米国通信・メディア産業における再編・統合化の 最終段階(上)

関東学院大学『経済系』第 224 集(2005 年 7 月)
論 説
米国通信・メディア産業における再編・統合化の
最終段階(上)
Terminal Stage of U.S. Telecom-Media Mergers and Convergence
奥 村 皓 一
Koichi Okumura
要旨 20 世紀末から始まった米国の第 5 次 M&A ブームは,史上最大の規模を誇り,欧州・アジ
アをも巻き込み 21 世紀の現在も進行中。その M&A の代表企業だった AT&T は,長距離通信と
メディア(CATV)の両業界を統合した“新独占”となったが,情報通信大競争化下でその王国は
崩壊。旧子会社に買収され,140 年の歴史を終えた。通信とメディアの合併統合化はさらに進み,
巨大通信寡占体とメガメディアが互いの分野へ相互浸透し,さらに次なる業界を超えたメガ・マー
ジャーへ進み 21 世紀型資本主義の主導的役割を目指す。
キーワード 通信規制緩和,自由競争,新独占,新興通信企業,IT・通信バブル,インターネット・
ゴールドラッシュ,米英世界通信秩序,地域通信独占,ブロードバンド,トラッキング・ストック
はじめに
1. メガメディア資本の M&A 結合
(1) インターネット・ゴールドラッシュ
(2) 新帝国 AT&T の「構築と誤算」
(3) 倒産ラッシュの花形通信界
(4) 通信バブルによる過剰設備投資
(5) 欧州テレコム資本の破綻
2.
AT&T の興隆と再分割・崩壊
(1)「新独占」の解体
(2) AT&T の四分割案の出現
(3) AT&T ブロードバンドのコムキャストへの売却
(4) AT&T 本体の売却戦略
(5) AT&T の救済買収者としての旧子会社
(6) ベル系大資本再結集による新秩序
(以下下編)
3. 新たな寡占支配の構造
4.
5.
通信寡占とメガ・メディアの相互浸透
エピローグ
はじめに
ル化)に適合した全地球規模の支配秩序を形成で
きる「スーパーメジャー」を構築しようといる資本
20 世紀末の 10 年と 21 世紀初期の数年にかけ
の基本的動機を持っていたということができよう。
て,進行してきた第 5 次合併ブームは,グローバ
M&A の研究家のパトリック A・ブーガン教授に
リゼーションの第 2 段階(先進国中心の地球化か
よれば,1992 年から始まった第 5 次買収合併ブー
ら,GAP と言われる途上国,新興国,旧社会主義
ムは,世界的な現象であり,米国拠点の M&A ブー
(移行期経済)諸国全体をも射程に入れたグローバ
ムは欧州やアジアを巻き込んだ巨大 M&A(Large
— 70 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
mega mergers)は敵対合併がすくなく,戦略的な
るデジタル時代の王者となり,アメリカの通信メ
合併であり,産業内企業群統合化,産業間の業界
ディアのグローバル秩序の構築をめがけて,90 年
垣根を越えた買収・合併があり,グローバリゼー
代後半にかけてすさまじい M&A の戦いを演じた。
ションに対応しようという性格を持っていたとい
AT&T は,米国 CATV の巨人企業= TCI やメ
1)
う。 ビッグ・ビジネスのメジャーズは,スーパー・
ディアワンを買収し,米国 CATV 首位のタイム・
メジャーズへと巨大化し,新段階のグローバル化
ワーナーとも提携し,IBM の国際通信部門も買収
に対応しようとした。
して,米国最大の長距離国際通信,
(ビジネス通
1990 年代の超大型 M&A を最も効果的に完結さ
せたのは,米(英)国際石油資本であるエクソン
信)無線通信にして,最大の CATV という業界の
垣根にまたがる新型独占体を形成した。
とモービルと旧スタンダード系の 3 社=ソハイオ,
だが,通信規模緩和と通信市場自由化と株式資
アモコ,ARCO と英石油(BP)との合体,そして,
本主義の結びつきによる,AT&T 王国のエスタブ
旧スタンダード系のシェブロン・テキサコの,同
リッシュメントに対する新たな挑戦者の出現が創
じくコノコと独立系マイナー・メジャーの合体に
りだして過剰供給とすざましい価格競争は IT,通
よるコノコ・フィリップスの成立が 20 世紀末から
信バブル崩壊をもたらした。新型通信資本の代表
21 世紀にかけて完成し,アメリカの新しい石油戦
格であるワールドコム(後の MCI)をはじめ,クェ
略が全地球規模で展開されることとなった。
スト,グローバル・クロッシングをはじめとする
イラク戦争によりイラク原油を制圧した後に,
イラクの民主化と軍事基地化を基礎に,イランや
大手通信企業のほとんどが経営危機に,半数以上
が倒産に追い込まれた。
サウジアラビアへの影響力を行使し得る地歩を固
「新独占」の通信,メディア企業 AT&T にも崩
め,さらに拡大中東である北アフリカ(反米から
壊が追っていた。AT&T には CATV を買収,資本
親米に転じたリビア)や中央アジア(カスピ海産
下に統合したとはいいなから,両社の企業文化の
油諸国)をも含めた拡大中東の油田を押さえ,さ
対立は絶望的で,巨額買収による巨大借り入れに,
らに西アフリカ,中南米,南アジア,ロシア油田,
通信値下がりとシェア低下が追い打ちをかけ,株
中国油田の開発へ進もうとしている。
価下落が進行し始め,やむなく,AT&T の 4 分割,
グローバリゼーションに向けてのウォール街−
AT&T の CATV 部門= AT&T ブロードバンドは
ワシントンの産業,金融再編成は,アメリカ経済
コムキャスト・コープに売却,無線通信の AT&T
の圧倒的優勢の体制のなかで,行われたものでは
ワイヤレスは,AT&T の旧子会社の SBC コミュ
なく,コンピュータ・エレクトロニクス自動車や
ニケーションズとベルサウスの無線通信子会社の
航空宇宙,医療メーカーに比べて決して優位とは
シンギュラーコミュニケーションズに買収された
いえない状況に追い込まれたなかで,展開されよ
(2004 年 12 月)。そして,業績が下向線をたどる
AT&T 本体の救済買収者として,旧子会社のベル
うとしている。
世紀末から今世紀にかけて最もドラマチックな
サウスと SBC コミュニケーションズが登場して
M&A を演じたのは,通信,メディア,アミュー
きた。遂に,140 年近い歴史を持つアメリカ株式
ズメントで 2005 年以降もドラマはさらに展開し
会社のシンボル AT&T はつい数年前までは,米国
ようとしている。
通信革命のリーダーとしての新独占,BT と組ん
通信,メディアのスター企業は通信,メディア・
アミューズメントが巨大資本の下に重合一体化す
〔注〕
1)Patrick A.Gaugham, Mergers, Acguisitions, and
Corporate Restructurings, John Wilef & sons, inc,
2002, third edition, P.53, 55.
だ米英国際通信レジームの担い手といわれながら,
子会社に救済買収されるという形で,米国産業史
の舞台から消えた。
ドラマはそれで終わる訳ではなく,さらに次なる
展開を迎える。通信値下げ競争に交わることなく,
資本蓄積のできた旧ベル系(AT&T 子会社)の地
— 71 —
経 済 系 第
224
集
(出所)
:Mergerstat Review, 1981, 1991, and 2001.
図 1 アメリカの買収合併件数 ― 1963 年 − 2000 年(単位 1000 件)
(出所)
:1)Bernard, Black, “The first International Merger Wave”, Miami Law Review, 54, July 2000,
pp799–818.
2)Thomason Financial Securities Data.
図 2 アメリカと欧州の M&A 金額の推移(単位 10 億ドル)1999 年∼2000 年
域独占通信会社 7 会社が買収,合併を重ねて巨大
SBC の MCI 買収に対抗して,ベライゾンとク
資本化し,ベライゾン,SBC コミュニケーションズ
ウェストが MCI ワールドコムの買収を 2005 年の
とベルサウス,それに AT&T 系のベンチャー企業
春に競い合うことになった。ベライゾンはさらに,
からスタートしたクウェストと US ウェストの合
新型携帯電話のネットスケープを買収したばかり
体したクェスト・コミュニケーションズがあった。
の独立系通信会社のスプリントの買収を狙ってい
— 72 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
た。加えて,同社は,クウェストの買収すら狙う
ン・ブッシュ政権の顧問や高官たちが呼んだ,20
といわれる。のみならず,ベライゾンは,当社が
世紀末 において史上最大の M&A ブームを演出し
55%の株式を保有している。英ボーダフォン・エ
たアメリカ株式資本主義の好況と,それに続くバ
アタッチとの共同携帯通信会社の全株式を取得し
ブル景気の中心に,情報通信・メディア産業が位
ようとしている。
置していた。
かくして,SBC,ベライゾン,ベルサウスを中心
過剰投資バブルが 21 世紀に入って崩壊すると,
とする統合通信巨人の体制ができ上がったのであ
米国情報通信業界は,たちまち史上最大の破局を
るが,さらに次なる舞台が用意されている。通信
迎えることとなった。
とメディアの統合への挑戦が始まろうとしている。
その大破局において,情報・通信・メディア M&A
AT&T ブロードバンドを買収したコムキャスト,
の中軸をなし,通信,メディア統合の新独占体を
同じくその買収候補だったタイム・ワーナーやコッ
築いた AT&T と新興通信企業として 70 回を上回
クス・コミュニケーションズ,ケーブルビジョン
る買収合併によって,長距離は,インターネット・
が,次々と通信分野へ参入しようとしている。巨
データ通信の雄となったワールドコム(MCI)が
大 CATV,メディアが通信へ,これに対抗して巨
隆盛の頂点から崩壊の過程をたどることとなった。
米国最大のビジネス向け新世代通信会社として,
大通信資本がメディアへの進出を開始し,両陳営
入り乱れての 21 世紀の争奪戦が開始されようとし
アメリカの世界通信秩序(世界通信レジーム)を荷
ている。通信・メディア統合のスーパー・メジャー
担う新旧の二大企業は,旧 AT&T の子会社(ベル
形成への戦いが始まろうとしている。本稿は 20 世
系)の地域独占通信資本に買収されることによって
紀末の 10 年に加えて 21 世紀初の 10 年がつなが
消滅し,米国産業史上最も悲劇的で,ドラマティッ
る通信メディアのスーパー・メジャー形成への買
収合併の長編劇を分析・解明しようというのであ
る(図 1・2 参照)
。
1.
ムが高度化していく事実に居心地の悪さを感じ,前
途に漠然たる不安を抱いていたのである。イェール
大学のロバート・シラー経済学部教授が,グリーン
スパン議長および FRB の首脳部の前で,
「市場の株
価水準は不合理(irrational)である」と証言した 2
メガメディア資本の M&A 結合
日後に,同議長はこの言葉を使った。もちろん彼は,
新興のテレコム企業や通信機器企業群の IT 関連銘
(1) インターネット・ゴールドラッシュ
「狂騒の 90 年代(The Roaring Nineties)
」2)「根
拠なき熱狂(irrational exuberance)
」3)とクリント
2)ノーベル賞受賞経済学者で,クリントン政権下の
通信政策顧問だったヨーゼフ・E・スティグリッツ
教授の表現で,
「ジャズと狂騒の大恐慌に至る金ピ
カ 20 年代(Roaring Twenties)
」をもじって「The
Roaring Nineties」という書名をつけた。
3)アラン・グリーンスパン連邦準備制度理事会議長が,
IT・通信バブルが始まった 1996 年代に使った警告
表現。
柄を先頭に,ニューエコノミーに向けて,ウォール
街の大手投資銀行が指導する高株価ゲームが推進さ
れていることを知っていたに違いない。その 7 日後
には,グリーンスパンは,経済・株式市場が楽観的
な「新時代」にあるとの立場をとるようになった。
彼は「新時代思考」を提示し,
「IT 革命がインフレ
なき経済成長をもたらす」との現代神話の布教者に
変身した。彼は,公的な発言について非常に気を遣
う人物で,いずれの見解に対しても,自分自身の態
度を明確にしない金融テクノクラートである。謎め
いた言葉を吐く預言者の現代版ともいえるグリー
ンスパンは,何かを宣言するというより,疑問を投
解説:
「根拠なき熱狂」
この有名なグリーンスパンの言葉そのものは,彼が
特別の根拠や確信に基づいて,演説のなかで使った
げかけることを好む。
「こうした疑問を発する場合,
彼自身も答えを持っているわけではない」とグリー
ンスパンの協力者,アドバイザーの立場にあるロ
ものではない。当時,ウォール街も,ニューエコノ
ミー銘柄企業自信も,株価が高すぎることを知って
バート・シラー教授は,
「IT 株式バブル」を解明し
た 2000 年の著書で述べている。(Robert J. Shiller,
いた。株価至上主義が,米国の金融機関を演出者と
して高進していることも知っており,操作メカニズ
IRRATIONAL EXUBERANCE, 2000, Prinston
University Press, p.8.)
