医療クラウドの理想的な活用

緊急討論会
医療クラウドの理想的な活用
~東日本大震災から考える~
メインパネリスト(演者)
イーサイトヘルスケア株式会社 代表取締役社長
松尾 義朋
九州大学大学院法学研究院 教授
寺本 振透
共催:第70回日本医学放射線学会総会/株式会社ジェイマックシステム
本発表の内容に関連する利益相反事項は
☑ ありません
本討論会の趣意
去る3月11日に発生しました東日本大震災により被災された方々並びにそ
のご家族、ご関係者に心からお見舞い申し上げるとともに一日も早い復興
を祈念しております。
第70回日本医学放射線学会総会がWeb開催となったことに伴い、開催を予
定したおりましたランチョンセミナーも体裁を改めWebセミナーとして発表さ
せていただく運びとなりました。
演題につきましても今回の震災を踏まえ、クラウド技術を中心としたIT技術
を災害時の医療にどう役立てていくべきなのかをテーマとした討論会を開
催し、その結果を発表させていただくことに致しました。
今後の議論の端緒となり、さらには復興の一助となりましたら望外のことと
存じます。
開催日時・場所
開催日時
2011年4月13日(水)12時30分~16時
場 所
株式会社ジェイマックシステム
東京営業所 会議室
ご参加いただいた方々
討論会参加
イーサイトヘルスケア株式会社 代表取締役社長
松尾 義朋
九州大学大学院法学研究院 教授、弁護士
寺本 振透
アライドテレシス株式会社 事業推進部 シニアディレクター
篠原 明
株式会社ジェイマックシステム 代表取締役社長
古瀬 司
株式会社ジェイマックシステム
原 真、一條 聖司、熊木 康雄、大野 孝、遠山 一夫
特別寄稿
北海道大学大学院保健科学研究院 医学部保健学科 教授
小笠原 克彦
北海道情報大学 経営情報学部医療情報学科 教授
上杉 正人
今回の震災で医療現場にどのような
問題が発生したのか?
Webun 北日本新聞より
YOMIURI ONLINEより
医療情報の喪失
 医療機関に個人の医療情報が保存されていたため震災によりすべ
て喪失してしまった。
患者に手渡してある「お薬手帳」があれば、処方歴を知ることができ
るが、紛失してしまったり、自宅とともに流されたケースが多かった。
個人の記憶に頼っているが、記憶は曖昧であり、高齢者が多いこと
がそれに拍車をかけている。
 医療情報のセキュリティはきちんと守られるべきだが、そもそもなく
なってしまっては元も子もない。個人情報は流出する以上に喪失す
ることの問題の方がはるかに大きい。行政が提唱する「どこでもMY
病院」があればこのような問題は解決できたかもしれない。
 個人の医療情報についてどのように取り扱うべきか改めて考え直す
機会としなければならない。
九州大学大学院法学研究院 教授
寺本 振透 氏
イーサイトヘルスケア株式会社
松尾 義朋 氏
 法令やマニュアルなどは、平時に策定されるもので、有
事の際のプライオリティが考慮されていない場合がほと
んどである。
 医療情報のセキュリティにおいては、個人情報保護の観
点から機密性が強調されている。災害など緊急時には
情報を利用して、人の生命を救うことが大切なはず。
 今後、避難先の移転に伴う医療継続も懸念点である。
ライフラインの途絶




医療情報が保存されていたとしても通信手段などアクセスのインフラが壊れてしまえばいざという時
の利用には役立たない。震災直後は衛星携帯電話が利用できる程度で、データ通信としてはISDN
程度の帯域だった。
NTT東日本は4月末には全ての通信ビル(原発の退避エリアを除く)が復旧予定で、それに伴い光 ファイバーの通信が回復する見込みを発表している。
(NTT東日本殿発表資料 http://www.ntt.co.jp/news2011/1103/pdf/110330a_2.pdf ) (注)
NTTドコモは、4月末でも59基地局が未復旧で残る。JSATの衛星回線を使って復旧させようとしてい
るが基地局設備(アンテナなど)の輸入が2ヶ月待ちの状況である。
陸前高田にはJSATが設置された。現地への移動は車により、秋田から横手経由で陸前高田という
経路だった。
(NTTドコモ殿発表資料 http://www.ntt.co.jp/news2011/1103/pdf/110330a_3.pdf )(注)


