第4回 『インドシナ半島東西回廊とベトナム等周辺国

アジアフォーラム21
ANNUAL REPORT
第4回
『インドシナ半島東西回廊とベトナム等周辺国経済について
~アジアフォーラム21 現地調査報告~』
山梨県立大学
教授 波木井
国際政策学部
昇
【はじめに】
本日は9月 18 日から9月 22 日の海外現地調査の報告をいたします。8名が参加しまし
た。19 日の土曜日から日本の5連休が始まった関係で、非常に飛行機が混みあっている時
期になったこともあり、ホーチミンへの行き帰りは香港で乗り換える形になりました。
ベトナム中部に昔の王様が住んでいたフエというところがあります。そのフエの少し北
方から西にインドシナ半島を横断する形で、東西経済回廊という道路が日本の ODA の援助
等によって、過去1、2年くらいの間に整備が進んできています。その整備というのはメ
コン川に橋をかけたり、道路の幅を広げたり、舗装状態をよくしたり、あるいは街路灯を
よくすること等です。日本からの ODA の対象国で一番援助金額が多い国が今、ベトナムに
なっています。そういう日本の ODA でできた東西回廊を視察して参りました。それはイン
ドシナ半島の道路インフラの整備にもつながりますが、そういうところを実際に見てきま
した。
また、ホーチミンで日系企業を訪問してきましたので、その報告もさせていただきます。
【概要報告】
東西経済回廊の東端の出発点は、中部ベトナムの貿易港があるダナンです。ベトナム戦
争のときはアメリカ軍の軍艦が停まっていたところで、位置的には旧南ベトナム側にあり
ます。東西回廊は、ダナンからしばらく北上します。国道1号線がフエを通ってドンハま
で行きます。約 180km くらいです。フエとダナンが 100 キロくらい、フエからドンハが
80 km くらいです。
国道1号線を上がっていき、ドンハから国道1号線を逸れて西のほうへ走っていくと、
今回はそこまで行っておりませんが、ラオスを過ぎてタイとミャンマーの国境付近のタイ
側にメーソートというところがあります。ここまでは舗装道路が整備されているようです。
ミャンマーの中は、まだ完全には舗装道路が全てつながっているわけではないようです。
しかしタイ国境の外れまでは舗装道路が整備されました。
中央高速のようなイメージではなく、むしろ 20 号線のようなイメージですが、そういう
国際道路が完成しています。
タイは日本企業がこれまで投資を蓄積してきています。したがってタイにはかなり日本
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の生産拠点がたくさんあるわけです。ただ、バンコク港はタイ湾の一番北にあり、南シナ
海からかなり奥に入っています。ハノイ周辺で日本のメーカーが組み立てをしていますが、
ベトナムにはいわゆる裾野産業がそれほど多くないので、部品はどうしても日本から持っ
てくるか、中国から持ってくるか、タイのバンコク周辺から持ってくることになります。
例えばキャノンがプリンターを造るとか、ホンダやヤマハがオートバイを造るといったと
きに、部品はバンコク周辺から持っていったり、日本から持っていったり、中国から持っ
てきているのですが、例えばバンコク周辺から行くときは今のところは船で運んでいきま
す。そうすると 15 日ほどかかるようなのですが、この東西回廊ができたおかげでバンコク
から陸路北へ上り、北へ上るルートは2つあるようですが、東西回廊を東へ行き、国道1
号を通ってハノイまで行きますが、4、5日で持っていけるそうです。
そういう面では東西回廊が整備され、メコン川の橋が完成したおかげで、バンコク周辺
の日系企業から部品がベトナムに行くようになり、バンコクの日系企業にもメリットが生
じているように思いますが、やはり行ってみて感じたのは、東西回廊の使い勝手が悪いと
いうことです。もっと東西回廊の使い勝手がよくなると物流としても良いのではないかと
いうことを1つ申し上げたいと思います。
また、中国の昆明から南に降りてくる道路も整備されているようです。この道は完成し
ています。東西回廊もタイまでは完成しています。さらに今、バンコクからカンボジアを
通ってホーチミンまで行く第二東西回廊も建設中だということです。この道路の完成にも
期待がかかっているようです。やはり、ハノイのあるベトナム北部は中国の影響がどうし
ても強いです。ところがホーチミンのある南部はタイとの関係が強いのです。タイは日系
企業がかなり浸透しており、ベトナム南部地域とタイを結ぶという点で、この道への期待
も非常に高いように思われました。
もう一つ大事なことは、将来的なインド市場へのアクセスです。東西回廊がミャンマー
まで来て、ミャンマーの港からインドへ行けると、タイの日系企業とインド市場が結びつ
くのではないかという気がします。ミャンマーの港が整備されてくると東西回廊からの物
資がインドへ行きます。インド洋を通って、例えばインドのバンガロールは南部にありま
す。また、昔のマドラスといって今のチェンナイが東南部にあります。そのチェンナイに
もヨーロッパの企業が来ていたり、日本の企業も工場を建設中です。
そうするとタイに拠点を持っている日系企業がインドで直接投資をして工場をつくるよ
りもタイに既にある自分の工場で何かをつくり、東西回廊を利用して物を運ぶビジネスル
ートができるのではないかということも考えられます。
【変貌するインドシナ半島の物流】
地図を見ていただくと、インドシナ半島というのは東側にベトナムがあり、その西側に
ラオスがあり、タイが南北にあります。そしてミャンマーといった感じです。
