にスクリュー、マストを撃ち、人を撃つのは
最後だというところがある。その間にロケット・ランチャーか何かで撃たれたりすると、大
変なことになる。
そして正当性をどう確保するかだが、海上保安官が乗っているので、彼らに判定をしても
らうことになる。また破壊力が、護衛艦の武器はアスロックにしても、20 ミリの機関砲にし
ても、大きすぎる。護衛艦の 20 ミリ機関砲は、ミサイルも航空機も打ち落とせるようなもの
で、海賊の船は小型のボートなので、1 発当たったらバラバラになってしまうようなものだ。
どうしているのかと思ったら、もっと口径の小さい 12.7 ミリの機関銃を陸上自衛隊の戦車か
装甲車についているもの、あれを据えつけているといっていた。まだたぶん 1 発も撃ってい
ないと思うが、もう少し火力を落とした武器を使い、海賊にも怪我をさせないで降参させる
ということのようだ。逮捕は海上保安官にまかせるしかなく、そのために海上保安官に乗っ
てもらっている。自衛隊は、逮捕はできない。また他国との連携による護衛と集団的自衛権
の兼ね合いという問題があり、先ほどいったような、EU やアメリカが一緒になってやって
いるゾーン・ディフェンスには参加できない。これは集団的自衛権の問題があるためだ。そ
うすると、ロシアや中国、韓国がやっているような護送方式をやるしかない。これはやはり
問題が多いだろうと思う。
9
そして 3 つ目の課題だが、各国の法令が違うため、海賊を拘束して取調べる、あるいは訴
追を行うことに関する連携は難しい。EU とアメリカは一応、ケニアと条約を結び、死刑に
しないという条件で、ケニアで裁判にかけてもらうことができるそうだが、アメリカの場合
は、この前捕まえたときは国に連れて帰った。日本はどうするかというと、海上保安庁の長
官が記者会見でいっていたのは、一度拘束して海上保安官に逮捕してもらい、ジブチまで連
れて行って、飛行機で日本へ送り裁判にかける。船で送ってはいけないということで、これ
は長時間、不当に拘束してはいけないためだ。そういうことを考えているといっていた。ド
イツなどの船は、捕まえた海賊を武装解除してその場で釈放しているという。IMB の担当者
は、
「あれではすぐに戻ってくる」と怒っていた。そういう問題がある。
展望としては、東南アジアでは海上保安庁と地域諸国の連携は、訓練なども一緒にやって
おり、だいぶよくなってきている。これで鳩山政権が予算を削らなければ、政府開発援助
(ODA)絡みの話になるのだが、こういう連携からもっと海賊対策を進めることができる。
特に今インドネシアは世界的な不況で、97 年の不況以上の問題になっており、また海賊が出
てくる可能性があるのでこれはぜひお願いしたいところだ。
またソマリア海域では、緊急避難的な協力関係が今もあり、これからもどんどん出てくる
と思う。近くにいる軍艦がそばに来た商船を救うというもので、これを行うと例えば日本の
商船が中国、あるいは韓国の軍艦に救ってもらう、そして逆の場合も出てくるだろうし、防
衛当局者の間に新しい信頼関係が生まれる可能性もある。こういう現場での協力を積み重ね
ると、
「あいつら思ったよりまともだ」とお互いに思い出し、関係も良くなってくるだろうと
思う。韓国の場合は海上自衛隊の幹部学校などにも留学生が来ており、よいのだが、中国は
防衛研究所止まりだ。したがってこういう交流が進むと、かなり変わってくるだろうと思う。
2 番目だが、ソマリア海域では先ほど申し上げたように防衛省(海上自衛隊)と海上保安
庁の初めての実際の任務における協力が始まった。法律に触れないよう、法律知識を駆使し
て官庁間協力・国際協力の実を上げていただきたい。IMB の担当者にいわせると、ソマリア
海域で海賊もかなり知恵がついてきて、軍艦が来るとそちらに数隻の船で軍艦をひきつけて
おき、他のところへ襲いにいくということをやっているそうだ。おそらく、緊急避難的に近
場の軍艦同士で協力し合うことが必要になるだろう。
そしてこれは私の考えだが、会議外交と知識共同体・専門家集団の組合せによる非伝統的
安全保障問題への処方箋の有効性をぜひ実証してもらいたい。軍隊になるので、これが共同
体といえるようなものにはなかなかならないだろう。そして国連が絡んでおり、会議も大き
く、出てくる組織も大きいので、どこまでできるかわからないがもっと大胆な協力関係がで
きることを私は希望している。
(以上)
※敬称略/役職等は発表当時のものです。
※固有名詞等の表記は、報告者によって異なる場合があります。
10