01 「この問題について、○○さんは絶対反対の立場でしょう」などと言葉を使わず表現する私が言い当てると、「なぜ分かったのですか」などと驚かれるのです医師の表情は読まれているが、実は自分でも気付かないうちに、表情に出ているのです。 ● 第一印象は 2 秒で決まる I 医師の勤務する大学病院をはじめ、一般に大病院では、患者の待ち時間は概して長いものです。患者は長らく待たされた末に「○ ○さん」と名前を呼ばれると、これまでの我慢から解放され、診察「 I 先生、ちょっとお疲れのよう。心配事でもあるのかしら」と患者が話していたと看護師から聞き、ドキッとしまを受ける態勢（readiness）を十分に調えた上で、診察室に入ってきます。した。院内の苦情処理や学会の仕事が重なり、ストレスを感じそのとき医師は、カルテを見ていたり、「こちらにどうぞ」と患者をているのは確かですが、患者にはそんな態度は見せていないつ招く動作に気をとられていたりして、患者の視線に気が付きません。もり。なぜ分かったのでしょうか ?（50 代、大学病院副院長 I）しかし、患者は自分に対してどんな診療が行われるのか見極めようと、医師の顔に目を凝らしています。そして、直感的なひらめき、言い換えると「適応的無意識人間の顔の表情は、意思によるコントロールが可能です。（adaptive unconsciousness）」によって、診察室に足を踏み入れ心理学の専門用語ではこれを、「表情統制」または「表情管た瞬間に、医師の表情を読み取り、第一印象を形成します。私の実理」と呼びます。顔の表情筋はほとんどが随意筋なので、「元気に見験では、これはわずか 2 秒でできることが分かっています。せよう」とか「悲しげに見せよう」と意識すれば、自由自在に動かす例えば、医師がわずかに口角を上げ、大頬骨筋と小頬骨筋をほんことができるのです。の少し持ち上げて、柔らかなほほ笑みと優しいアイコンタクトを保っですが、本人にそんな意識がなくても、表情筋が勝手に動いてしているとしましょう。その場合、患者は「先生は、私に深い関心をまうことがあります。持ってくれている」と判断します。私は、国会での党首討論のスピーチ分析をすることが多いので逆に、気の短い医師が、「はい、それでこの検査の結果は…」などすが、党首が何を考えているかが如実に分かるのは、実は自分が発と、患者の話をさえぎって次の説明に移ることがあります。そんなと言しているときではなく、聞き手に回っているときです。反対党の党きの医師は決まって、患者とのアイコンタクトを外します。首の発言中に、軽蔑、無視、自己防衛の感情が、表情に表れること口では「心配するほどのことはありませんよ」などとほほ笑みなががあるからです。ら話していたとしても、目の回りの筋肉はまったく動いていません。 2 3 つかの特徴があります。それは、①上唇が引き上げられ、下唇は上唇のほうへ押し上げられるか、あるいは下げられてわずかに突き出る②鼻根（目と目の間）に縦皺や横皺が寄る③頬が持ち上げられる④下瞼の下に皺ができ、上眼瞼挙筋を使って瞼が押し上げられる。しかし驚いたときのようにピンとは張っていない─という4 つです。特に、素人にもはっきり分かるのは、鼻根に皺が寄るときです。鼻孔が膨らむこともあります。「この患者の話に付き合うのは面倒く顔の上半分と下半分の動きに不一致があり、いかにも不自然です。さい」などと思って、ちょっと鼻孔を膨らませ、顎を突き出して、患者それを見た患者は、医師のほほ笑みは見せかけのものにすぎず、「先を上から見下ろしたりすると、完全に気付かれます。生は今、私の病気にあまり関心を払ってくれていない」ということを医師には、ぜひ表情筋を動かして、患者に対する愛情や援助の瞬時に見破ります。気持ちを示してもらいたいものです。患者の不安を和らげ、「私はあ米国のある心理学者によれば、起きている事柄への感受性が鈍なたに関心を持っていますよ」というメッセージを伝えるために、口い人は、表情筋の変化も鈍いのだそうです。