イメージの宇宙を旅するための57冊

田中純──選
イメージの宇宙を旅するための 57 冊
『ムネモシュネ・アトラス』とアビ・ヴァールブルクをめぐる書物の星座
アビ・ヴァールブルク・伊藤・加藤・田中
ヴァールブルク著作集 別巻1
ムネモシュネ・アトラス
ありな書房、2012 年
晩年のアビ・ヴァールブルクが黒いスクリーンを張ったパネル上で織りなした、数千年にわたるイメージ記憶の星座
群──その図像の宇宙がここではじめて徹底的に読み解かれ、ヨーロッパ文化の見てきた長い夢が占われる。そのとき、
狂乱のニンフと悲しみに沈む河神との間で激しく揺れる情念の身振り表現の系譜が脈打つように立ち現われ、古代占
星術から 20 世紀のテクノロジーにいたる迷信と科学の葛藤を孕んだ弁証法の黙劇が星辰のダイモーンたちによって演
じられる。パネル解説に参考図版を多数収録したほか、日本語版オリジナルの解題2種類と詳細な人名・事項索引を
備えたこの書物そのものが、「ヴァールブルクの宇宙」を探索するための「アトラス(地図帳)」にほかならない。
※以下は本書『ムネモシュネ・アトラス』をより深く知るための書籍のリストです(一部に版元品切れがあります)。
【ヴァールブルク銀河──ヴァールブルクとその研究所の周辺】
1
アビ・ヴァールブルク/伊藤博明監訳・富松保文訳
ヴァールブルク著作集1
サンドロ・ボッティチェッリの《ウェヌスの誕生》と《春》
ありな書房、2003 年
『ヴァールブルク著作集』は『ムネモシュネ・アトラス』
を読むうえで必携のシリーズ。この巻は博士論文ほかの
ボッティチェッリ論を収め、すべての出発点をなす。
2
アビ・ヴァールブルク/伊藤・上村・岡田訳
ヴァールブルク著作集2
フィレンツェ市民文化における古典世界
ありな書房、2004 年
奉納像の魔術的機能について論じて、イメージ人類学の
先駆けをなす論文「肖像芸術とフィレンツェの市民階級」
を所収。
3
アビ・ヴァールブルク/伊藤・岡田・加藤訳
ヴァールブルク著作集3
4
アビ・ヴァールブルク/伊藤・岡田・加藤訳
ヴァールブルク著作集4
フィレンツェ文化とフランドル文化の交流
ルネサンスの祝祭的生における古代と近代
ありな書房、2005 年
ヴァールブルクがとりあげたのはイタリア・ルネサンス
美術ばかりではない。南北ヨーロッパの関係、とくにフ
ランドル美術の重要性を示す論文集。
ありな書房、2006 年
芸術と現実が一体化する祝祭は『ムネモシュネ・アトラ
ス』の軸をなすテーマのひとつである。「中世の表象世
界における飛行船と潜水艇」といったタイトルが示すア
ナクロニスムにも注目。
5
アビ・ヴァールブルク/伊藤・加藤訳
ヴァールブルク著作集5
6
アビ・ヴァールブルク/伊藤博明監訳・富松保文訳
ヴァールブルク著作集6
ありな書房、2003 年
最重要概念である「情念定型」初出のデューラー論を所
収。占星術にもとづくスキファノイア宮壁画の人物像の
由来をめぐる探求はインドにまで及ぶ。
ありな書房、2006 年
ヴァールブルクが精神病を発病する前後に手がけた問題
の論考。第1次世界大戦と宗教改革期とが彼の内部で二
重写しになって甦った異教的 = 古代的な魔物たちが狂気
をもたらす。
7
アビ・ヴァールブルク/加藤哲弘訳
ヴァールブルク著作集7
8
田中純
デューラーの古代性とスキファノイア宮の国際的占星術
蛇儀礼
──北アメリカ、プエブロ・インディアン居住地域からのイメージ
ありな書房、2003 年
ビンスヴァンガーの療養所で行なわれた講演の記録。精
神病からの快復を医師に対して証明すべく、数十年前の
アメリカ旅行を素材として、ヴァールブルク自身が蘇生
の儀礼を演じている。驚くほど緻密な戦略性・重層性 を孕んだパリンプセスト。
9
ジョルジュ・ディディ=ユベルマン/竹内・水野訳
残存するイメージ
──アビ・ヴァールブルクによる美術史と幽霊たちの時間
人文書院、2005 年
イメージと時間をめぐるヴァールブルク的なモデルを、
「幽霊としてのイメージ」「情念としてのイメージ」「症