ラオスとタイの国境をメコン川が流れてきていて、南に来て、カンボジアの中をメコン
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川が通っています。
タイとラオスの国境のメコン川をまたぐ第二ラオス・タイ友好橋が日本のODAで完成
しました。今から3年前です。引き続き、道路整備がなされてきていて、過去1、2年、
東西回廊が注目されてきているように思います。
距離的にはダナンからミャンマーまで約 1,500 キロあります。ミャンマー内ではまだ未
完成のところがあります。
この東西回廊の整備が進められてきていることに加え、今のタイミングが非常に重要だ
と思われるのは、FTAによって、これからいろいろな関税が引き下がっていく、それが
来年1月から始まるということです。
まず、ASEAN 加盟国 10 カ国の間で、関税の引き下げというのが従来から段階的に進め
られてきていますが、来年1月からはさらに進められ、かなりの品目で関税が撤廃されま
す。
2つ目が、中国と ASEAN10 カ国間のFTAが 05 年に締結されています。FTA の中で
だんだんと関税撤廃が進められてきていますが、来年1月から鉄鋼や輸送機器など一部の
ものを除き、すべての関税が引き下げられるというタイミングになっています。
3番目が、ASEAN と他の国、例えば対インド、対オーストラリア、対ニュージーランド
の FTA が1月1日から発効するということです。FTAの発効により、一気にということ
ではありませんが、関税がだんだんと引き下げられてきます。
対日、対韓というのはASEAN全体としては FTA は発効済みです。
したがって、
ASEAN
を中心に自由貿易圏が拡大する見込みがあるということと、それに伴い、インドシナ半島
の物流が大きく変わると予想されるということがあります。
今回、東西回廊の視察で、ベトナムのフエに泊まりましたが、そこはベトナムで一番幅
の狭いところになります。フエからラオスの国境まで車で2時間半ほどです。そしてベト
ナムからラオスに入り、ラオス国内を走り、またベトナム側に戻ってきました。
国境を通過して行きましたが、我々は日本人の旅行者なので、あまりビジネスには関与
しそうにない人たちだとは思いますが、そういった人たちが国境を通過する場合にも1時
間ほどかかりました。出国審査があり入国審査の手続きがあります。ベトナムもラオスも
右側通行で、ベトナムのバス等はそのまま入って行けますが、ラオス国内の通行許可証の
発行にかなり時間がかかりました。この東西回廊を利用したタイのバンコクとベトナム・
ハノイ、ホーチミン間を結ぶトラック便が日系の物流企業によって運行を開始されていま
す。品物の流れはタイで作られたいろいろな部品がハノイやホーチミンに運ばれています。
【東西経済回廊】
タイから北に上がり、東西回廊を東に行ってベトナムに行く場合ですが、タイは日本と
同じ右ハンドル左側通行です。タイで登録されたトラックがラオスとの国境でラオスに入
ります。そこでトラックが変わるのです。荷物をラオス登録のトラックに積み替え、運転
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もラオス人のトラック運転手がラオスの左ハンドルのトラックを運転するのです。その車
はそのままベトナムに入って行き、ハノイなりホーチミンに行きます。
タイで荷物を積んだトラックがずっとベトナムまで行くという状況ではないのです。制
度的には今年6月にタイのトラックがラオス、ベトナムに入っていけるようトラックの相
互乗り入れという協定が締結されたのですが、タイの運転手さんはベトナム内で運転する
ことを拒否しているということです。何かで警察の取調べを受けると、非常に面倒になる
ということで、タイの運転手さんはベトナムで運転をしたくないということです。
そうは言っても、東西回廊によってバンコクからハノイまで品物を持っていくのに大幅
な時間短縮になっていて、従来バンコクから船でハノイまで行くときは通関も含め12~
15日ほどかかっていたということですが、これが東西回廊をトラック便で行くことによ
り、いくらか使い勝手に不便はありますが、4~5日くらいでドア・ツー・ドアで行けま
す。
問題点は、東西回廊の国境通過の手続きに時間がかかってしまう。旅行者も1時間くら
いはかかってしまうということ。2つ目は国境が夜間は閉鎖されていることです。夜間に
トラックが国境に着くと、翌朝まで待たなければいけないという状況があるようです。ま
た、トラックの相互乗り入れが制度的にはできるようになっていますが、運転する人たち
が嫌っているという関係があるため、そういうことが改善されるともっと時間短縮になる
ということです。
現状、東西回廊を使ったトラック便が運行されていますが、運賃は割高です。理由は2
つあります。基本的にはまだ貨物の量が少ないため、どうしても運賃が上ってしまうとい
うこと。またタイからベトナムには運ぶものがあるのですが、タイから行ったトラックが
ベトナムからタイに戻ってくるときに、ベトナムからタイに運ぶモノがほとんどないとい
うことです。そういうものを片荷と言っていますが、10 対1くらいの感じのようです。従
ってタイからベトナムには荷物をかなり積んで行きますが、帰りは空で来ざるをえない。
そういうことも運賃が高いことに反映されています。日系物流企業はバンコク周辺の企業
にトラック便の利用を営業して、取り扱い荷物を増やそうとしているといます。
東西回廊は高速道路ではなく一般道路です。料金を取るわけではありません。片側1車
