月号 - 科学技術情報プラットフォーム

情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
人工知能研究半世紀の歩みと今後の課題
461
西田豊明
472
佐々木啓子
481
日下九八
489
江渡浩一郎
502
石塚英弘
■人 工知能研究の本格的な開始は1956年,日本で人工知能学会が設立されたのは
1986年のことです。これまでの世界の歩み,日本の歩みを人工知能学会の前会長
が振り返ります。さらに今後の研究は,ユーザーに「君がいてよかった!」と言っ
てもらえる共感力をもつ人工知能の実現に重点をおくべきと論じます。
知的情報分析による索引作成とその意義
CA作成における特許分析を中心に
■化学分野の論文・特許データベースChemical Abstractsは,人手による索引付与(知
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的索引作成)を行っています。機械的索引との違いはどこにあるのか。化学物質
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の索引はどのように行っているのか。CAS登録番号の付与,統制語の付与によっ
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て検索上どのようなメリットがあるのか。化学情報協会のCA索引担当者が平易に
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解説します。
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ウィキペディアの基本的な編集方法と考え方
間違いを正しく編集する
■ウィキペディアは誰もが自由に参照でき,誰もが編集できる百科事典です。間違
いに気づいたときに気づいた人が気軽に修正すれば,ウィキペディアの信頼性を
高めることができます。ここではウィキペディアの簡単な修正方法を紹介します。
ウィキペディアを参照するだけでなく,気軽に編集者として参加してみませんか,
という呼びかけです。
ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
ニコニコ学会βの試み
■「ニコニコ学会β」
。このユニークな学会活動の発案者が,ニコニコ学会βの発足
に至る経緯について独自の視点から解説します。まず「ユーザー参加型の学会」
というアイデアのもととなった「ニコニコ動画」と「初音ミク」という2つのイノ
ベーションについて述べたのち,新学会の理念を解説します。さらに,2回開催さ
れたシンポジウムについて,第1回の内容を中心に紹介します。
システム開発がわかる人材の育成
■情報システム開発がわかる情報担当者はどのように育成するのでしょうか。シス
テム開発の経験と,30年にわたり大学で関連講義を行ってきた経験に基づいて,
要点を解説します。情報システムの要素と機能,ソフトウェア開発の難しさとそ
の理由,その難しさの解決策としてのライフサイクルモデルです。特に基本用語
の概念を理解することと,要求分析の重要性が強調されています。
目次
月号
October
511
岩隈道洋
視点:
516
赤松幹之
レガシー文献・探訪:
521
名和小太郎
過去からのメディア論:
524
大谷卓史
集会報告:
528
植松利晃
この本!~おすすめします~:
532
村上祐子
図書紹介:
535
園原麻里
連載:
研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
第1回 法情報の世界
スポーツは健康のため?
プライバシー:定義集
ウィキリークス・P2P・地下出版
図書館・情報科学に関する国際ラウンドテーブル会議
国際ラウンドテーブル会議を回顧する
哲学者たちの反省
『図解PubMedの使い方 インターネットで医学文献を
探す 第5版』
537
情報界のトピックス
540
PINUP
542
編集後記
vol.55 no.7
JOHO KANRI 2012
October
Journal of Information Processing and Management
Contents
Artificial intelligence research in the second half century
461
NISHIDA Toyoaki
Indexing by intellectual document analysis and its
significance
Focusing on patent document analysis for CA
472
SASAKI Keiko
Basic editing tutorial and concept of Wikipedia
How to correct contents properly
481
KUSAKA Kyuhachi
Challenges of the NicoNico Gakkai Beta, a newly-launched
society for pursuing the value of user participation in
content creation
489
ETO Koichiro
Fostering human resources knowledgeable about
information systems development
502
ISHIZUKA Hidehiro
Series:
511
IWAKUMA Michihiro
Opinion:
516
AKAMATSU Motoyuki
Exploring legacy literature:
521
NAWA Kotaro
Seeing current media retrospectively:
524
OTANI Takushi
Meeting:
528
UEMATSU Toshiaki
My bookshelf:
532
MURAKAMI Yuko
New book:
535
SONOHARA Mari
Introduction to legal research for R&D and business
Part 1: System of legal information
Sport for health
Changing definition of "privacy" with time
Wikileaks, Peer-to-Peer, and the literary underground
Can the freedom of speech be absolute?
International Roundtable for Library and Information
Science
The International Roundtable is recollected
Reflection by philosophers
537
Topics of the information community
540
PINUP
542
Editor's note
人工知能研究半世紀の歩みと今後の課題
人工知能研究半世紀の歩みと今後の課題
Artificial intelligence research in the second half century
西田 豊明1
NISHIDA Toyoaki1
1 京都大学大学院情報学研究科(〒606-8501 京都府京都市左京区吉田本町)Tel : 075-753-5371 E-mail : [email protected]
1 Graduate School of Informatics, Kyoto University (Yoshida-Honmachi Sakyo-ku Kyoto-shi, Kyoto 606-8501)
原稿受理 (2012-07-30)
情報管理 55(7), 461-471, doi: 10.1241/johokanri.55.461 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.461)
著者抄録
ネットワーク社会が急速に形成されつつある今日,人工知能研究は1950年代から今日までの五十余年にわたる1番目の
ステージを終え,2番目のステージに移りつつある。本稿では,第2ステージの人工知能研究のあり方を議論するため,
まず,過去の人工知能研究の流れを回顧し,顕著な成果が大規模探索,知識ベースシステム,言語・音声・画像処理,
プランニング,機械学習とデータマイニング,人工知能と芸術との融合であることを指摘する。次に,「すごい」と言
わせるくらいの高い問題解決能力を持つ知的エージェントを作ることを目指した従来研究に対して,これからの研究
では,ユーザーに「君がいてよかった」と言ってもらえるような高い共感力を持ち,計算知能と人間社会をつなぐコミュ
ニケーション知能の実現にもっと重点を置くべきであることを論じる。
キーワード
人工知能,情報通信技術,弱い人工知能,強い人工知能,問題解決能力,共感力
1. 人工知能研究の流れ
を経て今日に至っている。表1に人工知能研究の足跡
人工知能研究の本格的な開始は1956年のダートマ
この間の歴史を俯瞰してみると,概ね1970年まで
ス会議だとされている。1952 ~ 62年までの間に行わ
は「冒険の時代」であり,生まれたばかりの分野で
れたとされるA. Samuelのチェッカープログラムの研
いろいろな考えが提案され,試されている。問題解
究に見られるように,商用コンピューターが誕生し
決のためのアルゴリズムを明示的に記述することが
た1950年前半から,コンピューターの可能性を信じ,
困難なとき,候補の枚挙原理と探索のコツを与え,
コンピューターに人間のような知的な情報処理をさ
コンピューターに解を知的に探索させることを狙っ
せようという取り組みを続けてきた研究者が,この
た,弱い方法(weak method)の研究が進んだ。
会議で自分たちのコミュニティーを認知し,この研
1970年代になると,より明示的に表現された知
究分野を人工知能(artificial intelligence)と名づけ
識を活用して,普通専門性の高い知識を要すると
た。チャレンジの心は受け継がれ,その後五十余年
考えられている問題を解くことに焦点があてられ
を情報通信分野と対照して示す。
情報管理 vol. 55 no. 7 2012
461
情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
October
表1 人工知能分野と情報通信分野の発展の主な足跡
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詳細および根拠情報については, http://www.ii.ist.i.kyoto-u.ac.jp/?p=3333&lang=ja, http://www.ii.ist.i.kyoto-u.ac.jp/?p=3351&lang=ja
を参照されたい。
462
人工知能研究半世紀の歩みと今後の課題
た。1970年代後半になると,スタンフォード大学
大量のデータを活用して困難な問題を解決すること
Edward Feigenbaumが率いるHeuristic Programming
ができるようになってきた。W e b,ロボット,芸術
Project1)において,いろいろな専門分野で高い専門
など,人工知能をさまざまな領域に応用する試みも
性を要すると考えられていたタスク(例えば,分子
本格化した。
スペクトルの分析など)を解くことのできる知識ベー
2000年までに一通りのアイデアが試みられた。こ
スシステムの開発が進められた。また,人工知能技
の時期までの人工知能研究の成果は,(1)大規模探索,
術を搭載した自律走行自動車の研究もこのころから
(2)知識ベースシステム,(3)言語・音声・画像処理,
始められている。それに並行して,いろいろな問題
(4)プランニング,(5)機械学習とデータマイニング,
を解くことによって,自らの問題解決能力を高める
(6)芸術への応用,の6点に集約できる。以下では,こ
ことのできる機械学習システムの研究が着手された。
れらのそれぞれについてもう少し詳しく述べる。
1979年には,AAAI(American Association for
(1) 大規模探索
Artificial Intelligence)が設立され,国際会議主催,
人工知能の初の本格的な研究成果であり,1960年
季刊誌 注1) 発行,春と秋のシンポジウム開催,図書
代に端を発する。問題の構造に基づいて探索空間を
の発行など,人工知能研究活動の支援を目的とした
縮小するだけでなく,発見的知識(heuristics)と呼
本格的な学会活動を始めた注2)。
ばれる問題解決のコツを巧みに用いて探索空間をう
1980年代には知識ベースシステムはエキスパート
まく探すことにより,探索空間の実効的探索能力を
システムとも呼ばれるようになり,初の人工知能ビ
飛躍的に高めて,「知的能力=うまい探し方」という
ジネスが立ち上げられるとともに,機械学習の研究
仮説を実装した。その成功例が1997年に当時のチェ
が本格化した。遺伝アルゴリズムなどの,進化を模
ス世界チャンピオンに勝ったDeepBlueというシステ
倣した手法も導入された。日本の第5世代コンピュー
ムである。
タープロジェクトが開始された1982年もこの時期に
(2) 知識ベースシステム
あたる。ところが,1980年代後半になると,エキス
1980年代の最盛期には,非常に高い問題解決能
パートシステムビジネスが行き詰った。主たる原因
力を持つシステムがいくつか作られた。その代表例
は,知識獲得とメンテナンスのコスト高であった。
は,当時のコンピューターメーカー D E C社のシステ
それまで順調に拡張路線を歩んできた人工知能研究
ムエンジニアの知識獲得と再利用を意図した一連の
者が実世界問題の難しさを思い知らされ,初めて大
2)である。また,実務
システム(XCON,XSEL,…)
きくつまずいた時期であった。機械学習の研究はこ
に使われた例もAmerican ExpressのThe Authorizer’s
の隘路の解消を狙ったものであるともいえる。また,
A s s i s t a n t3)をはじめとして多数ある。直観的には,
C y cなど電子的な百科事典を実現することによって,
よく整理されたマニュアルと同程度の内容の知識を
コンピューターに常識を与えようというアプローチ
コンピューター可読な記号コードとして表現し,推
にも期待が高まった。
論エンジンを用いて広い範囲の問題に適用可能にす
1990年代になると,エキスパートシステムの成
ること,および知識エンジニアという現場知識を知
功は限定的であることがわかり,研究の焦点は,機
識表現に変換するスキルと経験を持つ人を育てるこ
械学習研究とそこから分岐したデータマイニングに
とにより,一見高い専門知識を要すると考えられる
移った。データの中から一定のパターンを見つけ出
問題の中の論理的/合理的な部分を切り出して実行
すための高性能アルゴリズムの開発が進み,さらに
可能にした。知識の明示化や継承の問題にも知識科
は,インターネットの急速な広がりとも相まって,
学の視点から取り組み,多くの知見を与えている。
情報管理 vol. 55 no. 7 2012
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情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
(3) 言語・音声・画像処理
言語・音声・画像技術と並び近年最も成功し,多数
これらの分野はそれ自体大きな研究分野であるが,
の手法を集積し,定番として定着した人工知能のコ
人工知能の問題とも大きな重複がある。自然言語理
ア技術として位置づけられる。
解,音声言語対話システム,画像理解システム,会
(6) 人工知能と芸術との融合
話エージェントは,従来から人工知能の大きな研究
工学や科学での人工知能研究の多くは知的な情報
部門であり,IJCAI(International Joint Conference
処理技術の実現や,知能の理解を目的とした「弱い
注3)やAAAIでは多数の論文
on Artificial Intelligence)
人工知能」研究である。これに対して,例えば,情
が投稿され,セッションが設けられてきた。Julius注4),
動面も含めて人間に限りなく近い振る舞いをするロ
Juman注5),knp注6),OpenCV注7)など,研究用の種々
ボットを作る試み――「強い人工知能」を目指した
のツールが公開されたことがこの分野の技術のさら
研究――も行われてきた。このなかでは人間のよう
なる発展と普及に大きな貢献をした。
注9)
に絵画を描いたり,作曲活動をするAARON
(1985)
(4) プランニング
などのシステムの開発が行われた。
市内一般道のように複雑性のため状況の予測が困
概ね2000年までの人工知能研究第1ラウンドの成
難であったり,惑星探索,惑星間航行,深海探索な
果を集大成したのが,Russell and NorvigのArtificial
どのようにそもそも人類にとって未踏に近い領域や,
Intelligence: A Modern Approach6)である。人工知
人間にとって生存や健康を脅かされる危険が高い環
能の現時点の中心となるアイデアと技術を記述した
境などにおいて行動する自律走行車や惑星探索ロ
スタンダードな教科書として位置づけられている。
ボットは,自分で状況を判断し,与えられたミッショ
この本では,人工知能のコアとなるコンセプトと技
ンを達成するための行動計画を立て,それを状況に
術が,
応じて修正しながら,自律的に行動できる能力が求
(1) 探索
められる。プランニングはその核心となる技術であ
(2) ゲームプレーイング
る。すでに,ALVINN(Autonomous Land Vehicle
(3) 述語論理
in a Neural Network)4)や無人火星探索車The Mars
(4) プランニング
Exploration Rovers注8)など,実用的なレベルで使用
(5) 不確実な知識と推論
され成果を挙げている。
(6) 機械学習
(5) 機械学習とデータマイニング
という順序で配列され,ついで,人工知能の隣接領
アイデアは1952年からのSamuelのチェッカープロ
域と重複する話題が,
5) などにおいてすでに現れているが,研究が
(7) 自然言語処理
本格化したのは1980年代になってからである。研究
(8) 知覚情報処理
成果は,コンピューターが問題解決を経験しながら
(9) ロボティクス
いろいろな場面での自らの行動の評価に基づいて行
という順序で提示されている。
動を改良していくという機械学習と,大量のデータ
1980年代後半には「人工知能の冬の時代」と言わ
の中から繰り返し生起するパターンあるいはその背
れた時期もあったが,人工知能研究者は,教科書を
後にあるモデルを推定するデータマイニングに分か
作り,アルゴリズムをパッケージ化して配布し,自
れるが,統計的手法を駆使して,データ中のノイズ
ら挑戦的課題を設定し,その解決に果敢に取り組む
から信号を分離し,その構造を推定するという点で
ことで数々の輝かしい成果を打ち立ててきたと言え
は共通している。機械学習とデータマイニングは,
る。
グラム
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October
人工知能研究半世紀の歩みと今後の課題
2. 日本における人工知能研究の歩み
が設立され,脳科学,ロボティクス,音声言語翻訳
わが国の研究者も早くから人工知能に貢献してき
げられた。
た。京都大学では1960年代から京都大学の坂井利之
1986年は人工知能学会 注13) 設立の年でもある。
のグループが,画像,音声,言語を包括するメディ
人工知能学会は,環太平洋地区の人工知能国際会
ア情報処理の研究を開始している。主なメンバーは
議PRICAI(Pacific Rim International Conferences on
堂下修司(音声認識),長尾真(自然言語処理,画像
注14)の設立に関わり,1997年
Artificial Intelligence)
処理)
,金出武雄(画像処理)らであった。1970年の
に名古屋で開催された人工知能国際会議I J C A I -97を
大阪万博では世界初の顔認識システムを展示した7)。
I J C A Iと共催した。また,I J C A I -97に併催して北野宏
1970年代になると日本の人工知能研究は広がりはじ
明,浅田稔らがロボカップ世界大会を立ち上げた。
めた。九州大学では栗原俊彦のグループによるかな
ロボカップ世界大会は現在も盛況を呈し,日本発の
漢字変換をはじめとする日本語情報処理の本格的な
人工知能関係の世界的イベントとして人工知能研究
研究が契機となり,1979年に東芝の日本語ワードプ
の発展に貢献している。2012年現在で約3,000名弱
ロセッサJW-10
が発売された。
注10)
など人工知能に関わりの深いプロジェクトが立ち上
の会員を擁し,学会誌および論文誌をそれぞれ年6
1970年代には大阪大学・田中幸吉グループ,東京
回発行,18研究会の活動を行っている。2010年度の
大学・大須賀節雄グループなど,知識情報処理の研
学会誌ページ数は818ページ,論文誌は82論文(う
究が広がり始めた。九州大学・有川節夫グループは
ち14はショートペーパー)806ページである。全国
機械学習のグループを形成し,電子技術総合研究所
大会の参加者は年々増え続け,2011年6月に東日本
(当時)には推論機構研究室,N T T研究所では自然言
大震災後初めて盛岡市で開催された第25回大会では
語処理やL i s pマシンのグループが形成された。これ
641名,2012年に山口市で開催された第26回大会で
に並行して東京大学では中島秀之,堀浩一,松原仁
は800名を超す参加者があり,大変な盛況を呈してい
らが中心になってA I U E Oという学生の勉強会コミュ
る。毎年i s A Iと題する国際ワークショップを開催し,
ニティーが形成された。関西では,溝口理一郎(大
ほぼ毎回selected papersをNew Frontiers in Artificial
阪大学)
,筆者(京都大学)らの若手(当時)が早く
Intelligenceと題する書籍としてSpringerから刊行し
から人工知能の研究を始めている。
てきた。これに加えて2012年から全国大会に国際セッ
1985年には通産省(当時)主導で渕一博をリー
ションも設けられた。
ダーとする新世代コンピューター技術開発機構
以上のように,伝統的にはわが国の人工知能研究
が作られ,推論マシンによる知識情報処
は,パターン認識,日本語処理,ヒト型ロボティク
理を目指した第5世代コンピュータープロジェクトが
スのあたりが強く,近年では,発見科学,マルチエー
本格的に行われ,世界の注目を浴びた。第5世代コン
ジェントシステム,感性情報処理などで強みを発揮
ピュータープロジェクトでは,並列推論マシンP I M,
していると言える8)。
ロジックプログラミング言語K L I C,法的推論システ
日本における人工知能研究者たちの1990年ころの
ムHELIC-Ⅱなどの開発が行われた。その後継プロジェ
マインドは文献9) に見いだすことができる。アメリ
クトとして,E D R電子辞書プロジェクトと実世界コ
カの人工知能研究ではしばしば惑星探索ロボット,
ンピューティングプロジェクトが立ち上げられ,知
自律走行自動車,ハイパフォーマンスコンピューティ
識処理と知覚情報処理の基盤が強化された。
ングのようにNASA(National Aeronautics and Space
1986年には国際電気通信基礎技術研究所(ATR)注12)
A d m i n i s t r a t i o n,アメリカ航空宇宙局)やD A R P A
(I C O T)
注11)
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情報管理
JOHO KANRI
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vol.55 no.7
(Defense Advanced Research Projects Agency,国防
知識の検索と選別など,こうした大量のデータを活
高等研究計画局)などが設定したグランドチャレン
用した知的情報処理技術の応用先は広い。
ジと称する大きな目標に対して,研究者が競い合っ
もう1つの例が,A p p l eのi P h o n e 4Sに搭載された
てソリューションを提出するというスタイルのトッ
音声アシスタント機能S i r i注16) である。S i r iはユー
プダウン型のプロジェクトが行われ,成果を挙げて
ザーが音声によって日常の情報検索やスケジュール
いる。これに対して,日本は達成すべき目標をあま
管理をできるようにしたソフトウェアである。I B M
り明確に規定せず,研究者の興味のおもむくままに
Watsonが自然言語を用いた問題解決に重点を置いて
自由に研究を進めるボトムアップ型の研究が主流で
いるのに対して,S i r iは高い情報処理能力を持つコン
あり,オントロジー,機械学習,マルチエージェン
ピューターに対して人間にとって負担の少ないイン
トシステム,ヒューマン・エージェント・インタラ
ターフェースを提供することを目指している。この
クションなど研究テーマごとに研究コミュニティー
ほかに,N T Tドコモのしゃべってコンシェル注17)や,
を形成し,知見を深めていっている。
Google音声検索注18)など,最近急速に進歩した音声
認識技術を利用したソフトが一般利用されるに至っ
3. 最近の動向
ている。
2010年にマイクロソフトから発売されたゲーム機
人工知能の話題は,2000年になってやや減少した
Xbox 360向けのセンサーパッケージKinect注19)が研
きらいがあるが,2010年前後から世間で話題にのぼ
究者に与えたインパクトは大きい。これまでは,画
る機会が急速に増えてきたように思われる。
像認識は専門家だけのものであったが,いまや広く
最近の人工知能に関わる話題の筆頭は,米国の人
画像認識ツールが使えるようになった。画像認識が
気クイズ番組「Jeopardy!」において人間のクイズ王
できれば,インターフェースが向上し,アプリの間
に勝ったクイズ解答システムIBM Watson
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Journal of Information Processing and Management
注15)であろ
口が格段に広がることが期待される。
う。IBM WatsonはWall Street JournalのTechnology
これまでの半世紀の研究で,初期の人工知能研究
Innovation Awardを受賞している。IBM Watsonの力
で顕著であった特異な研究スタイルが薄れてきた。
の源として次の要因が指摘されている。(1) スーパー
第1に, 人 工 知 能 研 究 に お い て 思 想 と 技 能 が 中
コンピューターの利用。単純計算の高速な繰り返し
心だった時代は終わり,科学の時代になった。人
が可能になった。(2) 大量のデータ資源の活用。イン
工知能教科書の定番とされるW i n s t o nのA r t i f i c i a l
ターネットから得られる大量のデータからデータマ
Intelligence10),NilssonのPrinciples of Artificial
イニング技術によって質問・応答のパターンを抽出
Intelligence11)とRussell and NorvigのArtificial
し,クイズに解答するための知識源として利用でき
Intelligence ― A Modern Approach6),さらに最近
るようになった。(3) オープンイノベーション方式の
統計的パターン認識・機械学習関係で定番になり
採用。インターネットを利用して,プログラムコー
つつあるBishopのPattern Recognition and Machine
ドを共有し,複雑なシステムを共同開発できるよう
Learning12)を比較してみると,この傾向は明確に読
になった。さらに,解答案の確信度を計算し,クイ
み取れる。
ズにおける自分の行動の意思決定を行っていること
第2に,当初は知能の本質を理解するために一定の
も重要である。人気クイズ番組でクイズ王に勝つこ
役割を果たしてきた “toy problems”(本質がわかる
と自体は,技術力の評価指標の1つとして位置づけら
ように,現実の問題を単純化した問題)が色あせて,
れており,医療診断支援,膨大な文書からの専門的
現実の困難な問題に適用できて初めて意味があると
人工知能研究半世紀の歩みと今後の課題
考えられるようになってきた。
第3に,研究ツールが広がり,多くのニューカマー
が教科書を読み,ツールを組み合わせて,短期間で
人工知能のフレーバーを持つシステムを実装できる
ようになった。
第4に,ロボカップなどのコンペやベンチマーキン
グテストが普及し,また,参加のためのツールキッ
トも普及して,競い合いながら人工知能の知識を深
めていくための間口が広がった。
現在,さまざまなビッグデータがアクセス可能に
図1 従来の人工知能研究:すごいと言わせるエージェントを
作ることを目指してきた
なるとともに,インフラとしてのネットワークが普
及し,市民の多くがスマートフォンもしくはパソコ
研究に端を発して,人工知能に至る学術発展の流れ
ンを持ち,情報技術利用者としてのレベルが高くなっ
がこれまで以上に深いレベルで本質的に交わり,さ
ている。日本国内では,2011年末で6歳以上人口の
らに発展していくことが期待される。
79.1%の国民がインターネットを利用している。一方
これまでの人工知能研究の発展は,人工知能マイ
で,世代や所得層間の利用状況の違いが生じ,国民
ンド――すなわち,多くの人に「すごい!」注21)と言
の受けるメリット,およびそれに伴い生じるリスク
わせるような人工システムを実現しようという気概
の格差(デジタルデバイド)も深刻な問題になりつ
――に支えられて,数々のインパクトをもたらして
つある。このような状況で生じた東日本大震災では,
きたと言える。
東北・関東地方を中心に回線の途絶や停電等により
しかし,これからの人工知能研究がさらに大きく
情報通信基盤が被害を受け,日常生活だけでなく,
発展するためには,単に「すごい」と言われたいと
産業経済にも甚大な被害が生じた(『情報通信白書平
いう素朴な動機だけでは不十分であると考えられ
注20)
)
。
成24年版』
る。そのような研究は,社会に受け入れられなくな
人工知能技術は,社会基盤の上に新たな付加価値
るばかりか,学術的にも不十分なものになりかねな
を与える基本技術としても,情報社会の抱えるさま
い。
ざまな困難を解決するための技術としても期待が高
第1に,Mark Stefikが指摘しているように,人工知
まっている。それを象徴するものは,高度なパーソ
能技術が人間社会の創造活動に貢献するためには,
ナルアシスタンス機能である。高度なサービスを提
単一の側面で優れているだけでは不十分であり,人
供するため,およびデジタルデバイドを解決して誰
間の創造活動において多様な形態で表れる人間の知
でも情報ネットワーク社会の利便を享受できるよう
性と緻密に結びつき,相互に触発しあって発展する
にするための,情報世界と人間社会の間の広義のイ
ことができなければならない13)。社会への実装なし
ンターフェースとして期待が高い。
では,インパクトは限定される。第2に,人々が「す
4. これからの人工知能研究の方向
ごい」というのは結果の一部に対してであり,目標
に対するものではない。現在加速しつつあるネット
ワーク社会では,結果だけを社会と共有してもすぐ
これからは,数学に端を発し,計算基盤を経て人
に色あせてしまう。目標設定から検証評価までの開
工知能に至る流れと,自然知能(人間個人,人間社会)
発過程全体を,共同研究者さらには社会と共有して
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いく必要がある。このようななかで,単に社会を驚
ケーション知能を求められるタスクを遂行する主体
かせたいというだけの皮相的な「目標」を長期にわ
であった。
たって維持することは難しい。提案するアプローチ
次の人工知能研究の新たなターゲットは,コミュ
をコストをかけて実施することによって得られる学
ニケーション知能を内包した人工知能であろう。こ
術コミュニティーへの貢献,あるいは,社会への貢
のターゲットを象徴するキーワードとして「君がい
献の本質が明示されて初めて,協力者や建設的な批
てよかった!とユーザーが言いたくなる人工知能」
判者が現れて研究が進展する。
をあげたい。人工知能技術を搭載したエージェント
人間の知能と人工知能が扱う対象の重複が増え,
がユーザーから「君がいてよかった!」と心から言っ
人間がこれまで得意としていたタスク領域でも人工
てもらえるためには,単にユーザーに何らかのメリッ
知能が高いパフォーマンスを発揮するようになって
トのあるサービスを提供するだけでは十分ではな
きているように見える。しかしそれは高度に専門化
い。第1に,これまで述べてきたようにユーザーの抱
された領域で設定された問題を大量データと高速計
える問題やソリューションの持つ制約など,エンド
算によって解決するという計算知能にとどまってい
ユーザーの意向をきめ細かく読み取らなければなら
る点に注意しなければならない。計算知能を用いて
ない。第2に,意向の解釈においても,ソリューショ
人間社会の抱える種々の問題を解いたり,新たな価
ンの探索においても,社会のオープンさや予測しな
値を創出するためには,計算知能と人間社会の継続
い出来事に起因する失敗をゼロにすることはできな
的で高度な協創を作り出して,人間社会の意向を計
い。そのようななかで相互信頼を形成し,維持しな
算知能に反映させたり,計算知能のパワーを人間社
ければならない。失敗してもユーザーが「君がいて
会がいかんなく利用できるようにして,全体として
よかった!」と言ってくれたら1つのレベルをクリア
継続的に成長していく知的共同体を構成する必要が
できたと言えるだろう。第3は,ユーザーが意識的に
ある。例えば,翻訳という作業が抱える困難さは,
「君」と呼んでくれるかどうかである。メディアの等
数学や自然科学の難問とは異種のものであり,人間
価性14)のために,ユーザーがメディア化された実体
のさまざまな営み,その背後にある状況や登場人物
を実体と意識下で混同して「君」と呼ぶかもしれな
の心の動き,さらには変化していく社会的背景を熟
いが,自分の道具としてではなくパートナーとして
知することが求められていることに起因する。その
明示的にエージェントを位置づけるようにならない
ため,本質的な部分は人間に頼らざるを得ず,計算
と,コミュニケーション知能が人間と計算知能の深
知能の側は言語表現の置き換えを提案したり,集合
知を支援したりするクラウドソーシングの段階から
出発して,時間をかけて翻訳に必要な常識的知識を
少しずつ獲得していくという継続的発展の道を取ら
ざるを得ない。
知的共同体を構成するための知能は,オープンで
社会的でなければならず,計算知能とはかなり異な
る性格を持つことが予想されるので,それを以下で
は仮にコミュニケーション知能と名付けて,計算知
能とは区別する。従来は,計算知能の持つ力を熟知
し,人間社会のこともよく理解できる人がコミュニ
468
図2 これからの人工知能研究:「君がいてよかった」と
言ってもらえるエージェントを目指そう
人工知能研究半世紀の歩みと今後の課題
表2 従来の人工知能と今後の人工知能研究の目標の違い
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* http://21robot.org/
いレベルでの協創をもたらしたとは言えない。
IBM Watsonの場合についても同様のロジックが成
計算知能とコミュニケーション知能の指標の違い
立する。クイズを解くためにあれやこれや考えると
を「能力の高さ」,「共感力の強さ」として対比した
ころも面白いが,出題の段階まで遡るともっと面白
ものを表2に示す。
い。事実の持つさまざまな側面,人間が陥りやすい
ゲームを例にとると,これまでの人工知能研究で
誤解,見逃しがちな属性など,人間の認知の奥深さ
は,さまざまなテクニックを駆使してゲームに勝つ
を知る良い機会となる。S i r iや,まだチャレンジが宣
能力を持つプログラムの実現が目標とされてきた。
言されたばかりの東大に合格する人工知能について
これからは,ユーザーにゲームの面白さを教えたり,
も同様である。人工知能に代わりに受験をさせるわ
ゲームの醍醐味を味わわせてくれるような対戦をす
けにはいかないから,人工知能の能力が優れている
ることによって,ユーザーに「君がいてよかった」
だけでは「君がいてよかった」ということにはなら
と言ってもらえるようになる道を探らなければなら
ない。
ない。人工システムの特性を利用することも考えら
ユーザーに「君がいてよかった」と言ってもらえ
れる。例えば囲碁において,相手が人間の場合は,
るような人工知能を模索するとき,いくつか注意す
「待った」をすることは大変失礼であり,してはいけ
べき点がある。第1に,ユーザーが人工知能を悪用し
ないこととされてきた。たとえ,先生に指導碁を打っ
ようとするとき,たとえユーザーが人工知能に感謝
てもらっているときでも,同じ局面で自分が納得す
してもそれに加担してはならないだろう。第2に,
ユー
るまで試行錯誤をすることはできない。一方,ゲー
ザーが人工知能に過度に依存し,長期的に自分で行
ムに強くなるためには,いろいろな局面を徹底研究
動したり善悪の判断ができなくなるという事態に陥
することは有効である。人工知能技術を使った囲碁
ることのないようにしなければならない。これらの
の先生が忍耐強く,しかも,楽しく試行錯誤に付き
点については,機会を改めて検討したい。
合ってくれたら,ユーザーは囲碁の醍醐味を知り,
棋力はめきめき上達するに違いない。
2012年3月17日は,囲碁ソフトZenが武宮宇宙流に
5. まとめ
挑戦し,5子一番手直りに連勝した注22)とき,プロ棋
人工知能研究は,コンピューターの商用利用が開
士の一人が,
「これで人間とコンピューターがコラボ
始されて間もなく1950年代から今日までの五十余年
して最善譜作りができるようになった」といった趣
にわたって展開されてきており,2000年までに一通
旨のことを語ったことが非常に印象深い。囲碁が面
りのアイデアが出そろった。顕著な成果は,大規模
白いのは,各局面の作り出す探索空間の構造であり,
探索,知識ベースシステム,言語・音声・画像処理,
勝敗が二の次になることもある。
プランニング,機械学習とデータマイニング,人工
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知能と芸術との融合に集約することができる。日本
の人工知能研究では,計算知能を提案して問題解決
でも1960年代から研究者が現れ始め,1970年代に広
能力の高さを競ってきたが,これからの人工知能研
まり,現在では多数の研究コミュニティーが立ち上
究はユーザーに「君がいてよかった!」と言っても
がって活況を呈している。最近は,ツールも出揃い,
らえるような高い共感力を持ち,計算知能と人間社
情報ネットワークを中心とする社会基盤に取り入れ
会をつなぐコミュニケーション知能の実現にもっと
られて,注目を集めるようになり始めた。これまで
重点を置くべきであろう。
本文の注
注1) AI Magazine. http://www.aaai.org/Magazine/magazine.php
注2)AAAIはその後アメリカ国内から世界全体に視野を広げ,2007年3月にその名称をAssociation for the
Advancement of Artificial Intelligenceに変えた。http://www.aaai.org/Organization/name-change.php
注3) http://ijcai.org/
注4) http://julius.sourceforge.jp/index.php?q=documents.html#beginner
注5)http://nlp.ist.i.kyoto-u.ac.jp/index.php?cmd=read&page=JUMAN&alias%5B%5D=%E6%97%A5%E6%9
C%AC%E8%AA%9E%E5%BD%A2%E6%85%8B%E7%B4%A0%E8%A7%A3%E6%9E%90%E3%82%B7%E
3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0JUMAN
注6) http://nlp.ist.i.kyoto-u.ac.jp/index.php?KNP
注7) http://opencv.willowgarage.com/wiki/Welcome
注8) http://marsrovers.jpl.nasa.gov/home/index.html
注9) http://www.kurzweilcyberart.com/
注10)http://museum.ipsj.or.jp/computer/word/0049.html
注11)http://www.jipdec.or.jp/archives/icot/ARCHIVE/HomePage-J.html
注12)http://www.atr.jp/
注13)http://www.ai-gakkai.or.jp/jsai/
注14)http://www.pricai.org/
注15)http://www-03.ibm.com/innovation/us/watson/index.shtml
注16)http://www.apple.com/jp/iphone/features/siri.html?cid=MAR-JP-GOOG-IPHONE
注17)http://www.nttdocomo.co.jp/service/information/shabette_concier/
注18)http://www.google.co.jp/intl/ja/mobile/google-mobile-app/index.html
注19)http://www.xbox.com/ja-JP/kinect/
注20)http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/pdf/index.html
注21)より正確には,「すごく賢い!」というべきかもしれない。
注22)http://entcog.c.ooco.jp/entcog/event/20120317/humvscom.html
470
人工知能研究半世紀の歩みと今後の課題
参考文献
1)Buchanan, Bruce G.; Feigenbaum, Edward A. The Stanford Heuristic Programming Project: Goals and
Activities. AI Magazine. 1980, vol. 1, nol. 1, p. 25-30.