状としてのイメージ」という三つの視点から、広大な思
想史的コンテクストのなかに位置づけた圧倒的大著。著
者のキュレーションによる展覧会や近著でも『ムネモ
シュネ・アトラス』が主題にされている。
ルターの時代の言葉と図像における異教的 = 古代的予言
アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮
青土社、2001 年、新装版 2011 年
ヴァールブルク自身の生涯と歴史研究との相互浸透をた
どった評伝。狂気に襲われた彼の受苦的な身体という舞
台において、文化の記憶が根源的に孕む錯乱を解読する。
対で読まれるべきE・H・ゴンブリッチ『アビ・ヴァー
ルブルク伝──ある知的生涯』(晶文社)の復刊
が切望される。
10
エルンスト・カッシーラー/木田元訳
シンボル形式の哲学2 神話的思考
岩波文庫、1991 年
ヴァールブルクが信頼し親交を結んだ哲学者が、
この友人からの刺激のもと、その蔵書を駆使して論じた
主著第二巻。両者の差異についてはディディ=ユベルマ
ンの前掲書を参照。
11
ヴァルター・ベンヤミン/岡部仁訳
12
エトガー・ヴィント/加藤哲弘他訳
講談社文芸文庫、2001 年
ベンヤミンはヴァールブルクのルター論文も参照して書
かれたこの書物を、ヴァールブルクの生前、その文化科
学図書館に寄贈している。二人の「土星の子供たち」。
晶文社、2007 年
いわゆるヴァールブルク学派の中でヴァールブルクの思
考のアクチュアルな真髄をもっとも継承したと思われる
人物の論文集。論文「ヴァールブルクにおける「文化学」
の概念と、美学に対するその意義」が重要。
ドイツ悲哀劇の根源
シンボルの修辞学
13
フリッツ・ザクスル/鯨井秀伸訳
イメージの歴史──ザクスル講義選集
ブリュッケ、2009 年
著者はヴァールブルクの助手を長く勤めた。その回想を
含む『シンボルの遺産』(ちくま学芸文庫)の復刊を強
く望む。
14
エルヴィン・パノフスキー/浅野徹他訳
イコノロジー研究
ちくま学芸文庫、2002 年
本書でヴァールブルク的な情念定型を論じるにあた
り、シュペングラーから借用されている「仮晶=擬形態
(pseudomorphosis)」という概念に、著者の理論的フレー
ムを超える可能性を感じる。
【膨張するヴァールブルクの宇宙──綺想からイメージ人類学へ】
15
フランセス・A・イエイツ/青木信義他訳
16
マリオ・プラーツ/高山宏訳
水声社、1993 年
数ある邦訳著書のなかから「記憶と空間」の主題に沿っ
た本書を選ぶ。『ムネモシュネ・アトラス』とはヴァー
ルブルクの記憶術だ。
──文学と視覚芸術との間の平行現象
17
伊藤博明
18
グスタフ・ルネ・ホッケ/種村季弘・矢川澄子訳
ありな書房、2007 年
広大なエンブレムの世界への恰好の入門書。謎め いたイメージと綺想の充溢する詩句とがわずかにずれて
互いを反射しあった空間で展開される、目くるめく表象
の饗宴。
──マニエリスム美術
19
若桑みどり
20
水野千依
青土社、2008 年
16 世紀に日本に到来した聖母マリア像の変容過程をたど
る「世界美術史」の見事な達成。被抑圧者集団が拠り所
とした小さなマリア観音に、この地独自の「東アジア型
聖母像」を見いだす叙述が、著者の深い祈りにも思える。
──ルネサンスの図像文化における奇跡・分身・予言
記憶術
綺想の表象学──エンブレムへの招待
聖母像の到来
ムネモシュネ
ありな書房、1999 年
ローマのプラーツ博物館には玩具じみた視覚装置が溢れ
ていた。ルネサンスから現代まで、詩と絵を自在に二重
視させる、綺想に満ちた知的装置としての書物。
迷宮としての世界
岩波文庫、2010/11 年
ホッケの師は『ヨーロッパ文学とラテン中世』のE・R・
クルツィウス。師のトポス論を経由して、このマニエリ
スム論はヴァールブルクの情念定型論に通じている。
イメージの地層
名古屋大学出版会、2011 年
図像・文書の丹念なフィールドワークにもとづいた、奇
跡像、蠟人形、幻視といった現象をめぐる、イメージ人
