ビジネスジャパニーズに日本語レトリックを取り入れることについての検討

研究発表:異文化研究と日本語教育
ビジネスジャパニーズに日本語レトリックを取り入れることについての検討
An Attempt of Teaching Japanese Rhetoric in Classes of Business Japanese
岡田憲道 (香港シティー大学)
キーワード:ビジネスジャパニーズ、日本語レトリック、修辞法、伝達能力
1.ビジネス・ジャパニーズについて
ビジネス・ジャパニーズの教授法とか教材開発とか言われて久しいが、なかなか確立され
たものは出版されていないようである。 いつごろからビジネス・ジャパニーズという言葉
が使われ始めたかはわからないが、1980年代、日本の貿易黒字が定着化し、また海外直
接投資などを通じて日本企業の海外進出が進み、貿易取引が急増した。 このような国際関
係の変化は、外国人ビジネス関係者の日本語学習とビジネスチャンスの増加を結びつけるこ
とになった。 それとともに日本語需要に大きな構造変化が起こった。 日本市場へ物やサ
ービスを売り込んだり日本へ投資する際、日本語能力はビジネス遂行上極めて有利でかつ不
可欠な要素になった。「日本との取引はまず、ビジネスで活用できる日本語の習得から」と
いう考えが広まり、経済・金融・ビジネスの面から日本語学習の必要性が高まってきた。
ここ香港でも、1990年ごろから(1)香港貿易発展局(HKTDC)と日本貿易振興機構香
港(ジェトロ香港オフィス / JETRO HK)と共催し、日本との取引拡大を目指し、ビジネ
ス・日本語コースを開始した。 コースデザインは手探り状態から始まり、アルク出版の
「オフィスの日本語」、日米会話学院の「日本語でビジネス会話初級・中級」などを使って
いた。 その後、1996年に「ジェトロビジネス日本語能力テスト(ジェトロテスト)が
始まり、学習者には段階を追うある種の目標が設定できるようになり、客観的なこの分野で
の言語能力を測る足がかりができた。
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【その当時発表されたジェトロテストの領域図】
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しかしながら、当初のビジネス・ジャパニーズの教科書はオーディオ・リンガル・メソッ
ドの影響が強く、その多くは表現形式にとらわれ、「許可の表現」「断りの表現」「依頼の
表現」などで、ただ場面が会社内であったり話題がビジネス関係だったりした程度であった。
一方、ジェトロテストのほうでは当然、ビジネス関連の語彙が多数使われていて、クラス授
業とビジネス・ジャパニーズのテストとの大きなギャップに悩まされた。 ビジネス関連の
語彙は読み教材や新聞・雑誌・ネットなどの生教材を使うことで増幅することは可能だった
し、漢語は漢字圏の学習者にとっては文字を見れば、ある程度の類推ができた。 ただ類推
ができないものに「成句」や「ことわざ」、「喩え(たとえ)」など、さらには「洒落」
「冗談」「皮肉」などはかなりの程度の言語知識が要求される。
2.日本語レトリックとコミュニケーション
レトリックは修辞法とも呼ばれるもので、文を飾り、文に奥域をもたらす効果のあるもの
である。 例を挙げるならば、
・喩え (~のような・・・)
山のような(たくさんの仕事)
鬼のように・・・
天にも昇るような・・・
舌がとろけるような・・・
・身体の部位を使った表現
この書類に目を通しておいてください。
あの人は顔が広いから、・・・
李さんはなかなか頭が切れるね
この予算計画では足が出るおそれがあるわね。
・二重否定のレトリック
明日の会議? 出られないこともないんだが、・・・
再交渉は不可能なものでもないのだが、・・・
初めてのプレゼン、緊張しなかったと言えば嘘になるけど、・・・
・引用のレトリック
田中さんがわれわれの営業チームに入ってくれれば鬼に金棒なんだけどなあ。
山田さんには財務管理のいろはから教えなければならないんだ
よくあることだよ。出る杭は打たれるって言うことだよ。
冗談じゃない、わたしは仏の部長って言われているんだよ。
・反語を使ったレトリック
A氏のスピーチ、誰が聞きに行くか。
俺いま忙しいんだわ。俺が会議に出席できると思う?
いい加減にしろ!
・皮肉
そんなのんびりした仕事で給料もらえるなんて、うらやましいですね。
Bさんってもしかして社長より偉いんじゃない?