線、都市部では片側2車線です。フエやドンハといった比較的大きな都市では片側2車線
ですが、そういうところを外れると片側1車線です。制限速度は一般道路ではありますが、
80 キロ、市街地では 60 キロです。ベトナム中部のフエからラオス国境までが 160 キロ、
これを2時間半くらいで行きます。フエから北上しドンハまで国道1号線で、ドンハで国
道1号線と分かれて西に進んで行きます。ドンハでは大規模工業団地を造成中です。
ドンハからラオス国境に向けていきますが、30 分くらい行くと次第に山岳地帯に入って
いき点々と街があります。ベトナムの中では生活道路として利用されているというところ
です。ベトナム-ラオス国境で入国手続きに1時間かかったということと、走った日が日
曜日ということもあるかもしれませんが、全般的に思ったよりも交通量が少ないという印
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象を受けました。日本を出るときは東西回廊だからかなり車やトラックが走っていたりと
いう印象を持っていったのですが、そういうことではありませんでした。
ラオス国内に入って 35 分くらい走ったのですが、私がカウントした限りではすれ違った
のは 12 台のみでした。ほとんどが荷台の幌の下に石灰岩を積んでいるトラックでした。ラ
オスの中ではいわゆる日本でいう乗用車は見かけませんでした。トラックとかバンでした。
ラオス国内の山岳部を走ったのですが、高床式住居が点在していて、1階に家畜や小動
物を飼う住宅がありました。ラオスやベトナムは ASEAN10 カ国の中では後発国と言われ
ていますが、ベトナムとラオスではかなり生活水準に差があると感じました。一人当たり
GDP で見るとそれほど差がありません。共に米ドルでベトナムでは 1,000 ドルちょっとで
ラオスは約 700 ドルですが、この数字以上に開きがあると感じました。
また、この東西回廊を使ってバスでベトナムのフエなどに観光に来るタイの人たちが増
えてきているようです。我々がフエで泊まっていたホテルにもそうやってタイ人がバスで
フエに来たという人たちもいました。
ベトナム側の国境付近にラオバオという街があります。結構いろいろな建物ができあが
っているような感じを受けました。ショッピングセンターがあったり、免税店があったり、
ホテルがあったりレストランがありました。観光やビジネスで来ている人が多いという感
じは受けませんでしたが、施設はできあがっています。
ベトナムからラオスに入る国境付近では、通関などの手続き等をする建物よりも手前で
バスを降り、歩いていきます。ラオス側には歩いて入ります。歩いていく途中で赤い線が
ありますが、これが国境線です。ラオス側に両替所や ATM があります。
このほかラオス側には免税店がありました。免税店の中では買い物をしている人もいる
のですが、多分、個人のお客さんではなく商売をしている人という感じでした。
『ベトナム工業化の問題点』
ベトナムも外資を取り込み経済成長を進めつつありますが、裾野産業、部品産業が育っ
ていないということがあるため、組み立てをしてもその部品は周りの国や日本、中国から
持ってこなければいけないというのが一つの大きな問題です。やはり部品が自分の国では
作れないということは、その国内で付加価値がなかなか生まれないということだと思うの
で、部品産業を育成することは必要だと思います。
また、タイの場合には工業化にあたって自動車産業を育成していこうという強いメッセ
ージがあったと思うのですが、ベトナムでは、ベトナム政府がどういった産業を育成して
いきたいのか、あまり明確にビジョンを打ち出していないという風に思います。
『県内企業の商機拡大』
07 年末ですが、タイには日系企業が約 1,300 社行っているようです。山梨県の日本の GDP
に占めるシェアは1%弱ですが、それ相応の数の県内企業がタイに行っています。正確な
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統計はありませんが、聞いたり HP で見たりすると、県内からもかなりタイには行ってい
るように思います。そういったタイに行っている企業さんたちも、例えば経済発展でベト
ナムでいろいろな組み立てが起こってくると、部品などの需要が増えてくる可能性が高ま
ってくるため、そういうときに東西回廊の利用のようなトラック便を使って物流をやるよ
うな形で、ベトナム向けのビジネスが考えられるのではないかと思います。タイ進出の県
内企業にとっては、東西回廊の利用によりベトナム向けの新たな商機が生まれつつあるよ
うに思われるというところです。
さらに少し先の将来を見ると中国やインド向けで、両国に直接進出するのではなく、タ
イなど ASEAN 域内で生産し、輸出する方法も検討に値するのではないかと思われます。
三井住友銀行の調査月報、それは日本総合研究所が執筆をしているのですが、その 10 月
号に世界の生産拠点に飛躍する ASEAN という1ページのレポートがあります。先程申し
上げたように、いろいろな国との FTA が締結されており、その流れの中で関税がどんどん
下がっているとか、あるいはインドとの FTA が来年1月から発効するとか、そういうよう
に、ASEAN と他の国々との間のFTAで既に発効しているものと、これから発効するもの
とあり、ASEAN とそういった国々との貿易がかなり活発化していく可能性があります。
2010 年から ASEAN を中心とした自由貿易圏が大きく拡大するということ、また ASEAN
