援助行動場面における非援助出費と自己不全感との関連についての検討 ―心理教育による介入をもちいてー 学校教育専攻 心理教育実践専修 08-013 澤田 尚子 問題 本研究では、援助しないことへの周囲の非難や罪悪感といったいやな気分を回避するた めに援助する受動的な動機に着目した。このような動機として、援助しないことのデメリ ットを予測する『非援助出費』がある(高木,1982)。まず「社会的非難」 、 「いやな気分」の 2つの非援助出費を用いて、以降の研究で用いる援助行動場面の質問紙を作成した(研究 1)。また受動的な動機をもちやすい特性として、自分が相手より利益を得たと考え、罪悪 感を感じる傾向、『利得過剰志向性』(Sprecher,1992)がある。このことから、非援助出費 や利得過剰志向性が高いほど援助行動を取りやすいと考え、検討した(研究 2)。 対人関係において、援助行動は適応的な側面をもつ。一方で、宮下(1988)は他者の要求 に受動的な人ほど、主体的に行動を決められないことへの『不全感』を感じやすいことを 指摘している。このことから、非援助出費や利得過剰志向性によって促進された援助行動 は自分で行動を決められないことへの不快感が高いという不適応的な側面をもつと考え、 検討した(研究 2)。また、援助行動の不適応的な側面を促進する要因として、援助者の抑う つ状態の高さがある。抑うつ患者の特徴から、抑うつ状態が高い人は援助行動を負担に感 じていても断れない、自分で行動を決められないことへの不快感が高いと考えられる。こ のことから、援助者の抑うつの程度と援助行動の関連を検討した。合わせて、ある一定の 抑うつ状態にある人には過剰な援助行動を抑制するために、臨床場面で多用される心理教 育的介入を行い、その効果を検討した(研究 3)。 研究 1 目的: 「社会的非難」 「いやな気分」の 2 つの非援助出費を用い、以降の調査で用いる援助 行動場面の質問紙を作成する。また、非援助出費と援助行動の関連を検討する。 方法:A 大学大学生 148 名(男性:56 名、 女性:87 名、 不明:5 名)。平均年齢:20.12 歳(SD=1.02)。 手続き:大学生に対し、自己記入式の質問紙調査を行った。 質問紙:複数の援助行動場面を文章で提示し、各場面ごとに質問項目に回答してもらった (25 場面×4 項目=全 100 項目)。質問項目は、高木(1987)をもとに改編、作成。 1) 実行の確信の有無:1 場面ごと 1 項目、5 件法 2) 援助出費得点:1 場面ごと 1 項目、5 件法 3) 非援助出費得点(社会的非難・いやな気分):1 場面ごと各 1 項目、5 件法 結果と考察:相関分析の結果を表 1 に示す。援助出費により、実行の意思が変わる可能性 があることから、 援助出費得点で場面を統制し、 残った 15/25 場面を以降の研究で用いた。 表 1 研究 1 における相関分析の結果 実行の確信 援助出費 社会的非難 いやな気分 -.412** .296** .660** .135* -172* 援助出費 社会的非難 .554** 分散分析の結果、援助しないことの損失を高く予測するほど、損失を回避するために実行 しようとすることが示された{F(1,87)=8.76, p<.01・F(1,95)=57.67 p<.01}[図 1・2]。 120 120 100 100 実 行 80 の 60 確 40 信 ** 実 80 行 の 60 確 40 信 ** 20 20 0 0 社会的非難( H ) 社会的非難( L) 図 1 社会的非難高群・低群における 実行の確信得点 いやな気分( H ) いやな気分( L) 図 2 いやな気分高群・低群における 実行の確信得点 研究 2 目的:援助行動場面の特性である非援助出費、及び援助者の特性である利得過剰志向性と 援助行動の相互関係を検討する。また、それらと自己不全感、満足感の関連を検討する。 仮説:1)非援助出費が高い場面では利得過剰志向性が高いほど、実行の確信が高いだろう。 2)非援助出費が高い場面では利得過剰志向性が高いほど、自己不全感が高く、満足 感が低いだろう。 方法:A 大学大学生 149 名(男性:62 名、女性:77 名、不明:10 名)。 平均年齢:21.15 歳(SD=2.42)。 手続き:大学生に対し、自己記入式の質問紙調査を行った。 質問紙:複数の援助行動場面を文章で提示し、各場面ごとに質問項目に回答してもらった (15 場面×5 項目=75 項目)。1)、 3)は研究1と同様のものを用いた。 2)は稲永(2009)、 坂野ら(2004)を参考に作成した。 1)実行の確信の有無:1 場面につき 1 項目、5 件法 2)自己不全感・満足感:1 場面につき各 1 項目、5 件法 3)非援助出費得点(社会的非難・いやな気分):1 場面につき各 1 項目、5 件法 4)利得過剰志向性 20 項目、5 件法 結果と考察:分散分析の結果、周囲の非難や罪悪感を予測すること{F(1,147)=635.41,p<. 01;F(1,147)=527.33,p<.01}、または自分が相手より利益を得ていることへの罪悪感を感じ やすさ{F(1,147)=21.20,p<.01;F(1,147)=20.80,p<.01}がそれぞれ、援助行動の実行の意思 に影響していることが示唆された。この結果から、非援助出費及び利得過剰志向性と実行 の意思の相互関係を検討した。