タイ編 企業における「人づくり」(一括ダウンロード)

企業における人づくり
タ イ
現地従業員の育成に関わる実施事例等のご紹介
財団法人 海外職業訓練協会
Overseas Vocational Training Association
〔タイ編〕
第 1 篇 タイとそのタイ人を理解する
第 1 章 タイの概要
1.1. タイの人口
1.1.1 総人口 (2006)
65,064,076 人
出典: NSO (National Statistical Office, 2007)
表 1.1.1 人口増加率と都市人口の割合 1990∼2006
1990
1995
2000
2002
2003
2004
2005
2006
人口増加率
1.12
1.18
0.70
0.76
0.81
0.85
0.71
0.79
都市人口(%)
18.0
18.0
19.0
29.0
29.0
32.0
32.5
32.9
年数
出典: Key Economic Indicator, Asian Development Bank (www.adb.org)
表 1.1.2 住民登録から見た人口, 地域, 地域別人口密度: 2006
%
%
地域
人口
k ㎡当り人口
k ㎡当り人口密度
(単位:1000)
タイ王国全土
62,828
100.00
513,120 100.00
122
バンコク都、周辺
9,948
15.83
7,762
1.51
1,282
バンコク
5,695
9.07
1,569
0.31
3,631
バンコク周辺
2,957
4.71
16,593
3.23
178
東部
4,401
7.01
36,503
7.11
121
西部
3,653
5.81
43,047
8.39
85
北部
11,890
18.93
169,644
33.06
70
東北部
21,376
34.02
168,855
32.91
127
南部
8,600
13.69
70,715
13.78
122
出典: Department of Local Administration, Ministry of Interior
表 1.1.3 年齢別、性別人口 2006 (単位: 1000 人)
年齢
男性
女性
%
%
0∼9
4,245
14.04
4,012
12.88
10 ∼ 19
4,856
16.06
4,627
14.85
20 ∼ 29
5,122
16.94
5,041
16.18
30∼ 39
5,374
17.77
5,530
17.75
40 ∼ 49
4,672
15.45
4,972
15.96
50 ∼ 59
3,048
10.08
3,361
10.79
60 ∼ 69
1,676
5.54
1,931
6.20
70 ∼ 79
928
3.07
1,205
3.87
314
1.04
478
1.54
Over 80
合計
30,237
100.00
31,158
100.00
出典: Department of Local Administration, Ministry of Interior
1
計
8,257
9,483
10,164
10,904
9,645
6,409
3,607
2,134
793
61,395
%
13.45
15.45
16.55
17.76
15.71
10.44
5.88
3.48
1.29
100.00
表 1.1.4 主要地域別人口 2006
主要地域
バンコク
ナコンラチャシマ(東北)
チェンマイ(北部)
ソンクラー(南部)
コンケン(東北)
プーケット(南部)
人口(単位:1000)
5,695
2,555
1,658
1,317
1,750
300
出典: Department of Local Administration, Ministry of Interior
1.2
言語と少数民族
タイ語、英語(エリート層の第2外国語)、少数民族と方言
表1.2.1言語別人口構成(単位:%)
言 語
民 族
タイ語
タイ族
中国系
そのほか、クメール語系、マ カンボジア系、マレー系(タイを話す)
レー語系
山岳民族系
カレン族、リス族、アカ族など
1.3
割合(%)
75
14
8
3
地理と気候
1.3.1 国土
位置:北緯 5-21 度 東経 97-106 度
インドシナ半島の中央部に位置し、周囲はカンボジア、ラオス、ミャンマー、マレーシアの
4 カ国と国境を接する。
面積:51 万 3,116 平方㎞(日本の 1.4 倍)
1.3.2 気候 熱帯サバナ気候、熱帯モンスーン気候、熱帯雨林気候
バンコク:
雨季;5∼10 月、乾季;11∼2 月、暑季;3∼5 月
最高気温 4 月;36.8 度、最低気温 12 月;18.2 度
湿度 12 月;60% 9 月;77%
年間降雨日数 125 日(最小 12 月;2 日間 最多 9 月; 24 日間)
出典: Thai Meteorological Department http://www.tmd.go.th/
(2006 年 月別平均気温・湿度)
1.4
政治
国体: 立憲君主制
君主: プミポン アユンヤデート国王(在位 1946 年 6 月 9 日から 60 年、現存の国王では在位が世
界最長、ラーマ 9 世)
2
首相 サマック・スントラウェート氏(2008 年 1 月 29 日∼)
注 1:2006 年 9 月 19 日クーデターにより、1 年半続いたスラユット暫定政権が、1 月 23
日の総選挙にて民政に移管した。新首相は議会で人民党党首サマック氏が指名さ
れ、国王の承認によって正式に首相に就任。
注 2:枢密院が国王の後継者を任命する。
選挙:2007 年 12 月 23 日下院議員選挙実施。2008 年 3 月 2 日上院議員選挙実施。
2007 年憲法により、首相は国会議員により選任される。従来の慣例によると、国
会で多数党を占めた政党の代表者が首相になる。
選挙権: 18歳以上、すべての国民に与えられる。
党・代表: 民主党(アビシット党首)、民衆党(アネック党首)、人民党(サマック党首)、タイ
国家党(バンハーン党首)など
(出典;The World Fact Book, Central Intelligence Agency (CIA)など)
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/th.html
1.5 経済統計
1.5.1 国内経済の指標
表 1.5.1 純 国民総生産 (GDP): 1997∼2006
年代
GDP (百万バーツ)
成長率 (%)
人口当たり GDP
(バーツ)
1997
3,072.6
-1.4
50,701
1998
2,749.7
-10.5
44,928
1999
2,872.0
4.4
46,467
2000
3,008.4
4.8
48,338
2001
3,073.6
2.2
49,045
2002
3,237.0
5.3
51,265
2003
3,468.2
7.1
54,483
2004
3,685.9
6.3
57,416
2005
3,851.3
4.5
59,467
2006
4,043.6
5.0
61,986
出典: Office of the National Economic and Social Development Board, Office of the Prime
Minister
表 1.5.2 タイの消費者物価指数 (CPI), 製造業指数 (PPI) と物価上昇率
CPI (2002 = 100)
年数
物価上昇率 (%)
PPI (2000 = 100)
合計
食品
非食品
1990
62.8
60.0
65.3
5.9
1995
79.4
79.2
80.1
84.2
5.7
2000
97.8
99.0
97.0
100.0
1.7
2002
100.0
100.0
100.0
104.2
0.6
2003
101.8
103.7
100.7
108.4
1.8
2004
104.6
108.3
102.4
115.7
2.8
2005
109.3
113.7
106.8
126.3
4.5
2006
114.4
118.9
111.7
135.2
4.7
出典: Key Economic Indicator, Asian Development Bank (www.adb.org)
3
表 1.5.3 消費者物価指数の推移 (CPI) 2002∼2006: (2002=100)
2002
2003
2004
2005
2006
100.0
101.8
104.6
109.3
114.4
100.0
103.7
108.3
113.7
118.9
100.0
100.7
102.4
106.8
111.7
100.0
100.1
100.3
100.7
100.9
100.0
99.5
100.0
101.3
103.3
100.0
100.9
102.4
104.2
105.8
100.0
103.1
107.4
118.0
128.7
100.0
99.9
101.5
102.5
103.3
100.0
99.4
98.6
100.3
108.8
100.0
100.2
100.6
102.2
104.5
100.0
106.9
116.8
131.2
144.9
100.0
107.8
117.9
128.5
138.2
100.0
105.7
115.2
135.6
156.0
注 (1)主要物価は消費者物価指数から生鮮食品とエネルギー関連を抜き出したもの。
日用品
総合の CPI
食品、飲料
非食品と非飲料
衣服と靴
建材と家具
医療品、化粧品
運輸、通信
教育、リクレーション
タバコ、アルコール飲料
主要物価 CPI(1)
生鮮食品とエネルギー
生鮮食料
エネルギー
出典: Trade and Economic Indices Bureau, Office of the Permanent Secretary, Ministry of Commerce
1.5.2 国際貿易
表 1.5.2.1 タイの輸出トップ 10、2006
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
項目
コンピュータとその部
品
自動車と部品
I.C. (半導体 )
ゴム
プレステイックペレッ
ト
宝石、宝飾品
精製石油
鉄、鋼鉄
ラジオ、 T.V.
化学品
価値 (十億バーツ)
566.1
363.0
267.6
205.4
171.5
139.0
138.3
134.0
131.7
130.8
出典: Export – Import Bank of Thailand (www.exim.go.th)
4
表 1.5.2. 2. タイの輸入品トップ 10、2006
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
項目
原油
産業用機械
電子機器
化学品
I.C. (半導体 )
コンピュータとその部
品
鉄、鋼鉄
鉄スクラップ
宝石
自動車部品
価値 (十億バー
ツ)
772.1
440.0
368.4
349.8
331.1
285.9
282.1
231.6
148.8
117.4
出典: Export – Import Bank of Thailand (www.exim.go.th)
表 1.5.2.3 主な輸入先 2006
価格(百万バーツ)
成長率
比率(%)
原産国
987,702
-6.5
20.1
日本
897,551
3.2
18.4
アセアン
326,787
-6.5
6.7
米国
408,586
-3.0
8.4
欧州(15)
2,259,328
9.3
46.4
その他
4,870,954
2.5
100.0
合計
出典: Export – Import Bank of Thailand (www.exim.go.th)
表 1.5.2.4 主な輸出先 2006
成長率
比率(%)
価格(百万バーツ)
740,902
8.9
15.0
1,029,879
5.5
20.8
642,159
12.5
13.0
625,633
3.7
12.7
1,899,942
18.1
38.5
4,938,508
11.2
100.0
出典: Export – Import Bank of Thailand (www.exim.go.th)
輸出市場
米国
アセアン
欧州(15)
日本
その他
合計
5
第2章 雇用・労働事情
2.1 労働力需給状況、産業別・職種別の労働者数・技能者数、職業紹介制度、従業員募
集・採用・解雇、新卒者就職状況及び定着率
2.1.1 タイ労働省の説明によると、タイ国統計局の国民勤労調査では、2006 年のタイ国全人口は 6,528 万人、
勤労世代(15 歳以上)の人口が 5,047 万人、15 歳以下の人口が 1,481 万人。5,047 万人の勤労世代(15 歳以
上)の中で、就労者は 3,642 万人。内訳は、就業者 3,568 万人、失業者 55 万人、そして季節労働者として待
機している者が 19 万人。
結果として、就業者対全就労者の割合は、就業比率が 97.97%であり、失業者対全就労者の割合では、失
業率が 1.51%となる。また、勤労世代の中で非就労者数が 1,405 万人おり、内訳として家事就労者数が 452
万人、就学者数が 434 万人、子供・高齢者・就労不可能な者が 425 万人、その他が 94 万人となる。
2007 年 1∼9 月の動きを補足すると、9 ヵ月で平均1.4%と低失業率が続いている。しかし、失業者と非
定職者を含む場合、全勤労者の4割の 4%近くにもなる。
表 2.1.1 雇用者と勤務状態、
公務員
雇用者
従業員
自営業
家族労働
その他
2006
8.51%
3.15%
36.72%
31.61%
19.84%
0.17%
表 2.1.2 勤労者の勤務体制、2006
公務員
8.51%
雇用者
3.15%
従業員
36.72%
自営業
31.61%
家族従業員
19.84%
その他
0.17%
出典 : タイ国統計局、2006
2.1.2 タイの労働市場を見る場合に、忘れてはならないのが周辺諸国から流入する外国人労働である。
労働省のある調査によると、調査した 37 万の組織だけで 845 万人の労働者が勤務しており、そのうち
外国人が 74 万人という数字がでている。
ただし、各種報道された資料だけでも 200 万人程度の外国人労働がいると推定されており、正確な
実数は把握できていないのが実情である。ほとんどが、工場の 3K 部門、建築工場の未熟練労働者、家
事労働者になっていると見られる。タイ政府は、2004−2005 年にタイ人の雇用確保、雇用拡大の目的
もあって正規の労働許可を取得するように行政指導をして、登録料さえ払えば労働許可を与えるとし
て登録を奨励したが、毎年の更新が必要にもかかわらず、初回登録をして更新するものが少ないのが
実情である。
6
表 2.1.3 労働関係団体に関する参考資料
項目/年
組織数
雇用者数
実地調査した組織
2006(Jan.∼Jun.)
2005
362,559
370,078
8,225,477
8,456,413
30,741
20,801
24,236
16,440
-不正確な数字
雇用者団体
6,505
435
4,361
423
従業員団体(労働団体)
1,442
1,406
1,586,288
612,800
-登録
413,389
179,613
- 求職
880,447
347,980
- 転職
145,677
85,207
海外のタイ人
146,775
43,096
外国人労働.
705,293
746,358*
ミャンマー人
539,416
568,878
90,073
95,005
75,804
150,407
82,475
158,236
- 実数
国内就職者
ラオス人
カンボジア人
正規の外国人労働者
(注)2006 年 6 月現在
資料: 労働省、2006
2.1.3 職業紹介制度は、日本とほぼ同様で、公的機関による紹介だけではなく、民間の職業紹介機関も
ある。また、最近では労働者派遣機関も多数設立され、大規模製造業では数社の労働者派遣、業務委
託によるラインの一部委託などもある。
2.1.4 この点では、日本と同様に派遣労働者と正規従業員との労働時間、労働内容が同一の場合、労働
組合団体の指導もあって同一賃金を要求するという動きもある。
2.1.5 国家立法議会で、2007 年 3 月から審議され、審議未了で廃案となる可能性もあると見られた労働
者保護法の改正案が 12 月 19・20 日に開いた本会議で通過した。
主な改正案の内容は次の 2 つ。
1)期間 6 ヶ月未満の短期契約で雇用された労働者にも常勤労働者と同様の賃金と福祉を提供すること
になった。該当する労働者は約 100 万人いると推定される。また、一時休業する場合、休業手当ては
従来、基本給の 50%であったが、75%に引き上げになった。
2)最低賃金制度は改編され、基本最低委員会は、最低賃金に加えて、職能別賃金レートを決定するこ
とになる。
これによって、2008 年からの労務管理は、上記の改正点を踏まえて労働者保護法が施行されること
から、あらかじめ企業の就業規則を改正する準備が必要となる。
7
2.1.6 労働者の解雇に際しては、正当な理由があれば可能であるが、勤務年数に応じて解雇手当の支払
いが要求される。
表 2.1.4
勤務期間
120 日-1 年未満
1 年以上-3 年未満
3 年以上-6 年未満
6 年以上-10 年未満
10 年以上
手当て
30 日
90 日
180 日
240 日
300 日
2.2 労働条件(労働時間など)
2.2.1 労働時間(最大)
表2.2.1労働時間
1日
8時間
1週間
48時間
1年間
2,496時間
・残業の規制
・従業員の合意があれば、制限は無い。
・ただし、妊婦の残業時間の制限あり。
表2.2.2休憩
1日
1時間以上
1週
6日勤務して1日休日
1年
1年勤務して6休日
・その他、医療休暇 30 日、避妊手術の有給休暇、就業規則上の休暇、
詳細は、「労働者保護法」と政府の臨時休日に関する命令がある。
2006 年、2007 年は、選挙のため臨時休日が定められた。
2.3 生活費と最低賃金、技能資格に対する賃金制度、職種別賃金レベル
2.3.1 低賃金は、物価上昇などを考慮して実施されている。政府としては、財政負担が必要の無い労
働者受けの良い政策であるが、経営者側としては周辺国などとの国際競争力維持の上にもあまり大
幅な上昇は避けたいところである。同時に、労働組合側としては、これをてことして従業員全体の
賃金上昇に結び付けたいとの意向もある。
2.3.2 2008年1月1日に県により1∼7 バーツ程度の最低賃金引上げが予定されている。
昨年の平均賃金から 0.7∼3.8%程度の引上げ。バンコクで 194 バーツが 197 バ-ツ
になる。
また、インフレ率が 3%以上になるような原油高が進む場合、物価上昇が起き、年央の賃金引き
上げもありうる。
8
2.3.3 労働技能資格に対する賃金制度
1968 年から労働試験および基準の規定をする政府の方針により研究を続けてきた。2002 年労働
技能開発振興法を定め、事業所が労働力や作業者の能力開発または人材採用に利用する目的で労働
技能開発振興委員会を設立した。
2006 年 1 月の労働大臣の告示により、労働技能基準レベルによる賃金が定められた。この規定
は、事業主に対して、労働技能の基準に基づく最低賃金を参照して、労働者に技能レベルに基づい
て公正な賃金を支払うように要請をしている。
2.3.4 職種別賃金レベル(2006 年 1 月労働省告示)
表 2.3.1
レベル 1
産業別/職業分野
1. 自動車、自動車部品産業
1.1 自動車修理工
1.2 カーエアコン職人
1.3 板金工
1.4 自動車塗装工
1.5 自動車電気工
2. ファッション産業
2.1 婦人服仕立て職人
2.2 仕立て職人
2.3 織物染色職人
2.4 宝石加工職人
3. 家具産業(木製家具)
3.1 木製家具職人
3.2 家具塗装職人
3.3 室内装飾職人
4. 食品産業
4.1 タイ料理調理人
産業別/職業分野
5. 観光サービス産業
5.1 タイマッサージ師
6. ソフトウェアー産業
6.1 マイクロコンピュータ修理工
6.2 コンピュータオペレータ
7. 電気電子産業
7.1 屋内電気工
7.2 工業電気工
7.3 家庭用及び小型商用エアコン職人
7.4 ラジオ・テレビ職人
8. 金型産業
8.1 金型パターン工(pattern maker)
8.2 金型整備工(Mechanical fitter)
9. 鉄鋼産業
9.1 手動金属アーク溶接工(Manual Metal arc
weding)
9.2 旋盤工
10. ロジスティック産業
9
レベル 2
レベル 3
250
280
280
250
250
300
400
400
300
300
500
600
600
500
500
230
200
220
250
350
240
260
350
400
280
330
500
200
250
200
250
300
250
300
500
300
270
レベル 1
350
レベル 2
なし
レベル 3
200
350
500
250
200
325
なし
400
なし
250
250
250
250
325
325
325
325
400
400
なし
400
200
200
300
300
500
なし
360
520
680
230
300
400
10.1 牽引トラック操作者(Truck tractors
operator)
10.2 フォークリフト操作者(Forklift trucks
operator)
11. 建設産業
11.1 木造建築職人
11.2 レンガ職人
11.3 左官工
11.4 アルミニウム建築職人
420
なし
なし
480
なし
なし
200
200
200
200
300
300
300
300
500
500
500
500
(資料は 2006 年 1 月の労働省告示から)
2.4 労働組合、労使関係、労働慣行
2.4.1 労働組合設立の動き
タイにおける労働組合設立の動きは、それほど急速な伸びを示していない。1987 年-1991 年に労働
組合は 1200 組合、加入者数では労働者の 5%に当たる 40 万人まで組織化が進んだ。ところが、1991
年のクーデター以後、労働組合の弱体化が進んだ。
まず、官公庁の労働組合と民間企業の労働組合が分離された。政府系の労働組合は 2000 年公社・公
団労働組合法によって管理されるようになった。1997 年の経済危機後に民間企業の労働組合も従業員
の解雇、整理に伴い労働組合加入者の減少が続き、労働者全体の 2%、25 万人程度の加入者となった。
しかも、労働組合連合会が 12 の組織に分離するようになった。
図 2.4.1 タイの労働組合の組織図
そのような中でも、2005 年から 2006 年にかけて自動車業界を中心に次のような動きが出てきた。
特に、業績の好調な自動車業界で労働組合の設立が続く。
1)Auto Aliance Thailand2)General Motors3)BMW
4)Mitsubishi5)Mikasa6)Kawasaki7)Cannatos Asia
8)Genaral Seating9)St.Gobain Sekurit 10)Toyoda Kase
11) Exedy
10
図 2.4.2 労働組合数の推移
労働組合数の推移
1500
数
1000
系列1
500
0
1970
1980
1990
年代
2000
2010
資料 TMO2006 年 9 月調べ
2.4.2 労働争議とストライキ
表 2.4.2
労働争議
年
件数
参加者数
1994
165
41,353
1995
236
56,573
1996
175
51,881
1997
187
56,603
1998
121
35,897
1999
183
74,788
2000
140
50,768
2001
154
47,759
2002
110
41,717
2003
97
43,801
資料 TMO2006 年 9 月調べ
件数
8
22
17
15
4
3
3
4
4
1
ストライキ
参加者数 延べ日数
4,186
42,933
8,950
117,196
7,792
44,910
7,837
83,753
1,209
129,158
909
8,422
2,165
192,845
449
4,527
1,396
18,691
1,700
5,100
年
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
労働争議
スト
165
236
175
187
121
183
140
154
110
97
8
22
17
15
4
3
3
4
4
1
2006 年に入って、自動車業界でストライキが発生して注目を浴びたが、1990 年代の半ばに見るほ
ど件数の増加がなかった。
2.4.3 労働組合にも企業グループ化
2007 年に入って、自動車産業や自動車部品産業の労働組合で組織するタイ自動車産業労働組合連
合会 TAW から日系企業労働組合の脱退の動きが出てきた。日系自動車業界ではトヨタ労働組合が協
力会社間で労働組合の連携を強化して労働組合連合会 Labour Congress 結成の動きが進んできた。
労働専門家 Mr.Supachai によると、その他にもいすゞ、日産など日系自動車産業での労働組合同盟
結成の動きが見えるとの事である。
2.4.4 労使関係にも日本的経営の動きがある。
労働組合が結成された 1970 年代から 80 年代にかけて、経営者は労働組合の結成を阻止しようと
した。たとえば、労働組合のリーダーを特別解雇手当を支払ってまでも退社させたり、労働組合加
11
入者を不当に差別して職場の異動や、分離をしたりした。そのため、反対集会や中には労働裁判に
訴えて裁判で労使関係に決着をつける動きもあった。
その後、数十年を経て経営者側も労働組合が弱体化したこともあり、むしろ労使関係改善に役立つ
と思うようになった。たとえば、労使協調をしてスポーツ大会を開いたり、レクレーションを行っ
た。また、5S や QC 活動を行うようになって従業員の声を経営に生かそうとする動きも出てきた。
労使で、福利厚生、安全衛生、職場環境改善を検討する動きもでている。
日系企業でも、労働組合は組織化されているが労働組合の力がそれほどではない。その背景には、
業務委託による労働者の増加によって大手自動車メーカーではコントラクトワーカーが 50%を超え
るところまで多くなった。このため、労働組合側としても危機感をいだき、コントラクトワーカー
の労働組合を組織化するのを支援する上部の労働組合まで出てきた。また、この労働実態と、労働
法の乖離から、一部「労働法」の改正の動きがあることは先に紹介したとおりである。
2.5. その他の労働事情、雇用情勢
2.5.1 労働者の供給は大丈夫
2007 年∼2012 年の労働力供給の予想は、タイ開発研究所 TDRI の予測を利用すると、将来において高校
卒以上の労働力が減少し、同様に初等専門学校や高等専門学校の労働力も減少する。反対に、増加する労働
力は大学の各学科の学部卒である。
これに対する、対策としてタイ労働省は次の準備をしてきた。
まず、ラオス、カンボジアの労働者を正規にタイに呼び込み勤労することができる国レベルの労働者への雇用
機会を与えようとしていることである。ミャンマーとも協議をしているが、まだ政情不安定なこともあって同国とは協
定が締結されていない。シンガポールが、外国人労働者を招き自国民はより高度な職に就くように奨励をしてい
るのではないが、いずれ知識集約産業にシフトさせたいという政府の方針もある。また、タイの大学の学部卒が
増えるといっても、社会文化系が多く、学生の過半数が女性となっている。そのようなことから日本企業の応援で
2007 年春からタイ日工業大学の設立と日本語のわかる技術者を育てるという動きは注目される。
2.5.2 周辺国とタイの違い
中国やベトナムなど社会主義国の労働組合は、労働法によって保護された状態で結成された官製の
組織である。そのためベトナムでは労働組合幹部に反発して労働者の一部が山猫ストを起こした事例
もあった。タイの労働組合は一部経営者側が労働者を影から指導し応援をして結成につながった経緯
もあるものの大半は自主的に労働者が組織してきた。外資系企業の労働争議の発端が、お互いの誤解
によるものであったケースもある。イスラム圏のマレーシア、インドネシアのようにラマダンの断食
の季節に相当生産性が落ちる事例、男性優位の職場、毎日の礼拝時間の設定などとも異なる。タイは
王室関係、仏教関係など休日数は年間で 13 日と周辺国と比べて多いものの日系企業にとっては理解の
しやすい労働市場だといえる。また、インドのように、難しい社会慣習にあって労働法も中央政府の
一律主義が通用せず、各州による行政指導によって相当運用が異なる事例もある。
確かにタイでも学歴主義の影響で、入社したときから高学歴者が優遇され、中卒者の昇進昇格が遅
いことから、転職によって給与、職責を向上させる動きは確かにある。ところが、日系企業の場合、
継続雇用を優遇し、その中での能力開発を奨励することから会社設立以来、定年まで勤務したという
繊維業界の事例(帝人、東レ)も多数出てきた。
12
また、現場主義を重視することから、中卒で採用された女子工員が、現場の働きを認めら ISO 事務
局の補佐に任命されてから昇進を続け、現在は、配偶者は課長レベルにとどまっているにもかかわら
ず本人は取締役・工場長までになっている事例もある。(ナワナコン工業団地の N 社)
2.5.3 国際競争力強化のための人材育成
タイの労働省が進める労働者の能力向上策だけではタイの国際競争力が強化できるかというと課題
が残る。それは、まずタイ国全体の人材育成の目標をどのように定めるかという課題がある。労働省
が進める産業分野と教育省の管轄する高等教育分野で共通した目標が設定されていないことである。
単純労働から技能労働に関しては労働省が管轄するが、上級専門職、管理職レベルおよびハンデイク
ラフトなどタイ国産業を指導する人材の育成に関しては国家レベルの議論が望まれるところである。
これに関しては 2008 年 2 月に誕生したサマック政権の経済政策とも関係するが、「国づくり」とい
う観点から広く議論されることが期待される。
13
第3章 教育制度、社会、文化
3.1
タイの教育制度
タイの教育制度は、小学校(1∼-6 学年)、中学校(7∼-9 学年)大学および高等教育機関で構成され
る。
大学: 国立 80 校 私立 59 校
表 3.1.1 学校レベルごとの就学数(単位は 1,0000):2002
学校レベル
別
就学数
男子
女子
合計
合計
7,905.3
7,997.4
5,150.2
幼稚園
1,246.9
1,236.8
730.4
368.7
361.7
1,753.2
小学校
3,351.9
3,287.5
1,906.4
951.8
954.6
4,733.0 2,400.1 2,332.9
中学校
1,456.2
1,436.5
865.8
431.8
434.0
2,026.9 1,024.4 1,002.5
高校
1,224.7
1,326.9
860.2
407.1
453.1
1,691.5
817.7
873.8
普通教育
880.8
1,058.0
617.8
274.3
343.4
1,321.1
606.5
714.6
職業教育
343.9
268.9
242.4
132.7
109.7
370.4
211.1
159.3
高等教育
621.7
698.0
777.2
368.1
409.1
542.5
253.6
288.9
0.9
0.2
0.9
0.7
0.2
0.2
0.2
-
短大
243.6
223.9
192.5
98.7
93.8
275.0
144.9
130.1
学士
377.2
473.9
583.8
268.8
315.1
267.3
108.5
158.8
普通科
325.1
406.3
534.2
242.8
291.4
197.2
82.3
114.9
職業教育
22.0
18.3
13.3
8.4
4.9
27.0
13.6
13.4
教職課程
30.1
49.3
36.3
17.6
18.7
43.1
12.5
30.5
修士課程
3.8
10.1
8.7
3.1
5.6
5.3
0.8
4.5
-
0.8
0.8
-
0.8
-
-
-
-
0.8
0.8
-
0.8
-
-
-
学士前
全体
レベルが不
明
不明
都市部
農村部
男子
女子
合計
男子
女子
2,530.5 2,619.7 10,752.5 5,374.8 5,377.7
出典: www.moe.go.th
就学率 小学校 (7∼12 歳) 104.8% 中学校 (12∼15 歳) 82.2%
高校 (15∼18 歳) 38.8% 大学 (18-∼21 歳)21.3% (2002 年)
出典: NSO (National Statistical Office, 2007) 、JETRO BKK
14
878.2
875.1
3.2
社会指標
表 3.2.1 貧困ライン、 貧民の数と格差: 1992-2004
年代
貧民ライン
貧民の数
貧民格差 (%)
(バーツ/人/月)
(百万人)
1992
790
18.1
10.2
1994
838
14.2
7.3
1996
953
9.8
4.6
1998
1,130
11.0
5.1
2000
1,135
12.8
6.1
2002
1,190
9.5
4.1
2004
1,242
7.1
2.6
出典: Office of the National Economic and Social Development Board, Office of the Prime
Minister
表 3.2.2 宗教
宗 教
割 合
仏教
イスラム教
キリスト協
そのほか
出典: The World Fact Book (CIA)
3.3
94.6
4.6
0.7
0.1
出生率、死亡率
出生率: 13.73 出産/人口 1,000 当たり (2007 年予測.)
