農業経営の集約化と持続的土地利用 農家の経営の発展は

要
約
持続的農業と土地利用
又は,
農業経営の集約化と持続的土地利用
農家の経営の発展は,地域の持続的土地利用とどう折り合いをつけるのでしょうか.
農家の経営目標は,農家所得と農家効用の最大化です.これに基づいて農家が経済的な
意思決定をした結果,環境面に問題のない持続的な土地利用と相容れないことがよく見受
けられます.
農業生産と環境の保全とを両立し,安全な食品を生産し,国民の生活基盤である環境を
維持していくこととは,一体のものでなければなりません.
畑地の野菜地帯,中山間や平場の畜産経営の周辺の地域は,農業由来の余剰養分がもと
で硝酸態窒素による地下水の汚染問題が発生しています.欧米では農業からの養分の排出
規制がなされていますが,日本では経営が優先されているのが実態です.農業の集約化あ
るいは農家の怠慢な土壌管理により,農業が環境に負荷をかけているのです.
環境にやさしいという有機農業への取り組みによっても,また,経営者と周辺住民とは
健康被害,苦しみを共有しています.解決策はないのでしょうか.環境に負荷をもたらさ
ない持続的土地利用は適地適作が基本です.土地利用システムを①土地利用タイプ,②土
地管理単位,③技術,などにもとづくきめ細かな肥培管理により実現できます.
(380字)
参照:以下は,以前にお送りしたものです.
第*章
(亀山
持続的農業と土地利用
(キーワード:環境
食料
農家世帯
肥料
バイオ
土地利用
エコノミクス
)本文
6ページ
経済学
宏)
地域農業
図、表
はじめに
この章の目的はふたつあります.ひとつは、農業がまわりの地域の環境にどのような負
荷(環境汚染)をもたらしているか、それをいかに削減しつつ持続的農業を実現するかを、
農業的な土地利用のあり方を考えることで,もうひとつは,農家の意思決定から考えると
どのようにするとそのようなことが可能なのかを考えていくために、農業研究のために農
家経済分析学が果たす役割を理解することです.
1
農業の正と負の影響および作物の生育と畜産
一般に,農業がまわりの地域の環境にもたらす影響として、正と負の影響があります.
正の影響は「多面的機能・役割」などともいわれ、負の影響は「環境への負荷」とよばれ
ます.ここでは、後者について考えます.具体的には,投入要素である肥料の多投による
悪影響についてみます.
このためには、生物(植物・動物)生産のバイオと物質循環(肥料や農薬など)などの
フィジカル(物的)な知見と,農家の経済行動を説明する経済学とを結びつけることが有
効です.これを統合しようとしたものが、バイオ・フィジカル・エコノミック・モデル、
略して、バイオ・エコノミック・モデル(略して BeM)という枠組みです.
この分野をバイオ・エコノミクスといいます.従来は,水産資源,林産資源などの再生
可能資源に関わる数学モデルに使われてきました.最近は,もうひとつ,農家家計モデル
分析に使われています.ここでは,後者のうち数理計画モデルを使うものについて説明し
ましょう.
本章では,農家が農産物の栽培や家畜を育てることによって、窒素(リン酸,カリウム
なども含む)を排出しますが,この量をなるべく少なくするにはどうするかについて考え
ましょう.
2
土壌中の窒素循環
作物の成長を農家の意思決定と合わせて考えていくためには,降雨,気温,蒸発散量,
などの物的(フィジカル)な面についての知見をきちんとふまえる必要があります.
本章の課題について検討するには,生産のプロセスで肥料,作物の残さや家畜のふん尿
が投入されて,作物の生育の結果,環境に負の影響をもたらすかどうか,これは投入され
る土壌のなかでどのような物質循環がなされているかを知ることから始まります.
土壌中の窒素は,作物・動物の遺体や動物のふん尿などで土壌に戻った有機物として供
給されますが,
「有機栄養プール」に蓄えられただけでは,植物の生育には利用できません.
かえって、直接に作物の根に触れますと根腐れなどを起こして生育の障害となったりもし
ます.
文献によって様々な図表を使われますが,ここでは,説明,模式的には図1のように考
えるとよいでしょう.まず,
「有機栄養プール」から無機化(M)されたものをいったん「無
機栄養プール」にプールします.そして,肥料の投入(F),大気中の窒素ガスの固定(FL
と SY)からの投入も「無機栄養プール」プールされます.こうして作物は窒素栄養を吸
収(U)できるのです.この無機化のプロセスでは,有機物が施用されますと微生物が酵
素を分泌してから分解・吸収されます1.
