【件名】「自殺総合対策大綱の見直し(改正)に向けての提言 第二次案」に

【件名】「自殺総合対策大綱の見直し(改正)に向けての提言 第二次案」に対す
る意見
【氏名】日高 庸晴(宝塚大学看護学部准教授)
【意見】
該当箇所
P.26 社会的少数者(マイノリティー)の直面する問題
提言第二次案のとりまとめ作業をしていただくにあたり、大変なご苦労があっ
たことと思います。深く敬意を表したいと存じます。
P.26 ページ、社会的少数者(マイノリティー)の直面する問題において、性同
一性障害が取り上げられたことは画期的なことと思われ、大綱に盛り込まれれ
ばこれを根拠に多くの対策を実施・推進していくことが可能になることと思い
ます。一方、わが国においては性同一性障害(性自認と身体の生物学的性の不
一致)と性的指向(性愛の対象が同性や両性である同性愛、両性愛)が混同し
て捉えられ、教育や精神医療においてもその扱いに混乱がみられます。そこで、
社会的少数者の項に性同一性障害と性的指向の二項を設け、性自認と性的指向
それぞれへの理解と対策の必要性を記述することを提案させていただきたく、
調査研究の知見を根拠に意見を述べさせていただきます。
国内の同性愛・両性愛の男性(以下、ゲイ・バイセクシュアル男性)を対象に
した厚生労働科学研究エイズ対策研究事業などによれば、以下のような研究知
見が得られており、自殺対策のリスク群として当該集団を盛り込む必要性があ
ると考えられます。
自傷行為
・ゲイ・バイセクシュアル男性を対象に、2011 年度に筆者らが実施したインタ
ーネット調査(嶋根, 日高, 松崎, 2012)によれば(n=3,685)、自傷行為(刃
物などでわざと自分の身体を切るなどして傷つけた経験と定義)の生涯経験割
合は全体の 10.0%であり、30 代で 9.2%、20 代で 11.8%、10 代で 17.0%であ
り、年代が若いほど高くなる傾向がみられた。首都圏の男子中高生における自
傷行為の生涯経験割合は 7.5%(Matsumoto T, Imamura F, 2008)であり、それ
と比較しても 10 代ゲイ男性における自傷行為の生涯経験割合(17.0%)は 2 倍
以上高い。
メンタルヘルス
・うつや不安障害のスクリーニング尺度である K10(川上, 近藤, 柳田, 他, 2004)
を用いたスクリーニングによれば、全体の 55.6%がうつや不安のリスク群であ
り、10 代では 66%と高値であった(n=3,685、前述の 2011 年度調査)。ゲイ・
バイセクシュアル男性を対象にした CES-D を用いた抑うつスクリーニングでも
全体(n=6,282)の 43.8%、10 代では 58.8%、20 代 49.0%が抑うつ群と判定さ
れた(日高, 木村, 市川, 2008)。
自殺未遂経験割合
・15 歳~24 歳の男女 2,095 人を対象に実施した若者の健康リスクに関する街頭
調査では、性的指向を分析軸に自殺未遂経験割合の実態を明らかにしている。
自殺未遂の生涯経験割合は全体で 9%(男性 6%、女性 11%)、であり、自殺未
遂経験に関連する要因を男女別にロジスティック回帰分析によって分析した。
その結果、男性のみ他の要因の影響を調整してもなお性的指向が最もリスクの
高さを示し、ゲイ・バイセクシュアル男性の自殺未遂リスクは異性愛者よりも
5.9 倍であることが示唆された(Hidak Y, Operario D, Takenaka M, et al 2007)。
・わが国のゲイ男性 1,025 人を対象にしたインターネット調査によれば、全体
の 64%はこれまでに希死念慮があり、15.1%は実際に自殺未遂の経験があった
(Hidaka Y, Operario D, 2006)。最初の自殺未遂の平均年齢は 17 歳であった。
心理カウンセリング・心療内科・精神科の受診経験
・気分の落ち込み・不安などの症状に基づく心理カウンセリング・心療内科・
精神科の生涯受診歴はゲイ男性の約 27%であり、過去 6 ヶ月間では約 9%であ
った。また、受診時に自分の性的指向を話した経験がある者は 8.5%と低い割合
であった(n=3,685、前述の 2011 年度調査)。
まとめ
異性愛であることが前提と考えられる社会において、ゲイ・バイセクシュアル
男性は生きづらさを抱えていることが容易に推測出来ます。国内先行研究にお
いても、異性愛者を装う心理的葛藤が強い者ほど抑うつや不安、孤独感の強さ
や自尊心の低さなど、メンタルヘルスに不調があることもわかっています(日
高, 2000)。しかしながら心理カウンセリング・心療内科・精神科の受診歴は抑
うつ割合の高さに比較すれば概して低く、仮に受診に辿り着けたとしてもその
場面においてでさえ、自身の性的指向を話すことに躊躇する現状があることが
調査から示されています。
教育現場における課題も数多く、セクシュアルマイノリティに関する情報提供
がほぼ皆無であるなか、学齢期のいじめ被害経験割合は最も高値を示した調査
では約 80%であり、彼らの生きづらさは子どもの頃から既に始まっていること
が示唆されています(日高, 木村, 市川, 2008)。最初の自殺未遂の平均年齢が
17 歳であったことからも、学齢期からセクシュアルマイノリティへの情報提供
が、学校などを通じて実施されることが不可欠です。
これらのことから、自殺防止に取り組むにあたってゲイ・バイセクシュアル
男性をリスク群と捉え、学校や行政・民間の電話相談などの相談窓口、精神保
健医療の領域などで、性同一性障害と性的指向についてそれぞれ固有の背景が
あることを理解することが必要です。そのうえで、適切な対応と援助技術習得
のための研修機会の確保を含めた、効果的な自殺対策の立案・実施が急務と考
えます。
文献(引用順)
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日高庸晴, 木村博和, 市川誠一.インターネットによる MSM の HIV 感染予防に
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