ブカレストだより(日本人学校)

ブカレスト日本人学校での三年間を振り返って
元ブカレスト日本人学校教諭
樋口 猛
はじめに
ルーマニアといえば、チャウシャスク、コマネチ、ドラキュラ、器械体操や陸上をはじめとするスポ
ーツ王国であることはよく知られています。しかし、日本人にとってのルーマニアは、まだまだ未知
の国であるといえます。そこで、ルーマニアの国の現状や教育制度、そして、ブカレスト日本人学
校と現地校との交流活動などについて紹介していきたいと思います。
〈秋の凱旋門〉
〈民族衣装を着た子どもたち〉
Ⅰ 現地の様子
1 ルーマニアの位置と自然
ルーマニアの位置は、日本
の札幌から北、樺太の南半分
までにあたり、本州より少し大
きな国土に約 2300 万人の
人々がいます。その内の1割
強が首都ブカレストに暮らして
います。気候は中部ヨーロッパ特有の大陸性で、四季の変化に富んでいます。夏は 35℃を越える
日が続き、冬の最寒気には-20℃を下まわる日もあり、年間の寒暖の差が激しいのが特徴です。
年間の降水量は約 700 ㎜と東京の半分ほどで乾燥しています。
2 民族・宗教・言語
全人口の約 89%がルーマニア人で、この地方唯一のラテン系民族です。また、宗教もルーマニ
ア正教が人口の約 87%と体勢を占めるため、現在では民族や宗教による争いも少なく、内戦など
の心配は感じられません。公用語はラテン語系のルーマニア語で、フランス語やイタリア語に似て
います。
〈市内のアパート群〉
〈革命広場近く〉
〈野菜が並ぶピアッツァ〉
3 革命後の変革
20年間余り独裁を続けていたチャウシェスク政権が崩壊した、1989 年の流血革命から、自由主
義経済に移行して現在に至ります。わずか5、6年前まで生活物資に不自由したり、パンやミネラ
ルウォーターを並んで買っていたと聞きましたが、今では西側の物資もかなり流通するようになっ
てきました。現在は、近い将来の EU 加盟をめざし、法改正や流通システム改正、街の美化活動、
その他様々な取組をしていますが、ルーマニア貨幣価値の低下や物価上昇、賄賂社会の横行な
ど、政治経済面の大きな課題を抱えています。
4 都市の生活
首都ブカレストはルーマニアの南部に位置し、ブルガリア国境のあるドナウ川まで直線距離でわ
ずか 80 ㎞です。首都中心部の建物は、チャウシェスク時代に作られた8~10 階建てのアパート
郡です。外観はコンクリートの灰色一色で、美観とはほど遠いものばかりです。しかし、チャウシェ
スク政権下で破壊を免れた古い建物には、美しい彫刻が施された窓枠などあり、かつて東欧の小
パリと呼ばれたヨーロッパ的な美しさを残しています。市民の主な交通手段は、バス、市内電車、
地下鉄です。これらが早朝から深夜まで頻繁に運行しており、移動には不自由しません。しかし、
スリや置き引き等の犯罪が横行しているため、外国人の乗車には勇気と用心が必要です。生活
物資調達の中心は、私が赴任した 2000 年頃まで、ピアッツァと呼ばれる露天市場でした。街の至
る所にピアッツァ広場があり、間口1mほどの小さな店がひしめき合い、賑わっていました。野菜
や果物・食肉・チーズ・花・日用雑貨など一通りの物がすべて揃い、驚くほどの低下価格でしたが、
清潔とはいえない物もよくありました。現在では、ブカレストをはじめ、地方都市にまで外資系の大
型スーパーが多数出店するようになり、明るい陳列棚に並んだ野菜や果物、ハムや肉を購入でき
るようになり、衛生面では大きな向上が見られましたが、同時に価格も上昇する結果となってしま
いました。
〈ひまわり畑〉
〈道端で手作りチーズ売り〉
5 田舎の生活
一歩首都ブカレストを離
