第 2 回講座 コメント

特集1 連続講座「憲法と家族」 第2回
第 2 回講座 コメント 辻村 みよ子(明治大学法科大学院 教授)
1 憲法 13 条と夫婦別姓問題・婚外子差別問題について
昨年 11 月 22 日の第 1 回講座の際に、家族の憲法上の位置づけと、日本国憲法下の家族問題の合憲性
等について、基調講演を行った。これを踏まえて、榊原弁護士の基調報告について憲法学の立場から発
言させて頂くと、まずは、憲法 13 条、14 条、24 条の関係をどうとらえるか、という問題がある。榊原
弁護士からは、適切にも民法 750 条が 13 条と 24 条違反である点を指摘していただいたが、憲法学者の
ほうは家族の問題についてはあまり関心がないようで、婚外子の相続差別規定や再婚禁止規定以外は、
あまり違憲性の問題に言及していないのが実態である。
私見では、民法 750 条は、婚姻によって
「夫又は妻の氏を称する」
として、男女いずれかの氏を選ぶこ
とができる規定になっているため、形式的には、憲法 14 条違反ではない。むしろ憲法 24 条違反あるい
は憲法 13 条を根拠とする個人の人格権・氏名についての自己決定権ないし姓の不変更権の問題として
理論構成することが妥当と考えている。ただ、ジェンダー法学の専門家でも、金城清子先生などは、約
96%もの夫婦が夫の氏を名乗っている現状が実質的不平等をひきおこしているため、この規定が憲法
14 条の実質的平等の原則に反するという議論をされてきた。これに対して、私は、民法 750 条は形式
的には平等な規定であり、形式的平等を主たる内容とする憲法 14 条違反というよりは、これは婚姻に
おいて夫婦の同等の権利を保障する 24 条 2 項に違反すると考える次第である。
また、一方の改氏が婚姻届出の要件とされることによって実質的に婚姻の自由を制約することになり、
24 条 1 項にも抵触する。さらに、婚姻に際して夫婦の一方が必ず氏の変更を強制される点で、憲法 13
条の氏名についての自己決定権ないし氏の不変更権・氏名権を侵害するものとして理論構成することが
妥当と考えている
(この立論に際しては、氏名の自己決定権ないし氏の不変更権・氏名権なるものが成
立しうるか否か、それが現憲法下の家族法体系のなかで調和的に主張されうるかが問題になるが、前者
の点は、すでに最高裁判例において氏名は
「個人の人格の象徴であって人格権の一内容を構成するもの」
(1988 年 2 月 16 日第三小法廷判決、民集 42 巻 2 号 27 頁)
と認められている)
。
さらに、姓の選択に関する夫婦の同一の権利を保障した女性差別撤廃条約 16 条 g 違反でもある。
この点で、2013 年 5 月 29 日の東京地裁判決では、石栗正子裁判長は両性の平等を定めた憲法 24 条
について「夫婦がそれぞれ婚姻前の姓を名乗る権利が憲法上保障されているとはいえない」として、原告
側の請求を棄却したが、24 条 1 項の
「夫婦の同等の権利」と婚姻の自由、および 13 条の保障内容でもあ
る婚姻の自由と自己決定権とりわけ氏名についての自己決定権ないし氏の不変更権との関連については
述べていないため、今後、この点を明らかにすることが重要と思われる。
次に、もうひとつの婚外子差別違憲訴訟
(住民票続柄差別訴訟・非嫡出子相続分差別訴訟)のほうは、
婚外子(嫡出でない子)
を嫡出子との関係で差別した諸法制を、憲法 14 条や国際条約
(国際人権規約B規
約 24 条 1 項、
子どもの権利条約2条など)
に反するものとして争われた。2013 年 9 月 4 日大法廷決定では、
家族形態の多様化や、国民の意識の変化、子の権利保障等を理由として全員一致で違憲としたが、これ
も 14 条 1 項違反のみを指摘していた。しかし、婚外子を認め、平等に処遇する社会の在り方を支える
法制度の基礎には、個人の婚姻の自由
(婚姻しない自由、非婚の自由)やシングルマザーの選択があり、
その基礎には、個人の尊重、婚姻の自由・非婚の自由を保障した憲法 13 条がある。したがって、榊原
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弁護士が指摘されたように、ここにも憲法 13 条の保障があると考えるべきであろう。
憲法学でも、13 条が保障する幸福追求権の中には、婚姻・非婚・離婚に関する自己決定権や、ライ
フスタイルに関する自己決定権が含まれると解されているため、婚外子差別の根拠を 13 条の個人の尊
重として捉えることが重要となろう。
2 フランスの家族問題について
広渡先生が、ドイツとの関係を論じてくださったので、私の方では、フランスの家族の問題につ
いて、少しふれておきたい。これについては、日仏女性学会
(日仏女性資料センター)主催のシン
ポ ジ ウ ム の 成 果 を ま と め た 書 物 と し て、
『フ ラ ン ス 女 性 は な ぜ 結 婚 し な い で 子 ど も を 産 む の か 』
2012 年 1、および『フランスのワーク・ライフ・バランス』2013 年 2 が刊行されていて参考になる ( 以
下の数字等はこれらを参照 )。
1)婚外子の割合
前者の書物では、フランスの婚外子の割合が、2010 年の段階で、54.97%、ほぼ 55%に及ぶことなど