が先進国向けの生産拠点から新興国を含む全世界向け生産拠点へと飛躍する可能性が拡大
しているという内容の記事です。
最近、新聞や本を読んだりすると気になるのですが、日本の大手企業のいろいろな分野
がありますが、新興国向けの戦略がうまくいっていないのではないかという印象を持って
います。多分、皆さんもそういうお気持ちを持っているのではないかと思いますが、高付
加価値・高品質商品で機能を満載し、価格が高いものでも売れると思って日本企業は過去
30 年くらいやってきたと思います。欧米や日本の市場はそれで良かったのですが、欧米や
日本の市場が成熟し、これから量がそれ程はけないときに、やはり中国やインドというと
ころで売っていかなければいけないと思うのですが、これまでインドや中国市場で高機能、
高品質の製品で勝負しようとしてきていて、それではいけないということに気付き始めて
いると思いますが、そういう新興国市場でやはりこれからがんばっていかなければいけな
いという気がしています。
【建設会社】
話は飛びますが、ホーチミンにある大林組のトンネル工事事務所に行きました。どうい
うことをしているかというと、ホーチミン市内を東西に貫通する高速道路21キロメート
ルを建設中です。これは日本の ODA で行われています。
その高速道路 21 キロメートルのうちパッケージ1というのが最近完成しています。サイ
ゴン川というホーチミンを南北に流れている曲がりくねった川があるのですが、そのサイ
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ゴン川の西側 13 キロは大林組と三菱建設が共同で造っています。事業費は 140 億円です。
これは私共が行った少し前の9月2日に開通しました。太平洋戦争後にフランスからベト
ナムが独立した独立記念日に開通式をしたということです。片側3車線、サービス道路が
さらに外側に3車線ついているというかなり幅の広い道路です。速度制限が 80 キロです。
また今建設中なのはサイゴン川のトンネルとそれから東側に8キロ行くパッケージ2とい
う工区です。これは大林組が単独で造っており、事業費はトンネル工事もあるため 280 億
円です。これは来年4月 30 日くらいに開通予定だということです。道路を造るのに用地買
収といったことが必要なのですが、ベトナムでは元々中国と同じように、土地は国のもの
なので土地を買収する替わりにその使用権を 50 年契約で買うようなものなのですが、中国
とは異なり強制執行はしないそうです。説得をして立ち退いてもらいます。その立ち退き
は大林組ではなく別のところがやっていますが、そういうもので時間がかかったというこ
とは言っていました。
また、大型インフラプロジェクトとしてハノイ-ホーチミン間の新幹線計画があるよう
です。これは5兆円の事業費で国家予算の2倍です。
また、工業団地は港や工場に近いことが第一条件だと言っていました。サイゴンの中心
部で川沿いに大林組の事務所があります。サイゴン川に橋ではなくトンネルを造ったのは、
サイゴン川は大きな船が多く通るので、橋だとやりにくいので川の下を通るトンネルにし
たようです。まだ今の段階ではお金は徴収していないのですが、いずれは徴収を始めるよ
うです。一応高速道路の供用が始まっているというところです。
【銀行】
主にベトナム経済と産業に関することを三井住友銀行で聞いてきました。まず、ベトナ
ムの GDP 成長率は 90 年代、2000 年初めと 8.9%と非常に高い数字できていました。リー
マンショック等、世界的な景気の低迷もあり今年の GDP 成長率は確か、政府の目標は5%
だったと思いますが、実態は 3.5%くらいになるのではないかということです。どうも経済
統計は弱い経済を示しているようですが、住んでいる印象として、かなり内需は強いとい
うことです。マクロ統計はすぐに発表され、各四半期の GDP などは3ヶ月間が終った直後
に発表され、その後1度も改訂されないようですが、実感としては景気が良いということ
でした。
給与水準はワーカークラスで月給 120 ドルです。今は日本円で1ドルが 80 円台後半だと
すると月給1万円くらいになります。そうすると日本の 20 分の1くらいになるのではない
かと思います。そういう月給 120 ドルの人のほとんどがバイクに乗っています。バイクの
価格が 1,000 ドル~2,000 ドルなので普通だと買えませんが、多くの人が所有しています。
これが不思議なのですが、よく言われているのは確か越境といって、外国で働いている人
たちからの送金がベトナムに入ってきて、そういうものの中には統計に出てこないものが
あり、海外からの送金があるため、ある程度高いものも買えるということです。今、売れ
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ているのは液晶テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコンです。
国としてのポテンシャルは高いのではないかということです。石油、天然ガス、鉄鉱石、
ボーキサイトといった資源があり、石油も非常に質の良いものが採れています。また、食
料自給率は 160%で食料も豊富であるということでポテンシャルが高い。人口は 8,600 万人
でしかも若い人たちが多く、人口が増えており、また平均年齢も 30 歳に達していないとい
うことです。最大の輸出相手国はアメリカです。中部のダナン港や南部のホーチミン港か
ら輸出されているということです。またタイとベトナム南部、つまりホーチミンがあると