まず音声の通信が回復すれば、救助要請には利用できる。携帯
電話が不通となったが、全ての病院に防災無線などが配備されて
いれば音声通信は可能だったと思われる。従来からある通信方
式を含めて複数の手段が用意されているべきだろう。
電力についても、発電や送電に代替手段がない。周波数の不統
一で西日本から受電できないのも問題。
注) これらの資料は3月30日付のものです。最新の情報はNTT東日本のホームページに掲載されている
「東日本大震災に関するお知らせ等一覧」( http://www.ntt-east.co.jp/important/touhoku.html ) をご参照
ください。
アライドテレシス株式会社
篠原 明 氏
「想定外」への対応




法律、ルール、マニュアルを作る立法や行政は平時の
ことを中心に考えている。危機のときのためにこそルー
ルを作るべき。今回の被災でようやく法曹界にも認知さ
れ始めた。
医療情報も秘密保持が重要視されてきた。「常に使えないといけない」、「人の命を守るために維持しな
さい」という観点では考えられていない。だがセキュリティの中で、機密性が最も重要な訳ではない。例
えば、患者(の保護者)の了解なしにデータを提供してはいけない、としばしば言われるが、危難の際に
実行できるはずもなく、情報の提供を維持して医療が継続的に行われることを優先して考えるべき。
医療支援の際に専門外の診察を行うなど、医療行為の妥当性が後から疑われてしまう恐れについて法
的な解釈はどうなのか、保険で保護されるのか、という点が医師として気になる。
それに対して法律家としては、そこで得られる情報をきちんと
活用して行えば医師が責任を取らされることはないと考える。
平時において専門の先生の意見を聞かずに医療行為を行う
事と、緊急時にできることを実施することを同列に考えてはい
けない。災害時でなくとも例えば夜間救急などは程度が異な
るものの似た状況にある。
組織の崩壊

情報を収集し、判断・指示をする組織体がない。医療支援に
おいても人・物の配置について自治体を超えてのコントロール
がなされていない。具体的には同系病院の相互協力(赤十字
病院間、労災病院間、国立病院機構内)はあるが、全体的な
ものが無い。東北、特に岩手県や福島県は歴史的に国の医
療支援が少なかったために県立病院の比率が他県より明ら
かに多い。全国的な系列病院がそもそも少なく、自治体が要
請、調整しないと医療支援を受けにくい。

平時には地方自治体の自律が大切だが、災害時にリソース
が不足する場合、国が介入することもあるべき。国の介入が
好ましくなければ、そのような目的を持った第3者機関(アメリ
カの通信行政におけるFCC、証券業の監督におけるSECのよ
うな機関)を平時に考えておくべき。

既存の組織でそのような仕掛けを持っているのは自衛隊ぐら
いだろう。
石巻赤十字病院では3月20日、県災害医療コーディネーターの
石井正医師の下に全国から集まった医療支援チームの活動
が一元化された。
「前例がないため、現場から仕組みを立ち上げた」(石井医師)
(2011年4月17日付読売新聞)
今回は多くの医療機関も被災した。また、災害医療をよく知る医
師も被災し、患者の搬送先の割り振りや医療態勢の差配をする
ような指揮者が不在となっている。いざというときのために、被災
地外から専門知識と経験を持つ司令塔を派遣できるシステムを
作っておく必要がある。
(山本保博東京臨海病院院長 2011年4月17日付北海道新聞)
組織の崩壊
 自衛隊には後方支援部隊があって、情報通信を確保して
いる。自衛隊というと救助の面が強調されてしまう印象が
あるが、そうした自衛隊の仕組みを利用して災害時の情
報収集/発信の仕組みを構築し医療に利用できると良い
だろう。ただし、防衛省の通信網も次のような解決すべき
問題がある。
- 医療情報のような大量の情報をやりとりするだけの帯
域が確保されていない。
- 医療に役立てるには、NTTとの接続が好ましい。
- シビリアンコントロールなので、文官から指示がないと
動けない。
 善意とセルフヘルプだけでは、大きな災害に対応できない。
例えば、帰宅難民の問題がある。自宅周辺の地域コミュ
ニティが機能していれば、家族は地域に任せて会社で夜
を明かす方がベターとも考えられる。
それらの問題に対してクラウドを
どう役立てることができるのか?
