保健医療経営大学紀要 № 8 79 ~ 84(2015) <書評(Book Review)> 『代替医療解剖』を読む 松永 伸夫* Keywords:通常医療、代替医療、プラセボ効果、科学的根拠にもとづく医療 1. はじめに 替医療について調査と評価がなされつつあることを確 保健医療経営大学(みやま市瀬高町)から北東八キ 認(たとえば、 「 コクラン共同計画」 (注4)による評価) ロの所に、船小屋温泉郷(筑後市)がある。明治から できた今、本書を読む機会を与えられたことを感謝し 昭和初期には福岡県南有数の温泉地であり、日露戦役 ている。 の頃には多くの傷病兵(陸軍)の転地療養地でもあっ ① た。この温泉郷の一角に高濃度炭酸泉の取水場 「船小 本書は全六章からなり、その目次は次のようである。 屋鉱泉場」(無料)があり、筆者は近くを通る時には 第Ⅰ章 いかにして真実を突き止めるか 必ずこの冷鉱泉水2、3リットルを汲んでくる。鉄分 第Ⅱ章 鍼の真実 (注1)を多く含んでいるので、決して飲みやすくは 第Ⅲ章 ホメオパシーの真実 ないが、胃のもたれ、二日酔いなどの症状解消には、 第Ⅳ章 カイロプラクティックの真実 即効の飲料(良薬)となっている。まさしく代替医療 第Ⅴ章 ハーブ療法の真実 の一 、サプリメントなのである。 第Ⅵ章 真実は重要か? また、日常生活の中で、健康回復のための治療施術 付録 代替医療便覧 看板のもと、鍼、灸、カイロプラクティック、整骨院 なお、付録欄では、代替医療がその治療に際して実 など、多くの代替医療関係者の営業活動を目にする。 施している診断法、食事療法、運動療法及び装置類の しかし、筆者はこの本『代替医療解剖』(注2)に接す 諸項目から評価を下している。続いて具体的に 32 の るまでは、代替医療と通常医療の区分さえも深くは思 代替療法個々について、両開き頁でそれぞれの評価結 い浮 か べ ず 、 ま た そ の 効 果 の 如 何 を 詮 索 す る こ と も 果を記している。さらに巻末には、「より詳しく知り な かった。 たい読者のために」、各章で取り上げたテーマについ 本稿では、通常医療に対する代替医療の位置づけと て、理解を容易にするための関係資料(書籍や、論文、 その治療効果の程度等について、またがん治療(手術) ウエブサイト)が掲載されている。 の予後を代替医療治療に果敢に託し、同時に良好な日々 この書評をまとめるにあたって、索引があればよい の生活(QOL:Quality of Life)追及のための気力(療 が、とふと思ったが、それは注文のしすぎであったか 法)を決して失わなかった筆者の知人(注3)(注 21) もしれない。目次には各章ごとの主要項目が記されて の姿を念頭におきながら、本書『代替医療解剖』の概 おり、再読に不都合はないからである。 要を紹介したい。 ② 全六章の概要 2.本書の構成 保健医療経営大学の今年(平成 27 年)度カリキュラ 文庫版 585 頁の本書を読み終えるのは、医学・医療 ムには、「医療・医学の現代的課題」が開講されている 知識の浅い筆者にとっては骨が折れ、多くの時間を要 (注5)。この授業の一コマ (「医療の歩みと医療観の する作業であった。本書の通読によって、多くの種類 変遷について」)において、講師は、本書の内容にも の代替医療の存在とそれらの歴史を知ることが出来た。 触れ、あわせてブログで(注6)その概要を紹介した。 また現在、通常医療の評価と同じモノサシで多くの代 そこからは、代替医療に対して私たちがどのように対 * 保健医療経営大学 時間学研究会事務担当 , 元参与 [email protected] -79- 松 永 伸 夫 処していけばよいのか、の指標を知ることができる。 深刻なものになるばかりか、いくつかの場合には生命 以下に、ブログ「代替医療解剖」の概要を転載させ の危険さえも引き起こしかねない。」 ていただいた。 (「オステオパシー(整骨療法)」の評価) 「腰痛については通常医療と同じくらい効果がある(つ 第Ⅰ章 いかにして真実を突き止めるか まり同じくらい効果がない)と考えるだけの十分な科 (執筆目的) 学的根拠がある。