次世代を担う中部圏の民間飛行機産業

フォーカス中部
次世代を担う中部圏 の 民間飛行機産業
―民間飛行機部品製造中小企業の国際競争力強化―
中経連は2012年度から、航空宇宙産業の振興に関する調査研究・提言および
推進活動の展開を目的に、
「 航空宇宙特別委員会」を設置し、検討を進めている。
2013年10月号の本欄では、中部圏の航空機産業発展に向けての課題と対応方向および取り組み状況
について紹介した。今回は、その中で取り組みが具現化してきた民間飛行機の機体構造・エンジン部品
製造中小企業の国際競争力強化の取り組みについて紹介する。
2015年11月11日 MRJ初飛行!
国産民間旅客機MRJ飛行試験機 写真提供:三菱航空機㈱
世界の航空機産業構造
度まとまった機体構造・エンジン部品単位(図−1)
機体・エンジン開発/生産体制
に分け、高 性 能・高 品 質・低 価 格 完 成 品として、
近年、世界の民間飛行機産業では、機体・エン
1次サプライヤー/パートナー(Tier1)へ発注、
ジンメーカーは自らの一般管理費などのコストや、
同様にTier1は2次サプライヤー(Tier2)へ発注
ハードに対する
「責任リスク」
を低減するため、
ある程
するようになってきた。
飛行機
機体構造
胴体
主翼
尾翼
ナセル 他
(
)
・安定板 エンジン
カバー
・前胴 ・本体
・中胴 ・中央翼 ・方向舵
・後胴 ・操縦翼 ・昇降舵
これにより、民間飛行機産業
燃焼器 圧縮機 タービン シャフト
装備品
各種システム
サブシステム
機器・部品
・電源システム・降着システム
・アビオニクス・座席・ギャレー・ラバトリー
・フライトコントロールシステムなど
図 ­ 1 飛行機の基本構成
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中経連 2015.12
構造は、機体・エンジンメーカー
エンジン
を頂点とした堅固なピラミッド
各種補機
・始動
・エンジン制御
・潤滑
・燃料
・冷却
・ギヤボックス
など
構造となっている
(図−2)。
一方、わが国では、Tier1は
中小企業に単一工程のみを発
注する、加 工 外 注(のこぎり刃
型)生産方式を取っており、一
貫 受 注 可 能なT i e r2は、限 定
的である。
図 ­ 3 産業構造変化への対応(イメージ)
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機体メーカー
ボーイング
エアバス
など
エンジンメーカー
世界3大エンジンメーカー
GE社(含CFMインターナショナル)
P&W社
RR社
全体のインテグレーション※
(機体構造・エンジン)
1次サプライヤー/
パートナー【Tier1】
AIDC(台湾)、LMIエアロスペース(米)、
SPIRITエアロシステムズ、MTU(独)、
スネクマ(仏)、
ITP
(伊)、三菱重工、
川崎重工、富士重工、
IHIなど
(装備品)
システムメーカー
ロックウェルコリンズ(米)、
ユナイテッドテクノロジーズ(米)、
サフラン
(仏)、
ジャムコ
(日本)、住友精密(日本)、
多摩川精機(日本)
など
機体構造・エンジン構成品、システム(装備品)を一貫生産※
※それぞれの単位で各企業がQCD(品質、
コスト、納期)に責任を持つ
図 ­ 2 世界の航空機産業構造
部品のTier1およびTier1から単一工程のみを受
注する部品製造中小企業が集積している。
この機体構造・エンジン部品のTier1は現在、海
外の機体・エンジンメーカーとの共同開発・製造を
は、生き残りのために、短期的
な利害にとらわれない連 携 体
制の構 築( 任 意グループの形
成 、協 同 組 合 形 成など )を図
しかしながら、材料調達/設
計をも含めた完全な一貫生産
体制の構築は、簡単にできるも
のではなく、まずは、第一ステップとして多工程一
括受注(一貫加工)化(以下これもTier2という)
を
モデルが、中部5県それぞれに誕生し始めている
(図−3)。
ミニクラスター創設事例
昨年、本誌特集「中部だより」にて、長野県(3月
号:エアロスペース飯田)および岐 阜 県(9月号:
目の増加も求められている。 川崎岐阜協同組合)
を紹介した。
今回は、愛知県(エンジン部品生産グループ)、
ら、海外生産や部品の海外調達へ切り替えを進め
三 重 県( 航 空 機 部 品 生 産 協 同 組 合 )、静 岡 県
ており、現在の国内Tier1をサポートする部品製造
(浜松航空機産業プロジェクト