れて校外へ出かけると、地
平線の先まで一面の畑が
続きます。肥沃な大地に
麦畑、ひまわり畑、ぶどう
畑、トウモロコシ畑が、まる
でじゅうたんの模様のよう
に季節によって敷きつめら
れます。地方の田舎には、自給自足に近い生活が残っています。穀物や野菜はもちろん、庭には
食肉用の鶏やアヒル、豚などがいるし、家の周りの木々には、実のなるプラムやぶどう、サクラン
ボが植えられています。ぶどうはワインに、プラムはツイカと呼ばれる自家製ブランデーに、そして
サクランボはジャムに加工されます。農耕用に馬を飼育している家も多く、馬車もよく見かけます。
収穫したトウモロコシなどを馬車一杯に積み込み、積み荷の上に子どもが乗っている光景も見ら
れます。子どもも一家の貴重な労働力のようです。革命以後、高い失業率や年 100%近いインフ
レなど、国民の生活は苦しいものとなっていますが、暴動といった事態に至らず、平穏な国民生活
が営まれている原因は、この田舎の自給自足経済にあったのではないでしょうか。インフレの影
響が少ないことや、食料の時給ができるため、都市で失業した人々を受け入れるキャパシティが
あったのかもしれません。
〈ルーマニアの子どもたち〉
Ⅱ ルーマニアの教育制度
ルーマニアの義務教育は、小学校四年に中学校四
年の計八年間(ⅠからⅧグレードと呼ぶ)です。その後、
高校と大学が、各四年間となっています。義務教育に
おける日本との大きな違いは語学教育にあります。ル
ーマニア語(母語)の時間は、Ⅰグレードが八時間、Ⅷ
グレードで四時間と、日本と変わりはありませんが、第
一外国語としての英語をⅢグレード(小三)から週二時
間学び始めます。学校によっては、Ⅰグレード(小一)
から英語を学び始めるところもあり、Ⅴグレードからは
第二外国語の履修も始まります。同じラテン語系のフランス語やイタリア語の人気が高いようです
が、近年ではドイツ語やスペイン語の人気も高まっているそうです。さらに 、義務教育の最終年で
は、ルーマニア語の語源となるラテン語も学びます。最近では、特に英語教育に力を入れており、
ほとんどの若者が流ちょうな英語を話します。ブカレスト市内での買い物では、英語でほとんどの
用が足りてしまいます。語学教育以外では、選択教科に充てる時間と内容に特色があります。Ⅰ
グレード(小一)から選択教科を履修できき、内容は、「英語の歌」などです。また、その後の選択
教科では、各国の文化などについて学ぶことが多く、日本の「総合的な学習の時間」のような位置
付けに近いと考えられます。このように、語学教育に力を入れ、成果をあげているルーマニアです
が、その反面としての課題も少なくありません。国際教育達成度評価学会(IEA)による数学と理
科の学力調査の結果、日本が両科目とも五位以内であるのに対し、ルーマニアは、数学・理科と
もに国際平均を下まわる結果となっています。ルーマニア国内では、この結果を受け、将来の国
内の科学技術の発展を危ぶむ声さえ出ています。日本でも近年、語学教育に力を入れようとして
いますが、各教科の学力を維持しつつ、語学能力の向上を実現することの難しさを、ここルーマニ
アの教育に見たような気がします。
〈ブカレスト日本人学校校舎〉 〈英会話の授業〉
Ⅲ ブカレスト日本人学校の概要
市街地を少し外れ、凱旋門を通
り抜けた先にブカレスト日本人学
校はあります。民家を使った小さ
な校舎ですが、全校で二十数名
の子どもたちにはピッタリの広さ
です。少人数のため、小・中学部
が共に活動する機会が多く、上級
生は下級生の面倒をよく見るなど、兄弟のように仲良しです。教職員と子どもたちの関係もよく、ま