ころですが、非常に結びつきが深いということです。例えば日本の銀行などもホーチミン
に駐在する人は、前任地はバンコクからというのが非常に多いということでした。
ASEAN にいる日系企業は ASEAN の中での工場の再配置を考えているようだというこ
とです。再三申し上げているように、ASEAN の中で関税が低くなるので、ASEAN のどこ
かの国で集中的に生産するほうがよいのです。少し前まではトヨタ自動車など自動車メー
カーはそれぞれの国々で、工場を持ち、自動車を生産していた時期もありました。だんだ
ん今はそうではなくなってきていると思いますが、ASEAN の他の地域で販売するというこ
とも関税が低くなると可能になってくるので、どこかで集中的に造るようになっていくの
ではないかということです。
また、バンコク港は北のほうに入っているので出入りに時間がかかるので、バンコクか
ら例えば南側に第二東西回廊などができるとホーチミンまで陸上で運び、ホーチミン港か
らアメリカに輸出するようなルートができあがるのではないかということです。
【物流会社】
最後にロジテムという日系の物流会社で話を聞きました。インドシナ半島ではかなり古
く、ラオスには 08 年に進出しました。タイにはもっと前から行っているということです。
インドシナ半島でタイ、ラオス、ベトナム3カ国に拠点を持つのは同社だけとのことでし
た。
日系企業向け幹部のハイヤーや従業員のバス送迎、日系企業のいろいろな部品、特にベ
トナムであれば南部から北部の組み立て工場に運ぶようなトラックによる部品の輸送事業
をしているということでした。バンコクからハノイは陸路で 1,600 キロメートルです。こ
れをトラック便が走っていて4、5日かかります。船では 12~15 日ほどかかるのですが、
ベトナムには裾野産業が少ないのでタイから部品などを運んでいます。
この会社のバンコクからハノイへのトラック便には日系企業が利用しているということ
です。ハノイにある日系企業の組立工場に運んでいます。
物流会社として、日系の現地生産に必要な部品を運んできている立場とから見るとタイ
とベトナムは 30 年くらいの差がある。また、ラオスとベトナムは非常に関係が濃く、ラオ
ス共産党幹部はベトナムで教育を受けて、またラオスではベトナム語表記が結構多いとい
うことでした。
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【風間善樹氏
産業活性化研究所】
私も行ってきたわけですが、波木井先生が内容は詳しくお話されました。私のホーチミ
ンの印象としては、相当経済的に活発に動き出しているなということでした。もちろん先
程の大林組がやっている道路も活発に工事しているし、街の中に高層の建物を建設中とい
うのも結構見ました。あと4、5年経ったらホーチミンというのは相当発展した街になる
のではないかという印象でした。
また、先程電線の写真がありましたが、100 本~150 本、200 本くらいの電線が幹線道路
に行くと両側にずらりとあるのです。しかもそれが街路樹の枝の中を突っ切っているので
す。街路樹が揺れたり、日本の四国や九州のように台風でもあったら電線は切れてしまう
のではないかと思って聞いたら、「ここは台風はきません」ということでした。本当に台風
でもあったらおそらく電線はダメだと思います。電話線も通ったり電力線も通ったりして
いると思いますが、よくあの電線を管理していると思いました。あの辺の整備を今後4、
5年の間にやっていくとかなりよいのではないかということと、三井住友銀行のホーチミ
ン支店長の話の中に、ベトナムは表の経済とアンダーグラウンドの裏の経済があり、どう
も裏の経済のほうが表の経済より少し大きいのではないかという話がありました。そうい
うことを聞くと、なるほどと思いました。タイや中国から家電製品、液晶テレビや洗濯機
や冷蔵庫、エアコンといったものが大量に来るのだそうですが、全部売れて品薄なのだそ
うです。
また、昨年の一般の賃金のアップ率は 30%だったそうです。所得水準というか給与水準
が 30%も増えているということで、購買意欲が結構盛んだということでしょう。ベトナム
の工業団地は前から見ていますが、部品の一部をやったり、完成品も一部作ってはいます
が、素晴らしい家電製品を作っている工場はあまりありません。だからどうしても完成品
はタイや中国や日本から持っていくしかないというような状況だと思いますが、ベトナム
人の才能は相当良いようなので、今後5~10 年先にはどうなっているか分かりません。今
回は工場は見せてもらっていませんが、3年くらい前に行ったときには、パナソニックの
テレビの組み立て工場を見せてもらいました。1,000 人か 1,200 人くらいの工場でしたが、
人間の女性の手で組んでいるのです。それで不良品がほとんど出ないのです。むしろ、自
動機などを使うよりも人の手でやったほうが良いというくらい頭がよいそうです。しかも
とても真面目です。中国人は見ていなければ手を抜いて不良品が多くなることがあります
が、ベトナムは見ていなくてもよいそうです。1,200 人くらいの工場で日本から行ったのは
社長と経理部長だけで後は全部現地の人だそうです。中国の場合歯 1,000~1,500 人くらい
いれば、20~30 人くらいの日本人が行って管理しないと不良品が多くなるということです。
だからそういう点からするとベトナムの産業はこれから5~10 年先はすごく発展するので
日本企業が工場をアジアに造るのであれば、これからはベトナムが良いのではないかと思
