病態生理からアプローチした薬物療法 不整脈

病態生理からアプローチした薬物療法
不整脈
●不整脈が起きる要因・発生機序
不整脈が起きる要因で心臓そのものに関連するものとして
は、心筋梗塞(狭心症)などによる心筋の一部の損傷、活動
電位の伝わり方に異常を生じる副伝導路の存在、心臓の電気
田中 光
東邦大学薬学部薬物学教室教授
活動の基となるイオンチャネルの遺伝子異常などがある。食
事などの日常生活にも不整脈を誘発する多くの要因がある
不整脈は心臓の拍動が乱れ、血液を循環させる機能が損
なわれる病気である。治療に用いられる抗不整脈薬の効果
や副作用は、不整脈の種類や患者背景により大きく異なり、
薬物療法には細心の注意が必要である。理解しておくべき
不整脈の病態生理と薬物選択の考え方を概説する。
(後述)。また、薬物や毒物により不整脈が誘発される場合も
ある。
不整脈の発生機序は様々だが、徐脈性不整脈のうち洞不全
症候群は洞房結節の活動電位の発生頻度が著しく低くなるこ
とにより起きる。伝導ブロックは、洞房結節で発生した活動
電位が心臓全体へ伝わらなくなることであり、房室結節にお
●心臓拍動の仕組みと不整脈
いて心房から心室への伝導に障害が起きるものを房室ブロッ
心臓は筋肉でできたポンプであり、一生拍動し続けて全身
クという。
に血液を循環させ、体全体に酸素と栄養を送り続ける。ペー
頻脈性不整脈には3つの機序が考えられる。撃発活動(ト
スメーカーは右心房にある洞房結節で、ここから発生した活
リガードアクティビティ)は、先行する活動電位の終了直前
動電位が心臓全体に伝わり心筋細胞の中のカルシウムイオン
または直後に生じた電気現象がきっかけで発生してしまう活
2+
(Ca )の濃度が高まり、心筋細胞が収縮する。心臓全体の
動電位のこと、リエントリーは通常心臓全体に伝搬した後消
心筋細胞がほぼ同時に収縮することで心臓が拍動し、血液が
失する活動電位が何らかの異常により消失せず心筋内を旋回
送り出される。この過程のどこかに異常が生じると心臓の拍
すること、異所性自動中枢は洞房結節以外の場所に出現する
動の乱れ、不整脈が発生し、ポンプ機能が損なわれる。
ペースメーカーである。これらにより活動電位が通常とは異
不整脈は正常よりも拍動頻度が多くなる頻脈性不整脈と、
なるパターンで心臓内を伝播して頻脈性不整脈が生じる。一
逆に少なくなる徐脈性不整脈とに大別される。心房で起こる
般に異所性自動中枢は細胞膜のナトリウムチャネルやカルシ
ものを心房性不整脈、心房および房室結節が関与するものを
ウムチャネルを通る電流により生じるとされているが、これ
上室性不整脈、心室で起こるものを心室性不整脈と呼ぶ。
とは異なる仕組みも考えられる。
不整脈の危険度はその種類により大きく異なる。心房性期
肺静脈は肺から心臓に血液を送る血管であるが、その壁に
外収縮は健常人の約 70%に出現し、自覚症状も少なく治療
は心房から続く心筋の層が入り込んでおり、ここで生じる電
の必要はないとされているが、心室細動は心臓のポンプ機能
気活動が心房に伝わって心房細動を誘発することが知られて
が完全に消失する致死性の不整脈であり数分以内に治療する
いる。そこで我々の研究室では心房細動の引き金になるとし
必要がある。
て注目されている肺静脈の電気活動の研究に取り組んだ。モ
不整脈で問題になるのはポンプ機能だけではない。心房細
ルモットの肺静脈を摘出し、そこに含まれる心筋細胞の電気
動は心房が無秩序に興奮して震え、これが心室に伝わって心
活動を研究したが、細胞内で Ca2+ 濃度が通常とは異なるタ
室の拍動を乱す不整脈である。心室のポンプ機能はある程度
イミングで上昇した場合、これを細胞外にくみ出すために細
保たれるが、心房内の血液の乱流により生じた血栓が動脈血
胞膜上のナトリウムカルシウム交換機構というトランスポー
流に乗って脳梗塞を起こす危険がある。
ターが作動し、これが異所性自動中枢を出現させるのではな
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いかという仮説に到達した。細胞膜の電気現象によってコン
2+
【第Ⅱ群】アドレナリンβ受容体遮断薬
トロールされるはずの細胞内 Ca が、逆に細胞膜の電気現
第Ⅱ群の抗不整脈薬はアドレナリンβ受容体遮断薬であ
象を攪乱していることになり、この理解を新たな抗不整脈薬
る。洞房結節や房室結節の細胞では脱分極の主役はカルシウ
開発の手がかりと捉えることもできると考えている。