— 73 —
経 済 系 第
224
集
(出所)
:Dylan Loeb McClain 氏作成の図解(The New York Times. October 26, 2000)をベースに筆者加筆。
図 3 AT&T の分割と買収・合併・スピンオフと再分割・再統合
クな運命をたどった。自由競争と規制緩和を揚げ
テレコム・メディアの規制緩和が,M&A と株
た市場経済至上主義の米国 20 世紀末の情報通信
式急上昇の「狂騒の 90 年代」の活況とその後の
メディアの通信分野での新旧通信企業群の百花繚
バブルにおいて,中心的な役割を果たしたのであ
乱と競争激化は,旧ベル系通信独占への集中統合
る。規制緩和(特に 96 年の新通信法)によって,
を持って終わろうとしている。
電気通信は,金融規制で企業行動の自由を拡張し
同時に,集中統合による巨大化を完了したメディ
た金融界の協力と煽動のもとに,「インターネッ
ア資本(最大手のコムキャストは AT&T のメディ
ト・ゴールドラッシュ(一攫千金への猪突猛進)」
ア部門= AT&T ブロードバンドを買収)が,これ
という,富の創造に走り,新たな雇用の半分と投
以上の買収による巨大化が認められない段階へ進
資の 3 分の 1 を生み出した。
むことによって,通信の世界へ進出を開始し,旧
だが,バブルが完全にはじけた 2002 年 10 月に
ベル系通信寡占体へ挑戦を開始した。通信巨人企
なると状況は一変し,
「どこも繁栄していない。ど
業側も,TV,メディアへ進出を開始し,両独占体
こも成長していない。どこも支出していない。ど
間の壮大な戦いが開始されようとしている。
こも投資しない。現状はまぎれもない死だ。」5)と
ワシントンのプリコーザ・グループのスコット・
まで診断されるようになった。
C・クレシンドの表現によると AT&T や MCI と
FCC(Federal Communication Commission:米
旧ベル系地域独占資本の戦いは第 I 次大戦で,い
連邦通信委員会)委員長のマイケル・パウエルは,
まや第 II 次大戦が,電話,ケーブル,そして機器
steren Rosenbush, “M&A The Shifling Telecom
メーカーの間で始まろうとしているというのであ
Landscape-With AT&T and MCI going, The
Bells Will Compete with cable and tech compa-
る(図 3 参照)
。4)
4)Catherine yang, Briar Grou, Roger O.Crochett,
nies”, BussinessWeek, February 28, 2005, p40.
5)Joseph E.Stigliz, “The Roaring Nineties”, p.126.
— 74 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
このテレコム不況を「逃げ場のない破局(utter
シリコン・バレー生まれの新生通信企業から
crisis)
」と呼び,古代ローマ帝国が亡び,次の支配
ウォール街のリスクマネーに乗って,インフラ投
秩序もまだ未成立だった「暗黒時代(Dark Ages)
」
資を急膨張させると,AT&T やベル系大資本のエ
6)
に似ていると論じていた。
スタブリッシュメント企業も,ゴールドラッシュ
人材開発会社のチャレンジャー・グレイによれ
に合流した。彼らも,グローバル・オペレーター
ば,2001 年から 2002 年半ばまでに,米国通信界
を目指して,新規のネットワークを建設し,米国
で 50 万人が職を失い,2 兆ドルの時価総額が失わ
内のライバル買収に加え,外国資本の株式を取得
れていた。ダウ・ジョーンズの通信テクノロジー
し,国際合弁会社をスタートさせた。
株の平均株価指数は,86 %も低下し,テレコム関
欧州の通信資本も,固定通信需要の急増は,移
連では 20 社以上が倒産し,特に日の昇る勢いだっ
動体通信需要の急成長につながるとの仮定に「賭
たワールドコムの破産は史上最大規模であった。
けた(gambled)」。第 3 世代携帯電話事業の認可
テレコム・メディアの統合企業体である「新独
取得に,1000 億ユーロ(900 億ドル)投じた。当
占」として,21 世紀型の新ビジネス・パターンと
然のことながら,各社とも例外なく巨大な借金を
目されていた AT&T 帝国の解体が始まった。
背負い込むこととなった。
通信機器メーカーのルーセント・テクノロジー
その熱狂は,単純に需要と供給の問題,
「市場の
ズ,ノーテル,モトローラ,アルカテル,シスコ・
失敗」というマーケットメカニズムの問題ではな
システムズも,株価崩落と経営危機に陥り,ケーブ
く,アングロ・アメリカ資本主義の株価至上主義
ルテレビ会社も同様に,大手であったアデルフィ
による支配力拡大戦略が介在していた。新世代技
アも倒産した。
術の新結合によってうまれる企業競争に勝ち,特
投資銀行のモルガン・スタンレー・ディーン・
別利益を得ようという,情報通信の野心的企業に
ウィッターによれば,無線通信界は,2002 年だけ
とって,M&A(買収・合併)を繰り返して事業拡
で 100 億ドルの現金を失い,1997 年から 2001 年
大をはかるには,株高がことさらに重要である。
までに電話産業に注ぎ込まれた 6550 億ドルの投
大規模な M&A を株式交換で次々と実現していく
資は,2001 年末には 40 億ドル以下の価値しかな
には,高株価経営を維持しなければならない。
7)
株価を高値に維持しなければ,買収や統合戦略
くなっていたという。
なぜ,このような状況が生まれたかといえば,答
が破綻してしまう。実需をはるかに上回る過剰投
えは単純である。あまりに多くの企業がインター
資と供給過剰の下,狂おしい通信価格の競争と価
ネット狂に囚われ,
「天文学的な比率で成長する」
格急落で業績が悪化すると,経営者は株価至上経営
との希望的通信容量増張予測に基づいて,金満の
の立場から,
「積極会計(aggressive accounting)
」
,
投資家たちから投機的資金を注入され,ネットワー
「創造的会計(creative accounting)
」へと,会計操
作へ進み,ワールドコムやグローバル・クロッシ
クの構築を競った結果である。
ネットワーク建設は,株価ツリ上げを目がけて
ングのように粉飾決算を実現した。
虚偽の数値予測に基づいて進行したのである。し
実際には利益のでていない企業でも,高成長・
かもインターネット・ゴールドラッシュへの投資
高収益のビジネスに見せかけ,株価をツリ上げた。
は,ごく短時間のうちに普及し,短期間のうちに
投資家たちは,目先の破局に目をつむり,引き続
高収益を達成できるという,現代の神話に基づい
き投資を続け,破局を拡大再生産した。
アメリカで,IT バブルが「インフレ無き経済成
て,特に 96 年の新通信法による規制緩和以後,投
長をもたらす」と持ち上げられ,その頂点に立った
資ラッシュが始まった。
6)Editor, “Telecoms crisis - Too many debts; too few
calls”, Economist.com, July 13, 2002.
7)Joseph E, Stiglitz, opt cit, p.128
のは,2000 年 1 月から 3 月ごろで,以後,通信事
業者の株価は下がり続け,2002 年中までに失われ
た企業価値(株式時価総額)の落ち込みは,2 兆ド
— 75 —
経 済 系 第
224
集
表 1 米国通信会社の収入内訳の変化,長距離電話中心の時代は去る
REVENUE, IN BILLIONS
2003
Video
Consumer broadband
Consumer long distance
2004
2005
2006
COMPOUND ANNUAL
2007
2008
GROWTH RATE
$0.2
$0.3
$0.5
$1.0
$1.6
$2.5
65.7 %
2.8
3.5
4.0
4.2
4.6
4.8
11.4
20.7
18.2
16.0
13.6
11.3
9.2
−15.0
Business local
26.3
26.7
26.4
26.1
25.8
25.5
−0.6
Business long distance
26.1
24.5
23.0
21.3
19.7
18.2
−7.0
Business data*
44.8
45.6
46.6
47.1
46.8
45.4
−0.3
Consumer local
46.9
42.2
39.0
36.2
34.0
32.3
Wireless
91.5
108.7
119.2
132.8
144.5
153.6
$260.7
$271.5
$277.0
$285.0
$291.3
$294.9
Total
*Includes Internet access, private data lines, ATM traffic, and frame relay
−7.25
−10.9
2.5 %
Data:In-Stat/MDR
(出所)BusinessWeek, February 28, 2005, p.40, STEPHEN WEBSTAR
ルを上ったと計算されている。ワールドコム,グ
上にあり,企業サイズの大きさに株価が比例する
ローバル・クロッシングなど,20 数社の大手・準
傾向が明らかだった。世界経済の先行きが不透明
大手通信・ケーブル企業の経営破綻によって,50
な時代にあって,グローバル狂騒が激しさを増す
万人の雇用が失われたのである(図 1 参照)
。
中で,生き残りの保証は,市場支配力の規模と範
囲を広げるためのメガマージャーであった。
(2) 新帝国 AT&T の「構築と誤算」
C・マイケル・アームストロング会長輩下に入っ
アメリカのテレコム・メディアに,株価の崩壊
た AT&T は,2 年足らずで,米国のケーブル網の
と経営破綻の兆しが目立ち始めた 2000 年半ば,国
60 %を手中に収めた。
(1)
買収・合併の度に株価を
際メガメディア構築に向けて,テレコム・メディア
ツリ上げ,
(2)
高い株式を通貨としてケーブル産業
統合企業完成を急いでいた AT&T は,CATV の巨
の大手を買い上げ,通信テレコム・メディアの統
人企業であるテレコミュニケーションズ INC 買収
合化を成し上げ,
(3)
その効果でさらなる成長を遂
に続いて,全米 4 位のメディアワンの買収を完了
げて,株価も上げ,さらなる買収へ進むという巨
(2000 年 5 月)しようとしていた。マイクロソフト
大化ゲームを
(4)
ウォール街の協力の下で追求して
やタイム・ワーナーとも資本提携し,IBM の世界通
いた。
アームストロング氏が会長に就任した 97 年末,
信ネットワークも手中にして,統合体企業としての
相乗効果を得るばかりになっていた(表 1 参照)
。
AT&T 株価は低迷し,新興のワールドコムに時
だが,株価低迷の中で,AT&T 首脳はソロモン・
価総額で逆転されて,買収を仕掛けられかねない
スミス・バーニーやメリルリンチなど主力の投資銀
状況でもあった。これを大型合併の連続で株価を
行との間で,AT&T 帝国 4 分割計画が話し合われ
上げ,テレコムとメディア一体化の「統合化理論
ていた。4 分割計画が発表されるのは 2000 年 10
(Convergence Theory)」による新独占の形成で,
月だが,発足したばかりの統合メガメディア帝国
が解体に向けて進み始め,2002 年 12 月には,全
安定化の境地にたどりつこうとしていた。
「新独占(AT&T)
」のリーダーシップに呼応し,
米最大の CATV 部門(AT&T ブロードバンド)が
ウォール街のリスクマネーと結びついて,挑戦者
コムキャストに売却された。
の新興通信資本のワールドコムは,83 年以来の
20 世紀末の「狂騒の時代」には,米国企業社会
75 回目の買収合併によって,世界最大のインター
のパワーゲームは,業界の垣根を越えた拡大路線
ネット・バックボーン支配者となっており,さら
— 76 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
に,アメリカ第 3 位の長距離通信会社のスプリント
IT バブル崩壊の糸口となった。
(Sprint Corporation)を,株式交換で買収しよう
AT&T の 4 分割計画は,
「オペレーション・グラ
としていた(2000 年 4 月,買収提示価額 1150 億ド
ンド・スラム(Operation Grand Slam)」と呼ば
ル,債務引き受けを含めれば 1290 億ドル)
。その
れ,長距離電話・高速インターネット・無線通信・
買収提示価額は,99 年の全米長距離通信の売上総
ケーブルテレビの統合化に向けた 96 年秋以来の 3
額の 900 億ドルの 1.2 倍に相当する金額であった。
年間にわたる 1100 億ドルにのぼるスペンディン
この時期の大型 M&A は,97 年のベル・アトラ
グによる,巨大メガメディア資本構築からの後退
ンティック− GTE,98 年のエクソン−モービル
を意味していた。CATV 網を使っての電話サービ
合併,SBC コミュニケーションズ−アメリテック
ス,高速インターネット・アクセスと双方向テレ
合併がスムースに進み,97 年のボーイングとマク
ビのサービスを実現し,これに無線通信サービス
ダネルとの合併が合意し認可され,唯一の例外は,
も乗せた複合サービスによって,他のテレコム企
98 年のロッキード・マーチンによるノースロップ・
グラマンの買収が連邦公正取引委員会によって不
業を上回るサービスを届けようという,革新的な
「新独占」のビジネスパターンであった。
2001 年から 2002 年にかけて完成する 4 分割に
認可となったにすぎなかった。
ワールドコムのスプリント買収提示は,AOL −
ついて,アームストロング会長は 3 年前から開始
タイムワーナー合併(2000 年 1 月合意,合併総額
した AT&T 変革のなかで,「中心的な事業」と説
1561 億ドル)と並んで史上最大規模で,アメリカ
明したが,ウォール街のアナリストと投資銀行は,
における M&A ブームの最後のピークを意味して
