ディジタルシティの現状 解説 京都大学情報学研究科 石田 亨 はじめに シティが,インターネットの上で, どのように人々の生活とビジネスを ディジタルシティと呼ばれるシス 融合していくのだろうか. テムの開発が世界各地で行われてい 米国の統計によると,家庭の収入 る.ディジタルシティは都市の情報 の 8 割までが自宅から 20 マイル以 を集積し,インターネットの中に市 内で使われているという.インター 民の交流の場を創り出す.欧州では ネットの発達した米国においてさ 1994 年頃から 100 を超える自治体 え,経済活動がいかにグローバルに が取り組み始め,脱車社会を含め幅 なったとはいえ,生活は依然として コミュニティネットワークのプラッ 広い議論が展開されてきた.米国で ローカルなのである.インターネッ トホームとして,都市をメタファとす は AOL が全米各地の数十都市にデ トの利用者が増えれば増えるほど, る情報空間の構築が世界各地で始まっ ィジタルシティと呼ばれる情報サイ 人々はネットワークを生活のために トを開設している.我が国では京都 用い始める.グローバリゼーション 現状を述べる.ここで対象とするディ で,21 世紀の社会情報基盤を目指 と同様に,地域の情報化も活発にな ジタルシティは,アメリカオンライン, す実験が始動した 4). るのである.たとえば,健康に苦し ている.本稿では,ディジタルシティ と呼ばれる試みについて,その経過と アムステルダム,ヘルシンキ,京都の グローバリゼーションの潮流の中 む人たちにとっては,世界規模のネ ものである.ディジタルシティを理解 で,なぜ都市の情報空間が議論され ットワークのニーズはそれほど切実 るのか.情報化の流れはどこに向か ではない.むしろ必要なのは,会お ことが必要である.興味深いことに, っているのだろうか.私たちが気づ うと思えば会える程度の距離に住む 4 つのディジタルシティは,それぞれ, くのは,インターネットが国境を越 同じ悩みを持つ人々のネットワーク 垂直型ビジネス,公共のコミュニケー えるビジネスを生み出す一方で,生 である.インターネット内に構築さ 活のための豊かな情報空間を実現す れるディジタルシティは,こうした 築実験という異なる目標を持ってい ることだ.ビジネスは世界規模の競 地域コミュニティのネットワーク作 る.その結果,都市とのかかわりや運 争を引き起こし,それを可能とする りに基盤を提供する. 営組織にも差が生じている.今後,デ 均質な情報空間を求めるが,生活は インターネットの利用者数はどう ィジタルシティは技術環境の変遷の中 地域の文化的特性を反映した非均質 伸びているのだろうか.1999 年の な情報空間を求める.インターネッ データによれば,利用者数は米国が どまることはない.新たな位置付けの トの利用者が増えるにつれ,人々は 第 1 位で,そのあとに日本,カナダ, 模索が常に必要とされている. 生活にネットワークを使い始める. イギリス,ドイツなどが続く.イン 都市のメタファを用いたディジタル ターネットの利用者数はコンピュー するには,どのような誘因がディジタ ルシティを成立させているかを調べる ション空間,次世代メトロポリタンネ ットワーク,都市の社会情報基盤の構 で,大きく変化していくものと思われ る.どのディジタルシティも現状にと IPSJ Magazine Vol.41 No.2 Feb. 2000 163 タの輸出を考える場合には重要であ る.米国が最大の市場で日本がそれ に続くことが分かる.しかし,イン ターネット上でのサービスを考える のであれば,むしろ重要なのは利用 者数の対人口比である.100 人のう ちどれくらいの人々がインターネッ トを使っているかを調べると,ノル ウェー,カナダ,フィンランド,ア 図-1 AOL のディジタルシティ http://www.digitalcity.com/ メリカ,スウェーデンなど北米北欧 が 3 割を超えている.日本はその 1/3程度にすぎない. 対人口比の差は,社会でのネット ワーク利用方法に劇的な影響を与え る.日本のインターネットの利用者 は,その大半は男性,年齢は 20 ∼ 30 代で,職業は会社員,会社役員, 公務員である.北欧では高血圧に苦 しむ患者のネットワークが構築され 始めているが 3),日本の利用者層で 図-2 アムステルダムディジタルシティ http://www.dds.nl/ はそういうシステムは考えにくい. ネットワークの社会的利用は,どの ような層がネットワークを利用して オンライン)が全米 65 市でディジ 不動産,就職案内,健康管理などの いるかによって決定される.ディジ タルシティを開発している.AOL 垂直型市場(vertical market)を タルシティが日本で本当に必要とさ 社は 1985 年に設立され,全世界に 狙った事業展開を進めている.