医療の継続性への対応
 透析を行う施設が失われたため周辺や都内へ患者を移送
しなくてはならなくなった。その際、医師間の人的なネット
ワークが最も有効に機能した。しかし過去の検査データが
なく、経過がわからないまま綱渡り的な診療をせざるを得
なかった。このような患者さんが移動する局面においても、
診療データを共有できる仕組みが構築できれば、医療施
設やスタッフが交代しようと、医療の継続性が問題なく守ら
れるようになる。
災害派遣医療チーム(DMAT)が本来想定しているの
は倒壊家屋の下敷きになり、重症者が多かった阪神
大震災のような状況。災害時特有の外傷で、症状が
激しい「急性期」の医療だ。
だが、現場で求められたのは、症状は安定したものの
引き続きケアが必要な「慢性期」の患者への対応。
(2011年4月17日付北海道新聞)
日本透析学会によると岩手、宮城、
福島3県の透析患者約1万2千人の
うち3月23日時点で1284人が17都道
府県の医療機関に転院した。
その後も数は増え、2000人にのぼる
とみられている。
(2011年4月17日付読売新聞)
複雑性への対応

医療支援に携わる医師向けのサービスとしてジェイマック
システムから「今日の治療薬」や「ジェネリっこ」などの電子
書籍の無償提供を実施したが、申込み動機に以下のよう
な声が寄せられた。
- 専門外の診療をしなくてはならず日頃処方しない領域の薬剤の
知識が必要とされる。
- 持参された薬剤の判別がしばしば困難で、特にジェネリック医薬 品で判別困難なことが多い。
- 支援先では、送られてきた薬剤に自分の病院では採用してい
ないものが多数ある。
- 薬剤を調べるにあたり書籍が必要となるが、重い本を持ち歩い
て診療に当たるのは現実的ではない。携帯端末ツールで電子
書籍を持ち歩けるのは非常に助かる。
もし、被災地においてもクラウド上のサービスにアクセスで
きる通信が確保されていれば、さらに多くのコンテンツにア
クセス可能となり、専門外領域においてもより的確な判断
が可能となると思われる。また拠点病院のスタッフや上級
医師に相談、後方支援をお願いすることも可能になる。
複雑性への対応
 ジェネリック医薬品については日常診療においてもその数が多すぎて混乱を生じている
が、このように医療そのものが複雑になり過ぎたことが非常時の医療の困難さを増してし
まう要因となっている。複雑になっているとすべての情報は頭の中に入り切らない。ジェ
ネリック医薬品については今後、呼称を商品名ではなく製品名に統一する、同系薬剤の
許認可数に制限を設けるなどの対策が講じられるべきと思うが、混乱した現状の解決に
はクラウドの有効活用を考えるべき。クラウドになれば、そこに到達できれば情報を得る
ことができる。避難所との通信が携帯電話などに限られている場面においては、後方で
支援するチームがクラウドのサービスを利用し、後方支援と前線とは携帯電話などで情
報をやり取りする形態が有効だろう。
 薬の添付文書は個々に製薬会社にアクセスするとあ
るが、すべてをまとめたところがない。これもクラウド上
で一本化すべき。
それを実現するためには
どのような問題、障壁があるのか?
なぜ「クラウド」なのか?