いた。この合併自体,タイムワーナーの株価下落
「新独占体」としての AT&T が分解に向かってい
ることを見抜いていた。
4 分割計画は,
「ケーブル帝国の弔鐘(The Death
を阻止するという意味を持ち,IT バブル崩壊の危
Knell for The Cable Empire)
」と解された。テレ
機を前にした最後の冒険的手段でもあった。
AOL とタイムワーナーの合併は認可されたが,
コム・メディア一体化の「統合化理論(Convergnce
ワールドコムのスプリント買収提示は,米連邦司
Theory)」から出来上がっていたメガメディア資
法省(FTC)が差し止めを要求した過去最大のもの
本が分解されることは,AT&T そのものの崩壊を
となった。買収合意から 9 ヶ月後の 2000 年 6 月,
意味すると考えられたのである。8)
司法省は独禁法の観点から,この合併は競争を制
AT&T 株価は,2001 年 1 月の 60 ドルをピーク
限するおそれありとして,合併を認めない方針を決
に急落を開始,2001 年 12 月には 20 ドルを割る水
めたのである。EU の欧州委員会(競争総局)も,
準へと落ち込んだ。時価総額は 1000 億ドルも失
インターネット・バックボーンの寡占化を理由に
われた。
合併を承認しない方針を打ち出し,両社は合併承
認申請を撤回した。
2001 年 6 月のメディアワン買収,マイクロソフ
トとの資本提携からわずかに 4 ヶ月して,4 分割
ほどなくして 2000 年 10 月 ,今度は AT&T が,
計画を発表するというアームストロング経営の不
新独占の統合化理論で構築されてきたメガメディ
整合性が問われた。統合化による新独占構築の相
ア資本の企業体を 4 分割する方針を発表した。メ
乗効果は出ないまま,1100 億ドルにおよぶ買収に
ディアワンの買収(580 億ドル)が完了したのが
よる巨額責務負担の重圧と主力部門の長距離・国
2000 年 5 月であり,4 分割案の公表は,その 5 ヶ
際通信部門のシェア低下と値下げ競争による収益
月後であった。
低下に,未完成の AT&T 新帝国は苦しみ始めたの
買収・合併の連続企業膨張による,株高実現が
高成長・高収益の基本でもあったワールドコムに
である。Ma Bell が Ma Cable になったといわれ,
8)Editor, “Comcast Bid for AT&T Broadband Roils
とって,テレコム史上最大規模の買収合併の失敗
は,新興テレコム巨人の没落のはじまりであり,
— 77 —
Cable Industry”, Mergers&Acquisitions, September, 2001, p.14
経 済 系 第
224
集
長距離,ローカル通信,インターネット/データ
び旧ベル系エスタブリッシュメントの US ウェス
通信を CATV というプラットホーム上で結合させ
トと結びついた長距離通信大手とスプリントを例
る新帝国=ケーブル帝国の維持が困難になったの
外として,約半数が倒産した(情報通信総合研究
である。AT&T の 4 分割に続いて CATV 部門の
所作成資料による)
。9)
売却へ進み始めることにより,新帝国はインター
ワールドコム,グローバル・クロッシングをは
ネット・バブル崩壊の号砲を打ち鳴らすことになっ
じめとして,各社とも,ウォール街のマネー支援
たのである。
を受けた IT・通信の銘柄であり,勝ち組に数えら
れていたが,その好況の絶頂から破局へ叩きつけ
(3) 倒産ラッシュの花形通信界
られることとなったのである。
いわゆる IT バブル崩壊が本格化した 2001 年に
ワールドコムは,グローバル・クロッシング,ク
入ると,96 年の新通信法による規制緩和の中で,
ウェスト・インターナショナルとともに,クリント
ウォール街のリスクマネーと結びついて急成長し
ン政権下の情報通信戦略を AT&T に次ぐ担手だっ
始めた新規事業者=新星企業(upstarts)の破綻
た通信業者であり,株価崩壊により 3 社で 3000 億
が始まった。地域電話会社の電話回線を借りて高
ドルの時価総額が失なわれた。米国史上最大の倒
速インターネット接続サービスを提供する ADSL
産劇の前に,90 億ドルもの利益水増しによる史上
(非対称デジタル加入者線)通信企業群が,相次
最大の粉飾決算を行ったワールドコムを先頭に,
いで倒産し,日本の会社更生法にあたる米連邦破
「積極会計(aggressive acounting)
」をウォール街
産法第 11 条を申請した。ノースポイント,リズム
の助けで遂行し,モラルハザードの上に経営破綻
ネット,コバットの ADSL 大手 3 社である。
を露呈し,株価は崩壊し,投資家に大損害をもた
無線ブロードバンド(高速大容量)サービスを行
らした。10)
う無線アクセス通信会社の大手 3 社であるウィン
それまで,ワールドコムは,通信バブル期の株
スター,テリジェント,ART が連邦破産法第 11 条
高を利用した資金調達で錬金術のごとく 500 億ド
を申請した。インターネット接続の PSI ネット,
ル以上の投資資金を生み出し,M&A を繰り返し,
エキサイト ・アットホーム(Excite @ Home)も
AT&T の買収も狙ったほどであった。
これに続いた。
破局は,
「市場の失敗」として解釈され,過剰投
2002 年には,新興市内通信業者のマックロード
資バブルのせいであるとウォール街のアナリスト
USA(Mcleod USA)が 1 月,MFN が 5 月,XO
たちは説明している。実際にどれだけ過剰である
が 6 月に倒産に至り,長距離通信系では,グロー
のか信頼性のある数値は無いが,マイケル・K・パ
バル・クロッシング(Grobal Crossing)が 1 月,
ウエル連邦通信委員長のいう,96 年からの「イン
テレグローブ(Teleglobe)が 5 月,ワールドコム
ターネット・ゴールド・ラッシュ(The Internet
(WorldCom),ウィリアムズ・コミュニケーショ
Gold Rush)」という,一攫千金を目がけた猪突
ンズ(Williams Communications)が 7 月に相次
猛進的な投機が,ウォール街の株式資本主義のメ
いで破綻し,破産法第 11 条の新生を行った。
カニズムを通じて展開された結果として,異常な
あらゆる形態の通信業者が経営破綻に追い込ま
過剰設備,過剰供給による競争激化,値下げ競争
れたが,長距離通信業者が最も破壊的な打撃を受
を不況の中で招いたということができるであろう
けた。AT&T 帝国という通信エスタブリッシュメ
ントへの勇敢な挑戦者で,世界のインターネット・
バックボーンの半分以上のシェアを占めるワール
9)清水憲人(情報通信総合研究所政策研究リサーチ
ャー)
,
「米国通信業界はなぜ行き詰まったのか」
,エ
コノミスト誌,2003 年 3 月 4 日号,100∼101 ペー
ジ。
ドコムと,全世界に光ファイバー網を張りめぐらせ
ているグローバル・クロッシングが含まれていた。
上位 20 社の長距離通信企業のうち AT&T およ
10)Richard Waters, “Criminal Probe into Qwest”,
Financial Times, July 11, 2002.
— 78 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
(出所)
:U.S. Department of Commerce Digital Economy 2002, p.10.
図 4 米国ネット関連産業の倒産件数(2000 年 1 月∼2001 年 12 月)
(図 4 を参照)。11)
と,光ファイバー網建設のピッチを上げた。
(4) 通信バブルによる過剰設備投資
によれば,1998 年から 2001 年までの 4 年間で,光
ミネソタ大学のアンドリュー・オドリッコ教授
米テレコム業界の競争構造は,AT&T 対ワール
ファイバー網の総延長が 5 倍に増えて,6400 万キ
ドコムの戦いに加えて,クウェスト・インターナ
ロ(地球の 1600 周分)となった。加えて,通信速
ショナル・コミュニケーションズ,グローバル・
度を速める技術革新が進み,通信容量は 500 倍に
クロッシング,レベル 3・コミュニケーションズ,
増えた。ところが,この間の需要増は 4 倍程度で
インフォネット,イクワントといった 96 年以降に
しかなかったというのである。12)
頭角を現した新興勢力が,両巨人の背後に回って
米国内での光ファイバー網の稼働率は,わずか
勢力拡張を果たし,死闘を続け互いに消耗戦を展
に 5%前後といわれている。米国通信会社の借入
開してきたことである。
金は 1998 年から 2001 年で 4000 億ドル超に上っ
加えて,ベライゾン・コミュニケーションズ,ベ
ている。巨額借り入れで建設した光ファイバー網
ルサウス,SBC コミュニケーションズといった資
の稼働率の低さに加え,料金値下げ競争が激化し
金力のある旧 AT&T 地域電話会社が,国際長距離
た。苦しみの中で行った株価操作の失敗や不正会
通信市場へ参入しようとしている。
計が暴露されると,株価は一気に崩壊した。
新旧通信各社は,90 年代後半から競って拡張路
ワールドコム株価は,99 年の高値 64 ドルから,
線を競い,ウォール街のアナリストが作成した希
2002 年度春には数セントへ,同じくクウェストは
望的観測に彩られた需要予測に基づき,高速大容
60 ドルから 1 ドル台へと下げた。ワールドコム,
量通信時代の到来を先取り(先行者利得)しよう
クウェストにグローバル・クロッシングを加えた
新興通信 3 社だけで 2 年間に失った時価総額は,
11)Stephen Labaton, “Telecommunications:Lament
but Little Repair”, The New York Times, July
31, 2002.
12)Editor, “Telecoms crisis - Too many debts: too
few calls”, The Economist.com, July 13, 2002.
— 79 —
経 済 系 第
3000 億ドルを上回った。13)
224
集
は,コンテンツと通信・放送インフラの融合であっ
株価の崩壊は,米欧のテレコム・メディア業界全
体に広がり,AOL・タイムワーナーやビベンディ・
た。ユニバーサルの映画や TV 番組をネットやテ
レビで広く流すことにあった。
ユニバーサル,ウォルト・ディズニーといったメ
だが,買収戦略の結果,メディアと通信部門の負
ディアとエンタテイメントが合併した花形企業の
債は 190 億ユーロに膨れあがり,両部門は融合によ
没落を招くこととなった。
る相乗効果どころか不振そのもので,特にインター
2000 年 1 月,米国史上最大規模の合併(借り入
ネットと有料 TV 事業の営業赤字は年に 6 億ユー
れ金肩代わり分も含め 150 億ドル)として成立し
ロを上回る有様で,主力銀行のアクサ(AXaSA)
た AOL・タイムワーナーも,成長が止まり,異文
とクレディリヨネは,「メシェ氏の融合戦略は失
化合併の部門間不協和音が拡大した。首脳部の分
敗」との結論を出した。14) 安定収入源である公共
裂と大赤字をもたらし,2000 年 1 月∼3 月期の四
サービス事業の大口株式も売り,事業縮小へ踏み
半期ベースで米産業史上最大となる 542 億ドルの
切り,
「メディア帝国」は崩壊したのである。
特別損失を計上し,アメリカのサイン業界全体に
衝撃を与えた。
天国から地獄へ落ちたジャンマリー・メシェは
追放され,メディア部門のユニバーサル・エンター
AOL・タイムワーナーは,ブロードバンドの盟
テイメントは,GE 参加で米 3 大ネットの一つで
主になろうと高速接続サービスを全米で展開すべ
ある NBC に売却することで合意した(2003 年 9
く,2001 年末には,当時米国最大の CATV 網を
月)
。15)
誇っていた AT&T の CATV 部門,AT&T ブロー
ドバンドを買収しようとしたが,CATV3 位のコ
(5) 欧州テレコム資本の破綻
ムキャストに,これを奪われた。2002 年末に発足
米国テレコム・メディア帝国の崩壊の津波は,欧
した AT&T コムキャスト(後にコムキャストと改
州の 3 大テレコム企業,欧州大陸に上陸した米新
名)の加入世帯は,2200 万を超えて,AOL・タイ
興勢力(ワールドコム,グローバル・クロッシン
ムワーナーの 2 倍近い差を付けられ CATV の覇権
グ,KPN クウェスト,イクワント)を巻き込んだ。
争いでも,リードを奪われた。
グローバル戦略を掲げて,先行者利益を目指す新
フランスのビベンディ(Vivendi Universal SA)
興勢は,欧州域内でのブロードバンドの新幹線網
は,1996 年以後,水道やゴミ処理など公共サービ
の建設競争を展開して,実際の需要の 100 倍の設
ス分野で世界最大の企業から業態を一転,21 世紀
備を構築してしまった。
「欧州ではグラス・ファイ
の収益源はメディアと通信にあるとして,経営テ
バー通信設備の 10 %しか稼働していない」とワシ
クノクラートのジャンマリー・メシェ会長の経営
ントンのテレコム調査会社のテレジオグラフィ社
戦略の下,有料テレビと通信事業の買収 ,2000 年
(TeleGeography Inc.)の調査部達は述べる。16)
12 月には,カナダの食品・情報メディアの企業集
1 つか 2 つの欧州ネットワーク会社があれば十
団を買収,ハリウッドの映画・音楽会社のユニバー
分なところ,12 のネットワーク幹線運営会社が
サルを残して,食品部門等をすべて売却するとい
激甚なる競争を展開することになったのである。
う手法は,当時,ウォール街の株式市場からも高
い評価を受けた。
14)John Carreyou and Jo Wrighton, “Vivendi’s
売却資金で,少額出資していた仏有料テレビ会
社のカナルピューリュスも吸収合併して,世界 2
位の総合メディア企業となった。メシェ会長の夢
Backstage Power”, The Wall Street Journal, August 21, 2003.