援助しないことによる周囲の非難や罪悪感を予測し、これ らを回避するために援助行動を実行しようと考える人ほど、自己に対しての不全感が低く {社会的非難 F(1,147)=9.24,p<.01}{いやな気分 F(1,147)=13.15,p<.01}[図 3・4]、満足感 が高いこと{社会的非難 F(1,147)=10.01,p<.01}{いやな気分 F(1,147)=14.27,p<.01}[図 5・ 6]が示された。一方、利得過剰志向性と援助行動の実行の意思には相互関係がみられなか った。このことから、非援助出費によって促進される援助行動は、援助しないことによる 周囲の非難や罪悪感を回避するために能動的に利用されている可能性がある。このため、 自己についての不全感が低くなったと考えられる。本研究では、非援助出費による援助行 動は高い不全感を伴う、と不適応的な側面を想定していたが、研究 2 の結果からこれらは 適応的な対処行動として用いられている可能性が示唆された。 * 70 60 自 50 己 不 40 全 30 感 20 10 0 実行の確信(H) 実行の確信(L) 実行の確信(H) 実行の確信(L) * 自 己 不 全 感 社会的非難(H) 70 60 50 40 30 20 10 0 ** ** いやな 気分(H ) 社会的非難(L ) いやな 気分(L ) 図 3 社会的非難×実行の確信における 図 4 いやな気分×実行の確信における 自己不全感得点 自己不全感得点 実行の確信(H) 実行の確信(L) * 70 60 実行の確信(H) 実行の確信(L) 70 ** 60 50 満 足 感 ** ** 50 満 40 足 感 30 40 30 20 20 10 10 0 0 社会的非難(H) 社 会 的 非 難 ( L) い や な気 分 ( H ) い や な気 分 ( L ) 図 5 社会的非難×実行の確信における 図 6 いやな気分×実行の確信における 満足感得点 満足感得点 研究 3 目的:援助者の抑うつの程度と援助行動の関連を検討する。また、ある一定の抑うつ状態 にある人への心理教育的介入の効果を検討する。 仮説:1)抑うつ群は非抑うつ群と比べ、自己不全感が高く、実行の確信、満足感が低い だろう。 2)心理教育を受けた者は、受けない者より、自己不全感が低減し、満足感が促進 されるだろう。 方法:A 大学大学生、院生 31 名(男性:6 名、女性:25 名)。平均年齢:22.44 歳(SD=1.66)。 手続き:詳しい手続きは図 7 に示す。 1 回目の調査(1 時間) 2 回目の調査(30 分) ①抑うつ状態のスクリーニング 非抑うつ群 心理教育あり 心理教育なし 心理教育あり 心理教育なし ②ベースラインの測定(援助行動場面の質問紙) ①2回目の効果測定(ベースラインと同 ③心理教育 様) ③DVD 鑑賞 ③心理教育 ④1 回目の効果測定(ベースラインと同様) 図 7 実験の手続き 負担を減らすことへの合理的な理由付けを促進するため、心理教育あり群には過剰な援助 行動を抑制する心理教育をおこなった。一方、心理教育なし群には統制群として、風景の 映像と音楽のみが流れるリラクセーション DVD を鑑賞してもらった。 質問紙:1)SDS 日本語版(福田ら,1973):抑うつ状態を測定する尺度。20 項目、4 件法 2)援助行動場面の特性を測定する項目(研究2で用いたのと同様のもの) 結果と考察:仮説 1)は支持された。t 検定の結果、抑うつ状態が高い人ほど、実行の意思、 満足感が低く、自己不全感が高いことが示された{t(1,29)=2.51, p<.05}[図 8・9・10]。こ のことから、抑うつ状態では、不快感を低減するために援助行動を増やすことはかえって、 援助者の負担を高め、不適切な対処となる可能性がある。 実 行 の 確 信 * 70 60 50 40 30 20 10 0 自 己 不 全 感 抑う つ群 70 60 50 40 30 20 10 0 非抑う つ群 抑う つ群 † 70 60 満 50 足 40 感 30 20 10 0 * 非抑う つ群 抑う つ群 非抑う つ群 仮説 2)は支持されなかった。心理教育の手続きにおいて、抑うつ状態の症状が自身に当て はまるかについて、肯定的な者と否定的な者がおり、一部に「抑うつ状態であるとみなさ れる」ことへの心理的抵抗が生じたと考えられる。上原(2010)は、抑うつ患者への心理教 育において、自身の抑うつ症状を一旦否定する時期、その後肯定していく時期があること を指摘している。このことから、精神病への不安や抵抗感に耳を傾けるなど、心理的抵抗 に配慮することで心理教育的介入の効果がみられる可能性があるだろう。 引用文献 宮下一博・坂西友秀・根元橘夫 1982 自己の行動原因の認知傾向:強制と自発 千葉大 学教育学部研究紀要,第 1 部,31,1-12 野村総一郎 2010 入門うつ病のことがよくわかる本 講談社 Sprecher,S 1992 How Men and Women Expect To Feel and Behave in Response to Inequity in Close Relationships. 高木修 1982 順社会的行動のクラスターと行動特性 年報社会心理学,23,137-156 上原徹 2010 心理教育の思想と実践-“知行合一”に向けて- 臨床精神医学 39(6) 753-757
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