 例えば岩手県においては3つの自治体(陸前高田、大槌、山田)で医療機関がすべて流され
てしまった。どのような形で再建されるかわからないが、それまでは週替わりで医療スタッフ
が派遣されてくるなど医療側も患者側も流動的になるに違いない。
 医療スタッフが交代していく上で、対面しての申し送りは期待できない。医療機関の再建もま
ず仮設の診療所から始まり、例えばバラック建てのクリニックモールになり、そこから恒久的
な施設になっていくなど様々な段階を経ていくと思われる。また受診した患者さんも復旧に従
い自宅に帰るなどする。元のかかりつけ医との診療関係が戻るまでには長い道のりと様々な
過渡的対応が予想される。
 こうした流動性に対して、個々の患者に提供される医
療は一貫して高い質が維持されるべきである。クラウ
ドの仕組を活用することで、医療の質の維持は確保
できるものと期待している。
非常時を理由に継続性が担保できず医療の質が低
下したりばらついたりすることは避けなければならな
い。たとえ最高の施設は建てられなくとも、今できる
最高の医療を被災者の方々に提供したい。そのため
にこそクラウドの仕掛けが必要である。
なぜ「クラウド」なのか?
 継続性の観点から医療と司法を対比すると、
医療の世界では担当する医師が交代するこ
とはあまり意識されておらず、人的な申し送り
がad hocに行われている。
一方、司法においては転勤で裁判官が代わ
ることや控訴または上告して管轄の裁判所が
変わることが想定された制度づくりがなされ
ている。継続性を担保するためには、人的申
し送りではなく、情報が記録され、その記録が
引き継がれていくことが制度に組み込まれな
ければならない。
 医療において記録により継続性を担保するこ
とは本来法制度として作るべきかもしれない
が、データを整備し共有化して行く仕掛けは、
クラウド技術の登場により民間主導でやり始
めることができるのではないかと考えられる。
個人情報の秘匿より人の命が大切
というコンセンサス作り
 医療情報は医療システム全体のための情報であり、金融機関の預かるお金と同じで、医
療施設が閉鎖されれば他の医療機関に受け継がれる必要があるが、法律上は強調され
ていない。
 法律学的には寄託という考え方がある。大切なものは、自分で密かに保管するよりも、公
の場で信頼できる相手に預かってもらう方が安全である。
 ルール、マニュアルは、平時に元気な人によって作られる。そのため平時においてクレー
ムがつかない様に、あれはダメ、これはダメというルールになりがち。危難を忘れていない
今こそ、危難のときに役立つルールや仕掛けを作ってしまうべきである。
 危難の時には、すべての情報は必要なく、既往歴や投薬情報など必要最低限の情報が
あれば良いはず。
また、情報にアクセスする方法も標準化されたインターフェース、使い勝手にした方が良
い。データベースの部分が重要であり、データは例えばDICOMの様にタグ付けなどで標
準化されていて、どうやって利用するかは使い手、使う場所で選択できるべきである。
 利用時の認証については、例えば、銀行ではATMの認証はカードと暗証番号で許されて
いる。一般には3つの情報を使っての認証であれば安全と言われているので医療でもそ
の程度で十分と考えらえる。
 個人認証として指紋認証のメリットは多いが、日本では忌避感が強いかもしれない。
警察で指紋を取るのは本来、本人の同一性の確認が目的であり、犯罪性とは無関係。利
用するメリットが認識されてくれば普及する可能性はある。
どこでもMY病院
 JIRAのワーキンググループでは誰がその仕掛けを提供すべきか?という議論になって
いる。
