補完代替医療学の展望

全日本鍼灸学会雑誌,
2006年第56巻 5号, 693-702
2006.11.1
第 55 回
(3)
693
全日本鍼灸学会学術大会(金沢)
特別講演
補完代替医療学の展望
鈴木
信孝
金沢大学大学院医学系研究科
補完代替医療学講座
要
特任教授
旨
補完代替医療は近年脚光をあびており、 Complementary and Alternative Medicine
(CAM)と呼ばれている。CAM とは具体的には、サプリメント(健康補助食品)、ハーブ
療法(ハーブティー、アロマセラピー)
、鍼灸、指圧、気功、伝統医学、温泉療法、音
楽療法、抗加齢医学等々を包含している。米国では国立補完代替医療センター (NCCAM)
が設立され、全米の少なくとも 60%医学校で代替医療の講義が行われている。また、
米国の健康保険組合は CAM のうちカイロプラクティックと鍼灸治療を給付の対象にし始
めた。我が国の CAM の種類は、サプリメント 42.0%、マッサージ 31.2%、リフレクソロ
ジー 20.2%、アロマセラピー 14.6%、指圧 13.2%、ハーブ 12.3%であり、サプリメン
トを使っている患者が圧倒的に多いことが注目されている。そこで、本稿では CAM の中
でも特にサプリメントについて概説した。
キーワード:補完代替医療、サプリメント
Ⅰ.はじめに
344 億ドル(約 3兆∼4兆円)を費やしているとい
補完代替医療は、アメリカのみならず我が国で
うデータも示された。これは 1997 年の米国で支
も近年急速に脚光をあびている医学分野であり、
払われた通常医療費の総自己負担費用 293 億ドル
Complementary and Alternative Medicine (CAM)
に匹敵するか上回ることも判明している3)。
(補完代替医療)という用語が使われている 。
1)
また、最近では医療形態を表す統合医療(integrative medicine)という言葉も使われるようになっ
ているが、統合という言葉そのものに戸惑いを抱
く医療関係者が多いのが現状である。
そもそも代替医療とは『西洋現代医学領域にお
いて、科学的未検証、臨床未応用の医療体系の総
称』であり2)、補完とは『西洋現代医学を補う』
という意味である。補完代替医療の利用率は欧米
のみならず日本でも非常に高いことが知られてい
る(図 1)。また、1997 年の時点でアメリカ人は、
代替療法に関わる総自己負担費として年間 270 ∼
〒920-8640
金沢市宝町 13-1
金沢大学大学院医学系研究科
図1
補完代替医療の利用率
694
(4)
特別講演
全日本鍼灸学会雑誌56巻5号
「なぜ今、一般人や患者は補完代替医療を求め
(抗酸化食品、免疫賦活食品など)、 ハーブ療法
るのか」については、以下の 6 つの点が挙げられ
(ハーブティー、アロマセラピー)、中国医学、鍼
よう。
1.代替医療は親しみやすく、自然で、非侵襲的
なものが多い。
2.伝統医学や自然医学に関心を寄せる人が多く
なり、人気も高い。
3.「自分の健康は自分で守りたい」という患者
の希望。
4.治療だけでなく、健康増進法や予防法が求め
られている。
灸、指圧、気功、インド医学、食事療法(玄米菜
食など)
、磁気治療、免疫療法、精神・心理療法、
温泉療法、芸術療法、音楽療法等々すべてを包含
している。なお、米国国立衛生研究所(NIH)の
国立補完代替医療センター (National Center for
Complementary
and
Alternative
Medicine:
NCCAM)の分類を図 2に示した。
実際に使用されている代替医療の種類は、アメ
リカと日本ではかなり異なっている。複数回答調
5.身体のみならず心や精神の健康を求めている。
査によると、アメリカではリラクセーション 16.3
6.西洋現代医学が患者の気持ちに十分に応えて
% 、ハーブ 12.1 %、マッサージ 11.1 %、カイロ
いない。
プラクティック 11.0 %、メンタルヒーリング 7.0
なお、代替医療の利用をかかりつけの医師に打
%、メガビタミン療法 5.5 %である3)。 一方、我
ち明けた患者はわずか 38.5%しかいなかったとい
が国ではサプリメント 42.0 % 、マッサージ 31.2
う統計3)が指し示すように、医師と患者の信頼関
%、リフレクソロジー 20.2 %、アロマセラピー