15)John Carreyrou and Martin Peers, “Vivendi to
13)Suzanne Kener, “Vivendi’s Chief Is Said to Fabor
Pursue Offers From GE, Bronfman Group”, The
Wall Street Journal, August 21, 2003.
Bidding American Units Adier”, The New York
Times, August 31, 2003.
16)Andy Reinhardt, Stephen Baker, “Broadband
Bust”, Business Week, June 17, 2002, p.28.
— 80 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
ンディ・ユニバーサル(水道・ゴミ処理の公共事
業から,映画・音楽・通信・テレビ・出版の複合
企業に,いったんは急成長)の若き精鋭経営者の
ジャンマリー・メシェ会長兼最高経営責任者が,7
月 3 日に辞職に追い込まれていた。18)
欧州テレコム業界の悲劇は,2001 年 5 月から始
まっており,ブリティッシュ・テレコム(BT Group
PLC)が,2001 年 3 月通期決算で,84 年の民営
化後初の 17 億ポンドの最終赤字を出し(無配転
落)
,279 億ポンドの負債を抱えて動きが取れなく
なった。
1 3G の免許料負担などで急増した負
BT は,
2 ドイツの携帯電話子会社=
債への利払い負担,
(原資料)
:TeleGeography Inc.
フィーアク・インターコムへの資金支援による特
(出所)
:Bussiness Week, June 17, 2002, p.27
3 次世代サービス開始の遅延
別損失 30 億ドル,
図 5 欧州における高速データ通信賃貸料の値下がり
加えて,欧州テレコム各社は,第 3 世代携帯電話
(3G)に現実離れの夢をかけた。各国政府への 3G
の事業免許入札戦において,各社ともあるべき将
来収入を過大に見積もってしまい,入札価額を急
騰させたのである。
「欧州通信業界は,オプティズ
ムによって殺されたのだ。
」とスペインの新生通信
企業ジャズテル社(Jazztel)のマーチン・バラノ
フスキー会長はいう(図 5 参照)。17)
欧州テレコム界最大のドイツテレコムが抱える
2002 年中の有利子負債は,欧州企業で最高水準の
約 673 億ユーロ,2 位のフランステレコム(France
Telecom SPA)は 600 億ドルであり,両社とも株
価は 99 年の最高値から 90 %以上も下げた。
ドイツテレコム(Deutsche Telekom AG)は,ド
イツ株式会社の代表格といわれて,同社株の放出
は,ドイツに株式ブームを引き起こし,欧州全土
の株式ブームの引き金となった。ロン・ゾンマー
社長は,現代ドイツ経営テクノクラートの花形で
あったが,同社株式の 43 %を持つドイツ連邦政府
を代表するシュレーダー首相は,彼を辞職させざ
るを得なかった。
フランステレコムのミッシェル・ボン会長にも,
同じ運命が待ちかまえていた。すでに前述のビベ
4 AT&T と合弁のコンサート国
への追加金支出,
際データ通信の収益悪化−などで業績が低下の一
途をたどり,2000 年始以来,戦略的経営者とし
て有名となったイアン・バランス会長が引責辞任
に追いやられた。後継のブランド会長の手によっ
1 携帯電話部門である BT ワイヤレスの分離,
て,
2 AT&T との国際データ通信合弁事業の解消,
3
日本テレコムや J-フォン(現ボーダフォン)・グ
4 株主割当増資
ループの株式売却(37 億ドル),
などで,負債圧縮を開始した。
2001 年の BT ショックは,独・仏テレコムに衝
撃を与えた。AT&T と BT 連合に対抗する独仏テ
レコムと米スプリントによる多国籍企業向けデー
タ通信コンソーシアムの「グローバルワン」
(96 年
発足)は,2001 年 11 月に,フランステレコムが
20 億ドルの累積赤字を引き取って,解消した。独
仏テレコムの将来の合体を目指していた少数株式
持ち合いも前年に解消している。独仏の両社は,
単独で相互の国内市場に参入し,買収・設備投資
競争の死闘を繰り返すこととなった。
ドイツテレコムと欧州通信覇権を競うフランス
テレコムは,英独への大胆な投資の結果として,
2002 年中の負債総額は,600 億ドルとなった。こ
18)Andy Reinhardt, “France Telecom:Such Promise,
But Zut Aolrs! Such Bedt”, Business Week, October 7, 2002, p.80.
17)Ibid, p28.
— 81 —
経 済 系 第
224
集
れは,同社の 2001 年の営業収入の約 5 倍にあた
売却し,その代金で CATV 買収に伴う「のれん代」
る。しかも,ドイツ子会社のモビルコムへの新規投
の前倒し償却を行ってコスト圧縮を行った。ワー
資約 40 億ドルが緊要となっていた。150 億ドルの
ルドコムは,倒産法第 11 条適用の下でリストラ執
新たな起債を企画した 7 月の段階で,米国のムー
行役員を立て,ビジネス用長距離通信,インター
ディーズ社は,フランステレコムの社債格付けを
ネット/データ通信部門を除いた非コア部門を売
ジャンク・ボンド水準に下げた。利子負担は増大
却して負債の圧縮をはかり,MCI と名を変えて再
し,株価急落のなか,ボン会長の退任は必要となっ
スタートすることとなった。ドイツテレコムは,
たが,後継者になり手が無いという状況へ追い込
CATV 部門を売り,リバティメディアに売却交渉
19)
まれていた。
を開始し 99 年に買収した米国携帯通信会社のボ
米欧を中心に,世界通信業界の資金調達規模は,
国際決済銀行(BIS:Bank for International Settle-
イスストリームを AT&T ワイヤレスと合併させる
こととした。
ment)のワーキング・レポート「IT 革新における
なぜ,このような破滅的な状況に陥ったのであ
ファイナンス」
(2002 年 2 月)によると,98 年∼
ろうか。バーナード・エバーズ会長(創始者)辞
2001 年までの 4 年間で,1 兆 2567 億ドル(うち北
任のあと,ワールドコムの会長に就任したジョン・
米 5104 億ドル,欧州 5026 億ドル,日本 485 億ド
シッジモア氏は,米上院の商業・科学・運輸委員
ル)に上り,グローバル通信競争を激しく演じた米
会(2002 年 7 月)の公聴会で,通信業界の破局と
欧企業の負債の増加と過剰投資の深刻さがわかる。
混乱の基本的原因を,「需要と供給の基本的経済
ワールドコム,グローバル・クロッシング,ウィ
1 景気の急減速,
2 ネット
学」にあると説明して,
リアムズ・コミュニケーションズなどの経営破綻
3 その結果が生み出す
ワーク容量の過剰供給と,
で,
「逃げ場のない危機」
(utter crisis)に陥った北
価格競争の激化と値下がり−が猛烈な勢いで襲い
米通信事業の巨額借入金(4113 億ドル)は,日本
かかったのだと説明するが,本心から信じて言っ
のバブル 3 業界(不動産,建物,ノンバンク)が
たのかは疑わしい。20)
借り入れた金額を上回る。欧州通信業界は,社債
連邦通信委員会のパウエル委員長は,90 年代後
による調達(2272 億ドル)が,北米のそれ(991
半に,インターネットの急激な発達・普及のなか
億ドル)の 2 倍以上だが,借入金も 2754 億ドルに
で生じた「インターネット・ゴールドラッシュ(一
達していた。IT バブルの崩壊が,他の産業,特に
攫千金目当ての猪突猛進)
」を説明する。インター
エンロンはじめ電力業界へ波及し,世界的な不良
ネット・トラフィック(インターネットを流通する
債権問題へと発展する可能性も秘めていた。
データ量)は,100 日ごとに倍増するので,いくら
この苦しみのなかで(特に米国長距離通信界で
あっても足りない。しかも,先行者・勝者が利益を
は上位 20 社のうち 10 社が倒産という)
,米欧の通
独り占めするのだという,ウォール街の熱狂気運
信キャリアは負債やコストの圧縮に必死とならざ
に乗せられた投資家たちは,事業構想だけで利益
るを得なかった。
はおろか売上げも出ていない企業体に巨額投資を
AT&T は,CATV 部門のすべて,AT&T ブロー
行った。世界中の通信事業者が,ネットワークの
ドバンドを全米 3 位の CATV 運営会社コムキャス
構築を希望的需要拡張予測に基づいて競い合った。
トに 720 億ドル(長期負債肩代わりも含めて)で
投資狂乱のなかで,1997 年から 2001 年の間に
電信事業に注ぎ込まれた約 650 億ドルの投資は,
19)Committee on the Grobal Financial System, “IT
innovations and financing patterns:implications
for the financial system”, Report prepared by
aworking group of committee on the Global Fi-
2001 年末には 40 億ドル以下の価値しかなかった。
通信機器メーカーのルーセント・テクノロジーズ,
20)Yochi J.Dreazen, “FCC’s Powell says Telecom
nancial System, BANK FOR INTERNATIONAL
SETTLEMENT, February, 2002, p.21.
— 82 —
Crisis may Allow a Bell to buy WorldCom”, The
Wall Street Journal, July, 15, 2002.
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
ノーテル,モトローラ,アルカテル,シスコ・シ
フトの 50 %出資による資本提供も,この AT&T ブ
ステムズなども,株高と高成長の好況から苦境に
ロードキャスト部門であったが,これもコムキャ
立たされた。好調だった無線電信会社は,2002 年
スト・コープの手に落ちた。経営最高責任者の C・
だけで 100 億ドルの現金を失っていたと,ヨーゼ
マイケル・アームストロングは,合併後のコムキャ
フ・スティグリッツ教授は,モルガン・スタンレー
ストの会長となるが経営最高責任者でも取締役会
の調査報告を基にして述べている。
メンバーでもない。
またヨーゼフ・スティグリッツ教授は,
「一国の
AT&T は,CATV を活用したブロードバンドの
政府でも滅多に計上しない金額が浪費された」と
グレードアップのために,巨額の投資を行い,新
指摘している。そして,2002 年 10 月の,連邦通信
世代ブロードバンド・サービス(ボイス・メッセー
委員会(FCC)のマイケル・パウエル会長の,ゴー
ジ,高速インターネット・アクセス,相方向 TV)
ルドマン・サックスの通信インナー・サークルの集
や,他の先端的通信サービスへ進もうとしていた。
まりである「コミュニコミナ(comunicommina)
」
AT&T は,純粋な電気通信の提供者から,CATV
での発言を紹介している。
「ほとんどどこも繁栄
をベースとしたテレコム・メディア統合サービス業
していない。ほとんどどこも成長していない。ど
者への飛躍を果たそうとしていた。これに対して,
こも支出していない。どこも投資していない。現
コムキャストは,純粋にテレビ送伝に徹し,イン
状はまぎれもない死(certain death)だ。
」を引用
ターネット・アクセスに興味を示してこなかった。
し,テレコム・メディア株価崩落,投資の減少が,
その意味で,AT&T ブロードバンドのコムキャス
景気下降の導き手となっていた実情を説明してい
トへの売却は,AT&T のテレコム・メディア統合
る。21)
一貫体制への挑戦からの後退を意味していたので
ある。22)
2.
