発達段階の鶏胚における転卵による循環動態・自律神経機能への影響

発達段階の鶏胚における転卵による循環動態・自律神経機能への影響解析
Analys is of the cardiovascular system and autonomic nervous function in developing chick embryos
exposed to the rotation stimulus.
函館工業高等専門学校
電気電子工学科
助教授
森谷健二
Associate professor, Department of Electrical and Electronic Engineering, Hakodate National College of
Technology, Kenji Moriya
Summary
The aim of this research is to examine heart rate (HR) fluctuations and autonomic nervous function during
the last-half of incubation on chick embryos exposed to the rotation stimulus. The embryos were exposed
to rotation stimulus for an hour (group I) or two hours (group II) everyday. Subsequently, HR was
measured under the normal incubation environment. After the rotation stimulus had stopped, HR tended to
decrease during less than 10 min, subsequently HR increase up to the baseline level in both groups. HR
changes and times of return period in group II were tend to be smaller than group I. Additionally,
parasympathetic nervous activity in group I dominated than group II at soon after the rotation stimulus had
stopped. These differences of the results between group I and II could be considered that embryos in
group II may make an attempted to adapt to long term environment change.
1. はじめに
鳥類卵の孵化における転卵,すなわち回転刺激は呼吸に必要な絨毛尿膜を成長させる程良い刺
激になっているとともに,卵黄の沈殿付着を防いでいる。しかしながら,親鳥は孵卵後期には回
転刺激を与え過ぎないようになる。これは,強すぎる回転刺激やいつまでも回転を与えることが
胚の生理機能に対して悪影響があるためと考えられるが,特に孵卵後期における循環動態機能面
における具体的な影響研究例はほとんどない。
本研究では,循環器・自律神経機能が発達するニワトリ胚の孵卵後期において,回転刺激が心
拍ゆらぎ,自律神経活動へおよぼす影響を調査した。
2. 実験方法
2.1 回転刺激
ニワトリ卵(ブロイラー種)は,0∼12 日令まで通常孵卵(温度 38℃,相対湿度 60%,3時間
に 1 度の転卵)した。13 日令からは 3 時間に 1 度の転卵を止め,毎分5回転の回転刺激を与え,
回転刺激停止直後から通常孵卵環境下において心拍数計測を行った。1日に与える回転刺激の時
間は1時間の場合(groupⅠ)と2時間の場合(groupⅡ)とに分けた。
2.2 瞬時心拍数の算出
瞬時心拍数(Instantaneous Heart Rate , IHR)は心電図法により算出した。検出した心電図信
号は生体用増幅器とフィルタを介した後コンピュータで A/D 変換ボードにより取り込んだ。取り
込んだ波形の R 波間隔より IHR を算出した。長時間における心拍数の変動傾向を見るために 5 秒
毎の平均心拍数(MHR5sec )を求めた。[1]
2.3 自律神経活動指標
自律神経活動指標は心拍ゆらぎのスペクトルから求めた。スペクトル解析は 5 分間を 1 区間と
し,各区間を 1024 点分割して高速フーリエで求めてから,加算平均をして求めた(文献)。心拍
ゆらぎスペクトルは 0.04-0.10Hz を低周波成分(LF),0.4-1.2Hz までを高周波成分として,%HF を
副交感神経活動の指標に,LF/HF 比を交感神経活動の指標とした[2][3]。なお,ニワトリ胚は孵
卵約 21 日で孵化するが,一般的に約 14 日令から副交感神経が,約 15 日令から交感神経が発達す
ると言われている。
3. 実験結果及び考察
3.1
回転刺激による心拍変動への影響
回転刺激を与えた後の groupⅠの 30 分間の心拍変動と自律神経活動の例について 16 日令の場
合を図 1 に,18 日令の場合を図 2 に示した。groupⅠではすべての日令において心拍数が一度低
下してからベースライン心拍数まで増加(回復)する傾向が見られた。図 1 の例では回転停止直
後から約 5 分間は心拍数が低下するがその後約 15 分でベースライン心拍数レベルまで回復して
いる。自律神経活動は交感神経活動が抑制されており,心拍数を減少させている事がわかる。こ
の回転刺激を受けた場合の自律神経活動の応答は,乗り物酔いなど水平感覚に影響がある場合に
は交感神経が抑制されると言う報告事例と一致している。図 2 の 18 日令計測例では回転停止直
後に交感神経が優位になっており,16 日令の結果と相反するようにも思える。しかしながら回転
直後の心拍数は低下しているので解析不可能であった最初の 5 分間あるいは回転中は副交感神経
が優位あるいは交感神経は抑制されていたと考えられる。今後は回転中および直後の心拍計測と
解析を行なって,これを検証する必要がある。groupⅠにおける回転停止直後からベースライン
心拍数に回復するまでの心拍変動量と時間は共に日令が進むほど大きくなる傾向があった。これ