それ以外のすべての症状に対しては、 「本書の目的は、代替医療について確かな真実を明らか 決定的なデータは得られていない。とくに、いくつか にすることである。どの治療法には効果があり、どれ の臨床試験から得られる全般的な結論によれば、筋骨 に は 効 果 が な い の だ ろ う か ? ど の 治 療 法 は 安全で、 格系以外の病気に対してオステオパシーを用いること どれは危険なのだろう?」 を支持するほどの科学的根拠はない。」 (「コクラン共同計画」の評価) 代替医療の治療効果を検証する「コクラン共同計画」 第Ⅴ章 ハーブ療法の真実 というものがあり、通常医療(新薬、新医療技術)の (第Ⅴ章の結論) 評価と同じモノサシで代替医療をひとつずつ科学的に 「この分野からいくつか興味深い薬が得られたことに 検証する作業が進行中であり、すでに主だった代替医 疑問の余地はないが、それを大きく上まわる数のハー 療については評価が下されているようです。 ブ薬が、有効性が証明されていないか、あるいは有効 (科学誌「ネイチャー」の書評) 性が否定されているか、さらには確実に危険であるこ 「 本 書 の 調 査 は 徹 底 的 で 、 書 き ぶ り は わ か り やすい。 とが判明しているにもかかわらず市場に出回っている。」 史実に基づく描写と、研究から得られたエビデンスに ついての詳細かつ明快な評価がしっかりと噛み合って 第Ⅵ章 真実は重要か? いる。 「ネイチャー」誌より」 (注7) (第Ⅵ章の関心ある記載) 「通常医療と代替医療はどちらも、病人を治すという 第Ⅱ章 鍼の真実 同じ望みをもっているが、一方は厳しく規制され、他 (第Ⅱ章の結論) 方は開拓時代のアメリカ西部式のやり方をしている。 「鍼の有効性に関する科学的根拠は、どんな症状に対 つまり、代替医療の世界にあえて踏み込んでいく患者 しても効果はないというものから、ある種の痛みや吐 たちは、食い物にされて金を失い、健康を損なう恐れ き気に対して微々たる効果が認められるというものま でだった。」 があるということだ。」 「安全で有効であることが証明できる代替医療はなん 「もしも鍼が新開発の鎮痛剤と同じように検証を受け であれ、実は代替医療ではなく、通常医療になるとい たとすれば、有効性が示されず、医療市場への参入は うことだ。つまり、代替医療とは、検証を受けていな 認められないだろう。」 いか、効果が証明されていないか、効果のないことが 証明されているか、安全でないか、プラセボ効果だけ 第Ⅲ章 ホメオパシーの真実 に頼っているか、微々たる効果しかない治療法だとい (第Ⅲ章の結論) うことになる。」 「ホ メ オ パ シ ー の 効 果 は す べ て プ ラ セ ボ 効 果 (注8) だというものだった。」 「(代替医療のセラピストたちは)科学からこぼれ落ち ている何かを拾い上げているというイメージをまとわ 「ホメオパシーを支持するような、有意の、ないし説 得力のある科学的根拠はひとつも得られていないので せようとしている。しかし実を言えば、代替の科学と いうものは存在しない。」 ある。逆に、ホメオパシー・レメディにはまったく効 果がないことを示す科学的根拠なら多数あると述べて 付録 代替医療便覧 おくのが公正だろう。」 巻末の訳者あとがきによると、著者のサイモン・シン は英国カイロプラクティック協会に名誉棄損で訴えら 第Ⅳ章 カイロプラクティックの真実 れたが、シンの主張が認められ、シンが勝利したとあ (第Ⅳ章の結論) ります。 「科学的根拠からすると、腰痛に限っては、カイロプ ラクターにかかる価値があることが示唆される。」 3.本書の特長 「カイロプラクティックの危険性は、場合によっては ① 医療界の内部と外部にある、二人の著者による共 -80- 『代替医療解剖』を読む 著である。 頼できる理論的裏づけのない自然療法であり、より確 代替医療分野専攻の医師と著名なジャーナリストと 立された医療には対抗できそうになかったのである。 の二人三脚で執筆された本書は、代替医療の真実を (注 12) 「科学的根拠にもとづく」多方面からの調査、検証と わかり易い表現力によって、内容理解への相乗効果を 2)「日清・日露戦争と脚気」 生んでいると思う。 