AT&T の興隆と再分割・崩壊
アームストロング配下の AT&T・コープによる
買収戦略は,熾烈さを極めた。1100 億ドルの買収
(1)「新独占」の解体
をはじめ,1400 億ドルを超える業務転換作戦は,
2001 年 12 月には,AT&T コープはコムキャス
ウォールストリート紙によれば,
「米国産業界最大
ト・コープに,CATV 部門の AT&T ブロードバ
のギャンブルの一つ」であり,アームストロング
ンドを 720 億ドル(470 億ドル相当の株式交換に
は,「AT&T を国内長距離通信会社から世界的な
よる買収と 250 億ドルの借入金肩代わりと現金
通信会社に変える」と業務革新転換を説明してい
提供)で売却することで合意した。AT&T は,3
年間をかけてテレコミュニケーションズ・インク
(TeleCommunications Inc.)とメディアワン・グ
た。全米最大の CATV 買収者(所有者)となり,
「Ma Bell」
(AT&T の愛称)を「Ma Cable」に変
えたとまでいわれた。23)
ループ(MediaOne Group Inc.)を 1000 億ドルで
97 年に会長兼経営最高責任者に就任以来,彼は,
買収し,これを AT&T ブロードキャストにまとめ
ピーター・ドラッカー教授の「大胆に素早く行動し
て,全米最大の CATV と成し,これを 720 億ドル
なさい」というアドバイスを忠実に実行した。98
で売却したことになる。
AT&T コープにとって,テレビ部門は,新世代
のメガメディアとして発展する拠点となるべきプ
ラットホームであり,AT&T ケーブル網に数十億
ドルを投じて技術改良を施してきた。マイクロソ
22)Editor, “Comcast Hangs In to Win Auction
for AT&T Cable Unit”, Mergers&Acquisitions,
February 2002, p.10.
23)Directors&Boards 会長,ロバート・ロックと同誌
21)Joseph E.Stiglitz, “The Roaring Nineties - A new
編集長ジェームス・クリスティ,“マイク・アーム
ストロングとコーポレート・ガバナンスについて
History of the world’s Most Prosperous Decade”,
Nortone&Company, 2003, p.92.
話す”,Merger&Acquistion Review Vol.19. No.3,
2001, p.21.
— 83 —
経 済 系 第
224
集
(注)
:地域ベルなどローカル通信会社の長距離通信収入は含まれない。
(原資料)
:Federal Communications Commission.
(出所)
:The New York Times, June 1, 2004.
図 6 世紀末を境に拡大から縮小に向かう米国長距離通信市場における AT&T のシェア低下
年 1 月にニューヨーク市拠点の新興地域電話会社
長距離・国際通信へ進出しようとしているベライ
のテレポート(Teleport communications)を 113
ゾンや SBC コミュニケーションズ,ベルサウスな
億ドルで買収したのを皮切りに,CATV で全米 2
どの,大資本の旧ベル系地域独占通信会社に先制
位の CATV グループであるテレコミュニケーショ
すること,
(2)
ワールドコム,クウェスト,グロー
ンズ・インク(TeleCommunications Inc.)を 480
バル・クロッシングなど長距離・国際新興勢力に
億ドルで買収(98 年 6 月),同年 7 月には,ブリ
対抗して,ローカル通信部門を持たないという共
ティッシュ・テレコム(British Telecommnications
通の弱みをいち早く克服すること,
(3)BT はじめ,
Plc)と国際通信部門の統合による多国籍企業向け
世界の有力な国際通信キャリアと組んで,グロー
新世代国際通信コンソーシャム,
「コンサート」
バリゼーション下の新世代ビジネス通信秩序を構
(AT&T のワールド・パートナーズと BT のコン
築すること−にあった。
その戦略目標は,
(1)
先端的なデジタル無線通信
サートとの結合)に 100 億ドル出資し,世界の多
サービス,
(2)
ビジネスおよび民生用の高速インター
国籍企業通信を制覇しようとした。
これに関連して,AT&T は,IBM のグローバル
ネットおよびデータ通信サービス(AT&T がワー
データ通信ネットワーク部門(The grobal network)
ルドコムやスプリントから大きく遅れている部門
を 50 億ドルの現金で買収した(98 年 12 月)。99
である)
(
,3)
さらに最も重要なことは,ベル各社の
年 5 月には,全米 4 位の CATV 運営会社のメディ
ローカル通信ラインを借用せず(バイパスして),
アワン(MediaOne Group)を 580 億ドルで買収
CATV の光ケーブル・インフラストラクチャーを
した。
グレードアップし,それによって,
(4)AT&T は,
その最大の狙いは,
(1)
全米最大の CATV 運営会
通信システムを家庭と直結させ,電話・テレビ(相
社となり(その結果タイム・ワーナーの CATV 部
方向 TV)とハイスピード・インターネット・デー
門の 25 %株式も握る。
)
,その光ケーブル網をロー
タ・サービスを配信できるようにするということ
カル通信網として活用し,地域電話から出発して,
であった。
— 84 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
アームストロングの「大胆な」戦略には,重大な
ルのグレードアップは遅れた。AT&T の基盤は,
誤算があった。AT&T の主力部門・長距離通信の
ビジネスおよび民生用長距離通信事業であり,新
価格競争の激化で,予想より遙かに採算が悪化し
しくより直接的な手法で顧客と結びつかなければ
た。特に,96 年の規制緩和(96 年新通信法)以後
(最後のラストマイルを掴まなければ),地域通信
に出現した,シリコンバレー出身の新生通信企業の
を独占するベル各社に,顧客を侵食されてしまう
大挙出現は,値下げ競争を激化させた(図 6 参照)
。
ことは確実だった。
しかも,高値での買収ラッシュのなかで,AT&T
そこへ行き着く前に,アームストロングの誤算
の負債は,97 年の 160 億ドルから 99 年末には 650
があった。その買収価格があまりに高く,特にメ
億ドルまで増大していた。アームストロング会長
ディアワン買収の場合が,AT&T の借金増大につ
の主力金融アドバイザーであり,AT&T の社外取
ながった。前述の AT&T の社外取締役サンフォー
締役でもあったサンフォード・ウェイル(シティ
ド・I・ウェイル=シティグループ会長(当時)は,
グループ会長兼経営最高責任者)は,
「アームスト
「全体としてみた場合,現金でなく株式交換で購入
ロングは傑出した戦略家だし,いまもそうだが,
したのは,明らかによかった」と述べたが,それ
あまりに多くの資金を必要とし,多くの借金を引
も AT&T の統合化戦略が成功し,株価が上昇する
24)
き込まねばならなかった」と述べている。
ことを前提としていた。AT&T の長距離通信の収
重大なる事業環境の変化は,国際ビジネス通信
のグローバル光ファイバーの供給能力が,急速に
益悪化と,株価下落は,予想外な借入金増大へと
つながった。26)
過剰となり,技術革新も進んで,値下げ競争が進
メディアワンが,480 億ドルという高値で買収が
むなかで,AT&T の国際・長距離通信部門の収益
完成したのは,2000 年 5 月だが,AT&T 四分割計
を低下させ始め,株価も下落させ始めた。
画が発表されるのは,それから 5 ヶ月後の 2000 年
株価が低落して,株式交換による買収価格が下
10 月である。メディアワン買収の頃から,ウォー
がれば,その差額を現金で補填しなければならな
ル街と投資家たちは,アームストロングが描く総
くなり,たちまち負債が増大し始めたのである。
合サービス・通信メディア企業の壮観図が,その
スケジュールと価格体系から実現できるか否か,
(2) AT&T の四分割案の出現
疑問であると見なすようになった。
シティグループ傘下のソロモン・スミス・バー
しかも,ケーブル事業の専門家は,アームスト
ニーはじめ,メリルリンチ,ゴールドマン・サッ
ロングの元を去り,財務最高責任者のダニエル・
クスの 3 投資銀行が,AT&T の冒険的な巨大資産
E・ソマーズを同事業の責任者に据えた。ウォール
展開を担当し,撤退作戦も「指導」した。25)AT&T
街は,アームストロングがテレコム・メディア統
の 1100 億ドル買収を支援してきた投資銀行はじ
合化の野望の実現よりも,
「業績悪化→株価下落→
め,ウォール街の投資家たちは,AT&T の総合通
借入金増大」に対する防戦に力を入れていること
信システムの構築が,業績悪化の前には完成でき
に気づき,「実現不可能」と見なすようになった。
ないのではと疑い始めた。AT&T 計画の無線およ
2000 年の半ばには,AT&T の野望実現までは,水
びデータ通信コンポーネンツの完成は遅く,ケーブ
平を維持するとみられていた長距離通信の価格が
急速に低下し,業績悪化が始まった。ドット・コ
24)Seth Schisel, “The AT&T Chief’s Report Card Did Armstrong Do as Well as Could Be Expected?”, The New York Times, December 22,
2001.
25)Seth Schiesel, “AT&T is Asked For Information On Dealings With Solemon”, The New York
Times, August 24, 2002.
ム株価のバブル崩壊は急速な低下を見せ始めた。
アームストロングの野望を讃えてきた投資家たち
も,AT&T がそれまでの利益成長を保ち続けるこ
とは不可能であると結論するに至った。格付け機
26)Ibid,
— 85 —
経 済 系 第
224
集
関は,AT&T の増大する借入金への懸念を強めて
に株価を一時的につりあげ,発行が終了した 6 ヶ
きたのである。
月後(2000 年 10 月)に,グラムマンは,AT&T
AT&T 首脳部とソロモン・スミス・バーニーの
間では,株価対策という名の 4 分割計画をメディ
の株式発行のレーティングを引き下げて,アナリ
ストとしての地位を守ろうとした。28)
アワン買収完成と前後して検討を開始していた。
この発表が,コムキャスト・コープによる全米 1
2000 年 10 月には,AT&T をリストラクチャリン
位の CATV = AT&T ブロードバンド買収の引き
グし,3 つの会社を分離し,4 つの企業に分割する
金となった。
計画を発表した。
2002 年 8 月,ニューヨーク検察庁は,このシティ
無線通信部門(AT&T Wireless)とケーブル部
グループ(ソロモン)のウェイル−グラブマン共
門(AT&T Broadband)はスピンオフされ,弱体化
同と,AT&T のアームストロングの「特別の関係」
する民生用通信部門(AT&T Consumer)はトラッ
による株価操作を審査すべく,特にグラブマンを
キングストックを発行して分離し,AT&T 本体と
召還した。グラブマンは,ニューヨーク大銀行(投
して,ビジネス用長距離通信(AT&T Business)
資銀行)と通信産業界とのいかがわしい金融・証
のみを残し,2002 年までにこれを完成させようと
券・投資における取引に直接関わった人物として
いうものであった。
全米の投資家から糾弾されるととなった。
この 4 分割計画の裏面に,シティグループの最
新星通信企業からエスタブリッシュメント企業
高経営者のサンフォード・ウェイルとアームス
にまで,ありとあらゆるビジネス・パターンの通
トロング AT&T 会長との金融操作提携があった。
信事業者とウォール街との間の不正取引に関与し,
AT&T,ワイヤレスのトラッキングストック発行
2 兆ドルの時価総額の消失と 50 万人の失業,そし
計画の成長を危ぶむ議論があるなかで,99 年 11
て通信産業の健全な発達を阻害し,投資家大衆に
月に,ウェイルの投資銀行戦略の急先鋒にあった
誤った情報を流し,ぬぐい去れない損失をもたら
ジャック・グラブマンが,彼のこれまでの AT&T
した代表的人物として,グラブマンへの非難が全
株価の「弱気観測」
(bearishness on the stoke)を
米から集中した。
一転して「AT&T の冒険的な 1100 億ドルの買収
金融緩和によって,商業銀行が投資銀行業務を
は高すぎず,30%の年間自己資本利益率は達成で
兼ねることができるようになって(”full-service
きる」とのパンフレットを発表して,株価は 40 ド
bank”)
,規制緩和のテレコム・メディアのエネル
ル台から,一気に 50 ドル半まではね上がり,ト
ギー解放をマネーゲームに取り込み,バブルに導
ラッキングストック発行への道を拓いた。
き,業界を破滅的危機に導いた。
巨大な AT&T 分割発表の際においても,ウェイ
これまでは,投資銀行は,通信の規制緩和の状
ルはシティグループの投資銀行子会社ソロモン・
況下でも,資源がよりよく配分されるための情報
スミス・バーニーのグラブマンを活用して,株価
を提供することに存在意義をおいてきた。金融緩
27)
操作に乗り出していたのである。
和で銀行が変質すると,ゆがめられた情報や不正
ウェイルが後ろ盾となっているグラブマンは,
確な情報を流して,投資家たちを犠牲にして,イ
事前にトラッキングストック発行計画を知らされ,
ンナー・サークルの特権層だけが巨利を占めよう
当時のウォール街の AT&T 業績見通しの常識とは
との企みに荷担すべく,投資銀行の提供する情報
異なる,強気見通しを決定づけた。ソロモンはメ
を,彼らがゆがめる傾向が出てきたのである。
リルリンチ,ゴールドマン・サックスとともに株
ノーベル経済学賞のスティグリッツ教授は,
「エ
式発行引き受けの投資銀行に指定された。発行時
ンロンやワールドコム−および(彼らを指導・指
28)Seth Schiesel and Gretchen Mogenson, “AT&T
27)Janet Guyon, “AT&T’s Big Bet Keeps Getting
Dicier”, Fortune January 10, 2000, p.43.
