ベアドッグに狼犬を採用する

ベアドッグに狼犬を採用する
ベアドッグというのは、幼犬の頃よりクマ対策に特化して必要な教育・訓練を施された専門犬で、ヒグマ
の調査・パトロールから出没時の「追い払い」まで、クマ対策のほとんどすべての作業でクマの調査対策
員に同行し、対ヒグマの高感度センサーとして、あるいは威圧・追い払い急先鋒として働く相棒犬のこと
だ。猟犬と異なりクマ対策は人里・市街地・キャンプ場周辺などでおこなわれるため、単にヒグマに対して
用心深く勇敢なだけではなく、実力と自信に裏打ちされた技術・冷静さを保ってハンドラーのコマンド(指
示)が利き、なおかつ平常時は人や犬に対して(場合によっては牛や馬・羊などの家畜に対して)親和性
と非攻撃性を備えていなくてはならない。
ベアドッグがクマを相手にする犬という一点で考えれば、獣猟犬のうち特にクマ猟のために作出・洗練
されてきたクマ犬(ベアハウンド)を流用する方向が考えられ、また一方、人と密に連携して困難な作業を
おこなうな使役犬という一点で考えれば、史上最強の使役犬ともいわれるジャーマンシェパードを候補か
らはずせない。もともと牧羊犬だったジャーマンシェパードは現代では間違いなく最も優れた作業犬の一
つであり、軍用犬、警察犬、災害救助犬、麻薬探知犬など、特に人間社会の様々な分野で高度な作業
を担わされている。
獣猟犬ベースでは人との連携を密にした繊細なやりとりの作業が弱点となる可能性があり、ジャーマン
シェパードでは山林での野生動物対策犬としての資質に欠ける面が露呈する可能性がある。そこで、も
ともとの猟犬ベースに人為淘汰(適者生存)の恣意的ブリーディングを続けて人との繊細なコミュニケー
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ションのもと困難な共同作業を密にできる獣猟犬ラインをつくるか、あるいは対クマ作業に適した気質と
運動能力に特化したジャーマンシェパードのラインをつくるか、まずその二つの方法が考えられる。これ
は種内の目的に沿った人為的な淘汰・交配なので単純なBreedである。
さらに、最適な犬をつくる方法論がある。優れたクマ犬またはジャーマンシェパードに、それぞれに適
した犬を掛け合わせて新しいブリーディングラインをつくる方法だ。この方法はプロフェッショナルなドッグ
スレッド(犬ゾリのプロ)の世界ではアラスカンマラミュート、レーシングハスキーに対して用いられ、極めて
過酷なアイディタロッドやユーコンクエストでも成功する例が幾つもある。この犬種を越えた亜種間の交配
はCrossBreed(あるいはHybrid)といわれ、サラブレッドやイヌのほかあらゆる家畜関係で目的に合致する
個体をつくるための効果的かつ比較的普通の方法として古くから用いられている。
獣猟犬ベースか牧羊犬ベースか。犬種内の改善か犬種を越えた改善か。後者は工業製品のマイナー
チェンジとモデルチェンジの違いに似るが、これらの組み合わせで考えられる4つの方法のうち、どれが
最適な方法か、あるいはどの方法にどんな利点と弱点があるかなどは、理屈の上ではいろいろ想定でき
るが、実際はやってみないとわからない。ベアドッグという概念自体が新しいため、それに最適な犬も、そ
の訓練も、実地の追い払いメソッドも、注意深く試行錯誤を重ねて見出していくしかない。
ジャーマンシェパードの前身―――護羊犬
ジャーマンシェパードの流れである牧畜関係の作業犬・ハーディングドッグ(牧羊犬)について少し考え
てみよう。
FCI(Fédération Cynologique Internationale/国際畜犬連盟)におけるハーディンググループの語源
は「Herd(集める)」で家畜をまとめて管理するという意味だが、もともとのハーディングドッグは、家畜の群
れをまとめる交通整理的な作業(Herd)に加え、放牧地に現れ家畜の群れを脅かすオオカミやクマそして
人間(泥棒)から羊や牛を守る(Guard)ことが任務だったため、防衛本能・警戒心・自立心が強く、闘争心
・戦闘力・威嚇力・粘り強さも十分持ち合わせていた。そうでなければ自発的にオオカミの群れやヒグマを
撃退し放牧地から遠ざけることはできなかったわけだ。このタイプの犬を「護羊犬」と呼ぶが、これに家畜
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の移動時の管理を含めたものを家畜追い犬(キャトルドッグ)という。これらの犬は、いわば用心棒でありガ
ードドッグである。
ところが、ヒトはクマやオオカミを駆逐しながら牧羊地を広げ経営の大規模化を果たしたため、これらの
用心棒タイプの犬は必要なくなり徐々に衰退した。それに代わって栄えたのがジャーマンシェパード、コ
リーなどの牧羊犬である。これらの犬は護羊犬・家畜追い犬から防衛本能・自立心・戦闘力・威嚇力・警
戒心などをを削ぎ落とし、人に従順で依存心の強いタイプに変えられた結果だ。すなわち、人からすれ
ば非常に訓練性能が高く服従訓練も入りやすくなり逐一指示によってコントロールしやすい犬となった。
その後、絶滅したオオカミやクマなど気にせず、広がった牧羊地を縦横無尽に走り回ることができれば身
体が大きい必要もなくなり、ボーダーコリーという現在アジリティーで大活躍する小ぶりの犬種も生まれ
た。これらの牧羊犬は、その発生起源からしても、同時に優れたコンパニオンドッグ(家庭犬)でもあるが、
使役犬の雄(ゆう)ジャーマンシェパードとアジリティーのスペシャリスト・ボーダーコリーが「護羊犬-牧羊
犬」の改良過程でできあがった点は注目に値する。人と連携しておこなう作業に関して、このラインが非
常に優れたやりとりの能力を持っているということだ。
ハーディングドッグ(FCI ハーディンググループ)牧畜関係の犬
護羊犬―――――家畜の管理+用心棒(ガードドッグ対オオカミ・クマ)
キャトルドッグ――家畜の管理+トランスポーター+用心棒(対オオカミ・クマ)
牧羊犬―――――家畜の管理・交通整理
・小型化・防衛本能・警戒心・自立心の縮小・コントロール性能高い・服従訓練容易
・ジャーマンシェパード、コリー、ボーダーコリーなど
ところがベアドッグというのは、家畜の交通整理ではなくあくまで用心棒タイプの犬である。時代の要求