るで大家族のような学校です。
ブカレスト日本人学校の教育課程編成上の特色は、英語圏の学校に負けない英会話能力の育
成を目標に重点学習をしています。毎朝15分間と週3時間の英会話の学習を行っています。指
導には、現地常勤講師2名、非常勤講師2名の4名があたり、習熟度別に数名のグループに分か
れて学習を行っています。そして、小学校の中学年での英語検定準二級や、中学生は二級に合
格するなど、その成果も確実に表れてきています。
Ⅳ 特色ある交流行事
ブカレスト日本人学校では、『在外教育施設の特性を生かした国際理解教育推進の工夫』を研
修テーマに、「現地校との交流活動を通して」をサブテーマとして研修を進めてきました。交流会の
持ち方と内容を工夫することによって、イベント的な交流会を脱し、身に付けさせたい力が確実に
高まっていくような実りのある交流会が実施できました。
〈二人で協力しながら制作〉
〈なかよしの友達〉
1 親睦の深める授業交流
(10 月:93 番学校にて)
ブカレスト市内の 93 番小
学校に出向き、「図工」の授
業に参加しました。一つの作
品を協力しながら制作してい
く活動の中で親睦を深めるこ
とができました。ポイントは、
事前に担当教師同士で打ち合わせを行い授業内容を決定し、当日の授業は英語を使って進めた
ことです。当日の授業や交流で使える会話表現等を、英会話の授業を使い事前に学習しておくこ
とで、子どもたちは自信を持って会話をすすめていくことができ、楽しく交流することができるように
なりました。
2 合同英会話授業Ⅰ「自国紹介」(12 月:11 番学校にて)
11番小学校に行って英語を使った交流会を行いました。ここでも、英語を使った授業に焦点を
絞り、事前に学習しておいた英会話表現を使い、交流することができました。「自国紹介」をテーマ
に、日本の箸の持ち方を教えてあげたり、ルーマニアの遊びを教えてもらったりして、親睦を深め
ることができました。
3 合同英会話授業Ⅱ「文化交流」(2月:ブカレスト日本人学校にて)
93 番学校の子どもたちをブカレスト日本人学校に招待し、文化交流会を行いました。ここでも英
語を使った会話を基本として、日本の文化を紹介したり、自分の考えを発表したりする活動を通し
て、文化の違いに気づくとともに自国の文化や自分自身を見つめ直す、よい機会となりました。
日本人学校
93 番学校
主な内容
低・中学年
Ⅲ~Ⅳグレード
①うちわ作り
②うちわに描いた絵の紹介
高学年・中学生
Ⅴ~Ⅶグレード
①毛筆習字「ゆめ」
②英会話授業「My dream」
〈子どもの秋まつりより〉
4 日本・ルーマニア交流百周年記念「日本の文化紹
介」(9月:子供宮殿)
2002 年は日本とルーマニアの交流百周年であったた
め、ブカレスト日本人学校では、ルーマニア人の子どもた
ちに、日本の遊びを知ってもらおうと、『子どもの秋まつり』
を開催しました。会場では、コマ、けん玉、お手玉、はね
つきなどの、「日本の伝統的な遊び」を紹介して一緒に遊
んだり、音楽に合わせて盆踊りを体験したりしました。
当日は、百人以上のルーマニアの子どもたちが参加して、
日本の子どもたちと一緒に日本の遊びを楽しんでいきま
した。また、その様子を、ルーマニアのテレビ局が取材し、
ニュースとしても放送されました。日本について興味をも
っているルーマニア人がたくさんいることを実感しました。
おわりに
ブカレスト日本人学校での勤務は、自分にとって本当に
貴重な体験でした。このような素晴らしい機会を与えてく
ださった方々に感謝するとともに、今後はこの経験を、
日々の教育活動の中に生かしていけるように努めていき
たいと思います。