2)Barker, V. E.; O’conner, D.E. Expert systems for configuration at Digital: XCON and beyond.
Communications of the ACM. 1989, vol. 32, no. 3, p. 298-318.
3)Dzierzanowski, James M.; Chrisman, Kenneth R.; MacKinnon, Gary J.; Klahr, Philip. The Authorizer’s
Assistant: A Knowledge-Based Credit Authorization System for American Express. Proceedings of the First
Annual Conference on Innovative Applications of Artificial Intelligence (IAAI-89). 1989, p. 168-172.
4)Pomerleau, D. ALVINN: An Autonomous Land Vehicle in a Neural Network. Neural Information Processing
Systems (NIPS’89). 1989, p. 769-776.
5)Samuel, A. L. Some studies in machine learning using the game of checkers. IBM Journal of Research and
Development. 1959, vol. 3, no. 3, p. 210-229.
6) Russell, Stuart J.; Norvig, Peter. Artificial Intelligence: A Modern Approach. Prentice-Hall, 1995.
7)Kanade, Takeo. Computer Recognition of Human Faces (ISR, Interdisciplinary systems research).
Birkhäuser, 1977.
8) Nishida, Toyoaki. The Best of AI in Japan – Prologue. AI Magazine. 2012, vol. 33, no. 2, p. 108-111.
9) 北野宏明. グランドチャレンジ―人工知能の大いなる挑戦. 共立出版, 1993.
10)Winston, Patrick H. Artificial Intelligence. Addison- Wesley, 1977.
11)Nilsson, Nils J. Principles of Artificial Intelligence. Birkhäuser, 1982.
12)Bishop, Christopher M. Pattern Recognition And Machine Learning. Springer, 2006.
13)Stefik, M. The next knowledge medium. AI Magazine. 1986, vol. 7, no. 1, p. 34-46.
14)Reeves, Byron; Nass, Clifford. The Media Equation: how people treat computers, television, and new
media like real people and places. Cambridge University Press, 1996.
Author Abstract
Artificial intelligence research has almost completed its first stage from 1950’s to today and now is
proceeding to the second stage. In order to discuss the features of artificial intelligence research in the
second stage, I first overview the flow of artificial intelligence research in the past and point out that the
prominent contributions were a large scale search, knowledge-based system, language-speech-image
processing, planning, machine learning and data mining, and amalgam of artificial intelligence and art. Then,
I argue that our future target should be not just implementing high-level problem solving, but also designing
communicative intelligence that will induce the user’s deep empathy for integrating the human society and
computational intelligence to augment the society of natural and artificial minds.
Key words
artificial intelligence, information and communication technology, weak artificial intelligence, strong artificial
intelligence, problem solving competence, empathetic competence
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知的情報分析による索引作成とその意義
CA作成における特許分析を中心に
Indexing by intellectual document analysis and its significance
Focusing on patent document analysis for CA
佐々木 啓子1
SASAKI Keiko1
1 一般社団法人化学情報協会 情報分析部(〒113-0021 東京都文京区本駒込 6-25-4 中居ビル)E-mail : [email protected]
1 General Incorporated Association, Japan Association for International Chemical Information, Document Analysis Division
(Nakai Bldg. 6-25-4 Honkomagome Bunkyo-ku, Tokyo 113-0021)
原稿受理 (2012-07-06)
情報管理 55(7), 472-480, doi: 10.1241/johokanri.55.472 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.472)
著者抄録
化学分野で世界最大の文献データベースChemical Abstracts(CA)は専門家による知的情報分析により索引付与され
ている。機械的索引では,重要でない情報も索引され情報洪水を引き起こす。また,異なった表現をされている事物
を漏れなく検索することも不可能である。C Aでは化学物質索引はC A S登録番号を,一般事項索引では統制語を使用し
ているため,漏れなく効率的に検索できる。C A Sロールにより目的の化学物質をピンポイントで検索することができ
る。知的情報分析による索引作成とは,文献から発明者や著者の意図をくみ取り,必要に応じて情報を補い,付加価
値のある索引付与を行うことである。このようにして作成された索引の集合を解析することにより,研究開発や企業
合併など重要な局面で決定要因となる高度な情報を得ることができる。
キーワード
CAファイル,知的索引作成,CAS登録番号,レジストリーファイル,CAレキシコン,化学物質,CASロール,知的情報分析,
化学情報,データベース
472
1. はじめに
ている。C Aの年間収録件数(図1参照)は1990年代
Chemical Abstracts(CA1),ケミアブ)は化学・
達した。化学関係分野で特許と学術論文の両方を世
科 学 技 術 に 関 す る 文 献 デ ー タ ベ ー ス で, 米 国 の
界規模で包括的に収録しているデータベースは他に
Chemical Abstracts Service(以下CAS,米国化学会の
はなく,C Aは後述のC A S登録番号とともに化学情報
一部門)により提供されている。C Aに収録されてい
の世界標準となっている。
る文献には,世界中の特許,学術論文,単行本,学
1981年までは日本で発行された特許と雑誌論文
会会議録などが含まれる。特許は60か国以上から発
は全件C A Sで抄録・索引作成を行っていたが,1982
行される情報を収録し,雑誌は1万誌以上をカバーし
年から化学情報協会(J A I C I)でもアナリシスを開始
から指数関数的に増加し,2011年には約130万件に
知的情報分析による索引作成とその意義
•それ以外の索引
(一般事項索引)
での統制語の使用
•化 学物質のその文献中での役割を示すC A Sロール
㻝㻡㻜
(役割)の付与
㻝㻞㻡
௳
ᩘ
୓
௳
索引付与は高度の訓練を受けた専門家(アナリス
㻝㻜㻜
トと呼ばれている)が文献1件1件を熟読し,何が重
≉チ
要か判断し,C Aの方針に則して行っている。付与さ
㻣㻡
れた索引は検索に使用され,その原報を見つける手
㻡㻜
がかりとなる。つまり,索引は原報とその情報を探
㻞㻡
㞧ㄅ
㻜㻣
㻞㻜
㻤㻣
㻝㻥
㻢㻣
㻝㻥
㻠㻣
㻝㻥
㻞㻣
㻝㻥
㻝㻥
㻜㻣
㻜
ᖺ
図1 CAの年間収録件数の推移
している検索者とを結びつける重要な役割を果たし
ている。「データベースの価値は索引により決まる」
と言われる所以である。
3. 専門家による索引の必要性
した。2011年には,C Aに収録された日本公開特許
索引付与において,なぜ専門家による知的情報分
(47,853件)の過半数をJAICIで抄録・索引作成した。
析が必要なのか,逆に,機械的索引ではどのような
一方,雑誌論文はほとんどがCASで処理されている。
不便があるかについて,具体例に基づき説明する。
S T N上のC Aファイル2) は主に情報担当者向けの
サービスで,研究者などエンドユーザー向けには
3.1 機械的索引の問題点
SciFinder3)が提供されている。両サービスで検索方
以下の特許例 1を用い,機械的索引ではどのよう
法は異なるが,収録されている情報はまったく同一
な索引になるか考えてみよう。
である。なお,CAの冊子体は2009年末で終刊となり,
創刊の1907年から1世紀を経て全面的にオンライン
サービスに移行した。
本稿では,C Aの索引付与で行われている専門家に
特許例 1
【請求項1】米と水とを混合して炊飯前に,マ
ルトースを添加して米飯を製造する。
よる知的情報分析について,特許の索引例を中心に
助詞など,それ自身では意味をなさない言葉を除
初心者にもわかりやすく説明する。特に,知的分析
く,
「米」
,
「水」
,
「混合」
,
「炊飯」
,
「マルトース」
,
「添
によりもたらされる付加価値に焦点を置き,機械的
加」,「米飯」,「製造」が索引されると予想される。
索引との対比で述べる。
この方法でどのような不便があるだろうか。ここで
2. CAの索引の特徴と索引の重要性
「水」に注目してみよう。ご飯を炊く際,水を加える
のは当たり前のことで,新規性や重要性はない。重
要ではない場合にも索引が付与されてしまうと,水
CAの索引の特徴は,以下のとおりである。
の索引を有する文献数は膨大になると予想される。
•明確な索引方針に基づく索引作成
飲料,液体化粧品,液体医薬品,水性インク,汚水
•重要な事物に限定した索引付与
処理など,水が関わる文献すべてに水が索引付与さ
•専門家の知的分析による索引付与
れてしまうからである。
•化学物質索引におけるCAS登録番号の使用
一方,水を使うことに新規性や重要性がある場合
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もある。例えば以下の特許例 2などがその例である。
特許例 2
【請求項1】レボフロキサシンを,含水率が0.14
容量%以上4容量%未満である含水低級アルコー
ル類で処理することを特徴とするレボフロキサ
シン・1/2水和物の製法。
である。これらは全部既知物質であるが,新製造法
に関与する重要な化学物質として索引対象となる。
このように,同じ「水」でもその重要度により索
引対象となるかどうかが決まる。つまり索引付与と
は,
「何が重要で,何が重要でないか」を正しく判断
することから始まるとも言える。そしてその判断が
できるのは,その分野に精通し,高度な知識を持つ
この例でも機械的索引で「水」が索引されると予
専門家にほかならない。
想される。この場合は重要な役割を果たしている
「水」
「重要でない」と判断される化学物質の代表例とし
が索引されることになる。
ては,合成反応における汎用溶媒や,薬物の有効性
言うまでもなく,機械的索引では重要度の判断が
を実証するための汎用アッセイ試薬などがある。
できない。その結果,特許例 1のように「水の使用
は重要ではないが水が索引されている」膨大量の文
3.3 化学物質索引におけるCAS登録番号の付与
献情報と,特許例 2のような「水の使用が重要かつ,
次に特許例 2の「レボフロキサシン」に注目して
水が索引されている」比較的少数の文献情報とが混
みよう。レボフロキサシンは医薬品用合成抗菌剤の
在してしまう。そこから,水の使用が重要な文献を
一般名で,日本での商品名はクラビットである。商
探し出すには,目視によるチェックしかなく,多大
品名がつけられる前はDR 3355という開発コード番号
な労力を要する。全件チェックは実質不可能となる。
が使用されていた。化学物質は複数の名称を持つも
このような機械的索引ではまさに情報洪水を引き起
のが多いが,医薬品の場合はさらに開発コード番号
こしてしまう。
や商品名が増える。国際化商品の場合,各国での開
発番号と商品名がさらに増えるため,1つの化学物質
474
3.2 専門家による索引付与
に対し多くの名称が存在する。この結果,文献上で
このような機械的索引の対極にあるのが,専門家
も1つの化学物質に対しさまざまな名称が使われるこ
による索引付与である。C Aの索引方針は,新規性の
とになる。名称を使用せず構造図だけの場合もある。
ある事物や重要な事物(文献の主題に関わる事物や焦
特許例 2の機械的索引では「レボフロキサシン」
点があてられている事物も含む)に対してのみ索引す
が索引されたが,検索者がその名称を知らなければ,
ることである。「新規性がある」とは「これまで知ら
その特許をヒットさせることができない。別名,例
れていなかった何かがある」ということであり,新
えば,クラビットという商品名で検索しても特許例 2
規物質のみならず既知物質でも,新しい合成法,用途,
にはたどり着くことができない。言うまでもなく機
性質などが発明,研究されていれば索引対象となる。
械的索引では,そこに書かれた文字列がそのまま索
この索引方針に従い,専門家は原報をよく読み,
引となるため,その文字列を検索語に用いた場合の
内容を理解した後,何が新規か,重要か,何に焦点
み,その文献をヒットさせることができる。これも
があてられているのかを判断し,索引付与を行う。
機械的索引の限界である。このため,ある1つの医薬
特許例 1で索引対象となるのは,発明の主題である
品の包括的文献検索では,そのすべての名称,つまり,
米飯と,新規用途を有するマルトース(既知物質)
体系名も一般名も世界中の開発コード番号も商品名
だけである。特許例 2では,レボフロキサシン,水,
も全部検索語に使って検索する必要がある。これは
低級アルコール類,とレボフロキサシン・1/2水和物
ほとんど不可能であり,非効率的である。仮に可能
知的情報分析による索引作成とその意義
だったとしても,漏れのない検索とは保証できない。
C A S登録番号の特徴は,立体異性体,ラセミ体,位
この検索方法では構造図だけで表記されている文献
置異性体,水和物などの溶媒和物,塩に対して以下
をヒットさせることが不可能だからである。
のように別々の番号が付与されることである。
では1つの医薬品について漏れなく効率的に検索を
レボフロキサシン(L体)
100986-85-4
行うことができるようにするには,どのような索引
レボフロキサシンのD 体異性体
100986-86-5
が求められるのか? この答えとしては,「原報中で
レボフロキサシンのラセミ体  82419-36-1
どのような名称が使用されていても,また名称では
レボフロキサシン1/2水和物
138199-71-0
なく構造図で表現されていても,検索語1つで目的文
レボフロキサシン塩酸塩
177325-13-2
献にたどりつけるような索引」となろう。C Aの索引
全CAS登録番号はREGISTRYファイルに登録されて
ではまさにそのような索引が付与されている。具体
おり,そこには化学物質構造,体系名,一般名,開発
的にはC A S登録番号と呼ばれるもので,個々の化学
コード番号,商品名,分子式,物性データなどの情報も
物質に付与された固有の番号,いわば化学物質の背
含まれている(図2参照)
。例えば,クラビットとい
番号である。C A S登録番号1つを検索語に用いるだけ
う商品名しか情報がない場合,REGISTRYファイルを
で,原報中の表記がどのようなものであれ,その化
検索することによりそのC A S登録番号やその他の情
学物質に関する文献すべてを漏れなく効率的に検索
報を得ることができる。構造図しかわからない場合
することができる。
でも構造検索により同様に情報を得ることができる。
C A S登録番号はハイフン2個でつながれた数字から
C A S登録番号はC A以外の多くのデータベースや既
なる一連番号である(ただし,最後の数字はチェッ
存化学物質台帳,試薬カタログでも使用されている。
クデジット)
。新規物質が見つかるたびに順番に付番
また化学物質の輸出入規制当局でも使用されている。
されるため,その番号と構造の間には関係がない。
㻾㻺㻌㻌㻌㻝㻜㻜㻥㻤㻢㻙㻤㻡㻙㻠㻌㻌㻾㻱㻳㻵㻿㼀㻾㼅㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌
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図2 レボフロキサシンのREGISTRYファイルのレコード(一部)
情報管理 vol. 55 no. 7 2012
475
情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
October
3.4 一般事項索引における統制語の付与
とができる(図3参照。CA Lexiconの内容は,CAが冊
C Aでは一般事項索引でも同様な仕組みが作られて
子体で発行されていた時代,検索補助資料として使
いる。一般事項索引とは,個々の化学物質以外の事
われていたCA Index Guideの内容を引き継いでいる)
。
物が対象で,例えば活性,反応,用途,性質,処理
索引見出し語は科学技術の発達とともに追加・変
プロセス,理論,動植物名,微生物名,化学物質群(例:
更されている。その一例として2006年に新設された
アルコール類)など広範にわたっている。一般事項
C o g e n e r a t i o nという索引見出し語がある。これは,
索引ではあらかじめ決められた用語(統制語)が索
コジェネレーション(発電機などから排熱と電気の
引見出し語として用意されている。例えば,抗菌剤
両方を有効利用するシステム)に関する特許が増え
はAntibacterial agentsという見出し語が用意されて
てきたため,J A I C Iの専門家からC A Sに新索引見出し
いる。このため文献中でbactericides,disinfectants,
語を提案し,採用されたものである。
antiseptic agents,bacteriostatic agents,germicides
などさまざまに表現されていても,A n t i b a c t e r i a l
3.5 化学物質へのCASロール(役割)の付与
a g e n t sという索引見出し語を付与する。一方,検索
目的の文献をピンポイントで得られるようにする
者はその索引見出し語で検索することにより,原報
ため,C AではC A Sロール(役割)を個々の化学物質
中の表記に関わりなく,漏れなく,効率的に検索す
と化学物質群(アルコール類など)に付与している。
ることができる。
C A Sロールは,その化学物質の文献中における役割
索引見出し語の確認は,C Aファイルのオンライン
(合成原料か,生成物か,分析に使用されたのかなど)
シソーラスであるCA Lexiconを使って日本語で行うこ
を示し,専門家が付与する下位概念の3文字コードと,
㻱㻠㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻠㻤㻝㻣㻜㻌㻌㻌㻌㻮㼀㻟㻌㻌㻰㼞㼡㼓㼟㻛㻯㼀㻶㻼
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㻱㻤㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻠㻞㻟㻠㻢㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻮㼀㻝㻌㻌㻭㼚㼠㼕㼙㼕㼏㼞㼛㼎㼕㼍㼘㻌㼍㼓㼑㼚㼠㼟㻛㻯㼀㻶㻼
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㻱㻝㻝㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻟㻜㻠㻢㻡㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻮㼀㻞㻌㻌㻹㼍㼠㼑㼞㼕㼍㼘㼟㻛㻯㼀㻶㻼
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㻱㻝㻡㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻥㻠㻜㻞㻞㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻙㻙㻪㻌㻌㻭㼚㼠㼕㼎㼍㼏㼠㼑㼞㼕㼍㼘㻌㼍㼓㼑㼚㼠㼟㻛㻯㼀㻶㻼
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㻱㻝㻣㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻶㻼㻌㻌㻌ᢠ⳦≀㉁㻛㻯㼀㻶㻼
㻱㻝㻤㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻶㻼㻌㻌㻌ᢠ⣽⳦⸆㻛㻯㼀㻶㻼
㻴㻺㼀㻱㻌㼂㼍㼘㼕㼐㻌㼔㼑㼍㼐㼕㼚㼓㻌㼐㼡㼞㼕㼚㼓㻌㼢㼛㼘㼡㼙㼑㻌㻟㻝㻌㻔㻝㻥㻟㻣㻕㻌㼠㼛㻌㼜㼞㼑㼟㼑㼚㼠
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㻱㻞㻝㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻶㻼㻌㻌㻌ᢠ⳦๣ 㻔㻸㻕㻌┦஌స⏝㻛㻯㼀㻶㻼
㻱㻞㻞㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻝㻢㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻻㻸㻰㻌㻌㻭㼚㼠㼕㼎㼍㼏㼠㼑㼞㼕㼛㼜㼔㼍㼓㼕㼏㻌㼍㼏㼠㼕㼛㼚㻛㻯㼀㻶㻼
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図3 CA Lexiconの表示例
476
知的情報分析による索引作成とその意義
それに対し機械で自動的に付与される上位概念の4文
注1)
。
結晶とβ結晶が得られた」という記述はあっても「結
字コードの2種類からなる
晶多形」と表現されていない場合や,「栄養の吸収率
特許例 2では,以下の下位概念のCASロールが専門
が上昇した」と書いてあっても「生物学的利用性」
家により付与される(図4参照)。
の言及がない場合などである。C Aでは,文献中で直
レボフロキサシン
PEP(プロセス)
接言及されていない事物でも,重要であれば専門家
水
NUU(処理物質)
が適切に判断し索引付与を行う(上記の例では結晶
低級アルコール類
NUU(処理物質)
多形,生物学的利用性が索引される)。
レボフロキサシン・1/2水和物
IMF, SPN(製造)
用途に直接言及がない場合も同様である。添加剤
もし,レボフロキサシン・1/2水和物の毒性につい
の効果の記述しかない場合でも,該当する用途を索
ても調べられていれば,さらに毒性のロール(A D V)
引する。例えば,
が付与される注2)。
「ポリマー結晶の成長を速めた」→ 結晶核剤,
以上,C Aの索引方針および漏れのない効率的検索
「反応器に重合物が付着するのを防いだ」
が可能となるような索引の仕組みについて,機械的
→ スケール防止剤,
索引との比較で述べた。ここからは,その索引付与
「被ばく予防効果があった」
→ 放射線遮蔽,
に至るまでに専門家がどのような知的情報分析を行
「船底にフジツボが付着するのを防止した」
うのか,いくつか具体例で説明する。
→ 海洋防汚剤
を索引する。
4. 知的情報分析の実際
少し内容が複雑な場合もある。例えば,
「その添加
剤により甘みが増した」と文献に書いてある場合,
4.1 内容分析(主題分析)
その添加剤は人工甘味料なのか,それとも苦みを抑
文献中で実験結果の記述はあるが,発明者や著者
える添加剤で,苦みが減少した結果,相対的に甘
がその現象に言及していない場合がある。例えば,
「α
みが増加したのか原報をよく読み判断する必要があ
㼀㻵㻌㻌㻌㻌㻌㻼㼞㼑㼜㼍㼞㼍㼠㼕㼛㼚㻌㼛㼒㻌㼠㼔㼑㻌㼘㼑㼢㼛㼒㼘㼛㼤㼍㼏㼕㼚㻌㼔㼑㼙㼕㼔㼥㼐㼞㼍㼠㼑
㼀㻵㻶㻼㻌䝺䝪䝣䝻䜻䝃䝅䞁䞉䠍䠋䠎Ỉ࿴≀䛾〇ἲ㻌㼇ཎ㢟㼉
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㼎㼥㻌㼞㼑㼏㼞㼥㼟㼠㼚㻚㻌㼛㼒㻌㼏㼞㼡㼐㼑㻌㻵㻌㼒㼞㼛㼙㻌㼘㼛㼣㼑㼞㻌㼍㼘㼏㼟㻚㻌㼛㼞㻌㼗㼑㼠㼛㼚㼑㼟㻌㼔㼍㼢㼕㼚㼓㻌㼣㼍㼠㼑㼞㻌㼏㼛㼚㼠㼑㼚㼠䈈
㻵㼀㻌㻌㻌㻌㻭㼘㼏㼛㼔㼛㼘㼟㻘㻌㼡㼟㼑㼟
㻷㼑㼠㼛㼚㼑㼟㻘㻌㼡㼟㼑㼟
㻾㻸㻦㻌㻺㼁㼁㻌㻔㻻㼠㼔㼑㼞㻌㼡㼟㼑㻘㻌㼡㼚㼏㼘㼍㼟㼟㼕㼒㼕㼑㼐㻕㻧㻌㼁㻿㻱㻿㻌㻔㼁㼟㼑㼟㻕
㻔㼟㼔㼛㼞㼠㻙㼏㼔㼍㼕㼚㻧㻌㼜㼞㼑㼜㼍㼞㼍㼠㼕㼛㼚㻌㼛㼒㻌㼠㼔㼑㻌㼘㼑㼢㼛㼒㼘㼛㼤㼍㼏㼕㼚㻌㼔㼑㼙㼕㼔㼥㼐㼞㼍㼠㼑㻌㼍㼟㻌㼎㼍㼏㼠㼑㼞㼕㼏㼕㼐㼑㻌㼎㼥
㼞㼑㼏㼞㼥㼟㼠㼚㻚㻌㼛㼒㻌㼏㼞㼡㼐㼑㻌㼘㼑㼢㼛㼒㼘㼛㼤㼍㼏㼕㼚㻌㼒㼞㼛㼙㻌㼘㼛㼣㼑㼞㻌㼍㼘㼏㼟㻚㻌㼛㼞㻌㼗㼑㼠㼛㼚㼑㼟㻌㼏㼛㼚㼠㼍㼕㼚㼕㼚㼓㻌㼘㼛㼣
㼍㼙㼛㼡㼚㼠㻌㼛㼒㻌㼣㼍㼠㼑㼞㻕
㻵㼀㻌㻌㻌㻝㻟㻤㻝㻥㻥㻙㻣㻝㻙㻜㻼㻘㻌㻸㼑㼢㼛㼒㼘㼛㼤㼍㼏㼕㼚㻌㼔㼑㼙㼕㼔㼥㼐㼞㼍㼠㼑
㻾㻸㻦㻌㻵㻹㻲㻌㻔㻵㼚㼐㼡㼟㼠㼞㼕㼍㼘㻌㼙㼍㼚㼡㼒㼍㼏㼠㼡㼞㼑㻕㻧㻌㻿㻼㻺㻌㻔㻿㼥㼚㼠㼔㼑㼠㼕㼏㻌㼜㼞㼑㼜㼍㼞㼍㼠㼕㼛㼚㻕㻧㻌㻼㻾㻱㻼
㻔㻼㼞㼑㼜㼍㼞㼍㼠㼕㼛㼚㻕
㻔㼜㼞㼑㼜㼍㼞㼍㼠㼕㼛㼚㻌㼛㼒㻌㼠㼔㼑㻌㼘㼑㼢㼛㼒㼘㼛㼤㼍㼏㼕㼚㻌㼔㼑㼙㼕㼔㼥㼐㼞㼍㼠㼑㻌㼍㼟㻌㼎㼍㼏㼠㼑㼞㼕㼏㼕㼐㼑㻌㼎㼥㻌㼞㼑㼏㼞㼥㼟㼠㼚㻚㻌䈈
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㻾㻸㻦㻌㻺㼁㼁㻌㻔㻻㼠㼔㼑㼞㻌㼡㼟㼑㻘㻌㼡㼚㼏㼘㼍㼟㼟㼕㼒㼕㼑㼐㻕㻧㻌㼁㻿㻱㻿㻌㻔㼁㼟㼑㼟㻕
㻔㼜㼞㼑㼜㼍㼞㼍㼠㼕㼛㼚㻌㼛㼒㻌㼠㼔㼑㻌㼘㼑㼢㼛㼒㼘㼛㼤㼍㼏㼕㼚㻌㼔㼑㼙㼕㼔㼥㼐㼞㼍㼠㼑㻌㼍㼟㻌㼎㼍㼏㼠㼑㼞㼕㼏㼕㼐㼑㻌㼎㼥㻌㼞㼑㼏㼞㼥㼟㼠㼚㻚㻌䈈
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図4 特許例 2のCAのレコード(一部)
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る。前者ならば,人工甘味料,後者と判断すれば食
4.4 不完全な記述
品添加物を索引する。
文献中の記載が不完全のため与えられた情報だけ
「合成反応が加速された」と記述されているが,そ
では索引できない場合がしばしばある。そのような
れが触媒効果なのか,溶媒効果なのかに言及がない
場合は,知的分析により情報を補い索引付与を行う。
場合でも,専門家がその反応に関与している化学物
(1) 化学物質の光学異性体情報など
質,その使用量,その他の条件から触媒効果と判断
不斉炭素を含む化学物質で,立体情報がまったく
すれば触媒を索引する。
与えられていない場合,専門家が適切に判断する。
通常,合成分野では光学的不活性物質(ラセミ体)
4.2 多義語
として索引するが,生化学分野では,この分野の常
「水」のように一義的に決まるものは索引上問題と
識に従いアミノ酸はL体を,不飽和脂肪酸はZ体を索
はならないが,2つ以上の意味を持つものは文献内
引する。
容から判断が必要となる。例えば,「アルコール」と
直接立体情報が与えられていない場合でも,他の
書かれている場合,それはエタノールのことなのか,
情報から立体を特定できる場合もある。例えば,
「ハッ
アルコール物質一般を意味しているのか,あるいは
カから抽出したメントール」という記述からL -メン
その両方なのかを判断する。同様な例としてはエー
トールを索引する場合などである。
テル(エチルエーテルかエーテル化合物一般か)
,
パー
(2) 反応生成物
ライト(火山岩(perlite)か鋼の組織(pearlite)か)
,
有機合成関係特許では,いくつか具体的な実施例
駆虫剤(農業用途の殺線虫剤かヒトの治療剤か)な
の後,
「以下同様に下記の原料を使用し,対応する生
どがある。
成物を合成した」という記述が続いている場合があ
る。このような場合,
「対応する生成物」は特定され
4.3 不統一な定義
ていないが,専門家が原料情報を基に生成物を特定
学術用語などの定義が統一されていないため,発
することができれば,
その生成物も索引する。例えば,
明者や著者により,まちまちに使用されている用語
カルボン酸とアミンが原料の場合,対応するアミド
がある。例えば,周期律表は3種類存在している。
を索引する。
CAではIIIB族元素がSc,Y,Laの周期律表を使用して
無機化合物の合成では,同じ原料を使用しても反
いるが,これらがI I I A族元素と記載されている文献も
応温度や他の条件により異なる生成物が得られる場
ある。発明者や著者がどの周期律表に基づいている
合が多い。文献中で生成物を特定していない場合も
か文献の内容から判断する必要がある。
数多くあるが,専門家が,原料と反応条件から生成
金属の定義も統一されていない。C Aではシリコン
物を特定できれば,それを索引する。例えば,複数
は金属とは見なしていないが,金属と見なして書か
の金属酸化物が加熱処理された場合,その生成物は
れている文献もある。また,アセタール樹脂は通常
複合酸化物かセラミックスか,などの判断を行い索
主鎖の中にアセタール構造を持つ樹脂を指すが,文
引する。
献によっては,ポリビニルアルコールの後処理で側
鎖にアセタール構造を持つポリマーをアセタール樹
脂と呼んでいる場合もあり,内容をよく確認する必
要がある。
5. 個々のデータから知識・知恵へ
このように,索引は専門家による知的情報分析を
経て,重要と判断された事物に対してのみ付与され
478
知的情報分析による索引作成とその意義
索引では不可能な判断に基づく索引がなされ,付加
価値のある索引作成が可能となる。索引は,将来そ
の文献と検索者を結びつける手段となるため,専門
㻜
㻮㻌♫
㻭㻌♫
㻭㻌♫
㻮㻌♫
䛾
௚
に反映させることである。知的分析により,機械的
㻝㻜
䛭
意図をくみ取り,必要に応じて情報を追加し,索引
㻞㻜
⅖
⑕
⒴
䠈䜰
䝺
䝹
䜼
ᾘ
䞊
໬
ჾ
䠈࿧
௦
྾
ㅰ
ჾ
䠈ෆ
ศ
Ἢ
⑌
ᝈ
⚄
⤒
⣔
⑌
ᝈ
なく,さらに内容に踏み込んで発明者や著者の目的,
ឤ
ᰁ
⑕
る。その分析とは,文献を通り一遍に読むことでは
図5 2つの会社が保持する特許の対象疾患領域分布
家が1件1件の文献に対しきちんと索引付与すること
には重要な意味がある。しかもその重要性は文献検
㼜㼑㼜㼠㼕㼐㼑㻘㻌㼟㼑㼝㼡㼑㼚㼏㼑
㼞㼑㼏㼑㼜㼠㼛㼞㻘㻌㼕㼘
㼟㼡㼎㼟㼠㼕㼠㼡㼠㼑㻘㻌㼍㼘㼗㼥㼘
索レベルにとどまらない。
付与された索引はマクロ的には1個のデータの点で
しかないが,その点が集まり集合を作ると,その集
合を解析することにより,新たな情報が得られる。
具体的には,まず特定テーマで文献集合を作り,そ
の集合に対し文献の発行年,発明者,著者,化学物
質索引,索引見出し語などの解析を行うことにより,
種々有用な情報が得られる。例えば,競合他社の動向,
研究開発の経年変化,類似化合物の活性分布などを
知ることができる。このように個々の索引情報の集
合は高度な情報に変換することができる。そしてこ
のようにして得られた情報は重要な決定,例えば研
究開発方針,競合戦略,企業合併の成功予想などを
行う際の判断に使うことができる。
図5は抗体医薬を研究している2社が保持している
特許を対象疾患別に解析した図である。A社は癌,炎
症,アレルギー分野に集中しているが,B社はそれ以
外の分野もカバーしていることがわかる。図6はその
㼓㼑㼚㼑㻘㻌㼏㼐㼚㼍
㼟㼡㼓㼍㼞㻘㻌㼏㼔㼍㼕㼚
㼏㼔㼍㼕㼚㻘㻌㼞㼑㼓㼕㼛㼚
ಶ䚻䛾㟷䛔Ⅼ䛿㻭♫䠈㉥䛔Ⅼ䛿㻮♫⏤᮶䛾ᩥ⊩䜢♧䛩䚹
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図6 STN AnaVistによる表示例
6. 終わりに
2社の特許の集合に対し,索引見出し語の分布をS T N
これまで述べてきたように,C Aの索引作成の根幹
AnaVist4)というツールで分析・可視化したものであ
は専門家による知的情報分析であり,文献中の文字
る。点が集まっているところは索引数の多さを表し,
列を基に作成される機械的索引とは対極にある。知
よく研究されていることを示す。このツールにより,
的情報分析により,発明者や著者がどのような表記
A社由来の索引見出し語とB社由来のものを色別に表
をしていても,さらには表現していないことでさえ
示し,研究分野の重なりの有無を可視化できる。そ
も,重要な事物には索引付与がなされ,その文献を
の結果を詳細に検討することにより,合併の可能性
確実に簡単に見つけだすことができる。本稿がその
や成功予測が可能となる。C Aは統一された索引用語
理解の一助となれば幸いである。
(統制語)を使用しているため,解析精度,信頼性が
高い。
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本文の注
注1)1994年前半以前に収録された文献には,アルゴリズムにより機械的にC A Sロールが付与されているた
め,上位概念の4文字コードのみしか付与されていないものもある。
注2)A D Vは,その文献中で毒性に関して実験,研究,または言及されていることを示すだけで,毒性の有
無とは関係がない。
参考文献
1)佐々木啓子. 知の宝庫 二次情報データベースの発展. https://www.jaici.or.jp/seminar/user/doc/0612072-2.pdf?PHPSESSID=7d246ce3a14d7e3e7ef05a9677af7f23, (accessed 2012-08-22).