は日令とともに自律神経が発達したがゆえに,受ける影響も大きくなった可能性が考えられる。
回転刺激を与えた後の groupII における 15 日令(図 3)および 18 日令(図 4)の 30 分間の心
拍変動と自律神経活動の例を示した。groupⅡでは回転停止直後は心拍レベルが高く,その後低
下してベースラインに戻る傾向が見られた。回復までにかかる時間,心拍変動量には日令による
有意な差は見られなかった。自律神経の活動は,どちらの日令においても回転停止後,約 10∼20
分後(この時間は個体による)から交感神経の活動が亢進している。特に図 4 の例においてはか
なり大きな交感神経の亢進が見られている。groupII は,交感神経や副交感神経活動が大きく変
動してもベースラインレベルに戻ってからはそれほど大きな心拍変動が起きていない。過度の回
転刺激が自律神経活動のバランスを崩す,あるいは活動レベルそのものが低下しているのか,胚
が環境変化に適応しようとして自律神経活動が大きく変動しているからこそ本来起こるべき大
きな心拍変動を押さえる事ができるのか,どちらにせよ大きな負荷に対する自律神経の調節機能
を調べる上で興味深い結果が得られた。
3.2
回転刺激時間の影響
回転刺激を受けている間は,交感神経が抑制され心拍も低下しているはずだが両グループとも
回転直後の心拍数は高い状態にあった。このことは回転刺激を受けている間は自律神経支配以外
の生理的要素で負荷になっているために心拍が高いレベルにあるか,発育過程の自律神経が回転
刺激の影響によりバランスを崩したためと考えられる。
groupⅠの方が groupⅡよりも心拍の変動や回復にかかる時間が大きい傾向にあるが,日令に
よる自律神経の変動の差は groupⅡの方が大きい。このことは回転刺激の負荷程度の違いを反映
していると思われる。図 3 の計測例では 30 分間にわたり,徐々に活動的になってはいるが交感
神経はずっと抑制されており,逆に長期の回転刺激で受けた生理機能的影響を戻すために副交感
神経がずっと優位に活動していた。groupⅡでは,刺激を受ける時間が長い分,影響も大きくう
けていることは間違いない。そして,両者の心拍,自律神経活動の違いから,1 時間の回転刺激
は回復可能な負荷レベルだが 2 時間の回転刺激は負荷が強すぎると考えられる。
4.まとめ
本研究では 1 時間および 2 時間の回転刺激による心拍変動,自律神経活動の影響を調べた。回
転の影響の程度,そして影響からの回復に関してはある程度の傾向を知る事ができた。今後は瞬
時心拍ゆらぎへの詳細な影響と回転中の心拍変動や自律神経活動を解析する必要がある。
謝辞
この研究は(財)秋山記念生命科学振興財団の助成を受けて行われた。ここに謝意を示す。
参考文献
[1] Moriya et al.:Continuous measurement of instantaneous heart rate and It’s fluctuations before and after
hatching in chickens. J. Exp. Biol. Vol.203, P.895-903, 2000
[2] Akselrod et al. Power spectrum analysis of heart rate fluctuation : a quantitative probe of beat to beat
cardiovascular control. Science 213, p220-222, 1981
[3] 高橋雅之,佐々木誠,秋山龍一,森谷健二:微小重力刺激を受けた孵卵後期の鶏胚における心拍揺
らぎ解析,函館工業高等専門学校 紀要,第 41 号,39-44 , 2007
↓回転刺激停止 (groupI Day16 )
300
250
LF/HF ratio
200
5
parasympathetic
4
0.8
3
0.6
2
0.4
1
0
0
図1
1.0
sympathetic
5
10
0.2
15
Time(min)
20
25
30
%HF components
IHR (bpm)
350
0.0
groupI(回転刺激 1 時間群)における 16 日令の瞬時心拍数(上段)と自律神経活動指標(下
段)の例。1 時間の回転刺激を与えたあと 0 分の時点で回転刺激を停止している。上段の黒丸が
瞬時心拍数を示し下段の赤丸が交感神経活動指標(縦軸は下段左の LF/HF ratio)を,青丸が副
交感神経活動指標(縦軸は下段右の%HF components)を示している。回転停止直後から 2,3
分は計測準備のためにデータ欠損が生じる。また,それゆえに最初の自律神経活動指標は 5 分区
間すべてが反映されない。
↓回転刺激停止 (groupI Day18 )
300
250
LF/HF ratio
200
5
4
1.0
0.8
sympathetic
3
0.6
parasympathetic
2
0.4
1
0
0
0.2
5
10
15
20
25
30
%HF components
IHR (bpm)
350
0.0
Time(min)
図2
groupI(回転刺激 1 時間群)における 18 日令の瞬時心拍数(上段)と自律神経活動指標(下
段)の例。
↓回転刺激停止 (groupII Day15)
300
lack of data
250
LF/HF ratio
200
5
parasympathetic
4
0.8
3
0.6
2
0.4
sympathetic
1
0
0
図3
1.0
5
10
15
Time(min)
0.2
20
25
30
%HF components
IHR (bpm)
350
0.0
groupII(回転刺激 2 時間群)における 15 日令の瞬時心拍数(上段)と自律神経活動指標
(下段)の例。瞬時心拍数 25-30 分付近のデータ欠損は体動等により心電図検出ができなかった
ためである。
↓回転刺激停止 (groupII Day18 )
300
250
LF/HF ratio
200
10
8
0.8
sympathetic
6
4
0.6
0.4
parasympathetic
2
0
0
図4
1.0
0.2
5
10
15
Time(min)
20
25
30
%HF components
IHR (bpm)
350
0.0
groupI(回転刺激 2 時間群)における 18 日令の瞬時心拍数(上段)と自律神経活動指標(下
段)の例。このグラフの交感神経指標は,これまでのレンジの二倍になっている。