類学の貴重な成果。とくに異端的な予言文化の扱いに、
「過去を救済する」歴史家の眼差しを感じる。若桑氏の
開拓した道はこうして継承されている。
21
ユベール・ダミッシュ/石井・松岡訳
22
ジョルジョ・アガンベン/高桑和巳訳
──美と欲望のアルケオロジー
──論文と講演
パリスの審判
ありな書房、1998 年
著者はヴァールブルクに構造主義的美学の先駆を見てい
る。本書はその実践だ。「パリスの審判」を主題とする、
古代から現代にいたる芸術作品を対象として、そこで生
じている多様な「変換の規則」がたどられてゆく。
思考の潜勢力
月曜社、2009 年
『スタンツェ』をはじめとして随所でヴァールブルクを
参照する著者だが、比較的初期の論考「アビ・ヴァール
ブルクと名のない学」を収めた本書を選ぶ。ここで言わ
れた「名のない学」はいまだ名づけられぬままだ。
23
カルロ・ギンズブルグ/竹山博英訳
24
種村季弘
──サバトの解読
──あるいは魔術的跛者
せりか書房、1992 年
歴史学と人類学を補完させあうという方法論的な冒険を
通じて、サバトの分析がユーラシア大陸の文化の古層に
眠る記憶の解明へと展開されてゆく。そこにはヴァール
ブルクの情念定型「踊るニンフ」のイメージが浮上する。
青土社、2004 年
ニンフにも関わる「魔術的跛者」の系譜が、本書ではよ
り軽やかに綴られてゆく。最終章で取り上げられた日影
丈吉の作品が鮮烈な印象を残す。
25
ヴィクトル・I・ストイキツァ/岡田・西田訳
26
ジュリア・クリステヴァ/星埜・塚本訳
闇の歴史
影の歴史
平凡社、2008 年
「影」をめぐるイメージ人類学。この素材を鮮や かに過不足なく捌けるのはこの著者ならでは。影にとも
なう「暗さ」にはやや欠けるほどの明晰さ。
畸形の神
斬首の光景
みすず書房、2005 年
ヴァールブルクにとってイメージとはメドゥーサ
の首だった。あらゆるイメージの根源/根源的イメージ
としての「斬首」のヴィジョンを執拗に追跡する著者も
また、サロメあるいはユディットとしてのニンフのひと
りだろうか。
27
ホルスト・ブレーデカンプ/原研二訳
28
バーバラ・M・スタフォード/高山宏訳
産業図書、2010 年
著者は、ホッブス、ダーウィン、ガリレイ、そして本書
のライプニッツと、哲学者や科学者の思考におけるイ
メージの作用について、目覚ましい研究成果を次々と公
にしている。一見して意味不明の形象から読み解かれる
高速運動する思考の軌跡。
──つなぐ技術としての人間意識
モナドの窓
ヴィジュアル・アナロジー
産業図書、2006 年
見ることの快楽と結びついた知を積極的に肯定し、視覚
的なものの復権を高らかに謳う著者は、イメージを通じ
たアナロジーの能力を本書で実践してみせる。それはク
ンストカマーが具現していた遊戯的な創造の知への誘い
だ。
29
港千尋
30
アンドレ・ルロワ=グーラン/荒木亨訳
──心とイメージのアルケオロジー
ちくま学芸文庫、2012 年
ダーウィンの『人間および動物の感情表現』に影響され
たヴァールブルクは、身ぶりをはじめとする人類の表現
行為を生物進化史の内部で考えようとしていた。その志
向性は言語・文化の起源と進化を壮大なスケールで推理
する本書と通底している。
洞窟へ
せりか書房、2001 年
ヴェルナー・ヘルツォークの 3D 映画『忘れられた夢の
記憶』でも取り上げられた洞窟壁画を通して、先史時代
の人類の心を探ろうとするイメージ考古学の試み。洞窟
の最奥部の図像は、眼で見るのではなく、「記憶で見る」
ものではないか、といった直観的洞察が光る。
31
彌永信美
大黒天変相──仏教神話学Ⅰ
観音変容譚──仏教神話学Ⅱ
法蔵館、2002 年
インドから日本にいたる東アジア世界における「大黒」
「観音」の変容過程の追跡を通して、独自の「仏教神話学」
を切り拓いた大著。大学などの研究機関に属さない独学
者による、専門領域の境界に囚われない発想はヴァー ルブルクに通じる。
身ぶりと言葉
32
松岡心平