2)宮崎佐智子. Chemcal Abstracts (CA) の索引方針と検索のポイント. 情報の科学と技術. 2008, vol. 58, no. 4,
p. 188-193.
3) “SciFinder”. 化学情報協会. http://www.jaici.or.jp/sci/SCIFINDER/index.html, (accessed 2012-08-22).
4) 船戸奈美子. 対話型の特許・文献解析ツール「STN AnaVist」. 薬学図書館. 2008, vol. 53, no. 2, p. 166-170.
Author Abstract
Intellectual analysis-based indexing is the core element in producing CA, the world’s largest database
in chemistry. CAS REGISTRY numbers, controlled subject heading terms, and CAS roles enable efficient,
comprehensive, and pin-point search and retrieval. Trained chemists conduct deep analysis of documents
and use their expertise to prepare value-added indexing entries, which is impossible by machine indexing. CA
index entries are gathered, analyzed, and processed into higher-level information, crucial for decision making
in R&D, merger & acquisition, etc.
Key words
CA file, intellectual indexing, CAS Registry number, REGISTRY file, CA Lexicon, chemical substance, CAS role,
intellectual document analysis, chemical information, database
480
ウィキペディアの基本的な編集方法と考え方
ウィキペディアの基本的な編集方法と考え方
間違いを正しく編集する
Basic editing tutorial and concept of Wikipedia
How to correct contents properly
日下 九八1
KUSAKA Kyuhachi1
1 [email protected]
原稿受理 (2012-07-27)
情報管理 55(7), 481-488, doi: 10.1241/johokanri.55.481 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.481)
著者抄録
本稿では,ウィキペディアの簡単な編集方法を解説することで,参加への障壁を取り除くことを試みる。ごく単純な
間違いの修正,アカウントの登録とその取り扱い,自分自身または自分に密接に関わりのある記事の編集を扱う。
キーワード
ウィキペディア,ウィキ,インターネット,引証,オンライン・アイデンティティ,本人認証,チュートリアル,百科事典,
アカウント
1. はじめに
く,誰でも編集できるプロジェクトでもある。
「現在
ウィキペディアは,インターネットで誰でもアク
るのではなく,間違いに気付いたならば,誰でもそ
セスが可能で,フリーライセンスの採用により印刷
れを修正できる。単純な間違いを修正するのはそれ
や配布も「フリー」に行うことができるオンライン
ほど面倒なことではない。
「ウィキペディアの参加者」
百科事典である。筆者はウィキペディアの日本語版
として,熱心に,継続的に参加を続けなければなら
編集者として,その信頼性と社会的役割について本
ない義務もない。修正することによって,その後の
誌2012年4月号で解説した1)。信頼性は完全なもので
閲覧者は正しい情報を得ることができる。
はないが,既に高い認知度を得ており,信頼性を高
しかし,ウィキペディアを否定的にとらえている
めることは,ウィキペディアに参加する者にとって
わけではなく,その社会的な意義を認めその発展に
の課題となっている。
期待している人たちでも,編集を躊躇し,尻込みし
ウィキペディアは,誰でも閲覧できるだけではな
てしまうことが多いようだ。同様のことは,ウィキ
ウィキペディアに参加している者」だけが編集でき
本稿の著作権は著者が保持し,クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植(CC-BY-SA 3.0 unported)ライセンスの下
に提供する。
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を 使 っ て 図 書 館, 美 術 館・ 博 物 館, 文 書 館, 公 民
刊誌ならコンビニや書店で棚に並んでいてもおかし
館の被災情報を収集し記録することを目指したプロ
くないが,見覚えはない。そのような感覚を持つこ
ジェクトのsaveMLAKでも見られた2)。
とは,誰でも編集できるインターネット上のコンテ
本稿では,ウィキペディアの簡単な編集方法を解
ンツを読む上では重要だ。
説することで,参加への障壁を取り除くことを試み
ところが,これから『情報管理』の項目を百科事
る。ごく単純な間違いの修正,アカウントの登録と
典で調べ,情報を得ようとしている読者にとって,
その取り扱い,自分自身または自分に密接にかかわ
それは常識ではない。まさに「知りたいこと」なの
りのある記事の編集を扱うこととする。新規に記事
だ。また,ウィキペディアの編集者のなかには,記
を作ることや,大幅に加筆することは,ここでは取
事の書式をメディアウィキの記法に沿って修正した
り上げない。編集に関しては,ウィキペディア上に
り,悪意ある書き込みを防ぐことを主眼とした活動
[[Wikipedia:ガイドブック]]などがあり,アカウント
をしている人もいる。こうした人たちは,記事の内
作成については[[Help:ログイン]][[Wikipedia:多重ア
容に通じているとは限らない。その編集者の振る舞
カウント]],自分自身の記事に関しては[[Wikipedia:
いやウィキペディアの方針の習熟度をもとに,内容
自分自身の記事をつくらない]][[Wikipedia:存命人物
の信頼性を推測するしかない場合も多い。内容に違
の伝記] ]も参照されたい。なおウィキペディアの記
和感を覚えたとしても,何が正しいかを知っている
事・文書を指す場合はメディアウィキの記法になら
とは限らない。修正することができるのは,正しい
い[[User:Ks aka 98]]などと記す。ページ右上の検索窓
情報を知っていて,間違いに気付いた人に限られる。
に入力することで,各ページが表示される。
間違いに気付いた時に,次のような操作をするこ
2. 単純な間違いの修正
とで,間違いは正しく修正できる。
記事上部にある「編集」タブ(図1)
,または記事
の見出しの右側にある「編集」の文字(図2)をクリッ
2.1 修正の操作
クすると,編集画面が現れる(図3)
。そこで文字を
仮に,次のような記述がウィキペディアにあった
修正し,修正内容を簡単に「編集内容の要約」のと
としよう。
ころに書き,一度プレビューをする(図4)
。クリエ
『情報管理』は主婦の友社が発行する月刊誌。
イティブ・コモンズ 表示-継承ライセンス 3.0および
『情報管理』は独立行政法人科学技術振興機構が発
G F D Lの下で公開することに同意できるならば,
「以
行する写真週刊誌。
これらは間違いであり,
『情報管理』は独立行政法人科学技術振興機構が発
行する月刊誌。
とするのが正しい。
本誌すなわち『情報管理』の読者であれば,どち
らが正しく,どちらが間違っているかということは
常識と感じるかもしれない。『情報管理』のことを知
らなくとも,上記の文を読めば,ちょっとした違和
感を覚えるだろう。主婦の友社の刊行物のイメージ
に『情報管理』という雑誌名は合わないし,写真週
482
୰ኸ䜔䜔ྑୖ䛻⦅㞟䝍䝤䛜䛒䜛䚹
図1 記事上部
ウィキペディアの基本的な編集方法と考え方
図2 見出し内に編集のためのリンク
図4 プレビュー画面
「以上の記述を完全に理解し同意した上で投稿す
る」の横には,「プレビューを表示」というボタンが
あり,これをクリックすると,どのように表示され
図3 編集画面
るかを,投稿前に確認することができる。
2.2 情報源の明示
上の記述を完全に理解し同意した上で投稿する」の
では,下記のように修正されていたとしよう。修
ボタンをクリックすれば,修正が記事に反映される。
正した人は,これが正しいと知っている。
「クリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンス
『情報管理』は独立行政法人科学技術振興機構が発
3.0およびGFDLの下で公開すること」というのは,お
行する月刊誌。
およそ投稿時に記録される名義を著者の表記として,
しかし,前述のように,これが正しいと知らない
それを表示するならば商用利用も含めて複製や改変
人は,これが正しいとはわからない。
「独立行政法人
を認めるが,同じ条件を保持しなければならないと
科学技術振興機構」であっても,「独立行政法人情報
いうものである。この条件によって,ウィキペディ
通信研究機構」
であっても,
同じように違和感はない。
アに投稿された著作物は,自由に再利用が可能にな
この修正を行おうとしているのが,『情報管理』の
る。この条件に同意できないならば,ウィキペディ
編集事務局員であれば,信頼性は担保できると考え
アへの投稿はできない。ただし,単純な修正につい
られる。ところが,この修正を行っているのが編集
ては,おそらく著作権は発生しない。
部員であることは,本人以外には明らかではない。
情報管理 vol. 55 no. 7 2012
483
情報管理
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本稿の筆者である日下は,原稿のやりとりをしてい
るのだから,編集事務局員で編集した人がいないか
どうかを確認することは不可能ではないが,そこで
確認したことを,第三者が確認することは困難であ
る。もし,
「編集事務局員だ」と主張したとしても,
そのような主張は誰にでもできる。むしろ,『情報管
理』というような雑誌の編集をしている者が,ネッ
ト上で本人であると確認することが困難なことを理
図5 脚注機能を使った表示(プレビュー)
解していないはずはないのだから,そうではない何
484
者かが嘘をついているのだと受け取られてしまうか
なくともできる。危惧があるとすれば,そもそも「情
もしれない。
「誰か」が「独立行政法人情報通信研究
報管理W e b」が間違った記述をしているか,不正に
機構が発行する」と主張し,「別の誰か」が「独立行
書き換えられているような場合だが,前者であれば
政法人科学技術振興機構が発行する」と主張する。
「独
まずは「情報管理Web」の修正を試みるべきだろうし,
立行政法人情報通信研究機構」と主張しているのは,
後者であれば,
やがて復旧するだろう。もし不安なら,
単なる勘違いや思い込みかもしれないし,議論を混
『情報管理』2012年4号奥付の責任者表示および「情
乱させる悪意があるのかもしれない。そういう時に,
報管理Webとは」(情報管理Web. http://johokanri.
どうすれば解決できるか。
jp/web)によれば,
『情報管理』は独立行政法人科
誰でも編集できるオンラインの百科事典である
学技術振興機構が発行する月刊誌
ウィキペディアでは,第三者が検証できるように,
と,複数の情報源を示せばよい。
その情報源を示すことが求められる。上記の修正で
本文中で示すのではなく,注として情報源を示
あれば,例えば『情報管理』の奥付にある発行者や
したいと考えるならば,メディアウィキでは< r e f >
責任表示を示すか,信頼できる図書館やデータベー
</ref>で注釈部分をはさみ,記事の下部に「== 出典
スの書誌情報を用いるか,あるいは「情報管理Web」
==」などと見出しを作って,<references/>を置く
にある説明を根拠としてもいいだろう。「情報管理
ことで脚注表記ができる。既に<references/>を置い
3)には
Webとは」
た箇所が作られていることもあるだろう。見出しと
本サイトは,独立行政法人科学技術振興機構(JST)
<references/>の間に,{{脚注ヘルプ}}を置くのが好ま
が発行する月刊誌「情報管理」(創刊1958年)のコ
しい。上記の例であれば,本文は
ンテンツと情報の整備・流通・活用に関するニュー
『情報管理』は独立行政法人科学技術振興機構が発
スを公開し,学術情報の流通・利用に関する最新
行する月刊誌<ref>「情報管理Webとは」情報管理
情報と動向をお知らせするサイトです。
Web. http://johokanri.jp/web </ref>。
と書かれている。これを根拠として,
となる(図5)
。このように情報源を示すことで,こ
「 情 報 管 理W e bと は 」( 情 報 管 理W e b . h t t p : / /
の修正が思い込みや悪意によるものではなく,また
johokanri.jp/web)によれば,『情報管理』は独立
間違いや虚偽ではなく,正当な修正であることを示
行政法人科学技術振興機構が発行する月刊誌
すことができる。編集者自身の思い込みや感想であ
とするならば,間違いではなく,アクセスすればそ
れば,情報源を示すことはできない。例えば「
『情報
のように書かれていることは誰でも理解できる。そ
管理』は信用できない」とか「
『情報管理』は『ネイ
のように書くことは,『情報管理』の編集事務局員で
チャー』に並び信頼される学術誌である」と考える
ウィキペディアの基本的な編集方法と考え方
人はいるのかもしれないし,それを事実だと主張し
たい人もいるかもしれない。しかし,その情報源を
示すことは難しい。個人のブログや,いわゆるトン
デモ本を根拠として挙げることができる場合もある
だろう。しかし,そのような情報源であることが明
かされれば,そのような情報源であることを理由に,
記述を排除することもできる。当たり前のこととし
て広く知られていることであれば,そのことを書い
図6 メインページのアカウント作成リンク
た,信頼できる情報源は容易に得られる。
3. アカウント
ウィキペディアでは,利用者登録をしてアカウン
トを取得することができる。利用者登録のためには,
ページ右上の「アカウント作成」をクリックすれば
(図6),作成画面が開く(図7)。ユーザー名とパスワー
ドを入力し,
「アカウント作成」ボタンをクリックす
図7 アカウント作成画面
るだけでよい。一度作成したアカウントは消すこと
ができない。また,公序良俗に反するアカウントや,
アカウントを取得してログインすれば,(1)自分の
他の利用者や有名人と紛らわしいアカウントは,使
編集履歴を一覧したり,(2)登録ページの更新状況を
えなくなることがある。
把握できるウォッチリストを使ったり,(3)対話のた
利用者登録は必須ではないため,そのまま編集す
めの「会話ページ」が作成されたり,
(4)時刻表示(ウィ
ることもできる。たまたま気付いた単純な誤りを修
キペディア日本語版は世界標準時で表示される)や
正する編集を行い,それで終わりということであれ
デザインを変更したり,(5)ページの移動機能を使っ
ば,それで問題は生じにくい。ところが,アカウン
たり,(6)メールアドレスを登録すれば利用者間でメー
トを取得してログインしないで編集した場合,その
ルのやり取りをしたりできるようになる。本名での
編集の記録は,編集を行ったI Pアドレスとともに残
登録が求められるわけではなく,またクレジット
される。履歴ページを見れば,そのI Pアドレスが表
カードなどを使った個人認証・本人認証もない。メー
示され,さらにそれをクリックすれば,同I Pアドレ
ルアドレスすら必須ではない。パスワードを介して
スから編集されたものの一覧も示される。これを好
編集者とアカウントが結びつけられ,同一アカウン
まない人もいるだろう。自宅からならば,契約して
トからの編集は編集履歴として一覧できるようにな
いるプロバイダがわかる程度だが,居住地域くらい
る。編集内容も知ることができるから,これによっ
はわかることもある。職場であれば,企業名や組織
て,あるアカウントがどの程度執筆や運営に関与し
名がわかることもある。2007年にWikiScannerという
てきたか,どのような分野の記事を編集しているか
ツールによって省庁の内部からウィキペディアの編
が明らかになる。特に,運営や記事内容の議論に参
集があったことが明らかになり,報道で取り上げら
加する場合は,アカウントの取得が推奨される。1人
れたことを記憶されている方もいるだろう4)。
で複数のアカウントを持つことは技術的には可能だ
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情報管理
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アカウントや,利用者ページでの記述は,それが正
しく実際の誰某であることを保証しないということ
だ。上記のようなシステムである以上,誰でも科学
技術振興機構理事長の名前と同じ「中村道治」のア
カウントを取得できるし,「前田敦子」を自称するこ
ともできる。以前には,研究者の名前で多数のアカ
⛣⡠䛾ሗ㐨䛿᪥ᮏ᫬㛫䛷 7᭶24᪥ᮅ䛰䛜䠈23᪥῝ኪ䛻ຍ➹䛥䜜䛶䛔䜛䚹
図8 [[イチロー ]]の変更履歴
ウントを作るという荒らしもいた。特にアカウント
と現実の自分を結びつけたいのであれば,例えば大
学の授業でウィキペディアの編集を行うような場合,
自身の研究室のサイトやブログで,ウィキペディア
の誰某は自分であると宣言することは,1つの方法で
ある。ただし,研究室単位など,1つのアカウントを
複数で共有することは認められない。
4. 自分自身の記事
486
図9 「ケルンブルー」にデザインを変更してのメインページ
ウィキペディアを眺めていると,自分が属する企
が,「多重アカウント」は限定的にしか認められてお
うという気になるかもしれない。こうした「あなた
らず,不正な使用があれば編集ができなくなる。
自身,あなたの業績,あなたの会社,あなたが在学
ログインすれば,I Pアドレスは表示されない。ア
している学校および卒業した学校,あなたの出版物,
カウントに実名を用いたり,「利用者ページ」で自分
あなたのウェブサイト,あなたの親戚,その他もろ
の情報を明らかにしたりすることで,現実の自分と
もろのあなたが利害関係を有することがらについて
の結びつきを明らかにするか,そうしたことをせず,
の記事」を「自分自身の記事」と呼ぶ。あるいは,
結びつきを明らかにしないかは,個人個人の考えに
すでに自分に関係のある記事ができていて,その間
よるだろう。一般的には,個人情報を明かすことは
違いに気付くかもしれない。ウィキペディアでは,
リスクになると考えられている。特に専門的な知識
自分自身の記事を作ることは推奨されず,しかし間
を持つと考えられるような職業でなければ,ウィキ
違いを修正することは歓迎される。
ペディアで身元を明かすことのメリットはそれほど
「自分自身の記事」を作ることが歓迎されないのは,
大きなものにはならない。どこかの大学の教授であ
自分自身については中立的に評価するのが難しいか
ると宣言すれば,いくらかは信頼されるだろうけれ
らだ。ウィキペディアは当事者の宣伝や告知のため
ど,逆に難癖を付けられるかもしれない。ウィキペ
に使われる場所ではなく,記事は当事者の自由にな
ディアへの参加は,社会的貢献と受け取られるかも
るものではない。ウィキペディアの参加者は,その
しれないし,くだらないプロジェクトに参加してい
ような場所として使われることを好まない。本人は
るとか,売名行為だとかいう批判を受けるかもしれ
中立的に,事実のみを書いたつもりでも,記述が宣伝・
ない。
広告が目的であると受け取られれば,即時削除の対
留意しなければならないのは,ウィキペディアの
象となる。百科事典の人物記事にふさわしい業績や
業や組織の記事,研究者であれば自分の記事を作ろ
ウィキペディアの基本的な編集方法と考え方
話題がないと考えられれば,削除されることもある
躊躇や尻込みではなく,大胆さこそが求められる。
だろう。
「ウィキペディアに記事がある」ということ
結局のところ,必要なのは,百科事典を作るのだ
を,
「ハク付け」のように使おうという人もいないで
という目的から外れず,編集者である「あなた」が
はない。関係者による編集であるとわかれば,かえっ
何者であっても,その編集が妥当であることを明ら
てダメージを受けることになりかねない。
かにする情報源を示すことであり,自分がウィキペ
ウィキペディアに「自分自身の記事」を作りたい
ディアの編集には不慣れだという自覚を持つこと
のであれば,記事が必要だと思う第三者が現れるだ
だ。そして,世の中は簡単に間違いと正しさに分割
けの実績を作る方向に労力を注ぐことが望ましい。
できないということ。
「情報管理W e bとは」によれ
一方,間違いの修正は歓迎される。ただし,ここ
ば,独立行政法人科学技術振興機構(J S T)が発行
では本人か,成りすましかという問題が生じる。前
する月刊誌『情報管理』は創刊1958年となっている
述のように,ウィキペディアでは,その内部で本人
が,1958年に日本科学技術情報センターから『月刊
を確認する術を持たない。このため,『情報管理』の
J I C S T』は創刊されているものの,独立行政法人科学
例で示したように,本人だと名乗って修正するより
技術振興機構はまだ存在せず,『情報管理』という雑
も,検証可能な情報源を示して修正するほうが容易
誌も存在しない。だからと言って,
「情報管理Webと
になる。誤った情報が広く流布されている場合など
は」が誤りだというのではなく,百科事典の記述と
で,第三者による正しい情報源がなかったり,アク
しては,より丁寧に発行母体の経緯や誌名を明らか
セスが難しい情報源しかない場合は,自分自身で編
にし,混乱を生じない表現を考え,情報源を示して
集ができる場所で,情報を発信するという方法があ
いくことが期待されるだろう。そうした余裕を持つ
る。ウィキペディアに記事が作られるような人物,
ことで,
他の編集者との共同作業が可能になる。また,
企業・組織であれば,サイトやブログを持つことが
さまざまな分野をまたぎ,さまざまな水準で情報を
多い。それらのサイトやブログは本人または関係者
求める百科事典の読者にとって,メディアウィキの
でなければ編集できず,成りすましの可能性は低い
機能のなかで,どのような情報源を,どのように示
と考えられる。堀江貴文が2009年に自身のブログ
して,どのように記述するのが,最善かというのは,
で記事の誤りを指摘し,まもなく修正された例があ
簡単に答えが出せるものではない。
る5) ,6)。本人の指摘と,第三者的な情報源の間で食い
企業・組織・個人を問わず,情報発信の立場を考
違いがある場合は,本人の意図通りに修正されると
えるならば,公式に,正しく情報を公開することが
は限らないが,当事者の考えがどういうものかとい
期待される。多くの人の目に届くメディアは,例え
う加筆はなされるだろう。非公開の情報など,プラ
ば逮捕されたり,不祥事があったりしたことは大き
イバシーに関係する場合は,[[Wikipedia:連絡先]]か
く報じるが,裁判や調査の結果が同等に報じられる
ら日本語の対応ボランティア窓口にメールを送るこ
ことはまれである。そうした際に,当事者がプレス
とができる。
リリースを出していれば,ウィキペディアにその内
5. まとめ
容を反映できるのに,出していないために推測ばか
りが書き連ねられることになってしまうこともあ
る。企業や組織の理念や沿革,建物の写真などは,
以上述べたように,ウィキペディアの編集は難し
広報を旨とし,創作性が低いとはいえ著作権が生じ
いものではない。[[Wikipedia:Be bold]]という編集の
ている可能性があれば,ウィキペディアに転載され
ガイドラインもある。特に最初の編集に際しては,
ていれば削除される。そうした資料をフリーライセ
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情報管理
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ンスで公開していれば,より多くの人の目に留まる
商用利用を認め,同一条件での再利用の制限をつけ
ようになる。
た改変を認める,あらゆるコピーレフトライセンス
本稿が,ウィキペディアの編集に向けて背中を押
での再配布をあらかじめ許諾する。論文の公表時の
し,のみならず誰にでもアクセスできる情報流通に
法と,使用時の法のうち,いずれかにおいて,米国
ついて考えることのきっかけとなれば幸いである。
著作権法フェアユースと認められる使用であれば,
そして,インフォプロの方々には,間違いを正すこ
日本の著作権法の権利制限規定の対象とならない使
との重要さと,ここで紹介したような編集の方法を
用についてもあらかじめ許諾する。もちろん,日本
広め,多くの人々をサポートするような役割が期待
の著作権法の権利制限の対象となる使用は自由であ
されているのだと考える。
る。また,図書館など公共施設における全文の複写
* *
およびO C Rを含む電子データ化と複製の提供,教育
な お, 本 論 文 の 著 者 は, 日 下 九 八 の 名 義 を 使
を目的としたあらゆる使用,私的目的のための複製
用した上で本論文の著作権を保持し,C C - B Y - S A
として原資料を保持しながらO C Rを含む電子データ
3.0u n p o r t e dで公開し,公表後30年をもって,権利
化を行うことおよび業者などに代行させることを明
行使を行わない旨宣言する。加えて,著作権者表示,
示的に許諾する。
参考文献
1) 日下九八. ウィキペディア:その信頼性と社会的役割. 情報管理. 2012, vol. 55, no. 1, p. 2-12.
“ a v e M L A K ウィキへの引き込み大作戦~ 3つの恐怖症と対策~」第十一回W i k iばな - 特集,
2)江草由佳. 「s
saveMLAK”. SlideShare. 2011-08-27. http://www.slideshare.net/yegusa/savemlak-3, (accessed 2012-07-25).
3)科学技術振興機構. “情報管理Webとは”. 情報管理Web. http://johokanri.jp/web, (accessed 2012-07-25).
4)“総務省や文科省もWikipediaを編集していた 「WikiScanner」日本語版で判明”. ITmediaニュース. 200708-29. http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0708/29/news059.html, (accessed 2012-07-25).
5)堀江貴文. “Wikipediaの俺の記述”. 六本木で働いていた元社長のアメブロ. 2009-03-26. http://ameblo.jp/
takapon-jp/entry-10231129622.html, (accessed 2012-07-25).
6)堀江貴文. “すばやい対応ありがとうございます> w i k i p e d i a編集に参加している人たち”. 六本木で働い
ていた元社長のアメブロ. 2009-03-27. http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10231294306.html, (accessed
2012-07-25).
Author Abstract
This article tries to remove barriers to edit Wikipedia by describing how to make simple edits to Wikipedia. The
article focuses on a very simple modification of the mistake, handling of the account registration, and editing
a biography about yourself.
