産、発信、流通、利用という各側面で電 デジタル化時代の図書館の役割と使命︵第一回︶ 子的な情報メディアが学術コミュニケー 電子出版を担うミシガン大学学術出版局の活動を中心として ││ ションにおいてさかんに利用されるよう ││ になる一方で、印刷版学術雑誌のタイト ミシガン大学 シェーナ・キンボル Shana M. Kimball ル数の増大とその編集・出版・流通・保 ミシガン大学 ニコルス林奈津子 Natsuko H. Nicholls 管に伴うコストの上昇が雑誌価格の高騰 を引き起こし、学術情報の収集を司るべ き図書館が購読雑誌数を激減させるとい う、二つの現象がSPO設立の背景にあ る。初年度のSPO事業計画案には、﹁他 大学が推進する電子出版の希少な先例に 習い、ミシガン大学の教育研究活動の多 様なニーズを反映する形で、本学特有の 電子出版モデルの確立を目指し、将来的 には学外に向けた電子出版および電子コ ンテンツの管理・保管サービスを始める﹂ と記されている。これは大学図書館によ る既存の学術情報流通モデルに対する批 判の表出であり、また電子メディアを念 頭においた学術コミュニケーションの新 たなモデル構築を目指す取り組みともい える。 本学でどのような電子ジャーナルが 情報メディアとして求められているの か、また電子ジャーナル導入の利点と問 題点は何かを明らかにする作業に始まっ た S P O の 活 動 は、 そ の 後 著 し い 発 展 をみる。スタッフの増員に見る組織的な 拡大は言うまでもないが、電子ジャーナ ルの刊行状況からもそれは明らかである。 始動年にはゼロであった電子ジャーナル の数は2004年には9誌に増え、現在 では 誌を数える。雑誌分野も有機化学、 歴史学、人類学、哲学、女性学、図書館 学、美術など幅広い。特に電子出版の分 野 を リ ー ド す る Journal of Electronic ︵ J E P ︶は 同 分 野 の 言 説 の Publishing 構築に大きく貢献するだけでなく、最近 による電子図書館計画への着手は既に 一 はじめに 年近く前から始まっており、この間、理 昨今、国内外で通信機能を備えた電子 論と実践の両面から大学図書館のあり方 書籍端末や幅広いコンテンツの配信機能 が問われ続けてきた。選書と蔵書構築と を強化したタブレット型端末に熱い視線 いう従来の図書館の役割が電子図書館の が注がれる中、電子書籍市場および電子 構築によってどう変わるのか、またどう 出 版 へ の 関 心 が ま す ま す 高 ま っ て い る。 補完し合えるのか。図書館業務の比重が これまで主に冊子媒体で提供されてきた 電子コンテンツの消費から生産に移りつ コンテンツを電子デバイスで読むスタイ つある中、利用者へのサービスはどう変 ルが徐々に浸透するにつれ、電子書籍の わるのか。また電子コンテンツの著作権 需要の拡大と市場の急速な成長は今後も の管理といった新たな問題に図書館はど 確実に続くという見方が強い。こうした う取り組んでいくべきか。こうした問い 動向を反映して、電子書籍の市場拡大の の答えを探る作業は今日も続けられてい 潜在性を見越した出版業者にとっては新 る。そこでデジタル化時代の図書館の役 たなビジネスモデルの構築と導入がより 割 と 使 命 を 再 検 討 す る 意 味 で、 本 稿 を 重要になってくると思われるが、電子出 含めて三回にわたってミシガン大学図書 版の担い手そのものが多様化しているこ 館の様々な事業活動を紹介していく。第 とも見落としてはならないであろう。こ 一回目の本稿では著者が所属する学術出 こアメリカでは、本の電子化および電子 版 局︵ Scholarly Publishing Office,以 下SPO︶の出版活動の 年を振り返り、 出 版 を 担 う 大 学︵ 研 究 ︶図 書 館 の 先 駆 的 学術情報流通モデルの変容に大学図書館 な役割が注目を集めていると同時に、電 がどのように対応してきたのかを明らか 子図書館としての大学図書館の機能の整 にする。 備と充実化が高く評価されている。 米ミシガン大学図書館は2004年以 二 SPO設立の背景と目的 ︶との協力で蔵書 降、グーグル︵ Google 2001年、ミシガン大学図書館にS など八百万点に及ぶ資料の大規模な電子 POが設置された。背景には、電子メディ 化に取り組んでいる。さらに2008年 アの普及による学術情報流通モデルの 月にはグーグル・ブック・サーチをバッ 急速な変容と、印刷物による学術コミュ クアップする共同デジタルリポジトリで ︶事 ニケーションの限界と矛盾に迅速に対応 あ る ハ ー テ ィ ト ラ ス ト︵ HathiTrust 業を立ち上げ、その牽引役として重要な しようという強い意思があった。すなわ 役割を果たしている。実は、本学図書館 ち、1990年代前後から学術情報の生 10 10 20 22 では同誌に掲載された﹁無料の電子書籍 が印刷体書籍の売上げに及ぼす短期の影 響﹂を調査した先鋭な研究が話題を呼ん でいる。 