いました。
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またホーチミンはハノイと比べて割合くだけた街という印象でした。ホーチミンの周り
でいろいろと事業展開するのもいいのかなという印象を私は受けました。
【三石尚氏
三洋機工株式会社】
行く度に刺激的な研修旅行となりますが、行ったところで感じるのは日本がバブルで弾
けた後に、世界中の後進国と称する国々が急速に大発展をしているということです。
以前、この会議の調査で香港から陸路で中国の深圳に行ったとき、日本のような地上に
国境のない国からいうと、国境越えをするということはなかなか大変なことだという印象
を強く受けました。深圳に行ったときも、香港から深圳にたった1mか 10mのところを越
えるのに随分と時間がかかりました。今回もベトナムからラオスに入るのに、多分距離で
は 100 メートルちょっとくらいですが、その通過に1時間以上も時間がかかりました。大
変なことです。
ベトナムからラオスに行くと、いきなり縄文時代に帰ってしまったというような印象が
あります。高床式の住まいが波木井先生のお写真の中ではまだ程度の良いものが写ってい
ましたが、本当に豚と人間が一緒に住んでいるような状態でした。また藁葺きということ
ではないのでしょうが、ヤシの葉かバナナの葉で屋根を葺いたようなところに5、6人、
7、8人の家があちらこちらにあるのです。この人たちは多分、働くところがないであろ
う。ただ食べるだけの生活をしているというように印象付けられました。
ベトナムとラオスにまたがって、ベトナムのほうはかなり近代的になっているが、ラオ
スに入るとまるっきり違うという衝撃的な印象だったと覚えています。
ラオスに近い高級レストランで食べたベトナムの食事がなかなかで、皆、お腹をすごく
痛めるのではないかという感じではあったのですが、痛めずに幸いでした。
話は飛びますが、ホーチミンの街に2、3年前に行ったときに印象付けられたときより
も、単車の数が今回は少なかったような気がします。単車が四輪車に変わりつつある光景
がはっきりと目にしたような気がしました。2、3年前に行ったときには、ホンダに乗っ
ていると優越感を持てるという話がありました。単車も、日本車もあれば韓国車も中国車
もあります。中国車のほうは買うと 10 日から1ヶ月もすると故障してしまうが、日本車か
ら比べたら半額以下の値段で買える。また韓国車は中国車よりも良く、約半年~1年くら
いは故障なく乗れるということで、中国車の感覚と日本車の感覚の中間点のような感じで
した。
今回、単車の後ろを見るとホンダがずいぶん増えたと思ったのですが、車窓から見てい
るとホンダのシートが至るところで売っていました。シートを取り替えればホンダ車にな
るということで、やはりホンダに乗って優越感を感じている人たちが形ばかりですが多い
と思いました。
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【高根明雄氏
山梨県庁】
私の感想ですが、まず一番最初に驚いたのは、東西回廊です。地図を見ると非常に太い
線になっています。回廊や高速道路というイメージで私はこの視察に臨み、日本の ODA が
各国に立派な道路を造り、物流の根幹になっているものを整備してあるのかという想定で
行ったのですが、写真にあるようにフエからラオスに入っていくと、日本でいうところの
田舎道みたいな感じです。これが本当に回廊かという印象は持ちました。これは百聞は一
見にしかずということで、見なければ分からないという分野だと思います。
今回の視察を通して一番感じたのは、ロジテムという物流会社に行き、この地域の経済
や政治の情勢についてなかなか聞けない部分が聞けたというのが非常に参考になったと思
います。波木井先生の話にもありましたが、例えばラオスとベトナムは国の関係は非常に
良いが、民間レベルでいうと言葉も似ているタイとラオスのほうが、人のつながりなどの
点がうまくいっているという話がありました。実際の経済と政治というか国の関係が違っ
ているという感じがしました。
もう一つ、ロジテムの話の中で、やはり今、日本中の企業がバンコクとかこの地域に進
出しています。その3年、5年先を見て物流のトラック網を整備していこうということで、
各国を回って例えばラオスに保税の施設を造ったり、トラックの積み替えができるような
施設を造ったりということを着実にやっているというのも意外と捨てたものではないと思
いました。
ただ一方でふと感じたのは、これは横の道路だけなのですが、縦の道路を通してやはり
中国の影響が非常に大きくなってくると思うし、この道路をよく見ると東西回廊と合わせ
て南北の回廊が縦に入ります。ということは、やはり中国が経済をはじめ、いろいろな面
でこの地域全体に影響を及ぼしてくるのではないかと思います。日本は多額の投資をこの
地域にしているのですが、どうも日本の経済効果というか、そういうものがもう少し評価
されるようなこともこの地域には必要かということも感じました。
また、話は違いますが、たまたまその後の 11 月にちょうどタイとミャンマーの国境に行
き、国境を通ってみました。そちらは波木井先生の話のラオスとベトナムの国境とは違い、
比較的スムースにタイからミャンマーに入れました。意外と物流は動いているかなと感じ
ました。
そこでは朝6時半から夕方5時までに帰ってこいという1日のそれも時間の限られたビ
ザしか下りなかったのですが、翌朝の6時半に並んでどんな荷が動いているかということ