英国海軍を襲った「壊血病」を解決したビタミンC と対比されるものに、日清戦争と日露戦争に際して日 ② 代替医療の歴史の分かりやすさ 本陸・海軍の兵士達を襲った「脚気」とその特効治療法 本書は、特に第Ⅰ章 における説明のように、科学 のビタミンB1の事例がある。 的な検証(臨床試験)と具体的事例によって、多くの (脚気をめぐる細菌説vs栄養説─森林太郎と高木兼寛) 代替医療についてその歴史を辿りながら、わかりやす 十八世紀半ばに、英国海軍軍医のJ.リンドが、環 く記述している。 境と食事という変数を変えてみることにより、壊血病 たとえば、十八世紀に多くの英国海軍兵士を襲った の特効治療法としてビタミンCを多く含む新鮮な野菜 「壊血病」解決のために、「科学的根拠にもとづいて」 とレモンの摂取に辿り着いた。 その難問に立ち向かった一海軍軍医の研究姿勢は、記 他方、日本では二十世紀初めに脚気の治療法をめぐ 憶されなければならない。 り、陸軍軍医と海軍軍医が論戦を展開した。日露戦争 1)「英国海軍と壊血病」 では多くの兵士が脚気で命を落としたが、その原因を 十八世紀中葉、英国海軍のある提督は世界一周の航 めぐって陸軍軍医総監・森林太郎(森鷗外)と海軍軍 海を終え、多くの戦利品とともに帰還した。彼がこの 医総監・高木兼寛(慈恵医科大学創設者)との判断が 海戦で亡くした水兵はわずか四名であった。しかし、 真っ向からぶつかりあったのである。 その四年にわたる航海中に壊血病で実に千人を越える イギリスで医学を学んだ高木兼寛は日清戦争の時点 水兵を病没させていたのである。 ですでに脚気の原因をタンパク質の不足と考え、肉食 壊血病は、航海が二、三週間以上の長い航海になる にすれば防げるのではないかと推測した。一方、第二 と、襲いかかってきた災いだった。現在では、壊血病 次世界大戦前の日本にドイツ医学を広め近代医学の発 は、ビタミンC欠乏の結果、コラーゲン形成が障害さ 展に貢献した森林太郎は細菌説をとり、陸軍の兵食を れ、出血をともなう病気であることがわかっている。 白米とした。結果、肉食献立の海軍ではほぼ撲滅され また、この問題解決のためには、水夫の食事内容を変 た脚気が、白米が兵食の陸軍では日露戦争時にいたっ えればよかったのだが、当時、科学者たちはまだビタ ても改善されることはなかった。鈴木梅太郎が米糠か ミンCを発見していなかった。壊血病を予防するには らオリザニン(ビタミンB1)を発見したのちも、森 加工していない果物を食べることが大事だとは気づか 林太郎は一貫して細菌説に固執したのである。 ず、従来からの様々な的はずれな治療法(注9)を続 けた結果、このような悲劇となったのである。(注 10) 3)「WHOと代替医療」 このとき、J. リンドという若い海軍外科医が、英国 本書には、ずばりと切り込んでの解かりやすい解説 軍艦に乗り組み、慣習や偏見、逸話や伝聞を捨て去り、 その代わりに論理と合理性を武器として壊血病に立ち が、全体を通して溢れているが、その矛先は、WHO (世界保健機関)に対しても例外ではない。 向かったのである。リンドは環境と食事という変数を 第Ⅵ章「真実は重要か?」にある、「10 世界保健機関 変えてみることにより、オレンジとレモンが壊血病を (WHO)」の項では、「信頼できないいくつかの臨床 治療するための鍵になることを示した(もちろん彼は、 試験にもとづいて、百以上の病気に対して鍼の効果を オレンジとレモンにビタミンCが含まれていることも、 支持」し、「鍼の価値について事実を誤って伝える文 ビタミンCがコラーゲンを作るために必要な成分であ 書を発表して事態を混乱させた」として、WHOの報 ることも知らなかったが、医療においては治療の有効 告書を厳しく糾弾している。(注 13) 性を示すことが最優先されるのである)。(注 11) 十八世紀半ばの医師にとって、果物を与えるという 4.プラセボ効果の不思議 のは奇妙な治療法だった。