死亡率: 7.1 死者/人口 1,000 当たり (2007 年予測)
出典: The World Fact Book (CIA)
3.4 平均寿命
総人口: 72.55 歳
男性: 70.24 歳
女性: 74.98 歳 (2007 年予測)
出典: The World Fact Book (CIA)
3.5 識字率 2000 – 2004
男性
95%
女性
91%
出典: UNICEF (www.unicef.org)
15
3.6
HIV/エイズ罹患率
推定での HIV 罹患率 (15 歳以上) 2005 年末
1.4%
出典: UNICEF (www.unicef.org)
3.7 最低賃金
バーツ
地域
191
Bangkok, Nonthaburi, Nakornpratom, Pratumthani, Samutprakarn and Samutsakorn
186
Phuket
172
Chonburi
168
Saraburi
162
Nakornratchasima
161
Rayong
160
Chachengsao , Pranakornsriayuthaya and Ranong
159
Chiangmai and Pang-nga
156
Krabi and Petchaburi
155
Kanchanaburi, Chantaburi and Lopburi
154
Ratchaburi , Samutsongcram and Srakaew
152
Trang, Prachaubkirikhan, Prachinburi, Songkha , Singhaburi and
Angthong
150
Loei and Udonthani
149
Chumporn, Trad, Lumpang, Lumpoon, Sukhothai and Suphanburi
148
Kalasin, Khonkean, Nakornpanom, Nakornsrithammarat , Naratiwat, Burirum, Pattani,
Yala, , Satoon and Nongkhai
147
Kampaengpetch, Tak, Nakornnayok, Nakornsawan, Pattalung, Phitsanulok,
Petchaboon, Suratthani and Uttraradit
146
Chainat , Chaiyaphum, Chaingrai, Mahasaracram, Mugdahan, Yasothon, Roi-ed, Srisaket ,
Sakonnakorn, Nongbualumpoo and Uthaithani
145
Pichit, Maehongsorn, Surin, Ubonratchatani and Amnatchareon
144
Payao and Phrae
143
Nan
出典: http://eng.mol.go.th/statistic_01.html
16
第二編
タイにおける職業能力開発の実施状況について
(作成年月:2006 年2月)
第1章
労働省所管の職業訓練実施状況
労働省の所管する職業訓練施設は、7 つの地方センターがある。地方センターは、カリ
キュラムの作成などで技能開発局の指導を受けている。これらは外国の財政的、技術的援
助も得て建設され、比較的新しい機材や技術を備えており、教員も訓練を受けた人々が主
として携わっている。これらの各センターでは、就職前の技能者養成訓練、すでに就労し
ている労働者の技能向上と新規職場への適応を可能にする在職者技能向上訓練、ホテル職
員、秘書、セールス担当者などを訓練する短期間の特別訓練を実施している。
(1)就職前養成訓練プログラム
学校に行っていない 16 才から 25 才までの青少年に、雇用してもらえるだけの技能を
身につけさせようとする 3 カ月から 11 カ月間の技能者養成訓練コースである。これは
産業界のニーズに応じた半熟練労働者を養成することを目的としたコースで、大工、煉
瓦職人、配管工、溶接、塗装、自動車、板金など、小学校卒業者を対象とするものと、
電気、電子、機械、製図など、中学校卒業者を対象とするものがある。
(2)在職者技能向上訓練プログラム
すでに就労している熟練労働者を対象とする技能向上訓練である。従来の伝統的技能
開発手法では技術革新の進展についていくことが困難なため、最新の技術に基づく知識、
技法を提供することにより、技能者の質の向上を図る。産業界の各種分野に対応できる
ように、30 以上のコースがあり、訓練コースは働きながら学べるように主に夜間コース
が開設され、延べ訓練時間は平均 60 時間前後である。
3)特別訓練プログラム
サービス分野を中心として訓練コースで、ホテル従業員、受付係、秘書、ウエイトレ
ス、販売員、速記者などがある。昼間と夜に開設される短期間の特別訓練であり、女性
が多い。指導員はホテル、業界団体などより派遣されてくる。
(4)職長および監督者訓練
工場における職長および監督者の養成を目的とするコースである。訓練内容はリーダ
ーシップ、指導技法、指示伝達技法、作業安全などで、約 40 時間前後のコースである。
訓練センター内に開設される他、大きな工場で開かれることもある。
(5)指導員訓練プログラム
企業や訓練施設内で訓練指導を担当する者を対象に、指導技法を中心とする訓練を実
施するコースである。他の労働者へ技術、技能の伝達がスムースに行われることを目指
したもので、通常 30∼45 時間のコースである。
(6)その他のプログラム
職業訓練センターに来ることができない僻地の住民に訓練を提供する目的で、指導員
が機材を持って出向いていく移動方式の訓練がある。
17
技能訓練実施状況(労働省技能開発局 2003 年度)
職種等
受講開始者
入職準備訓練総計
(単位:人)
修了者
43,120
25,631
18,319
8,574
建設
876
344
製図
19
26
機械
6,125
2,527
電気電子コンピュータ
5,586
2,572
工業
2,495
1,221
ビジネス・サービス
1,250
623
工芸
1,968
1,261
24,801
17,057
建設
6,941
5,014
機械
3,281
2,187
電気電子コンピュータ
2,865
2,134
工業
1,491
1,021
ビジネス・サービス
1,602
1,001
工芸
8,613
5,700
151,077
127,368
建設
12,250
10,245
製図
1,904
1,486
機械
14,112
10,481
電気電子コンピュータ
50,290
41,311
8,010
6,315
ビジネス・サービス
42,262
38,247
工芸
22,249
19,283
入職準備訓練(施設内・産業計)
入職準備訓練(施設外・産業計)
向上訓練計
工業
*出典:Skill Development Statistic Fiscal Year 2003 DSD
※ 受講開始者、修了者とは、2003 年度に受講を開始した者または修了した者ので
あり、修了者の数が受講開始者の数を上回ることがある。
労働省技能開発局の訓練を職業小分類ベースでみていくと、建設では、れんが積工、れん
が工、タイル工、アルミサッシ工などが、機械ではオートバイ修理、農業機械修理、自動
車整備などが、電気電子コンピュータではビル内配線工、冷蔵庫エアコン修理、ワード(向
上)、エクセル(向上)、インターネット基礎(向上)、パソコン修理(向上)などが、工業
ではアーク溶接などが、ビジネス・サービスではタイマッサージ、美容、調理、企業家養
成、配膳、訓練指導技法(向上)、チームワーク作り(向上)、ビジネス英語、リーダーシ
ップ(向上)など、工芸では婦人服製造、縫製、バティック、造花、ガラスカービングな
どが多くなっている。
18
第2章
代表的職業訓練実施機関の状況
代表的実施機関として、第1地域職業訓練センター・サムトプラカンを取り上げる。
2.1
目
的
職業訓練によって必要な技能を身につけた若年労働者を産業界に送り出すとともに、
労働者の技能水準の向上を図るため、技能検定の実施や技能大会の推進、また民間の
訓練の促進等を行うこと。
(背
景)
タイの経済発展を目標に、政府は世銀の勧告に基づいて、経済分析と開発計画の樹立
を担当する国家経済社会開発庁を 1959 年に設立した。同庁が策定した第一次経済社会
開発 5 カ年計画は 1961 年にスタートしたが、次の第二次 5 カ年計画(1967∼1971 年)
の策定にあたり、タイが今後社会開発や工業化を積極的に進めていくためには、約 15
万人の熟練および半熟練工が必要であることが判明した。しかし、当時職業教育を行
っていた教育省職業教育局などの訓練体制では、約 3 万人の半熟練工しか供給できな
い状況であり、約 12 万人の技能労働者の不足が見込まれ、第二次 5 カ年計画の実行に
支障が出ることが予想された。
タイ政府は、技能向上訓練を目的とする職業訓練センター設置についての技術協力を
ILO に要請することを決め、1966 年に ILO は専門家をタイに派遣し、政府と将来の職
業訓練政策のあり方を検討した結果、内務省労働局の管轄下に国立中央職業訓練センタ
ー(NISD)をバンコクに設立し、UNDP に協力を要請することになった。このようにし
て NISD 建設は 1969 年に実施に移された。その後、1993 年には、政府の組織改正と
各省に分散していた職業訓練機能を集約化して効率化を図るため、中央職業訓練センタ
ーは内務省の管轄から労働社会福祉省(2002 年 10 月以降労働省)に移管された。その後、
NISD の建物をサムトプラカンに移転する際、技能検定基準の策定、カリキュラムの作
成などの機能を技能開発局の本局に移管し、新たにとして 2002 年 10 月1日に移転開
所するとともに、同 9 日、技能開発促進法に基づき現在の名称、第1地域職業訓練セ
ンター(サムトプラカン)に改称した。
2.2
組
織
サムトプラカン職業訓練センターは、訓練、技能検定、民間の能力開発の振興という
一般の訓練センターが有する主要 3 業務に加え、溶接訓練のセンターを併設している。
また、中央職業訓練センターの機能をひきついで、技能五輪選手の育成など事実上の
タイの中央センターとしての機能も果たしている。
19
所
長
技能能力開発促進グループ
技能開発連携課
企画評価課
企業訓練及び特別訓練課
総務グループ
物品係
総務係
会計係
所長秘書
技能能力開発グループ
機械科
工業科
電気・電子科
建設工芸科
技能検定促進グループ
サムトプラカン溶接訓練センター
図 8-1
2.3
施
サムトプラカン職業訓練センター組織概略図
設
6棟、延べ床面積 45,169m2 の施設は、未だ遊休部分も多く、順次内容の充実が図ら
れているほか、将来技能開発局の本局の全部または一部が移転する計画もある。
A棟
6,905 ㎡で、機械、縫製などの部門がはいっている。
B棟
9,078 ㎡で、電気電子などの部門がはいっている。
20
C棟
12 階建てのメインビル。11,358 ㎡で、管理部門のほか図書館、ランゲージセンター
などがある。
D棟
8,369 ㎡で、溶接、建設などの部門がはいっている。
E棟
7階建て、6,236 ㎡のドミトリーであるが、同時に配膳、調理の訓練の場として利用
されている(配膳の訓練は現在休止中)。
F棟
4,232 ㎡
機材は、大量で、かつ最新であり、例えば機械系では CNC 工作機、CAD/CAM
用コンピュータなど実際に日系企業などでも標準的に生産に使用されているものが装
備されている。
2.4
予算と財源
年間約 1,700 万バーツ(2004 会計年度。事業費のみで、人件費は別。)
1969 年に開所された後、1973 年までに、予定された設備はすべて完成したが、その
間タイ政府から 240 万米ドルを、UNDP から ILO 専門家派遣費用、機械設備などに
116 万米ドルが支出された。
2.5
コース
訓練プログラムは、就職前養成訓練、技能向上訓練などのほか、企業その他による
様々なプロジェクトを受け入れている。
(1)就職前養成訓練
訓練日は月曜から金曜まで週 5 日間、土曜・日曜と祝祭日は休みとなる。時間は
午前 8 時半から午後 4 時半まで、昼休みは1時間、15 分ずつの休憩時間が午前、
午後1回ずつある。
(2)技能向上訓練
技能向上訓練は、現在就業中の者またはその専門技術について初歩的知識がある
者を対象に、更に技能知識を高めることを目標にしている。
42∼60 時間程度のコースが多く、月曜から金曜までの夜間 6 時から 8 時まで開
講される。定員は定めてあるが、受講者を試験で選ぶことはない。受講料は無料
で、社会の技術進歩に後れまいとする若者たちに人気が高いプログラムである。
コースは、特に産業界で要求されている専門技術に絞っているが、企業側から要
請で新しいコースを開くことも少なくない。
(3)能力増進訓練
地域のニーズにあわせ、講師派遣などをして行うもので、期間は短い。サムトプ
ラカンの場合、海軍の基地があるので、兵役を終え、社会に復帰する前にこの訓練
を活用している。
(4)自営業開業訓練
自営業を開業しようとする者に必要な知識を与える訓練。
21
(5)その他
①王室によるプロジェクトにより 1 年間の訓練を実施している。
②ドイツジーメンス社が 20 人を 2 年間訓練委託しているほか、企業からの長期の
委託を受け入れている。
③新空港ビル建設のためにガラス張り職人の養成を臨時に行うなど国家プロジェ
クトに必要な人材の養成も行っている。
④2007 年の技能五輪を最終目標として、ある日系企業から 2 人の訓練生が研修に
来ているなど、技能競技大会用の訓練生を大量に受け入れている。
⑤韓国に就労に行く人の事前訓練(150 時間。うち語学 100 時間)を 250 人に対し
て実施するなど海外就労の事前訓練を実施している。
⑥溶接センター
溶接センターは、来年にはドイツの認証機関から国際認証を受けられるように整
備中であるが、既に本年フィンランドで行われた技能五輪溶接部門金メダリスト
を輩出するなど実績をあげている。
2.6
訓練方法
就職前養成訓練の場合;
訓練時間を理論と実技に分けると、おおよそ 2:8 の割合で実技の方が多い。
コースによっては、いくつかのモジュールユニットに分けられて、ローテーション
方式で訓練が進められていく。1 つのコースの中でも学習順序が問題にならないモジ
ュールの場合、訓練モジュール別に訓練生を振り分けて、順次グループごとのローテ
ーションで実習場を回っていく方法を採っている。
例えば、自動車コースでは、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、トランスミ
ッション、電気系統の各モジュールを数週間ずつのローテーションで訓練生が移動す
る。また、電気コースの例では、工業配線、電動機修理、電気機器、建物配線の 4 モ
ジュールにまとめ、約 50 人の訓練生の 4 分の 1 ずつをそれぞれのモジュールに入れ、
ローテーションを組んで 6 週間ずつ訓練して移動していく。この方式を採用した理由
は、貧しい訓練生は家庭の事情で長期間訓練センターに通えず、中途退所を余儀なく
されるため、一部分のモジュールを修得しただけでも就職できるようにするためと、
ローテーション方式は多くの訓練生を受け入れることができ、機器を有効に活用する
ことができるためである。
訓練センターでの訓練が終わる段階で、試験を行い、パスした者は1∼4 カ月間の
実地(工場、建設現場等)訓練を受ける。
22
2.7
代表的なカリキュラムとその開発方法
○入職前訓練
科
施設内(時間)
企業内(月)
工業系
プラスチック成型
1,140
2
金型
1,140
2
CNC
840
2
電気溶接
700
2
MIG/MAG 溶接
700
2
TIG 溶接
700
2
1,400
2
自動車車体修理
560
2
自動車塗装
560
2
1,400
2
900
2
1,200
2
1,140
2
冷蔵庫エアコン整備
840
2
カーエアコン整備
840
2
CAD
1,400
4
CAM
480
2
1,600
4
木製家具製造
840
2
木造建築
840
2
かわらぶき
420
1
左官
280
1
配管
560
2
家具塗装
280
1
縫製
280
1
婦人服製造初級
560
2
婦人服製造中級
560
2
婦人服製造上級
840
2
280
2
機械系
自動車エンジン修理整備
電気・電子・コンピュータ系
電気機器整備技術
メカトロニクス2級
電子
コンピュータネットワーク
設計系
建築設計
建設系
工芸系
ビジネス・サービス系
調理
23
客室整備
280
2
ホテル接遇
280
2
配膳
280
2
○向上訓練
科
訓練時間
工業系
機械整備
Unigraphic
70
CAD/CAM プログラム操作
60
配線1級
60
配線2級b
60
ガス溶接
60
電気電子コンピュータ系
配線
60
家庭内電気工事
60
エアコン
60
カーエアコン
60
電子機器
60
マイクロコンピュータ検査調整
60
マイクロコンピュータプログラム操作
40
インターネット
30
設計系
CAD1級
60
CAD2級
60
Adobe
30
photoshop 操作
機械系
ガソリン自動車修理
70
自動車配線
60
ブレーキ修理
54
自動車整備
60
自動車塗装
70
建設系
木板製造
60
アルミドア窓製作
60
配管
60
工芸系
工業縫製
60
革製品製造
60
家具張り
60
ビジネス・サービス系
24
マネージメント
30
仕事の教え方
30
秘書
30
接遇のための英語
30
販売のための英語
30
カリキュラムは一般的なものは技能開発局本局で作成したものを使用し、企業のニーズで
新たに実施するものは本センターで開発している。
2.8
教材とその開発方法
1974 年に、中央職業訓練センターおよび地方の訓練センターでのカリキュラムの改善
と訓練に使用する教材の開発を目的として、イスラエルの援助を受けて中央職業訓練セン
ターに教材開発部門が設置された。その後、同部門は技能開発局本局に移管された。しか
しながら、サムトプラカンのセンターは向上訓練が多く、企業のニーズも多様であること、
また地域のニーズにあわせた短期の訓練も実施していることから、本局で用意されていな
いコースについても柔軟に対応し、開発している。
2.9 指導員の総人数と資格基準
職員は、80 人おり、そのうち 46 人が指導員である。指導員の中には正規の公務員の
ほか常勤職員もいる。学歴は DIPLOMA 以上(高等専門学校以上)である。
2.10
訓練生募集方法と申し込み先
あまり広報に力をいれなくても訓練生の募集には苦労していないのが現状である。一
つには、向上訓練が多く、絶えず企業側から働きかけを受けていることがある。
筆記試験と面接、および身体検査によって、訓練生の受け入れが決定される。センタ
ーの学区制は設けておらず、原則としてどこの訓練センターに応募してもかまわない。
就職前養成訓練の応募資格は、16∼25 才で、コースにより学歴上の制限がある。た
とえば、機械、電気、電子、製図などは中学 3 年卒業以上、溶接、自動車、家具、塗装
などは小学校 6 年卒業以上となっている。訓練センターでの授業料は無料だが、教材の
一部、制服、作業靴は自己負担となっている。
2003 年度のサムトプラカン校の入校者 5,518 人、修了者 4,741 人であり、内訳は次の
とおり。
○入職準備訓練
○向上訓練
施設内
入校
156 人
修了
96 人
施設外
入校
442 人
修了
432 人
受講開始者
4,920 人
修了 4,213 人
2004 年度(10 月1日∼)は 8 月 23 日現在では次のようになっている。
○技能競技大会出場者訓練
1,015 人
○自営業開業訓練
103 人
○入職準備訓練
128 人(年度目標の 44.8%)
○向上訓練
4,263 人(年度目標の 136.4%)
25
○能力増進訓練
8.2.11
2,207 人(年度目標の 94.8%)
訓練生に対する優遇措置
ドミトリーが利用できる。
8.2.12
修了生の取得資格
訓練生の応募が多いコースは、コンピュータ、CNC 旋盤、CAD など
8.2.13
修了生へのアフターケア
N.A
8.2.14
修了生の就職状況
N.A.