米国 れるには,まだ数年の時間がかかり 1700 万人の会員を持つインターネ には他にも Yahoo.local(12 都市の そうである. ットサービスの会社である. 地域情報を集めている)などのサー 世界のディジタルシティを調べて 図-1 に AOL が提供するニューヨ ビスがあるが,AOL は一歩先んじ いくと,その設立の背景や目的が異 ーク市のディジタルシティを示す. ているかにみえる.AOL のディジ なることが分かる.提供されるサー 店舗や劇場などの情報を集積し,市 タルシティは,毎月 450 万人が訪 ビスも同一ではない.さらに理解を 民や観光客に提供している. れる全米最大の地域情報サービスと 難しくしているのは,コンピュータ Yahoo などの広範囲を対象とした なっている. ネットワークの発展を背景に,それ 一般の検索エンジンとは違い,ディ らすべてが刻々変化していることで ジタルシティは都市に固有の情報を ある.本稿ではディジタルシティの 組織的に蓄積する.たとえば,学術 ビジネスとして発達しつつある米 目的,構成,技術,運営組織につい 情報を全世界から収集するには一般 国のディジタルシティとは違った方 て世界各地での試みを横断的にレビ の検索エンジンが便利である. 一方, 向で,欧州では 100 以上の都市で ューし,ディジタルシティの現状に ニューヨーク市を訪れる旅行者や, 行政機関を中心にさまざまな議論と 対する理解を深める. ニューヨーク市民のための情報を収 試みが行われてきた.図-2 に示す 集しようとすれば,一般の検索エン アムステルダムのディジタルシティ ジンでは情報量が多すぎて骨がおれ は 1994 年からの歴史を持つ 1).こ る.ニューヨーク市以外の情報は不 のディジタルシティでは,情報の統 要なのだから,その都市固有の情報 合・発信という目的の他に,人々が を集積したディジタルシティの方が 仮想的に居住する(ディジタル市民 便利だということになる. と呼ばれる)ことを可能としている. 世界のディジタルシティ [AOL のディジタルシティ] 世界のディジタルシティを訪れな がらその発展形態を概観しよう.最 [アムステルダムディジタルシティ] 初に思いつくのは都市の情報案内で AOL のディジタルシティは観光 アムステルダムディジタルシティは ある.米国では AOL 社(アメリカ 案内,店舗案内などの他に,中古車, 市民のコミュニケーションを大切に 164 41巻2号 情報処理 2000年2月 示すようにヘルシンキ全市を 3 次元 仮想空間上に構築する試みが進行し ている.このバーチャルヘルシンキ は,プロジェクト全体の顔であると ともに,広帯域ネットワークの新し いインタフェースとして機能する. 仮想空間が本当に必要かどうかは議 論のあるところだが,新しもの好き のフィンランド人には前向きに受け 図-3 バーチャルヘルシンキ http://www.hel.fi/infocities/ 入れられているようだ.フィンラン ドの通信革命に対する情熱は相当な もので,インターネット,ホームバ ンキング,携帯電話の普及率では世 界をリードする.人口わずか 500 万の広大な面積を持つ北方の国で, こうした革命が進行しているのは印 象的である. [ディジタルシティ京都] ディジタルシティ京都は 1998 年 図-4 ディジタルシティ京都 http://www.digitalcity.gr.jp/ 10 月から,NTT オープンラボを中 心に,京都大学との共同研究プロジ ェクトとして実験が開始された 5). 考え,「さまざまなコミュニティネ し,市民生活と情報化とのかかわり 上記のどのディジタルシティとも違 ットワークのために公共の空間 が模索されている. い,大学や企業の研究所が中心とな り,都市の社会情報基盤を目指すき (public space)」を提供するという 色彩が強い. [バーチャルヘルシンキ] わめて実験的色彩の強いプロジェク アムステルダムディジタルシティ ヘルシンキでは 1996 年に,電話 トである.このプロジェクトの理念 は,市民と市議の交流をめざした草 会社(HPY)を中心として「ヘル は,日常生活のための非均質な情報 の根の活動から出発した.行政によ シンキアリーナ 2000 プロジェク 空間が今後のインターネット社会の って設立された事務局は,まず電話 ト」が発足した 6).2000 年に向け 基礎となるというものである. とモデムを用いて,テキストベース てヘルシンキ市民に広帯域の次世代 プロジェクト開始後わずか 1 年の でのコミュニケーションが可能なシ メトロポリタンネットワークを提供 間に,さまざまな実験が行われてき ステムを用意した.