で改良されたジャーマンシェパードよりは、まさにオオカミやクマという野生動物を遠ざける対策犬である
護羊犬・キャトルドッグが当てはまる。
その護羊犬だが、現在なおクマやオオカミの生息地周辺で本来のブリーディングが脈々と続いていれ
ばそれを用いる手がある。そして、もし必要なら、その犬をベースに新たな犬種を作る手もあるだろう。し
かし、護羊犬の犬種自体が既に世界では少なく、辛うじて残った犬も今やショードッグタイプと化している
ので本来の護羊犬としての気質が残されていない場合がほとんどのようだ。
その中でも、ヨーロッパ西部のエストレラ山地にポルトガル原産の古い犬カン・ダ・セーラ・ダ・エストレラ
(エストレラマウンテンドッグ/Estrela Mountain Dog)という生粋の護羊犬がある。優れたガードドッグで
軍用犬としてもブリーディングされ、現在なおオオカミの群れを相手に羊の護衛をしているらしい。「らし
い」というのは歯切れが悪いが、なかなか扱いが難しい犬種でほとんど原産国以外に輸出されておらず、
恐らく日本にも入ったことがないのではないか。それほどの犬なので、おいそれとベアドッグに使えるわけ
ではない。それに対し、ロットヴァイル地方でローマ時代からキャトルドッグとして最高のパフォーマンスを
見せたといわれるロットワイラーは、上述エストレラよりはるかに入手しやすい犬種だろう。ある本の犬種紹
介では「活力旺盛、防衛力抜群。鋼の筋肉と運動神経を持つ強い犬である。その反面、平和を好み、心
が広く、忠実で従順で仕事熱心。マルチ作業犬の長所は全て備えている。警察犬、盲導犬、救助犬、何
をさせても誠心誠意努める」とある。 (『世界の犬種図鑑』エーファ・マリア・クレーマー著) ロットワイラーはベアド
ッグとしても優れた犬のように思えるが、厳寒の地で冬期間にどう暮らさせるか、そこに若干の問題がある
ようにも思える。
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エストレラとロッティー。この2犬種に関しては、恐らく、そのままベアドッグとして流用可能だと思われ
る。2犬種の共通点は、仔犬の頃からしっかりと躾けないと手に負えない犬になるという点。狼犬同様、そ
のエネルギー・防衛本能・運動能力・知力を飼い主がしっかりコントロールしなければならず、敵に回せ
ば脅威だが味方につければ力強い存在とも表現できる犬だ。これは、ベアドッグに適した犬の根源的・
必然的な共通点でもあり、私自身は狼犬を誰でもきっちり扱えるとは思っていないし、キャリーハントはや
はりカレリアンベアハウンドを「必ずしも家庭犬には向かない」と明言しており、長野のNPOピッキオの田
中純平氏は「カレリア犬を飼育するのはとても難しい」「しつけるのは非常に困難」とウェブを通して伝えて
いる。
つまり、ベアドッグを考える時、どうしてその犬種や改良に頭を悩ませるかというと、通常日本で家庭犬
などとして出回っている犬では実際のクマの現場で不具合や不足・危険性が生じる可能性が高く、運動
能力・大きさ・気質などが一定レベル以上ベアドッグに向いている犬をまずあらゆる角度から精査して採
用し、クマ対策の専門家でありハンドラーでもある人間がその犬とやりとりをしてよく観察し、試行錯誤の
中で理解を深めて扱いに習熟し適応していく、という順序にならざるを得ないからだ。残念ながら、シェパ
ードやリトリーバー系の犬のようにヒトへの依存心が強く従順で訓練性能の高い犬は、ベアドッグ候補に
は見つからず、獣猟犬にせよ狼犬にせよ独特の躾や関係づくりの方法があるため、通常の犬の訓練士
が訓練を入れるという方法も単純には使えない。
※犬のBreed(マイナーチェンジ)に関して
護羊犬を改良してジャーマンシェパードやコリーができあがったように、犬のブリーディングでは人為
的淘汰で比較的すぐ犬種の特性が変化する。現在、世界でベアドッグとして用いられているカレリアンベ
アハウンド、アイヌ犬はもともとクマ犬だが、ショードッグ(家庭犬)タイプのブリーディングがそれぞれ主流
となってきたため、本来のクマを追って足止めする獣猟犬としての気質をほとんど失っている場合が多
く、現代ではベアドッグに向かない個体・ブリーディングラインが大半を占める。また、犬種というと体型・
体色から気質まで事細かにスタンダードが定められているのだが、実際は同じジャーマンシェパードでも
「訓練系」と「ショードッグ系」では気質・訓練性能・体格・運動能力などあらゆる点で同じ犬種とは思えな
いほど違う。したがって、今話していることは、正確にいえば「訓練系シェパード」「クマ撃ちベースのアイ
ヌ犬」という犬種の中でも本来のその犬種の特性を伸ばした特定のラインということになる。
ジャーマンシェパードから護羊犬へ戻す作業
牧羊犬から護羊犬への回帰を考える時、人との連携に優れたハーディングドッグのうちベルジアン・タ
ービュレンやマリノア、コリーも候補だろうし、私個人はダッチシープドッグという日本では非常にマイナー
な犬に興味があったが、現実的には、ブリーディングラインが多く安定性の点でやはりジャーマンシェパ
ードが優位だろう。つまり、犬種を越えたモデルチェンジCrossBreedを考える時、最強の使役犬・ジャー
マンシェパードにどんな犬を掛け合わせてヒグマ対策の用心棒タイプに最適化すればいいかという問題
に突き当たる。が、体格・運動性能・知力から遺伝子疾患の発生率までを考慮すれば、結局、犬の原型
であり自然界の合理性の元で進化してきたオオカミという結論に落ちざるを得ないわけだ。言葉が悪いが
軟弱でコントロールが容易になったシェパードに自立心や防衛本能を与えて用心棒に戻しつつ、運動能
力や知能を高める。その代わり躾や訓練が難しくなることを容認するという選択、つまり、ジャーマンシェ
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パードベースの狼犬である。その具象化は現在のリーダー犬・魁によっておこなわれた。魁の母親はオ
オカミではなくMid%の狼犬(血統など詳細不明)、父親はドイツ産の極めて優秀な訓練系ジャーマンシェ
パードであるが、ベアドッグとしては、人への親和性からクマへの対応能力まですべての点において予想
以上に良好な結果を示している。