ムチャネルを通る Ca2+ 電流で、これにより洞房結節での自
●抗不整脈薬の特徴
発的活動電位発生と房室結節での活動電位の伝導が維持され
抗不整脈薬は Vaughan Williams の分類法に従って第Ⅰ群
ている。交感神経興奮により遊離されたノルアドレナリンが
〜第Ⅳ群の4種類に分類されるが、この分類に含まれない抗
β1 受容体に結合するとカルシウムチャネルが活性化され、
不整脈薬も存在し、作用点に基づいて抗不整脈薬の作用を記
心拍数と房室伝導速度が増大するが、第Ⅱ群の抗不整脈薬は
述する Sicilian Gambit の分類も提唱されている。
β受容体の段階でこれを抑制し、運動や精神的緊張時の交感
【第Ⅰ群】ナトリウムチャネル遮断薬
神経興奮が関与する不整脈に奏功する。β受容体遮断は心不
第Ⅰ群の抗不整脈薬はナトリウムチャネルを遮断し、活動
全、気管支喘息、糖尿病、脂質代謝異常症を悪化させる可能
電位の立ち上がり速度を減少させる。興奮の伝導速度の低下
性があり、これらの疾患がある場合には禁忌または慎重投与
やナトリウムチャネルが関与する異所性自動中枢の抑制によ
となる。
り抗不整脈作用を発揮する。活動電位持続時間に対する作用
【第Ⅲ群】活動電位持続時間を延長させる薬物
などから Ia 群、Ib 群、Ic 群に細分類されている。
第Ⅲ群の抗不整脈薬は主にカリウムチャネルを遮断し、活
Ia 群は心房性、心室性両方の不整脈に有効で、第一選択
動電位持続時間を延長させる。心筋は活動電位を発生してい
薬として使用されることが多いが、抗コリン作用に基づく口
る最中や直後は新たな活動電位を発生できない状態にあり、
渇、消化器障害、排尿障害などの副作用や、活動電位延長作
この状態にある期間を不応期と呼ぶ。第Ⅲ群の抗不整脈薬に
用による心室性不整脈誘発に注意が必要である。Ib 群は主
より心筋の不応期が延長するので、リエントリーや異所性自
に心室性不整脈に有効で、心抑制作用が弱いことから心機能
動中枢に由来する電気的刺激により活動電位が誘発される可
が低下している患者にも使いやすい。これらに比べて Ic 群
能性が減少し、不整脈が抑制される。その一方で、QT 延長
は作用が強いが、心抑制作用に注意が必要である。
やトルサードポアンが起きる危険もあり、他剤が無効な心室
性不整脈に限って使用される。
表 抗不整脈薬の Vaughan Williams 分類
ナトリウム
活動電位
チャネルと
薬剤名
持続時間
の結合解離
中程度 キニジン、プロカインアミド
a
延長
ジソピラミド、シベンゾリン、
遅い
プロカインアミド
ナトリウム
不変
中程度 アプリンジン
チャネル
b
遮断薬
短縮
速い
リドカイン、メキシレチン
中程度 プロパフェノン
c
不変
遅い
フレカイニド、ピルジカイニド
プロプラノロール、ナドロール、
アドレナリンβ受容体遮断薬
メトプロロール、アテノロール、
等
アミオダロン、ソタロール、ニ
活動電位持続時間延長
フェカラント
ベラパミル、ジルチアゼム、ベ
カルシウム拮抗薬
プリジル
分類(群)
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
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作用機序
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【第Ⅳ群】カルシウム拮抗薬
第Ⅳ群の抗不整脈薬はいわゆるカルシウム拮抗薬のうち心
臓に対する作用が強いベラパミルやジルチアゼム等を指す。
カルシウムチャネル依存性の異所性自動中枢や房室結節の興
奮伝導を抑制して不整脈に奏効すると考えられる。徐脈、心
筋収縮力の低下、血圧低下に注意が必要である。ベプリジル
はⅣ群に分類されるが、ナトリウムチャネル、カルシウムチャ
ネル、カリウムチャネルのすべてを遮断して奏功する薬剤で
あり、心室性不整脈誘発には注意が必要である。
●抗不整脈薬選択の考え方
不整脈の発生機序が明らかになるに従い、科学的根拠に基
づく論理的な薬剤選択も可能になってきたが、医師の経験に
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基づいた判断が必要な場面も多い。
電気的除細動は体外からの電気刺激により不整脈を治療す
①心房細動:心房細動を許容し、心房の電気的興奮が心室に