を見たのですが、驚いたのはミャンマーのほうから生鮮野菜や何かがタイへ入り、タイか
ら工業製品がトラックに流れる、経済の力関係から見るとそうなのかと思っていたのです
が、朝の状態を見ると、タイ側から生鮮野菜をはじめ農産物がたくさん流れてきている。
工業製品もいろいろ流れてきている。またミャンマーからは、荷を抱えた個人がどちらか
というと動いてきている。つまり物流でこんなに経済の差というか、タイとミャンマーの
経済の違いをとても感じました。そういうことで国境というのはいろいろ回ってみると勉
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強になります。今回は2つの国境を通ったのですが、いろいろと比較ができました。やは
りこの地域というのは、今から経済が一つになり関税が下がりますが、国の関係や国境を
もう少しスムーズに通れるような仕組みづくりができないとなかなか経済効果には役立た
ないのかなというのを2つ通って感じました。
最後はやはり、日本が一生懸命やっているということを日本政府もそうですが、この地
域の各国に働きかけが必要ではないかということを少し感じました。
【渡辺利夫氏
山梨総合研究所理事長】
今回の旅行からの帰国後の翌日が東京新聞の原稿の締め切りで、「中国化する東南アジ
ア」という題で原稿を書きました。波木井先生がおっしゃったようなことを書こうかと思
ったのですが、もう少しマクロ的な観点から書いて見ました。
東南アジアの地図を見ると、南シナ海は中国を囲んでいる海で、台湾があってその南側
が南シナ海です。上が東シナ海となります。タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ブル
ネイ、これは南シナ海以外に外洋がないのです。マレーシアも少なくとも東海岸のほうは
南シナ海以外には出て行けません。ということなので東南アジアにとって南シナ海は決定
的に重要な海なのです。
ところが、これは中国の軍事専門家の話ですが、南シナ海の制海権はほぼ中国が握って
しまったというのが通説です。南シナ海のど真ん中には南沙諸島と西沙諸島という2つの
島嶼があり、この辺で石油が出るわけで、これがどこの海かというのはこの辺の地域紛争
の大きな原因だったのですが、それぞれの国が領有権を主張しているわけです。
しかしご存知かもしれませんが、中国は領海法を設定して、これは自分の海というふう
に踏み込んだということがあります。その法的な整備のみならず、ハードウエアの面でも
力を蓄えていき、ほぼ制海権を握ったと専門家は言っていますが、私もそうではないかと
思っています。
西沙諸島を巡って、ベトナムと中国が交戦したこともありますが、今はとても交戦でき
るような状態ではないということです。
今回、行って驚いたのは海を通じて東南アジアが中国化していくのみならず、中国が陸
を通じて東南アジアに進んでいく南下の大動脈がほぼ完成に近づいているということを、
実際に走ってみてそうだろうと思いました。
実は昨年3月に雲南省の昆明に行き、少し下まで行ったのですが、南北回廊でラオスを
一部通ります。あそこまでは行っていませんが、今、あそこに第3メコン国際橋を建築中
だそうです。これが再来年に完成するそうです。これが完成すれば昆明からバンコクまで
一気に下りてこられるということになります。東西回廊は先程、波木井先生もおっしゃっ
ていたように昔は我々はモールメイと言っていたのですが、今はモーラミャインと言うの
でしょうか。要するにミャンマーに入る入口まではもう完成しているわけです。ですから
東西回廊と南北回廊はバンコクの北方、どのくらいでしょうか。200 キロくらいのところで
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クロスするという感じになります。
また、先程のご報告にあったように、カンボジア辺りを通る第二の東西回廊ができてい
るということです。ちなみに申し上げると、ハノイがあります。そのまた上が広西壮チワ
ン自治区で、そこの最大都市が南寧です。南寧からハノイまで国際列車が今年の1月1日
に開通したそうです。それからそれに並行する道路も建設中だというふうにも聞いていま
す。この地域はご承知のように陸続きのところなので華僑がかなり昔から住まっているわ
けです。ベトナムにもラオスにもカンボジアにも。事実、ホーチミン市というのは東南ア
ジアでも最大の華僑の街があります。そういう地域なので中国との親和性がもともと高い
地域です。そこにこういう大動脈ができました。しかも東西でいうとこれを日本の ODA が
出しています。先程も波木井先生がおっしゃっていましたが、このことによって日本のバ
ンコクを中心に進出している日系企業のビジネスチャンスがインドシナ半島全体に広がっ
ているという側面はもちろんありますが、同時に中国が南下する大動脈ができたというこ
とです。日本の ODA もこれの手伝いをしているということでやや皮肉な気分もないわけで
はないということです。
そんなことを心配というか、日本と中国のインドシナ半島、あるいは南シナ海を巡る確
執というのが次の大きなテーマになりはしないかと思います。
ついでながらあと5、6分いただくとすれば、「東アジア共同の危うさ」というエッセー
を先週、東京新聞に寄せたわけです。今日の話と直接は関係ないかもしれませんが、今日
の話と若干関連を持たせれば、こういう現実というものを本当に今の日本の政権が見てい
るかどうかということです。どうもそうは考えていない。もっと友好と善人の体系とみな