Key words
Wikipedia, Wiki, internet, citation verifiability, online identity, identity authentication, tutorial, encyclopedia,
account
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ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
ニコニコ学会βの試み
Challenges of the NicoNico Gakkai Beta, a newly-launched society for pursuing the value
of user participation in content creation
江渡 浩一郎1
ETO Koichiro1
1 独立行政法人産業技術総合研究所 (〒305-8568 茨城県つくば市梅園1-1-1 つくば中央第2事業所)Tel : 029-862-6325
E-mailアドレス:[email protected]
1 National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) (Tsukuba Central 2 1-1-1 Umezono Tsukuba-shi,
Ibaraki 305-8568)
原稿受理 (2012-08-21)
情報管理 55(7), 489-501, doi: 10.1241/johokanri.55.489 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.489)
著者抄録
ユーザー生成コンテンツの世界には多種多様なコンテンツが存在しており,中にはユーザーが創意工夫によって新技
術を開発し,独創的なシステムを作り上げたものもある。そのような事例の中には研究として高く評価しうる内容が
含まれていることもあるが,従来は研究者コミュニティーとの接点は薄く,埋もれた存在となっていた。そこで,ユー
ザー参加型という理念を基本とした新しい学会「ニコニコ学会β」を立ち上げ,プロフェッショナルとアマチュアが
共に研究発表を行う場を作り上げた。2011年12月に第1回のシンポジウムを開催し,2012年4月には第2回のシンポジ
ウムを開催した。本稿では,背景と理念,および開催したシンポジウムの概要について解説する。
キーワード
CGM(Consumer Generated Media),UGC(User Generated Contents),集合知,イノベーション,学会,初音ミク,
ニコニコ動画,ニコニコ学会β
1. はじめに
クである。ニコニコ学会βは,その名のとおりニコ
ニコニコ学会βはユーザー参加型の価値を追究す
ものではない。例えばニコニコ動画には独自のロボッ
るための新しい学会である。
トやインターフェースを「作ってみた」動画が多数
筆者らは,2011年7月ごろから検討を始め,2011
公開されているが,そのようなユーザーが独自に開
年12月6日 に 第1回 ニ コ ニ コ 学 会 β シ ン ポ ジ ウ ム
発・研究した技術も本学会の対象である。
ニコ動画1) に関わる研究を扱うが,そこにとどまる
(図1),2012年4月28日・29日に第2回ニコニコ学会
このニコニコ学会βについて,なぜこのような活
βシンポジウムを開催した。本学会は,名称も,対
動を始めたのか,背景・目的・目標は何かという質
象領域も,研究手法も,従来の学会と比較してユニー
問をいただくことがある。本稿では,その発足まで
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vol.55 no.7
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October
みる。
2.1.1 ニコニコ動画というイノベーション
ニコニコ動画が公開される以前から,筆者は戀
塚 昭 彦 氏 の 活 動 に 興 味 を 持 っ て い た。 戀 塚 氏 は
Bio_100%というゲーム制作集団の一員であり,ゲー
ムプログラマーとして有名だった。初期のパソコン
භᮏᮌ䝙䝁䝣䜯䞊䝺䛷㛤ദ䛥䜜䛯䚹఍ሙ䛾࿘䜚䜢䛩䜉䛶/('
䝕䜱䝇䝥䝺䞊䛜そ䛳䛶䛔䛶䠈䝴䞊䝄䞊䛛䜙䛾䝁䝯䞁䝖䛜⾲♧䛥䜜
䛶䛔䜛
図1 第1回ニコニコ学会βシンポジウムの閉会式
通信(アスキーネット)ユーザーの1人だった筆者
は,B i o _100%のゲームをよくダウンロードして遊
んでいた。筆者にとってはドワンゴ社とはなにより
もBio_100%のメンバーが設立した会社だった。その
の経緯を中心に,個人的な視点から振り返る。
2. ニコニコ学会βへの道
ようなゲームプログラマーとして知られる戀塚氏が
W e bサービスをデザインしたということで,2006年
12月のニコニコ動画公開前から注目していた。
ゲーム制作とW e bサービスとの関係に着目したの
ニコニコ学会βはさまざまな人が関与して始まっ
には,筆者自身がゲーム制作者だったという経緯も
たため,発足の経緯を説明するのは容易ではない。
大きく影響している。筆者は,1991年から1992年に
ここでは発案者である筆者自身が考えてきたことに
かけて任天堂・電通ゲームセミナーでゲームを開発
ついて,個人的な視点からまとめてみる。
しており,その成果は1993年5月に任天堂から「ジョ
イメカファイト」として発売された。筆者はもちろ
490
2.1 イノベーションの背景への興味
んゲーム開発に興味があったが,それだけでなく,
第1回ニコニコ学会βは,「ニコニコ動画」と「初
ゲーム開発における知見をユーザーインターフェー
音ミク」という2つのソフトウェアへの関心が中心と
スに応用できないかと考えていた。つまり,当時か
なっている。セッション構成でも,ニコニコ動画と
らずっとゲームとインターフェースの関係について
初音ミクのそれぞれを作り上げてきた人にお話を聞
考えていた。
くセッションを中心とした。ではなぜこの2つなのだ
今の大きくなったニコニコ動画からは想像できな
ろうか。
いかもしれないが,ニコニコ動画はそもそも「ハッ
筆者は,この2つのソフトウェアには「日本発のイ
ク」注1)として始まった。初期のニコニコ動画は,動
ノベーション」という共通点があると思っている。
画共有システムとしてY o u T u b eをそのまま使い,そ
イノベーションという用語は定義があいまいで,技
の上にコメントインターフェースを被せるシステム
術革新などと訳される場合もあるが,むしろ技術の
だった。ちょっとした工夫で動画を見る体験が変化
使われ方の革新である。2つとも新しい技術を開発し
し,楽しい経験になることにユーザーは驚いた。こ
たというよりも,すでにある技術の新しい使い方を
のような既存の技術に少しだけ手を加えて新しい価
発見し,それをうまく社会に広めることができたと
値を作り出そうとする試みに,筆者は共感していた。
いうものである。
ここで作られたインターフェース上の工夫は,濱野
次節より,筆者の個人的な視点からニコニコ動画
2)
に詳しい。
智史『アーキテクチャの生態系』
と初音ミクの誕生から普及までの経緯を振り返って
し か し, 稼 働 後 し ば ら く し て ニ コ ニ コ 動 画 は
ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
Y o u T u b eからアクセスを遮断され,運営停止の危機
るソフトウェアである。ニコニコ動画のようなW e b
にさらされる。結果として,ドワンゴは動画共有シ
サービスではないし,インターフェース上の工夫も
ステムをゼロから作ることを選んだ。しかしこれは
あまり見られない。ではなぜ初音ミクに注目してい
必ずしも悪いことではなかったのではないか。楽園
たのか。
からの追放は,ユーザーに強い一体感を抱かせる結
2001年,筆者は「くまうた」というゲームの開発
果となった。その後,ニコニコ動画は急速に発展,
に関わっていた。くまうたは,仮想のキャラクター
普及していくこととなった。
である白いクマに演歌を教えるというゲームであ
2008年11月,筆者は情報処理学会ヒューマンコン
る。プレイヤーは引退した元演歌歌手という設定で,
ピュータインタラクション研究会(S I G H C I)の運営
クマが自動作詩エンジンで演歌を作詩してくるので,
委員として,戀塚昭彦氏の招待講演を企画した注2)。
それを添削して完成へと導く。歌詞が完成したら,
戀塚氏は,ニコニコ動画のコメントの表示方法,入
クマは実際にそれを演歌として歌ってくれる。筆者
力方法などの細かい工夫の積み重ねによって,コメ
はこのゲームの自動作曲エンジンの実装を担当して
ントが安定して同じ挙動で画面に表示されるように
いた。歌詞は自動作詩でさまざまに作られるので,
し,またある場面では弾幕といってコメントが画面
どんな歌詞が来ても演歌として破綻なく歌う工夫が
を覆うような設計としていた。これはゲーム的な手
求められた。このゲームは自動作詩,自動作曲,音
法でインターフェースを作り上げていたということ
声合成といった,自然言語処理,音声技術を応用し
で,やはりゲーム開発者だったという経緯がインター
たゲームだった。
フェースの設計に影響を与えていたことがわかった。
2001年当時の音声合成技術のクオリティーはあま
その後,ニコニコ動画は当初の予想をはるかに超
り高くなかった。歌声といっても「誰かが何かを歌っ
えて普及し,多くの研究者の関心を集めるようにな
ている」という感じにしかならなかった。リアルな
る。例えば,濱野智史氏は前述の『アーキテクチャ
人が歌っていることにすると,歌声にリアリティー
の生態系』でW e bサービスのあり方を「アーキテク
がないので奇妙に感じられてしまう。シロクマが歌っ
チャ」という観点で分析し,ニコニコ動画を「擬似
ているという設定にしたのは,そのような事情もあっ
同期」や「N次創作」という新しい概念で説明した。
たのだ。
産業技術総合研究所(産総研)の濱崎雅弘氏は,ニ
筆者はこの開発への参加をきっかけとして音声技
コニコ動画における協調的創造活動をネットワーク
術の応用について興味を持ち,アートやエンターテ
分析した3)。明治大学の宮下芳明氏は,ニコニコ動画
インメントへの応用を調べた結果をまとめている5)。
のコメントから動画の盛り上がりを抽出する研究を
このような事情から,筆者は音声合成技術の動向に
行っている4)。
注目していた。
このようにニコニコ動画に関係する研究が広がり,
くまうたは,2003年11月に株式会社ソニー・コン
研究分野として立ち上がりうるような盛り上がりを
ピュータエンタテインメントから発売された。残念
感じていた。その中でも特に筆者の興味は,ニコニ
ながらそれほど大きな売上にはならなかったが,一
コ動画がどのようにして立ち上がったのか,という
部のユーザーにカルト的な人気を博した。その後
点にあった。
2007年に,くまうたは人気が復活し,オークション
で定価の数倍の値段で取り引きされるような人気ソ
2.1.2 初音ミクというイノベーション
フトとなった。くまうたは,ニコニコ動画上のコン
「初音ミク」とは,人間が歌うような音声を合成す
テンツとして突如人気が出てきたのである。
情報管理 vol. 55 no. 7 2012
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情報管理
JOHO KANRI
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vol.55 no.7
そして,2007年8月,「初音ミク」(クリプトン・
れていた。初音ミクは単に楽曲への影響だけでなく,
6)
。
フューチャー・メディア株式会社)が発売される
そのキャラクターを使った画像や動画が多数登場し
初音ミクは要するに楽器ソフトである。技術的には
た。現在につながるような,ユーザーによる動画コ
シーケンサーとシンセサイザーの組であり,音程と
ンテンツ創作の生態系が,この時点で始まったので
音節の組を入力すると音声ファイルが生成される。
ある。
音程付きの音声合成ソフトとも言えるが,平たくい
2008年5月に,情報処理学会音楽情報科学研究会
うと「歌をうたわせられるソフト」である。
492
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Journal of Information Processing and Management
(S I G M U S)でクリプトン・フューチャー・メディア
実は「初音ミク」はボーカロイドの最初の製品で
株式会社の佐々木渉(wat)氏の招待講演が企画され
はない。2003年2月に,ヤマハ株式会社はボーカロイ
た7)。w a t氏は上記の初音ミク制作における中心人物
ド(V O C A L O I D)という技術を開発した。従来の音
である。彼はサウンドアートなど音を使ったアート
声合成は,比較的少数の音声サンプルから多様な音
への造詣が深く,そのような音を使った新しい音楽
声を自動生成する手法である。ボーカロイドは,そ
表現から受けた影響が初音ミクに反映されていたの
れとは異なり,元となる音声ファイルを大量に保有
だった。
し,それをできるだけ加工しないでつなげて音声合
ちなみに,初音ミク発売直後の2007年9月に,くま
成するという手法を採用している。これにより,従
うたを使って作られた動画「我は萌えに屈せず」が
来は実現できなかったリアリティーの高い歌声が合
公開されている8)。音声合成技術をエンターテインメ
成できるが,欠点として音声合成の元となる音声
ントに応用するのはくまうたの方が4年も先行してい
ファイルが大量に必要となる。ボーカロイドの最初
ると主張する内容であり,くまうた関係者の胸の内
の商品として2004年11月に「MEIKO」,2006年2月に
を代弁した内容となっている。
「K A I T O」が販売されたが,大ヒットとはならなかっ
このように,筆者はコニコ動画,初音ミク共にそ
た。2007年1月にヤマハはVOCALOID2という技術を
の誕生から流行,一般化への流れをずっと見てきた。
公開し,さらに精度の高い歌声の合成を可能にした。
そのため,その背後にある細かい配慮・工夫を一般
初音ミクはVOCALOID2を採用した初めてのソフトで
の人よりは理解していると思う。そのような活動の
ある。
背景が世の中でもっと知られるべきだし,願わくは
初音ミクはいくつかの点で従来のソフトと異なっ
その結果としてニコニコ動画や初音ミクのような製
ていた。まず,元となる声を提供する人として歌手
品がもっと世に出て,世界に広がっていくとうれし
ではなく声優(藤田咲)を起用した。そのため,ア
いと思っている。そのために,
そのような活動領域を,
ニメの登場人物のような透き通った声となった。ま
研究対象として力を入れていくべきなのではないか
た,初音ミクというキャラクターの意味づけである。
と考えていた。
初音ミクは,独特の意味づけがなされており,キャ
何か新しい技術を作り出したからといって,それ
ラクターそのものに価値を感じるように設計されて
がすぐに世の中を変えるとは限らない。むしろ,技
いた。要するに「キャラが立っていた」わけである。
術だけでは何も変わらないことの方が多いだろう。
初音ミクは発売直後から人気が出て,初音ミクを
しかし,
「世の中を変えようとしなかったら,いつま
使って作った楽曲が多数作曲された。その多くはニ
でたっても変わらない」のもまた事実である。新し
コニコ動画上で公開され,ニコニコ動画の特徴であ
い技術を開発し,それを元に人々に受け入れやすく
るコメントによって作者に感想がフィードバックさ
するために細かな工夫を積み上げ,それによって最
れ,そこでプラスのフィードバックループが形成さ
終的に大きなインパクトを与える。筆者は,ニコニ
ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
コ動画と初音ミクにはそのような共通点があるよう
あまりに幅が狭い。これでは参加できる人が限られ
に思っており,その工夫の背景を一般の人に伝えた
てしまうだろうという懸念があった。
いと考えていた。
議論を続けた結果,ニコニコ動画と初音ミクには
どちらも「ユーザー参加型」という共通点があるこ
2.2 ニコニコ学会βの発足
とに気づいた。ニコニコ動画は動画を投稿する人と
2.2.1 ユーザー参加型の学会
視聴者とを含めた巨大な交流の場である。動画投稿
実 際 に ニ コ ニ コ 学 会 β の 検 討 を 開 始 し た の は,
者を含めて,視聴者もコメント投稿者もすべてユー
2011年7月ごろである。ドワンゴの関係者の方とゆっ
ザーとして参加しており,Webサイト全体がユーザー
くりお話しする機会があり,そこで筆者はドワンゴ
参加型で構成されている。初音ミクはアプリケーショ
として研究活動を支援することには興味があるかど
ンであり,直接のユーザーはそのアプリを購入した
うか聞いてみた。前述のようにニコニコ動画に関わ
人に限られているが,初音ミクは全体として,音楽,
る研究が多数行われるようになってきており,その
画像,動画などさまざまなコンテンツをユーザーが
観点からドワンゴに研究開発を支援していただくの
持ち寄って新しいコンテンツを作り上げる創作環境
は有意義ではないかと考えていた。非常にポジティ
となっている。ユーザー参加型によって新しいコン
ブなお返事をいただき,産学連携に経験豊富なアカ
テンツが作られ,生態系全体がユーザー参加型で駆
デミック・リソース・ガイド株式会社(A R G)の岡
動されている。この点で両者は共通しており,共存
本真氏と一緒に具体的な検討を開始することになっ
している。
た。
そこで,ユーザー参加型という視点を中心として
この時点ではまだどのような活動にするかのイ
研究会を立ち上げるといいのではないかと考えた。
メージはばらばらだった。まず,ニコニコ動画やそ
研究会の運営や発表をユーザー参加型にするという
れに関わる研究を対象とする研究会にする案が出発
だけの意味ではなく,ユーザー参加型の価値そのも
点だった。確かにニコニコ動画は巨大であり研究領
のを研究対象にする。これによって,ユーザー参
域になりうるだろう。しかし,筆者は前述の初音ミ
加型でコンテンツが作られるメカニズムを支援した
クのようなコンテンツにも興味があり,そのような
い。つまり「ユーザー参加型のユーザー参加型によ
領域も対象にしたいと思っていた。とはいえ,ニコ
るユーザー参加型のための学会」を立ち上げようと
ニコ動画は,動画共有サイト,初音ミクは音声合成
考えたのだった。
アプリと,まったく違う技術分野である。筆者はそ
2011年8月に,ニコニコ学会βの提案をまとめた。
の両者を結びつけるような何かを対象にしたいと考
この時点でユーザー参加型の価値を追究するための
えていた。
新しい学会という方向で趣旨は固まっていた。また,
新しい活動を始めるには,コアとなるアイデアが
ニコニコ研究会という任意団体が主催することとし,
必要である。そのコアとなるアイデアはできるだけ
ユーザー参加型の価値に興味のある人は,企業でも
焦点を絞っている必要がある。対象の幅を広げるこ
個人でも誰でも参加できることとした。その中でも
とと焦点を絞ることは相反する要求である。
中心的なスポンサーとしてドワンゴ社に支援をお願
では,両者における共通点とは何だろうか。当初は,
いすることとした。このようなユーザー参加型をテー
上記のような日本発のイノベーションという共通点
マにするには,研究者が主導して組織を運営するこ
をテーマとした学会にする案を検討していた。しか
とが必須だと考えたからだ。この提案を快く受けて
し,イノベーションをテーマとする学会というのは
くださり,この枠組みで進んでいくこととなった。
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2.2.2 ニコニコ学会βという名前
したのが「ニコニコ宣言」である。ニコニコ動画が
名称についてもさまざまな議論があった。まず「ニ
開始した約半年後の2007年6月に公開されている。以
コニコ」という単語を残すかどうか。「ユーザー参加
下,ニコニコ宣言の第一宣言の一部分を引用する。
型」が焦点なのであれば,それを反映した名前にす
第一宣言 ニコニコは無機的な集合知ではなく人間
るのがいいのではという意見も多数いただいた。最
のような感情を備えた集合知を目指します
終的には,筆者は「ニコニコ」を残すべきと考えた。
… いまのネットが目指している多くの集合知と
そもそも,ニコニコ動画にはなぜ「ニコニコ」と
は,個々の人間の労力や行動を部品として機械
いう名前がついているのだろうか。実際,その機能
的に収集して構成されます。…われわれは…等
や技術的特徴と「ニコニコ」という単語には何の関
身大の人間そのものの姿を投影した集合知をつ
係もない。それでもそこに何か感じとれることがあっ
くることを目標とします。…そんな人間的な暖
たからこそニコニコ動画という名前をつけたのだろ
かさをもつ集合知が人間と共存するような未来
うし,多くのユーザーはそれを良い名前だと受け取っ
のネット社会を目指します9)。
ことだま
たのだろう。筆者はそれは「言霊の力」なのだと思っ
筆者は,研究者としてソーシャルメディアやW i k iの
た。そのため,筆者はあえてその前例を踏襲し,ニ
研究,つまり集合知研究に取り組んでいる。集合知
コニコ動画のように人に愛される研究会にしたいと
研究にはいろいろな種類があり,ブログやツイッター
思って,ニコニコ動画から直接名前をお借りするこ
などから特定の傾向を抽出するという研究が現在の
とにした。
主流の1つとなっている。それらの研究は,情報共有
また「学会」という呼び名は大げさではないかと
基盤としてすでにブログやツイッターが存在してい
いう意見もあった。たしかにその通りである。筆者
ることを前提としている。筆者はブログやツイッター
らは従来の学会のように権威になろうとするつもり
を作り上げるような研究をしたいと考えていた。つ
はない。とはいえ「ニコニコ」+「学会」という連
まり,人々が自分の思考や感情を表出し共有できる
結は,多くの人が面白いと支持していた。そこで少
ような環境を作りたい,集合知を作り上げるような
し語感を弱めて,「(仮)」や「(β)」をつける案が出
研究を進めたいと考えていた。
た。実際ニコニコ動画が「ニコニコ動画(仮)」「ニ
ニコニコ宣言の第一宣言は,まさに筆者が考えて
コニコ動画(β)
」と変わっていったので,それに倣
いたのと同じようなことが書かれていると思った。
うのはいい案である。最終的には括弧を外して「ニ
実際ニコニコ動画は,人々が簡単にコメントを付け
コニコ学会β」という名称を選択した注3)。
られるように工夫されている。動画の上をコメント
また,東浩紀氏が編集長を務める思想誌『思想地
が流れるという表現もその工夫の一例である。その
図β』からの影響もある。東氏は,この新しい思想
ようにして「人間のような感情を備えた集合知」を
誌を創刊するにあたって自分で新しい出版社を立ち
目指していることに強く共感していた。
上げている。このような活動に勇気づけられて,筆
ニコニコ学会βを立ち上げるにあたって,筆者は
者は今回新しい学会を立ち上げるという活動に取り
ニコニコ研究会を代表して「ニコニコ学会βとは」
組むことができた。この場を借りて感謝の意を伝え
という文章を書いている10)。この文章は,上記のニ
たい。
コニコ宣言の影響の元に書かれている。筆者がニコ
ニコ学会βを通じて伝えたいと考えていたことは,
494
2.2.3 ニコニコ宣言からニコニコ学会βマニフェストへ
この文章にまとめているので,ぜひ参照していただ
ニコニコ学会βの理念を考える上で大きく参考に
ければと思っている。
ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
3. 第1回ニコニコ学会βシンポジウム
第1回ニコニコ学会βシンポジウムは,2011年12
月6日(火)に六本木ニコファーレ11) で開催さ れ
た。発表は7時間半にわたり,すべてニコニコ生放
送で中継された。当時の動画は今でもニコニコ生放
送上で無償で見ることができる12)。中継の総視聴者
は114,097人,総コメント数は88,237件であり,学術
関係のイベントとしては異例の多数の視聴者に見て
いただくことができた。コメント内容も好意的なも
のが多く,視聴者アンケートでは「とても良かった」
ᕥ䛛䜙ᕝୖ㔞⏕Ặ䠈⊦ᏊᑑஅẶ䠈ỤΏᾈ୍㑻䠄➹⪅䠅
図2 第1セッション「作るを作る」
と「まぁまぁ良かった」の合計が98.2%と,非常に高
い評価をいただくことができた注4)。
また,このシンポジウムの内容をまとめた書籍『ニ
コニコ学会βを研究してみた』13) も出版した。こち
らはシンポジウムの対談や発表の内容に加え,先生
方へのインタビューや独自の解説をつけ加え,より
深く知ることができるようにした。
当日の発表は,5つのセッションから構成された。
以下,それぞれのセッションについて解説する。
3.1 第1セッション「作るを作る」
第1セッションは,株式会社ドワンゴ代表取締役会
ᕥ䛛䜙℈㔝ᬛྐẶ䠈ᠷሯ᫛ᙪẶ䠈ఀ⸨༤அẶ
図3 第2セッション「作るアーキテクチャを作る」
長の川上量生氏とチームラボ株式会社代表の猪子寿
之氏による対談であり,筆者が進行を務めた(図2)。
3.2 第2セッション「作るアーキテクチャを作る」
セッション名の「作るを作る」とは「創造的なもの
第2セッションは「作るアーキテクチャを作る」と
づくりを続けられるような環境を整備する」という
題して,クリプトン・フューチャー・メディア株式
意味である。
会社社長の伊藤博之氏,株式会社ドワンゴのエンジ
ドワンゴとチームラボは,どちらもいわゆるI T系
ニアでありニコニコ動画の生みの親である戀塚昭彦
企業だが,I Tの枠をはみ出した独創的な製品を生み
氏,情報環境研究者の濱野智史氏による発表および
出すことで知られている。いかにしてそのようなも
鼎談を行った(図3)。
のづくりができる環境を作り上げたのか。また両社
このセッションの背景には,憲法学者のローレン
は創造性の溢れる社員が多数参画しているという点
14)
で
ス・レッシグ(Lawrence Lessig)が『CODE』
が共通している。なぜこれほど創造的な人々が両社
提唱した「アーキテクチャ」という概念がある15)。
に惹きつけられるのか。普段聞くことができない組
近年のインターネットによる情報環境ではさまざま
織運営を進めるにあたっての秘訣をうかがった。
な環境がソフトウェアによって規定されるように
なってきている。従来の法律のように人間が解釈し
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て実行する環境では,人的資源の制約や解釈のゆら
あり,ニコニコ動画を3日間で作り上げたという伝
ぎからあいまいな領域が残されていたが,ソフトウェ
説で知られている18)。戀塚氏は現在も,ニコニコ動
アとして環境が規定されるようになると,その制
画開発総指揮として開発に関わり続けている。今回
約は普通の方法では乗り越えられない強い制約とな
は最近行ったコメント機能の改良について発表して
る。このようなソフトウェアによって規定される強
いただいた。ニコニコ動画はコメントによるフィー
い制約条件のことをレッシグはアーキテクチャと呼
ドバックを重視しており,適切なコメントによって
び,この状況下では意図的にソフトウェアの制約条
動画制作者がよかったと思えるような視聴環境を作
件を緩めるような法整備を行うべきだと主張し,大
ることを大切にしている。そのため,不適切なコメ
きな話題を呼んだ。
ントを見えないようにする機能を導入しており,さ
『アーキテクチャの生態系』の著者である濱野氏と,
まざまな工夫でうまく動くようになったという発表
筆者,木原民雄氏,中西泰人氏は,共に「創造するアー
だった。
キテクチャ」というシンポジウムシリーズを企画し
2人の発表から,システムの細かい工夫によって利
ている。
「創造するアーキテクチャ」とは,人々に創
用者の環境を変え,創造性を促すアーキテクチャが
造性を発揮させるよう促すアーキテクチャを意味し
可能になっていることがわかり,初音ミクとニコニ
ている。レッシグはアーキテクチャを人々の行動を
コ動画の興味深い裏側を知ることができた。
抑える(マイナス方向に制約する)役割としてとら
496
えているが,筆者らは人々の行動を促進する(プラ
3.3 第3セッション「研究100連発」
ス方向に制約する)アーキテクチャも想定できるの
第3セッションでは,ユーザーに向けて「研究とは
ではないかと考えた。そこから,創造性を支援する
何か」を伝える役割として,5人の研究者が20件ずつ,
アーキテクチャを「創造するアーキテクチャ」と呼び,
合計100件の研究発表をする「研究100連発」を実施
その条件についてずっと議論を重ねてきた。これま
した。発表者は,
東京大学大学院教授の五十嵐健夫氏,
でに5回のシンポジウムを開催しているが,第2セッ
明治大学准教授の宮下芳明氏,京都大学大学院特定
ションはその発展形だと言える。
准教授の中村聡史氏,お茶の水女子大学特任助教の
伊藤氏が代表を務めるクリプトン・フューチャー・
塚田浩二氏,東京大学大学院教授の暦本純一氏であ
メディア株式会社は初音ミクをリリースした会社で
る。進行は科学技術振興機構研究員の橋本直氏が務
ある。同社は同時に「ピアプロ」という,ネット上
めた。
での共同創作を促すために,素材を共有するW e bサ
発表は全部で90分,1研究紹介が1分以下である。
16)。初音ミクブームの初期にピ
イトを運営している
通常であれば考えられないほど超高速の発表であ
アプロを立ち上げ,また初音ミクの利用に関して「ピ
る。各々の研究者の発表はいずれもバラエティ豊か
17)を制定し,人々
アプロ・キャラクター・ライセンス」
であり,このように20件を連続でまとめて発表する
が初音ミクに関わる音楽・画像・動画を創造的に再
と,それぞれの研究者を貫く軸が見えてくる。この
利用することを促す活動をした。このような創造性
点は参加した他の研究者にも特に好評だった。
を支えるW e bサービスや法的環境を整備したからこ
このセッションの発想の元となったものは,五十
そ,現在のような初音ミクブームが育ったのである。
嵐氏がWISS(Workshop on Interactive Systems and
伊藤氏からは,そのような背景について聞かせてい
S o f t w a r e)注5) のナイトセッションで行った「研究
ただいた。
100連発」である。これは五十嵐氏がこれまでにして
戀塚氏は,前述のようにニコニコ動画の開発者で
きた研究を100件,続けて発表するというものだっ
ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
た。この発表があまりにも面白く,この形式を参考
ド教授(Neil Gershenfeld)が提唱した「パーソナル・
に5人の研究者が発表する仕組みへと発展させたのが
ファブリケーション」20) という概念で,製造機械の
今回のセッションである。このような経緯から,トッ
小型化・低価格化から個人によるものづくりが可能
プバッターは五十嵐氏に依頼することにした。
になるという趣旨である。この概念に基づき,世界
各地にF a b L a bと呼ばれるものづくりの拠点が作ら
3.4 第4セッション「未来世紀のピアピア動画」
れ,流行が始まっている21)。ピアピア動画では,そ
第4セッションは,産総研の後藤真孝氏,ボーカロ
のようなユーザーによるものづくりが発展した夢の
イドの生みの親であるヤマハ株式会社の剣持秀樹氏,
ある近未来を描くことに成功している。
S F作家の野尻抱介氏の発表と鼎談を企画した。この
この小説の著者である野尻氏と,小説の登場人物
セッションの企画と進行は明治大学理工学部特任准
となった後藤氏とが同じセッションに登壇し,対話
教授の福地健太郎氏が務めた(図4)。
する。これが本セッションで実現したかったことで
ここでは野尻氏による「ピアピア動画」というS F
ある。後藤氏は,自身の研究紹介とともに,ニコニ
小説シリーズが中心的な話題となった19)。「ピアピア
コ動画や初音ミクを活用して研究を推進することの
動画」はニコニコ動画をもじってつけた名前で,現
魅力について語った。また,ヤマハ株式会社の剣持
実世界のニコニコ動画や初音ミクを空想の世界で発
氏は,ボーカロイドという技術の生みの親である。
展させた近未来を描いたS F小説である。この世界で
この技術があったからこそ初音ミクというソフト
は,主要な登場人物として,なんと「産総研の後藤」
ウェアが可能になったのだ。剣持氏は,今後のボー
が登場する。小説中の後藤氏も歌声情報処理の専門
カロイドの展開について解説した。
家であり,つまり現実世界と同じなのである。ここ
では名前すら変えていない。このように,現実世界
3.5 第5セッション「研究してみたマッドネス」
で起きていることをモチーフとして借りながらも,
最後の第5セッションは,本シンポジウムのハイラ
想像力を飛躍させて,どのような未来社会が誕生す
イトであり,公募で集められた23人の発表者が,1
るのかを描いている。
人3分で発表を行う「研究してみたマッドネス」であ
現在起きていることの1つはユーザーによるものづ
る。ここで発表者を「野生の研究者」と呼んでいるが,
くりである。これはMITのニール・ガーシェンフェル
単にアマチュアの研究者という意味ではなく,
「研究
してみた」と思っている人なら誰でも発表していい
とした。研究領域は多種多様であり,
ロボット,
AR
(拡
張現実)などのインターフェース,データ解析,音楽,
動画などさまざまな分野に及んだ。
このようなセッションを実現するためには,ニコ
ニコ動画で面白い研究をしている人との深いつなが
りが必要になる。筆者1人では実現できないと考え,
東京藝術大学准教授でありメディアアーティストの
八谷和彦氏注6)に協力を依頼した。
23件の発表のうち,審査員賞が3件選ばれ,そこ
ᕥ䛛䜙๢ᣢ⚽ᶞẶ䠈ᚋ⸨┿ᏕẶ䠈㔝ᑼᢪ௓Ặ
図4 第4セッション「未来世紀のピアピア動画」
から視聴者アンケートで1件の「野生の研究者大賞
2011」が選ばれた。大賞に選ばれたのは吉崎航氏だっ
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た。彼はこの日に合わせて,現在製作中の4メートル
ニコ動画が多種多様な動画から構成されるのと同じ
の大きさの搭乗可能なロボット「KURATAS(クラタ
うように,シンポジウム中に多種多様なセッション
ス)
」の動画を世界初公開した。実物大ボトムズなど
が含まれるように構成した。
を制作したことで有名だった倉田光吾郎氏は,搭乗
発表は,プロフェッショナルと野生の総勢60名以
可能なロボットの制作に挑戦するにあたり,ロボッ
上の研究者が,ロボット,メカ,コメントアートな
ト制御技術の担当を吉崎氏に依頼した。吉崎氏はこ
どさまざまな領域にわたる議論を展開した。下記に
れまでニコニコ動画でロボット制御技術に関する動
セッション名の一覧を掲載する。また,シンポジウ
画を公開しており,その中核となるのが「V-Sido(ブ
ムに加えてポスターセッションを開催した。発表形
シドー)
」22)という技術である。ニコニコ動画がつな
式になじまないデモや未完成のシステムも展示され
げたクリエイター同士の交流が,クラタスを可能に
ており,来場者と野生の研究者との交流を実現でき
した。
た。
この後に,
「発表者交流会」という名の懇親会が続
第1セッション「ロボット作ってみた・使ってみた・
いた。第5セッションで発表した野生の研究者たちを
使われてみた」
中心とし,研究について語り合う交流の場となった。
4. 第2回ニコニコ学会βシンポジウム
第2セッション「第2回・研究100連発」
第3セッション「研究してみたマッドネス メカの
部」
第4セッション「燃える男の未来の乗り物」
第2回ニコニコ学会βシンポジウムは2012年4月28
第5セッション「イノベーションと社会規範」
日・29日に開催された。現時点ではまだその残務処
第6セッション「コメントアート」
理中であり,本稿では概略のみ述べることにする。
第7セッション「研究してみたマッドネス ネット
第2回はニコニコ超会議という大規模なユーザー参加
型イベントの一環として開催された。ニコニコ超会
の部」
第8セッション「未来の社会のための,未来の “超”
議は,
「ニコニコ動画のすべて(だいたい)を地上に
再現する」というコンセプトのもと,技術部,料理,
前回と同様にニコニコ生放送ですべて中継され,
政治討論,描いてみた,踊ってみた,歌ってみた,ゲー
その記録は現在も無償で見ることができる23) ,24)。総
ムなどといったニコニコ動画の人気ジャンルをほぼ
視聴者数は2日間で合計81,489人,総コメント数は
網羅しており,その人気ブースの騒然とした雰囲気
24,490件と,前回同様多数の視聴者に見ていただく
の中,ひっそりと学術イベントを開催するという異
ことができた。
例の展開となった。
第2回は2日間,全8セッションで開催した。第1回
でも導入していたが,第2回ではセッション座長制を
498
システム」
5. おわりに
徹底的に導入しており,人選,セッション名,コン
本稿では特にニコニコ学会β発足までに直接的に
セプト,進行をすべて1人の座長に担当していただく
受けた影響について記述したが,これだけではない。
ことにした。つまりそれぞれのセッションごとに座
筆者がこれまでに体験してきたさまざまな事柄が影
長が責任を負い,独立したイベントのように構成し
響している。例えば,花森安治による『暮しの手帖』
,
た。これは筆者がシンポジウムそのものをニコニコ
フランク・オッペンハイマーによるエクスプロラト
動画のように構成したいと考えたからである。ニコ
リアム,蔡国強による「農民ダ・ヴィンチ」展など
ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
から受けた影響も大きい。また場を改めて書きたい
思っている。ニコニコ学会βのような日本独自の文
と思っている。
化を背景とした学会を,どうすれば世界へ展開させ
「ニコニコ学会βとは」で書いたが,この活動は5
られるか。挑戦してみたいと考えている。
年の時限付きと考えている。その後の展開は未定で
現在,第3回ニコニコ学会βの準備を進めている。
ある。学会は長く続く方がいいと言われる中,あえ
また,関係者で合宿形式で未来について語り合う場
て自ら時限を設けたのは,5年後には当初の前提だっ
として,ニコニコ学会β合宿を開催した。もうあと
たことも変化しているだろうと思ったからだ。
4年くらいだが,ニコニコ学会βを開催し続け,未来
その間ニコニコ学会βとして取り組んでみたいこ
を切り開く場としての学会の価値を追究していけれ
とはいくつもあるが,その1つをあげるとすれば,
「国
ばと思っている。
際化」である。本文で述べたように,筆者は日本発
のイノベーションに興味を持っている。日本独自の
謝辞
発明は,時にはガラパゴスとも揶揄されることもあ
ニコニコ学会βを支えていただいた顧問の竹内郁
るが,日本の枠を超えて世界に展開することもある。
雄先生,委員・発起人のみなさま,個人スポンサー,
すでに初音ミクは世界展開を開始しているが,ニ
法人スポンサーのみなさまに感謝の意を表します。
コニコ動画も同様に世界に展開しうるシステムだと
本文の注
注1)
「ハック」とは,システムをちょっとした工夫で大きく改善したり,不可能だったことを可能にする
行為を意味している。この言葉が語源となり,ハッカーという言葉が生まれている。
注2)2008年11月6(木),7日(金)「第130回情報処理学会ヒューマンコンピュータインタラクション研究会」
にて戀塚昭彦招待講演「ニコニコ・インタラクション」を企画。http://archive.sighci.jp/www.sighci.
jp/2008/11/200811061000.html
注3) ニコニコ動画を運営する株式会社ニワンゴの許可のもと,使用させていただいている。
注4) とても良かった:89.9%,まぁまぁ良かった:8.3%,あまり良くなかった:0.7%,良くなかった:1.1%
注5)WISSはユーザーインターフェースについて議論する宿泊形式のワークショップである。研究者が夜通
し議論をすることで,非常に深い議論ができる。特に今年開催されるWISS2012は,プログラム委員長
が五十嵐健夫氏,運営委員長が筆者(江渡浩一郎)である。インターフェース系の研究に興味のある
方はぜひ参加してみてほしい。http://www.wiss.org/
注6)八谷氏は3331 Arts Chiyodaというアートセンターで「エクストリームDIY」という展覧会を開催して
いる(http://www.3331.jp/schedule/000070.html)
。これは,ニコニコ動画にアップされている動画
からエクストリーム(極端)なものづくりを行っているユーザーを選び,実物を展示してもらう展覧
会である。
参考文献
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2) 濱野智史. アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか. エヌティティ出版, 2008, 351p.
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情報管理
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vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
October
http://johokanri.jp/
3)濱崎雅弘, 武田英明, 西村拓一. 動画共有サイトにおける大規模な協調的創造活動の創発のネットワーク分
析:ニコニコ動画における初音ミク動画コミュニティを対象として. 人工知能学会論文誌. 2010, v o l . 25,
no. 1, p. 157-167.
4)青木秀憲, 宮下芳明. ニコニコ動画における映像要約とサビ検出の試み. 情報処理学会研究報告. 2008, vol.
2008, no. 50, p. 37-42.
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crypton.co.jp/cv01, (accessed 2012-08-27).