端末は図書館な しようとする試みである.このネッ た.都市の情報を集積するために, どの公共施設に設置された.このシ トワークは,家庭間での双方向のビ 図-4 に示すように京都に関する ステムが大きな成功を収めたこと デオ転送を可能とするもので,単方 WWW ホームページを 2600 件集 が,アムステルダム市民のインター 向のディジタル放送を狙ったもので め,それらを建物レベルの精密さで ネットへの関心を高めることにな はない.たとえば,家庭の駐車スペ 地図に貼り付けた.また,都市から る.最初の 10 週間で,1 万人の市 ースにカメラを設置することによっ のリアルタイム情報として,京都市 民が利用者登録を行い,10 万件の て,クラシックカーの愛好者たちが, 交通局からバスの運行データの提供 アクセスが記録された.システムは ネットワークを通じて一緒に故障を を受け,実際の都市とまったく同様 成長を続け,1996 年には 48000 人 修理することができる ☆ 1 .高齢化 に地図上にバスの運行を表示するこ の利用者が平均週 1 回ディジタルシ を迎える日本に置き直して考える とも試みた.インタフェースとして ティを訪れている.欧州にはこの他 と,こうしたネットワークは介護を は,地元商店街と協力し,3 次元仮 にも多くのディジタルシティが存在 容易とし,社会に安心を与えるに違 想空間を用いて四条通り 2Km を実 いない. 装した.さらにインターネットを用 ☆1 Risto Linturiとの会話による. このプロジェクトでは,図-3 に いた海外からの訪問客を対象に,ガ IPSJ Magazine Vol.41 No.2 Feb. 2000 165 イドエージェントによる異文化コミ AOL にみるように,どのディジタ 以降 5 年間で 800 億円の投資が予定 ュニケーションの支援や二条城のデ ルシティも均質化し,都市の雑多な されている.こうした計画の下では, ィジタルバスツアーを試作して 面白さはなくなってしまう.とはい ディジタルシティは実際の都市と物 いる. え,両者を抱え込んだままで,商業 理的に対応せざるを得ない.ヘルシ 性を追求するベンチャーと競争がで ンキでは,3 次元仮想空間がディジ デアが,街ぐるみの活動に繋がるか きるだろうか.米国では難しいが, タルシティの中心的役割を占める理 どうかは,しばらく様子をみる必要 文化の違う欧州では考えられるとい 由があったのである. がある.1999 年 10 月には,ディジ う ☆ 2 .欧州では公的機関や非営利 アムステルダムの場合には少し事 タルシティ京都・実験フォーラムが 団体が安全な情報を流すという信頼 情が違っている.ディジタルシティ 発足し,より広範な参加者を得て実 がある.TV 業界でも公的機関のも は必ずしもアムステルダムだけのロ 験が広がっている. のの規模が大きい.欧州では,ディ ーカルネットワークではない.小さ ジタルシティにおいても非営利団体 な地方都市であれば,人々の関心は が企業と競争できるというのであ ローカルへと向かう.しかし,アム る.日本ではこれから経験すること ステルダムのような都市において となるが,どういう形がよいだろ は,そこに住む人々はほとんど外か うか. らの流入者である.アムステルダム 研究者,技術者たちの奔放なアイ ディジタルシティの分析 前章で訪問した 4 つのディジタル シティをいくつかの視点から横断的 に分析することを試みる. [ディジタルシティの目的] 技術環境の変化が公共性と商業性 では,人々の興味は都市に閉じない. の境界を変えていくことにも注意し 確かにアムステルダムディジタル なければならない.ディジタルシテ シティは物理都市とのリンクが弱 まずディジタルシティの目的につ ィでは,無料で電子メールサービス い.1994 年のサービス開始当時に いて考えてみる.各々のディジタル を行ったり,ディスクスペースを提 は,ディジタルシティ利用者のうち, シティは,どのような組織がそのプ 供することが大切な要素とされてい アムステルダム在住者の割合は約 4 ロジェクトを牽引しているかによっ た.しかし,現在ではHotmailなど 割であったが,現在は 2 割にまで減 て異なる目的を持っているかにみ のサービスが出現し,公共的なサー 少している.またその事実を,ディ える. ビスと営利目的のサービスの住み分 ジタルシティの運営組織は歓迎して AOL のディジタルシティは垂直 けが自明でなくなりつつある.ディ いるようだ.ディジタルシティが架 型市場を狙ったビジネス展開に目的 ジタルシティのあり方も,時間とと 空の都市化をなぜ歓迎するのか,そ がある.