26
第3章
3.1
公共の職業訓練実施機関と民間企業との協力関係
技術交換
職業訓練センターでは、養成訓練終了後に企業の工場や事務所に訓練生を派遣して現
場実習を行っている(徒弟制訓練)。これを受け入れる企業は当然訓練生を雇用することを
考えており、そこで各人の能力や人格を評価する機会を与えられる。このシステムは雇用
する企業が経営好調な企業で従業員の採用を大いに必要としている場合にはうまく機能す
るが、企業が小規模で訓練生を受け入れる余裕がなく指導のために人手を割けない場合な
ど、企業によっては今後の事業拡大が期待できず新規採用を控えている場合には、訓練生
の受け入れに協力が得られない。
3.2
施設貸し出し
民間企業による職業教育への協力は、訓練センターへの協力ばかりでなく、様々な分野
で行われている。寄付や機材の提供など、多くの例がある。
3.3
指導員派遣など
企業から講師派遣、カリキュラム共同開発、教材共同開発などの要請があった場合、
ケースバイケースで対応している。
職業訓練センターでは、現場経験が長く一定以上の技能を持った人材を指導員として
採用し、訓練にあたらせている。著しい発展を遂げているタイの産業界では技能を持っ
た人材が不足しており、優秀な人材の現在得ている給与は高く、安定性はあるが給与も
低く昇進も期待できない訓練センターへは行きたがらない。また企業の方でも手放さな
い傾向がある。
27
第4章
職業教育の実施状況
(1)職業高等学校
職業高等学校相当の教育課程を有する学校は、889 校(公立 540 校、私立 349 校)
であるが、職業教育委員会事務局傘下にある職業高校は 28 拠点校、412 カレッジで
ある。生徒数は 60 万 6,300 人である(いずれも 2003 年度)。職業教育委員会事務局
の 2005-2006 年度予算は約 108 億バーツであり、その 48.27%が人件費である。職業
教育委員会事務局傘下の教育機関の人員は、教師(公務員)16,833 人、教師(非常勤)
9,355 人、事務公務員 297 人、常勤労働者 3,873 人、臨時労働者 8,093 人の計 38,451
人となっている(2005 年)。
(2)高等教育における職業教育
高等教育における職業訓練は、ラチャパット大学、ラチャモンコン工科大学などで
主として担われていたが、これらが institute から university に転換したことに伴い
今後は学士レベルの人材養成に重点が移っていく。例えば、ラチャパット大学は全国
で41大学があり、教員数 7,388 人、学生数は 416,321 人であるが、学生数のうち準
学士レベルの占める割合は1割程度となっている。ラチャモンコン大学の学生数(学
士)は 76,228 人である(2004 年度)
準学士レベル(ポーウォーソー及びアヌパリンヤー)の学生数は、全国で 419,332
人(2004 年度)であるが、このレベルにおいては、依然として職業教育委員会事務局
管轄の学生が 185,500 人と最大を占め、次いで私学振興委員会事務局管轄(147,829
人)、高等教育委員会事務局管轄(79,780 人)である。
(3)非正規教育(教育省所管)における職業教育実施状況
○非正規教育のための機関は次のように設けられている(2005 年)
地域(ブロック)非正規教育センター
5 カ所
75 カ所
県非正規教育センター
4 カ所
バンコク都非正規教育センター
857 カ所
地区非正規教育センター
40 カ所
バンコク地区非正規教育センター
国境地域タイ人のための職業訓練開発センター 9 カ所
これらの機関には、教員 1,681 人、ボランティア教員 5,439 人、職員(公務員)
3,453 人が配置されている(2005 年)。
○非正規教育への参加状況は次のとおり。
識字率教育
83,878 人
山岳民族地域教育
66,186 人
小学校卒学歴付与教育
131,961 人
中学校卒学歴付与教育
556,959 人
ポーウォーチョー学歴付与教育
47,698 人
ポーウォーチョー学歴付与教育
882,809 人
非正規教育職業教育免状カリキュラム
11,756 人
1,800,567 人
短期職業訓練コース
28
第三編
タイの日系企業における人づくりの現状
第1章
プラスティック金型産業
1.はじめに
会社紹介
我々の企業体(下記 CTI、AMT、ASIS、CMT)は、主として自動車プラスティック部
品の射出成型金型を製作しており、4 社共にバンパー、インストルメントパネル、ドアー
等、比較的大物金型を得意としている。
会社概要
会社名
クリエイティブテクノロジー株式会社
Creative Technology Inc.
住所
(CTI)
静岡県浜松市浜北区中瀬 5300-1
5300-1, Nakase, Hamakita-ku, Hamamatsu-City,
Shizuoka City, Shizuoka
資本金
7,000 万円
従業員
150 名
業種
自動車大物プラスティク部品射出成型型
Injection Mold for Large Automotive Plastics Parts
TEL/FAX
053-588-3321 / 053-588-3254
URL
http://www.cretech.co.jp/
現地タイ会社概要
会社名
Automotive Mold Technology Co., Ltd.
住所
Amata City Industrial Estate,
(AMT)
7/117 Moo 4, Mabyangpom, Pluakdaeng Rayong 21140, Thailand
資本金
Baht 280,000,000-
従業員
127 名
業種
Injection Mold for Automotive Plastics Parts
TEL/FAX
(6638)956151 / (6638)956155
URL
http://www.amt.co.th
その他海外関連会社
Canada
Canada Mold Technology Inc
Korea
ASIS Co. Ltd.
/ Woodstock City, Ontario Canada
/ 622-1,Manjeong,Kongdo-Myeon, Ansung-Shi,
Kyeongi-Do, Korea
2.日本の型業界
商品開発・生産準備を裏方で支える金型産業は、1990 年代まで順調に発展してきた。失
われた 10 年で大打撃を受け、一万数千社あった企業数が 8 千社程度まで減少し、更に厳
29
しい状態に立たされている。この間急激なシステム化を進めてきたが、型作りは依然と労
働集約型産業である。全産業界の猛烈な生き残り戦略の中で、大幅な型費削減に巻き込ま
れ体力を消耗している現状である。
時を同じくして、東アジアからの価格競争に曝され、型価格は低下の一途を辿っている。
つい最近、東アジア調達の型品質による諸問題が認識され始め、多少高くついても日本
の型への U ターン現象が認められ、一息ついている昨今である。
しかし、東アジアの型品質が停滞している訳ではなく、日本の型業界に与えられた再起
の猶予時間は限られている。
世界有数の物価高・人件費高で労働集約型の仕事を守り育てるのは相当に荷が重いよう
である。
産業界が商品開発力と品質維持向上に、型を 100%外国に頼るのは論外として、どの程
度の型屋が日本国内に必要とされるかの認識に、型業界の将来が掛かっている。
型業界は同じ競争条件で欧米より圧倒的に早く、安く、高品質な型を供給し、更に柔軟
に対応してきた実績がある。今後も、物作りの原点・日本力の維持に貢献し続けたいと願
っているが、腰を据えて型作りが出来る環境が失われて行くのではと心配している。
日本のグローバル化は一部農産物を除き無条件で進められている。型業界にグローバル
化の激震が押し寄せる事態は想定外だが、貿易立国である手前、泣き言は禁句である。型
業界上げて必死の対応を実践している現状と推察している。
3.タイにおける射出成形金型業界の実情
Automotive Mold Technology Co., Ltd.(AMT)は、2000 年 10 月タイで射出金型製造会
社として設立された。95%日系資本による合弁会社である。
会社創業時から現在に至るまでの人作り過程を中心にまとめたい。
タイにおける射出成形金型分野には、日系として大物金型メーカーが当社の関連会社
AMT を含め 3 社、中小物金型で 10 社程が進出している。韓国から中物型で 2−3 社があり、
タイローカルの型屋は中小物型が中心である。タイにおける自動車産業の急成長に合わせ、
これからも海外からの進出が予想される。但し、車種が少ないことから型需要も限定され
ており、日本国内からの調達もあって現在のところ型需給はバランスを保っている。
今までは、距離的に有利な台湾からの型輸入が多かったようだが、低価格が魅力な中国
からの輸入が注目されている。この動きはタイの型関係者には相当な脅威となっている。
タイでは型鋼材を始め主要な資材を全て輸入に頼っている。
これらの資材が半額で調達可能な中国との競争は厳しく、価格だけの競争では対応不能
な状態である。価格を凌駕する品質確保が至上命題となっている。
型作りは人材育成に 5 年単位の時間が掛かり、機械を主とした設備投資負担が大きく、
資本回転率も極端に低い仕事である。オーダーメイドによる典型的な単品生産であり、中
国との競争が始まった現在は価格維持が困難である。時間と金が掛かり、リスクのある型
作りはビジネスと捉えた場合その魅力は薄く、他に有利な投資対象に恵まれ、利に敏い現
地資本の参入はないと推察される。
タイローカル、日系を含め、タイでの型作りの歴史は浅く、十分な人材が育っていない
30
現状での本格的な競争は厳しいようであるが、タイ人パワーに期待している。
4.当社関連会社 AMT における人づくりの現状
AMT は自動車大型プラスティック部品の射出成形金型メーカーである。実質的にタイ
で型作りを開始して 7 年が経過した。型作りは CAD/CAM、数値制御加工等のハイテクと
型仕上げに象徴される技能、匠の技と言われるローテク混合の仕事となっている。特にロ
ーテク部門は技の習得に時間が掛かり、何とか仕事がこなせるまでに 3 年、型作りの全容
を把握し、自力で展開出来るまでに 7∼10 年の経験が必要とされている。型はマザーツー
ルの最たるものであり、型で生産される数十万個の製品は、型の資質がコピーされ品質が
決定付けられる。寸分のミスも許されない仕事となっている。
型作りの仕事は多岐にわたり、CAD/CAM を駆使したデータ処理、設計、数値制御デー
タ作成、NC 加工、放電加工から配管・配線、仕上げ、磨き、トライ成形に至る。各工程は
専門性と経験が必要とされている。
これらの工程を 1 人で全て賄う事は不可能であり、複数人の共同作業か数部門にわたる
チームワークとなる。原則的には同じ型を 2 度作る事が無く、前述の如く典型的な単品生
産である。
個々に固有の仕様、要求を備えた大小雑多の型に対応し、途中の情報分断が即ミスに帰
するため、綿密なチームワークと工程管理が求められている。組織力と緻密さが不可欠で
ある。
少し前までは日本、米国、ドイツを主とした欧州で世界の型の大部分が作られていた。
米国では型屋はドイツ人系の仕事と考えられていたので、結局のところ日本人、ドイツ
が中心になって型が作られていた事になる。マイスター制度で代表される匠の技を尊重す
る文化と、何事も律儀なドイツ人気質や、細部に拘る日本文化が型作りに適合していた故
と考えられている。
タイにおける型作りを目指す
人作り
はこの事情を最大限考慮して研修基本策が立案
された。のんびりでおおらか気質のタイ人社員に型作りを実践して貰う難儀の根底は、彼
らとは対極にある文化の伝承に似たとろである。
以上を考慮した AMT におけるタイ人材育成の基本は次の通りである。
(1)対極文化伝承には白紙から始めるべく、全て新卒者を採用する。
対極文化は多少過激な表現だが、タイ人にとって
は異質である。しかし型作りはこの
こだわり
細部にこだわり過ぎる
日本文化
が重要であり、適当な仕事は許されな
い。この日本文化の一端を根付かせる努力が型作りの成否を分けると判断し、素直に受
け入れて貰える白紙の新卒者を集めスタートした。実のところ型産業が少ないタイで経
験者を得ることは難しく、新卒者を集めざるを得なかったのが実情だが、結果的にはこ
の方針は成功したと確信している。
何事も素直に吸収しようとするタイの若い人の気質に支えられ、研修は効果的に進行
した。
当初、 技術・技能は盗んで覚えろ に近い日本的な研修で進めたが、タイ社員には馴
染まず、その後、個々を対象にしたマンツーマンによる丁寧な研修に修正を余儀なくさ
31
れた。この現象はタイに限らず、最近の日本でも同様ではないだろうか。
(2)現場経験、知識が不可避であり、学卒者も含め全て現場作業から始める。頭の中だ
けの知識では型が作れない。現場で体験した知識を尊しとする。
タイの学卒者は現場に出たがらず、手を汚すのを嫌うと聞いていた。しかし、現場で
体験した技術がないと、本物の型は作れない。材料の性質、部品の特性、加工方法、仕
上げ工法等の生きた体験、技術が必要とされる。それ故、全ての社員に数年の現場作業
を義務付けた。
最初はかなりの抵抗があり、現場作業を嫌った退職者も出たが、根気よく説得し、こ
の方針を踏襲した。日本への派遣研修も現場体験者から選び、実践的な研修が可能とな
った。
外部のタイ人が見るところ、 AMT では学卒技術者が現場仕事をしている と一様に
驚きを示している。日本ではごく通常のことと思われるが、タイでは異常に映るようで
ある。
7 年経過した現在、古参のタイ人技術者が新学卒技術者の研修に際し、 自ら現場で手
を汚さないと型は覚えられない
と言い始めた。まさに我が意を得たりの思いである。
(3)ローテクの伝承は時間を掛け、確実に進める。
日本においても技能の伝承は頭の痛い問題である。若い人達は変化に富んだ派手な仕
事には興味を示すが、地味で永い忍耐が要る技能の習得は敬遠する。しかし、最後に
型の品質を決めるのは巧みの技である。東アジアの追い上げで日本の型業界も苦境に
立たされているが、辛うじて生き残っているのは、残念ながらハイテクの優位性でな
く、 こだわり
とローテクパワーである。
タイでの型作りも同様に、ローテクをどう育てるかが成否を決めると覚悟を決めて取
り組んでいる。
タイでは特に学卒者のブレインが重要視され、現場技能の社会的評価が低いようであ
る。日本では技術者と技能者の給与格差は少なく、優秀な技能者はそれなりに社会評価
は高いようである。
蛇足ながら、日本では最近の行過ぎた競争至上主義経済下で、技能を担っている中小
企業が疲弊し、優れた技能者に十分な待遇が叶わず、重要な技能の伝承が難しくなって
いると危惧されている。
タイローカルの型屋を何社か見る機会があったが、長年操業しているにも関わらず型
品質が十分でないところが多いようである。機械設備・CAD/CAM が揃っており、優
秀な技術者が育っているのに、品質が上がらないのが悩みである。筆者の独断によれば、
主たる要因は現場技能者の資質と見受けられた。型技能者が一般労働者と同じ待遇で処
遇されており、コツコツと腕を磨き、苦労を重ねる努力が評価されず、退職等で技能が
伝承されていないのが原因と考える。AMT では、優れた現場技能者は会社の貴重な財産
と捉えている。技の習得者を優遇し、腰を据えて現場技能者の育成を図っている。現場
技能者の優遇は、タイの社会通念から違和感があるらしく、タイ人マネジャーや学卒者
から異論が続出した。
型価値を決めるのは最後のローテクであり、優れた技能者を育て、頑張って貰うこと
に型屋の成否が掛かっていると力説し同意を得ている。
32
ちなみに、タイでは学歴による給料格差が大きく、学卒の初任給は同じ年齢の高卒
者の倍以上が通例である。
(4)学歴、年齢、性別を問わず全ての社員に機会均等を保障し、実力に応ずる報酬制
度を心掛け、社員の研修意欲向上に取り組む。
ブレインが要求されるハイテクと、地道な努力が要求されるローテク両方がバラン
ス良く要求される。
半世紀前の型作りは職人技による仕事だった。この四半世紀で NC 加工、CAD/C が
実用化され、システム化が進んだが、職人技の要素が色濃く残っている。全ての段階
で人間の知力、集中力、汗の凝縮が求められる労働である。社員の資質、やる気が効
率・品質に直結し、社員全体のやる気が必要である。本気で仕事に取り組む社風作り
を実現させるため、実力主義を確実に醸成させ、頑張った分は必ず報いられる体制作
りに懸命に取り組んでいる。
最新鋭の設備、ソフトを整備しても優れた型は作れない。型作りは人的要素がはる
かに重要な仕事である。
全ての企業において
人作り
言すると本当に型作りは
は重要だが、型作りでは人材の重要性は特に高く換
人作り
である。
(5)タイ人によるタイ人社員の研修
日本政府の研修助成制度等を受け、日本での研修や現地駐在日本人スタッフが研修
に当たっているが、内容が多岐にわたることから全て日本人スタッフが担当するのは
困難である。基本になるタイ人技術者・技能者を育て、タイ人によるタイ人社員研修
を図っている。
仕事を進めながら OJT で研修生を育てるのは、その社員の功績と評価し、積極的に
展開している。
この施策は十分な研修スタッフが育っていないことから緒についたばかりだが、確
実に制度化するよう努めている。試行段階だが、現場でタイ人がタイ人を教えるのは
当地では珍しいとされている。
(6)他の社員への働きかけ
社員個々のアウトプットは評価されるが、他の社員にはたらきかけ、グループ集団
のアウトプット向上はより評価される社風醸成に努めた。
型作りはチームワークが重要なポイントである。このチームワーク力向上を図り更
にタイ人による研修等への波及成果を狙っている。
知識・経験を占有し、個人的な優位を図る動きもあるが、社員全体が向上する効果
はより大きく会社躍進の原動力として、この他の社員への働きかけを最高の仕事と定
義した。この試みは完全には定着していないが、着実に理解され始めた。
日本人によるチームワーク力は世界で定評あるところであるが、型作りにもチーム
ワークは不可避である。ここでも、日本文化の一端が貴重な指針となっている。
(7)資格制度
上記人材育成基本策の検証を兼ねた資格制度を発足させた。5 段階ランクとし、各
ランクに応じた手当てを設定している。給与は物価上昇率を加味した昇給と、このラ
ンク手当ての両方で構成される方式である。
33
資格制度は入社満 3 年以上の社員を対象とし、中間査定、最終査定による年 2 回の
査定で決定される。査定は各部署の責任者で構成される資格審査委員会により実施し
ている。
社員の奮起を促すため、査定結果は原則公開としている。査定内容は、経験、型知
識、専門知識、実技力、応用力の 5 項目評価としている。更に別組織で、勤務態度、
協調性、貢献度等 5 項目による勤務評定を実施しているが、将来、資格制度と統合す
る予定である。資格審査委員会は社員の命運を左右するだけに、審査過程の透明性、
公正の確保に努めている。
社員の評価が現場に近い開かれた場で行われるため、日々の努力が正確に反映され
るシステムとなるよう願っている。社員と会社の信頼感醸成がこの制度発足の目標で
ある。
資格制度が確実に定着した時点で、ランク手当てを大幅増額し、更に社員の奮起を
促す計画である。
以上を念頭に、7 年間が経過した。当初の 2∼3 年は遅々として進まず、研修担当日
本人社員はボヤキの連続で、辛抱を強要させられた。一時は、この調子で型が作れる
日が来るのかと疑心暗鬼に落ち込む場面もあった。日本国内でも全て新人を集めての
スタートでは、同様の進展であったと想像出来るが、当時は焦りが焦りを呼び込んだ
始末で、異国での環境では
遅い
の思いが募るようだった。
しかし、3 年以降急速な進展が見られた。思い返せば、白紙のタイ人社員が型の基
本を理解するのに 2∼3 年掛かった故と判断される。分単位で動く日本と比べ、タイ
人社員の動きは
歯痒い
本の
が異常と言い聞かせて乗り切った次第である。
セッカチ
と感じる場面もあり、必要以上の焦りとなった訳だが、日
国民性で何事もテキパキとは行かないが、辛抱強く働きかければタイ人社員は確実
に進んだ。
極論すれば
遅々として進む
だろうか。遅々とした進みであれ、確実に前進すれ
ば大きな航跡を残すのは可能であり、最近のタイ人社員の実力は日本人と肩を並べる
レベルに近かづいたと自負している。最近、日本の若い人達は途中で歩みを止める傾
向が強いようだが、AMT の社員は遅くとも確実に前進すれば、早晩日本水準に追つく
と期待している。
前述の通り型は完璧性が求められる。細心の注意と愚直なまでのきめ細かさが必要
であり、工期を守り、チームワークを磨く等、正に日本文化の真髄と極似している。
この DNA の伝承が今後も最大の課題と捉えている。
前述の内容と一部重複するが、7 年間の奮闘結果を総括するとタイ人気質は次の通
りである。
(1)仏教徒が多く、似通った環境で育った日本人には、異なる点もあるが、むしろ同じ
ところが多く違和感が少ない。特に他の外国からタイに入った時の
ホット
する安
心感は有難く感じる。
(2)タイの人は穏やかである。主張、表現も穏やかだが、芯があり、面子を重んじる。
日本流に怒鳴りちらす等は最悪の結果を招く。褒めるのは人前で、叱り・注意は個別
34