— 86 —
Is Asked For Information On Dealing With Salomon”, The New York Times, August, 2, 2002.
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
揮した)シティグループやメリルリンチの犯罪行
通信部門の AT&T ワイヤレスが分離独立したが,
為に比べれば,たいていの政治不正行為が幼稚に
その 1 ヶ月前に,AT&T ブロードバンドに対する
見える。(中略)しかし,エンロンやワールドコム
コムキャスト・コープによる買収提案がなされ,
など,90 年代の略奪者まがいの企業が働いた窃盗
12 月に 720 億ドルの合併が合意した。買収者が買
は,何十億ドルという規模だった。いくつかの国
収される時代が始まったのである。
の GDP よりも多いほどの額である。
」と断じてい
29)
る。
アームストロング会長は,「この分割は,我々
が 3 年前(98 年)から開始した AT&T の変革過
金融緩和の下で,通信・メディアの規制緩和が,
程における記念すべき出来事である分割案は,米
ウォール街のリスクマネーと結びつき,株価至上
国の家庭とビジネスに,新世代ブロードバンド通
主義の下で,希望的観測の需要見通しに基づいた,
信と情報サービスを提供する,4 つのナショナル・
投機的な設備増強・新会社設立が高進した。新技
サービスのファミリーを創出する」と述べたが,
術をベースに,新商品・新サービス,新成長産業
多くの AT&T 観察者は,これを信ぜず,この分割
発展という「価値創造」のための規制緩和のエネ
案が 1100 億ドル以上を投資した 3 年間の高価な
ルギー解放が,実は 2 兆ドルの「価値」の破綻と
努力(長距離,インターネット・アクセス,無線
50 万人の失業を生み出した。経営者と長距離通信
通信,ケーブル・テレビのワンストップ・サプラ
業者は,大手 20 社中で半数以上が倒産に追い込ま
イヤー)からの撤収であり,株価下落と負債増大
れた。
に対抗しようとするものだと読んだのである。30)
しかし,最高経営者や創立者(オーナー)と大銀
コムキャストに続いて,AOL タイム・ワーナー,
行(大投資銀行)の首脳たち(彼等はワシントンに
コックス・コミュニケーションズなどが,AT&T
おもむいて政府高官も務める)によって形成され
ブロードバンド買収に乗り出し,AT&T グループ
るインナーサークル(the insider of inner circle)
全体の時価総額は,2001 年 12 月には 950 億ドル
は,現代型金融寡頭制資本主義を形成し,大衆投
となり,1997 年末の 750 億ドルを上回っていた。
資家の犠牲の上に,巨利を積み上げた。規制緩和
IT バブルの崩壊は,2001 年 1 月から始まってお
の下での市場至上主義は,投機的競争至上主義を
り,ワールドコム(MCI)の時価総額は,97 年末
招き,無駄な設備投資競争が,架空の需要予測に
の 590 億ドル,2001 年 12 月には 450 億ドルへと
基づいて突っ走り,それが株価の異常な値上がり
低下していた。
と同時に経営体質悪化を伴った収益低下を招いた。
コムキャストへの AT&T ブロードバンド売却に
倒産の危機が近づくなかで,ウォール街は,な
あたり,アームストロング会長は「このままにし
お,大衆投資家に「買い」をあおる一方,経営者
ていたら,AT&T という大企業は消えていたに違
たちは,株式オプションを行使し,自己の保有株
いない。
」と述べ「次の世紀まで,満足のいくよう
を「売り逃げ」
,その株を購入した大衆投資家をは
に競争でき,その勝ちを保つということが私の誇
じめ全投資家にも,株価の崩壊による大損失が待
りである。このことをフェアに見てほしい。
」と述
ち受けていた。特に長距離通信事業者は,大手 20
べた。AT&T の挑戦は「悲劇」に終わったのであ
社中半数以上が倒産し,業界の健全性が決定的に
る。31)
失われた。
コムキャストに対する対抗買収者として,AOL
タイムワーナー,コックス・コミュニケーション
(3) AT&T ブロードバンドのコムキャストへの
売却
4 分割計画の先頭を切って,2001 年 7 月に無線
29)Joseph E.Stiglitz, opt cit, pp.167-168.
ズ,ケーブルビジョン・コープ,チャーター・コ
30)Brent Shearer, “AT&T and Rivals Face Stormy
Weather and an Uncertain Future”, Mergers&Acquisition, January 2001, p.23.
31)Seth Shresel, opt.cit., p
— 87 —
経 済 系 第
224
集
(注)
: 1. 1999 年と 2004 年の売上比率には,テレコミュニケーションとメディアワンの売上も含む。
2. CATV 網を通るローカル電話サービスも含む。
(原資料)
:AT&T Corp.
(出所)
:THE WALL STREET JOURNAL FRIDAY, NOVEMBER 5, 1999.
図 7
AT&T の収入内訳の変革 通信巨人からケーブル巨人への変化を目指した 1999 年の構想図
ミュニケーションズ,ビベンディ・ユニバーサル
グは,ラルフ&ブライアン・ロバーツ父子が最高
(Vivendi Universal SA),ウォルト・ディズニー
経営権を握る新コムキャスト= AT&T コムキャス
(Walt Disney CO.)が名乗りを上げた。32)
トの会長に迎えられることとなった。ロバーツ・
のみならず,AT&T の個人用長距離通信部門で
ファミリーは,コムキャストの議決権株の 42 %を
ある AT&T コンシューマー(AT&T Consumer)
保持していたが,AT&T コムキャストの会長とな
に対しては,かつての AT&T 子会社群(Baby Bell)
るも,取締役会の会長とはならず,経営最高責任
の SBC コミュニケーションズ(SBC Communi-
者はロバーツ家の二代目=ブライアン・ロバーツ
cations Inc.),ベライゾン・コミュニケーション
が当たった。アームストロングは,その会長職も,
ズ(Verizon Communications Inc.)が,買収に乗
2004 年 4 月(コムキャストのディズニー買収計画
り出すという動きすら見られた。
失敗の後を受けて)に辞することとなった。
AT&T ブロードバンド買収戦は,コムキャスト・
AT&T ブロードバンドとコムキャストは一体化
コープの勝利に終わり,2000 年 12 月に 720 億ド
後も戦略が異なり,前者は新世代の高速大容量通信
ル(470 億ドルでの全株式取得に加え,長期負債肩
を目指し,後者はインターネット・アクセスのよう
代わりが 250 億ドル)で決着をみた。AT&T は,
な新機能通信よりも純粋な CATV 配信(delivering
テレコミュニケーションズとメディアワンの買収
plain-vanilla cable TV transmission)にこだわる。
に 1060 億ドルを投じたが,システムを高度化し,
AT&T コムキャストという全米最大の CATV
新世代の高速大容量通信サービスを加え,ボイス
運営会社の経営最高責任者として,ラルフ・ロバー
メッセージ,高速インターネット・アクセス,そ
ツは,新規買収企業を利益が出るケーブル・テレ
の他の最先端機能を付け加えたうえで,720 億ド
ビ事業に集中させる決意をしており,買収した旧
ルで手放したのである。
AT&T ブロードバンドの一部をライバルのコック
AT&T の新戦略部門を手放したアームストロン
ス,AOL・タイムワーナー,ケーブルビジョン,
チャーター・コミュニケーションなどへ売却する
32)Ibid, p
可能性もあると見られている。コムキャストは企
— 88 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
業売買の仲介者となって,旧 AT&T ブロードバン
いた。
ドを分解して,他社に転売する可能性もなしとし
ないのである(図 7 参照)
。33)
90 年代の半ばまでに,多国籍企業のグローバル
企業家の過程で,各国事業所や地域統括会社を置
く各国各地ごとに,現地国際通信会社と契約を結
(4) AT&T 本体の売却戦略
んできた。が,米英国際通信ヘゲモニーにつなが
AT&T は,携帯電話部門の分離独立(2001 年 7
るコンサートの設立は,従来の常識をうち破った。
月)
,CATV 部門= AT&T ブロードバンドの売却
1996 年に発足した,ドイツテレコム,フランス
(2001 年 12 月合意)により,1984 年に地域電話部
テレコム,米スプリント 3 社の国際通信コンソー
門を分離分割した直後の長距離・国際通信専業者
シャムで,すでに解消しようとしていた「グローバ
に逆戻りした。CATV 部門の売却と 250 億ドルの
ルワン」が,コンサートの唯一のライバルとして,
資産売却(リバティメディアの売却など)で借入
世界通信市場を分け合うものと見られていた。34)
金は大幅に減少した。だが,新旧の通信事業が激
そこで,AT&T と BT は,世界の通信ヘゲモニー
甚な競争を繰り広げる 21 世紀初期の通信世界で,
を急ぐあまり,コンソーシャムの発足当初から,
長距離通信事業だけで成長戦略を続けていくのは
米英両社間で,内部対立が目立った(もともとラ
極めて困難である。
イバルとして 90 年代後半から,AT&T はワール
長距離通信の減収は,90 年代末からであり,
CATV 部門の増収でこれをカバーしようとした
ドパートナーズを,BT はコンサートをうち立て
て,世界通信の陣取り合戦を続けてきていた)。
が,AT&T ブロードバンドはすでになく,家庭向
コンサートの基幹技術は BT が開発したもので,
け長距離通信の減収が大きくこれをビジネス向け
そこに AT&T が合流するという形をとったので,
の長距離通信サービスで支えようとしているが,
通信技術開発の自前主義をとってきた AT&T と
全体として漸減傾向は避けられない。設備投資の
BT とは,技術開発現場での対立が続いた。
圧縮でしのぐとしても,売却で得た資金で抜本策
BT は,
「AT&T がコンサートの通信サービスを
を打たないと地域通信会社に買収の標的となるの
本気で売ろうとしない」と不信感を強めていた。
は必至である。
AT&T 内部には,国際通信部門の米英統合化を巡っ
グローバル通信秩序の支配者たらんと,BT との
て,最初から対立があった。経営体制そのものに
合弁事業として 2000 年 1 月に発足させた国際通
対立の要素を含んでおり,亀裂が生じ,コンサー
信コンソーシアムのコンサートも,AT&T ブロー
ト,BT,AT&T の 3 社の営業が,同じ企業顧客を
ドバンド売却と並行して撤収に向かわざるを得な
奪い合うという場面もあった。
かった。98 年 7 月に米英双方で合意し,52 ヶ国を
もともと競争関係にある AT&T と BT が折半出
結ぶ広大な通信網として,米英国際通信ヘゲモニー
資するコンサートの企業戦略は,その動きが鈍ら
の象徴としてスタートしたが,野望は後退した。
ざるを得なかった。2000 年 5 月に,ネット対応の
2001 年 1 月に発足したコンサートは,初年度
から営業利益 10 億ドルを目指し,年率 15 %から
ため両社はコンサートに 20 億ドルを出資したが,
ライバル企業に大幅に遅れての決断であった。
コンサートのライバルは,グローバルワンだけ
20 %の急成長を株主たちに公約していた。世界の
主要 100 都市を結ぶコンサートは,単一契約で,
でなく,MCI ワールドコムやグローバル・クロッ
ワンストップ・ショッピングが可能であり,多国
シング,米欧資本の KPN クウェストなどでもあ
籍企業向け通信への新世代通信サービスのすべて
り,価格破壊的な契約で顧客企業を奪っていった。
を,米英通信コンソーシャムで達成しようとして
33)Editor, “Comcast Hangs In to Win Auction for
34)グローバルワンは,20 億ドルの累積赤字を積み上
げて,フランステレコムがドイツテレコムとスプリ
AT&T Cable Unit”, Merger&Acquisitons, February, 2002, pp.10-11.