不動産販売,中古車販売, もに変わらざるを得ないのである. の解釈は難しいが,国の大きさと, 就職案内など,その地域のものであ この他,都市計画から出発するデ その中に占める都市の役割に原因が ることが大切な情報をサービスする ィジタルシティもある.UCLA あるのではないかと思われる.オラ 試みである.一方,アムステルダム (カリフォルニア大学ロスアンゼル ンダは九州ほどの広さの国に 1400 では市民に,あるいはオランダ国民 ス校)や MIT(マサチューセッツ 万人が暮らす.アムステルダムはオ に,コミュニケーションのために公 工科大学)では建築の専門家たちが ランダの首都であり,圏内に 150 共の空間を提供しようとしている. 都市全体を仮想空間上に再現しよう 万人が住む.都市の政治的求心力が, ヘルシンキでは都市の次世代ネット としている 2),7).この方向が現実 物理的境界を意識させないのだろう ワークの構築が背景にある.京都で のものとなれば,ディジタルシティ か.あるいは,都市の境界を越えて は,福祉,行政,防災,教育を含め, は景観問題を含む都市計画において も,オランダという境界が求心力を 日常生活を支えるさまざまな社会情 も大きな役割を担っていくと思わ 保たせるのだろうか.アムステルダ 報システムのための求心力ある社会 れる. ムディジタルシティが政治や行政と 情報基盤の構築が目的となって 深くかかわってきたことと,都市の [ディジタルシティの設計] いる. ボーダーを越えるのを歓迎すること 公共性と商業性は,ディジタルシ ディジタルシティはどの程度,実 ティが特徴的に持つジレンマであ 際の都市と対応をとっているのだろ 京都の場合は,物理的なネットワ る.ビジネスになるサービスを切り うか.ヘルシンキの場合には,ヘル ークの敷設計画とはリンクしていな 離せば,ディジタルシティは都市の シンキ電話会社を中心とした広帯域 いが,都市の社会情報基盤の構築を ポータルとしての魅力を失う.公共 網の敷設がプロジェクトの下敷きに 性を切り離し効率を追求すれば, ある.1998 年に 25 億円,1999 年 166 41巻2号 情報処理 2000年2月 は無縁ではない. ☆2 Peter van den Besselaar との会話に よる. 目標としているため,物理都市との リンクは強い.実時間センサ情報の 取り込みを進めれば,その色彩はさ らに強まるだろう.人々のコミュニ ケーションを都市内に限定する理由 Interaction Agent supported social interaction among residents and tourists. Interface 2D maps and 3D graphics. Reaitime animation for interface agents. は本来ない.しかし,インターネッ トの利用率が 10 %程度で,その中 心が 20 代,30 代のビジネスマンと Information WWW, digital, archives and realtime sensory data from the physical cities. いう現状で,物理都市とのリンクを 図-5 ディジタルシティの構成 緩めれば,「都市の社会情報基盤の 構築」という目標が危うい.アムス テルダムではオランダが一段外の境 界になり得るが,京都では日本は境 会的インタラクションが不可欠であ 人々が参加する誘因の分析が大切と 界になり得ない.アムステルダムは る.この層は市民の間の,あるいは なる. 首都であるが,京都はそうではない. 市民と訪問客の間のコミュニケーシ ディジタルシティ京都の場合には, ョンを支援する. ディジタルシティの基本的なアー キテクチャを図-5 に示す.この図 は,ディジタルシティ京都を構築す る.利用者とディジタルシティのイ ンタフェースには,直接操作方式と 意図的に物理都市との対応をとろう としているのである. 第 3 は「エージェント」技術であ [ディジタルシティの技術] ディジタルシティには,以下の技 術が特徴的である. 第 1 は「情報統合」技術である. エージェント方式が考えられる.前 者は 3 次元仮想空間のように,利用 者が情報を明示的に指示し操作する ものである.後者は知的ソフトウェ る際のシステム構成であるが,ある 都市の多様な情報をいかに分かりや ア(人間や犬,鳥の形で現れること 程度の一般性を持つものと考えてい すく集積するかが問題となる.ディ が多い)に対話をしながら指示を与 る.最下層はインフォメーション ジタルシティの扱う情報には,(1) え情報を操作するものである.エー (information)層である.この層 WWW のホームページと,(2)実 ジェントを用いれば,情報がいかに では,インターネット内に蓄積され 際の都市からリアルタイムで流入す 集積されても,その量と無関係にイ た都市のあらゆる WWW 情報が収 るセンサ情報がある.