している。そういう政権のアジア政策というのはかなりきわどいのではないかという思い
を込めて書いてみたものです。
というのは言うまでもなく、鳩山さんも岡田さんも東アジア共同体ということを強く言
っています。これが日本のアジア外交の基軸だと言っています。国民の賛同、アカデミズ
ム、産業界の賛同も非常に強いように思うのですが、私はそうは思わないという主張をし
てみたわけです。実は東アジア共同体というのは日本の主張ではなく、もともと中国の主
張なのです。これは、ASEAN+3だったわけです。ASEAN は 10 カ国、それにプラスし
て日中韓と、10+3が中国の主張だったのです。それはどうしてかというと、この地域で
あるならば中国が主導権を取れるという見込みからだったのだろうと思います。
しかし、当時の日本の政権は例えば外務省はその匂いを嗅ぎ取り、やはり中国の意図を
希釈するというか薄めようという意思を持ち、インドとオーストラリアとニュージーラン
ドを招き入れたわけです。この日本の意向というのは、実は中国主導のASEAN+3が
できると、やはり中国のプレゼンスが大きくなりすぎてたまったものではないという気分
を東南アジアのいくつかの国は持っているのです。特にインドネシアとシンガポールはそ
ういう態度を見せました。彼らのサポートを受け、ASEAN+3にインドを加え、オースト
ラリア、ニュージーランドを加え 16 カ国の外交になりました。この外交は久方ぶりの日本
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のアジア外交の勝利かと私は思っていました。その通りで、以来2年半くらい経ちますが、
中国は東アジア共同体ということを一切言わなくなったのです。だからお蔵入りにしてし
まった構想だったということです。
中国はその後何をしてきたかというと、それ以前に結ばれた ASEAN との包括的連携協
定に基づき、つまり 10+1の戦略に基づいて中国は独自のアジア外交を進めていたという
わけです。東アジア共同体もあまり日本では騒がれなくなり、私自身の考え方からすれば
それでよかったと思っていたら、皮肉なことに新政権が古書本を引っ張り出してきたとい
うことです。古書本が中国や韓国で快く受け取られているかというと全然受け取られてい
ません。先日、鳩山さんと李明博と胡錦濤の3首脳が会った会議のときは大変結構な構想
ですねと言ってくれただけなのです。積極的にサポートするとも何とも言っていません。
それは無理のない話であって、韓国や中国にとっては日本が主導するような、リーダーシ
ップを持つかのような日本の主張には乗りたくないと、こう考えるのも無理もない話だろ
うと思うのです。
このようなことを考えてこの旅行をしていたので、何かしらジャパンパッシングが日本
の金城湯池と考えられていたような東南アジアでも起こり始めているのかという不安感と
いうものを持っていたのですが、そういう思いをますます強く抱かされたというわけです。
【質疑応答】
Q:
今回お廻りになった国でもASEANの中でも構わないのですが、今、通貨は完全に
ドルペッグ制になっているのでしょうか。
A:
タイバーツはもうドルペッグ制ではなくなっています。アジア通貨危機でオフィシャ
ルにドルペッグ制は放棄しまして、そのまま変動相場制に入って来ていると思います。
ただ、日本と同じような変動相場制なのか、いわゆる管理不動となったら困る、多分管
理フロートと思いますが、ドルペッグ制でも全くないと思います。マレーシアは確かま
だ固定をしていると思います。ベトナムもタイバーツほどではありませんが、かなり自
由に変動していますので、ドルペッグ制ということではないと思います。
それから、通貨スワップ協定というのは、ある国が、外貨が必要になった場合に、相
手国から相手通貨を融通してもらう協定です。今、アジアの通貨はそういう危機的な状
況には、97 年の通貨危機以降はなっていませんので、通貨スワップ協定が発動されたこ
とは、ないと思います。中国が東南アジアの国々と結んでいたとしても、実際に協定に
よって人民元が東南アジアの国々に融資されているということは、多分まだないと思い
ます。
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渡辺理事長:
今、波木井先生の答えで正しいと思いますが、ご承知の 10 年前のアジア通貨危機まで
完全にドルペッグ釘付け制度をとっておりましたが、それがダメだということになり、
マレーシアを除くすべてのアジアの国々がフロート制に入りました。ただ、おっしゃる
ように完全なフロート制ではなく管理フロートだということで良いと思います。
その点で一番端的なのが中国です。中国は人民元の切り上げをやってきました。切り
上げを始めたのは2年以上前です。これは銀行間レート、つまり銀行間の貸し借りです。
銀行間レートの中間値を基準にして、翌日はマイナス 0.3%からプラス 0.3%まで、つま
り 0.6%の幅で変動できるというわけです。ですから、翌日もう一度その中央値を0.3
ごとに理論的には切り上げていくことができます。これをずっと続けてきたわけですが、
リーマン・ショックに直面して完全にストップしました。そして今の人民元のドル・レ
ートは固定に戻っています。そういう意味で管理フロート制だということができると思
います。そんな次第で人民元を含めてアジアの通貨のフロート制が定着しつつあります。
しかし、管理されたフロート制だということだろうと思います。
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