' Title Author(s) Citation Issue Date URL ' ヘパトゾーン感染症 : 原虫病シリーズ2 猪熊, 壽 Small Animal Clinic(146): 4-9 2006-12 http://ir.obihiro.ac.jp/dspace/handle/10322/1048 Rights 帯広畜産大学学術情報リポジトリOAK:Obihiro university Archives of Knowledge Small Animal Clinic No.146 原虫病シリーズ ……… ` ヘパトゾーン感染症 ポロゴニーを非脊椎動物体内で行うライフサイクル を特徴としている。ヘパトゾーン原虫が感染する脊 猪熊 壽 椎動物としては、哺乳類のほか、鳥類、爬虫類、両生 いのくま ひさし 類などが知られている[23] 。これらの中で小動物に病 帯広畜産大学畜産学部獣医学科 臨床獣医学講座 家畜内科分野 原性を示すものとしては、北米に分布するHepatozoon 〒080-8555 帯広市稲田町西2線11 TEL/FAX 0155-49-5370 [email protected] americanum および他の地域‐ヨーロッパ、アフリカ、 中東、アジアに分布するHepatozoon canis が犬科動物 のマダニ媒介性原虫感染症として重要である。 図1に犬ヘパトゾーンの生活環を示す。感染はまず感 染マダニを犬が経口的に摂取することによって始まる。 1.病原体と生活環 感染マダニが犬に飲み込まれると、スポロゾイトは犬 [4, 12, 23, 26] の腸管内でマダニから放出され、小腸壁を通過して体 内に侵入し、血行性またはリンパ行性に拡散される。 ヘパトゾーンは胞子虫綱に属する原虫で、メロゴ スポロゾイトは脾、肝、筋肉、肺および骨髄の単核食 ニーおよびガメトゴニーを脊椎動物体内で、またス 【図1】ヘパトゾーンの生活環 4 ヘパトゾーン感染症 細胞と内皮細胞に感染し、無性生殖によりシストを形 成する。さらにシストから放出されたメロゾイトは、 再び組織内でシストを形成するか、あるいは白血球 (好中球および単球)に感染してガメトサイト(配偶体、 ガモント)に発達する(図2) 。末梢血白血球に感染し たガモントは、マダニの吸血とともにダニ体内に侵入 し、有性生殖を行う(接合) 。接合した虫体は運動性の あるオーキネートに変化し、マダニの血体腔へ移動し てオーシストを形成する。オーシストの中には感染力 のあるスポロゾイトが含まれている。 【図2】日本の犬の末梢血中に認められたヘパトゾーン ガメトサイト (バフィーコート塗抹標本のギムザ染色) 2.疫学 H. americanum のベクターは Amblyomma americanum であり、 疾病の発生分布は北米に限局され ている[4, 25] 。ただし実験的には マダニ属マダニ( Ixodes s p p . ) もH. americanum を媒介すること ができるという報告もあるため、 実際のベクターにはもっと幅があ るかもしれない[3] 。いっぽうH. canis のベクターはクリイロコイタ 【図3】日本のヘパトゾーン感染症の犬(発症犬)から分離したヘパトゾー ン原虫18S rRNA 遺伝子配列の既知種との比較。 アメリカのH. americanumよりも、イスラエルのH. canisと近縁である。 マダニとされており、日本を含む 世界中の熱帯から亜熱帯を中心に 分布している。我が国でも西日本 を中心に犬科動物のヘパトゾーン 感染症が報告されているが [11,14,15]、犬に感染した日本のヘ パトゾーン原虫の遺伝子解析の結 果、中近東のHepatozoon canis と 近縁であることが明らかとなった [7] (図3) 。しかし日本において は、クリイロコイタマダニは沖縄 県以外では犬の優勢種ではないた め、どのマダニが日本のヘパトゾ ーンのベクターになっているのか 不明である。ただし、フタトゲチ マダニおよびキチマダニの血体腔 【図4】 5 Small Animal Clinic No.146 【表1】犬のヘパトゾーン症の比較 【表2】初診時の血液および血液生化学検査所見 【図5】ヘパトゾーン感染症症例 【図6】ヘパトゾーン感染症症例 大腿から陰嚢の腫脹 起立不能で、後肢の腫脹が認められる からヘパトゾーンのオーシストが検出されており、こ がみられる。慨して H. americanum のほうが H. canis れらの普通種が我が国のヘパトゾーン媒介者である可 より病原性が強い(表1) 。 