宴の身体
──バサラから世阿弥へ
岩波現代文庫、2004 年
日本の驚くべき 15 世紀(クアトロチェント)の芸能・政治・
民俗・文化が、舞い踊る身体上で交錯する知的「宴」と
言うべき書物。そこで特権的な身体として浮上する稚児
とは、日本における「ニンフ」ではなかったか。
【共振する巨星たち──同時代を中心とする (非)知の星座】
33
ホイジンガ/堀越孝一訳
34
カール・グスタフ・ユング/河合俊雄監訳
中公クラシックス、2001 年
1919 年に刊行された本書は、ヴァールブルクがイ タリア・ルネサンスとの関係を重視した北方ヨーロッパ
の美術が根ざす心性を理解するために必読の書。この両
者共通の友人アンドレ・ジョレスは、ヴァールブルクに
ニンフ論を書かせるきっかけになった人物である。
── The“Red Book”
35
ジョルジュ・バタイユ/片山正樹訳
36
アントナン・アルトー/宇野邦一他訳
二見書房、1974 年
ヴァールブルクが死去した 1929 年に創刊され、著者バ
タイユが編集にも関わった雑誌『ドキュマン』への寄稿
文の集成。写真で拡大された足の親指をはじめとする「低
級な」イメージの形態分析を通して、無形なものの感性
論が開拓される。
河出書房新社、2007 年
メキシコのタラウマラ族のもとにおけるペヨトルの儀式
の体験、精神病院への収監など、アルトーにはヴァール
ブルクと類似する生の軌跡がある。しかし、その身体を
襲ったはるかに巨大な受苦は、経験の質を大きく変えて
いたに違いない。
中世の秋
ドキュマン
赤の書
創元社、2010 年
第1次世界大戦勃発の前後から 16 年間という、ヴァー
ルブルクが精神的危機と崩壊を経て死去するまでにちょ
うど対応する時期に、秘かに描き綴られた現代の黙示録
的装飾写本。極彩色の『赤の書』に対し、
『ムネモシュネ・
アトラス』とは単色の『灰の書』とでも言うべきか。
アルトー後期集成I
37
ピエール・クロソフスキー/千葉文夫訳
38
ジャン・ジュネ/鵜飼哲訳
──ある種の行動の祭祀的にして神話的な起源
現代企画室、1999 年
表題となっているジャコメッティに関するテクストのほ
か、レンブラントについてのエッセイや、特異な演劇論
かつ都市論である「・・・ という奇妙な単語」などを収める。
20 世紀において、美術作品と詩とがいかなる相関関係を
結んでいたかというエンブレム的な事例として。
古代ローマの女たち
アルベルト・ジャコメッティのアトリエ
平凡社ライブラリー、2006 年
バッハオーフェンなどを援用し、古代多神教の心的ト
ポロジーを再演しようとする演劇的神学。著者の描く
絵画における妻ロベルト同様、そこに登場する女たち
は、ヴァールブルクのニンフに似た情念定型の身ぶりで、
ファンタスムのシミュラクルと化して増殖する。
【土星の子供たち──自伝・伝記というプロブレマティック】
39
ステファヌ・マラルメ/柏倉康夫訳
40
ルイ・アルチュセール/宮林寛訳
行路社、2009 年
詩人の自筆原稿と校正刷のカラー写真版を通して、詩句
が星々となり、星座を形づくり始める。これが詩の「譜面」
だとすれば、『ムネモシュネ・アトラス』は見る者を踊
らせるための、振付のノーテーションと見なせるかもし
れない。
──アルチュセール自伝
41
アルド・ロッシ/三宅理一訳
42
岡田温司
鹿島出版会、1984 年
自伝と称してはいても、記述は時系列に沿うわけ ではなく断片的で、自作を中心とする建築や都市の記憶
を詩的に語った、夢の記録のような書物。白昼夢めいた
世界にずるずると引き込まれてゆく、恐るべき都市・建
築論。
──旅・芸術・精神分析
賽の一振りは断じて偶然を廃することはないだろう
アルド・ロッシ自伝
未来は長く続く
河出書房新社、2002 年
ヴァールブルクにおいては自伝的なものこそが歴史の方
法でもあった。妻を殺害した「狂人」のこの自伝が読者
に対して仕掛けている罠は、眩暈を引き起こすほどに緻
密かつ用意周到である。テクスト自体が時間の錯
乱を孕んで、重層的なパリンプセストとなってい