すべてのイヌの原種であるタイリクオオカミ( Canis lupus)(左)とジャーマンシェパードCrossBreedの狼犬・魁(右)
この交配でのオオカミ由来の利点としては、大型化・高知能化・使える言語数の増加・運動能力の増
加・遺伝子疾患の減少・嗅覚聴覚の鋭敏化、などが挙げられる。狼犬は概して自立心が強いため、勝手
に動いてしまう可能性はあるが、必要なときに勝手に動いてくれる可能性もある。育て方を間違えると手
に負えない犬になるが、しっかり育てれば最良の相棒になり、クマにとって無視できない脅威ともなりう
る。
猟犬は山の中でヒグマを引き止める作業であり、失敗がまだ許される。しかし、ベアドッグは不特定
多数の人を背にヒグマを威圧し追い払うのが任務のため、失敗が許されない。そのためにある程度の大
型犬を選択し、コントロール性能を一定レベルで犠牲にする必要があるのではないか。犠牲にした犬の
性質はベアドッグハンドラーが理解を深め、自らもその犬種・ラインの扱いを上達させて補う方向。それが
最も合理的なスタンスであると私は結論した。
作業で扱う相手がヒトならば、むしろ逐一コマンドで動くジャーマンシェパードがいいが、ヒグマの生息
地ではハンドラー自身の五感がヒグマやイヌに比べて鈍感すぎて、そこで起きていることを確実に認識で
きない状況が多々ある。ベアドッグはすぐ先に潜むクマの息づかいや鼓動まで感知し、その心理状態ま
で把握しているかも知れないが、そのレベルの状況把握をハンドラーの私はほとんど出来ない。つまり、
的確なタイミングで的確なコマンドを出せない現実がある。
そこで、コマンドに従うように教えつつ、指示を待ち、指示を聞きさえすればいい犬ではなく、「自分で
考え判断する」という自律的な要素を含めて育成する方向が求められる。そのために、自らの仕事がクマ
をヒトやヒトの活動から遠ざけることであると、できるだけ早い段階から強く意識させ、毎年ヒグマが冬眠明
けする時期からそのモチベーションを維持するスタンスにならざるを得ない。また、ヒグマ生息地では私の
把握ミス・判断ミスも絡んで不測の事態が起きることが多々あり、それに対応する能力もベアドッグには要
求される。
数年前、「いこいの森」周辺で、攻撃性に偏った気質を疑ってあるクマをマークしていた。そのクマは電
気柵に阻まれるとイラついてトレイルカメラを攻撃して破壊し、あるいは同じデントコーン畑に入っている
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同年代のオス(4~5歳)に歩くのに難儀するほどの重傷を負わせたりした。どれも「いこいの森」の500m以
内の出来事だったので、私はその荒っぽいオス熊を、何の確認もせず放置することは出来なかった。
ある日の午後、読み通りその個体をデントコーン畑脇のササ薮から追い出して山の斜面に走らせたま
ではよかったが、その個体はそのまま一目散に斜面を駆け登って逃げなかった。斜面に平行に右往左
往する動きから一瞬静止し、その直後、私に向かって突進してきた。魁と凛は少し離れたクルマの中に入
れたままで、私はベアスプレーで迎撃するしかなく、立ち樹の後ろに回り込んでスプレーを腰から抜いた
が、いよいよクマが迫ったとき、一頭のイヌがそのクマに向かってまるで弾丸のように走るのを見た。1歳半
の凛だった。凛はそのままそのクマに突進をしかえしてクマの向きを変え、そのまま山の上のほうまで追っ
ていった。斜面の上で二頭の唸り声しか聞こえなかったが、しばらくしてクマの吠え声は遠ざかり、凛は涼
しい顔で帰って来た。
少し 開けた クル マの 窓か
ら凛は飛び降りてクマを撃退
する判断をした。魁は体厚
がありすぎてその隙間からど
うしても出られなかったらし
いが、ベアドッグとしての自
律的動きとはこのことだ。指
示を待つのではなく、自分
で 判 断 する 能力と 実 行力 。
訓練競 技のジャ ーマ ン シェ
パードならばこの凛の行動
は汚点でしかないが、クマ作
業 の ベ ア ドッ グで は肯 定 す
べき要素と私は考える。
じつは既成概念―――オオカミのCrossBreed
イヌの歴史はオオカミを人の好みに作り替える歴史だが、それはある意味、健康性と能力の低下の歴
史でもある。いったん固定化した犬種にオオカミの血を加えてその犬種の弊害・弱点を補おうとする試み
は、随分古くからなされておりその原型はローマ時代に既に見られるともいわれる。イヌがそもそもオオカ
ミの品種改良種なので、それはむしろ自然な考えともとれる。
特に近代以降の使役犬の世界で、その能力低下を補うためにジャーマンシェパードにすべてのイヌの
原種であるオオカミの血を入れるという考えも、じつはまったく目新しいものではない。FCIに現在認定さ
れている2種類の狼犬、サーロスウルフドッグ及びチェコスロバキアンウルフドッグは、まさに上述の考え
でシェパードにヨーロッパオオカミの血が入れられ軍用犬・警察犬をめざされたが、現在では家庭犬・ス
ポーツドッグとして成功している例だろう。
FCI認定直前の固定化が成功している狼犬も世界各地にあり、アメリカン・ツンドラ・シェパードはもとも
と軍用目的で作出されたものの、オオカミの臆病さとシェパードの服従心が強く出て、まったく威嚇や防
衛本能を持たない犬しかつくれず、軍用犬への利用は早期に断念され、現在は家庭犬として飼われて
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いる。また、イタリアの軍用・山岳救助などを担うルーポ・イタリアーノという狼犬もあるが、国外に出されず
ベールに包まれている。などなど。
FCI認定のサーロスウルフドッグ(左)とチェコスロバキアンウルフドッグ(中
央)、そして既にイタリアの林野庁と軍で実用化されているFCI未認定のル
ーポイタリアーノ(右):
同じシェパードベースの狼犬でも、毛色をはじめ外観的な差異もかなり現
れる。この3枚の写真では、中央が魁に酷似しており、左は凛・竜に似る。ノ
ースとレイア(故)は下述ロシアのラインに非常に似ているように思う。
また、軍事大国だったソビエト連邦時代よりロシアの軍用犬にもジャーマンシェパードベースの狼犬が
採用され卓越した能力を発揮し活躍していることは知られている。その狼犬はジャーマンシェパードのこ