が原則である。
操業 3 年目頃に仮の職制を決め、都合があって一部の職制を外した事態があった。
本人に落度がなく、新しい組織のため本人にも説明した一時的な処置でしたが、家族、
周辺に面子が立たないと退職した事例があった。タイでは面子が大事だと思い知らさ
れた。
(3)のんびり大らかである。猛烈な競争社会で揉まれた日本人には、 苛立ち
を感じ
る場面が多くある。分単位で動く日本とは異なるが、多分日本が
過ぎる
せっかち
のではと反省させられる。のんびり大らかはタイで生活する際の安心感を演出してい
るようである。
(4)素直で真面目。真剣に働きかければ素直に応じてくれる。仕事の取り組みも真面目
である。若干受身だが、丁寧に指示すれば確実にこなす。テキパキと進めるには慣れ
が必要である。一部の国で遭遇する変なプライドはない。筋が通れば OK である。
(5)日本企業の進出は想像以上に多く、オーバプレゼンスと思えるレベルだが、親日感
が満ちている。先輩諸氏の懸命な努力の結果と感謝しているが、何かにつけて有難い
ことである。
(6)通貨危機、クーデター、その他の政変があったが、社会が揺らがない。安定した社
会の国と思われる。企業運営に不安を感じる要素は少ない国である。
(7)タイは東南アジアで急速に発展している国である。活気に満ちており、閉塞感に悩
まされている国から来ると、南国の太陽以上に明るく感じる。タイ人は南国特有の明
るい人達であり、気楽に付き合えるのが有難い。
(8)物価が安く、特に食料品の安さは相当である。日本の厚生年金で十分な生活が可能
な上、貯金が出来る等の報道がされているが、大きな誇張はなさそうである。
以上、良いことづくめのようだが、眉をひそめる問題も数多くある。しかし、基本的に
恵まれた点が多く、問題があっても大抵は笑って済ませる範囲であり、企業家にとって、
又駐在する日本人にとっても居心地の良い国となっている。
タイ駐在の日本人は年期明けの帰国に際し、会社を辞めてでもタイに居残る例が増えて
いる。経営者にとっては問題だが、それほど居心地が良い証だろう。
創業以来何度か、OVTA の助成を頂戴し、日本から専門家の指導を受け、金型技術の向
上、5S 等の作業環境の改善活動に取り組んだ。日本人駐在員の研修から、タイ人社員への
普及へと進めた。
AMT での人づくりにも大いに効果があったようである。例のごとく全てゆっくり進ん
だため、専門家の指導期間中に十分な成果が達成出来なかったケースもあったが、専門家
の帰国後も中断すること無く、指導通り進め実績を挙げている。指導期間が短いのが残念
だが、適当な間隔で継続して戴ければ効果も高いと期待している。
最後に、 微笑みの国 タイは人々が穏やかで、社会も安定しており更に親日国である。
国も着実に発展し、活力に満ちている。日本人にとっては少し暑いのが気になるが、世
界に類を見ない楽園と感じる。この国でタイ人と一緒に仕事が出来るのは有難いことであ
り、我々の営みがそれなりに成果を上げタイに少しでも貢献出来ればと願っている次第で
ある。
35
第2章
電気産業
1.はじめに
まず、私自身の紹介をさせて頂きたい。私は 1969 年に大学を卒業後、松下電器貿易(現
在は松下電器産業)に入社し、2005 年に退職するまで、一貫して海外での仕事に携わって
きた。海外駐在としては、クウェート、オーストラリア、マレーシア、タイの 4 カ国を経
験し、クウェートではサウジアラビアやドバイ等の代理店相手に完成品の販売マーケティ
ング活動に時間を費やし、オーストラリアでは現地法人会社(社員約 300 名)の営業販売
責任者、マレーシアでは販売会社(社員約 500 名)の経営責任者、直近のタイでは合弁販
売会社の経営責任者と同時に松下グループ全体の統括責任者としての職務に就いてきた。
海外生活は合計で約 16 年になる。
私の所属していた会社(松下電器)は、人材育成に対して非常に熱心なところがあって、
よく「松下電器は物を作る前に人を作る会社」であるとも言われるぐらいであった。その
ような会社で働くことが出来たことは今でも私の密かな誇りでもある。
その様な会社の風土もあったせいか、私の海外での仕事は第一義的には販売活動等を通
じての業績向上ではあったが、同時に、絶えず「人材育成、人材開発」といった問題意識
を強く持ちつつ、それを実践してきたとも総括できる。
今回は、タイでの勤務時代の体験を通じて「タイにおける人材能力開発」について、記
さして頂きたい。但し、殆どが実践を通じての内容になるので、学問的な立場からすると
逸脱するようなことにもなるかも知れないことを最初にお断りし、了解を得たいと考える。
少しだけタイに於ける松下電器について説明をさせて頂く。
松下電器は現在では広く海外にて事業展開を行なっているが、最初の海外進出先はタイ
であった(1960 年)。当時は 100%独資での進出が難しかったために、合弁会社としてス
タートし、現在でも松下 49%、現地資本 51%といった形態の会社が多い。
最初は電池の製造から始まったが、現在では冷蔵庫、洗濯機、テレビ、等々の電器製品
から車関連商品、部品に至るまで、殆どの製品を製造し輸入している。
2.タイ人の気質について
少しタイ人の気質について触れてみたい。人材能力開発について述べる際に必要と考え
るためである。
私はタイ人と深く付き合ったわけでもないので、完全にタイの人々の事を理解したとは
到底考えないが、少なくとも私が海外で接触したアラブやオーストラリア、マレーシアの
人々と比較して言えることは、大変にプライドの高い人たちであり、それでいて慎み深く、
外交、交渉上手でもあって、一筋縄では到底いかない人達ではないかと考える。
プライドの高さはやはりタイの歴史に起因するのではなかろうか。一度も外国に支配さ
れたことがない歴史、このことは彼等の外交上手、交渉上手からも得心させられることが
ある。少し悪い表現になるが、「粘り腰」「結論を先送りにする」ようなところもあって、
国際経験の浅い日本人ではとても手に負えないようなところもある。これは私に言わせれ
ばタイ人の方がはるかに「大人」なのであって、かなり多くの日本人は大事な交渉に臨ん
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で目論見どおりにいかないことで「タイの人は難しい」と感嘆息をつくが、タイ人からす
ると「日本人は単純だなあ」と思っているのではなかろうか?しかし、賢明なタイ人はけ
っしてそのようなことは日本人の前では直接的には言わないものである。
慎み深さはやはり仏教、王政の国柄からきているのであると考える。彼等は声を荒げて
口論したりは嫌うし、ついつい興奮の余り感情的に話したりする人も好まない。
会社や仕事で腹がたっても冷静を装って諭すぐらいの心の余裕が必要である。
話が少し脱線するが、阪神大震災の際に日本で略奪行為が無かったことが世界の賞讃を
浴びた記憶があり、当時マレーシアに勤務していた私も心ひそかに日本人であることに誇
りを感じたのを覚えているが、恐らくタイにおいても同様な状況下であっても略奪行為の
ような事は起きないのではと私は確信している。
決して経済的には豊かとは言えないタイではあるが、心の豊かさでは日本人が学ぶこと
が多いのも事実である。実に大人の国である。
よく「微笑みの国タイ」と表現されることが多いが、短絡的に日本人は、「タイの人は
優しい、何でも言うことを聞いてくれる」と考える人も多いが、それほど物事は単純では
ないことも事実であることも銘記しなければならない。大変に奥深い人々であるというの
が私の実感である。表現は悪いが手玉に取られる日本人も多い。
他にもタイ人の気質に関することは沢山あるが、本題に入りたい。
3.松下電器(タイ)の実例について
人材能力開発といっても色々な側面を持っているが、まずは制度的に会社として実施し
ていた内容について簡単に述べたい。参考になればと思う。
人材開発センターの設立
14 社の松下グループの関連会社の現地人社員に対する様々な研修を実施するために
2002 年に設立をした。研修の内容は営業、製造、情報、マナー、語学、松下電器の基本理
念、等々広範な内容であり、一年間の研修予定、内容、実施期間等を関連会社に通知して
各会社より研修参加者を募る仕組みである。実施費用は基本的に有償であるが、各会社が
予算を組んで負担をすることになっている。
従い、従業員個人の負担は発生しない。人材開発センターの責任者はタイ人(女性)が
就任して、現地人主導の研修を心掛けた。
先述の通り、松下電器は大変に社員研修に熱心な会社であり、そのことがタイの松下関
連会社にも浸透しており、現地人従業員も熱心に受講をしていたことを記憶している。
研修の内容によってはシンガポールや日本にて研修を受けるようなこともあった。これ
は特に上級者、幹部候補が対象であった。
タイ人は大変に真面目で熱心で積極的に研修に取り組んで、様々な知識や技術などを自
分のものとして習得する姿勢には私も感心することが多かった。
QC サークル活動
「草の根 QC 活動」は、日常的に各会社にて実施しているが、毎年関連会社(14 社)の
QC サークル発表会を開催して、各社で「予選」を勝ち抜いてきた優勝チームがタイグル
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ープ会社全体の優勝争いをする大会である。総合優勝チームは日本に派遣されて松下全社
の世界 QC 大会に参加をする仕組みになっている。
各参加チームは、それぞれ創意工夫を凝らして、QC 取り組みの内容について、会場の
参加者にアピールしようと面白おかしくプレゼンテーションを行なっていた。やはり日本
に出張出来るという優勝の褒美は効果大であった。
審査委員は、外部から専門家を招いて公平を期するようにしていた。
仕事のある平日に大会を開催することは難しいので、休日である土曜日に実施をした。
休日にも拘わらず会場が一杯になるほどの従業員が各会社よりバスをチャーターして
参加して熱心に内容に聴き入っていた。
このような行事は完全にタイ人が中心になって実施し、参加者が退屈しないようにティ
ータイムを設けたり、昼食をアレンジしたり、また発表内容そのものにもウィットに富ん
だ工夫がなされたりと、実に様々な配慮がなされており、毎年感心をしたことをつい昨日
の様に覚えている。
我々、日本人が中心となってこのような行事を行なうとついつい堅苦しいものになり勝
ちで、その意味でもタイ人の発想の豊かさを実感したものである。
先述のごとくタイの人々はどちらかというと大変に慎み深く、感情を表にだすことはし
ない国民性であるが、少しお祭り的な要素を加味して会社の行事などを企画し、現地人に
実施の詳細を任せると実に巧みに実行をするものであることを私自身も学んだ。
ミニ MBA 取得研修
タイの有名な大学であるチュラロンコン大学とタイアップして幹部候補を育成するた
めに実施をした。期間は半年。研修者は就業後または休日に大学の準備した講義を受けて
資格を得るのである。勿論、正式の MBA の資格ではないもののチュラロンコン大学との
提携プログラムなので、社員の間で評判は高く、毎年 10 名前後が受講していた。彼等は
ミニ MBA の資格を取ることで「箔」をつけて、例えば転職する際でもそれを売り物にす
るようなケースも結構多かった。
研修を終えての最終日にはチュラロンコン大学構内にて修了書を私から手渡して、幹部
社員全員で記念写真を撮り祝ったものである。
上記以外にも或る金型専門の会社は日本本社から専門家を招いて、「出前金型教室」と
銘打って 2∼3 カ月間の研修を行なったりして、現地人の育成を図ったりするようなケー
スもある。
日本(本社)での幹部社員候補研修に参加させるケースもある。これは近い将来の役員
候補社員を対象として、実施するもので、「松下電器の経営理念、哲学」を中心に会社への
理解をより深めて貰う重要な研修の一つにもなっている。
先述のごとく「物を作る前に人を作るのが松下電器である」ということは私の勤務した
海外の会社においてもその風土は根付いており、特に現地人からそのような言葉を聞かさ
れた時は、どちらかといえば斜めに構えている社員の多い昨今の日本のことを思うと複雑
な気持ちになることも暫しであった。
具体的な研修とは違うが、毎朝の朝会について述べてみたい。
38
海外の会社においても毎朝朝礼を行なうことが日課となっている。会社によっては社歌
を斉唱するところもあるが、普通は定刻になると職場単位で松下電器の「基本精神」(7 精
神と呼んでいる)を当番に回ってきた者が朗読し、それが終わると、その人が「所感発表」
ということで 2∼3 分のスピーチをすることになっている。スピーチの内容は全く自由で
あって、仕事のこと、家庭のこと、趣味のこと、様々である。中には会社の批判をするよ
うな場合もあるが、それも自由である。概して「健康」に関するスピーチが多かったよう
に記憶している。
控えめなタイ人にはこのスピーチ(所感発表)が苦手なようで、当番に回ってきた当日
に職場に現れなくて、慌てて代理の人が替わりに行なうようなこともあったが、お咎めは
一切なかった。大体の人は前日から一生懸命に翌日話すことを練習して出社するようであ
った。(これはタイでも、その前の勤務地であったマレーシアでも同様であった)
以上、私が属したタイの会社において実施していた内容の一部であるが、これ以外にも、
各職場単位、会社単位で独自のメニューを実施しており、必要に応じて日本から応援を得
たり、外部から講師を招いたりしていた。研修の内容は各会社に任されており、費用につ
いても殆どが会社側負担で、従業員の自己負担は無かった。
4.販売会社に於ける実例
上記とは別に販売会社に於ける実施状況の一部を紹介したいと思う。
タイの場合は、製造会社と販売会社が分かれており、販売会社はタイで製造された完成
品(テレビ、冷蔵庫、電池等々)や日本やマレーシアなどからの輸入商品(DVD、カメラ、
エアコン等々)を販売する会社である。
販売会社の相手先は現地の電気屋さんとなるため、より現地事情に密着した人材開発が
必要であり、一筋縄ではいかない現実があった。標準化が出来るような研修内容について
は、製造会社、販売会社の現地人社員対象に共同にて行なってきたが、販売会社のみのユ
ニークなものについて一つ紹介したい。
電化製品にはアフターサービスが必須であり、顧客が購入した商品が故障した場合には
日本で実施している内容と同じサービスを提供することになっている。
とはいえ、広い国土をもつタイで修理サービスを迅速に実施することは、どうしても全
国に存在する電気屋さんにサービス対応を依頼しなければならない。
地方の電気屋さんは家族で経営している小規模な店が大半で、そのためにはサービスを
専門に行なう従業員の教育、技術習得の為の研修が絶対に欠かすことが出来ないこととな
っていた。
そのために、毎年全国に点在する電気屋さんのサービス担当者をバンコックの販売会社
に派遣してもらい、約半年間をかけて修理技術、商品技術動向、更には松下電器の経営理
念までも勉強していただくようなプログラムを組んで実施した。派遣されたサービス担当
者は 20 歳代前半の若い人ばかりで、会社の近くの簡易ホテルに全員宿泊し、共同生活を
しながら、研修を受けるものであった。
毎朝の起床、朝礼、散歩等々も一日とて欠かさず、真面目さには驚くばかりであった。
半年の研修が終わると、研修終了証書を卒業式の際に一人ずつ手渡し、記念写真を全員
39
で撮って、それぞれの故郷に帰って活躍をするのである。
大変に地道な内容の研修ではあるが、若い人達が一生懸命に研修に参加をし、技術を習
得している姿に接していると、何らかの形で、タイの国のために役立つ日が来るだろうと
願わないではいられなかった。何事もそうであろうが、海外では特にこのような草の根的
な人材能力開発の実践の積み重ねが大切であろうと確信をした次第である。
5.幹部社員の育成について
タイ人は一般的には自己主張をしたり、積極的に改善の提案をしたりすることは少ない。
民主主義国家とはいえ、まだまだ「階級社会」的風土が根強く残っており、トップの権
力が絶大であり、どんなことでも上司の指示を仰ぐ傾向が非常に強い。社長が「白い」と
いえば「黒でも白」というぐらいの風土がある。
指示されたことは忠実に実行するが、自分でリスクをとってまで仕事を進めることは少
ない方である。
私が社長で着任して、まず驚いたことは、決裁書類の多さであった。毎朝、秘書の女性
が 20∼30 センチ以上にもなろうほどの書類をどっさり持ってくる。
それに全て自筆のサインをしなければならないのであった。内容を読んでみると常識的
には社長が決裁しなくても良い様な小金額の事項も実に多かった。加えて、決裁用の書類
には課長、部長、役員のサインなどもされており、何故に社長のサインが要るのか驚くば
かりであった。
また、私が直接担当していた販売会社では、毎週月曜日の朝には課長以上が集まってマ
ネージャー会議が行なわれていたが、ほとんど発言らしきものは無く、静まり返っており、
私が発言することのみを待っているような雰囲気であり、私の発言を一生懸命にメモする
ばかりであった。
今まで経験したオーストラリアやマレーシアとは違う文化風土がタイにはあり、それを
以ってタイが間違っているとかいうことでは決してないが、私が思ったのは、このような
風土の中で現地人の経営幹部を育成することは難しいなあということであった。とにかく
先述のごとく、トップが絶大であり、トップの指示さえ守っていれば間違っても責任はな
いといった中で、どのようにして風土を変え、人材を育成しようかということが最大の課
題であった。
何処の国でもそうであるが、そこの国、市場は現地人が一番知っており、現地人の活躍
なくしては事業の成功もあり得ないのであって、私の念頭から現地人責任者育成問題が離
れなかった。
今から振り返ってみて決して全て成功したとは思えないが、実施したことの一部を紹介
したい。
前述の如く、殆どの決裁書類が社長に回ってくることを改めようと、「社内決裁基準書」
なるものを作成した。その最大の狙いは、案件によって責任と権限の所在を明確にして、
現地人であろうと日本人出向者であろうと平等に扱うことで現地人のヤル気を引き出すこ
とであった。
人事に関すること、例えば採用、解雇、評価システムなども誰が最終決裁者であるかを
はっきりさせたり、金額の大小によって課長、部長にて決定権を持たせたり、会社活動の
40
ありとあらゆることまで、細かく決裁基準を決めて、それをタイ語、英語の併記書類とし
て徹底することを行なった。
それでも依然として決裁書類が減る傾向になく、よくよく書類に眼を通すと、決裁者が
例えば部長止まりであっても、役員がサインし、社長にまわってくるような始末であった。
秘書の方に決裁基準書を持ってもらい、社長決裁の要らないものは、全てつき返すように
徹底を図った。時間は掛かったが、このことで随分と現地人にも当事者意識が出てきたも
のである。
社員は高学歴でチュラロンコン大学やタマサート大学など一流大学を出た人も多く、間
違いなく優秀な社員が多かったのであるが、いくら声高に叫んで、「頑張れ」といっても無
意味で、やはり仕事は責任を与えて任せて、任せたならば一切口出しせず、一歩離れた処
から暖かく見守るぐらいの気持ちで接すれば、大変な能力を発揮するばかりであった。当
然といえば当然のことであった。
決裁基準書に従い、今まで出席していた会議も極力出ないようにした。また会議の内容
についても報告の必要のないものは一切聞かない様にした。結果として物事を決めたり、
実施したりするスピードが速まったことはいうまでもない。
実はこの決裁基準書は、私が以前マレーシアの会社勤務時代に作成し使用していたもの
をタイの実情に沿って作り直したものであって、マレーシアでの経験からタイでも必ず旨
くいくだろうと若干の自信はあったものである。
少し長々となってしまったが、「現地人幹部社員の育成」という観点から述べると、結
局は「責任と権限の範囲」を明確にして社内でオープンにし、それに沿って忠実に実行す
ることの積み重ねが大変に重要ではないかと確信をしている。
これはタイに限ったことではなくて、何処の地域でも同じことではないかというのが、
私のささやかな経験から言えることである。
いくら役員なり部長なりポストを作って現地人に就任させたところで、飾り物のタイト
ルであったりするケースが多く、優秀な人材を使いこなせずに終わってしまい、あげくの
果ては現地人が辞めていくような実例は実に多いものである。
言葉の問題や異文化の問題などもあって、ついつい我々は現地人に対し、「疑心暗鬼」
になってしまうことも多い。特にタイ人の場合は先述の通り、どちらかというと自己主張
をするのが不得手で(というよりも、それを美徳としている)、報告も自ら進んでするよう
なことは少ないために余計に不安を覚えてしまう。
仕事を任されたタイ人からすると、「任されたのだからいちいち報告することもない」
という言い分も立派に成り立つわけであるが、このような場合はやはり「牽制」の仕組み
を作っておくことが大事である。
一番簡単なのは、どのような場合に報告(中途経過も含めて)をすべきか等を明文化し
徹底することであるが、ここで気を付けなければならないのは、がんじがらめにルールで
縛り付けると現地人のヤル気を損なうことも多く、仕事を任せた筈が「こんなのならば、
一から百まで指示をしてくれたほうが、よほど気楽だ」といった不満が間違いなく出てく
ることである。我々が一番留意しなければならないポイントではないだろうか?