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12)“第1回ニコニコ学会βシンポジウムinニコファーレ”. ニコニコ生放送. http://live.nicovideo.jp/watch/
lv72478844, (accessed 2012-08-27).
13)江渡浩一郎編. ニコニコ学会βを研究してみた. 河出書房新社, 2012, 276p.
14)レッシグ, ローレンス. CODE インターネットの合法・違法・プライバシー . 翔泳社, 2001, 504p.
15)濱野智史. アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか. エヌティティ出版, 2008, p. 16.
16)ピアプロ. http://piapro.jp/, (accessed 2012-08-27).
17)“ピアプロ・キャラクター・ライセンス”. ピアプロ. http://piapro.jp/license/pcl, (accessed 2012-08-27).
18)佐々木俊尚. ニコニコ動画が未来をつくる. アスキー・メディアワークス, 2009, 304p.
19)野尻抱介. 南極点のピアピア動画. 早川書房, 2012, 311p.
20)ガーシェンフェルド, ニール. ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け. ソフトバンク
クリエイティブ, 2006, 272p.
21)田中浩也. FabLife デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」.オライリージャパン,
2012, 224p.
22)ヒューマノイドロボットのための演技指導ソフト「V-Sido」. http://vsido.uijin.com/, (accessed 2012-0827).
23)“第2回ニコニコ学会βシンポジウム[DAY1]@ニコニコ超会議”. ニコニコ生放送. http://live.nicovideo.jp/
watch/lv89954863, (accessed 2012-08-27).
24)“第2回ニコニコ学会βシンポジウム[DAY2]@ニコニコ超会議”. ニコニコ生放送. http://live.nicovideo.jp/
watch/lv89959587, (accessed 2012-08-27).
500
ユーザー参加型の価値を追究する新しい学会
Author Abstract
User generated content come in variety of forms including ones each with an original system which
incorporates a new technique developed from user ingenuity. Some might be highly valued research
outcomes of low visibility and recognition in research community in the past. The NicoNico Gakkai Beta,
launched on the basis of principle of user participation, aims to be a venue for both professional and amateur
creators to showcase their research. The society held the 1st symposium on December 2011 and the 2nd on
April 2012. This article looks at the society’s background, the principle, and symposiums’ overview.
Key words
CGM (Consumer Generated Media), UGC (User Generated Contents), collective intelligence, innovation,
society, HATSUNE Miku, NicoNicoDouga, NicoNico Gakkai Beta
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システム開発がわかる人材の育成
Fostering human resources knowledgeable about information systems development
石塚 英弘1
ISHIZUKA Hidehiro1
1 筑波大学名誉教授 E-mail : [email protected]
1 Emeritus professor, University of Tsukuba
原稿受理 (2012-08-20)
情報管理 55(7), 502-510, doi: 10.1241/johokanri.55.502 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.502)
著者抄録
システム開発の経験と大学でシステム開発に関係する講義を30年行ってきた経験を基に,「システム開発がわかる」人
材の重要性と,その人材育成のための科目構成を述べた。講義の内容から次の4つの要点を説明した。基本用語とその
用語の背景に存在する概念,情報システムの構成要素と機能,ソフトウェア開発の難しさとその理由,その難しさの
解決策としてのライフサイクルモデルである。そのモデルの中で,特に要求分析と要求分析における利用者の協力の
重要性を指摘した。
キーワード
情報システム,システム開発,ライフサイクルモデル,要求分析,人材育成,大学教育,カリキュラム
502
1. はじめに
う。大学院修了後の筆者の経歴は文部教官,最後は
本誌『情報管理』の編集委員会から「先生がどの
オンライン情報検索システム(TOOL-IR)を研究開発
ようにしてシステムのわかる図書館職員,(情報セン
したチームの一員1)であった。次いで,国文学研究資
ターの)情報担当者を育てたか,育てようとしたか
料館に異動して,図書館関係のシステムの分析,設
を書いてほしい」との趣旨のお話があり,筆者の長
計を6年半行った。その経験から,システム開発がわ
年の経験がお役に立てばと思い,お引き受けした。
かる人材を大学で育成する必要を痛感して,開学3年
「システム開発ができる」ではなく「システム開発
後の図書館情報大学に1982年に異動した。そして,
がわかる」であることが本解説の特徴である。なお,
筑波大学との大学統合を経て,2012年3月末に定年退
タイトル中の文言「システム開発」は正確には「情
職するまで,30年間の講義を介して人材育成に努め
報システム開発」だが,タイトルとしては歯切れの
た。なお,図書館情報大学でも最初の数年間は教員3
良さを重視した。
人,図書館職員,日立製作所との連携チームで統合
一方,筆者がシステム開発に関する解説を書くほ
型図書館システム(LIAISON)を開発した。また,学
ど経験があるか?という疑問をお持ちの読者もあろ
術雑誌の電子出版システムでは,凸版印刷との共同
国立大学教授だからである。筆者は,日本で最初の
システム開発がわかる人材の育成
開発で1990年に日本最初のSGML(XMLの前身)によ
る電子出版を情報知識学会誌第1巻で実現した2) ,3)。
表1 システム開発の理解に必要な科目
⛉ ┠ ྡ
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さらに1993年には日本化学会の欧文月刊誌の電子出
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版を実現するとともに,そのHTML版のWebページの
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従って,本解説では筆者の経験を基に,2章では「シ
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㻝ᖺ
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ステム開発がわかる」人材の重要性と育成を,3章で
᝟ሗ䝅䝇䝔䝮ㄽ 䠄ᚲ䠅
㻞ᖺ
㻞༢఩
実験公開も行った。
は重要語の概念を,4章では情報システムの構成要素
と機能を,5章ではソフトウェア開発の難しさを述べ
䝣䜯䜲䝹ᵓᡂㄽ
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䝥䝻䜾䝷䝭䞁䜾ゝㄒྛㄽ 䠄㻖䠅
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㻞ᖺ
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る。6章ではその難しさを軽減するライフサイクルモ
᳨⣴䜰䝹䝂䝸䝈䝮
㻞ᖺ
㻞༢఩
デルを述べ,その中で要求分析の重要性と「システ
䝛䝑䝖䝽䞊䜽䝁䝭䝳䝙䜿䞊䝅䝵䞁 䠄㻏䠅
㻟ᖺ
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䝕䞊䝍䝧䞊䝇⟶⌮Ꮫ
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䝋䝣䝖䜴䜵䜰グ㏙ἲ
㻟䞉㻠ᖺ
㻞༢఩
ム開発がわかる」利用者の協力が有効であることを
述べる。7章はまとめである。
2.「システム開発がわかる」人材の重要性
ᚲ䠖ᚲಟ䠋ඹ㏻⛉┠ 㻖䠖ู⛉┠䛸䛧䛶₇⩦䛒䜚䚹
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䊻䕿䕿䠖䝁䞊䝇ไᑟධ䛻క䛔᪂つ⛉┠䕿䕿䛻⛣⾜䚹
と育成
で終わる。その理由は,システム開発を理解するに
2.1「システム開発がわかる」人材の重要性
は,さまざまな科目を履修する必要があるためであ
「システム開発ができる」人がいれば「システム開
る。図書館情報大学が学部学生用に開講していた情
発がわかる」人は不要と思うかもしれないが,そう
報システム関連科目を表1に示す。1学部1学科であ
ではない。仕事で情報システムを使用する人が「シ
るが,図書館系の学生と情報処理系の学生がいるた
ステム開発がわかる」人であれば,要求分析の際に
め(後者の方が数が多い),1,2年次に必修科目(後
システムの機能について適切な要求を出すことがで
年,図書館系と情報処理系の2コースに分けるコース
き,その結果,仕事に役立つ良い情報システムが導
制を導入した際に共通科目と改称)を置いた。従っ
入できるためである。要求分析については6章で詳し
て,図書館系の学生でも情報システム,システム開
く述べる。
発がわかるようになっている。例えば,情報システ
どの組織においても,業務改善,新しい業務の展
ムの講義で「図書館では図書のID(identification, 同
開は必要である。それを実現するには情報システム
定,識別)番号として,
「書誌ID」
,
「book ID」がある。
を改良する必要がある。その際に,現場のリーダー
書誌I Dは内容が同じ図書かを識別するI Dで,蔵書検
と担当者がシステム開発がわかる人であれば,適切
索システムのデータベース(D B)の主キーである。
な要求を出すことができるから,情報システムの改
book IDは個々の図書を区別するIDで,貸出管理シス
良も効率的に進めることができる。
テムの貸出記録DBで使用する」というと,
学生は「な
るほど」とわかってくれる。
2.2「システム開発がわかる」人材の育成
プログラミングで苦労した図書館系の学生はシス
システム開発がわかる人材を育成するには大学で
テム開発,ソフトウェア開発がいかに大変な仕事か
の教育が良いと筆者は考える。1日,2日の講習会で
を理解し,その仕事は専門家に委ね,自分は機能を
は「良い勉強になったが,実はよくわからなかった」
要求するのが良いとわかる。一方,情報処理系の学
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生は選択科目を履修し,卒業研究でシステム開発を
別にあなただけに教えるけれど,他人には言わない
経験することによって自信をつけて卒業する。
ように」とかいうことがあるが,本来の意味から見
表1に示した講義の担当者は,単にテクニックを教
ると誤りであることがわかる。また,語源からいう
えるのではなく,その背後に存在する概念とその長
とinformationとはきちんとした形式で記述されるも
所,短所を含めて教えている。コンピューター関連
のであることがわかる。以前,消えた年金記録とい
学問の進歩は速いため,単にテクニックを覚えてい
うニュースがあり,情報システムのデータベースの
るのではすぐに役立たなくなるが,概念と長所,短
中に姓は記入されているが,名が記入されていない
所を理解していれば,新しい技術が出現しても,そ
ものがあるため,その分は個人が特定できないこと
の必要性と価値が理解でき,少し勉強すれば新技術
が原因と報道された。これが事実ならば,知らせる
を理解できるからである。
べき相手(この場合は当事者本人)を不明にしたま
以下,筆者が行ってきた情報システムとシステム
まシステムを運用していたことになるから,情報シ
開発に関する講義内容の要点を紹介する。
ステムの管理者,運用者がinformationの概念を理解
3. 基本用語とその背後に在る概念
していなかったことが真の原因と言えよう。
日本で情報公開と言われている用語があるが,そ
れは訳語であって,元の英語はdisclosureである。こ
筆者は1,2年次の学生への講義で最初に基本用語
の語は,d i sは否定を表す接頭辞,閉じるを表す動詞
の意味と概念を説明してきた。
close,動作・状態・結果を示す接尾辞ureで構成され,
「システム開発」とは正確には「情報システムの
閉じることを止めることを表す。本来,information
開発」であり,情報とはi n f o r m a t i o n,システムは
は知らせることであるため,知らせる対象者を限定
system,開発はdevelopmentである。なぜ,英語で
する必要がある場合は,c l o s eする必要がある。その
言うのかと不思議に思われるかもしれないが,本来
限定を外すからdisclosureである。一方,情報公開で
の用語の意味が日本語の訳語が持つ意味と若干異な
は,情報とは本来隠しておくものだが,それを特別
るため,概念を誤解している学生がいるからである。
に公開するという印象を与える。これでは,本来の
概念を誤解させてしまう。
3.1 用語informationの意味と概念
図1にinformationの語源と意味を示す。ここでは
3.2 用語systemの意味と概念
英語を挙げているが,informationはラテン語由来の
システムの英語はs y s t e mである。その語源と意味
言葉であるため,西欧の言語では同じスペルであり,
を図2に示す。語源から見て,さまざまな構成要素を
語源,すなわち基の概念も同じである。日本語で情
組み合わせて作ったものがs y s t e mであること,この
報というと「大事な情報なのだから隠そう」とか「特
用語が使用されている分野が多様であるため,分野
や用途に適合する構成要素を組み合わせて作る考え
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㼕㼚㼒㼛㼞㼙㼍㼠㼕㼛㼚䠄ྡモ䠅䠖 㼕㼚㼒㼛㼞㼙⏤᮶䛾ྡモ
ព࿡䠖▱䜙䛫䜛䛣䛸䠈▱䜙䛥䜜䜛䛣䛸䠈ᾘᜥ䠈ሗ㐨䠈
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䠄䝆䞊䝙䜰䝇ⱥ࿴㎡඾䛻ᣐ䜛䚹ᅗ㻞㻘㻌㻟䜒ྠ䛨䠅
図1 informationの語源と意味
504
図2 systemの語源と意味
システム開発がわかる人材の育成
方が広く受け入れられていることがわかる。これも
を作る場合はdevelopmentという用語が使われるこ
ラテン語由来の言葉であるため,西欧では共通の用
とは,単に構成要素を組み立てるといった簡単な仕
語であり,その意味,概念も共通である。西欧人に
事ではなく,今までには無い新しいものを作り出す
はs y s t e mは基本的な用語であり,基本的な概念であ
仕事であって,その意味で作り手の能力を高める仕
ると言えよう。一方,日本では分野によって訳語が
事であることを示している。
異なり,コンピューター分野ではカタカナになって
いる。このことはs y s t e mに相当する概念を持つ日本
語が見当たらないことを示している。従って,日本
4. 情報システムの構成要素と機能
では誤解されやすい用語と言える。
情報システムの多くは情報や機能を提供するサー
s y s t e mは機能を持っていることが重要である。例
バー(s e r v i c eするからs e r v e r),それを受け取って
えば,人の身体は歩く機能,ボールを投げる機能な
仕事をするクライアント(s e r v e rから見れば顧客
どを持つ。前者の機能は足の骨,関節,筋肉などの
(client)
)とその間を接続するネットワーク,それに
構成要素を使って,また後者の機能は肩の関節や筋
人間(システム管理者,システム運用者,データベー
肉,腕や手の骨と関節と筋肉などの構成要素を使っ
ス管理者,一般ユーザー)で構成される。人間がシ
て実現している。制度は機能を実現するために人間
ステムを管理・運用・利用して結果を得る。人間以
が考案した仕組みと言える。
外の構成要素はその機能をもって人間を支援するの
情報システム(information system)はinformation
であって,主体と責任は人間にある。
を扱うsystemである。informationは人間の活動に
サーバーの構成要素は用途によって異なる点があ
よって生まれ,それを必要とするさまざまな人間に
るが,一般的には次の5つであり,これらが連携して
使われるため,用途に適合する機能を情報システム
機能を実現している。
の構成要素で実現することによって,人間の活動,
a)サーバー コンピューター:ハードウェア,OS
生活を支援できる。そのため,情報システムは情報
b)ソ フトウェア:当該の情報システムの機能を提
分野や銀行だけでなく,町のコンビニの商品販売管
供する専用のソフトウェア。ソフトウェアの種
理,A m a z o nと個人の電子商取引,企業間の電子商
別で言えば応用ソフトウェアに属する。
取引に至るさまざまな所で広く使われるようになっ
た。これは皆様ご存知のとおりである。
情報システムの利用者からシステムに対する
処理依頼を受け取り,必要に応じてデータベー
ス管理システムに処理依頼を出して,その処理
3.3 用語developmentの意味と概念
結果を受け取って,利用者のクライアント コン
図3にdevelopmentの語源と意味を示す。システム
ピューターで表示できるように加工し,ネット
ワークを介してクライアントに送る。
c)デ ータベース(データベース管理システムを含
㼐㼑㼢㼑㼘㼛㼜 䠄ືモ䠅䠖
ㄒ※䠖ໟ䜏䠄㼢㼑㼘㼛㼜䠅䜢ゎ䛟䠄㼐㼑䠅
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ᅵᆅ䛺䛹䠅䛾㛤Ⓨ
図3 developmentの語源と意味
む)
:b)のソフトウェアから処理依頼を受け取り,
依頼に従って,データベースの検索,データ更
新などを行い,結果をb)のソフトウェアに返す。
d)情 報リソース:情報システムが表示するための
Webページ,PDFファイル,場合によっては映像
データファイル,音楽ソフトのデータファイル,
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表2 ソフトウェア製品の規模と開発コスト
〇 ရ
⾲ィ⟬䝋䝣䝖䠖㻸㼛㼠㼡㼟㻌㻝㻙㻞㻙㻟㻌㼢㼑㼞㼟㼕㼛㼚㻌㻟㻚㻜
㻯㼕㼠㼕㻮㼍㼚㼗⌧㔠ᨭᡶᶵ䛾䝋䝣䝖䜴䜵䜰
䝇䝨䞊䝇䝅䝱䝖䝹ไᚚ䝋䝣䝖䜴䜵䜰
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ᩥ⊩㻠䠅䛾㼜㻚㻠䛾⾲䛻ᣐ䜛
電子書籍ファイルなど。著作権保護が必要なコ
表2にソフトウェア製品の規模とコストを示す。
ンテンツには保護機能付きの構成要素を用いる。
Lotus 1-2-3はMicrosoftがExcelを発売する前に成功
e)ネットワーク(インターネットを含む)インター
していた表計算ソフトウェアである。コード行数は
フェース
なお,特殊な機能を提供するシステムでは,例え
263人年,すなわち1人で行えば263年,100人で行え
ば,Googleの高速Webページ検索機能のためのバッ
ば2年7か月掛かる。開発コストは2,200万ドル,その
クエンドシステム,Amazonの顧客への商品推薦機能
多くは人件費である。納期が遅れて工数が2割増えれ
のシステムがバックエンドシステムや関連システム
ば,開発に要する金額も2割増えることになる。開発
としてシステムの構成要素に加わり,b)のソフトウェ
は難しい仕事なのである。
アを介して使用できるようになっている。
そこで,プログラミングが主体であった仕事の段
クライアントでは次の3つの構成要素が機能を分担
取り(進め方)を根本から考え直すことになり,次
している。
に述べるモデルが考案された。
a)ク ライアント コンピューター:ハードウェア,
OS
b)ソ フトウェア:当該の情報システムの機能を使
6. 情報システムのライフサイクルモデル
用するためのクライアント・ソフトウェア。サー
ソフトウェアの開発の困難を軽減するため,新し
バーがユーザー・インターフェースとしてW e b
い学問分野:ソフトウェア工学4) が生まれ,開発の
画面を用いている場合はW e bブラウザを使用す
失敗事例に学んで,多数の人間が働くと,互いのコ
る。Google MapsではWebブラウザでAjaxを動か
ミュニケーションに時間を取られるため,仕事の遅
すことにより,ユーザーの操作や画面描画と並
れが生じることがわかった。その問題を解決するた
行してサーバーと非同期通信を行うことでレス
め,コードを書く前に必要な準備をし,その情報を
ポンスの速い画面描画を実現している。
文書化して共有してからコードを書いて,ソフトウェ
c)ネットワーク(インターネットを含む)インター
フェース
5. 情報システム開発の難しさとその理由
506
400Kすなわち40万行であり,これを開発する工数は
アを開発する「ソフトウェアのライフサイクルモデ
ル」が考案され,成功した。この考え方は「情報シ
ステムのライフサイクルモデル」に適用できる。l i f e
c y c l eとは生命の一生(生まれ,育って一人前になっ
て,大いに活躍し,歳をとって衰えて,死ぬ)が次
良い情報システムを開発することは容易ではな
世代によってサイクリックに繰り返されることであ
い。特にソフトウェアの開発に困難がある。そのた
る。これをソフトウェアや情報システムに当てはめ,
め初期はアメリカでも開発時のトラブルとそれに起
もしも前の世代の製品に欠点があっても,それを改
因する納期の遅れ,開発予算オーバーが起きた。
善したものを次の世代の製品にすることを繰り返せ
システム開発がわかる人材の育成
ア工学部会がソフトウェア要求仕様書は次の性質を
㻝 せồศᯒ䠄㼞㼑㼝㼡㼕㼞㼑㼙㼑㼚㼠 㼍㼚㼍㼘㼥㼟㼕㼟䠅
䊻せồ௙ᵝ᭩䠄㼞㼑㼝㼡㼕㼞㼑㼙㼑㼚㼠 㼟㼜㼑㼏㼕㼒㼕㼏㼍㼠㼕㼛㼚䠅
㻞 タィ䠄㼐㼑㼟㼕㼓㼚䠅
䊻タィ᭩
㻟 ᵓ⠏
䝋䝣䝖䜴䜵䜰䛷䛿䝁䞊䝕䜱䞁䜾䠈䝕䝞䝑䜾
㻠 ヨ㦂
㻡 ⣡ရ
㻢 䝅䝇䝔䝮䛾⟶⌮䠈㐠⏝
㻣 ホ౯
㻤 ಖᏲ䠄ಟṇ䠅䛧䛶౑䛔⥆䛡䜛䚹䜎䛯䛿䠈ᨵ㐀
䛩䜛䛯䜑䠈ḟ䛾䝃䜲䜽䝹䛾㻝䜈㐍䜐䚹
図4 情報システムのウォータフォールモデル
満たすべきと勧告している5)。
◦機能性
どのように動作するではなく,機能を書くこと。
◦非あいまい性
記述は簡潔で明確であること。
◦要求の適合性
要求内容はシステムの使用予定者の要求を正しく
反映していること。
◦完全性
ば,すばらしい製品ができるはずという考え方を採
要求,適用条件に漏れがないこと。漏れがあると,
用した。逆に言えば,人間は神ではないから最初は
実行不備になる点が生じる。
不十分なものしか作れないが,失敗に学んで改善を
◦一貫性
繰り返せばよいという考え方と言える。
要求仕様書には互いに矛盾した項目があってはな
図4に典型的かつ伝統的なライフサイクルモデルで
らない。
あり,広く知られているウォータフォール(waterfall,
◦優先順位付き
滝)モデルを示す。作業の順が上から下であり,遡
要求の重要性や安定性による優先順位の付加。
ることが困難なことがモデル名の由来である。例え
◦検証可能性
ば,試験で誤りが見つかり,その原因が要求分析や
システムが要求を満たすことを検証可能なこと。
設計の根幹にあることがわかっても設計の根幹を訂
◦追跡可能性
正することは現実には著しく困難である。
機能が設計書やソフトウェアのコード(プログラ
ムの命令記述)で追跡可能なこと。
6.1 要求分析
◦保守性
要求分析は,アナリストと言われる専門職が実施
ソフトウェアの保守(修正)が可能であること。
する。アナリストは当該の情報システムの使用予定
アナリストはさまざまな情報を聞き,その中から
者(管理者,運用者を含む),からシステムの目的,
要求仕様書として本質的なことは何かを見つけ出そ
システムへの機能要求と適用条件,通常処理と例外
うとする。その過程でまだ聞いていない情報が存在
処理,性能要求を理由も含めて聴取する。また,既
する可能性があれば,聞き取りを追加して分析する。
存の関連システムがあればそれとのインターフェー
要求分析はこのように行われる。
スの情報も得る。それらを分析して,実現可能な機能,
たとえ話をすると,見えていないものを見つけ出
性能として設定する。もちろん,所定の開発予算の
して本質をつかむことに似ている。図5の左の円柱
範囲でしか実現できないため,予算超過する場合は,
は直径40c m,高さは1mまでしか見えないとする。
機能の優先順位も聴取した上で,他の要求との関係
木の幹かもしれない。右の方を見ると,円柱2本で上
を考慮して決める必要がある。
がつながっている。中央の細い棒が尻尾だとすると,
要求分析の成果は要求仕様書である。specification
動物の後ろ姿かもしれない。これが何かは奥から,
であるから,詳しく,具体的に記述してあることが
あるいは横からに視点を変えると見える。長い鼻が
求められる。アメリカの著名な学会IEEEのソフトウェ
見えれば,象であることがわかる。
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507
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れぞれの専門家が設計する。
6.3 構築
設計書に基づいて,ソフトウェアの構築,データ
ベースの構築,情報リソースの構築を行う。この3つ
の中ではソフトウェアの構築が難しい。コードに不
調箇所があれば,見つけ出して修正する。プログラ
マーは専門家だが神様ではないので,多少は不調箇
所が生じるが,早く見つけて修正すれば問題ない。
図5 視点の変化と気づき
要求仕様書はアナリストが作成するが,情報シス
不調箇所を業界用語でb u g(虫)という。悪さをす
る小さくて見つけにくいものを虫に例えたわけであ
る。この見つけ出しと修正の作業をdebugという。
テムの使用予定者の協力が欠かせない。特に,上述
の完全性,一貫性は業務現場の実態を確認する必要
6.4 試験
があるため,それを熟知している使用予定者への期
構築したソフトウェアが要求仕様書に記述されて
待は大きい。一貫性が疑われる事例は,筆者の経験
いる機能を持っていることを試験により確認する。
では,現場の実務者にとっては周知の適用条件であ
試験項目と試験データは要求仕様書の記述に基づい
るからこそ,逆に言い忘れたためであることが多い
て作成して,試験を行う。試験の結果,不備が発見
ように思う。その意味では,現場の実務者が要求分
されれば,その原因を究明してコードを修正し,も
析の要点を理解していると短い時間でより良い要求
しも設計書も修正する必要があれば修正する。同じ
仕様書ができると考えられる。
ように,データベースや情報リソースについても試
要求仕様書に記述される機能要求,性能要求は上
験を行い,不備があれば修正する。
述のシステムの使用予定者が同意したものである必
大学の期末試験であれば60点以上で合格だが,こ
要がある。UML6)(Unified Modeling Language)は
の試験は100%すべて所定の機能を発揮することを確
オブジェクト指向の概念に基づく要求分析と設計の
認するまで合格にならない厳しい試験である。この
手法であること,文章だけでなく,非専門家にもわ
厳しさがソフトウェアと情報システムの品質を保証
かりやすい独特の図を用いて要求仕様書を書くこと
するのである。
が特徴のため,広く使われている。
要求仕様書は開発中だけでなく,終了後も保存さ
6.5 納品
れ,保守や次のサイクルの際にも利用される。
情報システム一式を納品する。一式には要求仕様
書,設計書,それに利用者のための操作マニュアル
6.2 設計
も含まれる。納品とともに情報システムの利用者教
要求仕様書に基づいて専門家である設計者が設計
育も行われる。
を行う。設計では機能をどのように実現するかを考
508
案する。その成果が設計書である。
6.6 システムの管理,運用
情報システムの設計はソフトウェアの設計,デー
この時期がライフサイクルの最盛期であり,ライ
タベースの設計,情報リソースの設計に分かれ,そ
フサイクルの中で最も期間が長い。
システム開発がわかる人材の育成
6.7 評価
ば,パッケージ化することによって販売価格を下げ,
長期間のシステム管理,運用の後に,利用者が情
さらに売れるようにしたいだろうし,購入する側か
報システムを評価する。評価は客観的な事実と論理
ら見れば,予算上の制約があるからパッケージ製品
に基づく考察に基づいて行う必要がある。
の方が購入しやすいだろう。
前章で述べたライフサイクルモデルは主に特注品
6.8 今後の方針の決定
の場合を説明した。しかし,購入者がパッケージ製
評価結果に基づいて今後の方針を決定する。その
品を購入する場合にも有用で,特に要求仕様と試験
まま使い続ける場合は追加費用は発生しないが,保
の部分は役立つ。要求仕様はどの製品を購入するか
守が必要な場合はその費用を誰が負担するかは情報
を決定する条件になるし,試験は現場の仕事に役立
システム開発者・提供者との契約によるので検討が
つかを確認する方法だからである。
必要である。改造または他の製品を選択する場合は,
内部で要求分析を行う必要があり,また予算を用意
する必要もある。
7. 特注品とパッケージ製品の相違点
8. おわりに
以上,紹介した科目,講義を履修して学生は卒業
した。図書館系の学生はシステム,システム開発が
わかる人材として図書館に就職し,活躍している。
開発コストは販売収入によって回収する。表2の
情報処理系の学生は情報・通信系,製造業の一流企
スペースシャトルの場合はN A S A特注品であるから
業に就職し,情報システム,システム開発,知的財
N A S Aが全額を負担した。表2の表計算ソフトの場合
産権の分野で活躍している。日本で最小の国立大学
は,22個 し か 売 れ な け れ ば1個 の 販 売 価 格 は100万
であった図書館情報大学に企業の人事担当者が来学
ドルになるが,100万個売れれば1個当たり22ドルと
され,「科目一覧表を見せてください」と言われてお
安くなる。
見せしたところ,「これらの科目を教えてらっしゃる
情報システムのソフトウェアの場合も特注品なら
なら,求人票を出しましょう」と言われた時はうれ
ば全額を負担することになる。特注品ではなく,パッ
しかった。また,就職して1年の卒業生に「あの科目,
ケージ製品にして多数の顧客に売れれば,その分,
もっと勉強しておけば良かった」と言われた時はもっ
販売価格は安くなる。開発して販売する側から見れ
とうれしかった。
参考文献
1)山本毅雄. 日本最初のオンライン情報検索サービスTOOL-IR:研究・開発・サービス提供. 情報の科学と技術.
2008, vol. 58, no. 5, p. 254-259. http://www.infosta.or.jp/journal/rensai02.pdf, (accessed 2012-08-29).
2) 石塚英弘. SGMLによる情報知識学会誌の編集印刷について. 情報知識学会誌. 1990, vol. 1, no. 1, p. 24.
3)石塚英弘. SGML形式による学会誌全文データベースの構築と印刷. 情報知識学会誌. 1991, vol. 2, no. 1, p.
23-48.
4)Lewis, T.G. 最新 ソフトウェアエンジニアリング:CASEの考え方と実践. 高橋延匡, 松本正雄訳. 日科技連
出版社, 1993, 748p.
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5) The Institute of Electrical and Electronics Engineers. IEEE Std 830-1998: IEEE Recommended Practice for
Software Requirements Specifications. 1998, 31p. http://www.cse.msu.edu/~cse870/IEEEXplore-SRStemplate.pdf, (accessed 2012-08-29).
6) 河合昭男. 最新 UMLがわかる. 技術評論社, 2002, 238p.
Author Abstract
Based on the author's practical experience in information systems development and three decades
of teaching in higher education in this field, this article looks at the importance of human resources
knowledgeable about the systems development and the curriculums needed for personnel training.
Discussions include: (1) basic terms and concepts behind, (2) components and functions of an information
system, (3) difficulties in software development and what's behind, and (4) an information system lifecycle
model as a possible solution. It highlights the importance of model's requirement analyses and user
partnership in the analyses.