〔SOLAE〕)での
中小企業は厳しい経営環境に置かれている。
のこぎり刃型生産
発注
三菱重工名誘協力会(MASTT)のメンバーで
納品
中小企業
中小企業
中小企業
し、エンジン部品(低圧タービンブレード)を一貫
購入
一括受注(Tier2)
中小企業
航空エンジン㈱の一貫生産化推進の方針の下、
そ
および名 古 屋 品 証 研 ㈱と組んでグループを形 成
発注企業(Tie r1)
中小企業
ある㈱放電精密加工研究所は、Tier1の三菱重工
の指導と支援を受けて、名古屋市の㈱小坂鉄工所
一貫生産
発注
ミニクラスターモデルの創設事例を紹介する。
愛知県(エンジン部品生産グループ)
発注企業(Tie r1)
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押しもあり、部品製造中小企業
手掛けており、生産規模の拡大と合わせ、生産品
このため、国内Tier1はトータルコストの観点か
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り、
この優遇支援制度などの後
推進しており、Tier2部品工場(ミニクラスター)の
中部圏には、民間飛行機の機体構造・エンジン
図 ­ 1 飛行機の基本構成
区(以下、特区)
に指定されてお
指す取り組みを進めている。
機体構造・エンジン部品、サブシステム・機器・部品を一貫生産※
ミニクラスター創設
産業は、国の国際戦略総合特
り、一貫生産可能なTier2を目
2次サプライヤー【Tier2】
中部圏の部品製造中小企業の国際競争力強化
一方、中部圏の民間飛行機
中小企業
中小企業
図 ­ 3 産業構造変化への対応(イメージ)
加 工する新 部 品 工 場( 小 牧 市 大 草 町 、延べ面 積
6 , 245 ㎡)を完成させ、今年8月ミニクラスターとし
て生産を始めた。
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にとっては、検査資格者育成・確保も一つの大きな
課題となる。
部品製造では、従来の作り方の単なるコピーで
は意味がない。現場技能に頼っていた作業を、
デジ
タル化・自動化によりコスト低減する工法を、何とか
エンジンメーカーに認めさせるなど、計画段階から
これら生産性向上を仕込むことにより、品質・納期
確保はあたりまえ、価格は従来方式や海外より安く
するなど国際競争力を高めた
(図−4)。
今年8月に生産を開始したブレード用新工場
(左)
と7月に竣工した増設棟
(右)
写真提供:㈱放電精密加工研究所
このモデルケースに続き、他のエンジン構成部品
2009 年にTier1からの声掛けを受け検討開始
についても、MASTTメンバーを中心とした複数
してから、事業化決断までに約3年、土地取得など
企業によるクラスター生産の取り組みが検討され
立ち上げ準備、工場建築・設備据付など生産準備
ている。
と様々な課題を乗り越えな
がら進め、今年8月の生産
Tier1
開始に至るまでに、約6年
材料
マーキング
検査
組立
C社
溶接※2
B社
放電※2 ・仕上
注目は、工場が竣工して
多工程一括受注化
外観検査
※2
マーキング
溶接
寸法検査
放電精密
※2
浸透探傷
小坂鉄工所
※2
検査
Tier2
は、基本的には売上がない
※2
エッチング
開 始 するまでの 約1年 間
研削技術指導
研削加工
(放電+小坂 共同)
仕上げ
各種管理※1
放電
も、工程認証を取得し納入
ことである。この間の工 程
エッチング※2 /浸透
探傷検査※2 /検査
検査
A社
研削加工
加工外注
の期間を要した。
各種
管理※1
名古屋品証研(支援)
※1 QCD
(品質、
コスト、納期)
に責任を持つ
※2 Nadcap認定(民間飛行機製造に固有の特殊工程の認定制度)
の対象
立証のためのテスト加工 、
図 ­ 4 多工程一括受注化工程図例
各種審査対応への経費、人件費などは自社負担
であり、航空機産業の特性ではあるが、中小企業
にとっては厳しい条件である。
今年4月、三重県松阪市にある松阪中核工業団
本事業では、特区の初期投資支援等助成策が
地内に、㈱加藤製作所が代表理事を務める航空機
タイミングよく活用でき、決断の後押しともなった。
部品生産協同組合(当初組合員企業9社)が設立
しかし、一般的に行政の助成策は、単年度予算・
された。
厳しい適用規定などのため、このような足の長い
そして、今年6月1日には松阪市と工場立地協定