タイの人は大変に優秀である。何度も経験したことであるが、残業手当も付かない幹部
社員が徹夜であるイベントの準備をするようなことも何度か経験した。
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日本では考えられないぐらいである。「任されていると実感」した時に発揮する彼等の
力は大変なものである。そのことを忘れてはいけないというのが私の経験から言えること
である。
6.失敗の実例
エピソードを紹介してみたいと思う。日本の常識がタイでは非常識ということになるか
も知れないが参考になればと思う。
或る工場責任者(日本人)がタイ人の社員を人前で叱りつけた。言葉の問題もあって日
本語で烈火のごとく叱責した。その場はそれで収まったが、2∼3 日後その日本人の行きつ
けのカラオケ店を出たところ後ろから何者かにバットのようなもので襲われて重症を負っ
た。犯人は分からず終い。
日本から着任まもない社長が風土改革の一環として社員の制服制度を週に一度だけ、カ
ジュアルデーとして私服にしようとしたところ、大変に不評で、それを実行したのは日本
人出向者だけであった。
従業員の誕生日を祝う為に、誕生昼食パーティーを企画し、社長や幹部日本人が出席の
もと実施したところ、全く盛り上がりにかけてお通夜のような奮囲気になってしまった。
社長は自ら張り切って、仕切っていたのに、結局中止の羽目になった。
他にも沢山あるが割愛したい。人材能力開発とは直接に関係の無いことのようではある
が、共通しているのは「異文化対応」の欠如ではないだろうか。短絡的な日本式押し付け
はけっして旨くいかないということではないかと考える。
7.経営の現地化
タイのみならず何処の海外の国においても、「経営の現地化」「経営の現地人化」は多く
の進出企業のテーマ、課題であるといえる。
私の経験を通じた経営の現地化について様々な観点から述べてみたい。
経営の現地化は何故に重要かというと、結局のところ、日本と違う市場(国)において、
一番効率的な経営を実践し、業績の向上を求めようとした場合に、日本人出向者、駐在員
だけでの活動では限界があるということである。加えて、人件費等コスト面でも大きな開
きが存在することも否めない。タイでは何十倍もの人件費の差が生ずる場合もある。
ましてや、現地の市場を相手に活動をするような会社(例えば販売会社)などは、その
国の歴史、文化、習慣、言葉等々を理解した上で活動をしなければ、旨く事が運ばないこ
とも非常に多い。
私の場合は、活動の主が販売会社であったために、経営の現地化は待ったなしの状況で
あった。そのためには、経営活動の多くの部分を委ねる現地人幹部社員の育成が大変に重
要であった。
ふさわしい人材を得て、重要ポストに就けて、仕事を任せてやれば、殆どは旨くいくも
のであるが、とはいえ困ったケースや経営の現地化を阻害する場面に出くわすこともまま
あった。
その原因の多くは日本側(本社)に存在することであった。例えば、日本側から出張者
が来て会議をするとしても、気がつくと殆どが日本語での会議になってしまい、現地人幹
42
部が置いてきぼりになってしまうようなことも多かった。
また、折角苦労して現地人が作成した資料、報告書も日本語でないという理由で重宝さ
れなかったり、日本での会議に現地人を出張させても他の参加者と同様の扱いを受けなか
ったりで、失望するようなことも多かった。私の所属していた会社(松下)は随分と国際
化、グローバル化の進んだ会社であったと自負しているが、それでも場合によっては前述
のようなことも起こるのである。
また、「仏作って魂入れず」のごとく、役員や部長に現地人を登用しても、それにふさ
わしい権限を与えず、外部から見ると現地化の進んだ会社に見えるものの、実際は「見せ
掛けの現地化」で終わってしまうような場合も多々あった。
私は、現地化というのは、日本人であれ、現地人であれ、同じ職種では全く同様の扱い
をするということが一番大事なことではないかと考えている。またそのことを、本社も含
めて同じ様に理解し、何処の国でも実践することが「現地化」を促進することになると考
える。
日本人出向者の多くは、自分の任期中の業績だけを追いかけて、中長期的な観点から「人
材の育成」「経営の現地化」をついつい疎かにし勝ちである。その日本人が帰国したら会社
がガタガタになって業績も下がってしまうようなことになってはいけないし、優秀な現地
人がしっかり支えるような会社は、そのような事は起きないものである。昨今はどこの業
界も競争が厳しく、悠長に構えてばかりはおれないが、タイの国では物事を長期で観るよ
うな視点を忘れてしまうと、余り良い成果に結びつかないことを特に銘記しなければなら
ないと思う。
その鍵はやはり「人材」ではないだろうか?というのが私の結論である。
43
第3章
1.
建設関連産業
はじめに
企業の「人づくり」とは、経営資源(人、物、金、時間、情報)を活用して、まさに企業
そのものをいかに運営し、いかに成長させるかということで、企業の経営トップの基本方
針に基づく「企業つくり」、「人づくり」を意味している。
ここに建設関連産業(サービス産業を含む)として、タイ国での小規模企業の設立から
の成長過程を見ながら、「人材育成」をどのように進めたかの例を取り上げた。
ここで先に少し、日系企業が活躍しているタイ国の産業構造に触れて見る。
タイ国の産業構造変化を GDP ベースで見てみると、1960 年代では農林水産業が 33%、
製造業が 14∼15%であったのものが、1985 年以降急激に変化し、2005 年では完全にその比
率が逆転し、農林水産業が 9.9%、製造業が 34.5%となった。
そして 2005 年現在のタイ国の主要輸出品目は、自動車・IC・電子部品・その他の電気製品
等の工業製品で、その比率は大体で 85%で、農業水産鉱業物資が 10%前後となっている。
まさに「見掛けは工業品輸出国」であるが、産業別の就業者数においては、今だ 40∼50%
が農業従事者であり、その点では「主要産業は農業」ともいえる。
また、タイ国への外国投資額の国別の比率おいて、日本は 45%近くであり、他国に比べ
ても圧倒的である。日本の製造業がタイ国へ移ってきたともいえる。
日本の製造業の進出増加に伴い、その製造業を支える情報・金融・商社・運輸・人材派遣・観
光・生活サービス産業、いわゆる 3 次産業も必然的に増加傾向にある。
タイ国へ進出した日本企業のうち概ね、2 次産業である現地製造業は 50%、3 次産業は
44∼43%、建設関連は 6∼7%となっている。
日本企業におけるタイ人就業者数では、製造業が圧倒的に多いので、「製造業の人材育成」
は非常に重要な課題となってきているが、建設関連企業も同様に、その製造業をサポート
するサービス産業分野の一部として益々重要性が増し、その品質向上と人材育成が課題と
なっている。
ここに製造工場の建設・操業をサポートする、特に重要な電気機械設備の工事・保守・
改善サービ業として設立された企業を、2001 年 6 月から 2007 年 6 月までの 6 年間の会社
設立からその経過を辿り、タイでの小企業の「人材育成事例」の一つとして取り上げた。
この事例が「人づくり」のヒントになれば非常に幸いである。
2.
会社事業概要
2.1
会社設立から 7 年目の現在の会社事業概要
○業務内容
①工場建設、工場電気機械設備の改善提案、保守工事、装置据付
②電源設備のトラブル対策、節電コンサルティング、計測サービス
③無停電電源装置(UPS・AVR)の販売、輸出入、保守サービス
④省エネ機器の研究・開発・販売、省エネ支援機器販売
⑤計測・測定機器・温度記録計・環境測定機器等の輸入・販売
○従業員数
44
(1)タイ人:10 人(機器販売・輸出入・建設・工事・保守・サービス)
(2)日本人:2 人(経営全般・技術開発・コンサルティング)
○資本金・資本構成
(1)出資資本金:6,000,000 バーツ
(2)タイ側:58.5% 出資会社 2 社、個人出資 4 名
(3)日本側:42.5% 出資会社 2 社、個人出資 2 名
○売上高構成
(1)建設・保守・改善・コンサルティングサービス(80%)
(2)機器販売(20%)
3.
会社設立の経緯
3.1
タイ国での新規事業の開始
(なぜタイ国で新しい事業を始めるのか?)
筆者は、インドネシアでの建設経験やタイ国でも数多く日系製造工場の電気機械設備の
建設経験があったので、その分野に関連した事業ならば、無理をせずに慎重にやれば、それ
なりの事業運営はできると考えていた。しかし個人の意思で起業してみて、地域社会にどん
な形で貢献できるのか?事業を始める以上、10 年後、20 年後、そしてどのような形で事業を
タイに残すのか、又は閉めるのか? 信頼出来るタイ側パートナーが得られるかどうか?
資本金を如何するのか?
日本の会社で出資してもらえるところがあるのか?
仕事をもら
えるところがあるのか? 全てが未確定であったが、これまでのタイ国で継続しての 13 年
間の現地合弁会社の責任者として、それなりの経験も重ね、また、人脈にも恵まれたこと
などから、健康でさえあれば、小規模から始めれば何とかやっていけるとの決心ができた。
3.2
事業形態と事業目的の確立
タイ国の外資導入政策に沿った輸出中心の製造企業に加え、その製造業をサポートする
各種の産業が(例えば資材を順調に安定して納入する商社・運輸、資金を準備・回転させ
る銀行、駐在員の生活をサポートするサービス業、それに工場を建設・保守する建設業、情
報サービス業等)上手く噛み合って、その国の産業全体を安定して発展させていくもので
ある。
これらの建設関連産業も含めた第 3 次産業は、直接は輸出に貢献はしないが、間接的に
必要な産業として、必然的に増加していくものである。
現状では建設関連産業は、タイ国に対する外国投資産業としては歓迎されておらず、厳し
い規制の中にある。その出資比率の制限からもタイの現地合弁企業となる。この分野で事
業を開始する場合、「タイ側がマジョリティーを持つ現地会社を外国人がリードする」とい
う大きな矛盾の中で、事業を運営することになる。このような状況の中でも、現地合弁企業
として日本企業と必ず、「共存共栄が出来る事業の形態」があるはずで、それに沿ってやっ
て行かねばならない。
タイ国の輸出に貢献する製造会社の製品の品質を保つためにも、第 3 次産業の分野にお
いて、地元業者だけでサポートするのは不充分で、それを補い共同する形で貢献できる余
地が充分ある。生産工場竣工後の 10 年、20 年先を考えると、工場の保守・維持・事故予防・
45
改善の仕事が非常に重要になってくる。タイ国の多くの現地製造工場も、また多くの日系
製造工場も、保守・維持・改善・事故予防について充分な対策が講じられておらず、将来
の工場操業や品質に悪影響を及ぼし、損失が大きくなることが予想される。
これらの状況をつぶさに見ると、「生産工場の予防保全に対応できる人材・要員を早く
育てなければならない、工場操業は必ず行き詰る。」と痛感した。
同時に、この国の工業化が更に進む中で、国の方針とは裏腹に、一般に未だエネルギー
節約に感心が薄く、省エネ、節電対策が遅れているので、今から改善に取り組まねばなら
ない。タイ国も工業製品輸出国として、中国の追い上げもあり、品質と価格の点において、
非常に厳しくなることが予想される。
このため小さな会社でも貢献出来ることで、「設備の改善・省エネ・工場メンテ等のエ
ンジニアリングに対応できる人材を育てること」を事業目的とし、また、タイ国の国策に
沿う形で、「日本に輸出できる関連分野のタイ製品を探し、輸出すること」も当面の事業
目的とした。
3.3
事業の具体的内容を決める
(日本の出資協力会社の中で具体的事業や製品で売れるものはないか)
過去の経験分野の中から、自分の専門分野で対応できる工場電源設備分野を事業のメニ
ューとし、日系企業の「製造工場に対する設備診断・改善提案
メンテナンスとその指導 /
/ 電源トラブル対策/ 工場
工場の省エネ提案・省エネ機器販売」等を当初のサービス事
業と決めた。
そして、輸出に貢献できる製品として、「タイ国製造、無停電電源装置(UPS)」を最初の
輸出商品として取り扱うことを決めた。
3.4
会社設立
(1)
株主の選定、パートナーの選定
企業発起の前の株主の選定では、資本金も小額であるので、日本側・タイ側株主も非
常に簡単に協力会社を得ることができた。
実際の現地合弁会社運営に当り、最も大切なことは、「良いパートナーを得ること」と
「事業の明確な目標を設定すること」で、将来にわたって永く企業が繁栄を築くことがで
きるかどうかにも関わってくる。この会社の設立時においては、いまだ「良いパートナ
ー」が確定していなかった。
(2)
人材の採用開始
設立当初、知人の紹介で最初に1人の女性を採用した。 当時 34 歳で、チェンマイ大学、
英文科出身で、これまでに社長秘書、購買担当などの会社職歴がある女性を事務所のマネ
ージャーとして採用し、会社事業をスタートさせた。
私の一番の社内パートナーとなるので、「完全に英語でコミュニケーションできる」こと
が条件であった。将来も企業の中枢となる最も重要なポジションで不安はあるが、兎に角
やってみることにした。
続いて、新聞広告で募集したチェンマイ大学の電気工学科卒業のエンジニアの 2 人と
テクニシャン 2 人を採用し、事業を開始した。
46
(3)
人材採用経過
事業開始より 6 年あまりで、第1表の結果のように 427 人の書類応募に対して、115 人
の面接試験・筆記試験をした。その間 19 人を採用したが、途中で 11 人が退職し、現在社
員として 8 人が残っている。
ここで、一番定着率が悪く流動的であったのは、大学卒業男子エンジニアで、7 人を採用
し、4 人は試験雇用終了時に不採用としたが、2 人が 5 年を待たずに自己退職してしまい、
現在 1 人のエンジニアだけとなっている。
地方の工業高校卒男子テクニシャンは 5 人を採用したが、2 人は試験雇用期間終了時に不
採用としたので、現在 3 人が残り活躍している。
表1
会社設立当初から 6 年間の人材採用経過
応募方法
面接後
採用後
知人による
書類を
インターネット
紹介
郵送
e-mail
面接試験
採用決定
自己退職
マネージャー
1
0
0
1
1
0
エンジニア
10
10
210
58
7
6
テクニシャン
5
10
110
26
5
2
会 計
3
0
45
20
4
2
事務員
5
0
18
10
2
1
24
20
383
115
19
11
合 計
このような募集採用結果から見ても、「人づくり」の前に、「人えらび」が重要であり、企業
が「必要とする人材」で、本人も「将来にわたり能力を発揮できる職場・職種であるか如何が
その基準」で、可能な限り時間を掛けて慎重に選抜することも必要である。タイ国では、
「流
動する人材を使って事業が継続できる方策」を常に考えておかなければならないともいえ
る。
(4)
適材適職と職場づくり
採用を決めても、「出来ない人」、「ダメな人」を大切なポジションに就け、会社運営に苦
労したり、失敗したりすることが多くあるので、試験雇用期間中に「早めに適職をアドバ
イスし、不向きな場合は転職を促す」ことが大切である。会社側の一方的な都合のように
見えるが、両者の将来にとっては、むしろ良い結果を生むのではないかといえる。
それでは、逆に雇われる側から見ると、この会社側に問題はなかったのかというと、や
はりそこには、給料や条件に満足できないという理由がどうしてもあり、また上司との
人間関係、社内の雰囲気、社長との相性・方針の不一致等の問題もある。
どこの企業であれ、「中小企業はトップ次第」ということになるので、タイ語の読み書
きも充分でない日本人経営の日系企業では、その言動に敏感で、取り返しがつかないケ
ースも多々あるので、大いに配慮する必要がある。組織の小さい中小企業では、なおさ
47
らタイ人は「職に就く」というより、「人につく」傾向にある。
タイ国における日系企業の一つの大きな弱点として、「社長や職場の上司が短期に変わ
ってしまう」ことがある。これまで認められて能力を発揮してきた社員が、新着任社長
の発言や方針で萎えてしまう結果が大いにある。ここにも日系企業でのできる社員の転
職理由があるといえる。
タイ語で
サヌックマーク
という言葉があるが、これは職場が楽しいということで、
日本人の硬い雰囲気は好まれない。職場の雰囲気作りも、「中小企業ではトップ次第」
ということになる。
4.
「人づくり」の方針
(企業の目標をタイ語・英語・日本語で明文化する)
なぜタイ国で新規に起業するのかとの疑問に、自分なりに回答を与え、「会社設立の目
的」に加え、「会社理念」、「経営方針」、「創造と研究」を「人づくり」の基本的方針として
明文化した。
下記の言葉を企業目標とし、初めは中々理解されなくても、新人が入社する度に必ず説明
し、何度も繰り返して話すようにしている。もちろんタイ語に翻訳し完全に理解させるよう
にしている。
「会社設立の目的」“The Purpose of Establishment”
(1)文明・文化を尊重し国を越え、良い経営資源を基に、開かれた組織を作りあげること。
(2)社会的使命を自覚し、技術を磨き、結果を喜べる職場を作ること。
「企業理念」“Philosophy of the company”
(1)経営資源(人・情報・時間・物・金・感謝)を元に、社会に対し「満足」という価値を提供し、
変化に対応し経営を円滑に維持・発展させていくこと。
(2)経営者は正しい目標を持ち天職として事業を発展させ「人」を育てていくこと。
(3)働く従業員は理想と夢を持ち、現実に起こる事に勇気をもって戦っていくこと。
「経営方針」“Management Policy”
(1)量よりも質を尊び、ナンバーワンを目指し、社会的に利用度の高い技術・製品を提供
すること。
(2)人格主義を土台に実力本位の分配を行う。
(3)資源とエネルギーに関心を持つこと。
「 研究と創造 」“ KAIZEN and BENKYOU is Our MOTTO ”
(1)改善・工夫は無限、無駄を排することを忘れないこと。
5. 会社の成長と人材育成過程
5.1
設立当初
会社の目標が決まり、最初のスタッフ 4 人(オフィスマネージャー1人、新卒エンジニア
2 人、テクニシャン 1 人)が集まり、営業を開始した。当初の仕事では、社長の私が先導して、
現場で指示しながら作業をやらせる形で、現場での用語、工具の名前、材料の名前、計画、実
行、報告、記録、ファイリング方法、ビジネスマナー等すべてがOJTであった。
客先としては、日系企業を対象としていたので、最小限の日本語会話からビジネスに必要
48
な基礎英語を教えながら、生産現場でも使用されている 5S、TQC、5W+1H等も最低限必要
な知識として理解させる努力をした。入れ替わる社員の不足している基礎知識を補うこと
やコミュニケーションを確実にするため、毎月 1 回土曜日に「社内勉強会」を開催した。
多くの問題発生の原因は、知識不足やコミュニケーション不足から発生している。
「社内
のビジネス言語は英語を原則とすること」を決めた。
標語としても“Good Communication for Good Work”として掲げ、確実にコミュニケー
ションできることを目標に、ミスが発生しないように、指示内容を確認する毎日であった。
どこに問題発生の原因があったのか分析していくと、「基礎的な知識不足」、「コミュニケ
ーション不足」、それに「相談・報告せずに自分の判断で進めてしまうこと」が主な原因
であることが分った。
技術的問題の場合は、原因・結果・対策を報告記録書として、ファイリングすることを
習慣化させる日々であった。そして、その報告記録は「宝物として蓄積」出来るように、
「ファイリングシステムを作ること」を重視した。
新会社として実績を積むことを重視し、利益より信用を第一として、失敗せずに、小さ
な仕事を一つずつ積み上げていくしかなかった。
5.2
3 年目
総勢社員数が 10 人となり、目的とした改善提案の仕事や省エネ事業の実績も積む事が
でき、工場の保守工事やメッキ装置の据付工事も継続的に入るようになった。また機器販
売の仕事も増加してきた。
しかし、会社の資本金の 6 百万バーツが 30 万バーツに減少し、1ヵ月の経費分しか残
っていない状態になった。
そこで社員全員が参加している会議で、
「3年前の会社の資本金は現金で6百万あったが、
今月は 30 万となった。最初は未経験であった君たちが、一通りの仕事の経験を積み、自
分でもかなりできるようになったし、顧客も増えて、販売商品も増えてきた、資本は減っ
ても、実績が出来たので、これからは実績や君たちの経験がお金に代わっていくので、あ
まり心配していない。会社は設立当時と同じ価値がある、見えないがそれ以上の価値があ
る」と説明した。
「この会社は社長が給料を払うのではなく、皆さんがこれまでに得た知識と経験をお金
に換えて、社長に少しずつ払ってください。社長はそれを助言指導するのが仕事です」な
どとも話した。
経営とは「いかに雇い、いかにペイするか」などと言われるが、その反対の「社員が社
長に給料を払う」、そんな会社は聞いたことがないので、社員は理解出来たかどうかは分
らない。その後はなぜか少しずつ、資金は増えていった。
「中小企業は金がないから強い」
昇進や昇給、賞与はいかに払うかという点では、毎年試験をし、知識の習得具合を確認
し、少人数であったので、面接による個別指導も行っていった。
また、表 2 の様な自分の仕事の理解度や上司の評価と比較できるものをつくり査定する
ようにした。
表2
自己評価と上司査定表
49
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
1
2
3
4
5
評価項目
自己評価
仕事上の必要な知識習得
仕事に対する熱意
仕事に対する責任感&利益達成
工程・納期管理
仕事推進の為のリーダーシップ
交渉力と他との協調
コミュニケーション能力と即答
問題処理対応力
部下や業者への指示
語学 日本語 英語 の単語力
社内規則の遵守
会社目標の理解
最新技術収集能力と実行動
創造的発言と表現
顧客に対するサービスマインド
良い人間関係に対する努力
販売製品や会社営業力
部下に対する公平性、教育熱意
顧客や会社に対する信頼性
勤勉性とその努力
文章による事故報告・クレーム報告
5W1Hに対する理解と実行
5S+1Pに対する理解と実行
ホレンソウに対する理解と実行
書類のFilingシステムの確立と管理
改善提案と実行
合計
平均
得点評価
91∼100:Excellence
18∼90:Above Average
61∼80:Average
41∼60:Fair
1∼40:Poor
現物は英語とタイ語で書かれている。
上司
よく出来た。
平均以上である。
平均的に出来た
平均以下である。
かなり不足している。
マネジャー
総合得点数
第2表 自己評価と上司査定表
5.3
5 年目
その当時、3人のエンジニア A、B、C がいたが、設立当初から働いてきた大卒者エン
ジニア A は出来が良く、将来マネージャーとして、将来を託す気持ちになっていたが、5
年を待たず辞めていった。その退職理由は、お金ではないとのことであった。もう1人の
中途採用の年上エンジニア B から、「就職して一つの会社で長く勤めるより、色々な会社
を経験した方が良い」と耳打ちされていたようで、説得したが無駄で辞めていった。「大
卒エンジニアでは、幾つかの会社を、経験をした方が良い」という風潮がある。英語はあ
50
ダイレクター
まりできなくて、当時頼りないと思っていた残りの1人のエンジニア C が現在活躍できる
ようになった。当社でも結局、学卒の生え抜きはいなくなり、現在の社員は全員 2 度目の
会社となっている。
5 年を超えた 33 歳のテクニシャン A は、四則計算は出来るが、電気のオーム法則、電
力計算も難しい、計算が非常に弱いが、英語での指示は確実に通じるようになった。会社
の「勉強会」で教えたことは努力して覚え、現場管理や客先の対応などは、非常によく気
が利いて、現場の下請け職人を 30∼40 人をまとめる事ができるようになり、信頼して仕
事を任せることができるようになった。
与えられた「仕事が上手くできるようになると、自然とタイミング良く報告・連絡・相
談(ホウレンソウ)ができる」という成長の変化が目に見えてきて頼もしく思えるように
なった。客先からも継続する仕事では、指名されるようになってきた。
物つくりの点でも、できばえや工夫の程度は 80 点位だが、商品の改善や製作も自ら進
んでつくりあげることができるようになってきた。
もう一人の 4 年を迎えた工業高校卒のテクニシャン B は、技能・技術の習得には熱心で、
技術資料のファイリングや現場技術は良く覚えてくれる。先のテクニシャン A とは逆で、
ホウレンソウが中々できない。本人は努力しているが、根本的に英語が聞き取れないので、
電話での正確な報告ができない、またそれに加え、こちらもタイ語が上手くできないと言
う難点がある。
少しずつは改善しているが、やはり「言葉の厚い壁」を感じている。英語ができない苦
労するのも、こちらがタイ語を学ぶ苦労も変らないので、「キーワードになるタイ語の単
語を一つでも覚える」ことの努力は今も怠らない。
5.4
7 年目の現在
会社の経理 D は短大の会計学科卒業で 4 年目になる。通常の会計業務のほか、資金、売
上統計、決算なども行い、ファイリングも非常に上手く、自分で日本語の勉強も熱心で、
会議での営業や技術的なことも理解が早く、経理業務以外のことも的確に処理ができる。
「「経理」と言うのはお金の計算だけでなく、中国では「総経理」と言って、マネ−ジ
ンジングダイレクターを意味し「社長」と同じく、会社の全てのことや動きを理解してそ
の職に当たります。将来は社長職にも繋がります。貴方も充分その可能性があります。」
と説明した。その後は、さらに技術的な理解努力も怠らず、分らないことは質問し、知識
を吸収していく態度がうかがえるようになった。知識吸収力があるので、本人の希望も入
れ、技術の管理職に配転しても良いと考えている。日本人以上と思えるほどである。
5.5
日本人の職業感とタイ人の職業感の相違点は何か
タイ国での経験から言えることは、日本ではその卒業学歴から、入社当時から技術系、文
科系と分けて枠にはめて仕舞いがちだが、先入観や枠には捉われずに、男女の仕事分担で
も、タイ国ではフレキシブルで、力仕事でも農作業で鍛えた女性の多くは建築現場でも働
いている。適材適職を優先した方が良いといえる。人材として対応力や理解力があれば、
教育・訓練・指導次第で文科系学科の卒業であっても技術職でも充分やっていける経験を
している。
51
タイでは日本の小中学校で学んだ程度の「基礎学力とやる気と感性(感の良さ、柔軟性、
理解力)」があれば、文化系であろうと技術系であろうと、その枠を超えて充分対応してい
けるケースがよくあるといえる。
当社の例では、女性のマネージャーは英文学科卒だが、科学に対する興味もあり、6 年目
で既に大学での専門外の電気機器の無停電電源装置(UPS)の機器仕様については、説明・
解説・選定相談・問題解決に至る対応が出来るようになっており、また当社が取扱う環境測
定機器の仕様説明を勉強しながらでも客先に説明できるようになってきた。初歩的な知識
を含めて教えるには時間が掛かる、そんな悠長なことはできないとの声が聞こえてきそう
な気がするが、不安定な大卒エンジニアを教育するより、長期的には男女を問わず、
「意欲
のある人材を発掘し、教える方が得策」とも言える。
タイ国では「管理職、マネージャー職は女性の方が適職」であると言える。
5.6
技術を教えることは、文化を学ぶことか
筆者の前職歴時も含め数百人の大学卒エンジニアの採用面接試験から言えることは、常
識と思われる「一般的な基礎知識がかなり不足している」ことである。
日本の小学校や中学校で習っているはずの知識内容はタイとは大きく異なる。
例えば、タイの学校では地理や地図は習わないので、大卒者でも5割位の人は、自宅か
ら面接に来たここへの道順を示すことができない。距離感覚でも、100m の実際の距離が
500m であったり、また水の沸騰温度、水の凍る温度が分らなかったり、気温で暑い、寒
いなどと言うが何℃か寒暖計で測った経験がない。更に例を挙げると、1 リットルの水の
重さは何 Kg かを工業大学卒業者が答えられないこともあり驚いた。元素記号や分子記号、
5つ以上回答できれば良いほうで、専門以外の知識・常識の範囲が非常に狭く、将来も問
題の本質的解決や改善の提案などはかなり時間が掛かるといえる。
このような工業的基礎知識の不足は、なぜだろうと深く考えると、高校・大学の教育問
題以前のものであり、「気候・風土・文化に根ざしている」と思える。
つまり、子供の頃から、野に遊び、優雅に温暖な気候の中で育ち、本を読み文字や数字
で悩むことのない環境で大人にまで育つと、アルファベットや数字を扱う工業技術の世界
に適応していくには、本当に時間が掛かる。会社に入ってから基礎教育をしていては生産
現場には間に合わない、世代を超えて、あと 20 年以上も掛かるのではないかと思われる。
タイ国家の歳出予算の内、教育関連では 20%以上と最も高い(日本のそれは 8%程度)
配分比率ではあるが、現実は地方における教育者・先生の給料は安く、なり手がなく、就
職先の見つからない人が先生になり、教育能力や熱意とは別の次元で教育に携わっている
現実がある。
現在、当社でも必要な技術を教えるとき、基礎的知識レベルを確認しながら、解説も合
わせて、「人づくり」の一環としてやっているのが現状である。教える側の知識の方がそ
れ以上に増えていく結果となっている。
会計業務を「会計技術として言えば、非常にすばらしい」と言える。納税処理や税金処
理では、ほとんど間違いなく非常にスムーズに進んでいる。国からの指導や教育が良くな
され、会計セミナーなど年に何度か召集される。つまり国が「徴税のための施策はちゃん
とやっている」ということである。
52
しかしその反面、技術立国的な目標がなく、工業技術に対する施策がほとんどなされて
いない。各種の技術者としても資格制度(あることはあるが)の責任・義務や規則・法律
ができていないので、エンジニアが自信をもって発言できる基準がないということで、残
念ながら「エンジニアとしての人材が育たない環境」にある。自発的な「技術の学会」や
「研究機関」が非常に少ない。
これも立国としての「教育文化の結果」と言えるのではないか。
5.7
タイ人から見た、日本トップは大丈夫
(日系企業の日本人に対して、タイ人スタッフはどう思っているか?)