るパトスの記録。
フロイトのイタリア
平凡社、2008 年
フロイトはヴァールブルクの著作を知っており、ヴァー
ルブルクはフロイトのモーセ論を読んでいた。同じイタ
リア狂いのユダヤ人フロイトのイタリア旅行やこの国の
芸術・文化が、精神分析の誕生と展開にいかに重要な役
割を演じたかを、本書は軽快なテンポで描き出している。
【ヴァールブルク的知をめぐる宇宙論──徴候的知とイメージの進化論】
43
W・G・ゼーバルト/鈴木仁子訳
アウステルリッツ(改訳・新装版)
白水社、2012 年
幼年時代の記憶を回復する過程で落魄してゆく主人公ア
ウステルリッツが働いていた機関は、ヴァールブルク研
究所を連想させる。テクストと写真の関係が生む、虚構
と現実が入り交じった架空の伝記という技法によって描
かれる 20 世紀の歴史。
44
マッシモ・カッチャーリ/柱本元彦訳
必要なる天使
人文書院、2002 年
「根源は、イメージのなかに現われつつ逃れ、多数性の
なかに示現=隠蔽し、隠れつつ現われる『もの』として
しか考えられない」──これは天使の定義であるととも
に、ニンフのそれでもあるのではないか。凄まじい思考
の速度と色気を備えた書物。
45
岡本源太
46
伊藤邦武
──生の多様性へ
岩波書店、2006 年
ヴァールブルクにおいて傑出していたのは、イメージに
対するパース的なアブダクションの能力、身体的情動や
嗅覚などの低級感覚に根ざした徴候的知だったのではな
いか。宇宙を譬えた「さまざまな香りに満たされた洞窟」
というパースの比喩は、この知の世界にふさわしい。
ジョルダーノ・ブルーノの哲学
月曜社、2012 年
亡くなった 1929 年 10 月 26 日早朝、ヴァールブルクが
図書館日誌に書きつけた言葉は「ペルセウス、すなわち、
ジョルダーノ・ブルーノにおける、方位確認の作業の論
理的機能としての、エネルギー的な美学」だった。本書
はブルーノのアクチュアリティを生の多様性の発見に見
いだす。
47
中井久夫
徴候・記憶・外傷
みすず書房、2004 年
徴候と予感、索引と余韻といった、未来と過去に関わる
「メタ世界」を語って、それ自体が詩的で予感に満ちた、
比類のない思索の記録。
パースの宇宙論
48
佐々木正人
レイアウトの法則
──アートとアフォーダンス
春秋社、2003 年
アフォーダンス理論にもとづく本書の「レイアウト」や
「肌理」の議論から連想したのは、ヴァールブルクが追
求したものはイメージの歴史がもつ肌理ではないか、と
いうことだった。それは種をめぐるダーウィンの
進化論や著者の言う「ダーウィン的方法」にも関
わる。
49
三中信宏
50
中尾央・三中信宏編
講談社現代新書、2006 年
人間の認知特性に従う分類思考とは異なる系統樹
思考による経験科学としての歴史の復権を唱え、人文
知を包摂する学の組み替えまでも射程に収めた書物。
ヴァールブルク的なイメージ論とは、認知特性そのもの
の変容の歴史を問い直す、系統樹思考の実験とも言えよ
うか。
──文化の進化パターンを探る
51
西野嘉章
52
クラウス・テーヴェライト/田村和彦訳
──マーク・ダイオンの「驚異の部屋」講義録
法政大学出版局、1999 年
系統樹思考の世界
ミクロコスモグラフィア
平凡社、2004 年
学術標本のインスタレーションによって「驚異の部屋」
を作り上げた展覧会にもとづく講義の記録。レディメイ
ドの素材の分類と配置から「驚異」となるあらたな知を
創造するという手法は、『ムネモシュネ・アトラス』の
構成法に照応する。
文化系統学への招待
勁草書房、2012 年
生物学を中心に確立されてきた系統学を文化現象に適用
することをもくろんだ論集。『ムネモシュネ・アトラス』
では本書の着眼や手法を参考として、パネル群のクラス
タ分析を試みた。それを通時的な系統学へと展開するこ
とが今後の課題である。
男たちの妄想I 女・流れ・身体・歴史
男たちの妄想 II 男たちの身体
法政大学出版局、2004 年
本書は、ファシスト的男性の身体と倒錯した心理を論じ