なす作業をすべてこなし、さらに困難な作業をおこなうという。1999年、純血のオオカミとジャーマンシェ
パードを交配させた経験を持つヴャチェスラフ教授(professorVyacheslav)によれば、「この交配で生まれ
た狼犬は、頑健で滅多に病気をせず、聴力と嗅覚は他犬種と比べてもはるかに優れている。運動能力も
高く、例えば、普通の犬なら6~8時間が限界の追跡作業を、この狼犬は3日間連続して行うことが可能
で、これらの優れた能力に加え、高度な社会性をもちリーダーには絶対服従する。そのためトレーニング
も容易である」との評価がなされている。
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ちなみに、2008年に開催された北京オリンピックでは雲南省の警備に採用されたクンミング・ウルフドッ
グ(KunmingWolfdog)もまた、1950年代より作られ洗練されてきた狼犬のひとつである。
しかし、ヨーロッパやロシアにおける軍用犬・警察犬としての狼犬の取り組みは十分合理的で評価でき
るものの、恐らく、これらの狼犬の真骨頂は市街地における人間相手の作業ではない。対野生動物、そ
れも高知能で学習能力が高く強獣ともいわれるヒグマに対して最高のパフォーマンスを発揮すると考えら
れる。
狼犬をベアドッグとして導入するメリットとしては、大きさのほかに、群れの意識が強いことからハンドラ
ーおよびパートナー犬との連携が密におこなえること、あるいはヒート(繁殖期)がイヌと異なり年に一回で
あることなども含まれる。メスのヒート時には、そのメスが使えなくなるとともに、周辺のオスがメスに気をと
られ、ヒグマ対策の現場でも注意散漫で使い物にならなくなる可能性がある。したがって、ヒグマが冬眠
穴に籠もる冬期における狼犬の年一のヒートタイミングは実際の対ヒグマ作業上も理想的と言える。
少し余談になるが、軍用犬・警察犬・税関探知犬として既にチェチェン、ゲレンジーク、サマラ、ウラル
などの都市でその実力を証明している狼犬だが、「しっかりした関係性を築けられれば」という条件の元
ではあるが、一般家庭のコンパニオンドッグ(家庭犬)としてのブリーディングラインも非常に良好な結果を
出しつつある。ロシアのラジオ局「スプートニク」によれば、「ウルフドッグは、しつけがしやすく、主人のい
うことをよく聞く。またウルフドッグは、嗅覚が鋭く、スタミナと知性も持っている。シェパードの遺伝子のお
かげで、ウルフドッグは人間に従順だ」と報じられている。
(ソース: http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/news/2014_10_23/279104480/)
この写真を見る限り、私の印象ではかなりのHigh%の狼犬に見えるが、実際のオオカミの血の濃さは
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例のごとくまったくわからない。重要なことは、オオカミの血が入った狼犬が、「躾や訓練ができない」「獰
猛で危険である」という日本に出回っている風説その他が、ほとんど信頼できないということ。それを、ロシ
アの軍や警察、あるいは上の写真が証明しているということではなかろうか。
世界には犬種が800種ほどあり、そのうち半数弱の337種ほどがFCIに認定され「純粋犬種である」と一
応お墨付きをもらっているが、残りの犬種は雑種という扱いになるため、ここに挙げたツンドラシェパード
やルーポイタリアーノ、ロシアの軍用犬は、ほかの狼犬同様「雑種」という扱いになる。
もちろん、ロシアやイタリアという国がFCI非認定の狼犬を国の政策に登用しているからといって、それ
をもって不合理とも危険とも誤りとも私は思わない。
北米と長野で成功した獣猟犬の例―――カレリアンベアドッグ (カレリアンベアハウンド)
ベアドッグをつくるもう一つのルートが、獣猟犬由来のイヌを流用あるいは改善し仕立てていく方向だ
が、北米のWind River Bear Instituteのキャリーハント氏、そしてその流れをくむNPOピッキオの田中純
平氏が、この方向でトライし十分な成功を成し遂げていると思う。用いている犬種はカレリアンベアハウン
ド(カレリアンベアドッグ)。これは、カレリア地方でクマ猟に用いるために作出・ブリーディングを繰り返され
たイヌである。カレリア地方というのは、フィンランドとロシアの国境をまたぐ広大な森林地帯で、スウェー
デンも含めた歴史的にも重要なエリアだ。この寒冷な地域性もあり、カレリアンベアドッグの忍耐強さはう
かがえる。獣猟犬としての資質は優れるが、獣猟犬ならではのいろいろな性質からコンパニオンドッグ(家
庭犬)としては概して向かない。先述の「ベアドッグに適した犬の根源的な共通点」からすれば、この点は
ベアドッグとしてネガティブな要素ではない。
獣猟犬・クマ犬としての資質は、やはり強い防衛本
能・警戒心・自立心・闘争心などで、ハーディングドッ
グの護羊犬やロットワイラーと酷似しているが、FCIに
よる進化過程などからの分類では「第5グループ・原
始的な犬(立ち耳で鼻の尖ったスピッツ系)」に分類さ
れ、犬の中ではオオカミに近い犬として扱われてい
る。ベアドッグに適した犬の資質として、あまり人間本
位に品種改良が進んだ犬では向かないという現実が
あるのではないだろうか。
ただ、現在のヨーロッパではショードッグタイプのカ
(↑)カレリアンベアドッグ。北米におけるオンリーシュメソッド
(Wind River Bear Instituteウェブサイトより)
レリアンベアハウンドが人気を博しており、その系統
は、この犬の猟犬としての気質を削ぎ落とし家庭犬と
して成り立つようにブリーディングがおこなわれているので、現在のアイヌ犬同様、ベアドッグとしては必
ずしも向かない。つまり、もちろん個体差もあるので一概には言えないが、原則的に、ベアドッグに適した
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犬は家庭犬に向かず、家庭犬として最適化した犬はベアドッグには向かない、という事実があるように思
う。
日本の獣猟犬はどうか?