Key words
information system, system development, lifecycle model, requirement analysis, human resources
development, university education, curriculum
510
研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
連載:研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
第1回 法情報の世界
Series: Introduction to legal research for R&D and business
Part 1: System of legal information
岩隈 道洋1
IWAKUMA Michihiro1
1 杏林大学総合政策学部(〒192-8508 東京都八王子市宮下町476)E-mail : [email protected]
1 Department of Policy Studies, Kyorin University (476 Miyashita-cho Hachioji-shi, Tokyo 192-8508)
情報管理 55(7), 511-515, doi: 10.1241/johokanri.55.511 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.511)
1. 連載を始めるにあたって
前段階で,予備知識として身につけておくべき法情
今回から十数回にわたる本連載は,企業の資料室
専門学校で法律科目を担当したときに,法律を専門
や図書室で,実務調査の支援を日々行っているイン
としない学生諸君が共通して「とっつきにくい」と
フォプロの方々や,研究開発部門でリサーチを業務
感じる傾向にあった部分である。企業のインフォプ
の一環として行っている方々をメインターゲットと
ロや研究開発部門の実務に携わる方々にも,法情報
して,法情報に関する調査の基本的な知識と方法を
のとっつきにくさを解消する糸口となろう。
お伝えすることを目的とする。
一口に法と言ってもその対象領域は多岐にわたり,
また他の分野とは異なる独特な情報や文献の分類を
報の体系的な特徴を解説する。筆者が理工系大学や
2. 法の役割分担
持つ分野でもある。そのような法情報調査をめぐる
2.1 法的問題処理の3系統
困難を解決するために,法情報をどのように調べ,
法的な問題には,民事事件・刑事事件・行政事件
読み解くかということを,段階を追って考えてゆき
の3つの系統がある。それぞれの分野ごとに法も役割
たい。連載全体としては,法情報の種類を把握し,
分担しており,民事法・刑事法・行政法と呼ばれる。
それらはどのような資料(アナログ・デジタル)を
(1) 民事事件と民事法
参照すれば入手できるのか,どう役立てるのかとい
民事事件とは,一般市民や民間企業の間で発生す
うことを,実践例も含めて解説する予定である。ロー・
る,主に財産や家族をめぐる紛争と,その解決過程
ライブラリアン研究会1)のメンバーの中から現職の
のことをいう。
「貸した金銭が返ってこない」
,「車に
ライブラリアンが中心となり交代で執筆を行う。執
ひかれて怪我したので治療費を請求したい」
,
「離婚
筆陣は「法情報コンシェルジュ養成講座」の活動を
するが子供の世話は父親と母親のどちらが見るのか」
通じて一般市民向けの法情報提供にも造詣が深く,
といった市民生活上のトラブルが典型である。また,
実際的でわかりやすい連載をめざしている。
初回である今回は,読者が個別の法情報にあたる
「自社が発明し,特許を取った技術が,他社製品に無
断で使われている」
,
「ネット上で誹謗中傷され,職
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場や交友関係に悪い影響が出ている」というような
質汚濁法・大気汚染法・容器包装リサイクル法といっ
ケースもまた民事事件として取り扱われる。法的な
た環境保全関係の法令など,理工系の実務担当者が
解決の方法としては,損害賠償と原状回復が典型で
専門的な立場から接する法令・法規の多くは,許認
ある。これらの問題を解決するために,民法・商法・
可に関わるもので,行政法と総称される。
会社法・民事訴訟法・破産法といった主要な法律を
はじめ,知的財産関連の諸法律(特許法・実用新案法・
2.2 交通事故を例に考えてみよう
意匠法・商標法・著作権法・不正競争防止法など)
Aさんが自動車を運転中,おしゃべりに夢中になっ
などが機能しており,民事法と総称される。
て前方への注意がおろそかになり,青信号で横断歩
(2) 刑事事件と刑事法
道を渡っていたBさんをひいて全治6か月の重傷を負
刑事事件とは,あらかじめ国会が制定した既存の
わせたとしよう。この交通事故は1回の出来事だが,
法律によって犯罪と規定されている行為を行った者
法的な責任は3方向から考えなければならない。
に対し,警察官等が捜査を行い,検察官が処罰を裁
(1) 民事事件として
判所に対して求め,証拠に基づいて被告人の有罪無
民事事件としては,Bさんは民法709条に基づいて,
罪を決定し,有罪の場合は処罰する一連の過程をい
Aさんに対して,全治に要した治療費(直接損害)と,
う。殺人・窃盗・詐欺などといった典型的な犯罪は,
治療期間中得られたであろう収入(逸失利益)
,さら
刑法に個別の規定がある。そのほか,犯罪を行った
には痛みや恐怖といった精神的な苦痛に対する補償
と疑われる者に対する捜査や裁判の手続きについて
(慰謝料)を請求することができる。
定めている刑事訴訟法や,未成年者の犯罪や非行に
(2) 刑事事件として
関する手続きについて定めている少年法,被疑者や
刑事事件としては,刑法211条2項に基づいて,A
被告人を拘束したり刑罰を執行するための施設(拘
さんは自動車運転過失傷害罪で逮捕・起訴され,有
置所や刑務所)について定めている刑事施設法など
罪となったら7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万
が機能しており,刑事法と総称される。その他にも
円以下の罰金が,刑罰として科せられる。
麻薬及び向精神薬取締法,ハイジャック処罰法,著
(3) 行政事件として
作権法,証券取引法など,刑法以外にも,個別の政
行政事件としては,Aさんは道路交通法103条に基
策目的を達成するために罰則が設けられている法律
づいて,自動車運転免許を受けた都道府県の公安委
は数多く,まとめて特別刑法と呼ばれる。
員会から,運転免許の取消や停止の処分を受ける場
(3) 行政事件と行政法
合がある。
行政事件とは,国や地方自治体の責任者(行政庁)
が,法律によって与えられた政策目的を達成するた
2.3 まとめ
めの権限に基づいて,国民(個人や企業)に対して行っ
このように,事実としては1回の出来事だが,責任
た指導や命令・処分(許認可など)に対し,国民に
は民事・刑事・行政の3つの方向から発生し,それら
不服がある場合に,行政庁を相手として処分等の取
を取り扱う手続きの流れも別々に存在することは,
消を請求し,また国や自治体に対して損害賠償を請
留意すべきである。また,事件によっては,民事責
求する,行政機関と国民との間の紛争とその解決過
任が発生し刑事責任は発生しないなど,組み合せは
程をいう。薬事法・医師法・医療法といった医事関
多様であり,事案に応じたリサーチが必要となる。
係の法令や,建築基準法・都市計画法・農地法・景
観条例といった不動産に対する規制関係の法令,水
512
研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
3. 法のシステム
は食品衛生法や道路交通法などがある(図2)。
(3) 一般法と特別法
3.1 法典と単行法
上に述べたような法典と単行法の関係は,【より一
(1) 法典
般的な概念を定めている法律=一般法≒法典】と,
【よ
各法分野の骨格を作り上げている法律は法典と呼
り個別具体的な内容を定めている法律=特別法≒単
ばれる。民事法の分野では,民法という法律と,民
行法】とも言うことができる。ただし,まったく同
事訴訟法という法律が,法分野の骨格を作り上げて
一の概念ではないことには留意が必要である。例え
いる。同じように刑事法の分野では刑法と刑事訴訟
ば,民法典に対して,会社法という法律を考えると,
法が,行政法の分野では日本国憲法や地方自治法,
民法が一般法で会社法が特別法という関係に立つが,
行政事件訴訟法などがそれにあたる(図1)。法典は,
この関係は相対的なものである。すなわち,
会社法
(一
当然,条文の数も多く,また数多い条文が相互に参
般法)に対して,N T T法(日本電信電話株式会社等
照し合って機能する場面も多い。
に関する法律)やJ T法(日本たばこ産業株式会社法)
(2) 単行法
は特別法の関係にあることになる。また,条文上は1
これに対して,それぞれの分野で,法典がリスト
つの出来事に,一般法と特別法が同時に適用できる
アップしきれない個別の問題事例に対応するために,
ように読める場合がしばしば発生する。この場合は,
個別的な法律が数多く制定されている。これらの法
特別法が一般法に優先して適用される。
律を法典に対して単行法と呼ぶ。例を挙げると,民
(4) パンデクテン・システム
事法の分野では著作権法や特許法,利息制限法など,
法典は,それ自身が階層的な構造を持っている。
刑事法の分野では航空機の強取等の処罰に関する法
図3では,刑法典を例に示している。まず法典の前半
律や麻薬及び向精神薬取締法など,行政法の分野で
部分に「総則」と呼ばれる規定群が置かれている。
ここでは,「共犯」や「違法性阻却事由」
「責任阻却
事由」(正当防衛・心神喪失などの無罪や減刑を考慮
䕔䛭䜜䛮䜜䛾ศ㔝䛷䠈ᇶᮏⓗ䛺䝅䝇䝔䝮䜢ᥦ౪䛩䜛
ἲ඾䛜䛒䜛䚹
し得る場合)といったすべての犯罪に共通して発生
䞉⾜ᨻἲ䠖᠇ἲ䞉ᆅ᪉⮬἞ἲ䞉⾜ᨻ஦௳ッゴἲ䛺䛹
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䞉ฮ஦ἲ䠖ฮἲ䞉ฮ஦ッゴἲ䛺䛹
が効率的な規定を置いている。これに対し,後半部
図1 法律の分野別体系(1)
䕔䛭䜜䛮䜜䛾ศ㔝䛷䠈ᇶᮏⓗ䛺ἲ඾䝅䝇䝔䝮䜢⿵඘䛩䜛⭾኱
䛺ᩘ䛾༢⾜ἲ䛜䛒䜛䚹
䞉⾜ᨻἲ䠖ᅗ᭩㤋ἲ䞉♫఍ᩍ⫱ἲ䞉Ꮫᰯᩍ⫱ἲ䞉⏕άಖㆤἲ䞉㣗ရ
⾨⏕ἲ䞉ឤᰁ⑕ண㜵ἲ䞉ᗫᲠ≀ฎ⌮ἲ䞉㐨㊰஺㏻ἲ䞉䞉䞉
䞉Ẹ஦ἲ䠖฼ᜥไ㝈ἲ䞉୙ື⏘Ⓩグἲ䞉ປാዎ⣙ἲ䞉◚⏘ἲ䞉
Ẹ஦෌⏕ἲ䞉≉チἲ䞉ⴭసᶒἲ䞉≉ᐃၟྲྀᘬἲ䞉䞉䞉
䞉ฮ஦ἲ䠖⯟✵ᶵ䛾ᙉྲྀ➼䛾ฎ⨩䛻㛵䛩䜛ἲᚊ䞉ฟ㈨ἲ䞉
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図2 法律の分野別体系(2)
し得る問題で,抽象化したルールを置いておくこと
分は「罪」と呼ばれる規定群が置かれている。ここ
では,「殺人罪」「窃盗罪」「強盗罪」「詐欺罪」など
ฮ䚷ἲ䚷⥲䚷ㄽ䚷䠄඲≢⨥䛻ඹ㏻䛩䜛䝹䞊䝹䠅
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㻖䜋䛛䛻䜒䛔䛟䛴䛛ඹ㏻䝹䞊䝹䛜䛒 䜛
ฮ㻌ἲ㻌ྛ㻌ㄽ䚷䠄ಶู䛾≢⨥㢮ᆺ䛾䜹䝍䝻䜾䠅
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ே ┐ ḭ ┐ ⅆ
⨥ ⨥ ⨥ ⨥ ⨥
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஧ᐖ
䚽
஬⮴
Ṛ
⨥
㐣
஧ኻ
䚽യ
஑
ᐖ
⨥
㻌
஧ യ
䚽 㻌
ᅄ ᐖ
᮲ 㻌
⨥
ᙉ
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⨥
஧
஧
୕
᮲
⯟
✵
ᶵ
䛾
ᙉ
ྲྀ
➼
䛾
ฎ
⨩
䛻
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䜛
ἲ
ᚊ
㯞
⸆
ཬ
䜃
ྥ
⢭
⚄
⸆
ྲྀ
⥾
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䠄䜹䝹䝔䝹䠅
ドๆྲྀᘬἲ
㻔䡮䢙䡷䡮䡼䢚䡬ྲྀᘬ䠅
බ⫋㑅ᣲἲ
ᡤᚓ⛯ἲ
་
ᖌ
ἲ
ಶே᝟ሗ
ಖㆤἲ
図3 パンデクテン・システム(法律の階層構造)
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といった,個別の犯罪類型に対して,どのくらいの
階層構造を応用する際に必要な各法令間の上下関係
刑罰を科すかということが,カタログ状に並べられ
については,連載第2回で詳述する。
ている。刑法典の「罪」の規定群の中に実社会で発
(1) 憲法
生し得るすべての犯罪を予想してリストアップでき
統治機構と国民の基本的権利について定めた国家
ていることが理想だが,人間の想像力の限界と,犯
の基本構造を示す根本法であり,日本国憲法を指す。
罪を含む社会現象の変化速度の問題が相まって,完
(2) 条約
全には不可能である。と同時に,個別の政策を実現
国家間あるいは国際機関と国家との間の法的合
するために作られた道路交通法や麻薬及び向精神薬
意。日本国内法上は,内閣が外国政府または国際機
取締法のような法律の中には,刑事法としての側面
関と条約を締結する前または後に,国会において内
もあるが,行政法としての側面も兼ね備えたものも
閣の締結行為の承認を受けることにより,制定法と
ある。こういった法律は,当然刑法典の外側に「罪」
しての効力を発する。
を作ることになる。しかし,例えば,麻薬の売買は
(3) 法律
組織的に行われることが多く,これを処罰するため
日本国憲法第59条に定められた手続きによって,
には共犯の取り扱いも考慮しなければならない。そ
国会で可決された法案は,法律となる。議会制民主
うすると,麻薬及び向精神薬取締法によって麻薬売
主義を基本原理とする日本国憲法下において,国の
買の共犯を処罰する際には,刑法典の共犯規定も併
権力行使を規律し,国民の権利義務関係を明らかに
せて参照することになる。このように,個別事項を
する最も基本的な制定法の形式。
定めた規定を法典の後半や単行法・特別法に置き,
(4) 命令
抽象的・一般的な共通項となるべき規定を法典の前
国会が制定した法律の範囲内で,法律の執行その
半に置くという条文の編集の仕方を,古代のローマ
他の政策遂行のために内閣を頂点とする行政機関が
法大全の編集方針になぞらえて,パンデクテン・シ
定める制定法の形式。制定権者によってその形式も
ステムと呼ぶ。民事法・行政法でも同様である。
多岐にわたる。特に,内閣が制定したものを政令,
4. 法情報の存在形式
内閣府の長官たる内閣総理大臣が制定したものを内
閣府令,国家行政組織法上の省の長官たる大臣(行
政大臣)が制定したものを省令,内閣府や各省の外
4.1 法令(制定法)
局である庁の長官や独立行政委員会などの合議制の
日本は,明治時代の近代法制定期に,まずドイツ
外局が制定したものなどを規則と呼ぶ。
やフランスといった制定法を中心とする大陸法文化
(5) 条例
圏の法制度を研究し,自らの法システムに取り入れ
広い意味で,
「条例」とは,地方公共団体がつくる
た。現行の法システムもこれを継承している。従って,
制定法で,住民を拘束するもの(地方議会の条例・
法律問題を考える際には,まず対象となる法令を探
都道府県知事や市町村長等の規則)を総称する場合
し出す必要がある。法令(制定法)とは,文書で書
がある(この意味で言うときは,
「例規」と言い換え
き表され,一定の手続きに従って制定・公布された
ることもある)。狭い意味では,地方議会が定めた制
法をいう。日本の現行制定法は,1947年に施行され
定法のみを「条例」と呼ぶ。法律を中心とする国の
た憲法典である日本国憲法を頂点とする,効力の階
法令の範囲内でのみその効力を持つ。
層構造を持っている。以下に,代表的な制定法の形
式を示す。なお,実際のリーガル・リサーチにこの
514
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研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
4.2 判例
確かめつつ判例を調べる必要がある。併せて,その
(1) 判例とは何か
ような裁判手続の流れを知り,正確に判例検索がで
制定法は,実際に社会の中で発生した紛争事例に
きるようになるためにも,裁判所法や民事訴訟法,
適用されて,初めて「活きた法」となる。裁判所に
刑事訴訟法,行政事件訴訟法といった裁判手続に関
事件が係属した場合,裁判所の最終的な判断(判決)
係する法律に関する基礎知識を獲得しておくことも
は,その後の類似の紛争事例において,しばしば参
重要である。
照されるようになる。特に,ある法的争点について
初めて裁判所の判断が示された場合や,裁判所が今
4.3 二次資料
までと異なった判断を示した場合は,後の裁判所の
制定法と判例が日本の法の生の姿を現している(そ
判断に大きな影響を与えることもあるので注目され
のため,
法令と判例を併せて,
「法源」とか「一次資料」
る。
と呼ぶことが多い)が,専門的な法学の訓練を受け
(2) 判例の必要性
ていない人がそれらの資料のみを頼りとして,法情
制定法の条文の解釈が一義的でなかったり,事例
報の調査を進めることは難しい。通常は,一次資料
が複雑で制定法が答えを出し切れていないようなと
について,弁護士や法学者などの専門家が解説した
き,判例が制定法の解釈を方向づけたり,事実上そ
教科書や論説資料,逐条解説などを参照することか
の分野の新ルールを提唱する結果となることがあ
らリサーチを始めることになる。とはいえ,二次資
る。このように,法令からは当然読み取れないルー
料のほとんどは,一般の書籍や大学・学会の紀要お
ルを宣言した判例は,判例法と呼ばれることもあり,
よび商業誌の体裁で発行されるため,形式ばった出
法制度の運用実態を正確に知るためには,判例の情
版形態をとりがちな一次資料に比べると,法とは直
報が不可欠といえる。
接関係のない出版物と混在する中から目的となる資
(3) 判例のリサーチと訴訟手続
料を探し出さなくてはならず,膨大な資料の海の前
日本の裁判制度は,原則として三審制を採ってい
に立ちすくんでしまうことが多い。今後の本連載で
る。したがって,1つの事件が3回の裁判として争わ
紹介されることになろうが,論文や判例評釈などの
れる可能性がある。自分が調べようとしている判例
専門的な法律文献を探すためのツールとして,法律
が最終的な結論(確定判決)に至っているかどうかや,
専門の,
あるいは学術情報の書誌(文献リスト)を知っ
最高裁判所の判決が出ているのに高等裁判所や地方
ておくことが重要だろう。
裁判所の判決だけを見て満足していないかどうかを
参考文献
1)森田歌子. すべての人にアクセスを保証するための法情報と図書館の関わり 法情報へのアクセス確保
にライブラリアンが果たす役割とは ロー・ライブラリアン研究会の活動を成城大学法学部 指宿信教授
に伺う. 情報管理. 2010, vol. 52, no. 11, p. 662-663.
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スポーツは健 康 のため?
独立行政法人産業技術総合研究所 ヒューマンライフテクノロジー研究部門
赤 松 幹 之
情報管理 55(7), 516-520, doi: 10.1241/johokanri.55.516 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.516)
1. スポーツは身体に良いのか
するためにやっていると思えてくる。どんな軽い運動
でも怪我をするから危険だと医学部の先生が言うのは
現在のわが国において,多くの人たちが健康を希求
当然のことであろう。実際のところ,身の回りでも,
しているといっても過言ではない。そして,健康の
スポーツをしていて何らかの怪我や障害を起こしてい
ため,というと誰もがスポーツを思い浮かべるであろ
ない人はほとんどいないのではないだろうか。テニス
う。しかし,スポーツは本当に健康のためになるので
をして肘や腰が痛くなった人は数知れず,サッカーで
あろうか。
捻挫や骨折をしていない人はいないことだろう。しか
正直に言うと,筆者はスポーツが嫌いである。小さ
し,それでも人は健康のためと称してスポーツをして
いときから走るのが遅く,運動会などで良い思いをし
いる。不思議ではないか。
た記憶がない。さらに,中学時代には学校の方針で強
制的に運動部に入らされて,そこで腹筋,腕立て伏せ,
2. スポーツの起源
うさぎ飛びを嫌というほどやらされた。それだけでは
516
ない。先輩の言うことには,逆らうことができなかっ
スポーツは英語でs p o r tであるが,その語源はフラ
た。残念ながらスポーツに良い思い出はない。
ンス古語のdisportあるいはdesportである。オックス
大学医学部の整形外科学教室でポスドク研究員をし
フォード英語辞典にs p o r tの意味として最初に書かれ
ていたことがある。そのときに,医学部の先生が私に
ているのは,
「気晴らし」「エンターテインメント」「楽
「あのね,健康でいたかったら,スポーツをしたらダ
しみ」「遊び」である。われわれの持っているスポー
メだよ。軽い適度な運動というものもないからね」と
ツという語のイメージとは少々違う。Disportのportは
言うではないか。スポーツ嫌いの私に,スポーツをし
港であるが,porterという語があるように,荷を運ぶ
ない方が良いと医学部の教授が言ってくれるではない
という意味を持っている。一方,d i sは否定の意を持
か。
つ接頭辞であることから,これを組み合わせると,役
しかし,その話の根拠は簡単である。そこは整形外
務から離れるという意味となる。すなわち,仕事から
科である。患者さんとして来る人たちにはスポーツで
離れて気晴らしをするものとしてスポーツがあった。
怪我をした人たちが多くいる。もちろん無茶をして怪
このように気晴らしであったスポーツが,どのように
我をする人もいるが,ちょっとしたことで転倒して骨
して現在のスポーツの姿になったのであろうか。
折をした人もやってくる。少なくとも整形外科にやっ
あるときフランス人と話をしていたら,アングロサ
てくる患者さんたちを見ていると,スポーツは怪我を
クソン・スポーツという言葉がでてきた。いわく,フ
視点 ●スポーツは健康のため?
ランス人が好きな唯一のアングロサクソン・スポーツ
らに起源がありそうで,スポーツ本来の気晴らしとい
はサッカーだと。ヨーロッパ人にとってはラテンのス
う性質をこのころに失っていったようである。
ポーツ,アングロサクソンのスポーツという区別があ
このように,われわれがスポーツと思っているもの
るのかと思ったが,彼らがアングロサクソン・スポー
の多くがアングロサクソン系の国によって作られた。
ツといっているのは,われわれにもなじみのある野球,
しかし,アングロサクソン系の国で行われたことは,
サッカー,テニス,ラグビー,バレーボール,バスケッ
何がフェアで何がファールなのかを決めたこと,また
トボールなどである。確かにこれらのスポーツは,イ
得点の付け方を決めたことであり,それぞれのスポー
ギリス(野球の元になったタウンボール,フットボー
ツのルールの確立であった。これに対して,スポーツ
ル,サッカー,ラグビー),アメリカ(野球,バレーボー
の中身の原型は,語源からわかるように中世フランス
ル),あるいはカナダ(バスケットボール)で作られ
にまで遡ることができる。
たものである。そしてこれらに共通するのが,19世紀
ごろに確立されたという点である。なぜ,これらのス
4. 中世のスポーツ
ポーツが近代である19世紀にできたのであろうか。
3. スポーツはイギリスで確立された
中世の気晴らしとしてのスポーツは大きく分けて3
つのタイプがあった。戦いを模したもの,ボールを使っ
たもの,そして野山を駆け回るものに分けられる。最
ラテン系のフランス人が大好きなサッカーは,フッ
初のタイプは主に腕自慢のものがするもので,後者の
トボールが元であるが,そのフットボールやその派
2つは主に王侯貴族がしていた。
生であるラグビーはイギリスのパブリックスクールに
戦いを模したスポーツというものは,われわれの感
よってできた。パブリックスクールはジェントルマン
覚からすれば楽しみというには過激なものであり,そ
を育てるための学校である。ジェントルマンとは土
の代表は剣を使って馬に乗って合戦をするトゥルノア
地を貸すことで十分な収入が得られている不労所得者
(T o u r n o i s)である。のちには木製の剣になったもの
であり,私利を拡大するためにあくせく働く必要がな
の最初は実戦さながらのものだった。いわば騎馬戦の
い。そして,普段は知識と教養を磨き,世の中で正す
実戦版である。鎧はつけているものの,そこで命を落
べきことがあれば君主に進言し,有事の際には馳せ参
とすものも少なくなかった。一方,木製の槍を使って
じて命を惜しむことなく奉仕をするとされた人たちで
1対1の決闘をするのがジュート(Joutes)である。も
ある。ゆったりと心を構えて国のことを考え,常に自
ちろんこれも命を落とすことがあった。やや時代が下
分を律し,自分を磨くことが,ジェントルマンのある
がると,馬に乗って地面に立てられた的を槍でつくカ
べき姿であった。そういったジェントルマンを育てる
ンテンヌ(Q u i n t a i n e)が行われた。流鏑馬の槍版で
べく,パブリックスクールでは規律を守ることを身に
ある。中世では,そこかしこで戦争が行われており,
つけさせようとした。そのために,きっちりとルール
こういったスポーツは自らの戦いの能力の高さを示す
化したスポーツが教育の1つとして導入されたのであ
ものであり,勇猛さを競ったのであった。
る。ルールを守り正々堂々と戦うというスポーツマン
ボールを使った遊びは古くから世界中に存在してい
シップという概念を確立させたのがパブリックスクー
た。ポーム(P a u m e)は詰め物をしたボールを棒切
ルであり,規律を守って戦うのがスポーツであるとい
れで打ち合うもので,ボールを追いかけて激しく動き
うのはイギリスが作り出したものである。スポーツに
まわるスポーツである。へとへとになるまでやってお
おいて先生や先輩の言うことをきけ,というのもここ
り,瞬発力やとっさの判断力だけでなく,持久力があ
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ることを示すものであった。中世では非常に人気を博
が重要となる。かつては,何時間も野山を駆け巡って
し,多くの人が熱中していた。当初は素手でボールを
いたり,外でボールを打ち合っていたものが,何時間
打ち合ったが,しだいに道具を使ってボールを打つよ
もダンスに興じるようになる。あるいはカードで遊ん
うになり,16世紀にはラケットが登場する。屋外や
だり,読書をして一日屋内で過ごすようになる。激し
屋内にポーム場が作られたが,間にネットが張られて
く身体を動かしてスポーツで時間を過ごすよりも,知
ボールを打ち合った。おわかりのように,これはテニ
識や感性を楽しむことに価値がおかれるようになるの
スの原型であり,15世紀ごろにイタリアを介してイギ
である。この時代が訪れたために,フランス人たちは
リスに渡ってテニスとなった。個人プレーのボール遊
これらのスポーツの起源がフランスにあることを忘れ
びだけでなく,2つのチームに分かれて行うボール遊
てしまったようである。一方,イギリスに渡ったこれ
びもあった。木製あるいは詰め物をした革製のボール
らのスポーツはルールが整備され,イギリスでのス
を蹴って城壁や教会の門などに作られたゴールを通過
ポーツ熱は高まる。そして,前述のように19世紀に現
させるスール(S o u l e)というスポーツが12世紀ごろ
在のわれわれが知るスポーツの形になる。ルールが明
から行われていた。激しくぶつかり合いながらボール
確化されたことで,スポーツは世界に広まりやすくな
を争うもので,蹴られた堅いボールを受けたり,人と
り,フランスに逆輸入されただけでなく,わが国にも
衝突して大怪我をするものが絶えなかったという。こ
上陸したのである。ちなみに,1896年に開催された近
れが海を渡ってイギリスに行ってフットボールになっ
代オリンピックの第1回大会において,イギリスによっ
た。これがサッカーの起源であり,先のフランス人の
て確立されたルールが使われたという。
サッカー=アングロサクソン・スポーツ説は正しくな
スポーツは戦いに起源があり,強さを誇るもので
い。フランスからすればサッカーは逆輸入されたもの
あった。それがより実戦に即したもののときは粗野な
であり,フランス人がサッカー好きであることは何ら
ものであった。やがて社会における規律という枠がは
不思議なことではないといえる。
められて,自分を律して練習をつんで,その力をルー
野山を駆け巡るスポーツの代表は乗馬と狩猟であ
ルの下で発揮することがスポーツで求められることと
る。乗馬の歴史は古く,戦いのための騎馬が行われ,
なった。したがって,力を発揮して強さを競うことと
それがスポーツ化されたのがトゥルノアやジュートで
上への服従や厳しい規律という現在のスポーツが持っ
ある。一方,狩猟は本来は食料を得るためのものであっ
ている2つの性質は,フランスからイギリスへとたどっ
たが,やがて狩猟すること自体が遊びとなる。獲物を
てきたスポーツの歴史の現れなのである。
追いかけて一日野山を駆け巡ることは,敵を追いつめ
ることと同じであり,戦いのための体力と技量が元と
5. スポーツと富国強兵
なる遊びであり,騎乗すること自体を目的としたス
518
ポーツすなわち馬術は17世紀ごろに始まるが,それは
あらためてスポーツと健康との関係を見てみよう。
トゥルノアやジュートの衰退の時期でもある。剣や槍
その起源においては,スポーツは身体を鍛えるもので
が棒に取って代わり,武術の側面が弱まることで,乗
あり,戦いでも壊れない強靭な体を作り,負けない気
馬の面だけが残されたと見ることができる。
持ちを持ち続けられる強い精神力,相手に負けない素
このように中世においては,フランス人たちは屋外
早い判断力・動作,また戦い続けられる疲れない体力
あるいは野外でスポーツをして,自分の強さを発揮す
を発揮するものであった。これらは自分自身への挑
ることを楽しんだ。しかし,18世紀ごろになると変化
戦であり,自分を克服する快感や,自らの能力を発揮
が訪れる。貴族たちは着飾り,礼儀正しくなり,社交
しきる快感を伴うことから,遊びとして楽しいことで
視点 ●スポーツは健康のため?
あった。中世のようにそこかしこで戦争がある時代に
家のために働くことの訓練として社会的に機能してき
おいては,スポーツで発揮される力は戦いに勝って生
た。こういった時代の変遷のなかで形作られてきたス
き延びる力であり,寿命の延伸のためのものである。
ポーツが現在の日本における健康感と相性が良いのか
健康を寿命の延伸ととらえれば,まさにこういったス
再考してみても良いのではないだろうか。
ポーツは健康のためのものだったといえる。しかしな
やりたくもないスポーツを,健康のためだからと無
がら,その後のジェントルマンのためのスポーツは,
理してやるのは賢いことではない。体重を落としたけ
規律を守ることが重視され,それは君主のために戦う
れば,食べる量を減らせば良いのである。そのために
気持ちを育むものであった。同じ戦いに勝つためと
怪我をしていては意味がない。なにも健康を大義名分
いっても,自分自身が勝つのか国が勝つのかの違いが
として,それに振り回されることはないのである。
あった。
スポーツは怪我の元であると揶揄めいた書き方をし
日本語としての健康という言葉は江戸後期になって
たが,怪我は無理をしたためともいえるが,チャレン
使われるようになったものであり,江戸時代以前にお
ジをした結果起きたことともいえる。無理や無茶をし
いては養生という言葉が使われていた。この究極は不
てもやり抜くことがチャレンジなのである。わかって
老不死であり,仙人伝説につながる。明治になって健
いる範囲で行動するだけではチャレンジではない。
康という言葉を盛んに使って広めたのは福沢諭吉であ
さまざまなことを想定して作られたルールによって
る。身体の生理的機能が正しく機能しているという意
管理されている社会であればリスクは少なく,そこ
味で最初は使っていたが,やがて身体を鍛えて強い身
ではチャレンジすることにあまり意味がない。むしろ
体を作るという意味で健康という言葉を使うようにな
ルールに従うことが社会的に良いことになる。しかし
る。ここには西欧人に負けない身体を作って対抗でき
ながら,管理された社会であったとしても,災害が起
るようにするという富国強兵の考えがある。教練にお
きれば,すべてを想定の範囲内とすることはできない
いて,身体を鍛えることと規律を重んじることは,ま
ことにわれわれは気付かされている。想定外のことが
さに富国強兵という目的に合致したものであり,イギ
起きたときであっても,そこでやり抜く力,折れない
リス流のスポーツとの相性が良かった。こうしてわが
心をわれわれは持っていなければならない。うまくい
国にスポーツが導入され,学校教育の中で使われるよ
くかわからないことに挑戦する気持ちは大事なことで
うになったのである。スポーツは健康のため,はここ
ある。そういった気持ちを育むことができるのであれ
から始まったと思われる。身体に良いといっても,病
ば,スポーツをそのように位置づけて取り組むのも良
気に強い身体ではなく,戦いに強い身体のためであっ
いかもしれない。
た。
6. スポーツから何が得られるのか
このようにスポーツの歴史を振り返ってみると,身
体を鍛え,体力の限りを使って争いに勝つことが楽し
い時代は,部族あるいは民族が生き残るためという,
それ自体が社会的な要請でもあった。また,ジェント
ルマンあるいは富国強兵の帝国の時代においては,国
執筆者略歴
赤松 幹之(あかまつ もとゆき)
通商産業省工業技術院製品科学研究所に入所。2001
年の改組に伴い,(独)産業技術総合研究所となる。この
間,人間工学一般,生体計測,ヒューマンインターフェー
スの研究,行動計測技術の研究,人間行動の解析とモ
デル化の研究等に従事。2008年よりサービス工学研究
センターに兼務。学術誌『Synthesiology』編集幹事。
主な著書に『人間計測ハンドブック』
(編著,朝倉書店),
『サービス産業進化論』(共著,生産性出版)がある。
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参考資料
a) Oxford English Dictionary. 2nd Edition, 2009, Oxford University Press.
b) ジャン=ジュール・ジュスラン. スポーツと遊戯の歴史. 守能信次訳. 駿河台出版社, 2006.
c) エティエンヌ・ソレル. 乗馬の歴史 起源と馬術論の変遷. 吉川晶造, 鎌田博夫訳. 恒星社厚生閣, 2005.
d)稲垣正浩, 今福龍太, 西谷修. 近代スポーツのミッションは終わったか 身体・メディア・世界. 平凡社, 2009.
e) 新村拓. 健康の社会史 養生,衛生から健康増進へ. 法政大学出版局, 2006.