を中心に、婚姻が、必然的な選択肢でないことが明らかにされている。すなわち、フランスでは婚姻の
ほかにも、非婚や事実婚――そのなかでも 1999 年に法制化されたパクス
(Pacte civil de solidalité、
連帯民事契約)によって法的契約による事実婚――と、自由婚
(同棲、コンキュビナージ)等、多様な形
態がある。パクスのほうは法的効果においても婚姻とほとんど差がないことから、これを選択したうえ
で、婚外子を設けることが多くなっている。すなわち、フランスでは、婚外子の母はシングルマザーを
意味せず、男女カップルであることが一般的であることが日本と大きく異なる点といえる。
パクスについては、2000 年には、22271 組のうち、4分の1の 5412 組は同性カップルだったので、同
性婚への第一歩としての意味を持っていたが、2010 年には、20 万 5558 組のうち、同性カップルは1割に
も満たない 9143 組で、殆どが異性間の、婚姻とは異なる関係をもとめるものとして機能していることが
分かる。とくに、2005 年の税制改正で、パクス登録カップルが婚姻カップルと同等の所得税法上の優遇
措置が得られるようになり、2007 年の法律で、相続・贈与上の優遇措置も得られるようになったことから、
急増したと考えられている
(契約解消に依る離別の簡単さ、離婚に対する宗教的・社会的な反発、婚姻時
の登録・儀式の面倒さなども要因と考えられるほか、南西部の慣習法上、夫婦共通財産制が適用される
婚姻よりも、パクスが好まれたという分析がある 3。
そこで、
パクスの関係から生まれた子も婚外子になるため、
婚外子の比率が高まったことにもつながっ
た。婚外子は、もともと日本と同じように私生児を意味しており、フランス語でも、unfant naturel,
unfant illégitime として差別的・侮蔑的なニュアンスを含んでいたが、2005 年の民法改正によって、
婚外子(unfant né hors marriage)
まさに、
「婚姻外で生まれた子」
にかわり、客観的・中立的な呼称に
なった。なお、婚外子の比率は、日本ではせいぜい 2.2%にすぎないが、ヨーロッパでは、フランスと
同等以上の高い国が複数あり、アイスランドでは 64.34%、エストニアでは 59.14%、スロベニアでは
55.68%、スェーデンでは 54.16%になっている
〔2010 年〕
。欧州諸国の 28 カ国中、16 カ国が 40%以上、
平均が 39%になっている。
ちなみに、合計特殊出生率の方は、世界全体では 2.45 であるのに対して、先進地域では 1.71、ヨーロッ
パでは 1.59 となっている。他方、フランスは 2008 年に 2.00 に回復し、2010 年には 2.03 になったこ
とが注目された。このほか、アイスランド 2.20、アイルランド 2.07、トルコ 2.04、スェーデン 1.98 など、
高率の国もある。
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2)同性婚の展開
さらにフランスでは、オランド大統領が 2012 年5月に就任後、11 月に同性婚を認める法案(みんな
のための結婚 mariage pour tous)
を提出して、2013 年5月 17 日に世界で 14 番目の承認国として、同
性婚法(LOI n° 2013-404 du 17 mai 2013 ouvrant le mariage aux couples de personnes de même
sexe)が成立した
(4月 23 日採択、5月 17 日憲法院合憲判決。判決では養子の合憲性が焦点となったが
子の利益にかなうと判断された )。これはまさに家族の変容を示す例であり、実際、民法を改正して「婚
姻は、異性または同性の両当事者間でなされる」
〔143 条〕として同性婚が制度化された。さらに、養子
を取ることも、子の氏の変更も、配偶者間財産制
(別産制または共有財産制)
、配偶者の相続人となるこ
と、通称として配偶者の氏を使用することも可能になった。また、同性婚当事者が、共同養子縁組が出
来るだけでなく、一方の実子との養子縁組も可能となった。子の氏は、実親の一方でも、二重氏でも、
いずれも可能になった。
(ヨーロッパでは、オランダ、ベルギー、ポルトガル、デンマーク、スェーデン、
スペインが養子を承認しており、ポルトガル以外では同性カップルによる共同での養子縁組や、女性同
性カップルの生殖補助医療利用も認められている。
)
ただ、フランスでは、同性婚法成立後も、生命倫理法は改正されていないため、代理出産契約は無効
とされ、男女カップルで生殖年齢にある場合だけが生殖補助医療が利用できることになっている。2008
年段階で、既に体外受精児が 20 万人近くいると解されており、2010 年には、出生数全体 83 万 2799 人中、
2 万 2401 人(2.7%)が人工授精・体外受精によって生まれていることが知られており、出生率の向上に
つながっている 4。
3 日本との比較
1)家族観・家族制度の違い
フランスの家族観をみてみると、法的な婚姻がほとんど意味を持たなくなり、事実上の関係が重視さ
