大阪市立大学医学部附属病院におけるバッグバルブマスクの 組み立て間違いによる医療事故調査報告書(概要) 1.はじめに 平成 24 年 4 月 10 日(火)、大阪市立大学医学部附属病院において、成人T細胞性白血病で末 梢血幹細胞移植を受けた患者の呼吸状態が急激に悪化し、その救命過程においてバッグバルブマ スク(以下「BVM」という。)を使用したが、誤って組立てられていたため患者の換気が十分 できない事故(以下「本件事故」という。)が発生した。 市大病院においては、院内の医療安全協議会要綱に基づき、医療安全協議会において平成 24 年 5 月 2 日に 4 名の外部委員を含む医療事故調査委員会を設置し、5 月 16 日に第 1 回会合を持 ち、以降 7 月 13 日までの計 3 回の調査委員会を開催し、8 月 27 日に本医療事故調査報告書を作 成した。 本概要は医療事故調査報告書を要約したものである。 2.事故の調査過程 本件事故の調査は、診療録等の調査並びに事故直後から本件事故の関係者に対して聴き取り を実施した医療安全管理部の説明に基づいて事故の概要を把握し、当該のBVMの検証を行う と共に本件事故に関係する医師、看護師及びBVMの製造販売業者である村中医療器株式会社 の担当者からの聴き取り調査を行うという方法により行われた。 3.事故の経過 平成 24 年 3 月 19 日、7 階病棟の本件とは異なる患者に当該BVMを使用した際、BVMが 汚染されたため、3 名の看護師で分解・洗浄・組立てを実施した。組立ては当該BVMの製造 販売業者である村中医療器の説明書を確認したが、詳しい組立て手順等が記載されていなかっ た。そのため、たまたま病棟で保管していたブルークロス社のBVMの分解図・組立手順書を 参考に組み立てた。しかしこの際、2 種類の弁を誤った位置に取り付けて組立てた。 組立て後の点検は、院内で定められたマニュアルを確認することなく、BVMを手で加圧し て空気が出ることを確認しただけであった。救急カートへの保管時にも他の看護師が点検を行 ったが、この際も不十分な点検であったため組立て間違いが発見できず、誤った状態のままで 救急カート内に配置された。 患者は 45 才、女性、平成 21 年 3 月に成人T細胞性白血病(ATL)を発症。その後、化学 療法や、 末梢血幹細胞移植を施行の結果、完全寛解が得られた。その後再発を認め、化学療法 を施行し、さらに平成 23 年 11 月に再度末梢血幹細胞を再移植したが、急性移植片対宿主病(急 性GVHD)を発症したため、以後治療していた。 平成 24 年 3 月中旬より、器質化肺炎を発症し、徐々に呼吸状態が悪化していた。4 月 10 日、 さらに呼吸状態が悪化し、投与していた酸素の増量や胸水穿刺等を実施したが、21 時過ぎから 急激に呼吸状態が悪化した。そのため、気管挿管を実施してBVMにて換気を行ったが、十分 な換気が行えなかったため、挿管をやり直し 3 度目の挿管後、医師がBVMの異常を疑い他の BVMに交換したところ正常に換気ができた。 事故後、脳保護のため低体温療法等を実施していたが、4 月 13 日の頭部CTで低酸素脳症を 示唆する所見を認め、その後も治療を行っていたが 4 月 24 日に永眠された。 1 4.事故発生過程と原因分析 本件事故の発生は「BVMの組立て」、「BVM組立て後の点検」、「BVM使用時」の 3 つの過程に大きく分類できる。 1)BVMの組立て過程に関して (1)看護師の問題 BVMを組み立てた看護師には、BVM取り扱いに関する経験が十分に無く、認識の甘さ、 知識不足、説明書や手順書の管理の不備や、職場内の権威勾配といったヒューマンファクター が関与していたと考えられる。 (2)BVMの問題 村中医療器のBVMについては組立て間違い防止のため、部品を間違った位置に取り付けが できないなどのフールプルーフ構造や、機能により弁の色を変えるなどの安全対策が不十分で あると考えられる。さらに、組み立ての際に参考にした説明書は、安全使用や組立てには不十 分な内容であり、村中医療器の情報提供方法には問題があったと思われる。 (3)管理面の問題 BVMの管理について、汚染時の洗浄・組立てに対する運用手順や購入手順などが整備さ れていないことが明らかになったが、これらの管理方法の不整備が本件事故の直接原因ではな いが、事故の誘発要因の一つではあると思われる。 2)BVM組立て後の点検過程に関して (1)組立て直後の点検の問題 BVMを組立てた後に院内で定められた作動確認が行われず、誤った方法でテストされ、救 急カート内に保管された。 (2)救急カート点検時の問題 救急カートの点検を実施した看護師はBVMの点検を実施しているが、救急カート点検表に 基づいて実施せず、実施済みのチェックやサインもしなかったが、だれにも指摘されることな く事故当日まで放置された。その背景には、点検業務に関するトレーニングの問題、点検表の 作り方の問題、点検不備が発見できない体制などの各種要因が関与していると思われる。 3)BVMの使用過程に関して (1)使用開始時のリークテストの問題 市大病院のマニュアルにはBVMの使用開始時のリークテストについて定められておらず、 本件事故でも使用開始時にリークテストを行っていないが、もし実施していたらその時点で組 立て間違いが発見出来ていた可能性も考えられる。 (2)BVM使用時の異常発見の問題 本件事故では、間違って組立てたBVMを使用して救命処置を開始し、医師がBVMの異 常を疑い交換するまである程度の時間を要しているが、かなり緊迫した状態の中で、医師は手 袋も装着していて、さらに気道抵抗上昇などの患者側の因子による影響もあり、通常の注意を していても異常察知が遅れた可能性も考えられる。さらに、SpO2が上昇しないのも「病態 2 が進行しているため」と考えらえる状態でもあったため、使用開始後早期にBVMの異常に気 づかなかったことについて、医師に責任を問うことはできないと思われる。 7.BVM組立て間違いの患者への影響 BVMの組立て間違いによる影響を確認するため、スキルスシミュレーションセンターにあ るシミュレーター人形を用いた調査を行った。その結果、今回と同じ間違った組み立て方法で も患者呼気弁がきっちりはまっていればある程度はバッグ内の空気を送ることができることを 確認した。本件事故では、BVMの使用開始から新しいBVMに交換するまで約 35 分要してい るが、この間の実際に換気が出来ていなかった正確な時間については不明である。 患者は、事故発生直前には、急激な急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の発症がみられており、 それに伴う呼吸不全が予想以上に進行し低酸素状態に陥り、事故が発生していなかったと仮定 しても生命予後は非常に厳しい状態であったと想像される。 BVMの機能異常が呼吸不全の増悪の直接の原因とはいえないが、救命処置が遅れ低酸素脳 症ほかの低酸素にかかわる病態の進行を早めた可能性があることは否めない。 しかしながら、患者の救命という観点からすると、基礎疾患及び合併したARDSに伴う呼 吸不全ともかなり重篤な状態であり、BVMの機能異常が患者の死亡時期を早めた可能性につ いては不明である。 8.提言 1)教育の充実 2)医療機器管理体制の整備 3)医療機器メーカーへの要望、連携と情報提供体制の構築 4)マニュアルの整備 9.おわりに 本件事故は、救命時に使用するBVMの組立て方を間違い患者に十分な換気が出来なかった 事故である。その原因については、BVMの点検・管理方法や機種の不統一などの院内の問題、 BVMの構造や説明書の不備などの医療機器本体やメーカーの問題、さらに医療機器や安全に 対する教育の問題など、様々な要因が影響していることが判明した。 そのため本報告書では、医療機器や安全意識向上に対する教育の充実、医療機器管理体制 の整備、医療機器メーカーとの連携、マニュアルの整備、などの提言を行った。 今後、本報告書が市大病院における医療安全の向上に役立つことを心から願うものである。 3
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