 情報が誰のものか、という問題設定は法的には誤り。大事なのは受益者が誰か、また、
誤った使い方をされると被害を受ける人は誰か、ということ。医療情報で言えば患者と医
療システムということになる。
 情報について所有権は無い。手でつかむことができるもの、例えば不動産であれば所有
権は主張できるが、それと同じではない。個人情報保護法違反は、不法行為、つまり「私
に不都合が与えられた」という法律効果を招くだけであって、情報が「私のもの」だという
趣旨ではない。著作権など別途、法律で排他的権利が構成されていない限り情報は誰
のものでもない。
 日本では、国がやるべきという議論になりがちだが、誰がやるかという議論の前に、どう
なれば良いかというゴールと、ゴールに到達するまでに時間がかかると思われるから、ま
ず何をやるかを考える。
 データを提供することに対する抵抗感を下げていく方策を考える。また医療データを集め
て2次利用することによるメリットを考える。例えば、行われている医療が本当に正しいか
の評価、医療費が削減されることへの貢献、無駄を省き、適切な治療を行うためのアカ
デミックな活用など。
医療情報として求められる信頼性
 人の寿命が80年としてクラウドシステムがそれだけの期間、データを保障できるのかが不
安視される。
そのためにはクラウドの経営主体とデータの管理主体が分かれる必要がある。経営が破た
んした場合、経営主体の債権者がデータまで差し押さえてしまうことがないようにする、後
継者を裁判所が指定する、などの法的な整備が必要と考えらえる。信託の考え方が参考と
なり、弁護士会の研究会で検討が進められている。
 データセンターのレベル付けについても、金融機関はレベル7となっているのと同様に医療
情報もルールが必要。
 医療情報をクラウド化するにあたって国民総背番号が想定されるが、同様に管理されるべ
き情報として納税情報がある。納税は国を支えるための国民の義務である。自分の医療情
報を医療システムに提供することが医療システムを支える一番の方法と考えれば、納税と
医療情報の提供の類比は意味のあることと言える。
 税金は、出せる者は税金をだすが、出せ
ない者は出さなくても済むことがある。そ
れに対し、医療情報は病気の人も健康な
人も継続的に集める必要がある。医療情
報は国民が出し続けないと意味を持たな
くなる。その点で、税金より厳しい面があ
ると言える。
医療情報として求められる信頼性
 東北地方の医療は一から再構築できる機会と捉えられる。この際、IDの統一を実行して
もいいのではないだろうか。
統一IDの発行について国が担うべきという議論が当然あるが国がやるのを待っている必
要はない。国が実施するとなると法律が必要となる。明らかに需要があるとわかってい
ることは国を待つより民間主導で始めていくべきだろう。携帯電話やIPアドレスなどが好
例である。
 民間主導では、複数の事業者が参入したときの相互運用性をあらかじめ考えておく必要
がある。
相互運用に際して、個人を特定する情報として名前と生年月日では不十分だが、卒業し
た学校と卒業年度を複数利用すると非常に精度が高まる。卒業した学校については、外
部に記録が残されているので信頼性が高い。
 データがどこに置かれるべきかについては、
情報の性質により求められる機密性と可用
性のトレードオフから考える必要がある。具
体的には、一般的な健康情報は、不正に見
られてしまうリスクよりなくなってしまうリスク
を重視すると、国外に置くメリットが高い。反
対に、企業の経営情報などは見られてしまう
くらいならなくなってしまった方がベターなの
で国内に配置すべきと考えられる。
コストは誰が負担するのか?