当初、ミシガン大学関係者による学術 雑誌の電子出版がSPOの基幹的な事業 であったが、今日では学外の研究者や学 会が運営する印刷版学術雑誌のバック ナンバーの電子化や純粋電子ジャーナ ル の 刊 行 も 業 務 の 多 く を 占 め る。 特 に 2000年中頃からは電子書籍の共同 出 版 事 業 も 積 極 的 に 推 進 し、 本 学 の 各 学部や研究センター︵特に日本研究セン タ ー︶、 ミ シ ガ ン 大 学 出 版 会、 米 国 学 術 団 体 評 議 会︵ A C L S ︶ 、国際学術情報 流 通 基 盤 整 備 事 業︵ S P A R C ︶を 中 心 とする諸学術団体との連携をはかり、大 学 紀 要、 学 位 論 文、 研 究 報 告 書、 総 説 ︶お よ び 書 籍 一 般 の 論 文︵ Monograph 電 子 出 版 に 大 き く 貢 献 し て い る。 さ ら に、 斬 新 な 共 同 出 版 モ デ ル と し て 注 目 さ れ て い る の が オ ン ラ イ ン 百 科 事 典 で、 Encyclopedia of Diderot & d’Alembert などがある。 三 活動の理念と実践 過去 年のSPOの事業活動の軌跡に は 三 つ の 理 念 と そ の 実 践 が あ る。 第 一 に、SPOはミシガン大学図書館の既存 のリソースおよびインフラに基づき、﹁持 続可能性﹂のある電子出版の実現と安定 したサービスの提供を目指している。一 般に電子ジャーナルや電子書籍を提示・ 提供するためのシステムの開発と維持に は一定の技術力と資金力が必要とされる。 しかし、SPOは本学で開発、維持され る出版プラットフォーム︵DLXS︶を 活用することで、複数の電子ジャーナル 10 12 丸善ライブラリーニュース 第 10 号 を分野や雑誌の違いを超えて一つの共通 のプラットフォーム上で標準化された電 子コンテンツとして持続的に提示・提供 することに成功している。 第 二 に、 S P O は 旧 来 の 出 版 モ デ ル か ら の 脱 却 を 図 り、 ﹁柔軟性﹂の高い多 様な出版形態を模索および適用してい る。ここで出版される電子ジャーナルは 基本的に利用に制約のないオープンアク セスを前提としているが、中には編集側 の希望を優先して学会会員制や特定の購 読契約を下にアクセスを認める方法やペ ︶の提供方 イパービュー︵ pay per view 法も取り入れている。なお、利用制限の あるコンテンツの購読料や一論文ごとの 購入から得る収益の一部がSPOの運営 費用に充てられている。現在、SPOは 著作権が消滅した書籍の再版事業にも関 わっているが、柔軟性あるビジネスモデ ルという意味では、電子出版を優先しな がらも幅広いニーズに応えるために複数 媒体 ︵フォーマット︶ による出版も行なっ ている。いわゆるイノベーション主体と してだけでなく、出版者︵学内外の研究・ 教育関係者︶の多様なニーズに柔軟に対 応するサービス主体としての役割も欠か さないよう努めている。 第三に、SPOは安定した事業の推進 と財源の確保に努めると同時に、商業出 版との連携を強化することで﹁企業家精 神﹂に根ざした新たな事業の開拓と財 源の創出のための方策を講じている。欧 米ではデジタルデータを製版工程を経ず に直接印刷するプリント・オン・デマン ド︵ P O D ︶が 既 に 商 業 印 刷 需 要 の ∼ %の市場規模を持ち、学術分野でも将 来性のあるマーケットといわれている が、既にSPOはACLSとの共同電子 20 15 同 教 授 の 著 作 で あ る The Possibility of 出 版︵ 人 文 学 電 子 書 籍 プ ロ ジ ェ ク ト ︶に は2000年にオッ おいて約3千タイトルの内、390点の Practical Reason クスフォード大学出版局から定価120 印刷体書籍をオンデマンドで提供してい ドルで出版されたが、絶版となったため、 る。さらに昨秋、SPOは絶版本の復刻 著作権を委譲された同教授の希望で、昨 と著作権が消滅した古書の再販でヒュー 秋、SPOがPODの選択肢を持つ電子 レ ッ ト パ ッ カ ー ド︵ H P ︶と ア マ ゾ ン ︶と の 提 携 に 成 功 し て い 再販を実現した。これによって、絶版と ︵ Amazon.com る。これによって 万タイトル以上の希 なった著作がオンライン書店で約 ドル 少本や入手困難な書籍のオンライン化お という安価で世界中のどこからでも手に よび販売が可能になった。同事業は軌道 入るようになった。 に乗ったばかりではあるが、2009年 四 電子出版の新たな地平 度のSPOによるPODの販売冊数は ︱︱むすびにかえて 1万6千冊を超える。 SPOが設立されて以来、電子学術出 また、本学図書館はPODを学内で可 版の分野において幾多の事業の開拓と拡 能にするオンデマンド印刷機であるエス 充 に 努 め て き た ミ シ ガ ン 大 学 図 書 館 は、 プ レ ッ ソ・ ブ ッ ク・ マ シ ン︵ E B M ︶を 電子書籍市場が出版界にもたらす影響や 2008年に購入し、その活用範囲の拡 図書館経営の圧迫が昨今さかんに論じら 充に努めている。