アイヌ・紀州・柴・甲斐等々、これらの日本犬はカレリアンベアドッグ同様「第5グループ」に属し優秀な
獣猟犬とされているが、これらの獣猟犬のうちクマを相手にするクマ犬であってもベアドッグに最適とは、
私自身は考えていない。先述した通り、これもまた誰かが試行錯誤して可能性を探究していくことがらで、
ダメであると決めつけるのは早計だろう。
ただ、クマ犬は、山でクマを追い激しく吠えついて、いわば「嫌がらせ」をすることでクマの足止めをす
ることがもともとの仕事である。クマが向き直りイヌを相手にして時間をかけている間にハンターが追いつ
き銃の射程に入れてクマを仕留める、というのが獣猟犬の基本的使い方だし、それを目的に作出され、
長年洗練されてきた経緯もある。だから、クマに対してクマ犬はあまり大きくないほうがいい。ハンターが
来るまで吠えつき嫌がらせを続けながら機敏に動き回らなくてはならず、威圧力・威嚇力がありすぎれ
ば、むしろ獲物を一目散に山奥へ追い払ってしまう。
成功しているカレリアンベアハウンドは獣猟犬ながら体高60㎝ほどあり大型犬の部類に入る。その気丈
な気質と相まって、吠えついて嫌がらせをする要素以上に威圧・威嚇要素が働いてクマを山へ追い払い
きることが可能だと思う。さらに大型の護羊犬・ロットワイラー・狼犬になると、クマの足止め効果はほぼな
くなり、威圧・威嚇で完全にクマを撃退し山方面に追い払うパタンとなると考えられる。
実際に、クマが渋々逃げたり、余裕で立ち去るだけでは追い払いは成功とは私は評価していない。「ケ
ツをまくって逃げる」状態で一目散に山へ全力で逃げ去らなくては、じつは追い払い効果も十分ではな
い。
補足)猟犬とベアドッグの追うクマに対する心理・動機の違い
猟犬のクマの追い方とベアドッグのそれは、根本的に異なる点があると感じる。ベアドッグは、もちろん
目の前のクマに対して緊張や用心をし、闘争心や勇気も発揮しているのだろうが、むしろ余裕を持ち楽し
んでクマをあしらいコントロールするような感じなのだ。つまり、遊びの延長としてクマを追い立てて山に逃
亡させる仕事がある。そのため、作業に慣れたベアドッグがいったんクマを斜面上方に追い払ったあとの
「戻り」は意外と早い(概ね5~15分)。延々獲物を追って帰ってこない猟犬、あるいは迷子になって行方
不明となる猟犬などとは完全に別物だと思う。私の地域では、過去15年間で放し飼いのオス犬のうち約
半数が行方不明になっており(飼い主はクマにやられたと話しているが眉唾)、あるいは、山で猟犬を救
助した経験を何度か持つが、少なくとも若犬期までの教育課程を修了したベアドッグが山で行方不明で
戻らなかったという事例は一つもない。
また、狼犬はまず猟犬と異なり「吠えつく」という行動パタンを持たないため「嫌がらせ」要素が乏しい
が、そのぶん、威圧要素が働いているように現場の観察からは思われる。ベアドッグに追われて対峙した
クマ側から言えば、「怒っている」「うざったがっている」「興奮している」というより、「切迫している」「やばさ
を感じている」と表現するのが適切だ。そのため、若いクマならベアドッグに追われて樹の上に登り、失禁
・脱糞をする状態になることもたびたびある。猟犬に追われたクマが失禁・脱糞をしたという話は、私はこ
れまで聞いたことがない。
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対ヒグマ・ベアドッグの適正サイズは?
野生動物は相手の数と大きさを十分認識でき、そこから行動の判断をする。都会のカラスでも、繁殖期
にでさえ攻撃するのは通学途中の小学生や買い物帰りの奥さんで、成人男性を攻撃することは非常に
稀である。あるいは、オオカミが戦後などで人を襲うように学習変化した際、やはり襲われるのは女子供
である。(オオカミはヒグマ同様、本来的に人を獲物として襲う動物とは考えられないが、人が起こす幾多
の戦争で人の死骸が無尽蔵に散乱したり、疫病(伝染病)の蔓延で死体を十分処理できなくなったりする
と、ほとんどの肉食野生動物はそれを食べるように意識が徐々につくられる。オオカミの一部に、人が食
糧・獲物であると認識し、死肉のみならず生きた人を襲う個体が出ても不思議ではない)また、4人以上で
集って行動している人をヒグマが襲う事例が世界的に稀なことを考えても、ヒグマの追い払いでは追い払
う側の数と大きさが影響すると考えられる。
では、対ヒグマのベアドッグの適正なサイズはということになるが、結論をいえば、非常にバランスのと
れたロットワイラー前後10㎝。つまり68㎝±10㎝というところだろう。およそ「大型犬」の部類に入る。オス
のカレリアンベアドッグで体高60㎝。ジャーマンシェパードでそれより少し高い。先述の現在FCI認定の狼
犬チェコスロバキアンウルフドッグで70㎝、サーロスウルフドッグで75㎝である。80㎝を越えるアイリッシュ
ウルフハウンド、ボルゾイなどのサイトハウンド(オオカミ狩り用の犬)に関しては、北海道の植生では、機
敏な動きにもしかしたら支障をきたすかも知れないし、狼犬でもオオカミ率が高く体高80センチを越える
大型個体は訓練競技会で優勝するジャーマンシェパード並にしつけ・訓練が行き届いていない限り扱い
が困難だろう。肩幅や胸板がしっかりし運動能力の高い犬種となると、上述の68㎝前後という数字を言わ
ざるを得ない。カレリアンベアドッグがヒグマ(ブラウンベア)対策に不十分でないことは北米でもおよそ立
証されている。が、最適かどうかは証明されていない。ベアドッグに適した犬種の考察は別途おこなう。
【参考データ】
サイトハウンド:アイリッシュウルフハウンド86㎝、ディアー
ハウンド76㎝ボルゾイ82㎝、
ウルフドッグ:チェコスロバキアンウルフドッグ70㎝サーロス
ウルフドッグ75㎝、
キャトルドッグ:ロットワイラー68㎝(ガードドッグ)、
護羊犬:カオ・ダ・セラ・ダ・エストレラ72㎝、
ノルディック・ハンティングドッグ:ノルウェジアンエルクハウ
ンド、カレリアンベアハウンド、ライカ60㎝、
品種改良ベースの牧羊犬:ダッチシープドッグ62㎝、ジャ
ーマンシェパード62㎝