もしもリンドの時代に「代 通常医療の基礎をなすものは「科学的根拠にもとづ 替療法」という言葉があったなら、当時の医師たちは、 く医療」であるが、通常医療と代替医療に共通して治 オレンジとレモンを食べさせるという彼の治療法に、 療効果が確認されているものにプラセボ効果(注8) 代替療法のレッテルを貼ったかもしれない。それは信 がある。患者の治りたいという心理的作用が治療結果 -81- 松 永 伸 夫 にプラスに表れるのである。 たことはよく知られている。しかし同時に、彼女は医 療に関係する多くの分野(病院の衛生管理、病院の住 ( プラセボ効果と自然治癒力 ) 環境、栄養管理、統計解析その他)で、「科学的根拠 筆者は常々、人体に備わっている自然治癒力を確信 にもとづく医療」を実践した優れた経営者であった。 し、また病気をはじめ日常生活での難問解決に向けて (注 18) はポジティブな思考が大きくプラス効果に貢献してい 本書には、①「ランプの貴婦人」と呼ばれたナイチン ることを経験している。 ゲールが、反論の余地のない信頼性の高いデータによっ 1)筆者は1ト月ばかり前、いつもより根をつめて草 て、当時の医療界の主流派を相手取った論戦のことが 取り作業を連続した時に、3、4日腰痛を感じた。そ (注 19)、また②彼女の統計的研究がきっかけとなって、 ろそろ温泉浴治療に行くタイミングかな、と具体的に 英国陸軍病院の改革が行われたことが(注 20)記され 温泉行きを計画したその日の午後には痛みは引っ込んで ている。 いた。温泉にゆったりと浸かり、心身をリラックスさ せることによる疲労回復は日常よく経験する。今回も 6.おわりに 温泉浴というプラシーボが、筆者にプラセボ効果とし この書評を書く機会を与えて頂いた、N社長と橋爪 て働いて自然治癒したのかもしれない。 章・前保健医療経営大学学長(医師)に心から感謝し 2)また、先日、高校同期会の折に、同席の仲間とこ ている。 のプラセボ効果のことが話題になった。その友人は、 この3年ばかり、筆者はN社長の見舞い(注3)と 大学写真部の顧問としてある年の新入部員歓迎撮影会 学長からの病状回復の為のアドバイス等伝達のために (九重高原)に同行したが、夜に一人の新入生部員が 御宅 ( 会社敷地内)を頻繁に訪問した。そんなある日、 体調の不具合を訴えてきた。一日の疲れと慣れない心 学長から社長にこの本のプレゼントがあった(出張先 理的緊張からかとても辛そうだったそうである。友人 で目にしたこの本を、自分と社長のために買い求めた は、「そうか、一日よく頑張ったね、大変だったね。こ のだった)。代替医療にその治癒を託し、全力での日々 ういう(症状の)時のためにとてもよく効く薬を、毎 のQOLを頑張っている社長にとってきっと役立つ、 年持ってきているから呑んで見ようか」といって、薬 との配慮からであった。 の名前は告げずに一粒を渡したのである。その学生は その頃の学長とN社長相互の心の交信の様子が、次 すぐに元気になり、翌日も元気に皆と活動していたそ の文章に汲み取れる。 うである。その白い粒はアリナミン錠であったが、ビ 「(略)私が案じていたのは、怪しげな療法を売りつけ オフェルミン錠(注 14)であっても効果は絶大であっ てくる輩がN社長の財布を狙ってくることでした。案 たのかもしれない。 の定、いろんな接触があったようですが、私からのア ドバイスは「その療法によってより多くの命を助けた 5.科学的根拠にもとづく医療 いと思っている人なら、法外な料金を要求してくるこ 一 貫 し て 「 科 学 的 根 拠 に も と づ く 医 療 」 を 執 筆 の とはありません」ということでした。その療法が宣伝 ベースとする本書だが、医療にあっては、それと同時 通りにがんに効果があるのなら、保険診療として認め に「人間的な思いやり」の大切さにも言及しているこ られているはずです。保険診療として認められること とは重要だと思う(注 15)。 が、開発者の最大の利益を生むと同時に人々へ最大の 通常医療に携わる医師が、患者の目をではなくモニ 福音をもたらすからです。 」(「学長ブログ」( 2015 年 8 ター画面注視での診察光景はよく目にする。