EBMはローカル性と れる中、多様化するニーズに応えるべく、 いう制約はあるが、逆にそのローカル性 今後の方向性を探り続けている。検討課 とコスト安、便宜性、柔軟性を充分に活 題 の 一 つ は、 デ ジ タ ル 化 で 何 が 変 わ り、 かしたオンデマンド印刷が期待されてお 何が可能になったのかを慎重に見極めな り、 E B M の 適 用 範 囲 を 現 在 の 論 文 シ リ ー ズ︵ S P O Scholarly Monograph がら、新旧の図書館業務の融合とバラン ︶と古書再販シリーズ︵ Historical スを図り、電子化という文脈の中で図書 Series ︶か ら、 今 後 は 博 士 論 文、 館の学術的役割を再定義していくことで Reprint Series 教材、本学機関リポジトリ内の研究教育 ある。電子学術出版の最大の強みである 資料などへと広げていく方向で検討を重 検索機能の強化とそのサービスの向上は ねている。なお、SPOが昨年度に請け SPOが目指す一つの重要な今日的課題 負ったEBMによる月平均のオンデマ である。SPOと学内外のユーザーとの ン ド 印 刷 部 数 は 冊 で あ っ た が、 現 在、 接点が増えることで、インフラ志向から ﹁ミシガン大学教員の絶版本再販シリー サービス志向のアプローチが図書館によ ズ︵ り強く求められていくであろう。 University of Michigan Faculty ︶を 準 備 中 で あ り、E B もう一つは、学術情報流通の電子化の Reprint Series Mの需要は向こう2∼3年で大幅に増 流れがもたらす研究・教育現場への影響 え る 見 込 み で あ る。 な お 、 こ の シ リ ー を精査した上で、図書館の新たな役割と ズの先例となったのが元ミシガン大学 使命を模索することである。昨秋、電子 ︵現ニュー ︶が 全 米 の 七 大 学 教授である David Velleman 書 籍 端 末︵ Kindle DX ヨーク大学教授︶の絶版本の復刻である。 で試験的に導入され、コスト削減を実現 するデジタル教科書の導入の是非が多く の大学図書館の注目を集めているが、本 学図書館でもデジタル教科書の蔵書を増 やすと同時に、今秋から特定の教員との 協力でデジタル教科書導入のパイロット プログラムの実施を検討している。 本稿では大学図書館を拠点とする学術 情報流通の新しい動きの原点を探り、電 子出版者としての役割を担い始めた大学 図書館の過去 年の事業活動を振り返っ た。学術コミュニケシーションの電子化 の流れは一つの明確な方向をもって進 み、確実に拡大していくと思われる。こ れからの動きが、今後、どのように進ん でいくのか、次回はSPO、ミシガン大学 ︶ 、 出版会︵ University of Michigan Press ︶、著作権事 機関リポジトリ︵ DeepBlue ︶を 傘 下 に 置 く 務 局︵ Copyright Office の昨年の創設に焦点をあ MPublishing て、ミシガン大学図書館の抜本的な組織 改革の意義と今後の課題について考察す る。 最 終 回 は﹁ 世 界 最 大 の 仮 想 図 書 館 ﹂ として知られ、ミシガン大学を中心に推 進されている共同デジタルリポジトリの ハーティトラスト事業について論じる予 定である。 ︵ 2009 ︶ . “The Stakes in the Google Courant, Paul Book Search Settlement ” http://www.bepress. com/ev/vol6/iss9/art7 Bonn, Maria, Patricia Hodges, Mark Sandler, ︵ 2003 ︶ . “ Building the Digital and John Wilkin Library at the University of Michigan” http://quod.lib.umich.edu/cgi/t/text/textidx?c=spobooks;idno=bbv9812.0001.001 参考文献 ・ ・ 10 http://www.lib.umich.edu/spo/publications.html ・ Olson, Gary and Daniel Atkins ︵ 1996 ︶ . “Digital Library and Educational Initiatives at the University of Michigan ” http://www.tulips. tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/M10/M1000072/2.pdf ・SPO出版物一覧 丸善ライブラリーニュース 第 10 号 13 20 75 25
© Copyright 2024 Paperzz