ながら、本文とは直接関係のない現代アメリカのコミッ
ク図版などを数多く用いることで、イメージによる思考
を強く促している。自伝的な記憶も混じって選択された
その図像群は、仄暗い情動を喚起するヒエログリフだ。
【彗星的狂気──イメージをめぐる恐怖とパラノイア】
54
フィリップ・K・ディック/大滝啓裕訳
53
平倉圭
ヴァリス
ゴダール的方法
インスクリプト、2010 年
ゴダールの『映画史』にはニーチェや『ムネモシュネ・
アトラス』に通じる、「世界史を体現する個人」という
パラノイア的妄想が宿る。映画論の「方法」を更新しよ
うとする本書の企ては、ゴダール映画の細部への徹底し
た注視にもとづき、やがてゴダールも映画論も食い破っ
て、知覚そのものが刷新される場を拓く。
創元推理文庫、1990 年
ヴァリスとは「巨大にして能動的な生ける情報システ
ム」。悪しきデミウルゴスの支配する宇宙からの救済を
求めるグノーシス主義的な神秘主義の教理問答が、1970
年代のカリフォルニアを舞台に展開される。
『ムネモシュ
ネ・アトラス』を通してヴァールブルクが探査したのは、
「巨大にして能動的な生ける図像情報システム」だった
のかもしれぬ。
55
ジョン・M・マグレガー/小出由紀子訳
56
D・シルヴェスター+F・ベイコン/小林等訳
──非現実の王国で
作品社、2000 年
本書に登場するヴィヴィアン・ガールズたちにニンフ的
情念定型の現代版を見いだしたのはアガンベンの炯眼
だった。ダーガーのきわめて私的な神話叙事詩も、その
深層では、『ムネモシュネ・アトラス』が記録している、
ヨーロッパのイメージ記憶における反復される情念定型
の系譜に連なっている。
筑摩書房、1996 年
ヴァールブルクは外界に対する恐怖症的反応を、占星術
図像のような幻想的イメージの源と考えた。「開かれた
口」のモティーフの反復的な使用などによって、ベイコ
ンは「恐怖」それ自体をイメージとして定着させようと
している。次第に歪んだ肉塊と化してゆく人物像は、そ
うした恐怖の果ての(もはや身体ではない)「肉」の情
念定型だろうか。
ヘンリー・ダーガー
肉への慈悲
57
楳図かずお
14 歳 第1巻
小学館文庫、2001 年
恐怖とニンフ的少女たちの漫画家と言えばこの作者だろう。本書は食用肉片からの鳥人の生成に始まる独特な進化論
を展開している。精神病期のヴァールブルクは「自分の食べているのは家族の肉ではないか」といった妄想に駆られ
ていた。これは『ムネモシュネ・アトラス』最後のパネルの主題であるホスチアにも関係する。このパラノイア的で
荒唐無稽な作品には、食とイメージをめぐる恐怖が形づくる、ヴァールブルクの魂のブラックホールめいた謎に触れ
るものを感じる。
選者プロフィール
田中 純(たなか・じゅん)
1960 年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。博士(学術)。
著書に『ムネモシュネ・アトラス』(共著、ありな書房、2012 年)、『建築のエロティシズム──世紀転換期ヴィーン
における装飾の運命』(平凡社新書、2011 年)、『イメージの自然史──天使から貝殻まで』(羽鳥書店、2010 年)、『政
治の美学──権力と表象』
(東京大学出版会、2008 年)、
『都市の詩学──場所の記憶と徴候』
(東京大学出版会、2007 年)、
『死者たちの都市へ』(青土社、2004 年)、『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(青土社、2001 年)、『ミース・ファン・
デル・ローエの戦場』(彰国社、2000 年)、『都市表象分析I』(INAX 出版、2000 年)、『残像のなかの建築──モダニ
ズムの〈終わり〉に』(未來社、1995 年)など。
◇このパンフレットは〈表象文化論のアトラス〉のフェアのために制作されたものです。
◇編集・DTP──中本 光
◇制作──ありな書房 ◇ 2012 年 6 月 20 日発行