— 89 —
ントの持ち株を 40 億ドルで買い取ることによって,
仏・独・米の通信協調の時代を終えた。
経 済 系 第
224
集
やがて,この新興勢力群も,破壊的な価格競争の
ケーションズ(SBC Communications Inc. = SBC
結果,経営破綻へ進むことになるが,コンサート
とアメリテックが合併)
,とベルサウスの 3 社は経
はその前に打ちのめされてしまったのである。
営が安定しており株価の落ち込みも少なかった。
新興勢に加えて,BT よりも歴史の古い老舗の
長距離・国際電話やインターネット/データ・ア
英ケーブル&ワイヤレス(C&W)は,携帯電話子
クセスを狙い,内外のテレコム企業との資本提携
会社を売り,その資金で自社の国際通信網をネッ
も進めている。バブル崩壊後に,他社を買収・合
ト対応に再構築し,優良企業を次々と顧客に引き
併できる体力を持つ企業は,ベル・グループ 3 社
込んだ。NTT コミュニケーションズもコンサート
しかないと見られてきた。
35)
から日本企業の海外法人を取り戻した。
国際通信幹線では,提携者のブリティッシュ・
コンサートは,2001 年 1∼3 月期に 8900 万ポン
テレコムが解体・資産売却に向かってコンサート
ドの営業赤字を出し,AT&T と BT は 2 月からコ
を解体し,エスタブリッシュメントのキャリアと
ンソーシャム解消の協議を開始し,半年以上を費
しての AT&T の強みはなくなり,ワールドコム,
やして 2001 年 10 月に解消した。
クウェスト,グローバル・クロッシング,などの新
AT&T,BT による新世代国際通信コンソーシャ
興勢力は,国境を越えて通信網を建設し,値下げ
ム構築の夢も消えたのである。コンサート解体は,
攻勢をさらに強めてくる可能性がある。特にワー
安易な規模の追求,国境を越えた合弁や M&A が
ルドコムやグローバル・クロッシングは,倒産法
利益につながらないことを証明した。他の通信企
11 条が適用されて,負債を大幅に減らして身軽に
業にも,コンサートに大型の買収・合併を仕掛け
なり,AT&T に対する恐るべき競争者になる可能
る体力のない状況で,コンサートは解体に向かわ
性が強い。
すでに,企業顧客向け回線サービスでは,ワール
ざるを得なかったのである。
ドコムの UU ネットやクウェスト・コミュニケー
(5) AT&T の救済買収者としての旧子会社
ションズを相手に苦戦している。DSL 事業では,
AT&T は,負債を減少させて再スタートを切っ
ケーブル事業に執着してきたため AT&T は後発組
たが,CATV を売却し,BT との新世代国際通信
に回ることになったのである。データセンター事
コンソーシャムも解消し,テレコム・メディア統
業では,IBM などが展開するマネジメント・サー
合体とグローバル通信会社への夢も失っていた。
ビスに追いつけないままであった。
AT&T は,
「最後の 1 マイル」のケーブルを支
そして,長距離通信専業へ戻った AT&T には,こ
れによって,成長戦略を描く見通しは立たないま
配する地域電話の力量を頼りに,1000 億ドルの時
まであった。
価総額とともに「失われた時」を取り戻そうとし
2001 年 10 月には,AT&T ブロードバンドの売
ていた。AT&T は,減収減益は続くとはいえ,ビ
却交渉と並行して,米国南部(アトランタ)に本拠を
ジネス用の長距離通信では,依然としてトップだ
持つベル・グループの地域電話資本であるベルサウ
が,民生用長距離通信部門の落ち込みは大きかっ
ス(Bellsouth Corp)による AT&T 本体の買収交
た。地域電話のベル・グループ各社は,増収増益
渉が表面化した。以後 3 年にわたって,ベルサウス
が続いていた。AT&T は,ベル系大手 3 社と合併
との合併交渉が持たれることになるが,IT バブル
することによってのみ,安定した経営体力をつけ
崩壊後も,地域電話を独占している巨大資本のベル
ることができると見なされるようになった。
グループ各社,ベライゾン(Verizon Group =ベル
他方,地域独占に依存する一方で,規制も長距
アトランティックと GTE が合併)
,SBC コミュニ
離キャリアより厳しかったベル各社に対する縛り
が緩められようとしていた。90 年代半ばからのイ
35)大西康之,
「英 BT,米 AT&T 合弁が崩壊 ― 通信協
調時代に幕」
,日本経済新聞,2001 年 10 月 22 付。
ンターネット・ゴールドラッシュ時代において,
ワールドコム,クウェスト・インターナショナル,
— 90 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
スプリント・コープなどがインターネット・ブー
自社の元子会社と合併するという経営戦略は,ベ
ムで利益が吸収できた時期に,大手地域電話会社
ルサウスへの売却計画が最初ではなく,長距離通
は,この分野に参入できなかった。国際・長距離
信の成長期であった 97 年 5 月に,AT&T − SBC
キャリアに対しては,安値でローカル・ラインを
コミュニケーションズとの合併(500 億ドル)が
貸与することも義務づけられてきた。
企てられた。当時の民主党政権下のリード・B・ハ
7 社あった地域独占のベル・グループ・キャリア
ント(Red E.Hunt)FCC 委員長は,新合併企業
は,4 社体制に結集された。ベライゾンと,アメリ
の規模の大きさからいっても,「考えも及ばない
テック,パクテル(パシフィック・テレシス)を呑
(unthinkable)
」超巨大寡占の時代を招くとして反
み込んだ SBC コミュニケーションズの二強体制
対した。37)
に,ベルサウスが単独で残り,US ウェストは,新
AT&T が,全米にローカル・ネットを敷設すれ
興長距離キャリアのクウェスト・インターナショ
ば 1000 億ドルを必要とするので,長距離電話通信
ナルに 1999 年 7 月に吸収合併された。インター
に進出することを熱望していた SBC と 500 億ド
ネット・ゴールドラッシュに突っ走らなかった地
ル合併を果たすことの方が,時間と費用の面から
域電話は,地域独占の利益を蓄え,企業体力を消
有利と考えて,定年退職を前にしたロバート・E・
耗しないまま,テレコム冬の時代の救済合併者と
アレン会長兼 CEO は,FCC の認可を得ようと挑
なりえる地歩を築いてきた。
戦した。38)この要請は退けられた(同年 7 月)が,
共和党政権下の連邦通信委員会(マイケル・パ
その前に,GTE(GTE Corp.)やサザン・ニュー・
ウエル委員長)は,統合化の進んだ地域独占の巨
イングランド・テレコムの買収も試みたし,ニュー
人達が,
「出口のない危機(utter crisis)
」における
ヨークのビジネス向け地域電話会社のテレポート・
再々編成の主要な柱となることを,ワールドコム
コミュニケーションズ(Teleport Communications
などの倒産ラッシュ中に示唆した。倒産したワー
Group)の買収交渉は成功裡に進めていた。39)
ルドコムやグローバル・クロッシング,場合によっ
テレポートの買収は,アームストロング会長時
ては経営難のクウェスト(US ウェストを吸収し
代の初め(98 年 1 月)に実現し,AT&T の「最後
た)までもが,ベライゾン・コミュニケーション
の 1 マイル作戦」
=地域電話進出への悲願は前進し
ズや SBC コミュニケーションズ,ベルサウスによ
ていたが,SBC コミュニケーションズというベル
る買収対象となり得ると,FCC のパウエル委員長
系地域電話会社の集合体との合併は,あまりの飛
36)
は示唆したほどである。
躍だった。ベル系巨大通信資本の独占的支配の解
AT&T は,長距離通信事業が,ローカルライン
体による,自由競争を第一目標に掲げていた規制
(ユーザへの最後の 1 マイル)を持たないことの弱
緩和による競争政策のもとでは,シリコンバレー
味を重々に噛みしめており,CATV 網を失った段
出身の新興通信企業がバブルを進行中でもあり,
階では,地域独占のベル系大手企業と結びつくこ
AT&T と SBC のベル系巨人企業合併が,米国連
とが唯一の成長展開策となりつつある。しかも,
邦政府に否認されるのは最初から解っていた。
90 年代末には,米国通信界が,AT&T,ワール
長距離通信市場の競争激化・値下げ傾向・減収傾
向が続き,株価も一株あたり 20 ドル前後(最高値
の 3 分の 1,70 %の値下がり)に保つのがやっと
という有様である。AT&T にとって,自社を経営
の健全な元子会社に「売る」ことこそ最良かつ安
全な「避難策」であったのである。
37)Ibid, p.
38)John J, Keller, “AT&T and SBC Are Holding
Talks to Merge In Transaction Valued at More
Than $50 Billion”, The Wall Street Journal, May
36)Yochi J.Dreazen, “FCC’s Powell Says Telecom
27, 1997.
39)Peter Elstrom, “Dealing For Direction - ATT
Crisis May Allow a Bell to Buy WorldCom”, The
Wall street Journal, July 15, 2002.
scram once more for a local phone strategy”,
Bussiness Week, July 14, 1997, p.37.
— 91 —
経 済 系 第
224
集
表 2 米国の通信企業グループの現勢図(ベライゾンかワーカル通信では 1 位,SBC が
長距離では 1 位,単位 100 万件)
Subscribers
Local
Long-distance
Wireless
DSL
Business access lines
Other Services
Verizon/MCI
SBC/AT&T
BellSouth
Sprint/Nextel
Qwest
29.3
22.8
42.1
2.8
18.5 2
N/A
27.1
40.5
47.6 1
3.6
22.3
Satellite TV
11.8
5.2
4.8
6.6
32.0
0.3
2.1
N/A
8.2
3.0
0.8
0.8
6.2
Satellite TV
1.6
7.5
Satellite TV
Note: Figures as of 3Q 2004. 1 SBC and BellSouth share ownership of Cingular Wireless
2 MCI figures are no disclosed
Source: Yankee Group; WSJ research
(出所)The Wall Street Journal, February 15, 2005.
表 3 アメリカの大型メディア買収・合併
M&A 合併発表
買収合併者・企業
被買収・合併企業
M&A 価格 1)
10 億米ドル
$ 56.1
$ 92.9
Jan, 10, 2005
Feb, 14, 2005
Alltel
Verizon Commu
Western Wireless
MCI
Jan, 31, 2005
Dec, 15, 2004
Feb, 17, 2004
SBC Commu
Sprint
Cingular Wireless
AT&T
NexTel Communication
AT&t Wireless
$ 225.4
$ 436.5
$ 436.7
Jan 10, 2000
April 22, 1999
June 24, 1998
America Online
AT&T
AT&T
Time Warner
MadiaOne Group
Tele communications
$ 156.14
$ 58.00
$ 53.59
Dec, 21, 2001
Sept 7, 1999
Comcast corp.
Viacom 2)
AT&T Broadband
CBS
$ 48.00
$ 39.43
Oct 27, 1997
July 31, 1995
Oct 4, 1999
― 3)
Walt Disney
Clear Channel Comms.