日本人とタイ人との最初の会話では、日本人に対して「何年タイにいますか?」との質
問に対して、「5 年ですか、長いですね!」、「エー、10 年ですか!」と驚く。「15 年?な
ぜ日本に帰らないのですか?」となってしまう。
つまり、会社の社長でも長くても 5~6 年で日本に帰ってしまうのが普通と理解している。
新規に赴任してきた社長は、日本を向いていて、日本の命令で任期を終えれば帰国して
行くだけで、根本的な問題は何時も置き去りとなる。
そこで口には決して出す事がないが、日本人は頼りなく、無責任と言う感情を抱く(日
本人が「責任」と言う言葉はタイ語での責任と意味する内容が異なるのではないか?)、
そこで育つ人材もその程度となる。
3 年間の駐在で、100 回ゴルフをしたと言うほど、ゴルフ好きの日本人だが、新規にタ
イ国に赴任された方は、出来るだけ早々に、タイ国の地方旅行などをすると、目を見張る
発見があるので、広く風土・文化を知るのに役立つ。
日系建設会社で 15 年間働き、ダイレクターまでになり、日本から派遣されてくる社長
よりも実務が出来る優秀な社員が、ドロップアウトしてしまうケースがある。真面目に長
く勤めれば勤めるほど、その落差大きく、本人にとって不幸と思えるようなことも発生す
ることがある。そんな日系会社では、将来性が無く、愛想をつかすのは当然といえる。勿
論、立派に現地合弁企業として定着した会社もあるが、中小企業では「長期に駐在して上
手く経営できる人材が見つからない」ということに加え、「タイ人の人材も逃げていく」
ので良い人材も集まらないという悪循環にも陥る。
5.8
タイ人の改善意識を高めるにはどうすれば良いか
お客様の立場にたって、将来を考えると、そこには必ず改善点がある。「改善・工夫は
無限」と折に触れ喋るが、社員には肌から染み込めばよい位に思っている。私のタイ語で
は説明出来ない抽象的アイデアを英語で説明しても、そのとき理解できてもタイ語として
の記憶には残っていないと思われる。
「言葉は文化」、その壁を越えて、人材を育てることには時間と根気とお金が要る。見
たことのない日本の産業文化を教えることは、当然限界があるので、当社のようなサービ
ス産業でもほとんどが仕入先、取引先が日系であるので、日本に研修に行かせる機会を作
るようにしている。幸い、当社の社員 8 人の内6人を「日本研修」させた。
(中小企業は金を出さずに、アイデア出そう。)
常に考えるタイ人を育てる方法として、「日本産業文化の一例として、特許の実例を利
53
用すること」を考えた。事務所でちょっとした改善や工夫、アイデアを出すことを、具体
的に絶やさずやって見せることにしている。そしてそれを認められる形で記録することを
一つの方法と考えた。
具体的には一つのアイデアを、テクニシャン A、Bの試作協力や会計が描いた絵図を加
え、マネージャーの出願書類作成により、タイ国で 3 件の実用新案登録を済ますことがで
きた。日本への研修旅行でも、マネージャーと会計の 2 人を連れて、日本の特許庁見学を
した。比較対象が 2 つ以上あると、物事を立体的に見ることができ、知恵がついてくる、
そういう意味で両国の特許庁を見学した。日本でも 2 件の実用新案登録をする事ができた。
たゆまず改善・工夫している実例を見せていると、「日本が改善を皆で常に考えて、生
産技術をあげてきた」方法の一つが理解出来るようになってきたのではないかと、その成
長の変化を少しずつ感じている。
将来、会社のリーダーに育ちそうな人材には「好奇心を育てる機会を作る」こともトッ
プの役目と感じている。
それでもタイ国で日本人がリーダーとして会社運営する限り、
「会社の基本的な目標や理念は何時もしゃべり続けなければならない」。会社設立から 3
年、5 年と成長の経過を話し、10 年後の目標を話すことで、先の明るさを示そうとしてい
る。又、自分に対する励ましになるので、
「10 年後は私たちの会社は一番になります」と
社員を励まし続けている。
6.おわりに
紙面を借りて、報告した訳だが、その内容が建設関連産業企業の「人材育成事例」と言
えるかどうか筆者も大いに不確かなところである。むしろ生産工場をサポートするサービ
ス業で、小規模で特殊な個人的な企業経営の単なる一例に過ぎないと思われる。
海外に多くの生産工場を持っている大企業は、タイ国でも進んだ生産システムを新設工
場に投入しているのとは逆に、創業してから 10 年 20 年以上にわたり操業している中小企
業の工場は、一般に人材不足を含め、品質・納期や価格の点で、非常に厳しい状況にある
といえる。
タイ国に進出している日本企業は他国に比べ、
「教えすぎ」と言われていることもある。
作業者レベルの人には、それなりの作業を与えればよい、流動する技術者には、それだ
けの取り扱いをすればよいと言われている。
しかし、教えなければ製品に不良品が出る、製品の質が向上しない、納期が守れない、
日本人を入れるとコストが上がる。やはりどうしても教えなければならない。現状では「そ
の教育訓練費用をコスト」として最初から考えておかねばならにない。また不足する専門
的人材を“Out
Sourcing”する方法で補うことを考えることも必要といえる。
筆者の長い海外業務の本質は、日本の進んだ工業技術を、遅れた東南アジアの技術の向
上に貢献することで、日本人としての価値ある仕事と、一方的に思ってやってきたが、2
0年前と何が進んだのか、その技術の差は解消されてきているのか、向上したのかという
疑問は残ったままである。
タイの気候・風土・文化、それに教育文化の背景を考えながら、「深まる工業技術や広
まる知識をどの様に伝え、
「物つくり」を日本人とタイ人とでどのように分業していくか」
という問題に、直に答えをだすことはできない。
54
グローバル時代の人材育成というと、製造業から始まった海外進出であるが、製造業の
人材育成を対象とするだけでなく、時代の変遷を見て、サービス業の比率が高まるなか、
全産業にその対象の視野を広め、国家間の利害を調整しながら、人材の発掘と育成を進め
る時代でもあるのではないかと思える。
「製造業は木の幹」、「サービス業は木の葉」、「農業は木の根」、「葉の裏に知恵の実を
隠し」、「風が葉を撫で」、「水は命をつなぎ」、「光は循環を促し」、タイの大地に茂る木々
が森林となり、人はそれを見て喜ぶように、産業の調和がすすめば良いと願う。
55
第4章
食品産業
1.はじめに
(1) 企業の紹介
私は、東京にある本社からタイ赴任を命ぜられ約 20 年前にバンコクに着任した。
当初は現地企業に資本参加して、農畜産水産原料を OEM で一次加工し、冷凍して日
本の本社工場に原料として輸出していた。その後、OEM 工場を買取る形で自社工場に
して、加工食品の生産に踏み切り、最終製品としての冷凍食品を日本に輸出するように
なった。次第に現地スタッフが育って技術力も向上してくると、生産量や生産アイテム
が増加し、日本の本社だけではなく、商社を通じて、大手量販店の商品を共同開発しな
がら OEM 生産するようになった。同時に日本だけではなく、韓国やシンガポールへの輸
出も行われている。又、ここ数年は EU 諸国にも出荷していると聞いている。
冷凍食品の生産・輸出が軌道に乗ってきたところで、資本参加や OEM の形で、冷凍
食品以外の缶詰・レトルト・インスタントヌードル・飲料・液体調味料などの分野に多
角化すると同時に、タイ国内販売に踏み切ったのである。
タイ国内販売は、代理店方式を取らず、卸店・量販店・一般小売店・飲食店に直接販売
方式をとっている。
当初は生産のみの会社であったので、私は、人事・労務・総務・財務などを担当して
いた。資本参加と OEM が増えると共に、関連企業の経営と生産にもかかわるようにな
った。更に、国内販売が開始されると、私は、販売組織の整備(採用、教育、営業グル
ープの組織化、国内販売品目の絞込みと開発、価格体系、物流体制の整備など)、販売
チャネルの構築(販売店制度、テリトリー制度の検討、割戻金制度の可否、代金回収制
度の整備など)に取り組んできた。現在は、私は、現職を離れ、タッチすることは無い
が、国内販売は順調に推移していると聞いている。
(2) タイ国内の食品流通産業
タイの食品流通業界は、日本のそれとは全く異なっている。タイ国における、この業
界の成長過程が異なっているからである。タイ国内の流通業界は、製造部門と小売部門
の間に挟まれて、成長のチャンスには恵まれてこなかった。
製造部門は日本を始め、先進国のタイ進出により、製造技術・コスト管理・経営規模・
人材のどれを取って見ても、世界に通用するレベルまで成長している。
一方、小売店も外資を含む大手資本の参入により、スーパーマーケット・コンビニ共に、
売上げ規模も、内容も日本と肩を並べるほどに巨大化している。その中にあって日系デ
パートやスーパーも健闘している。それに対し、その中間の物流機能を担う卸売業務は、
一部の外資系国内販売・卸売り商社を除いて、未成熟の状態が続いている。
卸店と言っても、日本のように 300 年の歴史と 1.3 兆円を越える売上げを誇る国分の
ような大手食品流通業者は存在しない。「そうは問屋が卸さない」と言われたほど、流
通の支配権を持っていた日本のような、卸売業の歴史がタイ国には無かったこと、その
ために資本の蓄積が不十分であったこと、経営者が家業から企業に脱却する意欲をもた
なかったこと、外資が卸売業界に参入する興味を示さなかったこと、などが考えられる。
56
メーカーと小売部門が強大化した結果、物流・商流共に、卸店を通すことなく、メーカ
ーと小売店が直接取引を行うようになったのである。
タイ国において食品を含む物品は一般小売店を経由して、消費者に届けようとするな
ら、直接、独自で販売網を構築するか、外資系の国内流通業者に頼らなくてはならない
であろう。
(3) 世界の中におけるタイ国の食品産業について
タイ国は、前後左右が地平線という広大な平地、それに雨季ですら、スコールの合間
に降り注ぐ太陽、更に豊富な水量に恵まれ、農業生産に最適な国といえる。現国王であ
るプミポン国王も常々「タイは農業をもっと大切にしなければいけない」とおっしゃっ
て、タイ国にとって歴史的に重要な産物である農産物の重要性を強調されておられる。
このような恵まれた条件のもとで、長い間、農業はタイ国産業の柱であった。
当初は米やタピオカのような 1 次産業の農産物を主産業としてきたが、資本の蓄積と
共に、大規模経営の畜産物も発展してきた。更に日系企業を中心とする海外企業との提
携に伴って、技術も移転され、生産・保管・輸送技術や缶詰・レトルト・冷凍食品技術
の向上と共に、付加価値の高い加工食品にシフトするようになった。
さらには、豊富な資金力を活かし、周辺国への投資が加速されている。タイ国の投資
先は、中国・ベトナム・カンボジア・ラオス・ミャンマーなどアジア地域の多数の国に
広がっている。
(4) タイの畜産業と日本との関係
タイ国の主要輸出品目であるチキン製品を例に、産業構造を見てみたい。
2002 年の統計資料では、世界の家禽類総生産量の内、85%は鶏肉である。成長率は年
平均 30%以上と高い。全世界のチキン生産量は年間約 49 百万トンで、タイ国はその内
2.7%にあたる 130 万トンを生産している。世界で 7 番目の生産国である。世界の鶏肉輸
出量は 530 万トンと推定され、タイの輸出量は 45 万トンと 10%弱を占めている。輸出
ランキングとしては世界で 5 番目の輸出国であるが、2003 年は中国を抜いて 4 番目の
輸出国になっている。
タイの畜産物の総輸出量は 48 万トンで、その内チキンは 94%を占めている。従って、
現在のタイのチキンはタイ国農産物の主要輸出アイテムであると言える。同じく 2002
年のデータでは、タイ国の輸出総額は約 3 兆バーツであり、その内、食品の輸出は 4,400
億バーツに達している。つまりタイ国の総輸出額の約 15%を食品が占めているのである。
その内、畜産物は 430 億バーツで、食品輸出額の 10%を占めている。畜産物輸出の内、
鶏肉は 400 億バーツである。この内、未加工(生肉)の冷凍鶏肉が 31 万トン(タイ前年比
97%)227 億バーツ、加工済(加熱済)冷凍鶏肉が 14 万トン(対前年比 119%)177 億バーツ
である。現在、調理加工済みの鶏肉は、タイ国の重要な輸出品目として急成長している
のである。
タイの鶏肉輸出先としては、日本が 26 万トン(前年比 121%)と輸出全体の 58%を占め
ている。 輸出市場におけるタイ産鶏肉の評価は、軟らかくジューシーで美味しいと好
評である。伝染病の感染を防ぐために、空気さえ外部と遮断し、温度管理をしているた
57
めに、猛暑でも飼料効率は落ちることなく、更に孵化後約 42 日∼45 日の若鶏の段階で
処理するからである。平均体重も約 2.2Kg と比較的小型である。(日本・中国・ブラジル
は約 2.5Kg)。日本の消費者は鶏肉を牛肉や豚肉と同種の畜肉ととらえ、脂肪分が多くて
赤身の腿肉を好む。一方、欧米では鶏肉を魚肉の延長に置いて、脂肪分の少ない白身の
胸肉を嗜好する。
従って、タイ国からの輸出も、主に腿肉は日本へ、胸肉は EU に出荷されている。
日本とタイの間は、生鮮野菜や水産物などの生食品だけてなく、加工食品の取引は急増
している。特に、従来主要輸出国であった中国の製品が、残留農薬・化学物質の検出な
どで輸入差し止めになって以降、日本のタイに対する食料品の需要は一段と加速されて
いる。
2.タイに於ける人材育成(人事・労務と能力開発)
(1) 採用
タイの労務問題を考える際は、常に、管理職や製造現場の主任以上であるスタッフと、
製造現場の生産部門を担当するワーカーとを明確に分ける必要がある。採用から待遇(宿
舎などの福利厚生を含めて)にいたるまで、相当な条件差がある。
日本では、不当な差別と見なされるような実態が、ここタイ国では、日常行われている。
日本から来る駐在員は、この待遇差にびっくりして、何とか平等に扱おうとするが、待
遇差が縮小すればするほど、高学歴のスタッフは「ワーカーと一緒に扱われた、自分を
軽く見ている」と感じて、会社を辞めて行ってしまう。
タイにおいては、優秀な人材を確保し離職を防止するには、学歴・職種・職位などを
考慮して、待遇を明確に分けていくことが重要である。食品製造・開発現場のスタッフ
としては、チュラロンコン大学・マヒドン大学、カセサート大学、チェンマイ大学、コ
ンケン大学、それに各地域の技術専門学校出身者が、一定の基礎的学力を有しており、
安心出来る。特に工務系は地元出身の工業専門学校卒業生の定着性が比較的高い。
事務系や営業職としては、チュラロンコン大学、タマサート大学、それに職業訓練校
で学んだ学生が良い。採用の時に気をつけなくてはならないのは、語学が堪能であって
も、基礎知識があるかというと必ずしもそうではない。アメリカの大学を卒業し、学位
をとってはいるが、経済学の基礎ですらほとんど理解できていない応募者もいる。日本
語をしゃべる学生の中にも同様な学生が多い。我々日本人は、採用面接の際に、日本語
をしゃべる学生に対して、つい良い点数を与えがちであるが、語学力に偏らず、学力・
人柄を、客観的に良く見極めなくてはならないのである。
タイ国での日系企業で、学卒の可否が良く問われているが、学卒には、国を背負って
立つような意識の高い人間が多く、将来の柱になりうる人材が多いことと、タイ国は、
学歴社会であって、学卒に対するヒエラルキーとでも言うべき階級意識がまだまだ強く、
現場での統率力にも良い影響力を発揮することが多いので、日系企業としては、大いに
活用すべきと考えている。
事務系の採用で特に配慮すべきは、労務担当者と経理担当者である。労務担当者は、
自称「労務のベテラン」が多く、「政治家や知事などの著名人と懇意」などと言う触れ
込みで来ることが多いが、当てにならない。有名大学卒も玉石混淆であるので、十分見
58
極めたほうが良い。タイ人に限らず、日本人を現地採用する場合も同様である。当面の
便利さだけで採用しても、全ての日本人社員が幹部社員として期待できるとは限らない
のである。
労務担当をキーマンの一人として敢えて挙げたのは、タイ国では、企業内労働組合が
未成熟で、健全な集団的労使関係は未だ長い時間を要すると思われる。そこに至るまで
には、未だ紆余曲折を経ていかなければならないだろう。そんな背景から、有能なタイ
人労務担当スタッフを配置して不要な労使トラブルを未然に防ぐことが肝要であると
思われる。
経理担当もタイでは重要である。タイ国の中国系個人会社では、ほとんどの会社が経
理担当は、奥さんか娘などの身内に任せている。それは、当国ではお金にからむ不祥事
が常に多発しているからである。金銭管理の厳しい中国系企業ですらそうであるから、
ましてや外国企業である日系企業は更に多いことであろう。経理担当者による金銭トラ
ブルは、私の知る限りでも 10 指に及ぶほどである。
そこで、経理部長としては、地元の名家のお嬢さんをお勧めする。タイ人はプライド
が高い上に、家名を大切にするので、地元で面子を壊すようなことはしない。したがっ
て安心して金銭管理をまかせられるのである。勿論、日本人管理者が、毎月末の残高を
チェックすべきであることは当然である。
(2) 転職対策
タイ国においては、企業の離職率が非常に高い、タイ企業でも外国企業でもスタッフ
でもワーカーでも変わりは無い。統計的な数字は無いが、スタッフで、年 10~20%、ワ
ーカーで 20%以上と考えて良い。
退職の理由としては、待遇、居心地(気楽で楽しい:サヌックサバーイ)、人間関係(友
達の有無)、会社食堂の中身、信頼できる上司、などである。
退職する当事者は退職理由として、「親の家業を手伝う」とか「学業を続けたい」とい
う理由を挙げるが、本心は、上記の理由が多かれ少なかれ関係している。日本のような、
「会社の将来性」とか「仕事の充足感」は全く意識の中には無い。場合によっては、ラ
イバル会社に再就職することも多い。そのような場合でも、採用するほうも、行く本人
も、退職される元会社も、あまり気にしていない。「その内に、相手会社のノウハウを
持って、帰って来るさ」と屈託がない。事実そのようなケースも非常に多い。これも、
我々日本人には、全く考えられないことである。
タイ国内のタイ企業は、同業会社間での話し合いの場があり、人事を含めて、業務上
の交渉チャネルがある。その点、日系企業はタイ企業との合弁企業を除いては、そのよ
うなチャネルは期待できない。ましてや、ライバル会社から人を引き抜くことなど、罪
悪感が許さないのである。従って、従業員の退職は、会社の技術の流出そのものとなっ
てしまうのである。
スタッフは、今の仕事を継続することが個人として得かどうか(ポジション・給与など
の見通し)が大きい。又、上司から習得する技術が期待できるか、日本人及びタイ人上司
が、習得すべき技術を身につけているか、人間性にすぐれているかどうか(チャイディー
かどうか)、などの理由も見逃せない。要するに、企業としての将来性よりも、個人とし
59
ての損得か、上司であるべき日本人駐在員の能力と資質がためされているのである。
又、スタッフの退職は、大学教授と大学同級生のネットワークが大きく左右している。
会社で、業務上の不満があるとか、人間関係で苦労しているとか、職場で浮いている
ような場合、教授と同級生たちが、たちどころに情報をキャッチして、救済の手をさし
のべる。つまり、欠員のある優良会社の情報を集め、友人をそこに紹介することが多い
のである。
日本人駐在員の現場責任者や採用責任者は主要大学の教授、特に食品科学の教授とは、
パイプを作って交流を深めておくことが大切である。
日系企業は、技術習得や、日本の理解を深めるために、優秀な現地社員を日本研修に
送り込む企業が多い。日本の親会社工場であるから,日本企業の衛生管理などを見てく