問題は,これらの無機栄養プールへの投入が利用を超えた場合に起こる地下への流亡で
す.作物の成長にとって必要な窒素分が土壌の中でまかなえれば,窒素の流出にかかわる
問題はおきません.問題は,これを超えて窒素分が土壌中にある場合です.
解決策は,
(1)カバークロップを栽培して,次に続く作物の植え付けの前に窒素分を作
物の生育に使ってしまうことです.
(2)化学肥料などの投入量を抑え,地域内の家畜のふ
ん尿を耕種作の栽培に用いることです.
3
農家経済の意思決定
農家の意思決定行動はどのようになされていると考えるのが,もっともらしいでしょう
か.具体的には,途上国の場合,日本の場合.日本でも地域で考える場合など,特に,日
本では主な営農の担い手の将来像は効率的経営と集落営農ですが,どのようにとらえるこ
とができるでしょうか.
農業経営学では,家族的農業経営である農家の経済は、伝統的に家計と経営が未分離(分
離していない)でどんぶり勘定的なもので,ある意味でそれが強みであるとしています.
しかし,分析,診断する上で,機能的に,便宜的に,農家経済全体を 2 部面に分けて記述
します.消費活動をおこなう消費経済部面(家計)と生産・経営活動をおこなう所得経済
部面(経営)です.次に,この2つの部面別に,行動目標が異なります.家計では家計全
体の効用の最大化,経営では所得の最大化です.
第 1 に,消費経済部面(家計)をみてみましょう.経済主体の行動に注目する,ミクロ
経済学のうち消費者の理論では,まず,使える時間を労働と余暇とに配分する選択を考え
ます.ここで、余暇といっても働いて所得を得ないというだけで、睡眠、食事、家族のだ
んらん、など全てのものが含まれます.こうして,できるだけ,満足(効用)を高めるよ
うに選択行動をとるのです.つまり,労働は少なく、働かないで余暇を過ごしているほど,
また、働いて所得を得てそれを支出にあてることができるほど,満足を高めると考えます.
そこで、消費者としての農家は満足の水準を高めるように意思決定すると考えられ,最大
の満足の水準をもたらす余暇と所得の組合せが求められるわけです.これが消費者として
の農家の最適な意思決定行動です.
ただし,それでも時間当たりの高い労働報酬が得られるようになれば,少ない時間でこ
れまでより高い報酬が得られて,それをさまざまな財やサービスの購入に当てることがで
き消費活動ができるので、消費者の満足を高めるという行動原則によれば、余暇よりも労
働に時間を振向けることが考えられます.そこで,所得や財産の少ない農家と豊かな農家
では、おのずと余暇と労働への時間の配分のしかたが異なると考えられます.こうした選
択行動を,生産者の行動様式のなかにいれて、作物選択などと合わせて農家の意思決定行
動を説明します.
第2に,生産者の経済行動です.使える時間をどう配分するかが問題となります.自分
の農場だけで働くのか,それ以外の農場で働くのか.働く機会が自分の経営以外になけれ
ば、選択の余地がなく自分の農場において働くだけのことですが,隣近所の農家で働く機
会があり、そこでの雇用労賃の価格が高ければ,自分の農場では働かないことが考えられ
ます.農作物を生産するほうがほかで働くよりの所得が得られる場合は、自分の農場で働
きます.取り巻く投入要素(土地,労働,資本)や産出物(農産物)をめぐる市場がある
かないかによっても異なります.(バーナブ・ウドリー)
第3に,生産者としての行動は消費者の選択行動に依存します.農家モデルの「非分離
特性」と呼ばれます.生産者の目的である所得の最大化の結果、どの程度の所得水準が達
成されたかによって、消費活動の水準が決まります.つまり、どのような農家でももっと
長い時間働くかといえば、必ずしもそうではなく、ある程度の所得水準がすでに確保され
ていれば、もうそれ以上に所得を得ようとはしないという農家もありそうです.1 人にと
って 1 日は 24 時間しかないのですから、家族のなかで労働する人の人数分だけの労働を
どのように、働く機会に配分し、労働はしないで余暇にまわすか.追加的 1 時間の労働で
得られる所得と比べて、そのために犠牲にして失うであろう余暇時間に対する主観的な評
価が多ければ、もう働かないと意思決定するとも考えられます.
以上のように,農業生産の意思決定が農家の選択構造と初期保有量に関連していると考
えられます.