係が脆弱になっていることも指摘されている。
14.6 %、 指圧 13.2 %、ハーブ 12.3 %であり4)、
本稿では、補完代替医療の国内外の現状と各種
補完代替医療の中で最も使用が多いといわれてい
サプリメント(健康補助食品)使用者が圧倒的に
多いことが特徴となっている(図 3)
。
るサプリメントの基礎知識について詳述する。
2. NIH に国立補完代替医療センター (NCCAM)
1.補完代替医療の種類
が誕生
補完代替医療とは具体的には、ビタミン・微量
アメリカでは代替医療の研究がより深く進めら
元素等のサプリメント、薬効食品・健康補助食品
れるとともに、増しつつあるアメリカ国民の代替
図2
補完代替医療の分類
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鈴木
信孝
(5)
695
医療に対する関心の高まりを受け、 1992 年、 議
は代替医療の政策の一環として 20 人からなる諮
会 は 国 立 衛 生 研 究 所 (NIH) 内 に 代 替 医 療 局
問委員会を結成した(The White House Commis-
(OAM: Office of Alternative Medicine)を設立し
sion on Complementary and Alternative Medicine
た。その後 OAM は格上げされ The National Cen-
Policy)。 現在、 ホワイトハウス代替医療政策委
ter for Complementary and Alternative Medicine
員会は全米各地で代替医療のシンポジウムを開催
(NCCAM) となり予算も増額された。 現在 NIH
し、医療関係者や一般の人々と話し合いを持ち、
全体の CAM に対する予算は 3億ドルを突破して
代替医療のコンセプトと環境作りに着手している。
いる。
NCCAM では多くの臨床試験が行なわれている
5. 日本における補完代替医療の歩み
が、中でも最も力を入れているのがサプリメント
日本における代替医療の歴史は伝統医学等の歴
の臨床試験である。鍼灸の臨床試験も多く、少な
史にさかのぼるものであり、起源を明らかにする
くとも 46件の臨床試験が進んでいる。
ことは難しい。しかし、最近になって、西洋現代
医学の立場から代替医療を検証しようという新し
3. NCI が「がん代替医療局」を設立
米国国立癌研究所(NCI: National Cancer Insti-
い潮流が生じてきた。
1997 年、 我が国で初めての本格的な代替医療
tute)は NCCAM と歩調を合わせ、1998 年にがん
の学会である日本代替医療学会(現
補 完 代 替 医 療 局 (OCCAM: Office of Cancer
替医療学会)が創設された。学会のメンバーは医
Complementary and Alternative Medicine)(http: //
師、歯科医師、獣医師、看護師、薬剤師、栄養士、
www 3. cancer. gov/ occam/)を設立した。OCCAM
鍼灸師、柔道整復師、各大学・研究機関の基礎研
は、がんの代替医療(予防、診断、治療)に関す
究者等から構成され代替医療に関する分野横断型
る研究をサポートする活動を行っている。
研究が盛んに行われるようになった。現在、会員
日本補完代
数は約 1000 名、 学会員構成比率では、内科医が
4.ホワイトハウスに代替医療政策委員会が設置
最も多く、ついで外科医、薬剤師、産婦人科医、
アメリカ国民の声を反映して、ホワイトハウス
小児科医、皮膚科医、歯科医師、鍼灸師と続く。
図3
補完代替医療の種類
696
(6)
特別講演
全日本鍼灸学会雑誌56巻5号
その後、 日本代替・相補・伝統連合会議
一方、我が国では金沢大学で医学生を対象に補
(JACT)が結成され、代替医療の連合と融合が試
完代替医療学の講義が開始され、看護領域では山
みられている。 また、2001 年には日本統合医療
梨県立看護大学で講義が開始されている。
学会(JIM)が結成され、活動を開始した。
一方、2002 年 3月にわが国で初めての補完代替
7. 補完代替医療の科学的検証の進め方
医療学講座が金沢大学に誕生した。本講座では農
代替医療の科学的検証の手順は西洋現代医学の
学部、理学部、工学部、薬学部、栄養学部等と医
場合と異なっていることが多い。西洋現代医学の