ベルジアンシェパード62㎝
ー61㎝
日本犬:紀州犬・甲斐犬・アイヌ犬52㎝秋田犬66㎝
マラミュート63㎝
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コリ
社会化と逃避行動(仔犬期)
野生動物は危険を学んで警戒するのではなく、もともと警戒心が様々な心理に勝っている。いわゆる
「逃走行動」というのが生まれて数週間で現れるが、原則的に、はじめて嗅ぐにおい、見るもの、聞く音に
対して逃走する。特に異種の動物に対して敏感に逃走行動を示すが、人工物に対して特別な警戒を示
す場合もある。
仔犬の社会化は、前提として逃走行動が解消することが必要で、むやみに逃げなくなった状態から、
はじめて慣化・社会化は起きる。ここでの重要なパラメータは好奇心と警戒心であるが、馴れによって両
者とも下がり、安心した状態でいろいろな社会化がなされていくことになる。通常、イヌは好奇心が勝り、
オオカミやキツネは警戒心が勝る。この点からいうと、ベアドッグの資質的には好奇心と警戒心がせめぎ
合うあたりが最も好ましい気がする。
実際は、日本では他の犬に対しての社会化とヒトに対しての社会化が欠かせない。暮らすエリアによっ
ては、家畜のウマやウシ・羊などに対する社会化が必要になる場合もある。
仔犬の社会化の適期は4~15週とされるが、オオカミのそれははるかに短く最大で生後2か月程度ま
でと考えられている(Ziemen)。狼犬はその中間帯と考えられ、生後1~2ヵ月までに十分ヒトといい関係を
もって育てられると、ヒトへの社会化はスムーズにおこなわれる。その時期を仮に逃しても不可能ではな
いだろうが、根気と時間が指数関数的に大きくなるだろう。
ただし、後述するように、ヒトへの社会化が順調におこなわれても、性的成熟に伴い問題が生じる場合
がある。子供の頃にヒトに馴らしたオオカミや狼犬が、のちにヒトに対して優位を主張して攻撃的になり手
がつけられなくなる例は世界各国で希に見られる。それは、オオカミがヒトを同族と認識し、オオカミのや
り方で接してくるからなのだが、その場合の傾向は、「ある日突然」という共通の言葉に現れる。「ある日突
然、言うことを聞かなくなった。ヒトを噛んだ」と。まさにアルファ・シンドロームの傾向だが、私に言わせれ
ば、そんなことはあり得ない。彼らの発するサインを見落としていただけなのだ。
では、そういう問題を回避するにはどうしたらいいか。じつは、ヒトや他犬に社会化させたあと、いわばメ
ンテナンスが必要になってくる。そこには日頃のスキンシップを伴った犬とのやりとりも必要だろうし、「叱り
つけ」も重要な要素となる。さらに重要な作業が訓練競技でいう服従訓練なのだ。
もっとも、現在の日本ではアルファ・シンドローム(症候群)に陥った犬は、どこへ行ってもまったく珍しく
ない。チワワだろうがダックスだろうがシェパードだろうがボルゾイだろうが、この症候群にかかれば、ヒトに
いちいち吠えつくし、牙もむくし、時には噛むこともある。その点、狼犬だからアルファ症候群にかかると
いうことは言えない。
狼犬のブリーディングと社会化適期
社会化と逃亡行動の関係より、ブリーディングにおける問題点が浮上する。オオカミの社会化適期が1
~2ヵ月、犬のそれが1~3.5ヵ月とすると、狼犬の場合どちらに近いか?いわゆるオオカミ率(※)にもよる
だろうが、オオカミとイヌの中間帯であることはまず間違いない。魁が秋田のブリーダーから来たのが生後
二ヶ月ちょっと。千葉のUSケンネル(=USK)の凛は40日だった。つまり、前者では他犬や人に対しての
社会化までをブリーダーが仕上げて送り出していることになり、USKでは主な社会化を新しいオーナーに
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任せていることになる。一長一短で譲渡先の経験値にもよるためどちらがいいとは一概に言えないが、秋
田の結果は、魁の同胎10頭で見ればまったく問題がなく、10頭のうち1頭飼い主が変わった以外は、魁も
含めて全てがヒト社会・イヌ社会に馴染み、好かれ慕われる存在になっている。
犬ならば、2ヶ月何もせず育ってその後譲渡されても何とでもなるだろうがオオカミや狼犬はなかなか
そうはいかない。オオカミや狼犬が特別なのではなく、犬という動物が人的淘汰を繰り返された特殊な動
物なのだ。オオカミは野生の中で自然淘汰されてきた生きものである。したがって、自然界の合理性の中
で相応の警戒心を本能的に必要とした。オオカミの子は、厳しい野生の中で全ての作業を悠長にやって
いる猶予がない。いろいろをいち早く学び、覚え、定着させる必要がある。社会化はその中の重要な作
業の一つなのだ。つまり、オオカミの社会化の時期が短いのは、彼らの学習スピードの速さ、学習能力の
高さに由来していて、考えようによっては使役犬としても大きなアドバンテージでもある。オオカミの学習
能力は、仔犬期の社会化という学習にはじまり、あらゆる場面で、特にスピードにおいてイヌを上回って
いる。その知能の高さは、頭骨の大きさに反映し、ジャーマンシェパードより三割ほど脳容積が大きく、使
える言語数が犬よりはるかに多いとオオカミ研究の現場でわかってきている。
さて、ブリーディングというのは本来的に血の話・遺伝子の話なので、後天的なあれこれはあまり取り沙
汰されないのが普通だ。しかし、上に見たように、社会化適期にイヌとは異なる繊細さを持つ狼犬の場
合、ブリーディングとともに、生後2ヶ月の育ち方をどう進めるかも、かなり重要なファクターとなる。遺伝的
に素晴らしい犬がつくられていても、この2ヶ月で水の泡ともなりうるわけだ。そしてまた、通常の犬のマニ
ュアルが通じないことも多く、狼犬に特化した教育方法も模索・確立していく必要がある。血(遺伝子)・幼
少期の社会化・その後の教育。これらが三位一体となってはじめて狼犬のブリーディングは語られるべき
と思う。
最適な方法は、十分に経験を積んで観察や分析の済んだベアドッグ2頭を親犬として自家交配させ、
仔犬が生まれた直後から丁寧に仔犬1頭1頭をかまってやって生後の2ヵ月を親犬・同胎ともども過ごさせ