このよう 月 3 日附)より(注 21)) に患者に寄り添うことが少ないクールな応対が、結果 また、このブログは、代替医療の効用他の判断基準 として 代 替 医 療 の 隆 盛 を 招 い て い る こ と を 指 摘 し て をどこにおくのがいいか、を教えている。 い る (注 16)。 保健医療経営大学の履修課程で、経営と医療の基礎 「科学的根拠にもとづく医療」と「観察」(注 17)そし 的な分野を履修した卒業生は、医療機関、製薬・医療 て「人間的な思いやり」を武器として、患者に接した 機器メーカー、薬品販売ディーラーなど、医療に関係 ナイチンゲールの看護の姿を見てみたい。 する多くの業界で活躍している。彼らが日々の勤務に あって、この本『代替医療解剖』を折に触れ活用する (ナイチンゲールと科学的根拠にもとづく医療) ことは、自身にとって通常医療と代替医療との関係を ナイチンゲールがクリミア戦争(1854 年 -1856 年) 理解でき、また勤務遂行にとって大きい意味があると において敵味方の分け隔てなく傷病兵の看護にあたっ 考える。 -82- 『代替医療解剖』を読む 注記 ( 注9)瀉血、水銀剤、塩水、酢、硫酸、塩酸、モー (注1)泉質:含鉄(Ⅱ) ・二酸化炭素-マグネシウム・ ナトリウム-炭酸水素塩冷鉱泉 ゼル・ワインなどを使う方法などが試みられた。 (『代 替医療解剖』 35 頁) (炭酸ガスの圧力で自噴している) (注 10) 同上書 35 ~ 36 頁 (注2)サイモン・シン、エツァート・エルンスト 共著、 (注 11) 同上書 39 頁 青木薫 訳、新潮文庫 平成二十五年九月発行 定価 (注 12) 同上書 38 頁 840円 (注 13)世界保健機関(WHO) Title : TRICK OR TREATMENT ? (略)世界中の人びとの健康増進に、これほど大き : Alternative Medicine on Trial く貢献した組織はほかにない─たとえば天然痘の撲 Author : Simon Singh and Professor Edzard Ernst 滅などもそのひとつだ。しかし、こと代替医療に関 するかぎり、WHOがとった姿勢と行動には恥ずべ 2008 (注3)胆管がん摘出手術後の 3 年半を、鎮痛剤を活用 きものがある。WHOはそれぞれの代替医療法の価 し な が ら 、 主 た る 治 療 方 法 を 多 く の 代 替 医 療 に 託 値について、正確かつ明快な指針を与えてくれるも し 、 か つ 治 癒 へ の 希 望 を 決 し て 失 う こ と な く 生 き のと思われていたのに(略)、二〇〇三年に鍼の価 抜いた。2015 年夏の長逝直前まで、民間車検工場 値 に つ い て 事 実 を 誤 っ て 伝 え る 文 書 を 発 表 し て 事 他の会社経営者として現役で陣頭指揮をとった。 態を混乱させた。 『鍼─対照臨床実験に関するレビュー (注4)「 コ ク ラ ン 共 同 計 画 は 、 治 療 と 予 防 に 関 す る と分析』と題するその報告書は、信頼できないいく 医療情報を定期的に吟味し人々に伝えるために、世 つかの臨床試験にもとづいて、百以上の病気に対し 界展開している計画である。1992 年にイギリスの て鍼の効果を支持していた。だが、質の高い、信頼 国民保健サービス(NHS)による根拠に基づく医療 できる臨床試験からは、大きく異なる状況が見えて 政策と実践、またその定量的な評価の一環として始 まった。 ランダム化比較試験(RCT)を中心として、 くる。(略)(同上書 463 頁) (注 14)筆者の両親は、よく次の話を聞かせてくれた。 臨床試験をくまなく収集し、評価し、分析するシステ 戦時中、極めて食糧事情が厳しい中、母親はその マティック・レビュー(systematic review)を行 日の夕食に団子汁を献立て、小麦粉をこねてちゃぶ い、その結果を、医療関係者や医療政策決定者、さ 台の上に置いていた。目を離した隙に這い這い歩き らには消費者に届け、合理的な意思決定に供するこ で台所にやってきた空腹の筆者は、生団子を口に入 とを目的としている。」(ウィキぺディアより) れてしまい、体力のなかった赤子はひどい自家中毒 (注5)専門基礎科目群、1年次前期、 必修2単位、 オムニバス授業。 