れていることが分かる。その背景には、戸籍制度が日本と異なり個人戸籍による点がある。これに対し
て、日本では、婚姻した夫婦と子どもからなる戸籍の存在や夫婦・親子同氏原則による氏の制度などが
あり、家族法自体が重要な役割を果たしている。一般社会での披露宴や冠婚葬祭に見る限り、旧来の家
制度が 60 年以上たっても残存していることがわかる。また、自民党などの保守政党の長期政権下で実
施された家族政策が、専業主婦などの税制優遇などによって性別役割分業を前提とした法的な婚姻家族
を基調としてきたことが重要である。家父長制や同氏原則によって家族の一体性を守ることによってし
か出生率は上げられないと言う誤った思いこみが、ライフスタイルの変容や女性の社会進出、男女共同
参画政策の進展などにも拘わらず、社会に浸透しているようにみえる。
例えば、保守的な有識者たちは、このような考え方を今でも声高に叫んで世論を誘導しており、この
ような基本的な考え方が、少子化対策にも影響を与えているようである 5。とくにこれらが比較的若い
世代に影響を与えており、若者の保守化や大学生の主婦願望の増加など、男女共同参画に逆抗する動向
を牽引するものともいえる。マスコミや保守的出版社が刊行する週刊誌等の影響も無視できないが、実
際、会社などでの女性労働者の環境の悪化が背景にあると思われる。
2)家族政策・社会保障の重要性
婚外子の保護や手厚い家族政策・社会保障があるフランス等の例を見れば、法律上の婚姻制度の保護
だけが、出生率を挙げる手段ではないことがわかる。実際、フランスでは、家族政策が手厚いことが出
生率を回復させた大きな要因である。例えば、出産休暇は、日本が
(産前6週+産後8週の)
14 週であ
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るのに対して、フランスでは 16 週で、給与も 100%が医療保険から支払われる。第3子以上の場合は、
26 週
(8 ~ 10 週)+(16 ~ 18 週)が認められている。さらに、子が病気の時には病気休暇がプラスされ、
父親休暇も認められている ( スェーデン 1980 年、デンマーク 1984 年、ベルギー、スペイン、フラン
ス、オランダ、フィンランド、イギリス等でも 1990 年代後半からパパクオータ制が導入された )。フ
ランスでは、2002 年から父親に 11 日 ( 生後 4 か月まで ) の休暇が認められ、給与の 100%が支払われる。
このため 2004 年には 3 分の 2 が取得している。育児休業についても、日本が 1 年間のところ EU 諸国で
は 3 カ月が一般的であるが、
パートへの移行や職場復帰が十分に保障されている。日本では 43.9%(2010
年)が出産退職するのに対して、フランスでは第 1 子出産後の退職は殆どなく、3 歳未満の子を持つ女
性の 80%が就労している
(66%がフルタイム)
。さらに 3 歳までは保育ママ、3 歳以降は幼児学校が充実
しており、家族政策(子育て支援)も、日本では児童手当等3種類だけであるのに比してフランスでは 8
種類以上ある。
(フランスでは、家族給付が充実しており、出産手当、新学期手当、自由選択補足制度、
家族支援手当、障害児教育手当、親つきそい手当て
(病児)
、家族手当などがあり、1 ユーロを 140 円で
概算した場合には、フランスで子を3人産んで休業した場合、毎月 1468 ユーロ
(20 万 5000 円)が支給
される計算になる。このような状況であれば休業して手当てを受けとるほうが有利であるほか、復職が
保障されているため安心であるといえる。
)
このように、社会政策・家族政策を手厚くすることによって、子育て世代の就労を確保し、男女共同
参画を進展させることができる実例がフランスに存在しており、日本のように専業主婦化によって少子
化を克服するような発想が時代錯誤的なものであることを、十分認識すべきであろう。
1
井上たか子編『フランス女性はなぜ結婚しないで子どもを産むのか』(勁草書房、2012年10月)
2
石田久仁子・井上たか子他編著『フランスのワーク・ライフ・バランス』(パド・ウィメンズ・オフィス、2013年12月)
3
井上編前掲51頁。
4
石田・井上他編著140頁以下参照。
5
日本では待機児童が4.6万人(2012年)もいるにもかかわらず、保育園を完備して安心して働ける環境をつくることよりも、専
業主婦・パート労働者化を推進しているような現状がある。例えば、保守の論客の長谷川三千子氏などは、「生活の糧をか
せぐ仕事は男性が主役となるのが合理的」「女性が出産可能な年齢に労働することが出生率低下につながっている」などと
コラムに書いて議論を呼んだ(2014年1月6日、産経新聞コラム欄「年頭にあたり」に「『あたり前』を以て人口減を制す」
と題して寄稿した)。また曽野綾子氏の寄稿(J-CAST会社ウォッチ2013年9月5日付掲載の)「出産したらお辞めなさい」に
も反響があり、インターネット上の調査では「賛成」は43.8%、「反対」は30.5%で、賛成派が上回ったようである。
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