る方向だ。犬の先進地域・ヨーロッパの基準では原則生後8週前後までに仔犬の譲渡をするのは好ましく
ないと理解できるので、2ヶ月までの社会化適期をきっちり過ごさせたければそれしか方法がなく、ブリー
ディングを含めた仔犬の社会化・躾を今後考えていく必要がある。
※オオカミ率:
交配における単純な計算で求めるオオカミの血の割合を百分率で表したものを慣習的に「オオカミ
率」などと呼ぶ。仮にオオカミ(100%)とイヌ(0%)を交配させると、(100+0)÷2=50%。その50%の
狼犬とイヌをかければ25%、オオカミをかければ75%、ということになる。75%のあとオオカミとの交配
ごとに87.5%、93.75%、96.875%、98.438%、99,219%、99.609%、99,805%となり、純粋犬種からは
じめたとしてもこの交配を10回、約20年ほど繰り返すと99.8%のオオカミ率を持つほとんどオオカミに
近い個体を数値的にはつくれる。これは、オオカミらしさの一つの数値化だが、例によってこの手の数
値化はあまりアテにならないことも多く、大まかな指標程度に捉えるべきかも知れない。実際に、99%
の狼犬が、イヌの性質・外見を1%しか持っていないわけではない。これは総じてメンデルの法則に従
う。
決まりはないので区切りは人それぞれだが、オオカミ率が50%以下の狼犬をLow%、90%以上をHi
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gh%、その中間帯をMid%などと呼ぶ場合もある。ちなみに、魁はLow%、凛は90%を越えるHigh%と
ブリーダーからは聞かされてはいるが、個体特性も働いていると思うが、ベアドッグの資質としては魁
がはるかに上と思える。チェコスロバキアンやサーロスの実地のデータからは、ヒト相手の作業ではお
よそ40~50%が最適なオオカミ率ではないかといわれ、それを基準にブリーディングがおこなわれて
いたと思う。野生動物相手の、それも対ヒグマの場合、どの程度のオオカミ率が最適なベアドッグとな
るか、そこに関しては試行錯誤の段階である。
もうひとつ、オオカミ率にはカラクリがある。完全に純粋なオオカミであると証明されている個体と完
全に犬であると血統書が保証している犬から交配をはじめ、なおかつ交配の記録を正確にとらなけれ
ば、じつはオオカミ率への信頼性自体が担保されない。実際は、ブリーダーが狼犬をどこかで調達し
てきて、その個体を用いて狼犬同士の交配も含め各種交配をおこなうことから、オオカミ率はじつはか
なり曖昧だ。また、狼犬を家庭犬として求める一般の狼犬ファンがオオカミ率の高い個体を珍重して欲
しがり、すなわちオオカミ率の高い個体の価格が明らかに高く設定できるため、ブリーダーもついつい
オオカミ率を高く言って仔犬を売る傾向が強い。したがって、狼犬のオオカミ率はブリーダーの言い値
で、十分な信頼性がない。
使役犬として狼犬を用いる場合は、正確なオオカミ率より実際の作業における性能が問題になり、
幼少期からの躾・訓練・実地の作業などをよく観察・評価し、それぞれの個体の気質特性も加味したう
えで交配を考えるのが適切だろう。育成の評価をできない未知数の狼犬を交配に用いるのは避ける
べきだ。
補足)犬の値段と適性
※魁の値段は10万。凛は30万。その他は贈り物なので評価格でしか言えないが、竜のラインが60~90万、ノース
のラインで150万以上の値がつくという。需要と供給の資本主義的な原理でこれだけの差が生じるわけだが、ベ
アドッグとしての資質と狼犬の仔犬の値段の間にはほとんど相関関係がない。それゆえ、ベアドッグハンドラー自
らが犬を判断する能力を有する必要がある。これはカレリアンベアドッグでも同様で、ドッグショー(品評会)で優勝
した犬がいくら高値でも、ベアドッグとして優れているわけではまったくない。つまり、狼犬・カレリアンベアドッグと
も犬の価値にダブルスタンダードがあるわけだ。
補足)ワクチン計画と狂犬病注射
私は、ベアドッグの仔犬は仔犬の市場・ブローカー・ペットショップなどは一切経由せず、信頼できるブ
リーダーからの直接譲渡しか利用していない。その場合、仔犬はだいたい2ヵ月で譲渡される直前に二
種混合のいわゆるパピーワクチンをブリーダーが打って送られてくる。その後1ヶ月経ったところで2回目
のワクチン(6種混合)を打ち、さらに1ヶ月経ったときに3回目(9種混合)を打って、およそそれでワクチン計
画はつつがなく終了すると思われる。
仔犬の社会化の問題があるため、仔犬は譲渡後もあちこちに連れて行って人や他犬と引き会わせか
まってもらったり、人の往来が激しい場所を散歩したり、時には教育の行き届いた先輩犬に叱られたりす
る必要がある。とにかく、人間社会のあれこれに接し慣化を進める必要があるが、そこには様々なウイル
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ス等が存在するためできるだけ早く仔犬に免疫をつけさせる必要があり、ブリーダーで摂取したパピーワ
クチン後、ワクチン計画を滞らせることはできない。
一方、譲渡後の仔犬の登録と狂犬病の注射も必要だが、混合ワクチンと狂犬病注射は同時に打つこ
とができず、なおかつ2週間以上の間隔を開けなくてはならないので、三回にわたるワクチン計画の途中
に狂犬病注射をおこなうことは困難だ。したがって、3回目の9種混合ワクチンを打って、さらに2週間以上
開けてから狂犬病注射を打つ必要があり、登録&狂犬病注射はその時期におこなうことにしている。この
狂犬病注射の時期は、仔犬の社会化と生命をともに重要視した必然的なタイミングなので致し方ない。
そもそも―――イヌとオオカミ
オオカミとイヌは繊細な近縁関係にあるが、そもそもイヌの定義に悩ましい論理がある。「カエルの子は
カエル」というが、その生物学的な論理が破綻する可能性がある。つまり、野生のオオカミを餌付けして
飼い慣らし、気に入ったオスとメスのオオカミ同士を交配させて、いつの日にかそれが「イヌ」と呼ばれるよ
うになったとすると、必然的に生まれた仔犬がイヌでその親がオオカミという奇妙な世代交代が存在する