事業計画には組み込めない。航空機産業の特性
を締結し、Tier1の三菱重工業㈱や関係機関の指
を踏まえた、
より効果的に支援できる助成策が望
導と支援を受けて、民間飛行機向け機体構造中小
まれる。
物部品の切削やプレスなどの加工から表面処理、
また、
タービン・ブレードのように高温・高回転す
る飛行安全に重要な部品の非破壊検査には、航空
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三重県(航空機部品生産協同組合)
塗装まで全プロセスにわたる一貫加工を手掛ける
共同工場が出来上がることになった。
レベル3の検査資格者が必須となる。
レベル3資
同組合(共同工場)は、部品の効率的かつフレキ
格取得には、
レベル2資格保有者に対し、実務経
シブルな一貫加工体制を整備した
「スマート・クラス
験 400 時間以上かつ最終顧客(エンジンメーカー)
ター」の実現を目指す。そのため、自動車産業の効
の講習・試験合格が求められる。
よって、中小企業
率的な工程管理システムも取り入れ、
グローバル市
中経連 2015.12
中経連 2015.12
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場で勝ち残れる競争力を醸成することにより、自立
野を生かした、共同受注のためのシステム作りを今
化・高度化した部品製造の仕組構築に取り組む。
年末にも完成させようと急いでいる。
本格稼働は2016年度後半を計画している
(図−5)
。
工程認証および作業者の認定まで必要なN a d c a p
機 体メーカー / T i e r1
発注
納品
航 空 機 部 品 生 産 協同 組 合
板金加工
機械加工
(小物部品)
航空機産業への参入には、非破壊検査装置や
機械加工
(中物部品)
共通設備
(熱処理、
ショットピーニング、表面処理、塗装など)
機械組立
検査
図 ­ 5 共同工場のイメージ
の資格取得や、受注確定できない時点からの大き
な設備投資負担への耐力が求められるなど、中小
企業にとっては高い障壁がある。
しかし、
それら障壁も裏を返せば大きなチャンス
と捉え、
SOLAEメンバー企業は工場や設備を新
たに整備するなど、
グループ全員の強い意志と全体
を考える
「For the team」の考えという前向きのベ
クトルで えて取り組んでいる。
特区制度や地域の支援はもとより、積極的な工
法提案・展示会出展などで、発注企業の指導や支
援をも取り付け、長期的な視点での活動になるが、
静岡県(SOLAE)
2010 年に自動車部品製造向け工具、切削加工
や放 電 加 工 、溶 接 技 術などの製 造 企 業 1 0 社で、
㈱オリオン工具製作所が会長を務める
「SOLAE」
が発足した。
何とか次世代に道を開きたいとしている。
中部圏の民間飛行機産業発展のために
海外市場へ打って出る
中部圏の民間飛行機産業発展のためには、部
これを母 体に、非 破 壊 検 査や表 面 処 理 、塗 装
品製造中小企業が、一貫生産可能なTier2として
を得意とする企業を加え
(現在 12 社)、昨年 10月か
自立することで国際競争力を高めることが必要で
ら航 空 機 部 品の多 工 程 一 括 受 注( 一 貫 加 工 )体
ある。
制を 2 0 1 7 年3月までに確 立することを目指した
「Solanet事業」
に取り組んでいる。
SOLAEは、
日本の航空機産業発展に貢献し、
国内のTier1や半世紀ぶりの国産民間旅客機
MRJの開発・量産化を目指す機体メーカーだけ
でなく、規模の大きな海外の有力な機体・エンジン
企業、地域の活性化を図るという決意の下、エンジ
メーカーやTier1メーカーとも取引できるようになる
ン部品受注などを想定しながら、各企業の得意分
には、海外市場へ自ら打って出ることが欠かせない。
中経連は、2016 年に期限が迫る特区制度の延
長および優遇策の拡充について、引き続き国へ要
請していくとともに、世界に向かって「輸出」できる
力を持つ企業が増えるように、支援していきたい。
(産業振興部 加藤 信彦)
【取材協力】
㈱オリオン工具製作所、㈱加藤製作所、
㈱小坂鉄工所、名古屋品証研㈱、㈱ブロ
ーチ研削工業所、㈱放電精密加工研究
所、三菱航空機㈱、三菱重工業㈱ 他
㈱ブローチ研削工業所(SOLAEメンバー)に設置された
40台を超える放電加工機
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