 例えば銀行のATMと同様に利用料でカバーすることが考えられる。
 ただし、銀行は利用者からお金が集まる事に価値があるので、システムに莫大な費
用をかけられる。つまり収集した医療情報の2次利用から収益をあげられると良い。
アメリカでは製薬会社への情報提供により収益を得ているが、これは問題が多い。過
去の医療データにアクセスできることで初診料を削減する、などは検討の余地がある
と考えられる。
まとめ
~災害時における医療クラウドの活用の提言~
 未曾有の震災被害からの復興に際して、災害対策の抜本的な見直しが必要となっている。
 災害に強い街づくり、災害に強い産業構造と同様に、災害に強い医療基盤の構築が求めら
ている。
 甚大な被害を受けた東北地方にこそ、早急に理想的な基盤つくりが実現されるべきである。
 災害に強い医療基盤としてクラウドの活用が議論されなくてはならない。
 災害に強いインフラ整備は復旧の後ではなく、復旧の過程において、同時進行的に構想、
実現されていかねばならない。
 今こそ、職種、業種、組織の壁を越えて、理想的な基盤つくりを目指したプロジェクトを発足
させるべきであろう。
株式会社ジェイマックシステムは被災地医療に従事される電子書籍サイト「M2PLUS」ユーザ様に対し、
「今日の治療薬2011年版」その他のコンテンツの無償提供による支援を行っています。
被災地及び被災地支援のユーザ様からの情報、ご意見を基に「災害に強い医療基盤」の実現に向けた
活動を展開して参ります。
経過については逐次、株式会社ジェイマックシステムのホームページ(http://www.j-mac.co.jp)にてご報告
します。また放射線診療に従事される皆様方からの忌憚ないご意見も是非、お寄せ頂きたいと存じます。
([email protected])
緊急討論会
「医療クラウドの理想的な活用~東日本大震災から考える~」に寄せて
北海道大学大学院保健科学研究院 医学部保健学科
小笠原 克彦 教授
「討論会の論旨について概ね同感であるが、以下を指摘しておきたい。」
健康情報と財産情報を直接比較することはできないが、銀行の預金に関しては、従来から貯金
通帳と印鑑を中心に運用してきた。健康情報の管理に関 しても、これらと同等の運用でも問題な
いと思う。結局のところ、普及に関しては、患者側の情報漏洩に対する心理的なバリアーよりも、
情報の2次利用に関する恐怖やシステム導入のコスト負担などの医療機関側のバリアーの方が
高い。医療機関の意識変革が必要であろう。
「クラウド」と言っても、情報の共有化を進める上でのひとつの技術に過ぎない。近い将来、「クラ
ウド」の次に新しい技術が出てくるであろう。情報の継続性の観点から、将来の新しい技術に対し
てもどのように運用形態をかえないで情報を繋いでいくのかの視点が必要であろう。
緊急討論会
「医療クラウドの理想的な活用~東日本大震災から考える~」に寄せて
北海道情報大学 経営情報学部医療情報学科
上杉 正人 教授
今回の大震災で多くの人の命とともに、医療施設がおおきなダメージを受けた。これにより被災者の多くの医療情報が失われた
ことは討論会で示されている。千年に一度の大災害と報じられているが、我々の経験したことがない数千年に一度の大災害が
明日起きるかもしれない。我々は今回の経験をもとにより大きな災害にも対応できるような社会を構築しなければならない。
今回の震災による津波で貴重な医療情報が流され、過去の履歴が失われて被災者の処方にも困難をともなっている。こうした
医療情報のバックアップとしてクラウドへの期待が高まっている。それはクラウドのデータセンターが甚大な災害にも耐えられる
ように設計され、また情報も複数のデータセンターに分散管理され、たとえ一部のデータセンターが被災して機能しなくてもデー
タは失われることはないと言われている。
しかし、今回の震災でも通信回線の寸断や不通状態によりデータにアクセスできなくなることは十分に予想され、医療施設が診
療を継続するためには直近の医療情報を自院に保管管理し、運用するシステムであるオンプレミスなシステムが必要である。す
べてのデータとアプリケーションがクラウドの中に存在する場合、回線の不通により利用不能になり診療に重大な問題が発生す
る。もし、このようなシステムを利用するのであれば衛星通信回線などの緊急用通信回線の準備が必要である。
今回のような広域被災において住民の避難が広い地域に分散することは免れない。従って医療情報も広域に利用可能な医療
クラウドの期待が増す。しかし、もし医療クラウドが整っていたとしても、受け入れる医療施設が多くの避難住民を診療するには
困難が伴うと考える。例えば、慢性疾患を患う高齢者の長期間のカルテを医療クラウド内に見つけたとしても、それをすべて読ん