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レガシー文献・探訪 ●プライバシー:定義集
プライバシー:定義集
名和小太郎
情報管理 55(7), 521-523, doi: 10.1241/johokanri.55.521 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.521)
「プライバシー」という用語は,『O E D』を引いて
* *
みると,すでにシェイクスピアが使っているようだ。
だが,1960年代後半になると,社会の変動はプラ
とはいうものの,浩 瀚な『O E D』をもってしても僅
イバシー概念のさらなる拡張を求めるようになる。
かに3分の1ページほどしか記載がない。そう頻繁に
それを私たちは,米国におけるプライバシー関連法
使われてきた言葉ということでもない。
の制定を追うことによって確かめることができる。
この言葉が現代的な意味をもつようになったのは
それを列挙しようか。情報自由法(1966年)
,包括
1890年であり,それは法律家のサミュエル・ウォー
的犯罪防止・街頭安全法(1968年),公正信用報告法
レンとルイ・ブランダイスが「独りでおいてもら
(1970年)
,連邦プライバシー法(1974年)
,家族教
う権利」と定義してからのことである。ただし,こ
育権プライバシー法(1974年),金融プライバシー権
の定義は,
『O E D』の1932年版には見当たらない。
法(1978年),電子資金振替法(1978年),電子通信
1972年の補遺版に初めて登場する。つまり,ウォー
プライバシー法(1986年),コンピュータ・セキュリ
レンとブランダイスの定義が社会に認知されるため
ティ法(1987年),コンピュータ照合プライバシー保
には,それなりの時間,あるいは社会の成熟が必要
護法(1988年)
,ビデオ・プライバシー法(1988年)
,
だったといえよう。
電話消費者保護法(1991年)
,……。
こうかん
* *
プロッサーの定義はこれらの法律に置き去りにさ
ただし弁護士ビジネスはすばしこく,ここに事業
れた。だが,
代わって新しい定義がアラン・ウェスティ
機会を見つけた。彼らは借金の暴露,避妊用具の処
ンによって1967年に提案され,それが上記の法律群
方箋の流出などをプライバシー侵害として法廷に持
を支えた。その定義はプライバシー保護を「自己に
ち込んだ。20世紀に入るとこのような訴訟が増大し,
関する情報をコントロールする権利」とするもので
これにともなってプライバシーの概念は膨れ上がっ
あった。
た。結果として,プライバシーの概念の整理が必要
* *
となった。
しかし,社会変動はとどまることがなかった。
これに応えたのがウィリアム・プロッサーであり,
1990年代になりインターネットの商用化が実現する
彼は1960年に,プライバシー侵害を4つの型に分類し
と,プライバシー関連法の導入はさらに加速される。
た。第1は私生活への侵入,第2は秘匿しておきたい
それは,法執行通信事業者協力法(1994年),電気通
私事の公表,第3は誤解を生じさせる私事の公表,第
信法(1996年),医療保険移転責任法(1996年)
,子
4は名前や写真の営利的使用,であった。これでプラ
供オンライン・プライバシー保護法(1998年)
,金融
イバシーの多義性については,いったんは解決した
サービス近代化法(1999年)
,
USA愛国者法(2001年)
,
かに見えた。
ビデオ盗視保護法(2004年)
,真正I D法(2005年)
,
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経済臨床用健康情報技術法(2009年),と続いた。
とは人並みの生活を維持するためには,そのグーグ
これらの法律名を一覧すると,プライバシー保護
ルに頼らざるをえなくなった。というのは,グーグ
という課題が,行政,通信,金融取引,医療,教育,
ルの検索エンジンにかからなければ,その人はこの
娯楽,防犯,国家安全保障など,あらゆる分野で関
世界に存在しないことになるからである。したがっ
心の対象になったことが理解できる。これにともな
て「グーグルは人類史上,プライバシーについてもっ
い,プライバシーという用語はまたもや多義的になっ
とも厄介な課題を示した」ことになる。これは情報
た。
工学者エドワード・フェルテンの言葉である。話が
* *
それるが,そのフェルテンは,著作権のコントロー
多義的な定義はじつは役に立たない。これを避け
ルを研究の自由に反するとして訴訟をおこした研究
るためには,その多義性を括る上位の定義が必要で
者でもある
(
『情報管理』
45巻11号810頁の拙稿参照)
。
ある。それはどんなものか。この無謀ともいえる試
* *
みに応えたのがOECDであった。OECDはすでに1980
このような環境では,もはやO E C D流,E U流の定
年に「プライバシー・ガイドライン」を制定し,こ
義は,一般的にすぎて,有効に機能しない。ふたたび,
こで「個人データ」という概念を導入し,それを「識
個人データに関する分類学が求められるようになっ
別された,あるいは識別されうる個人に関するすべ
た。
ての情報」と定義し,これをプライバシー保護の対
この視点で探してみると,2006年に,ダニエル・
象とした。
ソルベという法学者がプライバシー侵害について新
E Uは1995年の「個人データ保護指令」においてこ
しい類型を提案している。それを紹介しよう。第1の
の定義を継承し,ここに氏名,写真,電子メール・
型は監視,第2の型は個人データの操作,第3の型は
アドレス,口座情報,投稿情報,医療情報,I Pアド
秘密の暴露,第4の型は私事への介入,となる。1つ
レスなどが含まれる,とした。
の試みである,といってよいだろう。
* *
* *
社会変動は続いた。まず,行政,医療,電力,通信,
もちろん,米国政府もE U当局も試行錯誤的に新し
水道,金融など重要インフラが,その保有する個人
い定義を模索している。2012年,
米国は
「追跡拒否
(Do
データを,より多量に,より多様へ,と膨らませて
Not Track)の権利」という定義を,EUは「忘れても
いる。
らう権利及び抹消する権利」
(Right to be forgotten
くわえて,民間セクターにおける個人データの利
and erasure)という定義を,それぞれに設けた。前
用が多様化している。これをキーワードで示せば,
者は「ネットワーク社会における消費者データ・プ
監視カメラ,GPS,サーチ・エンジン,行動ターゲティ
ライバシー」という大統領府の文書に,後者は「E U
ング広告,SNS,著作権管理,電子マネー,認証サー
個人データ保護規則提案」という文書にある。いず
ビス,ストリート・ビュー,ライフ・ログ,データ・
れも,民間の事業者が個人データを収集し,それを
マイニング,
サイバー・テロということになるだろう。
操作することを前提にしている。
これらの技術,サービス,アプリケーションを駆
* *
使しているのが,アマゾン,フェイスブック,そし
じつは,1940年に,すでに今日の状況を予見した
てアノニマス,ということになる。その中心にグー
詩人がいた。その詩人はW . H .オーデンであり,その
グルがある。
予見は「無名の市民」という作品に示されている。
このような環境のなかで,21世紀になると,人び
最後に,それを紹介しておこう(ただ,私には文学
レガシー文献・探訪 ●プライバシー:定義集
的な素養はないので,隠喩,引用,修辞,韻律など
を高額保険の加入者名簿に見つけている。健康カー
については無関心を通させていただく)。
ドは彼が1回のみ入院したことを示している。プロ
デューサーズ・リサーチ社とハイグレード・リビ
統 計局によれば,彼は公的な異義を申し立てたこ
ング社は,彼が蓄音機,ラジオ,自動車,冷蔵庫
とがなかった。すべての記録は,彼が模範的市民
を保有していたと主張している。世論調査会社は,
として共同体に参加していたことに同意してい
彼が平和な時代にあっても戦時にあっても,その
る。彼は引退するまで解雇されることなくファッ
時代に相応しい健全な意見の持ち主であった,く
ジモーター社の工場で働いた。組合は彼が組合費
わえて,結婚し5人の子供を儲けた,としている。
を支払ったと報告している。社会心理学の専門家
教師は彼が従順であったと報告している……。
は彼が人付き合いよく,呑み会を好んだことを発
見した。新聞社によれば,彼は新聞を毎日購読し,
詩人はグーグル時代のプライバシーの姿を70年も
広告に人並みの関心を示した。警察は,彼の名前
前に予見していた。
参考資料
a) 名和小太郎. 個人データ保護―イノベーションによるプライバシー像の変容. みすず書房, 2008, 309p.
b) 石井夏生利. EUデータ保護規則提案と消費者プライバシー権利章典. Nextcom. 2012, vol. 10.
c)Auden, W.H. The Unknown Citizen. http://www.cms.gcg11.org/attachments/article/96/The%20
Unknown%20Citizen.pdf, (accessed 2012-08-24).
d) Solove, Daniel J. A Taxonomy of Privacy. University of Pennsylvania Law Review. 2006, vol. 154, no. 3, p. 477.
e)Katyal, Sonia K.; Scultz, Jason M. The Unending Search for the Optimal Infringement Filter. Columbia Law
Review Sidebar. 2012, vol. 112, p. 83.
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SeeingÊcurrentÊmediaÊretrospectively
過去
からの
メディア論
ウィキリークス・P2P・地下出版
大 谷 卓 史 ( 吉 備 国 際 大 学 国 際 環 境 経 営 学 部)
情報管理 55(7), 524-527, doi: 10.1241/johokanri.55.524 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.524)
524
ハッカーを自称する者の中には,すべての情報は公
なお,ウィキリークスが公開した情報は,内部告発
開され共有されるべきだと信じ,プライバシーの価値
の条件7) を必ずしも満たしていないので,「内部告発
も否定する者が少なくない。プライバシーの価値より
サイト」と呼ぶのは誤りが混じることになる(筆者自
も言論・情報の自由を優先するべきという主張は,法
身もそのように書いたことがあるが)。
学者の中にも見られる1),2)。
ウィキリークスの活動が注目されたのは,2010年の
言論・表現の自由を目指して,禁書を流通・公開し,
ことである。同年春から,同組織は欧米の主要紙と共
発表を禁じられた情報を公表する者は,歴史的に見て
同でアメリカ政府の内部文書を次々と公開した。同年
も多かった。インターネットが普及する以前には,情
春暴露された「コラテラル・マーダー」と名付けられ
報を伝達するには書籍や印刷物,FDという物理的媒体
たビデオは,米軍ヘリが民間人を誤射する一部始終を
に収めて運搬しなければならなかった。インターネッ
とらえたものだった。また,同年7月には,アフガニ
トの普及によって情報伝達は容易になった。
スタン・イラク戦争に関する米軍内部文書を公開し,
さらに,暗号技術とサーバーの中継技術を利用する
民間人死傷者数の統計などアメリカ政府が存在を否定
ことで,誰が情報の発信者であるかを隠蔽して,情報
していた資料が記録されていたことなどを明らかにし
を伝達することもできるようになった。現在知られて
た。 同 年 暮 れ に は, ア メ リ カ 外 交 文 書 が 公 開 さ れ
いる匿名化技術の原理は,暗号技術とサーバーの中継
た4)~6)。
技術である3)。
この活動と同時期,アサンジはスウェーデンで2名
インターネットと匿名化技術を活用して,情報の自
の女性への婦女暴行容疑などで訴追された。この訴追
由を実現しようとした最も過激な運動は,2010年に世
は, 米 国 や 同 盟 国・ 関 係 国 に よ る 罠 と い う 声 も あ
界的な注目を集めたウィキリークスによるものだろ
る4)~6)。2012年8月現在,アサンジはエクアドルへの
う。ウィキリークスの創設者・編集主幹であるジュリ
政治亡命を求めて,滞在中のイギリス政府と争ってい
アン・アサンジは,元ハッカーのオーストラリア人で,
るところだ8)~10)。
熱烈な情報の自由の信奉者である。
情報や言論の自由を目指す情報技術者の運動は,
ウィキリークスは,内部告発を奨励し,政府や企業
ウィキリークスだけではない。例えば,フリーネット
の秘密情報を公開することを目的に掲げる組織であ
というソフトウェアは,強力な暗号化機能によって,
る。この組織はインターネットを舞台に活動し,W e b
匿名によるピア・トゥ・ピア(P2P)ファイル共有を
サイトも設けている。ウィキリークスは,暗号と通信
実現し,情報・言論の自由を支援することを目的とし
中継を組み合わせたT o rや暗号通信などの匿名化技術
ている。
を使って,内部告発者の安全を守るとしている。2007
フリーネットは,2000年にアイルランド出身のイア
年1月,その存在が明らかになった4)~6)。
ン・クラークが開始したプロジェクトである。このプ
過去からのメディア論 ●ウィキリークス・P2P・地下出版
ロジェクトの目的は,圧政的政府のもとで言論の自由
れる。サミズダートによる地下出版活動のように,
を確保するため,多数の人間が強力な匿名化機能に
P2Pファイル共有ソフトの利用を文化帝国主義との戦
よって安全に情報を共有できるソフトウェアを開発す
いと位置づける利用者もいるという。情報や言論の自
ることである。このソフトウェアは,採用する暗号技
由は,自国や他国の政府の圧政や,社会からの圧力を
術が強力な一方,強力な匿名化機能を実現するため,
跳ね返すための主張であった13)。
情報の暗号化・復号化に時間がかかり,動作が遅いと
アンシャン・レジーム期における地下出版を研究す
いう問題が指摘されることもある。2012年8月現在,
る歴史家ロバート・ダーントンによれば,フランスで
ヴァージョン0.7.5が提供されている11),12)。
流通した地下出版の重要拠点の1つはスイスのヌー
著作権侵害の道具として非難されてきたウィニー
シャテルにあった。フランスやイギリスでは,検閲と
も,当初の目論見としてはフリーネットを改良し,高
対になった印刷特権は首都の印刷・出版業者に与えら
速にファイルを暗号化・復号化し,強力な匿名性と操
れて,その他取り締まりがしにくい地域の業者による
作の快適さを両立させることを考えていた。ただし,
出版・印刷は違法とされた。ヌーシャテル印刷協会は
開発者の逮捕後,同ソフトの暗号化機能・匿名化機能
フランスで禁じられている書物や印刷物を印刷し,ア
には大きな欠陥があり,利用者情報を隠蔽するには不
ルプスを越えてフランスに持ち込むことで利益を上げ
十分であったことが明らかになった12)。
ようとしていた。ヌーシャテル印刷協会と書物・印刷
P2Pファイル共有は,ソ連やソ連支配下の東欧諸国
物の取引をした書店や個人業者の記録から,当時の地
で行われた地下出版活動サミズダート(Samizdat)に
下出版の一断面をダーントンは描き出した14),15)。
例えられることがある。フリーネットやウィニーは,
ダーントンは大思想家の著書がフランス革命を用意
ユーザーのパソコンからパソコンへとファイルを直接
したというよりも,大思想家の思想に触発された哲学
転送して,ファイルを暗号技術によって秘密裏に共有
的ポルノグラフィーや扇情的なニュース刊行物,誹謗
する。一方,サミズダートは,ニュースや禁書を人か
文書などが革命の気分を醸成していったと主張してき
ら人へと渡して流通させるやり方の地下出版であっ
た。ヌーシャテル印刷協会は著作権を無視した海賊版
た。出版社に渡して流通させる場合,出版社が取り押
に加えて,「哲学書」と呼ばれた秩序紊乱・反宗教的
さえられれば,地下出版の流通は止まってしまう。そ
な思想書を出版していた16),17)。
のため,人的ネットワークを使い多数の人手を介して,
ダーントンの仮説が正しいならば,国境を越えて禁
情報を流通させることで,どこか流通拠点が破壊され
じられた情報が流入することで社会を動揺させるとい
ても地下出版ネットワークが断絶しないように工夫し
う現象は,インターネットや衛星テレビが登場するは
たのである13)。
るか前に,大革命前のフランスで起こっていたことが
科学技術史家のマリア・ヘイグは,彼女自身の出身
わかる。
国であるウクライナにおけるP2Pファイル共有ソフト
激しい政治闘争が相互不信と秩序不安を生み,無用
の利用状況とサミズダートの活動とを比較し,文化的・
な暴力と殺戮を招いたと思しきフランス革命につい
技術的に共通点が多いと指摘した。彼女によれば,ウ
て,一刀両断の評価は困難だが(一般歴史書でも「劇薬」
クライナではP2Pファイル共有ソフトによる著作物の
と表現されることがある18)),フランス革命前後の出
共有について比較的寛容である。その理由の1つは,
版史を見ると,言論・情報の自由が大きな社会変化を
海外の文化に対抗して,ウクライナの音楽・映画など
生んだという可能性を読み取ることは無理ではないだ
がP2Pファイル共有ソフトを通じて広まることをよし
ろう。それも大思想書ではなく,スキャンダルやポル
とするナショナリスティックな風潮があるからだとさ
ノグラフィーという回路を通じて,旧時代の思潮を否
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定する思想が流通した事実は興味深い。こうした歴史
また,プライバシーも尊重されるべきである。プラ
的事実を見ると,圧政的政府に対抗する手段として,
イバシー侵害は,身体・財産・生命に対して直接の危
サミズダートや匿名P2Pソフトウェアを通じた情報・
害を与えないとしても,個人の自由や自律を制限した
言論の自由を訴えることもそれほどおかしくなさそう
り,歪曲された人物像を押し付けることで,その人の
である。
社会的生命に大きなダメージを与えることがあるから
しかしながら,アサンジらが主張するように本当に
である20)。
無制限の言論・情報の自由は,社会的・倫理的に望ま
法学者のダニエル・ソロブは,9.11事件以降安全保
しいのだろうか。ウィキリークスによる情報公開に当
障上の理由からプライバシー制限は仕方がないとする
たって支援を行ってきた欧米の一流紙は,アサンジの
米国の風潮に反対して,安全とプライバシーは二者択
意図に逆らって情報を編集してから公開するよう主張
一的な価値ではないと批判した21)。同様に,言論・情
した。情報をそのまま公開した場合,文書中に登場す
報の自由とプライバシーも二者択一的価値ではない。
る個人が特定されてその個人が危害を受ける可能性が
言論・情報の自由とプライバシーは多くの価値を比較
あったからである。少なくとも,他者への危害は避け
衡量し,できるだけよいバランスを求めて,その在り
ねばならないという危害原則から見て,言論・情報の
方を決める必要がある。
自由は制限されなければならないことになる19)。
参考文献
1)Zimmerman, Diane L. Requiem for a Heavyweight: A Farewell to Warren and Brandeis’s Privacy Tort. Cornell
Law Review. 1983, vol. 68, p. 291, 334.
2) Posner, Richard A. The Economics of Justice. Harvard University Press, 1981, p. 271.
3)大谷卓史. アウト・オブ・コントロール ネットにおける情報共有・セキュリティ・匿名性. 岩波書店, 2008,
p. 172-173.
4)Leigh, David; Harding, Luke. ウィキリークス アサンジの戦争. 月沢李歌子, 島田楓子訳. 講談社, 2011, 350p.
原著WikiLeaks: Inside Julian Assange’s War on Secrecy. Public Affairs, 2011.
5)Rosenbach, Marcel; Stark, Holger. 全貌ウィキリークス. 赤坂桃子, 猪俣和夫, 福原美穂子訳. 早川書房, 2011,
416p. 原著Staatsfeind WikiLeaks. Dva Dt.Verlags-Anstalt, 2011.
6) 大谷卓史. メディアの現在史19 秘密と公開. みすず. 2011, no. 591, p. 2-3.
7)DeGeorge, Richard T. ビジネス・エシックス グローバル経済の倫理的要請. 永安幸正, 山田經三訳. 明石書店,
1995, p. 315-325. 原著Business Ethics, third edition. Macmillan Publishing, 1989.
8) 英最高裁も移送決定 アサンジュ氏,再審理申し立てへ. 朝日新聞. 2012-05-31, 朝刊, p. 13.
9) アサンジュ氏が政治亡命を申請 エクアドルに. 朝日新聞. 2012-06-21, 朝刊, p. 13.
10)ウィキリークス代表・アサンジュ氏の亡命認める エクアドル. 朝日新聞. 2012-08-17, 朝刊, 7面.
11)L angley, Adam. “Freenet”. Oram, Andrew, ed. Peer-To-Peer: Harnessing the Benefits of a Disruptive
Technology. Oreilly & Associates Inc, 2001, p. 123-132.
12)The Freenet Project. https://freenetproject.org/, (accessed 2012-08-28).
13)Haigh, Maria. Downloading Communism: File Sharing as Samizdat in Ukraine. Libri. 2007, vol. 57, p. 165-178.
526
過去からのメディア論 ●ウィキリークス・P2P・地下出版
14)D arnton, Robert. 革命前夜の地下出版. 関根素子, 二宮宏之訳. 岩波書店, 2000, p. 95-216. 原著The Literary
Underground of the Old Regime. Harvard University Press, 1982.
15)D arnton, Robert. 禁じられたベストセラー 革命前のフランス人は何を読んでいたか. 近藤朱蔵訳. 新曜社,
2005, p. 20-122. 原著The Forbidden Best-Sellers of Pre-Revolutionary France. Norton, 1995.
16)Darnton, Robert. 革命前夜の地下出版. 関根素子, 二宮宏之訳. 岩波書店, 2000, p. 1-54.
17)D arnton, Robert. 禁じられたベストセラー 革命前のフランス人は何を読んでいたか. 近藤朱蔵訳. 新曜社,
2005, p. 236-337.
18)遅塚忠躬. フランス革命 歴史における劇薬. 岩波書店, 1997, 210p.
19)谷川卓. “情報公開と機密情報”. 土屋俊監修, 大谷卓史編. 情報倫理入門. アイ・ケイコーポレーション, 2012.
20)Solove, Daniel J. Understanding Privacy. Harvard University Press, 2010, p. 144-146, 158-161.
21)Solove, Daniel J. Nothing to Hide: The False Tradeoff between Privacy and Security. Yale University Press,
2011, 256p.
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図書館・情報科学に関する国際ラウンドテーブル会議
国際ラウンドテーブル会議を回顧する
日 程
2 0 12 年 7 月 5 日(木)~ 6日(金)
場 所
金 沢 工 業 大 学 ラ イ ブ ラ リ セ ン タ ー (石 川 県 野 々 市 市)
主 催
金沢工業大学ライブラリセンター/米国図書館・情報振興財団
後 援
国際交流基金
情報管理 55(7), 528-531, doi: 10.1241/johokanri.55.528 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.528)
はじめに
国際セミナーから数えて30回目を迎え,これほどま
金沢工業大学と米国図書館・情報振興財団(C L I R)
でに息が長く,図書館と情報科学にまつわる課題が
が主催する「図書館・情報科学に関する国際ラウン
議論された会議は他にない。これまでの講演者たち
ドテーブル」に出席したので以下に報告する。この
はすべて一流の実務者である。C L I Rはこの会議で浮
ラウンドテーブル会議は毎年7月の七夕前後に開催さ
き彫りとなった課題を調査研究するために支援して
れている。今回は,その前身である「図書館・情報
いる。竺館長は地理的,文化的距離を超えてこの会
科学に関する国際セミナー」の開催も含めて30回目
議をともに創り上げてきた。C L I Rを代表してお礼申
にあたる節目の年となった。今回のテーマはこれま
し上げたい。
で幾度となく議論されてきた「図書館のデジタル化」
会議は2日間の日程で行われ,初日に5件の講演が
を中心に,図書館のさまざまな観点を回顧的に論じ
あり,2日目に出席者から講演テーマに沿った質疑応
るというテーマであった。
答が行われる形式となっている。
開会に先立ち,C L I R会長であるチャールズ・ヘン
リー氏から以下のメッセージが紹介された。前身の
講演
まず最初は,エデュコーズ副会長のグレゴリー・
A・ジャクソン氏より「基調講演:情報技術の進展 高等教育から見た見解」という講演があった。エデュ
コーズとは米国の高等教育機関の1つで,高等教育へ
の情報技術(IT)の普及・活用を推進することを目的
に活動しているNPO(非営利団体)である。
講演ではI Tインフラが高等教育の発展に寄与する2
つの役割として,既存の教授法や教育のプロセスに
対して,発展的な変化をもたらすものと,これらを
まったく新しいものへと変革するまたはこれらに代
わるものがあると述べた。
最後に,ドライバーが農夫にミリノキットという
図1 大学正門の開催案内板
528
所への道を尋ねる例を挙げ,カーナビ(情報技術)
集会報告 ●Meeting
によるメリットを享受する代わりに,道を尋ねるこ
る管理運営業務を8つに分類し,それぞれについての
とから生まれる多様な交流から隔絶されるという代
将来への提言とその説明,コロンビア大学の取り組
償を支払わなければならない。これは高等教育と図
みが紹介された。
書館における管理・学習技術にも当てはまると結ん
まずはじめに,大学図書館が担うべき役割として,
だ。
情報の「選択」
「取得」
「整理」
「発見」
「伝達」
「支援」
なお,本講演はジャクソン氏が欠席されたため,
「教育」「活用」「保存」があり,これらに加えて,ラ
C L I R理事長を歴任し,米国議会図書館准館長ならび
イセンシングの交渉,アグリゲータ,革新的な学術
に金沢工業大学ライブラリセンターの名誉館長にも
コミュニケーションの構築,財源の創出,情報政策
なっている,ディアンナ・マーカム氏が代読した。
の提言者という新たな役割を模索していると述べた。
次に,スワスモア大学教授のティモシー・J・バー
次に大学の管理業務における以下の8つの分野にお
グ氏が「構成主義の再創造,有効利用と実践:高等
ける提言があった。(1)既存のワークフローの効率化,
教育におけるデジタル化」と題して講演した。
自動化だけにとどまらず環境の変化をとらえる感覚
講演の中で氏は,研究業務と教育業務の両面にお
と,戦略的な計画の立案が必要。(2)新たな収益源を
けるデジタル化の潜在力と可能性を認め,特に出版
開拓し,自らがR & D(研究開発)に取り組むべき。
の分野では革新的であるとしながらも,「技術が社会
(3)柔軟性を持った組織モデルの構築。(4)独自性およ
を変える」という技術決定論に陥りがちな風潮に懸
び柔軟性と順応性のある空間の提供のために間取り,
念を抱き,教授という立場から,教育におけるデジ
心理的要素,社会学的要素等を考慮すべき。(5)採用
タル化について,現状の分析を試みている。一例と
に関する戦略を見直し,常に職員の研修・能力向上
して,MOOC(Massive Open Online Course)と呼ば
に十分な投資をしなければならない。(6)ステークホ
れるW e b上で無料で行われる大規模な講義の例が紹
ルダーに対して存在意義や投資に見合う価値を生み
介された。このような取り組みはeラーニングなど古
出しているかという問いに,今まで以上に明確に答
くから提唱されてきた方法であるが,現代ではW e b
えられなければならない。(7)図書館内外の関係者と
やSNSにより,どこでも誰でも,双方向による教育を
密度の高い,かつ抜本的なコラボレーションを実施
受けることができる点に違いが見られる。また,I T
することで,大量生産,中核的研究拠点,アーカイ
を活用した教育としてフリップトクラスルームが紹
ブ化のための新たなインフラ,共同投資をベースと
介された。フリップトクラスルームでは事前に録画
した新しい構想,計画,プロジェクトといった4つの
されたオンライン上の講義ビデオで予習をし,教室
新しい方向性をもたらす。(8)国または世界の重要な
ではその講義を踏まえたアクティビティを教授が進
情報政策において,公益や利用者のニーズをくみ取
行・調整役としてサポートするという指導方法であっ
り,政策へ反映するための努力が必要である。コロ
た。重要なポイントは,少数の学生と進行・調整役
ンビア大学では,図書館の専門的職員が情報政策に
の指導者との直接的な対面交流が引き続き行われて
関する国際的な委員会に積極的に参加している。
いる点であると述べた。
公立・ランドグラント大学協会のデイビッド・E・
続いて,コロンビア大学図書館長のジェームズ・G・
シュレンバーガー氏は「研究大学の図書館の経済:
ニール氏より「大学図書館における管理運営のトレ
過去,現在,未来」と題した講演で,米国大学にお
ンドと課題:過去を振り返り,現在を評価し,未来
ける研究図書館の支出状況について過去30年間の変
を予測する」と題した講演があった。
化を分析した。
大学図書館長という立場から,大学図書館におけ
大学予算の伸びに比べて図書館予算の伸びは鈍化
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しており,図書館予算の大学予算に占める割合が減
2000年代初頭には,オンライン・コンテンツが普
少傾向にある。図書館予算の内訳を見ると,逐次刊
及し,これらが受け入れられるようになり,研究図
行物の占める割合が増加し,その代わりに給与やオ
書館は大学における自らの位置づけ,図書館の相互
ペレーションコストが削られている。
の関係を再検討するようになった。そこで,2005年
研究大学にとって,外部の研究資金が大学の研究
にコーネル大学を中心に「研究図書館の蔵書に関す
予算にとって重要な源泉であり,増加傾向であるも
るヤヌス会議」を開催し,主要な6つの課題を洗いだ
のの,その伸びに比べて図書館への支出割合の伸び
したものの,どれも具体化されなかった。その原因
は鈍化している。
として,アイデアが壮大であった,インフラが欠如
今後,逐次刊行物の価格上昇の伸びが現在の傾向
していた,図書館同士が協働するだけのインセンティ
のまま推移するのであれば,近い将来,図書館予算
ブが不十分だったという点が後に指摘された。
の100%を逐次刊行物が占めることになってしまう可
・2008- プロセスの時代
能性がある。解決策として,逐次刊行物の価格高騰
21世紀の研究図書館は,研究成果の取得のみに力
を抑制したり,機関リポジトリやオープンアクセス
を注ぐのではなく,研究プロセスの支援に関与する
ジャーナルなど,学術コミュニケーションを出版社
方向へ移行しなくてはならない。さらに,研究者や
以外のルートから獲得することが必要だと述べた。
コンテンツ・プロバイダー,政策決定者とも協力し
最後に,コーネル大学図書館長のアン・R・ケネイ
ていく必要がある。また,蔵書構成についても,組
氏から「プロダクト(成果)からプロセスへ:21世
織指向から利用者指向に移行する必要がある。
紀の蔵書構成」と題した講演があった。
新しいプロセスの時代をもたらす背景として以下
過去30年間の米国の研究図書館において,蔵書構
が述べられた。(1)近年の世界的な経済危機により,
築がたどってきた3つの時代を取り上げ,その特徴を
これまでのような事業形態はもはや通用しない。(2)
明らかにした。
逐次刊行物の価格上昇が物価上昇を上回るペースで
・1980-1995プロフェショナリズムの時代
高騰し,研究を支援するのに十分な蔵書の構築に影
コレクションの構築に注力した時代である。研究
響が及んでいる。(3)図書予算の多くがライセンス契
図書館ならびに図書館員はそれまでの研究活動や
約に充てられるようになり,蔵書の長期的保存に関
ニーズを見ながら,さまざまな試みを通じて,それ
する懸念が生じた。(4)データ・マイニング等,新し
ぞれの蔵書を特徴づけようと努力した時代である。
い研究手法が見いだされ,データの管理等のニーズ
図書館の格付けを決定する際の基本的な尺度は,当
が生まれつつある。
時も今も蔵書の規模であり,図書館が投下した費用
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が他の同等の図書館と比較する手段として用いられ
質疑応答
ている。
2日目は初日の講演内容を踏まえ,出席者より集め
・1996-2007プロミス(約束)の時代
られた質問を4つのカテゴリに分けて,質疑応答が行
ネットワーク・アクセスとデジタル・コンテンツ
われた。特に印象に残った点について以下にお伝え
の時代。JSTORプロジェクト等により,主な定期刊行
する。
物のバックナンバーのデジタル化が整備された。こ
・情報倫理,情報リテラシーについて
れにより,図書館の印刷媒体を処分し,費用とスペー
Q. デジタル・ネイティブ世代がレポート等の作成に
スの問題の解決が期待されたが,実際には大半の研
おいて種々のデジタルデータを無断で利用する問題
究図書館が印刷媒体を所有し続けた。
について。
集会報告 ●Meeting
A. 学生に対し,入学の時点でWikipediaをはじめとす
握する必要がある。正しいか間違っているかという
る「権威」のないものと,学者や研究者によって査
二者択一な答えを求めるような授業では対面授業とe
読されたより権威の高いものとを区別できること,
ラーニングでは学習の効果は変わらないというデー
学術論文というものは何かということを知らしめる,
タがある。しかし,授業の多くは正しいか間違って
それが高等教育機関のライブラリアンの役割である。
いるかを教えるものではない。良い例が外国語の学
◦図書館における経営・管理・運営・財政について
習やある種の数学である。オンライン学習を有益に
Q. 図書館の予算確保に関して,安定的な財源確保の
活用し,質の高いものを対面授業で行うことが考え
ために実施している自助努力や政治的アプローチ,
られる。
収入維持のために図書館が行う営利事業,運営コス
◦オープンアクセス・出版について
ト削減のための外部委託について。
Q. 電子ジャーナルが高額すぎる。一般大衆の理解の
A. 図書館利用者に対して,図書館のやっていること
限度を超えている。
を理解してもらい,予算について中央の管理部門に働
A. コストが高いということは理解している。何を残
きかけてもらう。大学は教員のニーズ,学生のニーズ
して,何は不要という議論が欠けている。個々の契
をまず考え,図書館に求めている価値に応える必要が
約よりも一括契約のほうがアクセスしやすい。コー
ある。デジタル化によって図書館は見えにくくなって
ネル大学では定期的にどういった資料が利用されて
きている。営利活動は利用者に対するサービスの質が
いるか調査しており,キーとなるジャーナルを提供
落ちないよう注意が必要。外部委託は避けられないも
するという責任の下,解約,購入をしている。
のの,重要な点はすべてを委託するのではなく,コン
トロールが必要な業務は手放さないこと。
おわりに:所感
◦I T,eラーニング,教育,デジタル化の功罪,効率
今回は「回顧する」というテーマであったが,過
去のラウンドテーブル会議を振り返る内容ではなく,
化について
Q. 電子環境が発展するにつれ,eラーニング等のI Tを
図書館を取り巻くこの30年の変化について振り返り,
使った学習が増え,教員と学生の直接的な関係が薄れ
どのような未来が待っているのかについて示唆を与
ている。このような状況で対面授業は価値があるか。
える内容であった。
A. eラーニングでは得られないことは何かを事前に把
情報技術は学術情報へのアクセスの飛躍的な向上
や,研究そのもののアプローチを変えてしまうほど
の影響をもたらした。教育についても,新しい手法
が試行され,対面授業のより効果的な運営が確立し
つつある。
今回の参加によって,図書館はこれまで以上に高
等教育における研究や教育には必要であり,これは
情報技術によってさらに高度化できるものであると
いう示唆を得ることができた。図書館の機能や建物,
対面授業は不要であるという不安は払拭され,情報
技術によって,期待されている内容,質に変化が起
きていると再認識した。
図2 2日目の質疑応答の様子
(科学技術振興機構知識基盤情報部 植松利晃)
情報管理 vol. 55 no. 7 2012
531
情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
October
村 上 祐 子 (東 北 大 学 大 学 院 理 学 研 究 科)
哲学者たちの反省
情報管理 55(7), 532-534, doi: 10.1241/johokanri.55.532 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.532)
532
ここしばらくサンデル教授の白熱教室をきっかけ
あえて極論すれば,「弁の立つ人は怖い」,「若者は
に哲学ブームが起こっている。ハーバード大学での
年長者に反論すべきではない」などとして反論しな
授業では教員が学生に質問を投げかけ,学生は真摯
いように誘導する者がいれば,パワーハラスメント
に応える。
「金を積んだら入学可能な枠を作るのが正
および本人の議論スキル欠落および民主主義の担い
当かどうか」のような身近な公共性にまつわる倫理
手としての実力不足の認定という制裁が与えられて
的問題について,学生は自分の身に引き付けて自分
しかるべきだ。また,大学内において授業内での発
の言葉で回答する。このような議論のあり方に感銘
言に成績への反映のようなインセンティブが与えら
を受け,日本にもこのような授業を導入しようと考
れるとともに,その後の就職・奨学金等に大学の成
える人々は多く現れ,実際に東京大学で招聘講義が
績が直接影響する社会的合意ができれば,学生はや
行われたりもした。
むをえず(?)発言するようになる。しかし,
単に「発
しかし物事はそれほど単純ではない。日本の大学
言する」というだけではその質は玉石混淆であろう。
にこのような授業を継続的に持ち込むのは大学の人
立派に議論を行うにはそれなりの訓練と個別の話題
員体制として非常に難しい注1)。制度面の問題だけで
に対応するための準備が必要なのだ。そのためには
はない。サイエンスカフェ等で双方向の議論を仕掛
小人数でのきめ細かな指導が有効なのだが,その人
けていったとしてもなかなか白熱しないし,白熱し
員は日本では担保されないまま「クリティカル・シ
たと思ったらあっという間に脱線するのにはそれな
ンキング」といったタイトルの授業が開講されてい
りの理由がある。そもそも日本の教育には議論の基
る。
本的なプロトコルをマスターする・させる仕組みも
なぜ哲学は日本では社会の担い手の基礎教養とは
その前提となる複数意見の尊重の文化もない。そし
思われないのだろうか? 象徴的なのが高等学校の
てこの仕組みを設計・実装するとすれば,議論の作
倫理のアイコンともいえるギリシャ彫刻である。あ
法をマスターしていると他の人が想定できる仕組み
たかも「哲学は遠い世界の言葉遊戯で現在のわれわ
としてのシグナリング機能を学歴や資格などの形で
れの役には立たないのだよ」と暗黙のメッセージが
与えることが必要であるし,議論スキルと複数意見
こめられているかのようだ。しかも哲学の一部であ
尊重の態度をもつことがインセンティブとなるよう
るにも関わらず代表しているように思われる倫理は,
な社会的合意も求められるだろう。だが日本国内の
受験対策として哲学者の主張のごくごく短いサマ
大学卒業資格は現在このような機能を果たしていな
リーとその年代を暗記する科目としてとらえられ
いし,社会的にも大学卒業者にそのようなスキルを
る。さらに教養課程崩壊以降の大学では哲学を学ぶ
期待している節はない。
機会が減少しており,一見深遠ではあるが空疎な議
この本!おすすめします ●哲学者たちの反省
論をするのが哲学であるといったイメージを持った
『哲学の道具箱』ジュリアン・バッジーニ,ピー
まま社会に出ていく学生も少なくない。
ター・フォスル著; 長滝祥司,廣瀬覚訳
一方欧米では哲学は空論のためのものではなく,
共立出版,2007年,2,730円(税込)
民主主義的議論のスキル・テクニックのトレーニン
ググラウンドであるという共通認識がなされてい
る。大学がエリートのものと見なされていた時代に
は哲学専攻者だけではなくすべての大学卒業者が幾
分なりともマスターすべき分野として哲学が位置付
けられていた。それは現在の大衆化した大学におい
ても少なくとも建前として謳われている。例えば現
在のアメリカでもロースクールを目指す学生には
ロースクール入学者適性試験に有利であるとして,
哲学入門・論理学入門は事実上必須のものとなって
いる。現実の問題に生きるスキルを得るために哲学
を学ぶことが有益であるという社会的合意がなされ,
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320005730
しかも社会制度に実装されているのだ。
本著では,哲学の概念や論証や理論を分析したり
現在の問題に対して,哲学の伝統の中で積み重ね
操ったり見定めたりするための道具がリファレンス・
られた議論や概念分析のツールを使って答えようと
ブックのような仕方で提示されている。章構成は,
するのが哲学の本来の姿である。だから特に初級レ
演繹法や帰納法を扱う第1章「論証の基本ツール」
,
ベルでは,相手の主張に対して,その前提の吟味と
与えられた前提に対して最良の説明を結論として得
前提から主張を導き出すことの正当性の吟味を行う
る発見の論理としてのアブダクションや,アブダク
訓練を行うとともに,自らが主張を行う際にも攻守
ションを通して得られた説明が本当に前提を導くも
を交代して同じ作業を行うことが要求される。この
のなのか検証する仮説演繹のような科学研究にも用
ことにより,反論する際にむやみに抗弁するのでは
いられる方法をまとめた第2章「その他の論証ツー
なく,建設的に議論を組み立てるにはどうしたらい
ル」,第3章「論証評価のツール」,分析哲学の理論の
いのか,学んでいくことになる。この作業の修練の
基本というべき第4章「概念的区別のツール」
,哲学
ためには別に哲学の名著を題材にしたり深遠な問題
の議論の前提を吟味し再検討する第5章「ラジカルな
に取り組んだりする必要はない。特に一般教養のよ
批判のためのツール」,哲学の破壊的側面をまとめた
うにバックグラウンドが異なる受講生が想定される
第6章「極限のツール」となっており,いわゆる通常
場合には,取り扱う問題はなんでもよくて,むしろ
の哲学史的な概説書とは一線を画している。個々の
全員の共通の関心を呼ぶような「大学入学者選抜」
項目はコンパクトにまとめられており,哲学史上の
などがよいトピックになりえる。そのような汎用ス
意義という観点はあえて背景に退けられている。各
キルの訓練の場の例がサンデルの白熱授業である。
項目には,他の項目とのクロスリファレンスや読書
前置きが長くなりすぎたが,このようなとらえ方
案内も付されている。特に日本語版については日本
での哲学へのガイドとなる本を2冊紹介したい。
語の参考書も読書案内に追加されており,とても便
利である。訳語については必ずしもスタンダードで
はないので,他の日本語の哲学書を読む際に戸惑う
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情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
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October
かもしれないが,原語が添付されているため,遡れ
ば何とか対応づけられるだろう。
しかしこういった本を見て,うかつに議論のプロ
としての哲学者だけに着目してはいけない。異分野
共同プロジェクトの場で哲学者がときに「単なるコ
スト」といわれがちなのは,このような哲学的ツー
ルを無邪気に振りかざすことに一因がある。そして
ことあるごとにカントやデカルトや古今東西の哲学
的警句を持ち出したりするのも鬱陶しい。こんな状
況を打破しようとする哲学者たちとそれに共鳴する
http://ohsumishoten.com/books02-03.html
人々のマニフェストを次に紹介する。
このナイフを使ったり,使ってもらったりしよう
『これが応用哲学だ!』戸田山和久,美濃正,
出口康夫編
大隅書店,2012年,2,520円(税込)
よ!」という運動ではないと思いたい(p .103)
,と
哲学者たちへの期待を寄せている。つまり,『これが
応用哲学だ!』は「哲学」が現代の制度のなかでね
じ曲がった形に進化してしまったことへの(自己)
戸田山和久(p .29)は哲学の問題意識・ツールを
批判の書と見なすこともできる。
そのまま適用する「定食モデル」,既存の問題以外で
もこれまでのツールで何とか処理しようとする「メ
ニューにない料理応談モデル」と呼び,せめてツー
ルは持ち込むけれども現場の素材を何とかしようと
する「出張型残飯整理モデル」まで持ち込まないと
哲学者は役に立たないと指摘する。しかし著者には
それでも不足に見える。素材もツールも現場で共同
開発していく「サバイバルキャンプ調理モデル」が
求められていると思うからだ。
そこにある問題を解決する営みが哲学であり,本
来は特にわざわざ応用哲学という必要はない。この
本でも,狭義の哲学者ではない藤井聡が「応用哲学,
改め,哲学」と指摘した上で「これはモノを切るた
めのものなんだから,たまにはモノを切るためにも,
執筆者略歴
村上 祐子(むらかみ ゆうこ)
東北大学大学院理学研究科准教授。Ph.D.(インディアナ大
学)。国立情報学研究所特任助教授を経て2008年より現職。
科学基礎論学会理事,応用哲学会理事。論理学・哲学を出発
点に,科学と社会の間,自然科学と人文科学の間で煩悶中。
本文の注
注1)伊藤憲二. 『ハーバード白熱教室』の裏側:ハーバードの一般教養の授業をサンデルの講義を例にして
“
説明してみる”. Cerebral secreta: 某科学史家の冒言録. http://d.hatena.ne.jp/kenjiito/20100725/p1,
(accessed 2012-07-27). ハーバード大学の教養科目を支える組織体制について詳しく論じている。
534
図書紹介 ●Newbook
日本医学図書館協会
図解PubMedの使い方
2012年
A4判
インターネットで医学文献を探す 第5版
107p.