ディジタルア ンタフェースの単純さを保つことが 集され組織化される.また,実際の ーカイブなどの良質,大量の情報も できる.エージェント技術に関して 都市空間からのセンサ情報がリアル ディジタルシティからアクセス可能 は京都で実験が始まっている. タイムに収集される.これらの情報 となる.地図を使う(それが抽象的 第 4 は「セキュリティ」技術であ は都市メタファの中核となる地図デ であれ物理的であれ)というアイデ る.人々の参加は,一方で新たな問 ータベースにリンクされる.京都で アは,ディジタルシティに共通して 題を引き起こす.たとえば,ホーム は都市の地図そのものが用いられ, いる.京都のように物理的な地図を ページをディジタルシティで公開す アムステルダムでは抽象的な情報地 使えば,発展しつつある GIS(地理 ることが常に受け入れられるとは限 図が使われている.地図データベー 情報システム)を核とする情報統合 らない.ホームページ制作者に個別 スはインフォメーション層と上位層 メカニズムを開発する必要がある. に問い合わせると,個人や幼稚園な を結び付ける重要な働きをする.第 第 2 は「参加型」技術である.多 どからは断られることも多い.街で 二層はインタフェース(interface) くの人々や組織がディジタルシティ 自由に他人の家を覗くことができな 層である.2 次元の地図や 3 次元の の構築に参加するためには,柔らか いように,ディジタルシティでも実 仮想空間が提供される.インタフェ なシステム構成が必要となる.構成 際の街と同様の制約が必要である. ース層は蓄えられた情報を検索する 技術としてはマルチエージェントシ 暗号やファイアウォールでは解決で のに役立つばかりでなく,上位層に ステムが有望だろう.インタフェー きない.ネットワーク上でのコミュ コミュニケーションの舞台を提供す ス技術としては,コンテンツ形成に ニティの形成が,安心を生み出す鍵 る.第三層はインタラクション おいても背景の異なる人々が参加し となるだろう.一部で議論され始め (interaction)層である.人の住ま やすい形をとる必要がある.アムス ているが,現時点では開発先行の感 ない都市はない.ディジタルシティ テルダムでは都市というメタファが は否めない. が魅力的であるためには,人々の社 新しい参加の形を生み出している. IPSJ Magazine Vol.41 No.2 Feb. 2000 167 [ディジタルシティの運営] 接点を求めるオープンラボにふさわ 者,研究者,芸術家,デザイナなど ディジタルシティの運営組織はど しく,社会情報学の基礎研究にも通 である.都市を作るのは楽しい.デ うなっているのだろうか.目的が違 じると考えたからである.実験的色 ィジタルシティは都市に住む人々 えば,組織形態が異なるのは当然で 彩の強いこのプロジェクトはオープ に,都市を作る機会を創り出して ある.AOL ディジタルシティは企 ンラボの枠を出て,1999 年 10 月に いる. 業が運営しているが,他のディジタ 行政,新聞社,企業,商店街,大学 ヤンキーグループの調査によれ ルシティは何らかの形で公的機関が を含む緩やかな実験フォーラムに成 ば,中国のインターネット人口は 参加し,複雑な運営組織となってい 長している. 2005 年までに世界一の 1 億 4100 万 る.アムステルダムでは非営利団体 注意すべきは,いずれの組織も過 人となる.日本は現在 1690 万人で DDS( De Digitale Stad) が 約 渡的な状態にあることである.ディ あるが,2005 年には人口の約半分 30 名の要員(うち半数はパートタ ジタルシティでは運営組織を作るの の 7130 万人となる.アジア太平洋 イマ)を抱えている.DDS はこれ は容易であるが,維持するのは容易 地域全体の 2005 年のインターネッ らのメンバに給与を支払い,利益を ではない.変化を前提とした組織で ト人口は,現在の 10 倍以上の 3 億 非営利団体の目的に投資する.アム なければ,ディジタルシティを機能 人を突破すると試算している.イン ステルダムの組織は,無償のサービ させつづけることはできない. ターネットは巨大な姿を現し始めて スを行う部門と WEB サイトの構築 などで収益を上げる部門に別れてい いる.ディジタルシティはその中に, おわりに る.将来的にはすべての部門で収益 人々が生活する空間を作り出そうと する試みである. を上げたいとしているが,現在は有 世界各地のディジタルシティを概 償サービスで得た利益で,非営利団 観した.垂直型市場,公共のコミュ 発に尽力いただいた NTT オープン 体の目的にそった無償のサービスを ニケーション空間,次世代メトロポ ラボの皆様に感謝します.