US West Media Group
Capital Cities/ABC
AMFM
$ 21.82
$ 18.84
$ 17.01
March 4, 1989
Sept 2, 2003
Sept 9, 1993
Time
General Electric-NBC
Viacom 2)
Warner Communications
Vinendi Universal Entertainment
Paramount Communications
$ 14.11
$ 14.00
$ 9.60
April 11, 1995
Oct 4, 1999
Jan 7, 1994
― 3)
Gemstar Intl, Group
Viacom
US West Media Group
TV Guide
Blockbuster Entertainment
$ 9.31
$ 8.48
$ 7.97
May 20, 1999
Dec 13, 1999
Aug 29, 1995
Healtheon
Whittman-hart
Time Warner
WebMD
USWeb/CKS
Turner Broadcasting System
$ 7.87
$ 7.28
$ 6.88
(原資料)Thomson Financial Securities Data
1. M&A 発表後の価格表示で,借入金肩代わりも含む。
2. National Amusements 社が Viacom の A 株の 68 %を所有。
3. 株主へのスピンオフによって,1997 年にメディア事業を創建,1995 年に再編成。
ドコム,SBC,ベルアトランティック(ベライゾ
グループによる通信支配が,グローバリゼーショ
ンが GTE を買収),クウェスト(US ウェストを
ンのなかで,情報通信の米国秩序の確立と低廉な
吸収合併)の 5 強に集中されようとしていたこと
サービスを必要とするときに,有害であるとの見
から,独占集中化への批判が強まっていた。ベル・
解から,96 年 2 月の新通信法(96 年新通信法)が
— 92 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
動き出していた。
シュ政権へのロビー活動を繰り広げて,長距離,イ
しかも,新通信法発足直後から,1984 年に旧
ンターネット・データ通信への進出,つまり,更
AT&T の分割を決議したグリーン(ワシントン連
なる地域電話会社に対する規制緩和を要求した。
邦地裁)判事は,通信法改訂直後に,
「将来の独占
2001 年以後,苦境に陥る新興テレコム企業の競争
企業生誕への抑止策が甘い」と,競争と M&A の
体制を維持すべく,資本力のある地域電話資本の
結果,寡占体制が生まれることを予言していたと
高速インターネット・長距離通信への進出規制を
40)
いわれる。
緩めないように,議会の民主党勢力が主張するの
99 年 8 月には,米連邦会計検査院(GAO)は,
に対して,ブッシュ政権と共和党は,地域電話資
FCC と司法省に,テレコム・メディアの合併審査
本の規制緩和による新たな進出領域拡大を主張し
に関する調査を求めた。規制緩和と競争の結果生
た。41)
じた M&A が,通信 5 強はじめメディアも含めた
2002 年 7 月の上院商業委員会で,ワールドコム,
巨大寡占体制(スーパー・メジャーズ)を創出し
グローバル・クロッシング,アデルフィア・コミュ
ようとしていることに対する米国内の批判に,行
ニケーションズの 3 社が倒産法 11 条適用を申請
政当局が迅速に対応できるようにしようというも
し,クウェスト・コミュニケーション・インターナ
ので,FCC も,インターネット時代でも,通信市
ショナルの利益の水増し会計操作が明らかになっ
場の競争状態を詳細に把握できるよう新ルールを
た段階で,政府側を代表して,FCC のパウエル委
設けることを決定した(99 年 8 月理事会)。
員長は,経営困難の新興テレコム企業の過当競争
AT&T は,CATV 大手の買収によって,テレコ
を制限すると同時に,地域電話資本の高速インター
ム・メディア統合の新独占で,世界の通信秩序の
ネット/データ・アクセスや長距離電話進出規制
支配者になると,ウォール街(シティグループ−ソ
も緩めるという「穏やかな(政策の)組み合わせ」
ロモン・スミス・バーニーやメリルリンチ,ゴール
(prudent consolidation)を求めた。すでに倒産し
ドマン・サックス)とともに,IT バブルと M&A
たワールドコムのベル系地域電話大資本による買
ブームの頂点に立っていた(表 2・3 表参照)。
収認可の可能性も示唆していた。42)
AT&T とベルサウスとの買収交渉もすでに始
(6) ベル系大資本再結集による新秩序
まっていたのである。ベライゾン,SBC コミュニ
それから 2001 年以後の,IT バブル崩壊と「逃
ケーションズのワールドコム買収と連繋すべき関
げ場の無い通信不況」の下,特に長距離通信の消耗
係にあった。AT&T をベルサウスが買収しても,
的な競争激化のなかで,AT&T,倒産したワール
ワールドコムやグローバル・クロッシングその他
ドコム(MCI と改名して 2002 年 10 月に再スター
の長距離通信事業者が AT&T に対して「死闘」を
ト)
,グローバル・クロッシング,そして倒産はし
挑むとすれば,ベルサウス本体の経営危機をも招
なかったが経営難のクウェスト・インターナショ
きかねないからであると,調査会社ヤンキー・グ
ナルが,さらなる死闘を繰り広げようとしている
ループのブライアン・アダミックはいう。43)
結局のところ,ベル系通信資本の独占を解体す
段階で,ベル系地域電話会社を中軸に,再々編成
によって再建する方向が FCC によって導かれよ
うとしている。2001 年 10 月から始まったとみら
れる AT&T のベルサウスへの「身売り戦略」もそ
の始まりである。
ベライゾン,SBC,ベルサウスも,共和党ブッ
41)Stephen Labaton, “Telecommunication: Lament
but Little Repair”, The New York Times, July
31, 2002.
42)Yoichi J.Dreazen, “FCC Powell Says Telecom Crisis May Allow a Bell Buy WorldCom”, The Wall
40)町田徹(ワシントン),「米政府『通信 5 強』に危
Street Journal, July 15, 2002.
43)Shawn Young and Almar Latour, “BellSouth -
惧 ― 通信法の再改正議論も」
,日本経済新聞,平成
11 年 10 月 15 日付。
AT&T Talks Hurdle”, The Wall Street Journal,
October 27, 2003.
— 93 —
経 済 系 第
224
集
るという目標を掲げた通信規制緩和−新通信法の
て,ブッシュ政権二期の発生と前後して,超大型合
存在は,ベル系地域電話資本による経営危機の新興
併が続くこととなった。AT&T ワイヤレスの買収
通信買収へと一気に進むことはできない。AT&T
と同じ月の 2004 年 12 月には,独立系(非ベル系)
の買収交渉を 3 年間にわたって行ってきたベルサ
長距離通信会社のスプリント(Sprint Corp)が,
ウスの懸念は,11 条適用により,2003 年 4 月現在
ビジネス向け新世代無線通信会社のネクステル・
で,借入金を 360 億ドル軽減されて 45 億ないし
コミュニケーションズ(Nextel Communications
55 億ドルの水準に軽減されて(AT&T の 4 ないし
Inc)を 438.5 億ドルで買収した。そのスプリント
5 分の 1)再スタートをはかり,シェア回復を必至
に対して,ベライゾン・コミュニケーションズが
ではかろうとする旧ワールドコム=新 MCI の存
買収を仕掛けていたが,スプリントはこれをはね
44)
のけて,ネクステルを買収し,メディア巨人のコム
在であった。
経営悪化の進む AT&T(それが全米最大のビジ
キャストやコックス・コミュニケーションズ,タ
ネス通信キャリアであったとしても)をベルサウ
イム・ワーナーと提携する形勢を見せ始めた。46)
スが買収することは,長距離,ローカル通信を兼
2005 年 1 月には,SBC コミュニケーションズ
ねた旧 AT&T の復活という非難を受けると同時
が注目のうちに,AT&T を 160 億ドルで,買収す
に,MCI やグローバル・クロッシングとの長距離,
べく合意した。137 年の歴史を持つ米国通信業界
インターネット・アクセスを巡る競争での体力の
の主力エスタブリッシュメント企業の AT&T は姿
消耗を恐れて,ベルサウス側は,AT&T 買収交渉
を消すことになったが,同じ AT&T 系の子会社に
を 2003 年 10 月にはひとまず買収交渉をうち切っ
救済合併されるという特殊な形態での企業変態で
た。45)けだし,長距離通信,インターネットへの進
あった。2 月には,ベライゾン・コミュニケーショ
出を希求してきたベライゾン,SBC コミュニケー
ンズが新興通信大手の MCI を 68 億ドルで買収合
ションズは,AT&T やワールドコムとの M&A を
意した。MCI(旧ワールドコム)は 1980 年代初期
望んでおり,時を経て,AT&T −ベルサウスの買収
の発足で,70 回以上の M&A で急成長した新興通
が再会されれば,他の超大型 M&A を誘発するこ
信会社の代表,通信規制緩和と IT,バブルのなか
とになる,という状況は,依然進行中といえよう。
で,急成長を遂げた代表格としての同社が,ベル系
AT&T としても,超大型合併による再々編成が
の地域電話資本に買収された。同じくベル系地域
許される政治状況の成熟を待ちつつ,独自で地域
独占の会社の US ウェストとクウェスト(AT&T
通信網を構築するという戦略を進めることとした。
から発せしたベンチャー系新興通信会社)との結
そして,2004 年 4 月になって,AT&T ワイヤレス
合体であるクウェスト・コミュニケーションズも
が,SBC コミュニケーションズとベルサウスの合
MCI の買収に乗り出しており,結局のところ,ベ
弁によるシンギュラー・ワイヤレス・コミュニケー
ル系の大手による MCI 買収は避けられない運命
ションズ(Cingular Wireless Communications)に
にあった。47)1980 年代の AT&T 分割以来,劇的
467.7 億ドルで買収されるという形で再編成が進
な再編,再々編成の歴史は,ベル系寡占体制に新
み始めたのである。
旧の通信業界の全エネルギーが吸収されるという
ビックビジネスによる過酷な自由競争からの脱
形で終了しようとしていた。2000 年の通信バブル
出と巨人たちによるより安定した寡占支配を求め
崩壊から 3 年を経て,2004 年から 2005 年初にか
44)Rebecca Blumenstein and Gegory Zukerman,
“WorldCom Has Fight Left in It”, Asian Wall
46)Almar Latour, Dennis K.Berman and Jesse
Drucker, “Verizon May Halt Sprint Merger”, The
Street Journal, April 16, 203.
45)Robin Sidel, Shawn Young and Almar Latour,
Wall Street Journal, December 14, 2004.
47)Almar Lator, “Closing Bell-After a Year of Fren-
“BellSouth and AT&T End Talks”, The Wall
Street Journal, October 29, 2003.
zied Deals, Two Telecom Giants Emergence”, The
Wall Street Journal, February 15, 2005.
— 94 —
米国通信・メディア産業における再編・統合化の最終段階
(上)
けて,100US 億ドルの M&A による「最後の盛り
通信業界が,ベルグループの巨人たちの手に再
上がり」
(a cresendo)を迎え,SBC − AT&T,ベ
び集約されようとしている背景には,寡占化,巨大
ライゾン− MCI,そしてベルサウスの AT&T 系
資本化と加速するメディア資本の通信進出があっ
地域独占資本への集中統合化で幕を閉じようとし
た。AT&T ブロードバンドの買収者のコムキャス
48)
ている。 つれて,中堅の通信会社のオールテル
ト,同じく買収を企てたタイム・ワーナー,コック
(Alltel)も,中堅携帯電話会社のウェスタン・ワ
ス・コミュニケーションズなど,最大手のメディア
イヤレスを 2005 年 1 月に 56 億ドルで買収し,規
資本が国内でのシェア拡大(コムキャストのディ
模の利益によって生き伸びる体制をとった。
ズニー買収計画)をはかる一方で,通信への進出
企業通信のユーザーになる多国籍企業にとって,
を開始し,進出の速度を早めている。メディアの
通信の安売競争は,なくなる一方で,ベライゾン−
集中統合化の速度の進展はデモクラシーの制限に
MCI,SBC − AT&T の結合,統合による現代的統
つながるという批判が強まるなか,巨大メディア
合通信メディア統合一貫企業(国際メガメディア)
資本の次なるフロンティアは通信である。米地域
の成立は米国通信ネットワーク支配の経済基盤を
通信大手は通信企業間の再編成を展開すると同時
強める。特に,長距離通信の設備過剰下で,M&A
に,2004 年央から放送事業参入を開始した。SBC
による寡占化で安売競争が排除される。SBC −
は AT&T 買収の機を伺っていた 2004 年後半から
AT&T,ベライゾン− MCI,ベルサウス,クウェ
放送事業に参入し,最大 60 億ドルを投じて光ファ
ストといったベルグループの寡占体制完成によっ
イバー回線網を構築して,テレビ番組の配信を始
て,新 AT&T グループの復活という形で,アメリ
める計画をスタートさせた。これは,電話事業に
カの通信・メディア世界秩序(米国通信レジーム)
力を入れるケーブル会社へ対抗しようというもの
49)
である。さらに,その CATV,テレコム企業が欧
再構築への産業,企業基盤ができあがる。
「管理された競争の時代に終わった」と調査会
社プリユーザー・グループのアナリストであるス
州での買収も手がけるという競争構造が新たに出
現している。51)
コット・C・クレランドは述べる。米連邦通信委員
かくして,ベル系地域独占企業に集中した通信
会(F・C・C)の歴代の最高指導者たちは「M&A
産業,企業間の競争は緩和される一方で,巨大メ
により管理された競争の時代は終わろうとしてい
ディア資本との対決,相互浸透による新たな競争が
る」というのである。1997 年央に SBC コミュニ
始まり通信対メディアの大資本による抗争と再々
ケーションズと AT&T が合併を企てた時,当時の
編成と統合の新たな段階を迎えていた。52)
FCC 委員長のリード・ハントは,1996 年通信法
下編では,通信,メディア,再編統合化と相互浸
の規制緩和と自由競争の原則に立って,その合併
透による新たな競争関係と再々編成について,分
を「途方もなく論外(Unthinkable)」と否定した
析を深めたい。
が,8 年後になって,彼は「いまや大合併ではな
い(no big deal)」と述べるに至っている。50)
48)Matt Richtel and Kou Belson, “Phone Mergers May Carb Price Wars-rerizon-MCI and SBCAT&T Deals Will Mean Fewer Competitious”,
Street Journal, February 15, 2005.
51)Paul Taylor and Aline Van Duyn,“Media and
The New york Times, Febrwary 15, 2005.
49)Stephen Labaton “With Huge Proposed Megers, a
Regulatory Maze Lies Ahead for a Recast F.C.C”,
Telecommunications Head to head:cable and
phone groune make a ‘triple play’ for US householdrs”, Financial Times, January20, 2005.
The New york Times, February 15, 2005.
50)Anne Marie Sgueo, “Thinking The ‘Unthinkable’
52)Peter Grant and Anne Marie Sgueo, “Two
Big Telephone Mergers Will Eliminate AT&T,
Out of Question in 1997, AT&T-SBC Combination Is Feasible in Changed Industry”, The Wall
MCI.But Set Up Battle With Cable”, The Wall
Street Journal, February 15, 2005.
— 95 —