ですが、そうでなくて元には柔らかなほほ笑みを浮かべ、ソフトなアイコンタクトで患者をも、心配事があったり、ストレスを感じたりしているときは、誰しも表迎えてあげてほしいのです。それが診察室でのコミュニケーション情筋の動きが鈍くなるものです。I 医師もきっと、自分では意識しなを成功させる第一歩です。いうちに、患者にいつもとは違う表情を見せていたのでしょう。 ● 軽蔑を表す4 つの特徴患者は本来、診察を受けに来ているのに、医師の表情を観察するなどとは失礼だと感じるかもしれません。しかし、患者としては、自分の病気に対する不安と、医師に対する不安の両方があるので、真剣にならざるを得ないのです。特に、医師が患者に対して軽蔑や嫌悪の感情を抱いていると、たとえその感情があからさまなものでなくても、患者はすぐに気付きます。 1. 医師の感情は、自分が思う以上に患者に伝わっています。 2. 患者は、医師のちょっとした表情から感情を読み取ります。 3. 特に「軽」や「嫌悪」については敏感です。「イヤだ」という感情を抱いている場合、表情筋の動かし方には幾 4 5 08 患者のキモチを読み取る患者の潜在意識を読み取る ● こんなに説明したのに… H 医師が手術の方法や具体的な入院日数などの話をした後で、S さんはどう返事をしたでしょうか。なんと、「あのー、先生、さっきの薬ですが…」と、右手で薬を取り出し、飲むまねをしたのです。患者の話の中には、潜在的な欲求が隠れています。S さんは、実は手術を受けたくないのです。体にメスを入れるのは、とても怖いことなのです。今の薬で何とかなるものならば、手術を先延ばしに最近、“ かかり下手 ” の患者が増えて手を焼いています。「しばらくお酒はだめですよ」と話すと、分かったようなしたいのが本心です。ちなみにSさんの古風な服装や話し方からは、変化を嫌う“ 秩序型 ”のタイプであることがうかがえます。返事をするのでそのまま帰したら、その日のうちに「晩酌くらい一方、H 医師は、薬の話は早く切り上げて、手術日程を決めてあげはいいですか」と電話がかかってくるという具合。患者がこちらるのが、患者のためになると信じています。これは医師としてのプロの説明を分かっているかどうか、見分ける方法はありますか ? の判断であり、職業的な欲求です。このように両者の欲求がかみ合わないまま応対を続けると、どう（50 代、整形外科勤務医 H）なるのでしょうか。議論は空回りし、S さんは病院を替えてしまうでしょう。「すぐに手術なんて言葉を口にして、私の気持ちをちっとも大学病院に勤務するH 医師からこんな相談を受けました。分かってくれない !」と捨てぜりふを吐いて…。一方、H 医師は「今日ごもっともな悩みです。は物分かりの悪い患者が来てね…」と、医局でナースにこぼすかもそこで、当事者の了解を得て、H 医師と、患者の S さんとの診察中しれません。のやりとりを一度ビデオに撮り、細かく分析しました。すると確かに、医師の話と患者の話がまったくかみ合っていない場面が幾つかあ ● り、それぞれが自分の言いたいことを一方的に話していたことが分では、どうすれば、こういう事態を避けることができるのでしょうかりました。か。ポイントは、患者である Sさんの欲求を読み取るコツを、医師が S さんは、腰痛に対して現在使っている痛み止めが効くと思ってきっちりと押さえておくことです。いるので、H医師にしきりのその薬の話をします。ところがH医師は、診察室の Sさんの心を占めているのは、次の 2 つの欲求でしょう。医学的にみてそろそろ手術をする時期と判断し、「さて、手術の日程 1つは「自己表現欲求」。自分の話をきちんと聞いてほしいという欲を決めましょう」と水を向けるのです。求です。H 医師は、S さんの話の途中で手術のことなど持ち出さず 2 誰にも「自己表現欲求」がある 3