競争のない市場を開拓する① キムとモボルニュの ブルー・オーシャン戦略

競争のない市場を開拓する①キムとモボルニュのブルー・オーシャン戦略
競争のない市場を開拓する①
キムとモボルニュの
ブルー・オーシャン戦略
中野 明
2007 年 6 月 25 日
初出:ビジネスリスク経営研究所『Business Risk Management』2007 年 8 月号
世界中で話題になった
ブルー・オーシャン戦略
近年、最も話題になったビジネス理論を一つ挙げるとすれば、皆さんは何を推され
ますか。わたしならば「ブルー・オーシャン戦略」をまっ先に挙げるでしょう。
ブルー・オーシャン戦略は、フランスのビジネス・スクール INSEAD で経営戦略論
を教えるW・チャン・キムとレネ・モボルニュによって提唱されました。2 人はいず
れも、ダボス会議で著名な「世界経済フォーラム」のフェローにも選ばれている実力
者です。
ブルー・オーシャン戦略が公表されたのは 2004 年秋、
「ハーバード・ビジネス・レ
ビュー」の論文としてです。この論文は大きな話題をさらい、抜き刷りのオーダーは
50 万部を超えたといいます。
この勢いをかって、2005 年には単行本『ブルー・オーシャン戦略』が出版され、大
ベストセラーを記録します。そして、2006 年には日本語版も出版され、世界のみなら
ずわが国でも版を重ねています。近年、これほど話題になる経営戦略論も珍しいので
はないかと、わたしは思います。
では、なぜ、ブルー・オーシャン戦略が、これほど大きな話題を巻き起こしたので
しょうか。
実は、この点を知るには、マイケル・E・ポーターやフィリップ・コトラーらが提
唱した理論に関する知識が不可欠になります。
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そこで今回は、本連載ですでに解説済みのポーターやコトラーの理論と比較しなが
ら、ブルー・オーシャン戦略の概略について解説したいと思います。その上で、ブル
ー・オーシャン戦略を具体的に展開するための手法について記しましょう。
血みどろの競争が続く
レッド・オーシャン
現在、多くの企業が、限られたパイを巡って激しい競争に明け暮れています。より
大きなシェアを得るには、ライバル企業を上回るパフォーマンスを出さねばなりませ
ん。しかし、ある企業が少々優れたパフォーマンスを見せると、競争相手がすぐにそ
れを模倣します。
その結果、市場に出回る製品の特徴は、おしなべて均一化します。かつて差別化さ
れていた製品も急速に日常品化します。そして、製品間にとりたたて違いがなくなる
と、当然のことながら買い手は、価格の安い製品を手にします。結果、価格競争は日
増しに激しくなり、それでなくても激しい競争にさらされている市場環境が、一層激
しさを増すことになります。
あらゆる業界に見られるこうした市場のことを、キムとモボルニュは、血みどろの
競争が繰り広げられているという意味から「レッド・オーシャン」と名付けました。
企業がレッド・オーシャンを航海する場合、取り得る戦略は2つです。ひとつは、
あくまでもレッド・オーシャンの中で戦う戦略です。レッド・オーシャンで戦うとい
うことは、いわば「目の前の敵に力を集中する」ことに他なりません。当然そこでは、
血で血を洗う激しい競争が、さらに繰り広げられることになるでしょう。
ブルー・オーシャン戦略は、
未知の市場空間創造を目指す
一方、もうひとつ考えられるのは、レッド・オーシャンに見切りをつけて異なる大
海を目指す戦略です。いわば「未だ生まれていない市場、未知の市場空間」の開拓を
目指します。この方向を選択するのが「ブルー・オーシャン戦略」に他なりません。
未知の市場空間を目指すということは、目の前の敵を相手にしないということです。
つまり、この戦略では逆に、目の前の的よりもむしろ、競争相手のいない市場を開拓
し、そこで大きな利益を手にすることを目指します。
したがって、ブルー・オーシャンでは、レッド・オーシャンに見られる、血みどろ
の戦いは見られません。それもそのはずです。そもそも市場に、競争相手自体がいな
いのですから。よって、ブルー・オーシャン戦略とは、
「競争自体を無意味にする戦略」
とも言い換えられるわけです。
キムとモボルニュは、レッド・オーシャンで血みどろの戦いを繰り広げるよりも、
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ブルー・オーシャンの創造へと戦略を転換せよ、と主張します。彼らはこの行動を「賢