2,000円(税込)
岩下愛,山下ユミ●著
ISBN 978-4-931222-16-8
情報管理 55(7), 535-536, doi: 10.1241/johokanri.55.535 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.535)
PubMedは米国国立医学図書館(National Library
ントは主に以下の2点である。
of Medicine: NLM)内の国立生物工学情報センター
まず,「Evidenced-based Medicine(EBM)に沿っ
(National Center for Biotechnology Information:
たP u b M e d検索」に検索の具体例が掲載されたこと
N C B I)が提供する医学・生物学分野の学術文献検索
があげられる。P u b M e dの諸機能に関して理解をし
サービスである。提供機関のN L Mがアメリカ国立衛
た上で,検索者の最終的な目標は必要な情報に迅
生研究所(National Institutes of Health: NIH)の下位
速にたどり着くことである。臨床関連の疑問の場
機関に位置する信頼性の高い機関であること,無料
合,PICOによる整理が有用である。PICOとはEBMの
であること,医学・生物学分野を中心に関連領域を
疑問の定式化で使用されるフレームのことで検索式
幅広く網羅していることから,P u b M e dは健康・生
に含めるキーワードをP: patient,I: intervention,C:
命科学分野において第1に選択すべきデータベースと
comparison,O: outcomeといった要素ごとに整理す
なっている。
る方法である。このP I C Oを用いた文献検索の事例紹
P u b M e dトップ画面はG o o g l eのように1つの検索
介は,旧版までに蓄積された機能説明をさらに補強
窓と追加機能のリンクだけであり,初心者でも気軽
するものとして有益である。
に利用しやすい入り口となっている。しかしながら,
もう1つは第4版が発行された2010年3月以降に変更
ヘルスサイエンス分野のほか,AIDS,生命倫理,航空・
されたPubMedの機能や画面構成に沿った諸改訂であ
宇宙医学などの専門ファイルも維持している点が特
る。例えば,PubMed独自の雑誌名検索データベース
徴の1つであるなど,網羅している情報があまりにも
Journals Databaseに代わり,NLM Catalogが追記され
幅広い。さらにデータベースの仕組みや検索ワザが
ている。NLM CatalogとはNLMが収載する図書・電子
多岐にわたることから,10年近く医学図書館に勤め
資料の検索システムである。PubMedトップ画面から
る私でもPubMedを極めたとは言い難い。
たどると,正式誌名やI S S N番号,電子版ホームペー
PubMedの公式FAQやTutorialサービスもわかりや
ジへのリンク情報に導かれ,論文が収載された雑誌
すく,本体と同様無料公開されている。頻繁に起こ
の情報を確認できるようになっている。また2011年
りうる画面構成や機能の更新については,N e w a n d
3月にはスマートフォン端末などに対応したモバイ
Noteworthy(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/feed/rss.
ル版P u b M e dも公開されているが,この点もコラム
cgi?ChanKey=PubMedNews)に解説がある。しかし
で新たに紹介されている。検索フィールド単位で検
ながら,公式ニュースでは追い切れない手直しがな
索語を入力してから掛け合わせることができるのは
されることもあり,実際に使いこなした実例をあげ
Advanced Search画面であるが,ここも更新された。
て解説されている本書は強力な手助けとなる。
演算子を利用して検索語を入力すると,検索ボック
最新版の第5版は図解が多くオールカラーとなり視
スに正式な検索式が自動的に反映されるようになっ
覚的にさらに理解しやすくなった。本書の改訂ポイ
た。過去の検索履歴も100件まで表示することができ
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情報管理
JOHO KANRI
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᳨⣴⤖ᯝ⏬㠃ᕥഃ䛻㓄⨨䛥䜜䠈᳨⣴⤖ᯝ䜢⤠䜚㎸䜐ὶ䜜䛜෇⁥䛻䛺䛳䛯䚹
図1 2012年5月に改訂されたLimitsの各フィルター
るようになっている。ほかにも画面構成が一新した
L i m i t s条件は該当条件をクリックし直すかC l e a rボタ
Clinical QueriesやMy NCBIも新たに説明が加えられて
ンを押すことで設定が解除される。
いる。本書以降に更新された各種変更部分について
本書はわかりやすい構成となっており,研究者や
は先述したNew and Noteworthyで確認可能であるほ
学生などPubMedを用いた文献検索が必要な方なら誰
か,シソーラス研究会(http://www.sisoken.net)に
にでもお勧めできる一冊である。大学の医学図書館
て変更点を取り上げているので,英語に苦手意識が
員としての筆者の立場からは各利用者が自習する際
ある方は本書とあわせて参照するとよいだろう。シ
には,以下の箇所を一読することをおすすめするだ
ソーラス研究会は,本書初版から第3版までの執筆者
ろう。レポート作成のための参照資料は図書が中心
で現在は監修者である阿部信一氏が事務局を務めて
で,時々先生から勧められた特定の論文を参照する
いる。
用途でPubMed利用を試みる医学部低学年生には,
「第
なお,本書上梓の直後に変更されたLimitsの画面配
2章すぐに使えるPubMed簡単検索」
(p.13-)や「Single
置と機能について,改訂ポイントを少し紹介させて
Citation Matcher」
(p.41)を案内する。病院実習が始
いただく。Limitsとは,検索結果を発行年や論文タイ
まる5年生には,U p To D a t eなどの臨床情報リソース
プで絞り込みできる機能の総称である。2012年5月
とともに,
「Clinical Queries」
(p.50)を紹介し,研究
の改訂で検索結果画面の左側サイドバーに配置表示
などのために網羅的な検索を必要とする大学院生や
され,初心者がTutorialを見ずとも,検索結果が膨大
研究者には,上記に加え,
「第5章MeSHを使った検索」
であれば自然にLimitsを用いて絞り込みができる流れ
となった(図1)。Limitsの各項目は選択した時点で検
医師が『ハリソン内科学』など基本的な教科書を
索結果数に反映され,クリックの手間なく素早く絞
時折参照し,自らの知識維持に努めるのと同様に,
り込み後の検索結果に反映される。検索結果画面に
図書館員や情報検索に携わる実務担当者にとって,
一覧表示されるLimitsの各項目は一部であり,サイド
本書は,利用者の質問対応や自分自身の検索につま
バー最下部のShow additional filtersボタンからLimits
ずいたときの心強いパートナーになるに違いない。
の全項目を参照することができる。一度設定した
536
(p.59)をご覧いただくことをすすめるだろう。
(慶應義塾大学信濃町メディアセンター 園原麻里)
情報界のトピックス ●Topics of the information community
情報管理 55(7), 537-539, doi: 10.1241/johokanri.55.537 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.55.537)
電子書籍購入者に出版社が6,900万ドルの支払
い
Simon & Schusterが1,770万ドル(約13.9億円)であ
る。3出版社は6,900万ドルに加えて,
州に支払う調査・
弁護士費用760万ドル(約6億円)と,電子書籍購入
電子書籍価格協定に関して,4月に米国司法省が
者に通知するための費用75万ドル(約5,900万円)を
A p p l e社と大手5出版社を相手に訴訟を起こし,同時
用意しなければならない。
にHachette,HarperCollins,Simon & Schusterの3社
他方,和解案を拒否したAppleとPenguinグループ,
に対して和解案を提案していた。この和解案は裁判
Macmillanグループの出版社2社は,あくまでも審理
所が認可すれば30日後に発効するが,原告が8月29日
を求める弁論趣意書を8月15日に裁判所に提出した。
に裁判所に提出した申し立てによってその内容が明
Appleは,出版社との代理店価格契約終結を強制する
らかになった。協定から脱退したミネソタ州を除く
ことによって,司法省は法廷での審理が始まる1年も
49州と5準州の消費者に対して,和解を受け入れた3
前にAppleを罰しようとしていると主張し,Penguin
出版社から総額6,900万ドル(約54億円)が支払われ
もMacmillanも,代理店価格設定によって電子書籍の
る。補償金を受け取れるのは,2010年4月から2012
価格が上昇したという事実上の証拠はないと主張し
年5月の間に,出版社が設定した価格で電子書籍を購
ている。Authors Guild(作家組合)も,同様な趣旨
入した消費者である。明らかになった内容は,
のamicus brief(法廷助言者による意見書)を提出し
(1) New York Timesのベストセラー・リスト掲載の電
ており,米国司法省との法廷での闘いは続く。
子書籍の購入者には,1.32ドル(約103円)を支
(http://www.scribd.com/doc/104433816/Memo-in-
払う。
Support-of-Plaintiff-States-Motion-for-Preliminary-
(2) 購入時には上記リストに掲載されていなかった出
Approval-of-Settlements-Copy)(http://www.the-
版1年目の電子書籍の購入者には,0.32ドル(約25
digital-reader.com/2012/08/16/apple-publishers-
円),それ以外の購入者には0.25ドル(約20円)を
authors-guild-file-briefs-opposing-doj-agency-
支払う。
pricing-settlement/#more-37968)(accessed 2012-09-
(3) ほ とんどの購入者は,小切手を要求しない限り,
Amazon,Barnes & Noble,Kobo,Apple各社の
購入者口座に入金を受ける。
(4) G o o g l eとS o n yを通して購入した人は小切手を受
10).
G oogleブック検索訴訟に関する控訴裁判所の
新たな決定
け取る。
(5) 残った補償金はリテラシー関係の慈善事業に寄付
される。
Googleブック検索訴訟において,Denny Chin判事
は今年5月,個々の作家が原告となるべきであると
各出版社の負担額は,H a c h e t t eが3,170万ドル(約
するGoogleの主張を退けて,Authors Guild(作家組
24.8億円),HarperCollinsが1,960万ドル(約15.3億円)
,
合)が集団訴訟の原告になることを認めたが(vol.55,
情報管理 vol. 55 no. 7 2012
537
情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
n o .4の本欄にて既報),第2巡回区控訴裁判所は8月14
に1ドルである。この書籍スキャニングサービスは,
日,G o o g l eが集団訴訟ステータスを問うことを許可
公正利用の条件の下で提供され,利用者は,スキャ
した。現在は第2巡回区控訴裁判所のメンバーである
ンされたコンテンツの共有や配布は許されないとい
C h i n判事はこの見解の担当を回避した。今回の決定
う条件に同意しなければならない。著作権保有者
により,7年の間続いてきた訴訟手続きのスケジュー
は,1DollarScanのCopyright Management Centerの
ルが遅れ,異議申立理由補充書の提出期限が8月24日
サイトで,印刷書籍のスキャニングを許可するか拒
から10月24日に延期され,略式判決を求める申し立
否するかを指定することができる。しかし,Authors
ての口頭弁論は12月4日に開始されることになった。
Guild(作家組合)は,1DollarScanが行っていること
なお,Chin判事は,2つのグループに対し,訴訟への
は,著作権を侵害する違法なサービスであるとして
参加を許可した。1つは “Digital Humanities Scholars
反対を表明しており,ディレクターのPaul Aiken氏は,
and Law Professors”,もう1つは “Electronic Frontier
「もしW e bサイト上の情報が正確であれば,これは著
Foundation: EFF(電子フロンティア財団)”,“American
作権侵害のサービスであり,公正使用であるとの弁
Library Association(米国図書館協会)”,“Association
明は滑稽である」と述べた。
of College and Research Libraries(米国大学・研究
(http://www.the-digital-reader.com/2012/08/23/
図書館協会)
”,“Association of Research Libraries(北
authors-guild-objects-to-1dollarscan/#more-38266)
米研究図書館協会)” を代表するグループである。学
(accessed 2012-09-10).
術コミュニティーやE F Fが介入するのは,この訴訟を
公正使用を拡大する手段として利用したいためであ
る。これらのグループによるamicus brief(法廷助言
Facebookで臓器提供の意思表示が可能に
者による意見書)の提出が許可されることに反対し
Facebookは9月5日,Facebookのタイムライン上で
てきたAuthors Guildには,9月17日の回答期限が設定
自らの臓器提供の意思表示を共有できる機能を,日
された。
本向けにも追加したと発表した。自らの職歴や学歴,
(http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/
これまでの経験などを表示する「ライフイベント」
digital/copyright/article/53631-judge-delays-google-
の「健康」というカテゴリ内に,「臓器提供」という
proceedings-citing-plaintiff--s--health-issue--.html)
項目が追加された。この機能を使用すれば,自分が
(http://paidcontent.org/2012/08/17/google-books-
正式に臓器提供者として意思表示したことを友人な
judge-lets-librarians-eff-weigh-in-on-authors-guild-
どと共有できる。この機能は米Facebookが5月に追加
case/)(accessed 2012-09-10).
を発表していたもの。5月のプレスリリースでは,近
Authors Guildが1DollarScanに反対
年の自然災害時にFacebookがコミュニケーションと
問題解決のための強力なツールになっていることを
挙げ,さらに世界的な社会問題を解決するためのツー
メ モ 管 理 ツ ー ル で あ るE v e r n o t eのA P Iを 利 用 し
ルの構築に取り組みたいとしている。
て,安価な書籍スキャニングサービスを提供する
(http://newsroom.fb.com/News/Organ-Donation-
1DollarScanが8月23日に発表された。日本の書籍の
Friends-Saving-Lives-15f.aspx)(https://www.facebook.
自炊代行サービスと同じように,書籍を1DollarScan
com/help/?faq=338196302902319)(accessed 2012-
に郵送するとP D Fファイルが送られてくる仕組みで,
09-10).
書籍自体は通常破棄される。価格は100ページごと
538
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October
情報界のトピックス ●Topics of the information community
G oogle,著作権侵害サイトの検索順位を引き
下げへ
クオリティ実態調査(中央省庁・独法・特別民間法
人編第6回)」の結果を発表した。対象となった310サ
イトのうち,同社がアクセシビリティ対応のスター
G o o g l eは8月10日,検索アルゴリズムを変更し,
トラインと位置づけている「Aレベル」に到達したの
著作権侵害サイトの削除申請の数を検索結果の表示
は81サイト(26.3%)のみで,官公庁サイトの7割以
順位に反映させると発表した。G o o g l eは,以前から
上が依然として最低限の品質を満たしていないこと
著作権侵害サイトの削除申請を受け付けており,申
が明らかになったとしている。対応未着手とされる
請のあったU R Lは過去30日間で430万件以上になると
「Eレベル」も18.5%あった。具体的な問題点として
している。今後は申請のあったURLのデータをもとに,
は,ナビゲーションのメニュー画像に代替テキスト
削除申請の多かったサイトが検索結果で下位に表示
が付与されていない例,見出しを示すタグがない例
されるようにアルゴリズムを変更する。現在の検索
などがあり,利用者による情報取得の妨げになって
アルゴリズムでは,最適な検索結果を表示するため
いるとしている。調査は2012年6月から7月に中央省
に200以上のシグナルが使われており,今回の削除申
庁170サイト,独立行政法人102サイト,特別民間法
請データ数はそうしたシグナルの1つとして追加され
人38サイトを対象に行われた。
る。この変更によって,ユーザーは合法的なサイト
(http://www.aao.ne.jp/research/cronos2/2012_gov6/
を見つけやすくなるとしている。
index.html)(accessed 2012-09-10).
(http://insidesearch.blogspot.jp/2012/08/an-updateto-our-search-algorithms.html)(accessed 2012-09-10).
Google Patentに先行技術検索が追加
インターネット充実度ランキング,日本は20
位
インターネット普及推進団体のワールドワイド
Googleは8月14日,Google Patent(特許検索)で,
ウェブ基金(World Wide Web Foundation)は9月5
これまでの米国特許商標庁に加えて,欧州特許庁の
日,世界61か国を対象に,インターネットの影響や
データも検索できるようになったと発表した。また特
充実度を測定して順位付けした「Web Index」を公表
許閲覧ページに「先行技術を探す」というボタンが
した。ランキング1位はスウェーデン,2位は米国,3
追加され,当該特許に関連する先行技術の検索結果
位は英国。日本は20位だった。Web Indexは年1回発
が表示されるようになった。この先行技術検索では,
表される指標で,1)社会・経済・政治に与える影響,2)
Google Patents,Google Scholar,Google Books,そ
インフラ整備状況,3)インターネットの普及状況の
のほかのWebサイトの検索結果を対象としている。
各項目で評価し,算出している。日本は普及状況の
( h t t p : / / g o o g l e r e s e a r c h . b l o g s p o t . j p /2012/08/
評価は比較的高かったものの,政治や経済に与える
improving-google-patents-with-european.html)
影響についての評価が特に低かった。最下位はイエ
(accessed 2012-09-10).
メンだった。
官公庁サイトの7割超がアクセシビリティ対応
不足
(http://www.webfoundation.org/2012/09/webfoundation-launches-the-web-index/)(accessed
2012-09-10).
アライド・ブレインズは8月10日,「ウェブサイト
情報管理 vol. 55 no. 7 2012
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情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
October
■発表原稿:原稿提出は2012年10月31日(水)必着。
期限までに原稿が提出されない場合は,発表を取
り消しとする。原稿分量は,A4判で,2頁または
4頁とする(詳細は,採択決定後に送付する執筆
要項を参照のこと)。
第14回研究会開催のご案内
情報メディア学会は,今冬に研究会を開催する。情
報メディアに関わる研究をより進展させていくため
に,研究発表の独創性・信頼性を引き上げるような
場とすることを目標にする。着想段階の研究でも結
構なので,ぜひ積極的に研究発表にご応募いただき
たい。会場からは,単なる批判ではなく,研究を伸
ばすための助言や提案を期待する。
■日時:2012年11月24日
(土)
■発表申込先:岡野裕行(研究会担当理事)
〒516-8555 三重県伊勢市神田久志本町1704番地
皇學館大学文学部国文学科 岡野裕行 宛
Fax : 020-4665-4761 E-mail : [email protected]
第17回情報知識学フォーラム 「震災の記憶・記録とアーカイブズ」
■会場:東邦大学 大森キャンパス 医学部3号館
地下1階 第4講堂
〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16
[アクセス]http://www.toho-u.ac.jp/accessmap/
omori_campus.html
情報知識学会は,第17回情報知識学フォーラム「震
災の記憶・記録とアーカイブズ」を以下の要領で開
催する。
■発表内容:「情報とメディア」に関わるテーマで
あること。
(発表趣旨が本会の目的にそぐわない場合には採
択されない)
■会場:東京大学本郷キャンパス工学部2号館
1階 213号室
地図 http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/
cam01_04_03_j.html
■発表資格:講演者(第一発表者)は研究会当日ま
でに「情報メディア学会の会員」であること。ま
た,研究会当日までに,当該年度までの学会費を
完納していること。
■参加費:無料
■応募方法:発表申込書を下記発表申込先に期日ま
でに送付する。
(応募書式はニューズレターまたは発表申込用紙)
発表申込用紙は当学会Webページ(http://www.
jsims.jp/kenkyu-kai/yokoku/14.html)よりダウ
ンロードいただきたい。
■応募締切:2012年10月14日(日)
540
■使用可能器材:液晶プロジェクタ
(ノートパソコン等は,各自の持ち込みを原則と
するが,詳細は担当者と相談可)
■日時:2012年11月4日(日)10:00 ~ 17:00
■資料代:会員無料,非会員有料
■プログラム概要
◦第Ⅰ部:震災の記憶・記録とアーカイブズ
震災の記録に関する国の取り組み
河合美穂(国立国会図書館)
震災をメディアはどう伝えてきたか―N H K東
日本大震災アーカイブスの試み―
宮本聖二 (N H K 知財展開センターアーカ
イブス部)
震災アーカイブズの現状と課題
岡本真 (アカデミック・リソース・ガイド
株式会社)
PINUP
質疑応答
◦第Ⅱ部:震災の語りと共有
震災で変わるもの,変わらないもの―日本災害
史とアーカイブズの役割―
北原糸子(立命館大学)
記憶・記録とオーラルヒストリー
松島茂(東京理科大学)
質疑応答
◦第Ⅲ部:アーカイブズとアーカイブズ以降
神戸の記憶・記録とアーカイブズ
奥村弘(神戸大学)
原子炉事故情報アーカイブの構築に向けて
中嶋英充,池田貴儀,米澤稔,板橋慶造(日
本原子力研究開発機構)
桐山恵理子(東京大学)
岩田修一(事業構想大学院大学)
記憶と解放,記憶と伝承―インドネシア・アチェ
の津波の経験を踏まえて―
杉本めぐみ(国土交通省土木研究所)
質疑応答
■参加申込:下記Webページにアクセスし必要事項
を記入
http://bit.ly/jsikforum2012
■問合せ先:情報知識学会事務局
〒110-8560 東京都台東区台東1-5-1
(凸版印刷(株)内)
E-mail: jsik(at)nifty.com
*詳細は第17回情報知識学フォーラムWe bサイト
(http://www.jsik.jp/?forum2012)を参照のこと。
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情報管理
JOHO KANRI
2012
vol.55 no.7
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October
■ロボット掃除機「ルンバ」が発売 10 周年を迎え,
日本向けに改良を加えた記念モデルを販売するとの
発表が 9 月 11 日にありました。発売元のアイロボ
ット社は,人工知能研究者が立ち上げた会社です。
■今号では,人工知能研究 50 年の歩みを振り返っ
て,今後の方向性を示していただきました。「君が
いてよかった」と言ってもらえる共感力とコミュニ
ケーション能力の実現に重点をおくべき,との提言
が印象的です。
■「ニコニコ学会β」の江渡氏は,ニコニコ動画が「人
間のような感情を備えた集合知」を目指しているこ
とに強く共鳴したと述べています。この学会の誕生
には,ニコニコ動画や初音ミクをはじめ多くの活動
が影響を与えているとのこと。最先端の技術が楽し
く紹介されるシンポジウムは刺激的でエネルギーに
満ちています。
■9 月 3 日には,ドラえもん生誕 100 年前を記念
して,川崎市がドラえもんを特別住民として登録
しました。ドラえもんは 22 世紀から来たネコ型
ロボットですが,のび太にとってはまさに「君がい
てよかった」存在です。2112 年には,安心して暮
らせる平和で生き生きとした社会が実現しています
ようにと祈ります。
(KM)
訂正
vol.55, no.6「衆議院における音声認識を利用し
た会議録作成業務」に以下の誤りがありました。
お詫びして訂正いたします。
p.392 図 1 キャプションの 1 行目
誤:第 1 回帝国議会召集前に開かれた~
正:第 1 回帝国議会召集日に開かれた~
p.396 左段下から 6 行目
誤:斑目(まだらめ)
正:班目(まだらめ)
(『情報管理』編集事務局)
□次号予定
●ビッグデータの時代
●NICTサイエンスクラウドによる新しい科学研究の姿
●米国特許法改正:特許調査への影響を中心に
●アジア経済研究所図書館所蔵の統計資料コレクションと開発途上地域の統計事情:連載「新興地域の統計事
情」を始めるにあたって
●「J-GLOBAL」正式版の構築:検索行動モデルから見たサービス設計とその特徴について
●研究者・技術者のためのリーガル・リサーチ入門:第2回 法体系
情報
管理
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科学技術振興機構
vol.55 no.7 October 2012
●編集委員会
<委員長>水野充(科学技術振興機構)
<編集委員>
小河邦雄
(大正製薬㈱)
・気谷陽子
(筑波大学附属図書館)
・
小林良子(㈱日本能率協会総合研究所)・清水美都子(㈶
日本特許情報機構)・青山幸太・安部耕造・伊藤祥・川井
千香子・木村美実子・栗本達児・黒田明子・黒田雅子・佐
藤恵子・土屋江里・火口正芳・日高真子・余頃祐介(以上
科学技術振興機構)
2012年10月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥13,650(税込)
1部定価
本体 ¥1,260(税込)
編集・発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8420
E-mail: joho-kan jst.go.jp
http://johokanri.jp/
Published monthly by Japan Science and Technology Agency (JST)
JOHO KANRI Editorial Office, JST, P.O.Box 2, Kojimachi Tokyo 102-8666 JAPAN
・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,最寄りの情報提供部または各支所宛に現品をご返送下
さい。送料は当機構の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
・未着事故などのご連絡は発行後2か月以内にお願いします。以後は原則としてお受けできません。
© Japan Science and Technology Agency 2012 無断転載を禁ず
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