(バーダン・ウドニー)
第4に,賃金(労働の単位時間当たりの価格)
,生産物の価格,技術などの条件,これら
を与件(与えられたもの)として捉え,その条件が少し変わると、どのように意思決定を
変えるか,いくつか与件変動効果をみましょう. どこの農場で働くかは単位時間当たりの
賃金水準が影響します.自分の農場で働く場合でも,どのような作物を栽培するのか,家
畜は飼育するのか.これは面積あたりの作物の収益性,単位あたりの家畜群の収益性が影
響します.また,この作物の収益性に影響するのが,本章における課題となっている肥料
分についての費用の価格です.肥料価格が高くなれば,投入量を抑えようとするでしょう.
次の節では,価格水準という与件の変動効果をみるのではなく,様々なローテーション
をあらかじめ準備しておいて,農家が経営としていずれのローテーションを選択するのか
に注目します.
4
地域の農業生産からみた持続的な土地利用
近年,地下水と飲料水の窒素による汚染が問題となり,様々な法的規制がとられていま
す.これを受けて,フィリピンや中国,はたまたエチオピアなどでもこのBeMの応用とし
て研究されてきています.この例をご紹介しましょう.
中国の北部の野菜産地では,従来は、食料の自給が至上命題でコメの生産が主たるもの
でしたが,経済成長に伴って野菜生産が急速に進み、欧州基準の1リットル当たり 50ml
という限界を超え、3倍を超えるところも多くみられます.中国では東部,南部地域でも
こうした問題をかかえそうです.化学肥料の使用を抑えたより持続的な技術を開発し、普
及と農家による採用を促進することが緊急の課題となっています.浙江大学とワーゲニン
ゲン大学との共同研究の成果です.浙江省の浦江は揚子江河口の杭州の南に位置し、水の
豊かなところとして有名です.表1???は、土地利用の開発政策シナリオ別にその成果
を比較したものです.
近年,地域の所得水準の向上が重要課題となってきて,集約化,多角化、農地の拡大,
農業からの退出の4つのシナリオが考えられました.この目的のためには、野菜などの作
付け体系への堆肥の散布なし(D1)と堆肥の散布あり(D2)の畜産業の振興で家畜の
飼養数を倍にしました.これで、現状と比べて、土地利用はコメと野菜からコメ+野菜が
増加します.一人当たり所得と土地生産性が現状の参照のケースの 20%増しを実現します.
ただ,地域の環境面をみますと、堆肥を散布しないと窒素(N)の過剰が多く、N 過剰の
うち利用されない堆肥が 57%と急に増加します.
そこで、土地利用では、作付け体系はそのままとして、N 過剰のうち利用されない堆肥
をなくすように堆肥を散布(D2)しますと、なによりも労働所得も D1 よりもさらに増え,
農業従事者も増え、一人当たりの労働所得も増加します.
窒素過剰のうち利用されない堆肥の割合を、このほかのシナリオについてみましょう.
土地拡大(果物の面積の増加)では 38%、農業からの退出(農業労働力が 80%(20%の
削減))にしますと 41%です.退出のシナリオでも,集約化のシナリオよりも一人当たり
の労働所得 14%の増加します.
以上のように,・・・・・
5
土地利用システム
こうした研究は,土地利用システムを,①土地利用タイプ(作物,作物ローテーション,
採草放牧地などの組み合わせ),②土地管理単位(LMU:土壌,景観,天候などが均質な
地域),③技術(目標とする収量がわかる、
・・・complete set of inputs to realize a target
yield; combination of inputs depends on production orientation (e.g. integrated crop
protection and nutrient management or not),などにもとづくきめ細かな肥培管理により
実現できます.
環境に負荷をもたらさない持続的土地利用は適地適作が基本です.
Hengsdijk の図
TechnoGIN
6
農家経済分析学と持続的土地利用
農家の経済的意思決定
農家は、取り巻く経営的環境を総合的に判断して同時に様々な意思決定します.同時期
に栽培する作物の組み合わせや時間的なローテーション(前作と後作の関係)もそのひと
つです.こうした意思決定を個別の農家をこえた地域でみていくことで、地域の農業的な
土地利用の現状をとらえられます.
ここでは、とくに、窒素肥料の多投入が地下水や河川の汚染などを引きおこす可能性に
ついて考えます.
利用可能な技術,Bio-chemical な技術,M 技術
投入要素(肥料・農薬など)が生育のための適正な水準以上に投入された場合には、周
辺の環境に負荷をもたらします.投入量を削減すれば環境への負荷が低減されますが、収
量が減少して生産者と消費者への経済余剰が減少します.この分を直接的な所得補償がな
されれば負荷の少ない生産方式への転換がなされます.
考えてみよう
1.窒素循環において硝酸態窒素が排出される理由は何か.
2.これを防ぐにはどのような方法が考えられるか
3.農産物の有機栽培の難しさはどこにあるのか.
4.農家はどのようなことを意思決定するのか.
5.???????