小さな親切、大きなお世話
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以上のような表現は、勘のいい外国人なら類推ができる人もいるかもしれないが、それに
しても意味が取りにくいのは確かだろう。 特に日本語のビジネスコミュニケーションでは
直接的な表現より間接的な表現が好んで使われる場合が多く、また重要な場面に限ってその
ような表現で話者は相手に自分の心を言外に匂わせる手法をとることがある。 もちろん話
者は相手が外国人であれば、相手の言語能力に配慮をした発話をしなければならないはずで
あるが、いつも一対一で話をするとは限らない。 場合によっては大勢の日本人に混じって
説明を聞かなければならないこともあるであろう。話者はある部分は誇張し、ある部分は婉
曲に、メリハリのある話法を使うかもしれない。 それは聞き手の耳を飽きさせないためも
あるかもしれないが、相手を惹きつけるようなコミュニケーションをしようとする努力なの
である。
最近では上手なビジネスコミュニケーションに類するようなハウツー本も多数出版され、
ビジネスのジュニア世代から、シニア世代まで伝達能力に磨きをかけようと努力している日
本人も多い。 美しい日本語、奥域のある日本語表現に努力すればするほど、そのような人
は日本語のレトリックの世界に嵌っていくのではないだろうか。
3.日本語授業の中での日本語レトリック
ビジネスジャパニーズを教えるとき避けて通ることができないトピックに「ほうれんそう」
がある。ご存知のように「報告・連絡・相談」を意味している掛詞である。掛詞は平安時代
の和歌にもたくさん使われているし、中国の詩にも多く取り入れられている言葉の技法であ
る。それはウイットとかユーモアをかもし出してくれる要素でもあり、言葉の芸能でもある
落語や漫談、漫才のネタにもなり、洒落とか駄洒落とか言われ、一種のことばの遊びでもあ
る。教師はこの言葉遊びを上手に授業に取り入れることにより、単調な授業に抑揚をつける
こともできるし、一瞬の花を咲かすこともできる。なぞなぞを使ってインターラクティブを
することもできる。例えば、初級レベルだったら、これは機械です。紙を細かにします。
(シュレッダー)が答えになります。 小さな紙です。人の名前や会社の名前が書いてあり
ます。(名刺)と答えれば正解です。 他には回文、「新聞紙(しんぶんし)」は誰でも知
っているネタです。「確かに貸した」、「留守になにする」、「わたし負けましたわ」など
もよく使われます。尻取りゲームや早口言葉、アナグラム、アクロスティックなども広い意
味ではレトリックの中に入るかもしれない。
授業の中の余興は別として、ビジネスジャパニーズとして数多くのレトリック表現を紹介
し理解させる方法として、聴解練習問題から取り上げる方法がいいのではないかと思って、
実際のクラス授業で導入している。教材は心弦社出版の「日本語の達人」「めざせビジネス
日本語能力テスト」を使用している。 この教材を選んだ理由は、日本語のレトリック表現
を多く取り入れて会話文が構成されているところにある。先に示した「ほうれんそう」「仏
の部長」「いろは・・・」などはこの教材に含まれている。
その他に、ここで扱われている表現に、・・・
・人間常にホームランやヒットを飛ばせる訳じゃないんだから、・・・
・常務のお眼鏡にかなうなんて、とてもうれしい・・・
・フレッシュな頭が必要
・ちょっと買いかぶりすぎじゃない?
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・月並みだね
・そりゃー「渡りに船」だよ
・きっとみんな病み付きになるわ
・工場長が首を縦にふりません
・またまた「どたキャン」にあいました
・ボーナスは年々「右肩下がり」ですよね
・じゃ、一歩譲って・・・
・文化砂漠って言われて・・・
・人聞きが悪いよ
・経費削減の大号令が出た
・「エイヤッ」と決めてしまえば・・・
・同じ土俵で勝負できる
・証券アナリスト達はこれで飯を食っているんだから・・・
・おっ、さすがは地獄耳だ
・根が正直だから嘘は言えない・・・
・灯台下暗し
・目は口ほどに物を言う
・近所にお誂え向きの会場があるから・・・
このような表現が次から次へと出てくる。 日本語学習者には類推が難しいので、一つ一
つ覚えなければならない。 しかし、学習者は多くのレトリックを習得することにより、具
体的なものの概念から抽象的な考えの概念に昇華する訓練と練習をさせられる。われわれの
コミュニケーションも同様に具象的なものから観念的な物へ、あるいは個別的な物から普遍
的な物へ、またその逆のベクトルで話が展開する。 これは (3)S.I.ハヤカワの言う
「抽象のハシゴ」であるが、この論理がわかってくると複雑なコミュニケーションも理解し
やすくなるし、相手に何かを伝える場合の伝達能力も向上してくる。結果的にはコミュニケ
ーション能力の向上になると考えられる。
〔注〕
(1) 文化庁文化部国語課「外国人ビジネス関係者のための日本語教育Q&A」
(1994)より引用
(2) 日本貿易振興会「ジェトロビジネス日本語能力テスト公式ガイド・初版」
(2003)〈ジェトロテストが測る能力の領域〉より引用
(3) S.I.ハヤカワ「思想と行動における言語」(2010)岩波書店
〔参考文献〕
池上彰「伝える力」(2008)PHPビジネス新書
田中則明「日本語の達人」(2004)心弦社
田中則明「めざせビジネス日本語テスト」(2002)心弦社
平山崇「日本語のレトリック」(2011)南京大学出版社
S.I.ハヤカワ「思想と行動における言語」(2010)岩波書店
S.I.ハヤカワ「ことばと人間」(1981)紀伊国屋書店
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