る方法。植込み型人工ペースメーカーは胸部に埋め込んだ本
伝わりにくくして心室の収縮頻度を下げることを目指すのが
体から心臓内に留置した電極を通じて心筋に電気刺激を加え
心拍数調節(レートコントロール)の考え方で、カルシウム
て心臓を拍動させる装置で、心臓の収縮を起こす活動電位が
拮抗薬やβ遮断薬が用いられる。心収縮力が低下している場
発生しない、あるいは心室にまで伝わらない徐脈性不整脈に
合にはジゴキシン(強心配糖体)が併用される。一方、心房
用いられる。
細動を消失させて洞房結節のリズムに従った心臓拍動を目指
●薬剤師としての服薬指導上のポイント
すのが洞調律維持(リズムコントロール)の考え方である。
不整脈には放置して支障のないものから、命に関わるもの
Ⅰ群の抗不整脈薬の中でもナトリウムチャネルとの結合 ・ 解
まで様々な種類がある。不整脈を自覚した患者には、むやみ
離が遅い薬剤が用いられる。ただし、心臓に器質的障害があ
に心配しないように指導するとともに、医師の診察を受ける
る場合やⅠ群の薬剤が効きにくい持続性心房細動には、Ⅲ群
ように勧めるべきである。基本的に日常生活では不整脈を誘
の薬剤やベプリジルが用いられる。これらに加え、脳梗塞を
発するような行動—喫煙、過労、ストレス、睡眠不足、急激
予防するために、血栓形成を抑制するアスピリンやワーファ
な温度の変化などは極力避けるように指導する。
リンが必要に応じて投与される。
抗不整脈薬は新たな不整脈やその他の副作用を誘発するこ
②発作性上室頻拍:房室結節を含むリエントリー回路が関係
ともあるデリケートな薬剤であることを伝え、治療効果を得
しているものが大部分であり、房室結節の伝導を抑制する薬
るために用法や用量をしっかり守るよう指導する。飲み忘れ
剤が用いられる。停止にはⅣ群の抗不整脈薬や ATP、再発
たときの対処法も必ず伝え、2回分を1度に服用しないよう
防止にはⅡ群、Ⅳ群の抗不整脈薬やジゴキシンが用いられる。
に指導する。抗不整脈薬は他の薬剤や血液成分の異常と相互
③心室性不整脈:重症化する危険の無い軽症の心室性期外収
に影響し合うことが多い。抗不整脈薬による治療の途中で他
縮は薬物治療をしないことが多い。心室頻拍では、基礎疾患
の薬剤を追加されていないか、下痢、嘔吐、食欲不振などの
のない場合、アドレナリン受容体刺激が関与するタイプには
症状が現れていないかに注意する必要がある。
Ⅱ群、カルシウムチャネル活動が関与するタイプにはⅣ群、
性質の異なる多くの抗不整脈薬がある一方で様々な非薬物
発生機序が特定できない場合はⅠ群の抗不整脈薬を用いる。
的治療法が普及し、近年は再生医療の技術を取り入れた新し
基礎疾患を有する場合にはⅢ群のアミオダロン、ニフェカラ
い治療法が開発される兆しも見えている。将来これらの手段
ント等を用いる。多型性心室頻拍や心室細動では電気的除細
の有効性を高めるための薬剤使用も重要性を増していくと思
動や植え込み型除細動器を用いる場合が多い。
われる。薬剤師としては、不整脈の仕組みや治療薬の特徴、
④徐脈性不整脈:洞房結節リズムの安定、房室結節の興奮伝
最新の治療法などについて常に知見を広め、余裕を持って患
導確保にアトロピンやイソプロテレノールが用いられる。
者をサポートしていきたいものである。
●不整脈の非薬物的治療
不整脈治療ではカテーテルアブレーションも行われる。細
い管を大腿部の静脈を経由して心臓内に挿入、高周波電流を
流して不整脈発生の原因となる部位の心筋を壊死させる方
法。WPW 症候群のようにリエントリーの経路が明らかに
なっている場合や、肺静脈起源の心房細動など異所性自動中
枢の場所が特定できる症例に極めて有効である。
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〔参考資料〕
1)東邦大学バーチャルラボラトリー “ 心筋 ” 心臓は電気とカル
シウムイオンで動いている http://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/
shinkin/index.html 2) 行 方 衣 由 紀: 肺 静 脈 心 筋 の 電 気 活 動 . 日 本 薬 理 学 雑
誌 ,vol136,186,2010. 3)不整脈薬物治療に関するガイドライン(2009 年改訂版), 日
本循環器学会 .
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