病原性の強い H. americanumでは、発熱、体重減少、 能性が示唆されている[17] 。またマダニ摂取による感 染経路のほかに、母犬からの垂直感染経路も報告され 食欲不振、貧血、抑鬱、眼鼻の分泌物および血様下痢 ている[15] 。 が多くの犬で起こる[4,8,21,25,26]。眼と鼻の分泌物は 日本では犬のほかに、キタキツネ、テン、ニホンツ 粘液性ないし化膿性である。慢性筋炎と骨膜性骨増殖 キノワグマなどの野生動物でヘパトゾーン感染が報告 が、頭蓋以外の骨で起こることがあり、レントゲン検 されている[10,24,27]。 査で骨膜増殖を確認できることがある。全身の筋肉痛 のため運動を嫌がり、起立不能、筋肉の萎縮がみられ る。症例のほとんどはマダニの活動期に一致して4∼10 3.症状 月の時期に発症する。しかし末梢血中のガメトサイト 検出率は低いといわれている。血液検査では著明な白 ヘパトゾーンが感染した動物では、シゾントから 血球増多症(>20,000/μL)および非再生性貧血が認め メロゾイトが放出される際の組織破壊に起因した化 られる。 いっぽうH. canis 感染では末梢血中にガメトサイト 膿性肉芽腫性炎が生じて、発熱、疼痛等の臨床症状 6 ヘパトゾーン感染症 4.診断 H. americanumまたは一部の H. canis 感染により臨床 症状を示すものでは、痛みを示す病気、椎間板疾患や 筋炎との鑑別が必要となる[1,4,8,18,26]。たとえば後 躯麻痺を呈する症例の場合には、鑑別診断として、外 科的脊髄疾患(外傷、椎間板ヘルニア、変形性脊椎症な ど) 、先天性異常(二分脊椎症など) 、腫瘍、感染性疾患 (ジステンパー、ネオスポーラ、ヘパトゾーンなど)を 考える必要がある。近年国内でのヘパトゾーン感染症 発生報告は減少しているが、鑑別診断リストの片隅に は載せておきたい疾病である。 H. canis 感染では大部分の感染犬は臨床症状を示さな いため、血液検査の際、末梢血液塗抹上にガメトサイ トが偶発的に検出されることにより感染が明らかとな 【図7】ヘパトゾーン感染症症例の上腕骨X線検査 により認められた骨新生所見 る。まずはギムザ染色した末梢血液塗抹上の好中球ま たは単球中にガメトサイトを確認することで感染が明 らかになる。ヘパトゾーン感染を疑う際には、バフィ が出現することが多いが、ほとんどの症例は不顕性で ーコートの塗抹標本を観察すると検出効率が良い。ま 臨床症状を示さない。ガメトサイトの出現には季節変 た白血球中のガメトサイトは、カプセル状の厚い膜に 動があり、日本では春から秋にかけて出現することが 包まれているため、多少濃く調整した染色液で通常よ 確認されている[16] 。なお、臨床症状が出現した場合 り長い時間染色するとガメトサイトがよく染まり観察 には、主として発熱、粘膜蒼白、体重減少がみられる が容易になるが、クイック染色でも鑑別は可能である。 が、ほかに眼と鼻の分泌物、知覚過敏、後肢虚弱、点 ヘパトゾーン感染では、筋生検切片中にシストを検出 状出血、鼻出血などが報告されている[1] 。 することでも確定診断が行われるが、検出されなくて も必ずしも本症は否定されない[20] 。 日本でも強い病原性を示した症例がいくつか報告さ れているが[14,15] 、次にその1例を示す。症例は年齢 他の臨床病理学的所見として、好中球増多症、左方 1才9ヵ月、雄のビーグルで、食欲低下および後躯麻 移動、再生性貧血、低アルブミン血症、アルカリホス 痺を主訴に山口大学付属家畜病院に来院した。身体検 ファターゼとクレアチニンキナーゼの上昇がみられる 査では後躯の浮腫が著明で、起立不能状態であり、後 ことがある。 肢に麻痺が認められた(図5, 6)。前肢の神経学的検査 末梢血中のガメトサイトを抗原とした間接蛍光抗体 は正常であったが、触診により上腕から前腕部にかけ 法により、抗体の存在を証明することもできる[22] て疼痛が認められた。血液検査では非再生性貧血およ (図8) 。山口大学付属家畜病院に来院した山口県および び白血球増多が認められ、全白血球の11%にガメトサ 近県の犬430頭のヘパトゾーン抗体保有状況を調査した イトが観察された。また血液生化学検査ではCPKお ところ、18頭(4.2%)が20倍以上の力価でガメトサイト よびC反応性蛋白(CRP)値の上昇が認められた(表 抗原と反応を示した。これら18頭はとくにヘパトゾー 2)。レントゲン検査で上腕骨に骨膜増殖が確認され ン感染症を疑わせる所見を示さなかったが、すべて屋 た(図7)。