のような症状となった。駆け込んだ医院では、医師 は治療はせず、「手の打ちようがありません。最期 (注6)橋爪章・前学長(医師)が、講義日(2015 年 はお家で・・・」と。息子の生への希望を諦めきれない 5 月 11 日)の翌日に、保健医療経営大学の「学長 両親は、家にあったビオフェルミン錠を水に溶いて ブログ」で紹介した (タイトル「代替医療解剖」)。 (注7)『代替医療解剖』の表紙カバー(裏面) 祈るような思いで、スポイトで口に含ませたのだった。 (注 15)「コクランは科学的方法と臨床試験の重要性 (注8)プラシーボ ≪placebo≫((偽薬、プラセボ)) を熱く説いたが、それと同時に、人間的な思いやり 「( 略 ) 患 者 の た め に な る と い う よ り 、 単 に 患 者 を が医療においてどれほど大切かを知り抜いていたと 喜ばせることを目的とした薬物という意味で使われ いうことは言っておかなければならない」(『代替医療 る。薬理作用をもたないか、もっていても本来の患 解剖』 133 頁) 者の治療に効果はなく、心理的効果を目的としたプ (注 16)「代替医療を受けている患者は、自分のため ラシーボを投与しても、疼痛の軽減というような作 に時間をかけ、理解と共感を示してくれることをセ 用がみとめられたとき、これをプラシーボ効果とい ラピストに求め、セラピストはおおむねそれに応え う。(中略)。さらに、プラシーボを投与するときの ていることがわかる。(略)医師のなかには、患者 医師、看護婦、薬剤師の態度、言動や薬剤の剤形に に対する思いやりを代替療法の施術者に委託してい よってもプラシーボ効果は影響を受ける。プラシー る者がいるということだ」(同上書 450 頁) ボは薬効評価を行うときの、薬物投与そのものによ る心理的効果を除外するための対照薬としても用い (注 17) られ、(後略)」(『最新医学大辞典』 第 2 版 医歯薬 ①「生命を守り健康と安楽とを増進させるためにこそ、 出版 ,2004 年 1511 頁) 観察をするのである」 (フローレンス・ナイチンゲール -83- 松 永 伸 夫 『看護覚え書─看護であること・看護でないこと─』) 現代社 ,2006 年 210 頁 ②拙稿「フローレンス・ナイチンゲール『看護覚え書 ─看護であること・看護でないこと─』を読む」(保健 医療経営大学紀要第 6 号、68 頁「病人の観察」) (注 18)同上書 67 頁 (注 19)『代替医療解剖』 53 頁 (注 20)「ナイチンゲールの統計的研究がきっかけと なって、陸軍病院の改革が行われた。( 略 ) 陸軍医 学校が設立され、治療記録の収集システムが確立さ れた。そうして収集されたデータにもとづき、患者 の役に立つこととたたないことを判別するために、 継続的な監視システムが作られたのである。(同上 書 59 頁) (注 21)本文への引用文の前半には、次の文章がある。 「ずっと私を応援いただいていたN社長から、奥様 の代筆でハガキが届きました。(中略)文面は「主 人もきびしい病状の中、泣き事一つ言わず必死に病 魔と戦っています。今一度学長様と面会を楽しみに しておりましたが・・・ 皆様の祈りとパワーを力 にして少しでもの回復を願っております。」という ものでしたが、今朝、ハガキが届くより先に訃報が 届きました。 N社長、やっと楽になられましたね。 74歳と8月で逝った南方熊楠、川崎洋よりちょっ ぴり長い人生を歩まれましたが、思うように身体が 動かない日々、さぞ歯痒かったことでしょう。 全身へ転移したがんとの戦いでしたが、N社長の持 ち前の明るさと精神力で、医学の常識を覆すほどの 長い闘病期間でした。 医師たちが根治を断念するほどのがんの広がりでし たが、N社長は回復を決して諦めず、病魔を気力で 蹴飛ばしておられました。 私が知り合った時、すでにN社長の身体はがんに蝕 まれていましたが、私は豪放磊落なN社長としかお 会いしていません。(後略)」 (2015 年 11 月 30 日 提出) -84-
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