れば、食品製造業としては、相当大切なポイントである。しかし残念ながら、研修から
帰国するとしばらくして、日本研修を勲章にして、より高い給料を求めて転職する社員
が多い。日本研修の期間が長ければ長いほど、より高い待遇を期待できる。研修実施に
先駆けて、「研修後は一定期間、会社を退職しない」という誓約書を書かせるところが
多いが、法律的な拘束力は無いと考えて良い。
○ワーカーの場合はどうであろうか。
ワーカーの場合は、もっと現実的で、給料をメインとする待遇、同僚との楽しい関係
が挙げられる。待遇は、近隣企業とほとんど変わらないはずであるから、職場が気楽で
楽しいか(サヌックサバーイ)が大きな要因である。工場給食の中身にもこだわるワーカ
ーも多い。多少の自己負担をさせても、中身の良い給食を心がけるべきであろう。
通常の会社給食は、ご飯は会社支給で食べ放題、おかずは、市価の半額∼7 割程度の
価格で、個人負担で提供としている所が多い。
(3) タイ国における食品製造面の技術レベル
では、スタッフとワーカーはどのような能力が求められて、それに対しての充足度は
どうであろうか。食品加工の面から考察してみたい。
スタッフについては、大学・高校で習得した技術・知識を一応は有していると考えて
良いだろう。又、ワーカーを管理する立場であるから、若くても、日本の工場現場で言
えば、主任・係長・課長の役割期待がある。その為には、見て見ぬ振りをしない、責任
感の強い人間が必要である。「タイ人は他人を傷つけることを好まない」ので、他人の
前で、ワーカーを注意するのは、なかなか難しいことであるが、それを敢えてやっても
らわなくてはならない。
タイでは、スタッフが高学歴であると、例えそのスタッフがワーカーよりずっと年下
の若い人であっても、意外に素直にその指示に従っているのを、製造現場ではよく目に
するのである。学歴社会であるといえよう。
タイの製造現場では、スタッフがワーカーに指示を出しているので、その上司である
日本人が、タイ人スタッフに、明確な指示や方向性を示す必要がある。日本では、ア・
ウンの呼吸で、上司と部下が理解しあう場面が多いが、タイではそうは行かない。特に
食品製造は人様の口に入る食べ物を製造する訳であるから、製造ミスは人の命にもかか
わってくるのである。
60
日本人上司がタイ人部下に指示を出す場合は、もし、タイ語・英語に自信が無ければ、
通訳を同席させるかして、内容の徹底を図るべきである。同時に、黒板なり、議事録に
指示内容を明記して、共有し、記録を残しておくべきと考えている。社内の通常業務で
も、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)はほとんど期待できない。
基本的には、スタッフであっても、個人としての社員であり、組織人としての意識は
非常に弱いからである。いや、世界の中では、それが一般的なのであって、個人が組織
の一部になりきっている日本が、異常な現象と言えるかも知れない。とにかくホウレン
ソウは、5Sと共に、その重要性と必要性を、タイ人スタッフの行動基準の中に、無意
識に組み込まれるまで、常に社内で繰り返して、明確にしておく必要がある。又、指示
と同様に、タイ人スタッフに対しては、業務の責任分担を常に明確にしておく必要があ
る。理由は、組織に対する考え方、他人を傷つけない、他人の仕事に口出ししない、自
分の仕事の範囲に拘るという、上記に述べてきたようなタイの国民性を考えると当然の
ことである。これも、書き物にしっかり残しておくことが、後顧の憂いを失くすことに
なるであろう。
○ワーカーに対する期待はどうであろうか。
食品製造現場においては、永年勤務者(希少価値であるが)は、年配女性が圧倒的に多
く、そのほとんどは家庭の主婦であるので、食品製造の一応の技術レベルには達してい
ると考えてよい。
スタッフと違って、複雑な業務を期待せず、基本的な、食品取扱いの加工技術と知識
を吸収してもらえばよい。特に、菌の管理にたいする基本的な衛生知識をしっかり理解
してもらうことが、食品製造の現場では、不可欠である。食品の加工技術(手際)は、経
験と共に上達するであろうし、個人差にもよるので、「慌てず・焦らず・ゆっくり」と
成長を期待したほうが良いと思われる。
(4) 能力開発
能力開発についても、スタッフとワーカーとは全く異なった方法が求められている。
スタッフの能力開発は、日本での指導とは全く異なってくる。組織への意識が希薄で、
転職しやすく、プライドが高いタイスタッフを指導する方法が日本とは違って当然であ
ろう。
私の 20 年近い技術スタッフ育成の経験から言わせて貰うならば、スタッフ全員に対
する平等な能力開発は無理があるように思える。そこで、生産・商品開発・品質管理・
工務関係と言うような各部門毎に一人だけ、自分の片腕になるような人間を育てるつも
りで育成して行けば、スタッフも成長するし定着性も高まると思われる。タイ人工場長
又は、タイマネージャー経由で指導していくことも有効である。エコひいきやセクハラ
の誤解を避けるために、常に部門の異なる 2 人以上のスタッフを一緒に育てるように心
がけると良いだろう。その場合、日本語をしゃべるタイ人スタッフを通して意思を伝え
ることは、極力さけるべきで、いっそのこと、スタッフとしてではなく、通訳として割
り切って使うほうが良いのではないかと思う。同一部門の他のスタッフには、常に声か
けを忘れないようにすることも大切である。そのためには、各個人の情報を自分の頭に
インプットしておくことと、日常タイ語は必須であると考えている。人間として部下の
61
一人ひとりに心くばりをする大切さは、日本での人間管理方法と何ら変わることはない。
ワーカーに対する能力開発は、意思の疎通・人数・感情問題を避けるなどの点で、日
本人が直接タッチするより、製造現場の主任か係長に相当するフォアマンに任せたほう
が良いと思われる。
特に、食品製造の現場では、衛生管理のために、つい声を荒くしてその場で注意した
くなる場面があるが、よほどの場合を除いては、ぐっとこらえて、タイ人のしかるべき
管理者経由で注意したほうが、感情的なトラブルを避けるためにおすすめしたい。
(5) 評価基準
スタッフの評価で、最も大切なことは、その評価が私情に惑わさずに評価されている
ことを、当事者が認識することである。そのためには、日常業務の中で、評価すべき点
や反省すべき点を、その都度フィードバックしてあげることが必要だと考えている。
タイでは、本人が納得できない評価を受けた場合、人によっては、猛然とクレームを
つけてくるスタッフがいる。業務に自信があるからである。特に、同期の同僚とボーナ
スの評点を比較しあって納得がいかない場合は、はっきりと「何故、私は、同期の彼女
より評定が悪かったのか説明して欲しい」と泣きながらクレームをつけてくる。そこで
はっきりと、記録を見せながら「あの時、こういうポイントを説明してあげただろう?」
と言えば、本人は納得するだろう。従って、フィードバックした時の反省会の記録を、
その時本人が納得したことも含めて、はっきり書き残すことも大切である。
もう一つ、評価の上で配慮すべきことは、タイでは地域によって偏見・差別があること
である。
特に、貧しい東北地方から来た人間は、能力が低いという先入感を持たれているので、
タイ人上司による1次評定だけに任さず、上司として正しい評価をしてあげることも大
切である。又、バンコクを中心とした中部出身者は、南部の人に対して偏見を持つ人が
多い。能力の有無よりも、「信用出来ない人間が多い」と言う先入感を持っているから
であろう。これは、宗教も少なからず影響しているものと思われる。
(6) 食品の商品開発
商品開発をする場合、日本人管理職は、日本での知見を生かして、早く商品化したい
と考えている。しかしプライドの高いタイ人スタッフは、上から押し付けられた仕事は
好まない。そこで、イライラせずにヒントを与えながら、じっくり構えて、タイ人スタ
ッフのアイデアであるような形で商品開発を実現させることが重要である。少々時間が
かかっても、タイ人スタッフの自信に結びつくし、商品化に際しては気合の入れ方が全
く違ってくるので、実現可能性ははるかに高いといえる。「手柄は全て部下の成果にし
てあげる」ことの重要性は、日本もタイも全く同じである。又、プライドの高いタイ人
と仕事をする場合は「日本では」「自分の経験では」「親会社としては」のせりふは避け
た方が賢明であろう。
収率アップについても、同様である。
チキン製品を例にたとえれば、チキンのフライを生産する場合、製品スペックが 1 個
200gで原料肉が 280g だったとすると、スペック以上の 80g の部分は、カットせざる
62
を得ない。そのカットされた端肉をどう生かすかがコストダウンに重要である。ツクネ
団子にするのもよし、鶏そぼろにするのもよし、市場に合わせた活用方法があると思わ
れるが、求められた時以外は、日本での知見をひけらかすことなく、タイ人スタッフに
任せて、試行錯誤させることも、OJT(On the Job Training=実務を通して経験させて
教えていく能力開発の方法)の大切な実践である。
3.担当業務から見た分野の技術レベル(異物除去とスペック管理の成功例)
(1) 異物に対する認識
異物に対するタイ人の考え方は、日本人消費者とずいぶん異なっている。
タイ人は、
「髪の毛とか虫は、本来、自然の中に存在する物である」から、あまり神経
質 に は な ら な い 。 又 、 原 料 由 来 の 物 質 、 例 え ば 果 菜 の 茎 や 葉 っ ぱ な ど は 、 EVM
(Extraneous Vegetable Material=野菜由来の夾雑物)と称して、他の異物とは一線を画
し、ある程度の混入は止むを得ない、と比較的おおらかに考えている。
しかし、日本の消費者から見れば、口に入れて食べられるもの以外は全て異物であると
考えており、クレームの対象になってくる。従って、タイの人に「異物とは何か」「日
本の消費者はどこまで容認するか」を徹底的に理解させる必要がある。異物除去は、コ
ストにも影響するので、OEM や合弁会社の場合は、工場長や QC マネージャーだけでな
く、相手側のトップ、少なくとも、利益管理者である、副社長クラスまで、認知しても
らう必要がある。
目視チェックによる異物の除去は、ベルトによる連続式チェックの場合は、チェック
要員・ベルトスピード・原料の流入量などが物理的に可能かどうかを十分試算して決定
する必要がある。ベルトによる連続式では、どうしても改善がなされない場合は、目視
チェック台を準備して、一定量毎に作業を進めていくバッチ式で異物をチェックする方
法も考えられる。
(2) 異物除去の改善例
実際に OEM 工場で異物混入率を大幅に低下させた例をご報告しよう。
商品はタイの代表的農産物であるスイートコーンである。この会社はタイでは最大手
の缶詰メーカーで、総生産量の 4 分の1を日本に輸出している。勿論弊社の分だけでは
なく、日本の他企業にも大量のスイートコーンを輸出している。輸出先はヨーロッパ・
アジア各地に及ぶタイ国最大の農産物の缶詰・レトルト・冷凍食品メーカーである。弊
社との取引は 3 年以上に及び、安定した品質のスイートコーンを供給してくれるのであ
るが、夾雑物の発生率があまり改善されない。タイ国内では群を抜く低発生率ではある
が、日本国内メーカーのレベルには至っていない。
そこで、まず、そのメーカーの輸出担当副社長に会い、日本市場の異物に対する強い
拒否反応をじっくり説明した。日本への輸入を担当する商社や日本国内の大手卸店、さ
らには弁当チェーンの品質管理部長に、タイ出張の機会に必ず工場に足を運んで頂き、
日本の顧客の声を直接伝えるように心がけた。「日本への輸出を拡大するには、異物混
入率を半減する必要がある。又、異物が発見されたときは、誠意をもって速やかに対応
することが重要である」ことを説明し、要請したのである。幸い輸出担当副社長はこち
63
らの趣旨を十分理解し、具体的に大幅な改善がなされたのである。つまり、目視チェッ
クラインを中心とした抜本的な改善である。
先ず、改善前の異物除去ラインの写真を見ていただきたい。大量のコーンの原料が流
入してくると、コンベイヤーの上に原料の山のようになって流れている。山の下の方は、
眼が届きにくい。もし下のほうに異物があった場合、見逃してしまう可能性は十分にあ
る。照明も片側に寄っていて、一方からは不十分のように思える。
(改善前の異物チェックラインの写真)
原料は前方から手前に流れてくる。
○改善の内容は、
1)
流入量のコントロール、つまり最盛期であっても、ベルトへの投入量を制限している。
2)
同時に、ベルトの速さを 25%低下して、見やすくしている。
3)
目視チェック用のベルトを 1 本から 2 本にして、生産量の低下を防止している。
4)
コンベイヤーの上にヘラの様なアームを取り付けて、原料の山がなだらかに平らにな
るようにしている。
5)
ヘラに角度をつけて、原料がベルトの上を蛇行するようにして、見やすくしている。
6)
2 本のコンベイヤーの幅を従来から 20%広げて、原料を広げられるようにしている。
7)
照明器具の位置をベルトの真上に移動するとともに、照度を 30%アップしている。
8)
チェック要員を 12 人体制からから通常 14 人、最盛期には 17 人に増員している。
以上の結果が次の写真である。
64
(改善後の異物チェックラインの写真)
原料は、手前から前方へ流れていく。
(同じく改善後のチェックラインの上方からの俯瞰写真)
原料は右から左へ流れる。
以上の改善が行われた結果、異物の発生率は、従来の 3 分の 1 以下となり、現在では、
日本のユーザーから、
「日本国内のメーカーより、異物混入率が低い」とお褒めの言葉を頂
いているほどである。この改善は、OEM 工場の責任者に、重要性を認識してもらい、動
機づけに成功した例といえるだろう。
(3) スペック管理
異物混入以外にも、揚げ物の形や色合い、焼き鳥の串の打ち方や、焦げ目の付き具合
65
など、商品スペックを明確に指示しておかなければならない。そのスペックは文書で残
すことは勿論であるが、スペックの許容範囲を写真に撮り、製造現場に掲示して、ワー
カーが見て判断基準の参考になるようにしている。日本の親会社が食品製造メーカーの
場合は、このような写真式徹底方法を多用しているが、食品系以外のメーカーや国内流
通系・商社系のタイ合弁会社は、日本に原型を持たないせいか、そこまで徹底していな
い日系企業が時々見られる。揚げ物を製造する場合、その揚げ色を固定しておく必要が
ある。油で揚げる製品は、日本では「狐色」「黄金色」「金色」「茶色」「黄色」などと表
現している。これを日本語から英語やタイ語に直訳してもタイの人には正確に理解でき
ない。
「狐色」とは何色か?タイの人は恐らく狐を見た人はいないであろう。
「黄金色」?
揚げ物の表現で「黄金(こがね)色」という表現を我々はよく使うが、揚げ物の美味しい
色は、あの純金のまばゆい黄色ではない。そこで弊社では、日本のユーザーの開発担当
者にタイの OEM 工場までご出張をお願いし、揚げ色とその濃さについて上限と下限の
サンプルを作成して、その中間の揚げ色を OK にする方法を取ったのである。下記に示
すのは上の方に揚げ色の薄い限度を、下の方に揚げ色の濃い限度のサンプルを作成し、
写真撮影したものである。工場現場には、この写真を使ったスペック・ボードを作成し、
形の基準も合わせて掲示している。この結果、鶏肉のフライ製品の不良品率は 40%以下
に減少させることが出来たのである。
「手羽中の揚げ色見本
IMG2205」
焼き鳥製造ラインも同様に写真を利用したスペック・ボードを掲示している。特に日
本人消費者が嫌うオコゲと生焼きの限度を明確にするためである。
基準を明確にしたら、後は実践である。そこで更に、
「常に抜き取り再検査がある」こ
とを現場ワ−カーに徹底する。再検査の結果、スペックをクリア出来なかった製品が発
見された場合は、パスしなかった製品の現物を担当ワーカーと管理者に見せて、理解さ
せなくてはならない。そうしないと、いつまでたっても収率の改善にはつながらないか
らである。
66
このようなダブルチェック方式とフィードバック方式を実施することにより、異物混
入の大幅低下と収率向上が可能となる。
つまり、タイ人ワーカーに指示する前に、先ず、日本人管理職が、プロセス管理なり、
スペック管理をしっかり理解すること。次に現場ワーカーとその上司に、言葉ではなく、
眼で判別出来る方法を実施することが大切である。
4. おわりに
日本人派遣者が知っておくべきタイの独特な事情
日本人管理職に求められる要件
以上、タイ国における食品販売の営業業務の実態を述べてきたが、それでは、そのよ
うな状況下で、日本人営業責任者として、又は、日本人営業管理職として、どのような
要件が求められているのだろうか。思いつくままに列挙するので、ご参考にしていただ
きたい。ここでいわれる要件は、食品業界や販売業務に限らず、タイにおける駐在員の
業務全体に言えることであろう。
(1) タイ人を好きになれる人。価値観の違いを理解する包容力
タイ人は非常に自尊心が高く、相手が自分に興味を持ち、好意を抱いているかに敏感
な民族である。タイ人を好きになると、タイ人は、本能的にそれを察知して、こちらに
好意をもってくれる。タイ人の友人がたくさん出来れば、多分あなたの業務も遂行しや
すくなることは間違いないであろう。
「愛情」の反対「憎しみ」ではない。愛情の反対は「無関心」であると認識すべきなの
だ。タイ人を好きになるには、タイ人の価値観に理解を持たなくてはならない。つまり
清濁併せ呑むゆとりと包容力が必要だ。
タイでは、お金持ちが貧乏の人にご馳走することが多い。これはお金持ち自身のため
であって、貧しい人への同情からしている行為ではない。したがって貧乏人がご馳走の
お礼を言うことは無い。この貧乏な人は、「お金持ちが功徳をする機会を作って上げた」
のだから胸をはっている。
日本では、上司が飲み屋で部下をご馳走すると、翌朝顔を合わせたときに、部下が「夕
べはご馳走様でした」と必ずお礼を言う。しかしタイでは、部下はケロッとしてお礼は
言わない。食事が終わった時に「ご馳走様」とは言うが、翌日は知らん顔である。ここ
で頭に来てはいけないのである。昨夜のことはもう済んでしまったこと。彼のお陰で貴
方は天国に一歩近づくことができたのであるから、その部下に感謝しなくてはならない。
パーティーや結婚式などでも、呼ばれた人だけでなく、家族や友達を連れて現れること
がある。全く同じ考え方であって、彼らが礼儀を知らない訳では決して無い。
日本人の価値観でタイの人を見ることは禁物である。
(2) タイ国の歴史・文化・習慣・食生活などに強い興味を持つ好奇心の強い人
好奇心の強い人は、人生の中で大変得をしている。海外生活や環境の変わった所での
仕事が面白いからだ。タイの歴史を知れば、何故タイ人がミャンマー人に敵愾心を持つ
のか、何故自尊心が高いのか、よく理解できる。
67
あなた方は大変幸せである。何故なら美味しいタイ料理に囲まれて生活できるからで
ある。食品業界に身をおく者としては、是非、タイの食品に興味をもっていただきたい。
きっと、いろいろなタイ料理を食べる内に、自分にぴったりの美味しいタイ料理にいく
つかめぐり会えることになる。そうするとタイでの生活が一段と楽しくなるはずである。
私の家族は、長いタイ生活を経て、現在、横浜に住んでいるが、タイで食べたタイ料
理の味が忘れられず、今でも年に数回はタイ料理を食べるためにタイに来ている。
又、バンコクを出て地方に行くと、その土地にしかない美味しい料理にめぐり会える。
東北の鶏の炭火焼や中部の山野に自生するキノコ、南の海でとれるフナ虫のから揚げ.
