No.7 韓国経済論Ⅰ Ch.4 韓国経済の試練と転換 1.経済危機の発生 1)概要 1991 年以降経常収支赤字に転換、大企業の連鎖的破綻発生、 1997 年経常収支赤字の拡大、財閥の破綻、外資導入の不振、 為替レートの上昇(ウオンの切り下げ) アジア通貨危機の発生と拡散 韓国の信用度の下落、海外資本の流出→為替レートの上昇(ウオン安) 韓国内の外貨不足:対外支払い能力の喪失 IMF に救済金融要請(1997.11) IMF 救済金融の支援決定(1997.12、総 201 億ドル) 他、世界銀行(100 億ドル)、アジア開発銀行(40 億ドル)支援協定 「IMF 管理体制」:経済の主権が韓国ではなく IMF に(経済的主権の喪失:国の恥) 2)IMF 危機の影響 ①政権交代(野党である金大中が第15代大統領に当選)→1998 年金大中政権誕生:「国民政府」 ②金融、企業、労働、公共の改革(構造調整) ③企業の倒産、解雇による失業者の急増 ④国民意識の転換 3)金大中の経済政策と IMF 危機の克服 ①IMF からの資金支援:為替レート、金利安定 ②「構造調整(改革)」:不健全な金融機関、企業の整理 + ③IT ベンチャー企業育成(IT 強国への基盤構築) *金融機関、企業の合併、整理、民営化の推進 1998. 9:“金融危機の再燃可能性はなく、構造改革は持続的に推進”(大統領) 1998.12:IMF 資金 18 億ドル返済、緊急補完金融(SRF)28 億ドル返済 1999. 1:国際信用評価機関、国家信用等級を投資適格に引き上げ 1999. 12:補完準備金融 135 億ドル早期返済完了 2000. 12:“韓国は IMF 危機から完全に抜け出した。”大統領と宣言 2001. 8:IMF 救済金融 195 億ドル全額返済、「IMF 管理体制終了」(最速で回復) 1 No.7 韓国経済 済論Ⅰ 4)危機 機が残したもの ①政府主 主導型の開発 発体制から先 先進国型市場 場経済への転 転換 「財 財閥解体」:危機時 30 大企業グルー 大 ープ→2001 年 16 に ②金融界 界の大編成:グローバル ルスタンダー ードが適用 銀 銀行の 3 分の の 1 がなくな なり、銀行員 員の 40%が失 失職 ③企業の の資金調達の の比重が銀行 行から株式市 市場へ転換 ④外資の の調達方法が が、借款から ら直接投資に に変換 ⑤所得格 格差の拡大 産業の育成 IT 関連産 前年比、% IT 産業 半導体 体 1997 年 輸出増加率 率 輸出割合 合 2000 (1 月-8 月) 伝統的産業 業 コンピ ピュータ 自動車 自 船舶 船 鉄 鉄鋼 繊維 繊 -2.4 - 12.8 1 14.8 4.3 2.1 7.8 -8.5 4.8 12.3 5.0 3.6 13.5 1 39.9 3 15.1 1 87.0 8.3 15.1 7.2 24.7 4.5 17.0 4.7 12.6 1 11.1 1 2 No.7 韓国経済論Ⅰ 5)金大中政権の対北朝鮮政策 融和政策または包容政策としての「太陽政策」:「先平和・後統一」 南北間の対話と南北間の経済協力実施 ・南北間鉄道の連結 ・「開城工業団地」造成 ・「金剛山観光」事業 2.政府主度的経済システムの終焉 2003 年、人権弁護士出身の盧武鉉が第 16 代大統領に就任「参与政府」の誕生 1)盧武鉉 政権の政策: ①外交、統一:金大中政権の「太陽政策」を継承、対北平和繁栄政策 「東北アジアバランサー(均衡者)」論を標榜 東北アジア経済中心国家建設(金融ハブ) ②新自由主義(金大中政権に続く): ・小さな政府、開放経済、市場経済 ・社会福祉、社会統合的労使関係の構築 ③地方分権、国家均衡発展 2)経済 経済自由区域指定(「仁川経済自由区域」) IT 事業開発(電子政府構築) FTA 政策:チリ(2004 最初)、シンガポール、ETFA、ASEAN アメリカとの FTA 締結(2007.6) -2011 年現在:発効 5、締結 3、交渉中 7、準備中 9- 3)盧武鉉 政権総括 ・経済指標での成果 在任期間中の年平均経済成長率 4.3% 、輸出増加率 14% 、失業率 3.6% 一人当たり GDP 2 万ドル達成(2007 年) 外貨保有高 2,600 億ドル(2007 年、97 年 100 億ドル以下) 企業経営の健全化(企業負債比率の低下、倒産件数の低下) ・市場経済体制、開放経済政策の推進(FTA 政策) ・第2次南北首脳会談開催(2007.10 平壌) ・反市場経済的政策(左派新自由主義?) ・経済指標とは異なる「体感景気の悪化?」 ・イラク戦派兵輸出 3 No.7 韓国経済論Ⅰ 3.李明博政府の誕生(2008.2~現在) 企業家出身の経済大統領として出馬、一時「実用政府」と呼ばれる。 1964 年朴政権時の「日韓協定」反対学生運動を主導(拘束) 「現代建設」会長(47 歳、サラリマンの神話) 1992 年政界入門、2002 年ソウル市長(2006 年まで) 2008 年第 17 代大統領就任 1)実用主義経済政策: ・小さな政府、大きな市場、経済成長 ・大運河建設構想(反対により中止)、4 大江整備事業 ・世宗特別自治市建設案(歴代政権からの首都移転構想) ・「低炭素・緑色成長」標榜 ・「科学技術強国」案提示 ・雇用促進政策 ・対北融和政策から先非核化、開放・後支援、対話へ 南北対話の中断→朝鮮半島の緊張高調 ・英語教育の強化 2)主な出来こと(2008~2010) ・08.5-7:アメリカ産牛肉輸入協商(BSE 問題)、全国的反対運動発生 ・08.7:金剛山観光民間人射殺事件 ・09.1:「非常経済政府」宣布(世界金融危機への対応) ・09.5:盧武鉉元大統領の自殺による政治的危機 ・09.11:黄海(西海)、南北海軍軍事衝突発生 ・09.12:UAE 原発受注(400 億ドル) ・10.3:韓国哨戒艦沈没事件発生 ・10.11:延坪島爆撃事件(民間人死亡) 4
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