で診療にあたるには時間的に難しい様に思われる。クラウドの中に情報があるから診療が出来るというものではないだろう。さら
にこれまで被災者が受診していた医療施設で使われている略語や独自の言い回しなどを理解しながら診療を進めるのは難しい
だろう。緊急時に受け入れる医師側も必ずしも得意とする分野ではない診療もあり、このような状況の中で正しく情報を理解しな
がら診療を進めることは極めて困難なことである。
このように考えると、医療クラウドが単に医療情報の蓄積、バックアップとしての機能だけでなく、患者の病歴情報をサマライズし
て医療者に提供できる機能や略語や言い回しを標準的用語に読み替えるが機能が必要である。
医療クラウドは震災のような大災害時にも、診療を継続するために医療をサポートするが、膨大な医療情報をそのままクラウド
内に保存するだけでは緊急時の際の円滑な運用は期待できない。最適な情報を適時医療者に提供できてはじめて現実的な医
療支援ができると考える。
個人情報保護法とは
だれもが安心してIT社会の便益を享受するための制度的基盤として、平成15年5月に成立し、
公布され、17年4月に全面施行されました。
この法律は、個人情報の有用性に配慮しながら、個人の権利利益を保護することを
目的として、民間事業者の皆様が、個人情報を取り扱う上でのルールを定めています。
(消費者庁のホームページ http://www.caa.go.jp/seikatsu/kojin/index.html より)
個人情報保護法は、もちろん、国内で国民の個人情報を保護するという重要な目的を担ってい
ますが、それだけではなく、重要な産業上の目的が背景にあります。2002年にEU指令
2002/58/EC「個人情報の処理と電子通信部門におけるプライバシーの保護に関する欧州議会
及び理事会(2002年7月12日)の指令」が出されました。そして、これに基づく法律が、EU各国で
制定されました。EU各国の国境を越えて自由に情報処理に関する取引がなされるためには、
各国の個人情報保護の水準をそろえなければならない(もちろん、低い方に引き下げるというこ
とはありえないから、より高いほうにそろえていくことになる)、という事情がこの指令の背景にあ
ります。
そうなると、今度は、日本がEUの個人情報保護の水準よりもずっと低い程度の個人情報保護し
かしていないと、EU各国との情報処理取引から閉めだされることになりかねません。そこで、日
本も、個人情報保護の水準が十分に高いことを明確にするような法律が必要であるわけです。
このことからもわかる通り、個人情報保護とは、「個人情報を大事に箪笥の奥にしまっておく」た
めにあるのではなく、安心して個人情報のやりとりをするためになされることなのです。日本に
おける個人情報保護の実務が、省庁や企業の中でマニュアル化される段階で、「個人情報の安
全な流通」(まさに「だれもが安心してIT社会の便益を享受するため!」)という本
来の目的が忘れられ、「大事にしまっておく」ということが強調されがちであることは、個人情報
保護法の本来の目的に反するものです。
(九州大学大学院法学研究院 寺本振透 教授 より)
米国HIPPA法について
米国HIPPA法(1996年成立)について、日本では、患者の個人情報をひたすら秘匿することを
求めるものだというイメージがあるかもしれません。しかしながら、それは大きな誤解で
す。HIPPAとは “Health Insurance Portability and Accountability Act” の略称で
す。”Portability!” という言葉に注目してください。患者の健康は、そして、医療費の削減は、
患者が過去に利用した医療機関から、現在利用する医療機関へ、あるいは将来利用するこ
とが見込まれる医療機関へと医療保障が横展開できる(Portable)ようになっていなければ、
とうてい、達成することができません。そのためには、医療情報もまた横展開できる
(Portable)必要があります。しかし、医療機関によって個人情報保護の水準がまちまちで
あったり、あるいは、どこまで個人情報保護の水準を高めればよいのかわからなかったりす
るとどうなるでしょうか?医療機関は、患者に損害を及ぼすことをおそれ、別の医療機関に医
療情報を提供することを躊躇することになってしまいます。そこで、医療保障のPortabilityの
ために必須の医療情報のPortabilityを保障するために、患者の個人情報の保護水準を明ら
かにし、いずれの医療機関もがそれに従って十分な個人情報保護を達成するように義務付
けるという役割を、HIPPA法が担っているのです。ここでも、EU指令や、個人情報保護法と同
様の、個人情報が「安全」に「流通」することが国民の利益に適うのだ、という考えが現れてい
ます。
(九州大学大学院法学研究院 寺本振透 教授 より)