また本調 実現している.発足当初は,市から リタンネットワーク,都市の社会情 査に協力いただいた研究室大学院生 の助成を受けていたが,現在では財 報基盤の構築など,さまざまな動機 の皆様に感謝します.本調査は文部 政的に自立している. から出発したディジタルシティは, 省科学研究費地域連携推進研究「社 今後も通信革命の波を受けながら変 会情報基盤としてのディジタルシテ 遷していくと思われる. ィの構築」に基づいて行われました. ヘルシンキアリーナ 2000 では, ヘルシンキ電話会社(HPY)が中 心となり,市や IBM,Nokia など多 ディジタルシティの魅力は,多く くの企業が参加するコンソーシアム の方向性があることだろう.観光, が結成されている.携帯電話網の急 商業,交通,運輸,都市計画,景観, 激な発展がこのプロジェクトを刺激 福祉,医療,教育,防災,政治など, しているようにみえる.固定通信網 容易にその発展の可能性を想像する の方にも発展がなければ,移動通信 ことができる.ディジタルシティに 網に市場を奪われてしまう.フィン 集積される情報は WWW だけでは ランドには国営の電話会社がある ない.ITS(知的交通システム)な が,ヘルシンキ都市部では HPY と ど,都市に埋め込まれたセンサ群は 競争状態にある(競争相手の国営会 充実の一途を辿っている.それらの 社はアリーナ 2000 には参加してい センサ情報の中には,防災,福祉の ない).3 次元仮想都市はアリーナ 観点から市民の間で共有すべきもの 2000 の顔で,ARCUS 社が開発し も多い.市民もレストランや駐車場 ている.面白いことにこの企業は, の空き情報などをリアルタイムに発 都市の仮想空間をビジネスにしよう 信し始めるだろう.ディジタルシテ としており,ブレーメンなど欧州の ィはそうした情報一切の受け皿とな 他の都市からも受注を始めた. るのである. 京都では,NTT 研究所がオープ ディジタルシティのもう 1 つの魅 ンラボを開設し,京都大学と共同研 力は,その構築に多くの人々が参加 究を始めた.ディジタルシティをテ できることである.商店,学校,地 ーマとして選択したのは,社会との 域コミュニティ,行政,企業,技術 168 41巻2号 情報処理 2000年2月 謝辞 ディジタルシティ京都の開 参考文献 1)Van den Besselaar, P. and Beckers, D.: Demographics and Sociographics of the Digital City, Ishida, T.(Ed.), Community Computing and Support Systems, Springer-Verlag, pp.109-125 (1998) . 2)Jepson, W. and Friedman, S.: The Virtual World Data Server & The Virtual Los Angeles Project, http://www.aud. ucla.edu/~bill/ACM97.html(1997) . 3) Kuutti, K.: Design for Motivation, In Terms of Design Workshop, Helsinki (May 1999) . 4)Ishida, T. and Isbister, K.(Eds.): Digital Cities: Experiences, Technologies and Future Perspectives, LNCS1765, Springer-Verlag(2000) . 5) Ishida, T., Akahani, J., Hiramatsu, K., Isbister, K., Lisowski, S., Nakanishi, H., Okamoto, M., Miyazaki, Y. and Tsutsuguchi, K.: Digital City Kyoto: Towards a Social Information Infrastructure, Cooperative Information Agents III, pp.23-35, Springer-Verlag (1999) . 6) Linturi, R., Koivunen, M. and Sulkanen, J.: Helsinki Arena 2000 − Augmenting a Real City to a Virtual One, in 4) (2000) . 7) Mitchell, W. 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