北の竹虫のフライなども捨てがたい。バンコクでは食べられない美味しい自然食を味わ
えるのも、タイの田舎に行く楽しみの一つである。食べ方にしても、日本とは異なるマ
ナーが多い。タイの人たちの食事や食べ方の習慣を垣間見ることによって、タイ人の衛
生管理意識の向上に何らかのヒントを思いつくことであろう。
(3) 強い責任感と目標達成意識を有する人
タイ国勤務でタイに来ると、仕事の責任は一段と重くなってくるはずである。日本で
係長の人は、タイでは課長クラスのポストを、日本で課長の人は、タイでは部長か時に
は、役員の重責を担うことになる。これは自分の職域を広げる良いチャンスであり、新
しい役職への試金石でもある。サラリーマンとしてこのチャンスを逃すべきではない。
但し、このチャンスに、広い知識を吸収し、新しい職務を広げていく意欲と重責を受け
て立つ強い責任感が求められている。
子供が親父の背中を見て育つように、タイ人の部下は、上司の貴方の生き様を見て尊敬
し、言うことを聞き、成長していくのである。
タイ国における食品販売業務を職務とするには、販売不振の諸要件を跳ね除けて、目
標にまい進する強い意思が求められている。
(4) タイ語への順応性
タイで仕事をする以上は、タイ語は必須と考えるべきである。
それはそれなりの理由があるからだ。言葉はその国の文化である。その国の文化を尊
重して一生懸命にタイ語を覚えている駐在員の姿にタイ人は好意を持つだろう。
労務対策は、集団の労使としての集団的労使関係と、個人と個人の信頼関係をベース
とする個別的労使関係がある。この個別的労使関係が確立されないで、健全な集団的労
使関係は成り立たない。部下の悩みを聞くときに、そこに通訳が同席していると、タイ
人は、絶対本音を言わない。そこで話したことが、翌日には外部にばれてしまうからで
ある。タイ人は他人の感情に敏感なだけに、常に相手を喜ばせようとしており、
「ここだ
けの話だが・・・」と言う形で秘密はほとんど外部に漏れていくと考えて間違いない。
貴方が気がつかない内に、貴方が昨夜どの店に行って何をしたのか、翌日会社中に知れ
渡っていると思うべきである。何故なら貴方のドライバーは仲間との良好な関係をいつ
も維持していきたいと考えているだろうから。
話が横道にそれてしまったが、部下の悩みを貴方の部屋で直接聞いてあげ、直接答え
てやることが、その部下との信頼関係をどれほど強めていくか言うまでもないことだ。
68
こうすることによって、貴方はあなたの優秀な部下の転職を防止することができるかも
しれないのである。
タイ語を覚えるに際し、タイ語を語学と考えないほうが良い。勉強がきらいな私など
は、タイ語が語学という学問だと思うと、それだけて億劫になる。カラオケの延長で、
耳に入るままにそのまま発音すると、不思議に相手に通ずるものである。そして、「こ
の気持を伝えたい」といつも心に念じながら話すと良い。強い願いは必ず相手の心に響
くはずである。
バンコクに居ると、英語が通ずる所が多いし、日本人発音のタイ語を理解してくれる
店は多い。しかし、バンコクを一歩離れると、覚えたてのタイ語は全く通じなくなって
しまう。「今まで覚えてきたのは、何語だったのか」と自問自答することも多いだろう。
言葉の壁にぶつかることは、多ければ多いほど上達につながると思えば、それも楽しい
ものである。
(5) 精神的・肉体的にタフな人
海外での勤務は、人間関係だけてなく、日本と違って厳しい暑さや、デング熱・マラ
リヤなどの風土病や狂犬病、そして強烈な下痢など、本人だけでなく、家族の安全も含
めて健康管理は非常に大切である。特に小さいお子さんが居られるご家庭では、人一倍
の気苦労があることであろう。
本人の仕事の上でのストレスはかなり強いと思われるので、多いに気分転換をしたら
良い。それも、日本では出来ないような贅沢な方法が身近にある。例えば、ゴルフにし
てもそうだ。日本のゴルフ場は、予約も取りにくく、高い上に、遠くて一日がかりであ
る。キャデーさんのいる一流ゴルフ場でも 4 人の客に一人か二人。
「お客さん、クラブを
3 本持って急いでください」などと言われて走らされる。午前にハーフが終わって昼食
をとると、その後がものすごく眠くなる。午後にハーフをプレイして家に帰ると、もう
暗くなっている。タイでは、その点、比較的恵まれている。
こんな好条件を見逃す手はない。最近はタイ人の課長クラスになると、ゴルフを楽し
む人が結構増えているので、ゴルフをとおして、部下とのコミュニケイションを図るこ
とも出来るのである。ゴルフでも、旅行でも、食べ歩きでも、博物館回りでも、出来る
ことはどんどんやって、決してストレスを溜めないことが大切である。
辛いタイ料理でお腹をやられると、しばらくはタイ料理恐怖症に陥る人が多い。タイ
に長く住んでいる日本人駐在員は、「タイでは、猛烈な下痢と、大洪水と、クーデター
を経験しないと、一人前ではない」と言う人がいる。もし、あなたが、強い下痢に見舞
われたら、「自分は今、一人前になりつつあるんだ」と前向きに、楽観的に考えたほう
が人生は楽しい。
更に大切なことは、本人だけではなく、常に奥様の気分転換を心がけてほしい。これ
は、妻がノイローゼで半年の間、日本で療養生活を送った、私の経験から申し上げたい。
奥様がノイローゼになって、業務半ばで、帰国の止む無きに至った例は多い。自分の
職務を全うするためにも、家族の安全と健康をおろそかにしてはならない。肉体の健康
管理は、諸先輩の話を良く聴いて、自己管理して行けば良いので、割愛させていただく。
69
第5章
機械・金属加工産業(自動車部品製造業)
1.担当業務の紹介
1.1
所属している企業の紹介、業界全体の実像
私が所属したサイアム・メタル・テクノロジー社(SMT 社)は、バンコクから南に 200km
東洋のデトロイトと呼ばれるイースタン・シーボード工業団地にある。
1996 年にシンニッタン㈱と日産自動車㈱の合弁会社として設立、自動車部品を鍛造、機
械加工してタイ国内向けをはじめ日本にも輸出している。
私は、30 年間日産自動車に在籍し、1994 年にシンニッタンに転籍をした。1997 年のバ
ーツショック経済危機でほとんど仕事がなくなった時、日産より新しい部品をいただき、
その立ち上げのため、1998 年 10 月、現地に赴任し、3 年 2 カ月を過ごし 2001 年 12 月に
退職した。その後、設備増強のため応援要請があり 2004 年 8 月より 10 カ月間タイに滞在
した。
SMT 社は 2005 年に従業員 210 名、月産 1,500 トンを生産している。
イースタン・シーボード工業団地には 42 社の日系企業があり、毎月連絡会を持ち情報
交換をしている。又家族のために夏祭り、クリスマス会を開催している。
鍛造作業はマイナーな仕事で、一般の人が日常目にすることは少ない。
しかし、鍛造品の分野は自動車、建設機械、農機具、オートバイ、鉄道車両、ボルト・
ナット、ファスナー等多方面にわたっている。日系鍛造会社は 2005 年現在およそ 13 社で、
多くが 1994∼1996 年に進出している。親睦団体としてタイ鍛造工業会と称し親睦ゴルフ
や仕事上の問題についても日本国内以上の協力体制が出来ている。
タイ国の鍛造の生産高について統計がないので詳細は不明であるが、日系企業では月産
1,000 トンを超える企業が 4 社ほどある。現地企業は旧式プレスにハンマーを 3∼4 台保有
し、月産 500 トン以下の規模である。現地企業は品質保証体制が弱いため、補修部品を中
心に生産している。
1.2
担当業務から見たタイ国の紹介
鍛造品の中心は自動車である。タイ国の特徴は、自動車、オートバイの生産の 90%は日
系企業のノックダウンである。自動車の主力は商業車であり、全生産台数の 75%が1トン
ピックアップトラックである。農機具も鍛造品を使用しているが、クボタ㈱は日系企業の
老舗であり、現地人が社長をしていることで現地化が最も進んだ企業として有名である。
タイ国の現地鍛造会社はハンマーが中心であるが、日系企業は 6,000 トン、5,000 トン
大型プレス(IT フォージ)、1,600 トン自動プレス(エンドーフォージ)が稼動している。生産
量が最大の 1 トン小型商業車の駆動軸(1台に 2 本必要)の生産は鍛造し機械加工をして完
成品として付加価値をあげている。
タイ国内では SONBOON(三菱系)、SMT(日産系)の 2 社が全自動生産ライン各 2 ライン
を有し集中生産をしている。タイの自動車生産は 2005 年に初めて 100 万台を突破した。
2000 年∼2006 年の 6 年間に 2.9 倍という驚異的な伸びを示している(表 1 参照)。
70
表1
タイ国の自動車生産台数
2005 年に百万台突破
タイ国の自動車生産台数の推移(台)
資料:中央銀行
2006年
2005年
2002年
415,593
169,304
2001年
155,942
2000年
97,129
0
200,000
742,053
490,362
251,691
303,328
927,599
628,580
299,039
2003年
1,125,315
847,712
277,603
2004年
1,193,903
895,084
298,819
合計
商用車
乗用車
584,897
459,270
411,727
314,598
400,000
600,000
800,000
1,000,000
1,200,000
1,400,000
総生産台数の 40%が輸出であり、タイの工業化を牽引する産業として期待されている(表
2 参照)。日系鍛造企業もこの活況をうけ、2 直(昼夜)休日出勤とフル生産体制が続いてい
る。2∼3 年前より設備の増強に取り組んでおり、現地企業との生産格差は広がる一方であ
る。
表2
タイ国の車両、同部品の輸出額の推移
生産車両の 40%が輸出される
タイ国の車両、同部品の輸出額の推移(百万バーツ)
資料:商務省
363,019.4
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
2000年
1999年
1998年
1997年
1996年
310,310.1
220,801.5
164,705.8
125,244.3
117,613.9
122,445.3
91,954.1
68,384.4
48,419.6
29,230.9
0.0
50,000.0
100,000.0
150,000.0
200,000.0
250,000.0
300,000.0
(注)バンコク日本人商工会議書「所報」より
71
350,000.0
400,000.0
2. 人づくりの留意点
2.1
危機管理として工場の資産を守る
工具がまたなくなった。今度はフェイスカッターだ。「見える化」を図るため常時使用
しない工具はサイズ別にガラスケースに入れ、鍵を掛けて管理している。
工具管理室は、3 名で工具の出入りと工具の再研摩を担当している。夜、工具室は閉鎖
し夜勤の責任者が鍵を持っていて必要な時に開けて使用することが可能である。日本の本
社からはガラスのケースに入れておくのは、
「盗ってください」と言っているようなものだ
と言われた。工具の紛失は一度でなく二度、三度と発生し犯人は不明である。タイ国では
中古の工具を売っている所がある。通常使用しない工具を調達することがある。当社の工
具は全て社名を刻印している。
紛失した工具が偶然に中古市場で見つかり、従業員の写真を持って行き店の人に見せた
ところすぐに人物が判明した。犯人は工具室長だった。この動きを察知して本人は逃げて
しまった。タイ国では職場の高価なものを持ち出すことが多く、通用門の検査を厳しくし
ている。それでも昼間に塀の外に出しておいて帰りに持って帰る豪の者もいる。飼い犬に
咬まれた思いだが、全面的に人を信頼することは難しいと感じた一件である。
2.2
合弁先との関係について
合弁先といってもタイ国企業ではなく日系企業の合弁である。タイ国に進出することを
決めたのはシンニッタン㈱である。親企業である日産自動車㈱(当時 15%の資本をもって
いた)に話したところ、日産は海外に鍛造工場を持っていない。
特にタイ国には古くから組み立て工場、エンジン工場が進出しており、合弁でやりまし
ょう、資本の 51%は日産、経営は小回りのきくシンニッタンということになった。中堅ク
ラスのシンニッタンと大企業の日産では同じ職場に働いていても待遇が全く違い、お互い
にギクシャクしてくる。
日産からの派遣社員は 170 時間の語学等の教育を受け、家族も海外生活の教育を受けて
くる。派遣員を紹介すると全員がタイ語で挨拶する。一方、シンニッタンには事前教育は
全くない。家族を同行する人は一人もいない。
日産の要求は例えば、①休日の日に社用車を使わせろ、平日は家族の買い物に車を準備
しろ(日産では海外で車を運転することを禁じており、現地人運転手付きである)②土、日
は完全に休日である③生産の遅れは経営を担当するシンニッタンにある、という具合であ
る。シンニッタン側からは日産の人はタイ人にお金を与えて個人的に便宜を図ってもらっ
ているという声がでる。日本の会社には、従業員就業規則があるように日本人派遣者の就
業規則を作成し会社が違っても、人が変っても、これに従うことが大切であり、日本人の
行動を現地の人は注目している。
2.3
QS9000 の取得について
イースタン・シーボード工業団地は、東洋のデトロイトと呼ばれている。私の会社の隣
が FORD、その隣は広大な敷地の GM である。国際規格である ISO に相当する QS9000
規格を取得しないと米国の自動車会社に部品を納入することが出来ない。QS9000 取得に
取り組んで約一年、審査の日が 45 日後に迫り仕上げの時期にきた。活動が遅れているた
72
めプロジェクトチームは土曜日に休日出勤をすることにしていた。当然私も出勤したが、
当日一人も出勤してこなかった。
もともとの計画では、私の退職する 12 月末までに取得する予定だったが、どうしても
出来ないことから、翌月の 1 月 15 日に審査を延期してもらった経緯があった。休んだ理
由はリーダーから一日ぐらい休んでも 1 月 15 日までには何とかなるということで皆で休
むことにした。私には連絡しなかったということだった。
私はプロジェクトチームの全員を集め、土曜日に出勤することは全員の約束である、又
1 月 15 日の審査を再延期することはできない。会社にとって QS9000 の取得は部品納入
に不可欠であることは皆が承知していることである。「 皆さんが約束を守らないなら
QS9000 の取得をあきらめる。約束が守れない皆さんは会社を退職されて結構です」と言
い切った。
翌日、チームリーダーは欠勤したが、他のメンバーは私の前で頭を下げ、15 日を目指し
て全力で取り組むと言ってきた。
リーダーは日本に派遣し研修をしてきており、当社の将来を担う人材と思っていた。3
日間休んだ後、心配した日本人スタッフが本人の家を訪問し説得にあたったようだ。一週
間後、頭を下げ反省している、再度挑戦させて欲しいと申し出てきた。
私の心の中では退職されると大きな損失になるなと思う一方で、この甘えを許すわけに
はいかないと思っていた。何故なら、約束、納期の大切さを知って欲しいと思ったからで
ある。私は予定通り 2001 年 12 月末をもって退職した。
2002 年 1 月 15 日無事に審査が終わったとの報告を、日本の自宅で聞いた。
2004 年 8 月設備の増設応援の要請がありタイ国に向かい、気になっていたリーダーは
元気に現場で指示をしていた。本人から結婚するので是非出席して欲しいと招待状をもっ
てきたので、私は喜んで出席した。自宅の庭に舞台を作り、200 人の出席者と星空の下で
結婚を祝った。あの時の決断でチームリーダーは更に成長したのではないかと実感した時
でもあった。
3.企業内能力開発
3.1
採用と技能評価
従業員を採用する時は、人材派遣会社に条件を出し、応募してきた人を面接する。また
は工業団地を開発したデベロッパーの窓口に求人広告を出す方法をとっている。面接に当
ってこちらから質問すると「出来ます」と答える。日本人のように謙虚に「それについてはよ
く知りません」とは言わない。本人の履歴書もあてにならない。講習会に参加すると必ず終
了証を貰ってくる。これを見せてあれも出来る、これも出来る、となる。必ず筆記をさせ
て確認することが大切である。
油回路、空気回路を書かせる、電気回路を読ませる等、具体的に問えば技能レベルはす
ぐ判明する。工業高校の先生が面接に来ることがある。残念なことにタイ国では先生が尊
敬されていない。誰でも先生になれて、給料は安いと口を揃えて言っている。
採用した後になって解雇する場合は、会社都合であれば在籍期間に応じた退職金を支払
う。本人の都合で退職する時は、退職金は支払わないのが一般的である。
バンコクから 200Km 離れた当社の場合、優秀な人材を採用することは難しく、相手も
73
強気である。「住宅は」「車は」
「土日にバンコクに帰るガソリン代は」と条件を出してくる。
しかし、特別扱いは他の従業員に与える影響は大きなものがある。
住宅の補助程度が適正のようである。会社の幹部になれば会社から車を貸与する。従業
員は待遇に関してオープンである。給料や賞与をお互いに見せ合って高い、安いと言って
いる。安かった人はなぜ私は安いのか問い合わせてくる。
これにきちっと説明する必要がある。そのための一例として、各人の技能レベルを評価
している。ILU レベル管理と呼ばれるもので、I:指導員の指示の元で仕事ができる。L:一
人で仕事が出来る。U:部下の指導ができる。これで評価し待遇の説明、個人の教育に活用
している。
3.2
間接員への動機付け
直接員についてはグループ毎に前年の実績をベースに時間当たり出来高、不良率の低減、
労働災害ゼロ、設備の稼働率等の具体的目標を指示している。
間接員はどうしているか、成果主義が言われれば当然納得のゆく業務を評価するシステ
ムができていなくてはならない。タイ国内で間接員の評価システムについて言及した例を
知らない。私は日本で実施していたシステムをアレンジして担当業務の目標設定、その目
標を達成するための方策(何時までに、何をするか)を記入してもらう。いわゆる方針管理
を導入し、4∼6 カ月毎にレビューをする様にした。問題は各人の目標が適正かの判断がむ
ずかしい。公平性の面から大切である。成果と評価を結びつけることは、働いている人が
納得性を持ったとき次のステップ・アップにつながると思う。
4.担当分野の技術レベル
4.1
鍛造分野の技術、管理レベル
自動車生産が 100 万台を越えたといっても、1 トン小型商業車中心の市場では冷間鍛造、
温間鍛造を導入するメリットがないため、日系も現地の鍛造業者も熱間鍛造が大部分であ
る。現地自動車生産の 90%を占める日系自動車メーカの要求品質はきびしい。鋼材は韓国、
中国から売り込みがあるが、日本製鋼材以外認めていない。ISO9000 を取得すること、部
品の納入不良率は 50PPM 以下、毎月納入不良ワースト企業が報告され対策が求められる。
タイ現地企業にとって日系企業への納入は極めてハードルが高い。現地企業は、特に品
質保証体制が弱いため、重要保安部品を生産することはほとんどできない。鍛造表面の傷
を見る磁気探傷機、内部の傷を見る超音波探傷機、寸法測定をする三次元測定機等検査設
備にまで手が出ないのが現実である。結果として補修部品中心の生産になっている。
鍛造品の生産設備について、材料を加熱する電気誘導加熱装置は同じであるが、成形す
る機械は、日系はプレス中心、現地企業はハンマーが中心である。
プレスの場合は各工程(通常 3 工程)の形状を検討し、傷のない、材料歩留まりを追求し
た設計をし、密閉鍛造(歩留まり 100%)、ニアネット鍛造に挑戦している。
一方、ハンマーは曲げ,つぶしの工程を設けるが基本的に 1 工程で成形するため歩留ま
りの悪化は避けられない。
日系企業はほとんどが金型工場を併設している。現地化が最も遅れているのが金型設計
部門である。これが出来ないことは、品質不具合対策が出来ないことと同じである。日系
74
各社共に日本人型設計技術員がはずせない状況にある。
しかし、金型加工技術は日系企業の要求を満たす加工レベルにある。日系企業も社内能
力が不足した時は社外の現地企業に依頼している。
作業現場の管理にいたっては、現地の鍛造会社は中小企業であり、整理・整頓、更に「見
える化」等全く行なわれていない。掲示物もほとんどないのが現実である。
日系企業は日本の親企業に負けない管理をしている。このことが品質レベルにもはっき
り現れている。鍛造品の不良率は製品形状によって差があるものの、一般的には 0.5%であ
あり日系企業はほぼこのレベルにきている。
現地企業は目視検査だけで検査のレベルが違い比較できないが、現場を見る限り不良率
は 1%以上である。総合的にみると日本の 20∼30 年前のレベルにある。
5.その他
5.1
内部告発は怖い
内部告発が日本でも食品関係を中心に暴露され大きな問題になっている。
タイ国は何年も前から内部告発を奨励し、告発した本人を罰してはいけない、政府は奨
励金を支給すると言われている。日系の企業は日本製の設備を導入している。(今では中古
設備の持込を禁止している)
設備の修理部品が必要になった時、特に緊急を要するときハンドキャリーで日本から持
ち込むことがある。(電気部品のように小さく、軽いものが対象になる)
税金を払わずにそのまま工場に持ち込むケースがあった。あまり罪の意識がなかったこ
とも事実で、支払いがあるから購買、経理の担当者は輸入税が未払いであることは承知し
ていたはずである。そのことをマネージャーに進言せず、税務署に告発した。ある日突然、
税務署が査察に入り、過去 3 年間の購入書類をすべてダンボールに入れて持って行った。
結果としてペナルティを課せられ、利益はすべて飛んでしまった。告発した本人が三分
の一貰ったのではないかと社内で噂している。私たちは高い授業料を払ったことになった。
5.2
環境問題について
東南アジアをはじめとして発展途上国の環境が注目されている。 タイ国も例外ではな
い。
あのチャオプラヤ川の汚染もひどくなっている。しかし、工場の排水について厳しい対
応が求められている。工場のピット内の廃油を処理槽に入れず間違って雨水溝に流し、外
部に廃油が流れるミスが発生した。
工業用水の給水、排水については工業団地を開発したデベロッパーが管理しているのが
一般的である。デベロッパーの指示はすぐに廃油を回収すること。集水池(100m×200m)
に用意してある船、油回収ネット、油吸収スポンジ、中和剤、人手が不足すれば手配もし
てくれる。工業用水を使用する工業団地内の企業への影響を考えてデベロッパーの対応、
協力はすばらしいものだった。日本より環境への取り組みが甘いということはない。かか
った費用と再発防止策を要求されたのは当然で、定期的にデベロッパーが工場排水ピット
から採取,検査を実施している。
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5.3
国際税務専門官が私の自宅にやって来た
タイ国日系企業を退職して一年半後、関東信越国税局国際調査課国際税務専門官が私の
自宅やってきて 2 時間にわたって聴取された。
(1) 1996 年に創立以来 5 年を経過し、自動車業界が活況を呈している中で利益がでてい
ないのはなぜか。
(2) ロイヤルティを日産自動車㈱に支払っているのにシンニッタン㈱に支払ってい
な
いのはなぜか。
(3) 日本の親企業の社長が来タイ時の費用はどう処理しているか。
(4) 役人へのリベート、従業員との飲食等の費用はどうしているか。
要するに、利益隠しをしているのではないかということである。
私は経理担当でないので詳細は説明できないが、1997 年にバーツショクが発生し工場閉
鎖に追い込まれた。やむを得ず安価で受注しライン停止を避けた、その影響が続いている。
また、日本人派遣者が多く、日産から 4 名、シンニッタンから 4 名、合計 8 名であり、
早い時期に品質、生産の安定化をはかり、日本人派遣者は 3 名以下で運営する必要がある。
最近導入した大型プレスも仕事量が少なく 1 直体制である。
これが利益のでない大きな要因である。裏金つくりには、私は全く感知していないので
裏金が「ある」とも「ない」とも説明できないと答えた。聴取を受けた 1 年後、現地でか
ら 2004 年には黒字化が達成されているとの報告を受けた。
どこの国も税金の徴収に必死になっているが、経理の透明化、法令の遵守はどこにいて
も実践しなくてはならない。
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写真―1
写真―2
整理・整頓より
整理・整頓より
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「物の置き方」
「見える化」
写真―3
品質不良の検討
1ケ月分の不良品
1トン小型商業車の後車軸
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