ことになる。また逆に、現在の「イヌ(イエイヌ)」の学名「 Canis lupus familiaris」の意味、つまり「家庭で飼
われるオオカミをイヌと呼ぶ」という定義でイヌを定めても、あるオオカミがある日突然イヌになったという事
にならざるを得ない。
じつは、このカラクリは科学的にはおよそ解決できていて、論理性に破綻もない。
過去における様々な研究や説はさておき、現在の分子系統学的研究(ミトコンドリアDNAの塩基配列
の分析)では、遺伝子的に世界各国の各種イヌと各地のオオカミは種としてその区別が見出せない。つ
まり、生物学的に「すべてのイヌはオオカミ( Canis lupus)である」あるいは「イヌとはオオカミを品種改良し
た亜種である」というのが最も合理的理解となっている。イヌは正式には「イエイヌ」といい Canis lupus fa
miliaris 。北海道から絶滅したエゾオオカミは Canis lupus hattai
などなど、オオカミには多くの亜種が
確認されている。犬がオオカミの亜種ゆえ交配は可能で、狼犬も簡単にできあがる。
現在、カナダ中南部におけるオオカミは既に絶滅しているのではないかと危惧する研究者が多い。そ
れはどういうことかというと、過去のある時期に北米に持ち込まれ野生化したイヌがネイティブなオオカミと
交配し先述の50%の狼犬がまずでき、その後、カナダ中南部で大規模に犬の混ざった交雑が進んだ。
カナダのオオカミには黒い個体がありブラックウルフなどと呼ばれているが、その「黒」の遺伝子はイヌ由
来であると数年前の科学論文で発表され、比較的支持されている。仮にある母オオカミが4頭の子オオカ
ミを産み、その一頭が黒だったとすると、残りのグレーの子オオカミもすべて狼犬ということになる。つま
り、私たちが純粋なオオカミだと信じてきたカナダ中南部のオオカミのほとんどがじつは狼犬だった、とい
うことになりかねない状況なのだ。イエローストーンに再導入されたオオカミのパックにも「黒」が含まれて
いたが、となると、オオカミではなく狼犬をイエローストーンに導入したことになる。
自然界の合理性で適者生存を果たしてきた世界各国の野生のオオカミ、人間界のその時代時代の合
理性で品種改良されてきたイヌ、そして、その新たなる交配・交雑種である狼犬。これらを理路整然と分
類・整理する作業は普通に考えられるよりはるかに難しいと思う。
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オオカミとイヌ、どちらが恐い?
オオカミをあまり知らない人は、おかしな風説や偏見で、この動物は悪魔の死者のような残忍な動物
で、非常に危険であると、何となく思っていることが多い。その思い込みのルーツの大半は、ヨーロッパの
民話や童話、はたまたうわさ話である。クマと同じで、オオカミを知らない人ほどオオカミをおかしな形で
危険視したり、逆に崇拝したりするのではないだろうか。私にとっては、アラスカではちょっとした先生も兼
ねた安心できるお隣さんであり、犬の原型として興味の湧く高い知能の社会的野生動物である。
アラスカのデナリの南の森や、デンプスターハイウェイ沿いで、オオカミには何度か接したことはある。
多くは遠巻きに囲まれたり警戒されたり、そしてときには迷子の子オオカミとやりとりをしたり、まあいろい
ろだが、恐怖心をオオカミに対して抱いたことは一度もない。私は、月夜の晩にオオカミのハウリングを聴
きながら眠るのが好きで、ただ彼らを心地よく迎えた。彼らの存在を感じカウンターアソールトや鉈に手が
いったことはないし、ショットガンの威嚇をしたこともない。
ところが、北海道の糠平湖という人造湖の裏側で、用を足そうとテン場から離れてブッシュに入ったとこ
ろ、気がついたら数頭の野犬の群れに取り囲まれていた。私はズボンを急いで上げ、腰の鉈を即抜い
た。ヒグマでもこんな対応は私はしない。できる限り穏便にやりとりをおこなってすれ違ういつもめざした。
ところが、糠平裏の野犬の群れは、直感的にも道理的にもやりとりの利く相手とは思えなかった。いまにも
ブッシュを割って牙を剥いた特攻隊長犬が私に飛びかかってくるような気がした。それで鉈で即臨戦態
勢をとったわけだ。
オオカミの群れはさんざん追ったが襲われたり噛まれたりするチャンスはまったく巡って来そうになかっ
た。オオカミに限らず、私はキツネの脇腹をつついても噛まれたりしたことはない。それが野生動物の真
実なのではなかろうか。それに対し、友人知人の犬に噛まれ病院に駆け込んだことは、この10年で三度
ほどある。オスの柴、オスのアイヌ犬、オスのボルゾイ。全部オスだが、私を噛む犬の大きさが徐々に大型
化しているのはちょっと気になる。
ちなみに、ヒグマの大生息地アラスカでは、前世紀後半、犬に噛まれて死亡した人はクマに襲われ死
亡している人の8倍ほど率として存在する。つまり、「攻撃性」と「攻撃力」は似てて異なるものなのだ。野
生動物のうち大型ほ乳類は厳しい自然界で自活するための攻撃力(殺傷能力)を備えているが、ヒトに対
しての攻撃性が高いわけでは決してない。その根本的なところで錯誤を起こすと、オオカミ=危険・クマ
=危険・狼犬=危険という事実とはかけ離れた結論が簡単に導かれる。
オオカミとクマとイヌ、どうしてこういうことが起きるかというと、社会化と逃避行動で述べた警戒心の大き
さによる。イヌという動物が長年のブリーディング、つまり、ヒトが望んだ人為淘汰よって警戒心を削ぎ落と
されてきたことが、逆にヒトへの攻撃をストレートにおこなわせてしまうのだ。警戒心は接近・攻撃を抑制し
逃亡行動を誘発する大きな要素だ。
私がヒグマに対しておこなっている「追い払い」も、要するにヒトに対する警戒心を増大させるための行
為。ヒトや人里に中途半端に馴化したヒグマはイヌ同様、危険である。逆に、犬との関係をつくって信頼
できる相棒とするためには、中途半場ではなく、じっくりと腰を据えて本気で関わってやらないといけない
と思う。
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