以上の所見から、本症例ではヘパトゾー 外で飼育される犬であった[6]。ガメトサイト抗原ある ン感染症が最も強く疑われた。 いはスポロゾイト抗原を利用したELISA系も開発 7 Small Animal Clinic No.146 【図9】バベシアとヘパトゾーンを同時に検出するPCR系 【図8】蛍光抗体法 陽性犬の血清はガメトサイト膜表面と反応して蛍 光を発する。 M:マーカー、B:バベシア陽性コントロール(Babesia canis) 、 H:ヘパトゾーン陽性コントロール(Hepatozoon canis)、数字は検体番号、 N:陰性コントロール。検体No.44とNo.55はバベシア感染、No.8とNo.15は ヘパトゾーン感染、またNo.78は混合感染である。 されており、大規模な疫学調査への応用が期待されて 失するまで14日毎に投与する。抗バベシア薬として いる[5,13]。実験感染によると抗ヘパトゾーン抗体は 用いられるジミナゼン(3.5 mg/kg筋肉内1回)も使 感染後1から4週間で出現し、7から9週でピークを 用されるが、有効性は不確実である。そのほかテトラ 迎え、少なくとも7ヵ月は持続することが報告されてい サイクリン(22 mg/kg経口q8h)などの抗生物質を る[5] 。 組み合わせた治療法も報告されている。病原性の強 分子生物学的方法を利用したヘパトゾーン原虫の検 い H. americanumに対し、トリメトプリム−スルファ 出法も開発されている。ヘパトゾーン18S rRNA遺伝子 ジアジン(15 mg/kg経口q12h)、ピリメタミン(0.25 を標的としたポリメラーゼチェーン反応(PCR)によ mg/kg経口q24h)およびクリンダマイシン(10 mg/kg り、組織または血液中の原虫を高感度に検出すること 経口q8h)の併用(14日間)は、感染動物の生存期間の ができる。またPCRによりH. americanumとH. canis 延長と生活の質の改善に有効である[9]。また併用療 の鑑別も可能である[2,12] 。さらに近年犬のバベシア 法後に抗コクシジウム剤であるデコキネート(10-20 とヘパトゾーンの18S rRNA遺伝子を同時に検出可能な mg/kg, q12h)を長期的に経口投与することによってよ PCR系が開発されて、アフリカでの疫学調査に応用 り効果は安定するとされている[9]。しかし治療を行っ されている[19] 。この方法では、PCR産物の違いに ても、臨床症状が継続することが多く、また反応した より、バベシアとヘパトゾーンが鑑別できる(図9)。 としても再発が起こりやすい。 マダニがコントロールされていないアフリカ・スーダ 非ステロイド性抗炎症薬の投与が感染犬の不快症状 ンの犬ではヘパトゾーン陽性率42.3%と非常に高い陽 を緩和する。ステロイドの投与も一時的には抗炎症作 性率を示した。 用が期待できるが、免疫抑制効果により最終的には臨 床症状が悪化する。 予防法はベクターであるマダニの寄生を避けるこ 5.治療と予防 とである。付着したマダニを速やかに取り除き、犬 [1,4,9,25] が感染マダニを経口的に摂取しないようにすること ヘパトゾーンの治療に対し、海外では抗原虫薬イミ も必要であり、マダニ駆除剤等の使用が有効である ドカルブが最もよく用いられてきた。イミドカルブ と思われる。 5 mg/kg、sc、1回または末梢血からガメトサイトが消 8 ヘパトゾーン感染症 強くないため、臨床的に遭遇する機会は多くないだ 6.おわりに ろうが、血液塗抹標本観察の際、偶発的に観察でき るかもしれない。また米国から多くの犬が輸入され ヘパトゾーン感染症は1980年代後半から90年代前 る状況の中で、病原性の強い H. americanum に感染 半にかけて西日本で散発的に発生があったが、最近 した個体が導入されるリスクは否定できない。ヘパト ではあまり報告を聞かなくなった疾病である。日本 ゾーン感染症は、日本においても鑑別診断リストに記 の犬感染性ヘパトゾーンは H.canis に近縁で病原性が 載しておくべき感染症のひとつと思われる。 …………………………………………………………………………………………………………………………………………… 【参考文献】 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 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