学部で分野横断型研究が行われている。現在、わ
場合は、まず物質を同定して細胞、動物実験、人
が国には補完代替医療関係の講座がさらに 2ヶ所
における臨床という流れであるが、代替医療はす
(北陸大学薬学部代替医療薬学教室、大阪大学大
でに広く用いられているものが多く、かつ古くか
学院医学系研究科生体機能補完医学講座)設立さ
らヒトで安全性が確認されているものが多いため、
れている。
動物の安全性試験をクリアしたものは、まず臨床
試験で本当に有用なものかを判定してから、物質
6. 代替医療に対する大学教育の現状
の同定へと移行する。代替医療は薬剤の新規開発
医学校の学生の強い要望に答え、現在全米の医
と異なり、科学的検証によって医療界へ速やかに
学校 125 校のうち少なくとも 75 校 (60%) で、
導入できるものが多く、この分野の研究の大きな
代替医療に関する講義も始まっている。テキサス
魅力の一つとなっている。
大学の MD Anderson Cancer Center には、音楽療
最近では補完代替医療の重要性が各国で認識さ
法などを行う代替医療センターが発足した。さら
れるようになり、専門ジャーナルも数多く発刊さ
に、ペンシルバニア大学では医師、栄養士、セラ
れるようになった(図 4)。 これはこの分野の科
ピストなどがチームを作って代替医療に取り組み
学的エビデンスが急速に蓄積されつつあることを
はじめている。また、コロンビア大学ではアロマ
示しているものである。なかでも eCAM は日本補
セラピーや音楽療法が取り入れられており、この
完代替医療学会をはじめ日本側の研究者らの提案
ような動きは全米の大学に及んでいる。
により発刊された国際誌であり、東洋医学の研究
図4
補完代替医療の国内外の雑誌
鈴木
2006.11.1
成果を投稿するのにも適した雑誌といえる。現在
インターネットで論文を無料閲覧できるので一度
信孝
(7)
9.
1.1
697
特別用途食品とは
特別用途食品とは、高血圧症、腎臓疾患、乳児、
訪 れ て い た だ き た い 。 〈 http:// www. ecam.
妊産婦、高齢者用など特別の用途に適するという
oupjournals. org〉
表示を厚生労働大臣が許可した食品であり、現在
429 件の食品が許可されている。具体的な種類と
8. 代替医療に保険給付
しては、低ナトリウム食品 、低カロリー食品 、
全米の健康保険組合が代替医療を給付対象にし
低たんぱく質食品 、低(無)たんぱく質高カロ
始めた。給付の中心になっているのはカイロプラ
リー食品 、高たんぱく質食品 、アレルゲン除去
クティックと鍼灸治療である。わが国でも、一部
食品、無乳糖食品、糖尿病食調製用組合わせ食品、
の民間保険会社が採用を検討している。
肝臓病食調製用組合わせ食品、成人肥満症食調製
用組合わせ食品、乳児用調製粉乳、妊産婦、授乳
9.増加するサプリメント利用者
サプリメントや健康補助食品という用語は鍼灸
婦用粉乳、そしゃく困難者用食品、そしゃく・え
ん下困難者用食品等がある。
師にとってはなじみがないかもしれないが、患者
がすでに使っているケースが多く、その概要を知っ
9.
1.2
ておくことは重要かも知れない。そこで、ここで
機能食品)
は、食品の種類について説明し、特に近年増加の
一途をたどるサプリメントについて詳述する。
保健機能食品(特定保健用食品・栄養
保健機能食品は栄養改善法によって規定されて
おり、 特定保健用食品と栄養機能食品がある。
2001 年 4 月にスタートしたこの制度により、食品
9.1
食品の分類
の健康機能表示の範囲は拡大した。
薬事法によって食品と薬は厳格に区別されてお
り、特定の疾患に使うものはすべて薬に分類され
る。したがって、一般に食品は疾患に対する効果・
効能を表示することは許されていない。
9.
1.2.
1
特定保健用食品とは
食品には生命維持のための一次機能(栄養)と
食事を楽しむという二次機能(味覚)、そして体
食品は大きく分類すると特別用途食品、保健機
調のリズム調節や生体防御、疾病予防、疾病回復、
能食品といわゆる健康食品に分けられる(図 5)。
老化防止などの健康を維持する三次機能(体調調
以下、順を追って説明する。
節)がある。
特定保健用食品は、食品の持つ三次機能に注目
図5
食品の分類
698
特別講演
(8)
し、生活習慣病の『危険要因(リスク)の低減・
全日本鍼灸学会雑誌56巻5号
9.