参考文献
合田素行『中山間地域等への直接支払いと環境保全』,家の光協会,2001.
「農政の転換と農業環境政策」「多面的機能の考え方と費用負担」17-30 頁,31-60 頁.
西尾道徳『「環境保全型農業の課題と展望―わが国農業の新たな展望に向けて―』,大日本
農会,2003.
西尾道徳,古在豊樹,奥八郎,中筋房夫,沖陽子『作物の生育と環境』,農山漁村文化協会,
2000.第 4 章「土壌的要素」がよくまとまっている.
荏開津典生『農業経済学』,岩波書店,1997.第 5 章「農業の経営組織」.標準的なテ
キスト。
プラナブ・バーダン,クリストファー・ウドニー(福井清一ほか共訳)
『開発のミクロ経済
学』東洋経済新報社,2001.第 2 章「家計の経済学」が詳しい。
Hengsdijk H., Wang G., et al. Disentangling poverty and biodiversity in the context of rural
development: A case study for Pujiang county, China, (draft), 2005.
Ponsioen T. C., Hengsdijk H., Wolf J. et. Al. TechnoGIN, a tool for exploring and evaluating
resource use efficiency of cropping systems in East and Southeast Asia. Agricultural Systems,
87(1), pp.80-100, 2006.
作 物
無機栄養プール
動
物
有機栄養プール
図1 窒素循環の概要(Ponsioen ら(2006)による). F:肥料,S:長期にわたる土壌
からの無機化,WD:湿性沈着,FL:単生的微生物による窒素固定,SY:共生的微生物に
よる窒素固定,L:N(窒素),K(カリウム)の溶脱,D:脱窒,V:窒素の揮散,X:不
可逆的なリンとカリウムの固定,B:燃焼,H:収穫された農産物による栄養の取去り,A:
畜産物の取去り,U:作物による栄養の取り込み,AD:焼却後の沈着,M:作物の残さと
ふん尿の無機化
表 土地利用の比較
単位
労働所得
CNY /pers
土地生産性
CNY/ha
農業従事者
の割合
%
N過剰
kgN/ha
薬剤インデックス
森林面積当り
の農業地域
の割合
土地利用
コメ
ha
野菜
ha
コメ+野菜
ha
果物
木材植物
ha
動物個体数
%
労働力
%
N過剰のうち
利用されない
%
堆肥
作付け集約
%
機械化
%
現状
集約化
12,850
62,250
13,610
65,920
32
425
756
32
296
758
多角化
D1
D2
15,920 16,050
77,110 77,720
35
412
747
63
237
747
土地 農業から
の退出
拡大
14,772
15,540
58,716
60,180
33
251
632
35
283
664
0
0
0
0
0.56
0
6,805
3,745
3,309
8,107
1,395
100
100
6,804
3,745
3,210
8,107
1,395
100
100
6,521
3,584
3,654
8,162
1,340
200
100
6,521
3,584
3,653
8,162
1,340
200
100
6,701
3,685
3,373
13,183
1,396
100
100
6,660
2,896
3,436
9,146
1,105
100
80
22
39
57
0
38
41
2
0
2
5
11
11
2
11
15
Hengsdijk 他(draft),2005.
地球レベル
国家を超えるレベル
国家レベル
地域レベル
農家レベル
圃地レベル
作物レベル
植物レベル
組織レベル
細胞レベル
図
1
1999 年
ク」より抜粋
土地利用分析の範囲
全国農業協同組合連合会
肥料農薬部
発行「施肥診断技術者ハンドブッ
http://www.zennoh.or.jp/bu/hiyaku/sinsakukun2000/yougosyu.htm
無機化
土壌中の有機物が主として微生物の作用で分解し、無機物に変化する反応を
いう.窒素化合物について使われることが多い.有機質窒素肥料あるいは動植
物遺体などを土壌に施用すると、土壌中の微生物はこれを分解して自分に必要
なエネルギー、養分を獲得し増殖する.窒素を含む化合物(タンパク質、核酸、
アミノ酸、アミドなど)はいずれもアンモニウムを生成する(アンモニア化成).
リン酸の場合も核酸などが分解して無機リン酸になる反応がある.
流亡
水によって耕地から土壌成分や施肥養分が失われることをいう.下層土への溶
脱、地表面での流去あるいは侵食にともなう損失がある.降水量の多い地域、
特に降雨強度(時間当たりに降る雨量)が大きい地域では流亡による養分の損
失は大きい.尿素や硝酸塩のように土壌に吸着保持されない養分や、塩基のよ
うに吸着されても火山灰土壌のように保持力の小さい場合、あるいは砂質土な
どの吸着容量の小さい場合には流亡の程度が大きい.