明なる戦略移行」と呼びました(図 1)。つまり彼らは、賢明なる戦略移行を実施して、
競争自体が無意味になるブルー・オーシャンを開拓することが、現代企業の最優先課
題だと指摘するのです。
競争の戦略と
ブルー・オーシャン戦略
ところで、
「競争」という言葉で思い出すのが、マイケル・E・ポーターの「競争の
戦略」です。前々回にもふれたように、ポーターの著作『競争の戦略』は、経営戦略
論のバイブルとして四半世紀も読み継がれてきました。
『競争の戦略』には、文字通り競争に打ち勝つための戦略が細かに描かれています。
その中でも特に著名なのが「ファイブ・フォース(5つの競争要因)
」でした。これは、
「新規参入業者」「競争業者」「代替品」「買い手」「供給業者」という5つの要因
から業界を取り巻く競争環境を分析します。そして、この5つの競争要因から、最良
の防衛ポジションを形成することが、競争の戦略の基本的な考え方として位置付けら
れます。
一方、ブルー・オーシャン戦略では、競争自体が無意味な未知の市場空間の創造を
目指します。つまり、競争の戦略自体を無意味にする戦略なわけですから、当然ファ
イブ・フォース分析も無意味になります。つまりブルー・オーシャン戦略は、従来の
正統的な経営戦略論であるポーターの競争の戦略と、真っ向から対立する理論なので
す。
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競争のない市場を開拓する①キムとモボルニュのブルー・オーシャン戦略
脱セグメンテーションを推進する
ブルー・オーシャン戦略
ブルー・オーシャン戦略が、従来の経営戦力論と対立するのは、上記の点のみでは
ありません。ブルー・オーシャン戦略を実行する際の方針にも、従来常識とされてき
た経営戦略と対立する見方が見られます。
その顕著な例が、未知の市場を創造するためのポイントとして掲げる、次の 2 点で
す。
①脱セグメンテーションを目指す
②差別化および低コスト化を同時に実現する
まず、①脱セグメントを目指すですが、これは一言でいうと、フィリップ・コトラ
ーが提唱するマーケティングの原則に反する考え方を述べたものです。また、②は再
びポーター理論と真っ向から対立します。すなわち、前回紹介した「3 つの競争戦略」
を否定する考え方なのです。
では、①脱セグメンテーションを目指すから、キムとモボルニュの意図するところ
を説明しましょう。
ここで思い出したいのが、この連載でもすでにふれた、コトラーが提唱するマーケ
ティングの最も基本となる手順です。
「①調査→②セグメンテーション・ターゲテ
ィング・ポジショニング→③マーケティ ング・ミックス→④実施→⑤管理」が
それでした。
注目すべきは、手順の 2 番目に位置する「セグメンテーション」です。セグメンテ
ーションとは、既存の市場に対して全体を対象とするのではなく、共通の要素をもつ
集団をグループ化することでした。市場細分化とも呼ばれています。現代のマーケテ
ィングでは、このセグメンテーションを実行した上で、自社や自社の製品にふさわし
いターゲットを選び出し(ターゲティング)、製品のポジションを決定すべし(ポジシ
ョニング)と説きます。つまり従来のマーケティング論に従うと、
「①調査」を実行し
たら、次にすべきことがセグメンテーションなのです。
一方、ブルー・オーシャン戦略では、セグメンテーションを行いません。それもそ
のはずで、マーケティング理論が既存の市場を対象にするのに対して、ブルー・オー
シャン戦略では、未知の市場全体を対象にするからです。つまり、従来型マーケティ
ング理論で語られてきたセグメンテーションが、ブルー・オーシャン戦略では無意味
になるわけです。ここでも、ブルー・オーシャン戦略が、従来常識として考えられて
いた理論の対極に位置することがわかると思います。
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バリュー・イノベーションと
3 つの基本戦略
次に、②差別化および低コスト化を同時に実現する、について考えてみましょう。
差別化と低コスト化というキーワードから頭に浮かぶのは、前回ふれたマイケル・
E・ポーターの「3 つの基本戦略」でしょう。ポーターは長期的な基本戦略は、煎じ
詰めると3つしかないと指摘しました。
「コストのリーダーシップ」
「差別化」「集中」
がそれです。
コストのリーダーシップは、低コスト体質を実現することで、競合他社よりも低価