1.3
健康食品
除去』に役立つように工夫された食品で、健康に
いわゆる健康食品とは学術的に定義されたもの
対してどのような機能をもっているかを表示する
ではなく、便宜的に使用されている用語なため、
ことを、厚生労働大臣が個別許可した食品である。
健康補助食品、栄養補助食品、サプリメント等さ
特定保健用食品は、1)食生活の改善が図られ
まざまな名称で呼ばれているのが現状であり、米
健康の維持増進に寄与することが期待できること
2)保健の用途の根拠が医学、栄養学的に明らか
国では Dietary Supplement と称されている。
健康食品は一般に通常の食品の形態をとること
であること 3)まれに食べられる食品ではなくて、
はなく、粉末、顆粒、錠剤あるいはカプセルなど
日常的に食べられる食品であること 4)錠剤やカ
の形状をした食品である。したがって、外観上は
プセルのような形態をしていない、通常の形態を
医薬品とほとんど見分けがつかないものも多い。
した食品であること 5)成分はもっぱら医薬品と
健康食品は食品衛生法により規制されているだけ
して使用されるものでないこととなっている。平
であり、効果・効能を謳うことはできない。我が
成 18 年 4 月現在 「特定保健用食品」 表示許可数
国で患者が最も使っているのはこれら健康食品で
は 583 品目を数える。 具体的には図 6のような種
ある。
類があり、使用している人も急増している。
9.
2
9.1.
2.
2
栄養機能食品とは
健康食品(サプリメント)の日米比較
アメリカと日本の人気サプリメントは大きく異
栄養機能食品は、「特定の栄養成分を含むもの
なっている。またサプリメントにはハーブを含む
として厚生労働大臣が定める基準に従い当該栄養
場合もあり、明確な区別がなされていないことが
成分の機能の表示をするもの」と定義されており、
多い。
ビタミン 12 種類とミネラル 5種類がある(図 7)。
アメリカではエキナセア(Echinacea)
、ガーリッ
ク (Garlic, ニ ン ニ ク )、 イ チ ョ ウ 葉 エ キ ス
図6
特定保健用食品
2006.11.1
鈴木
(Gingko Biloba)、ノコギリヤシ(Saw Palmetto)
、
信孝
(9)
699
一方、我が国の人気健康補助食品としては、ア
高 麗 ニ ン ジ ン (Ginseng)、 ブ ド ウ 種 子 エ キ ス
ガリクス、プロポリス、AHCC、ビール酵母、穀
(Grape Seed Extract)、 茶 (Green Tea)、 セント
類、 バナバ葉、 黒酢、DHA、EPA、 クロレラ、
ジョーンズワート(St. John's Wort)
、ビルベリー
青汁、コラーゲン、ルイボス茶、アミノ酸、グル
(Bilberry)、バレリアン(Valerian)、大豆(Soybe
コサミン、コンドロイチン、MSM,、ローヤルゼ
an)、ブラックコホッシュ(Black Cohosh)、ミル
リー、桑葉、L-カルニチン、アルファリポ酸、コ
クシスル(Milk Thistle)
、月見草(Evening Primr
エンザイム Q 10、大豆イソフラボン、ウコン、大
ose)、フランス海岸松エキス(ピクノジェノール、
麦若葉、カテキン、キトサン、スピルリナ、アス
Pycnogenol)、ショウガ(Ginger), ナツシロギク
タキサンチン、田七人参、冬虫夏草、納豆キナー
(Feverfew)、 当帰 (Dong quai) 等が人気となっ
ゼ、ハトムギ、フコイダン、プラセンタエキス、
ている。
特に当帰をはじめとする漢方生薬は日本におい
ては薬に分類されているが、アメリカでは食品と
万田酵素、大高酵素、めぐすりの木、ルテイン等
があげられるが、アメリカの人気サプリメントと
はずいぶん異なっていることに注目すべきである。
して販売されている。一方、フランス海岸松エキ
ス(ピクノジェノール)のようにヨーロッパでは
9.
3
がんの代替療法におけるサプリメント
薬(OTC)として認可されているが、アメリカや
がんの患者さんが健康食品を使用している例が
日本では食品として流通しているものもある。し
急増している背景の下に、 2001 年に厚生労働省
たがって、ピクノジェノールは食品でありながら
はがん研究助成金を交付し、「がんの代替療法の
催奇形性、 変異原性、 急性・亜急性・慢性毒性
科学的検証と臨床応用に関する研究」班を結成し
(動物)のみならず、ヒトでの安全性試験もクリ
た。そして「がんの補完代替医療ガイドブック」
アしており、かつ薬理機序や臨床効果に関する論
が最近完成した5)。
文も数多く揃っている。このように、各国で食薬
研究班の報告によると、がんの医療現場におけ
区別が異なる場合があることに留意すべきであろ
る補完代替医療の利用頻度に関しては、がん患者
う。
の 44.6%(1382 名/3100 名)が 1種類以上利用し
図7
栄養機能食品
700
( 10 )
特別講演
ていることが明らかとなっている。さらに、特徴
全日本鍼灸学会雑誌56巻5号
証が必要である。
的な点として、健康食品・サプリメントの利用頻
度が非常に高いということも分かっている(図 8)
。
以下、ガイドブックにしたがい癌患者の利用率が
高い健康食品をいくつか説明する。
9.
3.2
【プロポリス】
プロポリスとは、ミツバチが樹木の特定部位、
主として新芽や蕾および樹皮からの採集物に、ミ
ツバチ自身の分泌物、蜂ろうなどを混合してつく
9.3.
1
【アガリクス】
られた暗緑色や褐色から暗褐色を呈した粘着性の
アガリクス茸は、学名をアガリクス・ブラゼイ・
ある樹脂状の固形天然物である。プロポリスは薬
ムリル (Agaricus blazei Murill)、 和名はカワリ
として用いられた歴史は古く紀元前 350 年にさか
ハラタケ(慣用名;アガリクスまたはヒメマツタ
のぼる。ギリシャ人は膿瘍に、アッシリア人は傷
ケ)という担子菌類ハラタケ科のキノコであり、
や腫瘍の治癒にプロポリスを用いていた。現在で
原産地はブラジルとされている。アガリクス茸の
も外用では、消毒や抗菌をおもな目的に、経口で
抗がん効果(抗腫瘍活性、免疫賦活作用)の有効
は各種感染症、十二指腸潰瘍などの消化器疾患に
成分として、β-グルカンや低分子分画の ABMK-
対して用いられ、免疫賦活効果も期待されている。
22 などが知られている。 また具体的な免疫賦活
しかし、外用以外の効果については科学的実証が
作用としてはマクロファージ・NK細胞の活性化、
十分ではないと言われている。研究班による文献
樹状細胞の活性化および成熟化誘導等が報告され
検索では実験室の研究などは 31件あったものの、
ているが、いずれも培養細胞・動物実験での研究
ヒト臨床試験で検証した報告はなかった。
報告である。
ヒトでの科学的検証はまだ少なく、ひとつのラ
9.
3.3 【AHCC
(エー・エイチ・シー・シー)
】
ンダム化比較試験が行われたに過ぎない。これは
AHCC(Active Hexose Correlated Compound)
子宮がんと卵巣がんの患者を対象にした調査で、
は、「担子菌類の菌糸体を液体タンクで培養し、
化学療法中の副作用(食欲不振、脱毛、全身脱力
各種酵素処理、熱水抽出して得られた活性化糖類
感など)を軽減する効果について有効性を認めた
混合物の総称」とされている。有効とされている
と報告されているが、今後、複数の試験による検
成分は、β-グルカンとアセチル化α-グルカンと
図8
我が国における補完代替医療法利用実態
鈴木
2006.11.1
されていて、免疫賦活作用、抗腫瘍作用等が培養
信孝
( 11 )
701
Ⅱ. まとめ
細胞実験、動物実験にて確認されている。ヒトで
現在アメリカ医師会のみならず、わが国の医療
の検証は根治手術後の肝細胞がん患者を対象とし
従事者の間にも補完代替医療をきちんと科学的に
た非ランダム化(非無作為化)比較試験がひとつ
検証すべきであるという考え方が広まりつつある。
報告されている。その研究報告では、AHCC 摂取
また、英国ではチャールズ皇太子の提案で、代替
によって手術後の再発予防効果、生存率の延長効
医療研究プロジェクトチームが作られ、統合医療
果を認めたとされている。今後、さらに複数の臨
の五カ年計画を立て、国家レベルで代替医学研究
床試験による検証が求められよう。
に取り組みはじめているという。
医療従事者は自分達の患者がどんな補完代替医
9.3.