格で製品やサービスを提供する戦略です。また、差別化戦略は、他の企業が持たない
特色づくりに経営資源を集中して、業界内で特異なポジションを占める戦略でした。
さらに最後の集中戦略では、特定の地域や購入者などに経営資源を集中します。そし
て、経営資源を集中した特定セグメントで、コストのリーダーシップ戦略か差別化戦
略を実施するというものでした。要するに、低コストか差別化か、いずれかを選択す
るのが競争の戦略の基本になるわけです。
その上でポーターは、不振企業の多くが、この 3 つの基本戦略のいずれも採用して
いないか、いずれかの戦略を採用したとしても、短期間で戦略転換してしまい、一貫
性がないと指摘しました。そして私たちはこの考え方を、
『競争の戦略』が世に出てか
ら四半世紀、経営戦略の基本中の基本として受け入れてきました。
一方、キムとモボルニュは「差別化と低コスト化を同時に実現せよ」と言うのです。
これは明らかに、ポーターの主張に対して、真っ向から異を唱えるものです。
キムとモボルニュによると、差別化と低コスト化の同時実現とは、
「買い手に対して
いまだかつてない価値を提供しつつ、コストを押し下げること」です。コストを押し
下げるには、業界で常識となっている要素をそぎ落とすことが欠かせません。また、
買い手に対していまだかつてない価値を提供するには、業界にとって未知の要素を加
えることが不可欠になります。つまり差別化の推進です。
従来、価値が高まるとコストもふくらむと考えられていました。これを打破して、
いまだかつてない価値=イノベーションを、低コストで提供すること、言い換えるな
らば「イノベーションと実用性、価格、コストなどの調和」を目指すことが、キムと
モボルニュの言う差別化と低コスト化の同時実現に他なりません。
彼らはこれを「バリュー・イノベーション」と呼びました(図 2)。そしてキムとモ
ボルニュは、このバリュー・イノベーションこそが、ブルー・オーシャン戦略の土台
になると指摘します。
「低コスト化か差別化か、いずれか一方を選択すべし」と言うポーター。これに対し
て、キムとモボルニュは「差別化を図りながら低コストを実現し、バリュー・イノベ
ーションを創造すべし」と叫びます。この点においても、ブルー・オーシャン戦略が、
従来の経営戦略の定石から、大幅にはずれていることがわかるでしょう。
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競争のない市場を開拓する①キムとモボルニュのブルー・オーシャン戦略
このように、ブルー・オーシャン戦略が、様々な点において、従来の常識をくつが
えす経営戦略だということを理解してもらえたと思います。そして、従来の正統派の
経営戦略論やマーケティング論に対立する考え方であるがために、ブルー・オーシャ
ン戦略は、これほど大きな話題をさらったと言っても、おそらく間違いではないと思
います。
ブルー・オーシャン戦略には
基本的な手順がある
ところで、レッド・オーシャンから抜け出すには、ブルー・オーシャンの創造が不
可欠なのがわかりました。そして、ブルー・オーシャンを創造するには、バリュー・
イノベーションが欠かせないことも理解できました。となると、次に問題になるのは、
いかにすればバリュー・イノベーションを実行できるのか、という点に尽きるでしょ
う。
キムとモボルニュは、その具体的手法についても著書の中で詳しく述べています。
以下は、その手順を簡単にとりまとめたものです。
①現状の分析と理解(戦略キャンパスの活用)
②戦略の方向性の策定
③4 つのアクションの実践
④フィードバックの実践
⑤ビジネスモデルの構築
⑥組織面のハードルを越える
⑦実行を見据えた戦略を立てる
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競争のない市場を開拓する①キムとモボルニュのブルー・オーシャン戦略
大別すると、① ⑤は戦略の策定、⑥ ⑦は戦略の導入と実行になります。そして、
これを総合的に実行するのが、ブルー・オーシャン戦略の具体化に他なりません(図
3)。
この中で特に注目したいのが、①の「戦略キャンパス」と③の「4 つのアクション」
です。いずれも、ブルー・オーシャンを創造するための強力なツールとして活用でき
るのが特徴です。とはいえ、今回は紙数が尽きてしまいました。詳細については、次
回に譲りましょう。
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