4
【サメ軟骨】
療を使っているかという情報を取得し、科学的裏
サメ軟骨は、創傷治癒促進や非腫瘍性の慢性炎
付けのある評価をしながら患者の治療に当たるべ
症性疾患の治療のため、 1950 年代から使用され
きであろう。患者もしくは健常人が実際に使用し
てきた。抗腫瘍活性としては動物実験や前臨床試
ている各種代替療法を頭から否定したり、無視し
験などから、直接の細胞傷害作用、免疫賦活作用、
たり、強い規制をかけたりするよりも、むしろ、
血管新生阻害作用の 3つが考えられている。サメ
アメリカやイギリスのように、患者の立場に立っ
軟骨は、米国において複数のヒト臨床試験が行わ
てこれら未確認の代替療法を基礎的さらには臨床
れている(進行中も含む)素材である。検索の結
医学的に厳密に科学検証した上で、取捨選択する
果、3 件の臨床試験の報告があり、それぞれ「サ
という地道な努力が必要であると思われる。
メ軟骨は単独で使用した場合、抗腫瘍効果は認め
られず、 生活の質 (QOL) に関してもプラスに
ならない」「サメ軟骨(Neovastat)は、腎細胞が
ん患者において、高用量(240 ml/day)内服によっ
て、生存予後に関して利益をもたらす可能性があ
る」
「サメ軟骨(Benefin)は、進行がん(乳がん・
大腸がん)患者において有効性は示唆されなかっ
た」と結論づけている。サメ軟骨は、ほかの健康
参考文献
1) Suzuki
N.
medicine:
Complementary
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Japanese
and
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perspective.
eCAM.
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補助食品・サプリメントと比べて臨床試験が比較
Trends in alternative medicine use in the
的数多く実施されているが、がん患者への有効性
United States, 1990-1997: results of a follow-
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9.3.
5
【メシマコブ】
メシマコブは桑の木に寄生するキノコで、これ
5.
5) 住吉義光.がんの補完代替医療ガイドブック−
まで栽培が困難であったが、近年、韓国で菌糸体
厚生労働省がん研究助成金研究の一環として.
の培養に成功し、その多糖類成分の免疫増強効果
日本補完代替医療学会誌.2006; 3(1): 23-6.
の研究が精力的に行われるようになった。 1993
年にはメシマコブ菌糸体は、免疫機能増強剤とし
て韓国で医薬品として認可されている。研究班の
検索の結果では、症例報告が 2件(肝細胞がん;
1 症例、前立腺がん;1 症例)あるのみであり、
今後更なる検討が必要である。
702
特別講演
( 12 )
全日本鍼灸学会雑誌56巻5号
THE 55 th ANNUAL MEETING(KANAZAWA)
Special Lecture
Fundamental Perspective on Complementary and Alternative Medicine
SUZUKI Nobutaka
Department of Complementary and Alternative Medicine,
Kanazawa University Graduate School of Medical Science,
Research Professor
Abstract
The use of complementary and alternative medicine (CAM) is increasing rapidly. CAM, as defined by the
National Center for Complementary and Alternative Medicine (NCCAM) in the USA, is a group of diverse
medical and health care systems, practices, and products that are not presently considered to be part of conventional Western medicine. NCCAM classifies CAM therapies into five categories, or domains; 1. Alternative
Medical Systems (Traditional Chinese medicine, Ayurveda, Homeopathic medicine, Chiropractic, Naturopathic
medicine, etc.), 2. Mind-Body Interventions (Meditation, Prayer, Mental healing, Art, Dance, Music therapy,
etc.), 3. Biologically Based Therapies (Foods, Herbs, Vitamins, Dietary supplements, Aromatherapy, etc.), 4.
Manipulative and Body-Based Methods (Chiropractic or Osteopathic manipulation, and Massage, etc.), and 5.
Energy Therapies (Qi Gong, therapeutic touch, electromagnetic fields). In the USA, CAM use increased from
33.8% in 1990 to 42.1% in 1997. In Japan, 65.6% of adults used CAM. Furthermore, in the USA, 61.5% of
the CAM users did not tell their doctors while 78.9% of the CAM users in Japan did not tell theirs. In Japan,
the domain of dietary supplements is most important, followed by aromatherapy, traditional Chinese medicine
(Kampo), Ayurveda, and electromagnetic fields. An Agaricus blazei Murill is the most popular dietary supplement. Many cancer patients take this mushroom. The aim of this paper is to determine the actual status of
dietary supplements in Japan.
Zen Nippon Shinkyu Gakkai Zasshi (Journal of the Japan Society of Acupuncture and Moxibustion: JJSAM).
2006; 56(5): 693-702.
Key words: Complementary and Alternative Medicine (CAM), Dietary Supplement